死神×マフィア×魔導師 次元の破壊者   作:重要大事

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暴走・虚化ツナ

リュミエール

桜華国 夜御倉邸

 

「ぶぴゃ~~~・・・ランボさんは、ランボさんだもんね・・・」

午後9時も過ぎれば、5歳児のランボの眠気は頂点に達する。

おぼろげな瞳を少しずつ閉じていくと、すぴーと言う寝息を立てて、ハルの(ひざ)の上で眠りに落ちる。

「すっかり寝ちゃったね、ランボ君」

「もうおねむの時間です」

 ランボが眠りに就くと、綱吉達の帰りを待って眠気を我慢していたイーピンやヴィヴィオ、フゥ太の眼もしょぼしょぼとし始める。

 京子はハルやエリオ達と顔を見合わせ、柔らかい笑みを浮かべる。

「イーピンちゃんもフゥ太君も、もう遅いから休んでいいよ」

「ヴィヴィオもそうしたら」

「うん・・・」

 ヴィヴィオとイーピン、フゥ太の三人は眠りこけたランボを抱いたフレックスに連れられ、先に寝室へと向かう。

「シェイシェイ。お休み」

「ツナ兄たちが帰ってきたら起こしてね・・・」

「おやすみなさい・・・」

 礼儀正しく挨拶をした後、子ども達は床へと向かった。

 シンの救出へと向かった綱吉達を除き、屋敷に残ったのは京子・ハル・エリオ・シグナム・はやて・シャマル・ザフィーラ、リインの十人。

 仲間の無事な帰還を信じて大人しく広間で待っていると―――

「おや?」

 唐突に魔法陣が床に出現。現れたのは世界の意志としての仕事を終えたばかりの重要大事(じゅうようだいじ)星堂寺勇人(せいどうじゆうと)

「ただいま―――」

「あ。重要さん。勇人さん」

「おかえりなさいですー」

「あれ? なんでこんなに人数が少ないの? 龍元さんは?」

 勇人は異様なまでに人の数が少ないことを疑問に感じ、率直な疑問を抱く。

「実は―――」

 エリオは二人が留守の間に起こったことを包み隠さず話した。

「そうなんだ。しかし、なんだろうな・・・この妙な違和感というか、悪寒(おかん)と言うか」

 大事は明確にはわからない、異様な違和感に取り憑かれそわそわする。

 第六感、あるいは虫の知らせ―――そういう本能的に結びついた生命の力が彼に重大な何かを教えようとしている。

 現に今、グランマニエでは前代未聞の問題が発生しているのだが、この時点において大事と勇人が綱吉の(ホロウ)化という不測の事態を知る由もなかった。

 そんな中、大事と同じように言葉にはできない不安を京子も感じていた。

「どうかしたの、京子ちゃん?」

 うつむき顔の京子を心配しシャマルが声をかけると、京子は綱吉達が屋敷を出る前に一瞬だけ浮かんだ不吉なビジョンのことを思い出し、不安に満ちた瞳を浮かべる。

「ツナ君たち、大丈夫かなと思いまして・・・・・・・・・」

 幼き頃、兄・了平が中学生と喧嘩(けんか)をしたことを自分のせいだと引きずり、それ以来親しい人間が傷つくことに対して恐怖心にも似たトラウマを抱える京子は、これまで自分の知らない場所、及ばないところで命をすり減らす戦いを繰り返す綱吉の身の上を心底憂慮(ゆうりょ)していた。

 誰よりも優しく、誰よりも傷ついて欲しくないという感情を無意識に胸に抱えて―――

「大丈夫ですよ。ツナさんたちなら」

 京子の心情を一目見て理解したハルは、持ち前の明るさで京子を励まそうと笑顔を作った。

「必ず無事に帰ってきますよ! 綱吉さんはハイパークールでかっこいい人ですから!!」

 英語と日本語で同じ意味を持つ言葉を無意識のうちに重複させているハル。このいかにも彼女らしい激励に、京子は心の内が温かくなるのを感じた。

 はやてやシグナム、ザフィーラがハルに呼応し不安に満ち満ちた京子を勇気づける。

「せやな。ツナくんたちなら大丈夫。怖いことなんか何もあらへん」

「今は信じて待とう。みなの帰りを―――」

今宵(こよい)結ばれた我らの絆を、断ち切れるものなどなにもない」

前向きな言葉。

戦闘要員・非戦闘要員に限らず誰もが仲間のことを第一に思い、そして信じている。

京子はこの事件を通じて知り合えた仲間達の絆が確かなものであることを改めて認識。不安でいっぱいの自分を勇気づけてくれた彼女達に深い感謝を抱く。

そして、綱吉達を最後まで信じようという気持ちを胸に抱いて、きっぱりと答える。

「はい―――」

 

 

同時刻 グランマニエ皇国 山岳地帯

 

フェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウンは、暴君と化したボンゴレX世(デーチモ)の成れの果てと対峙(たいじ)―――その力を前に劣勢に立たされていた。

