死神×マフィア×魔導師 次元の破壊者   作:重要大事

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復活と決意

リュミエール

桜華国 夜御倉邸 大広間

 

「みんな集まったね?」

改造虚(ホロウ)ゲヴァルト襲撃によってもたらされた、不測の事態。

沢田綱吉の(ホロウ)化騒動から一夜明けたその日―――負傷した綱吉を除く三世界から集まった主要戦闘要員が一堂に会した。

重要大事以下、世界の意志達は全員の出欠を確認。

「えーっと・・・この場にいないのは、雲雀恭弥(ひばりきょうや)だけか」

「けっ。あいつはいない方がこっちとしては清々(せいせい)するぜ」

「おいおい・・・」

 ボンゴレファミリーの雲の守護者という扱いを受けながら、その実唯我独尊(ゆいがどくそん)を貫く孤高の浮雲こと、雲雀恭弥の消息が一向に掴めない中、獄寺は彼の心配はおろか邪魔者であるかのような冷たい態度を示す。

 死神組はもとい、結束の固い魔導師組は(いささ)か理解しがたい感覚だ。

無理もない話だ―――常にチーム単位での活動を主眼に添え、規律に反した動きをする不穏分子(ふおんぶんし)を許さない厳格な組織社会で生きている彼らにとって、雲雀と言う存在自体が極めて異質だった。

 とはいえ、大事達はこうなることをあらかじめ予想していた様で、雲雀が居ないことを前提に一護達に重大な話をする事にした。

「今回の事故は僕らも想定外のことだった。僕らの上司の話では、ギュスターブは傷が癒えるまでの間、十二使徒(エルトゥーダ)を使ってあちこちの世界で破壊活動をしているとのことだ。僕らの仲間がそれを食い止めようとはしているが、奴らは非常に狡猾(こうかつ)だ。このままでは残りひと月もしないうちにすべての世界が奴らの手に収まる」

「ひと月って・・・!?」

「そんな・・・///」

 大事の言葉一つ一つに眉間に皺を止せ、固唾を飲む一護達。

「決戦まで残り日がない。イレギュラーな事態に直面したとはいえ、僕たちは何としてもギュスターブ一味との戦いに勝たなければならない」

「ですからここは・・・死神組にボンゴレ組、魔導師組のみんな。お互いの短所には目を向けず、今は長所だけを見るべき時だと思うんだ」

「長所・・・?」

 勇人の発言にシグナムが(いぶか)しむ。

「それぞれの部隊にいる者の特性を挙げ、突破力、中長距離戦、近接戦、後方支援、それぞれに特化した班を作るんだ」

「役割がはっきりしている者同士なら、連携も強くなるという訳か・・・」

「ま、一理あるな」

 石田と獄寺が大事達の提案に肯定的なコメントを呟く。

他のメンバーも、この非常事態において自分達ができる最善の策であると理解。

 そして、重要大事は細い瞳で一護達を凝視し―――

「これは戦争だ・・・ギュスターブ・エトワールを斃す為に、ひいては世界崩壊を防ぐ為・・・世界のどの国にも前例がない、特殊部隊の混成班を作ってみないかい?」

 話を聞いた一護達はしばらくの沈黙を保つ。

 そして、恋次の言葉を皮切りに―――

「はっ。上等じゃねぇか」

「私賛成です!!」

「僕も!」

「私も!」

「ギュスターブは確かに強いが、俺たちの結束の力で打ち勝ってみせる!」

皆の気持ちが一つの方向に傾く。

 こうして、三世界から集められた死神、マフィア、魔導師という性質も戦い方も全く異なる部隊同士が前代未聞の試みに賛同した。

 

 

 それは、遠い過去に世界の意志が脳裏に刻んだ記憶――――――

 

 

