〈エルダー・テイル〉の旅行者たち   作:大倉花立

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原作や2次創作を見ていたらふつふつとイメージが湧いてきたので書きました
初投稿なので稚拙な点があるかと思いますがよろしくお願いします


1話

 室内灯を落としてディスプレイだけが光を発する暗い自室。

 その室内にはマウスをクリックしキーボードを打鍵する音、そして、ボイスチャットをする俺の声が響いていた。

 時刻はそろそろ夕日もビルの陰に隠れ夜に変わるかという時間帯、俺は〈エルダー・テイル〉の相方、カンナこと菅田未菜とボイスチャットをしていた。

 

「明日何時までプレイするよ?」

 話しながら手元のキーボードを操作して画面の向こうの自分のキャラクターを操作する

 俺は明日からの予定を打ち合わせるためにログイン時刻を聞く。

「そりゃ朝から晩までずっとよ、当然でしょ?

 明日は待ちに待った拡張パックの適用日なんだから」

 

 明日は〈エルダー・テイル〉において〈ノウアスフィアの開墾〉が適用される。三年ぶりにレベル上限が引き上げられ、カンストレベルが100になるらしい。

 そんなわけだから廃人プレイヤーを自負する俺たちは明日からはレベルがカンストするまでのしばらくの間は普段とは違い効率重視の廃プレイに徹することになるだろう。

 

 というか平然と朝から晩までとかいっているがこいつ明日は確か。

「お前、明日講義とってなかったっけ?」

「サボるにきまってんでしょうが。

 あんたそれでも〈エルダー・テイル〉廃人の自覚あんの?

 ちゃんとリアル物資の買い出しはしてある?

 講義をサボる用意はOK?

 トイレ以外でPCの前離れるのは許さないから」

 廃ゲーマーの鑑みたいなことを言うやつだなこいつ。

 尊敬はまったくできないが。

 

 俺たちは社会人までの最後の猶予(モラトリアム)を謳歌する大学生だ。

 しかし、一応は学生である以上建前上の学業を蔑ろにしすぎるのはいかがなものか。

 ただ、まあそれでこそ廃人プレイヤーとも言えるのかもしれない。

 

「履修決めのころにはいつ拡張パックが適用されるかわかってたし、お前と違って俺は毎年この時期は休講してる教授の講義しかとってないからな。

 履修決める時にお前がとってる般教を選択肢から外した理由はそれだわ。

 リアル物資もすでに用意は完了してる」

「そんな理由で履修決めるとかあんた馬鹿でしょ」

 

 そんな理由とは何だ。

 祝日にまでわざわざ授業に行くなんてただのマゾだろ。

 というか過去にさかのぼって調べてみたらゴールデンウィーク中休む教授ってわっさわっさいるのな、謎だ。

 じゃあゴールデンウィーク中は完全休講にしろよって話だ。

 というか、そもそもゲームをするって理由で講義を堂々とサボろうとする奴に馬鹿とかいわれたくはない。

 

「じゃあ、明日はずっといるんだな?

 なら、11時半には集合な」

「了解、じゃあ今夜の為に仮眠するからいったん落ちるわね。

 おやすみなさい」

「ああ……そうだな」

 今夜からはしばらく寝る間も惜しんでプレイすることになるわけだから今寝といたほうがいいか。 

「じゃあ俺もそうするわ、おやすみ」

 

 ボイスチャットを打ち切って〈エルダー・テイル〉からログアウトしてPCの電源を落とす。

 遮光カーテンを締め切った室内で俺は布団を被りながら期待に胸を膨らませ、あまりスムーズに寝付けないくらいの昂揚感に浸っていた。

 明日から俺たちのキャラにどんな冒険が待っているのだろうか。

 それを考えるとたかがゲームに何を言っているんだと言われるかもしれないが前途洋洋たる未来が俺たちに待ち受けている気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 0時ちょうど、拡張パック適用の浮かれた空気の中でそれは起こった。

 当時〈ノウアスフィアの開墾〉適用前にログインした俺たちはスタートダッシュを決めるべく野良のレベリングパーティーに入ってパーティランクの既存高レベルダンジョンで狩りをしていた。

 拡張パックの適用が始まると同時に経験値を入手してスタートダッシュを決める為だ。

 

 しばらく狩りをしていると急に現実の視界が暗転し、意識に何かのデモが映ったかと思うと再度暗転した。

 そして視界が再び開いたその時にはカンナと4人の〈エルダー・テイル〉の冒険者と共に仄暗い場所に立っていた。

 

「何が起こったんだ?」

 つぶやくと声が反響しているのを感じる。

 まるで洞窟の中にでもいるみたいだ。

 