「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」

 息乱れるフェイトとは裏腹に、(ホロウ)化が進行しつつある綱吉の意識は完全に飛んでおり、既に仲間の顔を見ても等しく敵と判断している状況。

 正直いうと、フェイトは戦い辛かった。

 仲間内で行う模擬戦とは異なり、自らの命を懸けた本気の殺し合いを彼女は好まない。

 幼い頃の経験で、どんなに恨み辛みを抱いた犯罪者であっても決して命を奪うという行為にだけは至らなかった彼女にとって、自我を失い暴徒(ぼうと)と化した綱吉と殺し合うなどという機会は願い下げだ。

 しかしだからといって、ここで戦わなければ魔物に精神を奪われた綱吉の餌食(えじき)になることは火を見るより明らか。

 勝てる自信などありはしない―――だがそれでも、戦うという選択肢を選ばざるを得ないという板挟みの状況が、フェイトの心を締め付ける。

 そして次の瞬間。フェイトが前に出てバルディッシュを勢いよく綱吉に向かって振りかざすや否や、(ホロウ)化した綱吉は響転(ソニード)を使用しフェイトの懐へと入り込む。

 

 バシュ―――!

 

「が・・・・・・」

 鋭い爪で体を切り裂かれたフェイトはバリアジャケットの上から皮膚(ひふ)(はが)され、出血―――吐血(とけつ)も伴い、中空より力なく地面へと叩きつけられる。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」

 暴走した綱吉がフェイトに止めを差そうと空中から黒い炎を(まと)った拳で殴りかかろうとした瞬間、黄色のエネルギー弾と嵐属性の炎の弾が(ホロウ)化した綱吉の皮膚へと直撃。

「!」

 体制を崩しかけた綱吉が地面に着地し、飛来した弾の弾道へと目を向ける。

 咄嗟(とっさ)に綱吉に攻撃を加えたのはリボーンと獄寺の二人。それぞれ真顔を浮かべ、赤炎の(フレイムアロー)の砲門と銃口を向けている。

「おやめください・・・10代目・・・」

「綱吉は確かにヘタレだが、女に手を上げるような弱い男じゃなかったぞ」

「ウゥ・・・・・・」

 加速度的に綱吉は確実に人の身から離れ、(ホロウ)という名の魔物へと成り下がろうとしている。

 リボーンと獄寺の言葉の意味を理解しているかといえば、キッパリとノーと言おう。

 だがそれでも二人は一縷(いちる)の希望を信じて、綱吉に呼びかけを行う。

「おい。大丈夫かよ、フェイト?」

 ヴィータは綱吉によって傷を付けられたフェイトの安否を気遣う。

「大丈夫・・・これくらい」

 バルディッシュを文字通り杖代わりにするフェイトは、フラフラの足でゆっくりと上半身を起こそうとするが、途中で足がガクッと折れ力が抜ける。

「全然大丈夫じゃないよ、フェイトちゃん!」

 親友のフェイトが負ったダメージの大きさを理解したなのはは、我が身を(いた)わる以上に彼女の怪我の具合を気遣う。

 フェイトはなのはの温かい心に触れると、苦しそうではあるが喜びを内包した表情でじっと彼女を見、再び立ち上がる。

「なのは・・・私は、まだ戦える・・・大丈夫」

「とにかく・・・このままじゃ・・・」

 不意に聞こえてきたのは山本の声。

 了平とシンの肩を借りて、満身創痍(まんしんそうい)の山本がおもむろに歩み寄る。

「どっちにしても・・・こっちがもたねぇぜ」

「山本・・・」

 凶暴化したナッツに空中から踏みつけられ、体に多大なダメージを蓄積させているにもかかわらず、山本は綱吉を助けようと気力を振り絞り立ち上がって来た。

 獄寺は普段でこそ山本を野球バカと(ののし)邪険(じゃけん)に扱っているが、一途にボスである綱吉を思う気持ちが自分と同じかそれ以上だということを改めて認識する。

「朽木さん。他に手を無いの?」

「もっと強力な縛道(ばくどう)とか使えねぇのか?」

 織姫と一護が尋ねたところ、ルキアは眉間(みけん)(しわ)を寄せると否定の意味を込めて、首を軽く横に振る。

生憎(あいにく)と私にも限界がある。完全詠唱(かんぜんえいしょう)でも九十番台の縛道を体得することは容易ではない」

 死神が使う高尚霊術【鬼道(きどう)】には、相手を直接攻撃する「破道(はどう)」と、防御・束縛・伝達等を行う「縛道(ばくどう)」があり、それぞれに一番から九十番台まで様々な効果を持つ術が多数存在する。

数字が大きい術ほど高度で強力であり、その分難易度も増す。

鬼道には言霊(ことだま)の詠唱に関する技術があり、その内の1つに「詠唱破棄(えいしょうはき)」と言う技術が存在する。

これは言霊の詠唱を省略して鬼道を放つ技術で、鬼道に拠る即時攻撃を可能とするが、威力を保持することが難しく鍛錬が必要となり、霊力が高いからと言って相応に威力を保持できる訳ではない。