 ギュスターブ・エトワールが人間に扮し、未曽有(みぞう)の大災害に見舞われた地に足を踏み入れたのは、20年前のことだった。

 人口過密地域で唐突に起こった大地震及び大津波は、あらゆるものを飲み込んだ。

 人、家、車、信号機・・・・・・すべての人工物が自然の力の前に屈した。

 驚異的な力で自然は人々が地道な努力の末に築き上げた英知の結晶を、洗い流し―――さながらそれはノアの大洪水とも表現できよう。

 数えきれない命が津波に飲み込まれた。

 震災直後―――笑ったり、泣いたり、ご飯を食べたり、眠ったり・・・・・・いつまでも続くと信じる、当たり前の日常は、突然壊された。

特別なことを望まず、特別なものを欲したわけでもなく、ただ―――当たり前の日常がそこにはあった。人々が望む当たり前の希望が無慈悲に打ち砕かれた。

ギュスターブはどうしようもない絶望の中で今を生きる人間達を世界の意志としての目線で確かめるため、震災ボランティアの一員として現地に赴いた。

最も被害の大きかった地区でボランティアを始めること数か月―――その最終日、被災地は本格的な冬の到来を迎えていた。

深々と降り積もる雪を被りながら、ギュスターブは作業員数名と一緒に黙々と壊れた家の残骸や、津波によって運ばれた木材を運び続ける。

五名一組のチームで組んでずっと一緒に作業を続ける中、ギュスターブは周りを拒絶している風でもなく、避けている訳でもなく、泰然自若を決め込んだ。

この日を疑う光景や状況の中でも、ギュスターブの様子は明らかに周りとは逸脱していた。

周りの作業員は、ギュスターブの泰然自若ぶりには目を見張り、こういうことに慣れているのだ―――と自然に思えるほど、彼は落ち着いていた。

「ありがとね、ボランティアさん達・・・ほんとありがと。これで二階さ上がれるわ」

 作業がひと段落ついたとき、被災地域に住む老婆が現れる。

この日までボランティアに参加してくれた作業員全員に一礼すると、作業員もヘルメットを外して頭を軽く下げる。

「息子の写真は、二階に置いたままだったからな・・・私一人でどうしたらいいか途方さ暮れでだんだがら・・・」

 (なま)った言葉遣いではあるが、老婆の顔は確かに笑顔を浮かべていた。

 こんな絶望的な状況を前にしながらも、老婆の笑顔は絶えず作業員達に向けられ、その苦労を労ってくれる。

「これみんなで食ってけろ、こんなんしかねぇけんど」

 言うと、老婆は作業員全員にささやかながら感謝の気持ちを込めて贈り物をする。

甘露(かんろ)(あめ)(あめ)~ど~」

 日常的に老婆が口にしているそれは、作業員全員の疲れた体と心を癒してくれた。

 口いっぱいに広がる甘みが、彼らの表情を綻ばせ、自然と心が温かくなるのを実感する。

「ほれ。アンダも、ありがとね」

 老婆は他の作業員達の中でもとりわけ異質な雰囲気を漂わせていた男―――ギュスターブにも、差別することなく甘露飴を分け与える。

 ギュスターブは無表情に飴を受け取り、それを右掌の中でグっと握りしめる。

「これからどうするおつもりですか?」

「私?」

 作業員のひとりが老婆の今後について尋ねると、津波によって無残に壊され修復不可能となった自宅を前に、老婆はおもむろに口を開く。

「こごも取り壊されっからねぇ・・・災害危険区域言うてなぁ・・・すばらくは仮設暮らすさぁ。ほんとはこごにいだいんだけんとねぇ・・・いつか爺さんと息子が帰って来た時、家までなくなってたら悲しむもんねぇ・・・・・・」

 雪が降り積もり前に、ギュスターブと作業員は老婆と別れ―――ボランティアが終了。

 元きた道を辿って歩きはじめるギュスターブの隣で、ボランティアに参加したフリージャーナリストの男性が危惧したように呟く。

「家族を失い一人残された人が、仮設で自ら命を断っていると聞く・・・あのお婆さんは元気でいてくれればいいが・・・・・・」

 今一度、ギュスターブは目の前に広がる光景を真摯(しんし)に受け止めた。

 見事に街一帯が津波に飲み込まれ、土肌がむき出しで瓦礫の街と化した光景が目の前に寒々と広がっている。

 そこはある意味地獄に通じるものがあるかもしれない、あるいはこの現世こそが既に地獄なのではないかと、ギュスターブは思った。

 ヘルメットをおもむろに外して、何もかもが自然の驚異の前に奪い去られた人口過密地域に、ギュスターブはひとり瞑想する。

 

 

命ある限り希望はある―――ドン・キホーテは言った。

 だが、世界はそれほど優しくは無い。

 当たり前の希望がある世界―――そんなものがどこにある?

これほどの痛みを経験したにも(かか)わらず、何一つ変わらない。

何も見ようとせず、知ろうとせず、感じようとしない。

もはやすべてがはっきりした。

この世界の災厄がなんであるかを―――

 

被災地でのボランティアを終えた5日後、俺は被害を受けた被災地という被災地を行脚した。

そこには見た事もない光景が広がっていた。

地獄でもまだマシだろうと思えるくらいそれは惨い光景だった。

しばらく歩いていると、子供に出会った。

幼稚園くらいの男の子と小学校低学年くらいの女の子だ。

二人は基礎だけになった家の周辺を懸命に歩き回り、必死で何かを探していた。

尋ねると、父親と母親の使っていたものを見つけているのだと言った。

泥と石と海草が混じった瓦礫の中から、父親の使っていた髭剃りや母親の使っていた箸を拾い上げる。

その度に二人は嬉しそうに笑った。

小さな幼い手は寒さで真っ赤に腫れていた・・・・・・俺は瓦礫(がれき)にしゃがみ込み遺品探しを手伝った―――

世界の意志である俺によって引き起こされた未曾有の大災害。その被災地で、俺自らが被災地に留まってボランティアをする。

実に皮肉な話だ。だが、こんな俺でも突き動かされた・・・・・・

時が経つにつれ、あれほどいた報道やボランティアの数は減り、愛だの絆だのという言葉だけが遠くから届くようになった。

 

そしてあの日・・・・・・俺の目の前で、あの子達が死んだ。

 

 

 

リュミエール

世界国家騎士団2番隊隊舎 隊舎裏修行場

 

綱吉の(ホロウ)化騒動から二日後。

目を覚ました綱吉は一護、リボーンとともに2番隊隊舎の裏にある修行場を貸切り、(ホロウ)化維持のための訓練を行うも―――

「ああああああアア!!!!!!!」

 加工したような声を上げながら、綱吉は顔を覆い尽くす(ホロウ)の仮面を強制的に解除する。

 顔中から酷い汗が滲みだす中、リボーンは真顔で近づき、綱吉の下顎(したあご)目掛けてキックを喰らわせる。

「勝手に(ホロウ)化解くなって言ってるだろうが」

「いっで!!」

 小さな体からは想像もつかない強烈なキックをお見舞いされた綱吉は、地面を転がりながら豪快に岩へとぶつかる。

「お、おいリボーン・・・」

 修行に付き合っていた一護もやり過ぎではないかとツッコミを入れようとするも、そうしたツッコミを入れる余地を許さないリボーンの超スパルタ講義は、時間を追うごとにエスカレートしていく。