 そう思ったその時には目前に先ほどまで画面の外から見て戦っていた〈醜豚鬼〉の群れ、こん棒を持って殴りかかってくるその醜悪な姿に恐怖を覚えた。

 そいつの何日も風呂に入っていないときのような饐えた臭いに顔を顰める。

 〈醜豚鬼〉の荒い鼻息や重い足音、金属のこすれあう音、錫杖の円環が擦って鳴る音など、様々な音が聞こえる。

 夢かとも思ったが、視界に臭い、音、感触などどれもリアルだ。

 ここまでの臨場感を出す夢はよほどの想像力の持ち主でもなければ作り出せまい。

 ということは現実なのかとも思うが、そうだとしたらそれはそれで眼前の光景が説明できない。

 

 これはいったいどういうことなのかという考えに対して結論を出す前に状況は変化していた。

「痛てぇ! 何だこれ! 何なんだこれはよおおお」

 野良PTを組んでいて先ほどまでタンク役を担っていた守護戦士と同じ恰好をした男が〈醜豚鬼〉に殴られている。

 そのくぐもった悲鳴からも現実を感じた。

 何秒持っただろうか、その男は〈醜豚鬼〉共にタコ殴りにされて文字通り秒殺された。

 

 死体の様相までもがリアルだ、原型を留めているものの死体には痛々しい殴打痕が残っている。

 ヘイトを稼いでいたタンク役が倒れると、縦横無尽に走り回る<醜豚鬼>たちは俺たち残りの5人に狙いを変えた。

「ひ、ひぃっ!」

 いまだ現状把握が全くできていない俺たちはどうすることもできず、ゲームの上ではノーマルランクだったはずの〈醜豚鬼〉達に撲殺された。

 

 そして身体の力が徐々に抜けていき、力が入らなくなる。

 これが、この状態が死ぬということ。

 体の痛み、抜けていく力、そんな状態にそう理解させられた。

 

 

 

 

 

 

 初めての死を感じた後、目を覚ますと立ちくらみのようなものを感じた。

 

「ここは……どこだ?」

 どうやら白い砂浜のような場所に立っているようだった。

 何が何やらわからない。

 ここはどこなのか、何で自室にいた俺があんな場所にいたのか、あの<醜豚鬼>は一体何なのか、何がどうなったのかわからないことが多すぎて頭が破裂しそうだ。

 夢ではないような気がする、殴られた時に痛みがしたからだ。

 精々タンスの角に小指をぶつけたような痛みだったが、リアルな痛みの実感だった。

 

 立ちつくしていると俺の内から何かが失われていくのを感じた。

 ここはあの世か?

 今、俺から流れ出しているものが全部俺の内から失われたら俺は、俺という自意識はなくなってしまう、そんな確信を感じた。

 ただ、そのことがわかったところでこの流出を止める術など知らない俺はどう対処することもできない、ただどこかでこの流出が止まるのを祈るだけだ。

 虚脱感に襲われ仰向けに倒れこむ。

 

 空には青い……月?

 いや、あれはテレビで見た宇宙からの地球だ、そのままの姿が広がっている。

 白と青のコントラストが俺を魅了する。

 こんな訳の分からない状況で何を言っているのかと思われるかもしれないが、思考を奪うそれだけの暴力的な美しさがその地球らしき球体にはあった。

 呆けてひたすらに空を覆う美しいそれを見ているとだんだんと意識が遠のいていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 三度眼を覚ますと今度は白い大理石の天井が見えた。

 背に固い石のような感触を感じる、ここはどこだろうか。

 起き上がってみると〈エルダー・テイル〉でよく見慣れた光景が広がっていた。

 

〈大神殿〉、〈冒険者〉たちのリスポーン・ポイントだ。

 

 根拠はないが先ほどのような命の危機は迫っていないように感じる。

 命の危機といっても俺は死なずに復活しているわけだからおかしい話かもしれないが。

 周りには俺と野良パーティーを組んでいた仲間たちによく似た人間たちが横たわっていた。

 更にそれを遠巻きにして幾人かの〈冒険者〉たちが俺たちの様子を伺っているようだ。

 

〈冒険者〉たちの顔はモニター越しに見ていた時と違ってなんというか個性が感じられた。

 どれも整った容姿であることに変わりはなかったが〈エルダー・テイル〉内の作られた感じのする無機質な顔から現実に存在する人間味のある顔つきに変わっていた。

 それもまたこの荒唐無稽な現実によくわからない現実味を与えている。

 

 祭壇から降りて立ち上がる。

「あなたたちは死んで〈大神殿〉で復活したのですか?」

 そうすると遠巻きにこちらを見ていたうちの一人の中学生くらいだろうか、そのくらいの容貌をした利発そうな少年が聞いてきた。

「ああ、多分死んだんだと思う。

 〈醜豚鬼〉っぽい奴に撲殺された」

 そう答えると遠巻きにいたやつらは一斉に耳に手を当ててなにやらぶつぶつ話し出した。

 独り言を言っている変な奴にしか見えないが誰かと話しているのだろうか?