隊長格にもなると、大きな数字の鬼道を詠唱破棄で発動することができるが、それには血の(にじ)むような鍛錬が必要不可欠となっている。

 ルキアは元来剣術よりも鬼道の才能に恵まれていた。

上位席官ではないものの、既に副隊長クラスの実力を兼ね揃えており、七十番台までの鬼道ならば完全詠唱で発動することができる。

 しかし、それより上の八十番台、九十番台の鬼道となれば次元が異なり、消耗する霊力もかなりのものとなる。客観的にルキアの今の霊圧ではそれを操るには不十分だった。

「龍元さん! あなたならなんとかできませんか?」

 はやて(L)は世界の意志と呼ばれる特別な存在の夜御倉龍元(やみくらりゅうげん)の力に最後の望みを懸け、おもむろに尋ねる。

 サングラスの位置を微調整し、龍元は眉間に皺を寄せながら閉じていた口を開く。

「確かに、私も世界の意志の端くれですから・・・まったく手が無いという訳ではありません」

「本当か?!」

「はい。ただし・・・なのはさん達の三重の拘束を簡単に破られています。私も最大限の力でいかないとダメでしょう。それには・・・・・・みなさんで、術を仕掛ける確実なチャンスを作っていただく必要があります」

 龍元が懸念しているのは、(ホロウ)化の影響で綱吉の身体的ポテンシャルが極端なまでに上昇してしまっていること。

 白く硬化した皮膚は鋼鉄の如く、斬魄刀(ざんぱくとう)の一撃をものともしない。

 霊圧知覚をすり抜けてくる響転(ソニード)の速度は、一護達の背後を容易に捕える。

 そして、綱吉の精神を完全に支配している(ホロウ)の本能は一直線に目の前の標的を殺しにかかる。

「万が一頃合いを間違えば、私の術の道連れにならないとも限りません」

龍元はそれらのことを考慮すると、奥の手を使うにも使うタイミングというものを慎重に見計らう必要があった。

術の発動のタイミングが一歩でもずれれば、この場にいる全員がとばっちりを受ける羽目になる。

そんな顛末(てんまつ)は死んでも許さない、龍元が内心不安を抱いていると―――

「なんだ。そんなことか?」

 あっけらかんとした声で言ってきたのは、了平だった。

芝生頭(しばふあたま)

「沢田はオレが引きつけるぞー!」

 両手にボクシングで使うものに酷似した晴の紋章が刻印された専用グローブを装着し、両手に力を込める了平。

「俺も・・・」

「私も!」

 それに便乗する形で、茶渡とスバルの二人が了平の両隣に立つ。

「スバルまで・・・」

「三人で引き付けてる間に、みんなはツナを捕まえて!」

 と、スバルはリボルバーナックルを左掌(ひだりてのひら)に叩きつけながら言うが、獄寺は正気の沙汰(さた)とは思えない三人の無謀な行動に危惧の念を抱く。

「おめーら正気かよ!? 10代目の今の力がわからねぇはずじゃねぇだろ?!」

了平は意外そうな顔を浮かべた。

普段強気な口調の獄寺とは思えぬ後ろ向きな発言に面を喰らったが、すぐさま口元を緩め背中越しに言う。

「何をビビっておるのだ、タコ(ヘッド)。ボスが苦しんでいるのに守護者であるオレ達が止めないでどうする?」

 了平は拳を強く握りしめながら、異形の怪物の姿へと変貌しつつも、内心では苦しみあがき続けている素の綱吉がいることを心の目で見極める。

 そして、争い自体を好まない平和主義者な綱吉のことを真剣に思っている仲間の存在がこの場だけではなく、夜御倉家にも居ることを伝える。

「沢田を思っているのはオレ達だけではない。屋敷であいつの帰りを待っている京子達も、沢田のことを思っておる!」

 この言葉を聞き、一護とリボーンは口元を和らげ、了平の言葉に共感する。

「ああ。そうだな」

「当初と比べると、随分と進歩したもんだ」

 みなの心が一つにまとまろうとしていた。

 最前線に立った茶渡・了平・スバルの三人は(ホロウ)化暴走状態の綱吉を見据えると、各の拳を構え、出るタイミングを窺う。

「一護達は後ろを頼む・・・」

「ああ。任せろ」

「ウオオアアアアアアアアアアアッ」

 綱吉が天地轟(とどろ)く唸り声を上げた次の瞬間―――突一(とついち)三人が挙って前に出る。

「「「うおおおおおおお!!!!」」」

 前に出るや否や、三人は三方向へと散らばり、三地点より攻撃を仕掛ける。

「悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)―――」

右腕に宿る茶渡の力の根源は『防御の力』だが、それとは対照的に左腕には『攻撃の力』を宿していた。

悪魔の左腕と称する白を基調とするシンプルな腕の鎧を発現すると、茶渡はその拳に攻撃の力を内包する。

「『魔人の一撃(ラ・ムエルテ)』!!」

 巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)とは比べ物にならないほど威力が高い左腕の鎧で、霊子をまとった強烈なパンチを繰り出す。