 綱吉は打ち付けた箇所を押えながら、涙目でリボーンの理不尽振りに抗議する。

「バカかおまえ!! 今のは解いてなかったらヤバかったっつーの!!」

「ヤバいところまでやるのが修行だ。一護、このまま続行してくれ。どうもナメてかかってるようだから、ねっちょりしごいてやれ」

「あ、ああ・・・」

「うわ~~~ん!!! ねっちょりやだ―――!!!」

 なんとなく、一護もリボーンには逆らいたくなかった。

 泣き叫ぶ綱吉を前にリボーンは強制的に立ち上がらせ、否応なく修行を再開させると、その後はより過激な指導を繰り返した。

 この修行の光景を静観していた大事、龍元、獄寺の三人は―――内心複雑な気持ちでいっぱいだった。

「・・・こんな調子で大丈夫なのかな?」

「10代目・・・なんと御いたわしい~~~///」

「おや?」

 そのとき―――キョロキョロと辺りを見渡し、ゆっくりと近づいてくる人物がいるのに龍元は気付いた。

 フェイトだった。

「フェイトさん」

「フェイトじゃないか。どうかしたの?」

 大事が(いぶか)しげに尋ねると、フェイトは(いささ)か不安げな瞳を浮かべて―――

「あの・・・なのは見ませんでした?」

「なのはがどうかしたのかい?」

「それが、集合時間になってもなかなか現れなくて、部屋に行ってみたらもぬけの殻で・・・」

 なのはという単語を聞いた獄寺とリボーンの表情が一瞬だけ固まる。

「なんか・・・綱吉が(ホロウ)化した日から、ずっと気にしてるみたいで・・・・・・」

 なのはの状態を心配してフェイトがボソッと呟いたとき、「ちっ」と言って獄寺は罰の悪い様子で彼女の前を横切り立ち去ろうとする。

「獄寺君!」

「獄寺さん!」

 大事と龍元が呼び止めるも、何も言い返さず獄寺は静かにその場を立ち去った。

フェイトは魔導師組とボンゴレとの間に生じた奇妙な溝を前にどうすることもでき、一人沈黙したまま立ち尽くす。

「溝、ですか・・・」

 フェイトの様子を気に掛ける龍元は、小さく呟きながら大事とともに語り合う。

「奇妙な負い目が出来てしまったものですね」

「ツナ君は(ホロウ)化したことで仲間を傷つけてしまった自分を憎み、なのははツナ君を(ホロウ)化させてしまったという自分を憎んでいる。しかも、なのはは夢の中でユーノ君から事前に報告を受けていたんです。それを知りながら未然に事態を防げなかった・・・いやそれ以前に、無意識のうちに誰かに助けを求めてしまったということが、彼女の心に深い傷を作ってしまった様です」

「・・・・・・なんとかして、立ち直ってもらえればいいのですが」

「そうですね」

今回のことで傷ついたのは、なのはだけではなかった。

目を覚ました綱吉は(ホロウ)化したことを包み隠さず一護達から聞かされ、その時の自分の犯した行為を素直に受け入れることができず、自棄になりかけた。

だがそれを止めたのは一護だった。

自暴自棄になった綱吉を一護は殴りつけ、彼を鎮めたのち、吐きどころのない彼自身の後悔をすべて受け止めたことで、綱吉は正気を取り戻し前に進むことができた。

だが、なのはは違った。

なのはは周りを拒絶するように自分の痛みを必死に押し殺し、いつの間にか姿を(くら)ませてしまった。

日頃から、なのはは周りに対して自分の弱みを素直に見せられないという欠点があり、今回その弱みが顕著に表れた。

このままではギュスターブとの決戦を前に、チームワークが著しく乱れてしまう―――龍元は危惧した結果、なのはを探しに行こうとする。

「やはり、ここは私が―――」

 だがそのとき、真顔を浮かべた大事が龍元の歩みを塞き止め、首を横に振る。

「止しましょう。下手に干渉するのは逆効果です」

「しかし!」

「自分で抱えた問題は、自分以外の人間には解決できない―――僕らが為すべきことは、第三者として彼女が自力で立ち直ることを祈ることです」

 言うと、大事は現在目の前で(ホロウ)化した一護と懸命に(ホロウ)化維持のための修行を続けている綱吉の様子を凝視する。

「現にツナ君は、自らの罪を背負う覚悟で(ホロウ)化制御のために死に物狂いで修行している―――」

 龍元は大事と同じように死ぬ気で(ホロウ)化制御修行を続けている綱吉の直向きな姿勢を見、大事の言うことも一理あると是認する。

「大丈夫。きっとなんとかなりますよ。きっと」

 

 一方、訓練時間になっても一向に皆の前に姿を現さない高町なのははというと―――

 屋敷から歩いて30分ほどの場所にある湖の(ほとり)で、紅く腫れあがった自分の顔を水面(みなも)越しに見つめながら、内心自虐を続ける。

(私は最低だ・・・・・・どうして、あのとき)

 脳裏に浮かぶのは、ゲヴァルトにやられそうになったとき―――自分を守ったが為に(ホロウ)化を発症してしまった綱吉の姿。

 綱吉の(ホロウ)化に対して明確に自分に怒りをぶつけて来た獄寺のこと。そして、綱吉の(ホロウ)化治癒のために魂魄の力を提供し、未だに目を覚まさない京子のこと。

 綱吉と関わりの深い人間の多くが深く悲しみ、怒った、という事実をなのはは一生忘れない。

 自分が最も他人に味わってほしくないという絶望の気持ちを、なのはの何気ない行動とそれに伴う結果がそうさせてしまった。

 ポタポタと、大粒の涙を水面(みなも)に刻みながら―――なのはは大いに後悔する。

「ごめんなさい・・・ツナ君・・・・・・わたしが・・・・・・わたしがちゃんと守って上げられれば・・・・・・///」

 取り返しのつかない事態を招いてしまった自分を、一生許すことはできないかもしれない。

 いやそれ以前に、こんな自分を誰も受け止めてくれるはずがない―――と、内心諦めかけていた。

 無意識のうちに自分一人で責任を背負いこんでしまう自分が兎に角嫌で、卑しくて、悔しい―――そう何度も自分を責め続けていると。

「なのはのせいじゃないよ」

 不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 一瞬耳を疑ったなのはだが、確かにその声は優しく、なのはの酷く痛んだ心に直接働きかけるように応えてきた。