 

「何やってるんだ? あいつら」

「あれは〈念話〉しているんですよ」

 遠巻きの面々の中で唯一ぶつぶつと話していない先ほどの少年が教えてくれた。

〈念話〉?

「額のあたりに意識を集中するとメニューがでませんか?」

 額?

 言われた通りに意識を集中してみると視界に華が咲くかのようにメニューが広がる。

「おお、何だこりゃ」

「それを操作することで〈エルダー・テイル〉と同じようにメニューを操作できるんですよ」

 

 ちょっと試しにフレンドリストから〈念話〉を選択してカンナに掛けてみる。

「お、できた」

 視界に呼び出し中の表示がでる。

「どわっ、がっ、っ痛ぅー。

 うわわっ、何よこれ。

 なになになにっ!?ボイチャの呼び出し音がうるさいんだけど!

 どう止めればいいの!?」

 まだ意識が戻っていなかったカンナは突然の念話に驚いたのか祭壇の上から転げ落ちて女とは思えない悲鳴を上げる。

 頭から地面に落ちたらしい。

 とりあえずボイスチャットの呼び出しを切る。

 

「おーい、カンナぁー、こっちこっち」

 きょろきょろと辺りを見回して俺を見つけて寄ってくる。

「あんた、ヤナ?

 その顔はヤナよね、なんでそんなコスプレみたいな恰好してんのよ」

 俺はゲーム中で操作していた付与術師と同じ衣装を着ていた。

 確かにそういわれるとコスプレっぽいけどオーソドックスな布鎧な分まだマシだ。

 

「ああ、そうだよ

 そういうお前はカンナであってるよな?

 まあ、その顔はカンナだろうけど

 格好に関してはお前のほうがひでーよ、すげぇファンタジーの巫女みたいな恰好してるぞ」

 顔は現実に影響されるらしく一目見ればカンナだとわかるぐらいの面影を残していた。

 恰好に関してはこいつも俺と同じで〈エルダー・テイル〉の衣装が反映されているらしく神祇官の衣装を着ていた。

 神祇官の和風専用装備を装備しているので非常に巫女っぽい外見だ。

 ただ、俺の似合っていないコスプレとは違いカンナは巫女型の装備に少し茶がかってOLによくいるようなフルアップにした黒髪、健康的な肌の色がマッチしてよく似合っていた。

 

 カンナは自分を見下ろして衣装を確認する。

「は?ってえええぇぇぇ?

 何だこの恰好コスプレかよっ、恥ずかしっ」

 ちょっとの間、自分の姿を確認して悶えていたが、頬は紅潮したままだがしばらくすると落ち着いたようだった。

 

「で、どういう状況なのよこれ

 〈醜豚鬼〉っぽいのに殺されてよくわからない場所に行ったのは覚えてるんだけど。

 ここは〈エルダー・テイル〉の〈大神殿〉みたいな場所ね」

「さあ、わかんね

 君はなんかわかることある?」

 そう、少年に振ってみる。

 

「さあ?とりあえず現実世界ではないことは確かそうです

 現実の僕らの身体には脳内メニューでボイチャできる機能は備わってなかったですしね。

 あと、メニューの中身や町並を見る限り〈エルダー・テイル〉に似た世界なのは確定なようです」

 

「へぇー、ってことは〈エルダー・テイル〉みたいな世界に俺たちはいるってことか

 突然今回のアプデで〈エルダー・テイル〉は最先端のVRMMOにかわって実はゲームのなかだったみたいなことは?」

「あると思いますか?」

 

 まあ、ありえないわなぁ。

 そもそもVRMMOなんてものは未だ空想の中の物で現実には登場すらしていないし、仮にできていたとしてもそれ相応の機材が必要になるはずだ、俺のPCが勝手にそんな超高性能機になったとは思えない。

 いや、ありえないと言えばこの状況もありえないんだけども。

 

「まあ、とりあえずこの世界でもどうやら復活システムが働いているのが分かったので僕はギルドメンバーに伝えにいくとします

 貴重なお話どうもありがとうございました。

 あ、それと最速死亡者おめでとうございます。

 では」

 そうにっこり笑って一礼してから少年は大神殿から去って行った。

「で、あの子誰?」

「さあ?」

 向かい合って俺たちは首をかしげた。

 




なるべく原作の設定に忠実なようにするつもりですが致命的なずれや矛盾があった場合指摘していただけるとありがたいです。
設定資料として使用している文献はWeb版原作、書籍版原作、loghorizon@ウィキです
場面場面が短い気がするので膨らませられる目途がついたら恐らく改稿します

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