「うりゃああああ!」

 ほぼ同じタイミングで、スバルが渾身の力を込めたリボルバーナックルの一撃を綱吉の懐へと叩きこむ。

 綱吉の体にヒットするも、皮膚自体が鎧並みの硬度を持つために、拳打(けんだ)の衝撃は完全には伝わらず力が分散化。

 逆に二人は皮膚の硬さゆえに反動を受け、後ろへと吹き飛ばされる。

極限(マキシマム)コンビネーション!」

 了平は脚部に装着した死ぬ気の炎を灯せるブーツで加速すると、中空に浮遊する綱吉目掛けて彼に対する思いの丈をすべて込めた高速連打を仕掛ける。

 とはいえ、結果は茶渡とスバルと大差は無く、高速連打は(ことごと)(ホロウ)化した皮膚の前に形無し―――了平愛用のグローブが瞬く間にボロボロになる。

(なんという重さ・・・なんという硬さだ・・・! 晴の炎で編み込んだグローブをここまで消耗させるとは・・・!)

 グローブの素材には死ぬ気の炎に耐えうる特殊な糸を使われており、綱吉のX(イクス)グローブと同じ構造になっている。

 了平の持つ晴グローブ(セレーノ・グラブ)は、傷ついても瞬時に細胞を復元させる高速自己修復機能を秘めていたが―――(ホロウ)化した綱吉が持つイレギュラーな力には、再生を促す活性細胞も多大なダメージを受ける。

 (ホロウ)化した綱吉は本能のままに従い、攻撃を仕掛けた了平の体に黒い死ぬ気の炎を(まと)ったパンチを叩きこみ―――了平はたちどころに飛ばされる。

「先輩!」

「チクショー!」

 後方支援組は苦虫を噛み潰した険しい顔を浮かべながら、最前線の三人に代わって中長距離から攻撃を開始。

「光の(リヒト・ヴィント)!」

「バリアブルシュート!」

「ストレイトバスター!」

「ブラストレイ!」

 石田が放つ無数の光の矢をひっかけに、ティアナの魔力弾、なのはの直射型砲撃、キャロが使役する飛竜フリードリヒの巨大火炎が綱吉へと直撃。

 だがこの攻撃を受けても尚、綱吉の理性は(ホロウ)によって支配され、受けた傷も「超速再生(ちょうそくさいせい)」能力によって瞬時に回復。

「赤炎の(フレイムアロー)!!」

「カオスショット」

 仲間達は粘り強く攻撃を続けた。

 獄寺が雲属性の死ぬ気の炎と組み合わせた炎の一撃を放つと、炎は不規則な形に増殖し、その後に続いてリボーンが放つ強力無比なエネルギー状の弾丸が綱吉の体を射抜く。

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 怒りに燃え、綱吉は両拳から霊圧を押し咬めた衝撃波「虚弾(バラ)」を放つ。

 虚弾(バラ)虚閃(セロ)と比べ、威力こそは劣るがその速度は虚閃(セロ)の二十倍にも匹敵すると言われる。

瞬迅剣(しゅんじんけん)!」

 目に追いつけぬほど早い速度で飛んでくる虚弾(バラ)を、傷も癒え切っていないシンが瞬時に見極め、龍王牙(りゅうおうが)の一振りで斬り伏せ―――着弾を未然に防ぐ。

「霧のカーテン(コルティーナ・ネッビア)!」

三叉槍(さんさそう)を回転させ、地面に突き刺すや否や、クロームは霧の炎で作られたカーテンで周囲を囲い、綱吉の動きを封じ込める。

霧属性の死ぬ気の炎が持つ特性「構築(こうちく)」は、実体のない幻覚や幻影に形を与え、リアリティーを持たせる、あるいは場に姿を溶け込ませ文字通りの霧の中へ姿を隠す。

いま、綱吉は霧の炎によって構築されたカーテンを前に困惑している。

死ぬ気の炎で隠れた一護達を探そうとするも、その前にカーテンの向こう側から魔力弾や霊子の矢、死ぬ気の炎が飛んでくるため一方的に攻撃を受け続ける。

業を煮やした綱吉はカーテンの向こう側に誰がどのようにいるのかを考えず、本能のままに虚弾(バラ)をぶつける。

闇雲に撃った虚弾(バラ)のひとつが、カーテンを突き抜け一護達に飛来しようとする。

三天結盾(さんてんけっしゅん)! 私は拒絶するっ!」

 すぐさま織姫がヘアピンを媒介にして術を発動。

 三つの光が三角形状の盾を作り出すと、綱吉が放った虚弾(バラ)からこの場にいる全員を守る。

 カーテンから出たフェイトとヴィータ、恋次は、空中から狙いを定め―――各の武器による一撃必殺の攻撃を仕掛ける。

「ハーケンセイバー!」

「ギガントシュラーク!」

「咆えろ、蛇尾丸(ざびまる)!」

 閃光(せんこう)戦斧(せんぶ)という異名を持つバルディッシュから放たれる金色の魔力刃(まりょくじん)と、ヴィータの身の丈よりも巨大と化した鉄槌(てっつい)、それに恋次の蛇尾丸の一撃が虚化(ホロウか)しつつある綱吉のとりわけ皮膚の薄いところを狙い撃ち。