 泣き啜って赤く腫れた顔でゆっくりと後ろに振り返った先、なのはが見たものは―――淡い光を放ちながら自分を見つめる幼馴染みの青年・ユーノ。

 ユーノの姿は、なのはが以前の夢で見たものと全く同じ。紛れも無く同一の存在だと瞬時に理解する。

「ユーノ君・・・///」

「そんなに自分を責めないで」

「どうして・・・・・・」

 嬉しさ反面、率直に(いぶか)しむなのはを見ながら―――ユーノは傷ついたなのはの心を包み込むような和らいだ笑みを浮かべ言う。

「君のことが心配で、いてもたってもいられなくなったんだ。ツナ君のことを守れなかったことを悔いてるようだね。だけど、最初の微睡の中で僕が言ったことを覚えている。“何があってもツナ君とその時の自分を受け入れて欲しい”って・・・」

 確かにユーノは、微睡(まどろみ)の間際なのはにそのような趣旨の発言をした。

 なのはは彼が言った言葉を一言一句覚えていた。

 だが、それでも彼女はうつむき気味に震える声で否定の言葉を呟く。

「・・・・・・無理だよ、私には・・・///」

 瞳に宿る水滴が双眸(そうぼう)から零れ落ちそうになる様子を、ユーノはじっと見つめる。

「最初の方は何とかなる自信がある・・・・・・だけど、私は私を許せない! だって、ツナ君は私を(かば)ってああなったんだよ!! リボーン君も獄寺君も、京子ちゃんだって・・・きっと私を許さない!!」

 人生の中で味わってきたどの後悔よりも、なのはは綱吉の(ホロウ)化を悔いている。

 あまりにもたらした影響が大きすぎた。危うく、一人の少年の命を奪いかねなかった今回の事態を自分の失態とばかり思い詰めるなのはは、他の誰かが許したところで自分を納得させることなどできなかった。

 一筋の涙が彼女の頬を伝い、手の甲へと零れ落ちる。

「自分が悔しいよ・・・・・・ヴィヴィオを連れていかれた時と同じで、胸が張り裂けそうなくらいに苦しい・・・!! 今の状態で、ギュスターブと戦うことなんて無理に決まってる! こんな私じゃみんなの足手まといになるだけだよ・・・・・・///」

 それは明確なる自己否定だった。

 情緒不安定である自分には戦う資格は無いと、なのはは自らの口から語った。

「なのは・・・」

 ユーノはなのはの言葉を聞くと、おもむろに目を瞑り―――パッと開く。

 

 ペチンッ―――

 

「!!」

左頬(ひだりほほ)に走った―――(しび)れる痛み。

なのはは自分の左頬に手を添えながら、ユーノが自分にした行為を理解した。

ユーノは真顔を浮かべながら、はっきりとなのはの(ほほ)を軽く叩いた。

だが叩かれた瞬間、なのはは不思議な感覚を抱いていた。

幼いころから武闘派の父や兄からも大切にされてきた彼女は、両親にも叩かれるという経験は無く、自分の世界に住むユーノからもそうしたことを受けた経験が無かった。

だが、目の前にいるユーノは違った。

彼は毅然(きぜん)とした態度で自暴自棄に陥るなのはを叩くことによって、彼女を冷静に(いさ)めようとしていた。

そして、ユーノはなのはを叩いてから数秒の沈黙を保ったのち―――ゆっくりと口を開く。

「勘違いしないで。足手まといっていうのは、力が無いとかそういうことを言うんじゃないよ。覚悟が無い者―――それが本当の足手まといさ」

「覚悟・・・・・・?」

「気をしっかり持つんだ。不屈のエース・オブ・エースっていう称号―――あれはウソだったのかな?」

 目を見開くなのはの瞳をじっと見つめながら、人を吸いこむような深い翡翠(ひすい)色の瞳でユーノはまじまじと語り続ける。

「違うな。なのははこれまでも自分の信じた道を直向(ひたむ)きに突き進んできたんだ。その結果が仲間を守ることであって、世界を守ることに繋がった。我武者羅(がむしゃら)なまでに一直線に突き進んできたからこそ、ここまでこれたんじゃないの? 今、なのはは気持ちが揺らいでいる・・・仲間を傷つけてしまったという恐怖心が、そうさせている」

 ユーノの話を聞いた直後、なのはは地面に両手を付け、トラウマとして染みついている幼き頃の記憶を脳裏に浮かべる。

 時空管理局入局二年目の冬―――異世界の捜査任務へと出かけたなのはとヴィータは帰還途中、未確認の敵と接触。その際、なのはは未確認体からの攻撃を真面に食らい、撃墜された。

 撃墜するに至った遠因は、日頃から過度なトレーニングばかりを続け、体調管理を怠っていた彼女側の責任の方が大きく、自業自得と言わんばかりに散々な結果が伴った。

 長期間に渡り、なのはは歩行機能と魔力運用に障害を来した。一時は魔導師としての再起は不可能とさえ言われた絶望を味わった。

 その絶望を経験したことがあるなのはが、死の淵で見た光景はとても寂しい暗闇だった。そのとき見た光景に、当時少女だったなのはは酷く恐怖した。

「昔、事故で大怪我をしたとき・・・絶望の闇の中で私はひとり恐怖した。『もうみんなに会えない!死にたくない』って・・・・・・自分が家族や仲間に会えなくなることは怖い! だけど、私の目の前で大切な仲間が傷つく姿はもっと見たくない! だけど、こんな取り返しのつかないことをした私に何ができるって言うの!?」

自分が死ぬことは怖い。だがそれ以上に、仲間を失うことの方がもっと怖い―――

これがなのはの正直な気持ちであり、一護達の前では素直に(さら)け出せなかった本心だった。

「ユーノ君、私はどうしたらいいの・・・・・・!!」

幼馴染みと同じ名と姿を持つ目の前の男に泣き(すが)る弱々しいなのは。

ユーノはゆっくりとしゃがみ込み、小刻みに体を震わせる彼女の肩に手を乗せ―――

「いつも通り、みんなを護ればいいんだ」

と、彼女の心に働きかけるように優しい顔で言ってきた。

潤んだ瞳でなのはが見つめると、ユーノは激励の言葉を掛け始める。

「みんなが命懸けで大切なことをしていると思うなら、そこから逃げないで。仲間を信じられない戦士は戦士たる資格は無い。だけどそれを恐れるあまり、自らの運命から逃げることもまた戦士たる資格は無い。どんな運命が待ち受けていようと立ち止まったりすることは許されない。なのはが前に進めるのなら、ギュスターブも十二使徒(エルトゥーダ)も振り掛かる火の子はすべてなぎ払う。そこでみんなの出番なんだ! なのはの出番なんだ!」

 段々と力強さを増していくユーノの激励の言葉。

 なのはの心は自然と彼の言葉に励まされ、癒されているような気持になる。

「どんな理不尽な事に直面しても、決して立ち止まらず信じたものを背負う不屈のエース・オブ・エース・・・いや、高町なのはならできる! 立って、なのは!! すべてを受け入れる覚悟がその胸にあるなら―――最後まで己の命を盾として、護る為に闘うんだ!!」

 この言葉が、なのはの腐りかけていた心を復活させた。

 ぎゅっと拳を握りしめ、なのはは自分がこれまで護ってきたものの全てを思い出し、改めて認識する。

(そうだ・・・私がやらなきゃ・・・・・・護る為に倒れるなら本望・・・いや。戦いに勝ってみんなと一緒に元の世界に帰る!! こんなところで腐ってる場合じゃない! 私は、時空管理局の魔導師高町なのはだから!!)

 父性的な態度と言葉で腐りかけた自分を立ち戻らせてくれたユーノを見据え、なのははゆっくりと立ち上がる。

「やるよ。ユーノ君。私がみんなを護る!!」

「―――うん」

 復活したなのはに満足したユーノは、屈託のない笑みを浮かべたのち―――淡く光っていた体を粒子にしながら天へと上り始める。

「じゃあ、僕はいくよ」

 と、別れの言葉を掛けた直後―――

「ユーノ君」

 なのはが消えかけているユーノの顔をじっと見ながら、おもむろに尋ねる。

「本当に困ったときは、ユーノ君が助けてくれるの?」

「そのときが来たらね―――」

 信用度の高い自然な笑みだった。

 粒子となって天へと上がって行ったユーノを見送ったなのはは、自分を絶望の淵から救いだし、立ち上がらせてくれたユーノに深い感謝を抱き、感嘆の涙を流す。

「ありがとう・・・本当にありがとう///」

 

 およそ一時間後―――夜御倉家の中庭に主要戦闘要員が会する。

 いよいよ、三世界から集まった部隊メンバーそれぞれが持つ長所を生かした混成部隊の各班が発表されようとしている。

 そんな中、雲雀を除いてなのは一人の到着が遅れていた。

「なのはの奴はまだかよ!?」

「ったく・・・この非常時に何してやがる!」

「なのはさん。やっぱりまだツナのことを気にして―――「あ!」

 そのとき、エリオが息を切らした様子で中庭へと走って来た存在に目を向ける。

 全員の視線が向けられると、その人物―――高町なのはは息切れした様子で仲間達を見つめる。

「なのはさん!!」

「遅くなってごめんなさい! もう、私は迷わない。何があっても逃げたりしない・・・・・・」

 言うと、ピシッと足を揃えたなのはは中庭に集まった全員に敬礼。

「高町なのは一等空尉、親身を尽くして最後までみなさんとともに戦うであります!!」

「なのはさん・・・」

「どうやら、自分で吹っ切ったようだね」

 大事の願いは通じた。

 正確にはひとりで吹っ切ったわけではないが、どちらにせよ彼女が絶望を乗り越えて前に進めたことは、結果として最高の結果だった。

 内心不安がっていた龍元や勇人、一護達も完全復活したなのはの姿に安堵(あんど)する。

「よし!! これより対ギュスターブ一味との戦いに備えた班の編成を発表します!!」

「「「「「「「「「「おお(はい)(ああ)」」」」」」」」」」

 発表の直後―――なのはは遠い場所から自分を励ますためにやってきた違う世界のユーノのことを考え、深い感謝でいっぱいとなる。

(ありがとう――――――ユーノ君)

 

 

”世界の意志”本部

 

『なぜですか!!』

世界の意志を束ねるAIシステム「ワールドウィルシステム」の人格プログラム、ドゥルガーはデータとして保存されているギュスターブの肉声を聞いている。

『なぜ・・・なぜあの子達もが死ななければならなかったのですか!?』

 ギュスターブは酷く悲嘆した様子でドゥルガーに強く訴えかけている。

 対し、ドゥルガーは毅然(きぜん)とした態度で振る舞い、ギュスターブに箴言(しんげん)する。

『それが星の定めなのです。たとえ罪のない子どもでも、私的な目的による死者蘇生は言語道断。我々のなすべきことではありません』

『あれだけ世界を壊せと、人の命を奪わえと言いながら・・・・・・あんな下種の様な人間を生かしていいのですか!! あなたが言うように、人命には決して生かしておくべきではない命もあるとおっしゃるなら・・・・・・それはむしろ、自らの過ちに何の責任も取らず、言葉だけ取り繕い、再び過ちを繰り返そうとしている約束を反故にする政治家の方だ!! あの少女と少年が何をしたというのだ・・・!!!』