 (ホロウ)の皮膚が薄いところへ強力な攻撃が一度に三発も加わり、綱吉は(ホロウ)の姿で喚き声をあげると、待機していたルキアが動きを封じ込める。

(つぎ)(まい)白漣(はくれん)!」

 純白に輝く尸魂界(ソウル・ソサエティ)で最も美しいとされる斬魄刀「袖白雪(そでのしらゆき)」で地面を四ヶ所突き、水平方向に構えると、そこから猛烈な凍気を一斉に雪崩(なだれ)のように放出―――綱吉の体を氷漬けにする。

 氷漬けにされてしばらく身動きができない綱吉だが、溢れ出る(ホロウ)の本能を完全に封じ込めることは叶わず、瞬く間に氷を粉々に砕き、咆哮とともに外へと飛び出す。

「ウオオオオオオオオオオオ!!」

 そして、次の瞬間―――綱吉は両手を前に突き出すや否や、右掌で霊圧を圧縮させながら、もう片方の手からは黒い死ぬ気の炎を混入させる。

虚閃(セロ)か?!」

「死ぬ気の炎のオマケつきかよっ!!」

 普通の虚閃(セロ)でさえ、直撃すれば命の保障など無いというのに、況しては特性もよくわからない黒い死ぬ気の炎の熱破壊能力が加われば、凄まじいものとなる。

 間違いなく一瞬で辺りが消し飛び、射線上にいるものすべてが(ことごと)く灰と化す。

 万事休す、かと思われた直後―――ただひとり希望を信じて戦うことを決意した様子の一護が堂々たる姿勢で前に立つ。

「オレンジ頭!!」

「黒崎君!」

「ツナ・・・いい加減にしろよ・・・それでも・・・それでも・・・それでもボンゴレの大空なのかよっ!!」

 声高に綱吉に向かって声を張り上げた一護。

 綱吉は8割がた(ホロウ)と化しているため、一護の声は届かない。

 間もなく霊圧と死ぬ気の炎がチャージし終わり、前代未聞の虚閃(セロ)が飛来する。

 覚悟を決める各々だが、一護は諦めていない様子で―――綱吉を絶対に助けると言わんばかりに宣言する。

「ツナ! 一瞬だ・・・一瞬で終わらせてやる」

 おもむろに右手を顔に(かざ)しはじめる一護。固唾を飲んで一同が見守る中、一護の霊圧が上がり始め、顔に現れたのは綱吉と同一の力―――仮面紋(かめんもん)のついた(ホロウ)の仮面。

「何!?」

「一護も(ホロウ)化・・・!?」

一護が(ホロウ)化するということを事前に聞かされていなかったなのは達は目を丸くする。

暴走する綱吉の制御不能な(ホロウ)化とは異なり、一護のそれは自らの意思でコントロールされた確かな力。眼球は黒、瞳は黄色に変わると一護は雄叫びを上げながら天鎖斬月(てんさざんげつ)の刀身を掲げる。

刀身に注ぎ込まれる紅色を帯びた黒い霊圧が押し固められ、通常の月牙とはその質量、破壊力においても群を抜いた一撃が完成する。

(ホロウ)化した一護と綱吉はこの戦いに終止符を打つため、お互いが持ちうるすべての力をぶつけに行った。

「オオオオオオオオオオオ!」

「ウオオオオオオオオオオ!」

 綱吉の両手から放たれた黒い死ぬ気の炎を帯びた虚閃(セロ)は、瞬く間に大地を削り、周りに生えた食物から無機物に至るまでを風化(ふうか)させる。

 それに対する一護の天鎖斬月から放たれる漆黒の斬撃は、真っ向から綱吉の虚閃(セロ)とぶつかり合い、均衡状態をつくる。

 一護はさらにそこから刀身に月牙を留めた状態で目に出て、綱吉の虚閃(セロ)を受け流そうとする。

 人の領域を逸した規格外な力と力のぶつかり合い。

 どちらが先にその身を滅ぼすかもわからない状況で、なのは達は一護のことを心の底から信じた。

 そして、その願いを受け取った一護は、亀裂の入った仮面越しに、暴走状態の綱吉に向かって――――――

「目を覚ませ、ツナぁぁぁ――――――!!!」

 魂の叫び声が届いたのか、(ホロウ)化した綱吉の体がピキピキと音を立てる。

 次第に体の自由が利かなくなり、虚閃(セロ)の力も弱まっていく。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 この瞬間を見逃さなかった一護は強引に天鎖斬月の刀身で虚閃(セロ)を空中へと弾き飛ばした。