 真摯(しんし)にドゥルガーに自分の考えを訴えかけるギュスターブだが、ドゥルガーは黙したまま返事をすることはなく、静かに彼の前から立ち去って行く。

『ドゥルガー!! 我々は何のために存在しているのですか―――!!! 世界の意志とは、何なのですか―――!!!』

・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 

「・・・・・・」

 当時の映像を何度も見返しては、ギュスターブの個人情報を見直すドゥルガーの表情は悲嘆と後悔を内包している様だった。

 そこへ、報告のために本部へとやってきた勇人がドゥルガーに話しかける。

「ドゥルガー」

 勇人の声を聞いたドゥルガーが振り返ると、勇人がすぐに彼女が見ている映像と手持ちの資料に気づく。

「それは?」

「少々・・・ギュスターブ・エトワールのデータを見直していました」

「ドゥルガー・・・実は僕はずっと分からないことがあります・・・」

「何ですか?」

勇人は報告書類をドゥルガーに手渡すと、眉を顰めながらこれまで頭の片隅で引っかかっていた率直な疑問を尋ねた。

「なぜギュスターブは、すべての世界を壊そうとするのでしょうか?」

「・・・何が言いたいのですか?」

「そもそもギュスターブと言う男の素性を良く知りません。彼は一体何者なんですか? どうして今回の様な凶行に走ったでしょう? どんな経緯(いきさつ)で、彼が世界の破壊という目的を掲げるようになったのか・・・」

 根本的な話、勇人を始め大事も龍元も事件の首魁であるギュスターブの世界の意志としての経歴を詳しくは知らなかった。

 それを知る存在はこの世でただひとり―――すべての世界の意志達を統率管理するワールドウィルシステムのAI、すなわちドゥルガーだけ。

 ドゥルガーは溜息をつくと、いずれは話さなければならないと思っていたギュスターブに関する話をおもむろに勇人に語り出す。

「・・・ギュスターブ・エトワールは、私が推薦した世界の意志のひとりでした」

「なんですって?」

「才能に恵まれ、志の高い彼の実力は“神の域”に達していると言っても過言ではありませんでした。ところがある日を境に、彼はその素晴らしい才能を自分の目的の為だけに使うようになったのです」

「一体何が・・・」

 勇人が(いぶか)しむ中、ドゥルガーの口から語られたのは衝撃の事実だった。

「・・・以前、私は世界の意志としての彼に命じました。“人口抑制のために意図的に災害を起こしてほしい”と―――」

「え!」

「私たちはその職務内容に、常に世界に存在する生命の総量を一定に保つ義務が課せられていることは知っていますね?」

「はい」

「世界に存在する生命の量は常に均等に保たれなければなれない。それは動物も人間も同じように。片方が減り過ぎたり増えすぎたりするのもいけない。両者が均衡し合える点で私たちは双方のバランスを保っています」

噛み砕いて説明すると―――世界に存在する生命の総量は一定の水準を保っており、それを構成しているのが主に人間と動植物である。

両者を天秤にかけた場合、双方の総量が一手に保たれていればバランスを保ち、片方が何らかの原因で減り過ぎたり増えすぎたりすれば、たちまち天秤はバランスを失う。

これが俗にいうところの“世界の崩壊”へと直接に繋がる現象である。

「ギュスターブが管理していた世界では、医療技術の進展と飽食によって人間の数が爆発的に増えてしまい、それゆえに様々な深刻な問題が起こりました」

 かつてギュスターブが管理していた世界の事情では、医療技術と有り余る食料事情が人間側の生命維持水準を爆発的に上昇させた。その結果、世界人口が80億人を超えてしまい―――動植物の多くが人間によって住処を失われるという事態に発展した。

 自然環境のバランスが崩れ始めたことで、ギュスターブの世界は徐々に崩壊の道へと進み始めた。

 そこで、ドゥルガーはギュスターブを始め世界の意志達による会合を開き、どのようにして事態に対処するかを話し合った。

「双方の生命バランスの崩壊を防ぐ為、私たちは何度も何度も議論を重ねました。そして考えうるあらゆる可能性を考慮した結果、人口抑制策として『ノア計画』を実行するという苦渋の決断を致しました」

「ノア計画?!」

「大地震を起こし、人口密集地域をすべて津波によって洗い流すのです」

「そんな・・・・・・どうしてそんなことを!?」

 あまりに非情で身勝手な計画だと勇人は率直に思った。

「世界の意志は常に厳格なる第三者として、傍観者として世界を見守り、世界が円滑に動くように調整する―――それが私たちに与えられた役目。人口過剰現象が続けば続くほど、人間達は醜く互に滅ぼし合い、やがて共生するすべての命を脅かし、世界ひとつを崩壊しかねない。世界の崩壊を防ぐ為、残された選択肢がノア計画でした」

 旧約(きゅうやく)聖書(せいしょ)創世記(そうせいき)』6章から9章かけて登場する、大洪水を世界の意志の力によって津波と言う形で再現しようとしたノア計画は、一種の最終手段だった。

 この計画は立案された当初から賛否両論だったということをドゥルガーは包み隠さず説明する。

「勿論、ノア計画には反対する声の方は多かった。ギュスターブもそんな反対側の立場にいました。計画に賛成する者とそうでない者との対立は続き、そうしている間にも着実に世界の崩壊は危ぶまれました。そして、世界の意志は気の遠くなる程の議論の末―――20年前。遂に人口抑制政策『ノア計画』が決行されました」