「龍元さん!」

「今です!」

 絶好の頃合い。

 千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスがついにやってきた。

 なのは達の呼びかけに応じた龍元は、綱吉を封じ込めるための奥の手を披露する。

「いきます!! うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 龍元の全身からあふれ出る力はリュミエールの大地を震わせる。

 そして、震えた大地は龍元の呼びかけに応え―――怯んだ綱吉の足元を押さえつけるように形が変形。

 全身に覆いかぶさるようにして綱吉の体を頑丈に押さえつけた。

「10代目!!」

「ツナ君!!」

 暴走を抑え込んだ龍元は息を荒げ、全身から多量の汗を流す。

「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」

 一護は(ホロウ)化を解除すると、龍元ほどではないが額から汗を浮かばせ、先ほどのギリギリの戦況をどうにか切り抜けたことに安堵(あんど)する。

「どうやら収まったみたいだな」

「一護も龍元さんも、おつかれさま」

 (ねぎら)いの言葉をティアナがかけると―――二人は苦笑気味に呟く。

「けっこう・・・ギリギリだったけどな・・・・・・」

「いや~・・・無理をすると疲れますね」

 と、そこへ―――

「みんなー!」

 夜空に浮かぶ人影。

 人影は地上の一護達の許へと呼びかけ、すぐさま着地。

 現れたのは、ファイヤーエンの姿に変身し重要大事の指示で現地へと飛んできた世界の意志、星堂寺勇人(せいどうじゆうと)

「勇人さん!」

 勇人は到着するや否や、すさまじい戦況を物語る辺りの光景に目を見開く。

 そして、何よりも綱吉の変貌ぶりを一目見た瞬間―――勇人は言葉を失いかけた。

「なんだよ・・・一体、これは・・・・・・!?」

 なのはは綱吉の傍らで手の甲に涙を零し、震える声で暴露する。

「ツナ君が・・・私を(かば)って・・・!!」

「なん・・・・・・だって・・・・・・」

 事の経緯(いきさつ)を聞かされた勇人だが、事態は極めて逼迫(ひっぱく)していた。

「ウアアアアアアアアアアアッ」

 (ホロウ)化の進行は綱吉の身体を(むしば)み続ける。

 瞳の色は黄色で、眼球は黒く染まった綱吉の右目の部分を除くほとんどが仮面紋のついた白い仮面に覆われ、胸には(ホロウ)の証である孔が生じている。

 このままでは確実に綱吉は(ホロウ)と化して死んでしまう。

悠長(ゆうちょう)なことしてらんねぇ!! 早くツナを治療しねぇとやべーんだよ!」

「しかし・・・ここまで進行した状態じゃ、どうやって処置するというのだ?!」

 一護達が元いた世界に生息している悪霊「(ホロウ)」の生まれ方は―――死神によって尸魂界(ソウル・ソサエティ)へと導かれなかった通常魂魄「(プラス)」が、通常外部からの影響がない限り、数ヶ月、数年の時を経て胸に(あな)が開き霊子が霧散し再構成後、(ホロウ)となる。

(ホロウ)になっても記憶や知能は残り、他者との会話も出来るが、心は失っているため捕食や戦闘と言う目的のためにのみ頭脳を駆使していることがほとんど。中には他の個体を統率して群れを成したり、死神に対して心理戦を仕掛けて来たりなど、かなり狡猾(こうかつ)な個体も存在する。

綱吉の場合は、通常の(ホロウ)の誕生とは順序が滅茶苦茶だった。

彼は(ホロウ)化を発症すると同時に仮面を生成しはじめた―――これは、彼自身の魂が強く抵抗していることの証であり、僅かながらに助かる見込みは残っていた。

だが問題は別にある。即ち―――治療に必要な場所と時間の確保であり、進行が続いている状態で尚且つ屋外という状況では綱吉を助けることなど不可能な話である。

望みはないのかと、誰もが諦めかけようとしていたときだった。

夜御倉龍元(やみくらりゅうげん)が意を決して口を開き、おもむろに呟いた。

「・・・みなさん。私は世界の意志としての自覚はほとんど持っていないのですが、こういう時には案外役に立つことがあるものです」

「え?」

「何を言っている・・・?」

 (いぶか)しんだ顔で全員が龍元の方へと視線を合わせる。

「今から我々を含む全員をこの状態のまま夜御倉邸へお運びします。屋敷に帰れば、重要様がおられる。そうすれば、(ホロウ)化の治療法を教えてくれます!」

「待て。この状態のまま・・・だと!?」

「そんな・・・どうやって・・・」

 このままとは即ち、自分達が場所の移動を行わずにグランマニエから遠く離れた夜御倉邸へと直接帰還するということ。同時に、綱吉の(ホロウ)化の進行を抑えることを暗に示している。

 人智を超越したそれらの行為をどうやって再現するのか―――誰もが疑問に思う中、龍元は呟く。

「“時間停止(じかんていし)”と“空間転位(くうかんてんい)”を使います」

「?!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だって?」

 勇人の表情が露骨に歪む。

長い沈黙の後にシンが訝しんだ顔で龍元を見る。

龍元の言葉が指す意味―――即ち、自分達が立っている場所をまるまる時空間転位させつつ、時間を止めることによって綱吉の(ホロウ)化の進行を食い止めようとすることである。

「世界の意志に許された力の一端です。しかし、どちらも禁術(きんじゅつ)。ゆえに厳に(いまし)められているもの。一般人であるあなた方に見られるわけにはいきません」

 龍元は静かに印を結ぶと、両掌に神々(こうごう)しく輝く力を収束する。

「ですから、今より少しの間耳と目をお塞ぎ下さい!」

 黄緑色に発光する神々しい光が、綱吉を中心にこの場にいる一護達全員にも及び、間もなく空間転位が行われようとしている。

 足元より浮かぶ光の粒子に勇人は眉間(みけん)に皺を寄せ、禁術であることを知りながら綱吉を助けようとする龍元に対して、危惧と憂慮(ゆうりょ)の念を込めて言う。

「―――ドゥルガーにまた、お叱りを受けることになりますよ?」

 聞いた龍元は清々(すがすが)しいまでの笑顔で、

「叱られることには、もう慣れていますので―――」

 言うと、術式を完了させた。

 術式が完了すると、切り取られた大地の一部と一緒にこの場に居合わせた全員が黄緑色の光に包み込まれ、夜御倉邸へと向けて空間転位。

グランマニエで起こった今回の事件と事故に、ひとまずの終止符が打たれた。

 

 

どこまでも深い闇の底を下降しているようだった。

 

ゲヴァルトに噛み付かれ、そこから(ホロウ)化を発症した沢田綱吉は―――漆黒の闇が無間地獄(むげんじごく)の如く広がる穴へと向かって、ひとり落ちていく。

―――おちてゆく。

衣服を(はが)された完全な丸裸。

綱吉は自然と苦しみの感情と言うものを抱いてはおらず、もうじき訪れる安らかなときを期待していた。

―――安らかな穴へおちてゆく。静かで、暗くて、寂しい。

―――だけど不思議と不安はない。この先に自分を求めるだれかが居るという確信。

戦いに疲弊(ひへい)し、身も心もボロボロの自分を優しく迎え入れてくれる闇。

底の見えない闇をひたすら下降し続けていると、小さく(ささや)くような声で、暗闇の向こうで誰かが綱吉のことを呼んだ。

重い目蓋をゆっくりと開けた綱吉が闇の向こうを見ると―――

―――だれ。

落ちてくる自分を待ち受ける、首だけの白い髑髏(どくろ)

あるいは怪物とも言えるそれは―――綱吉の魂を欲している(ホロウ)そのもの。

(あらが)うことも忘れ、蒙昧(もうまい)な空間にただひとり放り込まれた綱吉は、ゆっくり・・・ゆっくりと下降をし続ける―――

・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 

桜華国 夜御倉邸 中庭

 

神々しい光が中庭に突如として差し込んだかと思えば、留守を任されていたはやて達の前に現れたのは、グランマニエから空間転位をしてきた夜御倉龍元以下一護達。

その中で、(ホロウ)化という不測の事態に陥った変わり果てた綱吉の姿に誰もが絶句する。

世界の意志としての役割を放棄し、第三者に対して過剰に関わるという違反を超えて、任意に時間を停止し、空間を転位させるという禁術を行使した龍元の対応に大事は吃驚(きっきょう)しているが―――龍元は綱吉に掛けた時間停止を解かない様印を結びつつ、大事と目を合わせる。