 勇人は決行と言う言葉を聞くと同時に溜飲する。

「ノア計画が正式に決定するまで、ギュスターブは粘り強く反対を続けましたが、ついには屈しました。ギュスターブは不承不承(ふしょうぶしょう)に計画を受け入れました。そして彼は、自らの手で大地震を引き起こし―――僅か一夜にして、全人口の3割を津波によって淘汰(とうた)したのです・・・解りましたか。星堂寺勇人(せいどうじゆうと)

 ギュスターブの過去に秘められた世界の意志としての記憶は、実に遣る瀬無いものだった。

 常に厳格なる世界調整者としての使命を全うすることを義務付けられている自分達が万が一にもギュスターブと同じ立場にいたとしたら―――

 考えれば考えるほど、勇人は訳が分からなくなってくる。

「・・・・・・ひ・・・・・・・・・ひとつ・・・()いてもいいですか・・・・・・・・・」

 勇人はおもむろに口を開くと、ドゥルガーの顔を見ながら率直な疑問をぶつける。

「この戦いは・・・僕たち、ひいては世界の意志に正義はあるんですか・・・!?」

 実に難解な問いかけだと、ドゥルガーは内心思った。

 一瞬視線を逸らしたドゥルガーは、気持ちを整理したのち勇人の目を凝視し―――静かに呟く。

「・・・どちらか一方に正義があれば、それは防衛か征伐(せいばつ)と呼ばれるでしょう。ですが、これは戦争です。戦闘というのは、どちらも正義(・・・・・・)だから起こるのです」

 正義の解釈が人によって違うのなら、その正義の解釈を巡って争いが起こることも必至。

 今はまさに、その戦争の渦中だった。

 ギュスターブが世界を破壊するという正義を掲げるように、ドゥルガーや大事達は世界を守るという正義を掲げている。

 決して交わることのない厳格に異なる二つの正義が衝突するとき―――どれだけの血が流れるのか、勇人は想像しただけで寒気をもよおした。

 

 

リュミエール

世界国家騎士団 2番隊隊舎 隊舎裏修行場

 

(ホロウ)化維持の為の修行を開始して5日―――

「よーし、ツナ! もう一回やるぞ!!」

2番隊の隊舎裏の修行場で繰り返される修行の成果はなかなか上がっておらず、綱吉は(ホロウ)化という無茶な力で体が疲労困憊(ひろうこんぱい)な様子。

「は、は、は、は、は、は、は」

一護の呼びかけにも直ぐに応じることができないほど辛そうな表情の綱吉を、遠目からハルとランボ、世界の意志の三人が見守っている。

息を切らした綱吉を見て痺れを切らした家庭教師兼殺し屋のリボーンは、帽子の上にいつも乗せている記憶形状型カメレオンのレオンをチェコ製のCz75の1STに酷似した銃に変化させ、無慈悲な銃口を綱吉の額に押し当てる。

「なにぼさっとしてやがる。さっさと面つけろ」

「ひいいい!! わ、わかったから銃を下ろせよ!!」

 脅される形ではあるが、綱吉は今一度虚(ホロウ)化維持の訓練を続行する。

 ハイパー死ぬ気モードとなった状態から、汗だくの表情を手で覆い隠すと―――すかさず(ホロウ)の仮面が形成される。

 黒い仮面紋が目の下にあるのが特徴の仮面を綱吉が装着した瞬間、(ホロウ)化した一護の強烈な殴打が綱吉に襲い掛かる。

 咄嗟(とっさ)に一護の攻撃を受け止める綱吉だが、(ホロウ)化した一護の殴打の威力は想像以上に重いものだった。

(つう)っ・・・!!」

「仮面出してからの初動が遅せって言ってるだろ!! 一撃で決められたら終いだ!!」

 厳しくも全力投球で綱吉の(ホロウ)化維持のために修行に付き合う一護は、徹底的に綱吉を痛めつける形で攻撃を加えて行った。

「ぐあああ」

 大地が激しく揺れ動き、2番隊に所属する騎士達が秘かな注目を集める中、見物中の大事達は一抹の不安を感じる。

「・・・なかなか伸びないですね保持時間・・・」

「まぁ、そう簡単にいかないものですからね」

 やがて、綱吉が土煙の中から飛び出してきた。

 仮面は一瞬にして砕け、綱吉の(ホロウ)化が完全に解かれる。

「4秒です」

「早いな!」

 計測を行っていた勇人の口から一桁(ひとけた)台の時間が告げられると、大事は率直に呟く。

 すると、ハルの腕の中で鼻をほじくりながら綱吉の修行の様子を見ていたランボがおもむろに尋ねる。

「ねーねー。綱吉の奴、何ひとりでお面付けたりとったりして遊んでるの?」

「ら、ランボちゃん・・・ツナさんは別に遊んでいる訳じゃないんですよ」

(ホロウ)化状態を長時間キープする為の訓練だよ。(ホロウ)化を発症した者は避けては通れない道さ」

 勇人が簡潔に説明するも、ランボはイマイチ理解していない様子だった。

「ふ~ん・・・でもツナだけなんか楽しそうで、ずるいんだもんね!」

「ランボ、ズルイ違ウ」

 イーピンが(いさ)めるも、ランボは綱吉が一人で自分の知らない遊びをしていると解釈し、終始不機嫌な様子だった。

「どうもこの子どもは、(ホロウ)化というものを遊びか何かと勘違いしているようですが・・・」

「まぁ少なくとも、子どもの了見(りょうけん)虚化(あれ)を理解しろと言うのが難しい話です」

世界の意志達はやや呆れながらも、仕方のないことだとも思った。

「だああああ」

 その後も何度か行われた(ホロウ)化維持訓練の成果は芳しくなく、極めてストイックな性格のリボーンは徹底して綱吉を追い詰める。

「殺すぞ、ダメツナ」

「ひいいいいい///」

「スパルタの域こえて鬼畜(きちく)だな・・・」

と、一護がリボーンの指導に対して率直な感想を呟いた直後―――

「黒崎く―――ん!!」

 修行場に現れたのは、別所で訓練に励んでいるはずの織姫だった。

「・・・井上?」

「どうかしたんですか織姫さん?」

皆の視線が織姫に向けられる中、息を乱した様子の織姫の口から語られたのは―――

「京子ちゃんが・・・京子ちゃんが目を覚ましたの!!」

「え!!」

 京子と言う言葉に反応した綱吉は、矢も盾もたまらず屋敷の方へと向かった。

 一同が屋敷へと戻り、京子の自室へと向かうと―――

「京子ちゃん!!」

 (ふすま)の向こう側で、シャマルとフレックスが見守る形で京子が布団の上からゆっくりと起き上がった。

「ツナ君・・・」

 京子は至って無事な様子の綱吉の状態を見て内心ほっとすると、屈託のない笑みを浮かべる。

綱吉は一週間もの間眠り続けていた京子の元へと駆け寄り安否を気遣う。

「だ、大丈夫!?」

「うん。ちょっとまだ体がだるいけど・・・大丈夫だよ」

「よかった~~~・・・あの・・・ごめん京子ちゃん!」

「え?」

綱吉は京子が目覚めるとすぐに、彼女に向けて深く頭を垂れる。

(いぶか)しむ京子とそれをじっと見守る一護達。綱吉は顔を上げると、拳に力が(こも)った様子でおもむろに顔を上げる。

「一護さん達から事情は聞かされたよ・・・・・・京子ちゃんがオレを助けてくれたんだよね・・・・・・」

 綱吉は京子の手を優しく包み込むよう握りしめる。

 この行為に京子が若干頬(ほほ)を紅潮させる中、震える声で京子に謝罪と感謝の言葉を告げた。

「本当にありがとう・・・だけど、京子ちゃんをこんな危険な目に遭わせちゃって・・・・・・オレ・・・・・・///」

「―――うんうん。謝らないで」

京子は首を縦に振ると、意識的に綱吉の手を握り返し、言葉を紡ぐ。

「私がそうしたいって思ったことだから。それに、もしもあのとき私じゃなくてもここにいるみんなが(ホロウ)化したツナ君を助けたかったと思うよ」

 この言葉を聞き、獄寺とスバルが綱吉に言う。

「その通りっす! 10代目の右腕として、オレは命を惜しまない覚悟です!!」

「私たちも! 京子ちゃんと同じことをしてたと思う!」

「獄寺君・・・スバルさん・・・」

「何はともあれ、ひとまず安・・・「京子ぉぉぉぉぉぉ――――――!!!!!!」

 唐突に聞こえた雄叫びにも似た了平の声。

 (ふすま)を豪快に破壊した了平は凄まじい勢いで京子の元へと駆け寄り、京子が驚き返るほどのリアクションを見せながら彼女の手を握りしめる。

「京子ぉぉぉぉ―――!!!! 極限無事かあああああああああああああ!!!!」

「お、お兄ちゃん・・・!?」

「おおおおおお!!!!! 京子おおおおおおおおおお!!!! 一週間も目を覚まさぬから心配したのだぞ―――!!! 極限何ともないかああああ!!! オレは心配で心配で夜も眠れなかったのだぞ―――!!!」

 アニマル浜口を見ているような感覚だった。

 絵に描いたような了平のシスターコンプレックスぶりに、この場に居合わせた全員が絶句しそうになる。

「お、お兄さん・・・えっと・・・落ち着きましょうか!」

「ったく。イチイチデカい声で(わめ)きやがって」

「ははは。でも、それが先輩らしくていいじゃねぇか!」

「にしても了平くん・・・それ」

「お? オレがどうかしたのか?」

 はややてはさり気無く、了平の目蓋(まぶた)の下にできた非常に濃い隈を指摘する。

「そんな濃い隈・・・歌舞伎でも見たことないわ」

「ぷははははは!!! こりゃ傑作だ!!」

 たまらず恋次が失笑し、それに触発されて獄寺も笑い出す。

 一方で京子は、自分を心配するあまり真面な睡眠もとっていない兄のことを心配する。

「お兄ちゃん。ダメだよちゃんと寝ないと」

「し、しかし京子のことを考えると安眠など決してできんぞ!!!」

「にゃはは。すごい妹思いだよね、了平君。そういうところはクロノ君と似てるよね」

「え?そ、そうかな・・・///」

 なのはがフェイトの義理の兄であるクロノ・ハラオウンの話題を口にすると、フェイトは気恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「なんやかんやいうてもお兄ちゃんや。ここだけの話・・・事あるごとに通信入れては『フェイトは元気にしてるか?』って♪」

「え! そ、そうなの・・・もう・・・クロノったら・・・意外と暇人なんだから///」

 管理局の中でも上の立場にいるはずの義兄が、仕事の合間にそのようなことをしているとは夢にも思わなかったフェイトは羞恥心でいっぱいになる。

 そんなフェイトに追い打ちを掛けるのは、リボーンだった。

「ふん。そいつも結構なシスコン重症患者だな」

「り、リボーン///」

「ま。あれよりはマシだとは思うけどな」

 一護が言うと、この場に会した者全員が過剰なまでに京子の健康を(ねぎら)わる了平に苦笑した。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人『BLEACH 26巻』 (集英社・2007)

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 9・10・11巻』 (小学館・2013)


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