「後の処置はお願いします。重要様」

 龍元の瞳からは確かな覚悟が(こも)っていた。彼は禁術を行使してでも、綱吉を助けたいという強い思いを抱いていた。

 大事と勇人はそんな彼の思いを無下にすることは、同じ仲間として、個人的に仲の良い友人として羞恥(しゅうち)のことと感じた。

「・・・わかりました」

 龍元の気持ちを汲み、大事は重罰を覚悟の上で綱吉を助ける決意をする。

 そんな中―――京子は変わり果てた綱吉の姿に言葉を失った。

「そんな・・・///」

 京子の隣に立つハルやエリオ、はやて達もこの世のものとは思えない綱吉の代わり振りに何と言ってコメントをしたら良いか、それが分からない。

 いずれせよ、綱吉と親しい関係にあるハルに至っては、初恋の相手である綱吉が(ホロウ)化したという事実を正しく認識できず、力なく膝をついている。

「ツナさんが・・・/// ツナさんが・・・・・・///」

 獄寺が気を遣ってハルに話しかけようとした直後―――唐突にハルが笑い出す。

「アハハハハハハ! アッヒャヒャヒャ! ヒィィヒッヒッヒッ! ヒャーッヒャッヒャッヒャッアヒャアヒャヒャヒャッ」

まるで壊れた人形を見ているかのようだった。

 絶望のあまりハルの精神は完全におかしくなってしまい、口喧嘩の多い獄寺は勿論、なのは達は見ていて実に胸が詰まりそうだった。

「ツナ君!!! ツナ君!!!」

 京子はハルのように精神的に壊れるということは無かったが、純粋に深く嘆き悲しんでいた。

 前もってこうなることを数時間前にビジョンで見ていた京子は、生きているのか死んでいるのかもわからない今の綱吉を受け入れる事ができず、ひたすら彼の名前を叫び続け、涙を流し続けた。

 大切な仲間が突然怪物になってしまったということを、ランボ達には見せられない。

 一刻も早く綱吉の(ホロウ)化をどうにかしなければならい―――それが全員の共通見解だ。

「おい! 10代目を助けられるんだろうな!? 早く10代目を元に戻しやがれ!!」

綱吉の(ホロウ)化の進行を龍元の術で抑え込んでいる間に、獄寺は唯一の解決法を知る大事に詰め寄り―――胸ぐらを掴んで強い口調で尋ねる。

「―――――――――――――――・・・・・・元に戻すとは言っていないよ」

「何・・・・・・」

 大事が低い声で呟くと、聞いていた獄寺は耳を疑った。

端的(たんてき)に言おうか」

 (ホロウ)化の進行が止まっている現在の綱吉の様子を一瞥し、大事は全員の方へと振り返り―――そして断言する。

「ボンゴレX世(デーチモ)・・・・・・沢田綱吉は、もう二度と元には戻らない」

「「!!」」

 希望を打ち砕かれたかのような言葉だった。

 龍元と勇人でさえ予想しえなかった大事の冷徹な言葉は、聞いている者全員に衝撃を与える一方、大事本人は極めて冷静だった。

「・・・ツナ君の身に起こっているこの症状は『(ホロウ)化』と言うんだ」

 ひとまず大事は、綱吉に身に起きている症状について知っている者そうでない者に関わらず、誰もが極力理解できるような説明をする。

「『(ホロウ)化』って言うのは、一つの魂魄(こんぱく)(ホロウ)の魂魄を流し込み、その上で魂魄間(こんぱくかん)の境界を破壊する事で対象をより高次の魂魄(こんぱく)へと昇華(しょうか)させようという試みだよ。本来は死神の魂魄(こんぱく)を強化する為のものだったんだけど・・・その制御は開発者である死神とその研究者の技術力の範疇(はんちゅう)を超えていた」

 死神には基本的な四つの戦闘方法がある。

斬術(ざんじゅつ)白打(はくだ)(体術)・歩法(ほほう)鬼道(きどう)の四つ―――だがそのどれにも限界強度が存在し、どの能力も極めれば死神としての魂魄(こんぱく)の強度の壁につきあたり、そこで成長が止まる。

 すなわち、そこが死神の限界となる。

 そこでこの限界を超える方法として、研究者達が考えた魂魄(こんぱく)強化方法―――それが、死神の(ホロウ)化だった。

しかし、ここで問題となるのはその死神に対して使うはずの技術を、死神ではない人間―――異なる世界で異なる法則に従って生きている綱吉に対して使用したという結果そのものにあった。

「異なる世界に住む人間が異なる世界の法則を知ることはとても危険なことなんだ。これはその制御不能の技術を人間に対して行使した結果であり、通常の自体よりもさらに複雑にこじれてしまった」

「制御不能・・・!?」

「それじゃあ・・・ツナを助ける事なんかできないじゃないか・・・」

 獄寺達が問い質すと、大事は否定の返事を呟く。

「いいや。『元に戻す』事はできないけど、『命を救う』事はできる」

「・・・どういう意味だ?」

 代表してリボーンが尋ねると、大事はここから更に話を掘り下げる。

「『(ホロウ)化』した魂魄(こんぱく)は症状が進行すると、元の魂魄(こんぱく)(ホロウ)が混在した状態となって理性を失った怪物となる。みんなが命をすり減らして戦っていたのがそう・・・そして最終的には魂魄間の境界のみならず、魂魄自身と外界との境界までもを破壊し、自らの意思とは無関係に自滅する。これを『魂魄自殺(こんぱくじさつ)』と言うんだ」

 例えば、コップに水が入ったものがあるとし、その水を二つに分けるように紙を敷いたとする。

 紙を魂魄間の境界と見立て、水はそれぞれ元の魂魄と(ホロウ)の魂魄を表し―――紙が徐々に崩壊を進めると、分断された二つの水が混じりあい、それが最終的には容器そのものを破壊する事態へと発展する。

 魂魄自殺とは、まさにこのような事態を示しているのだ。

(ホロウ)化研究の第一人者で、元・十二番隊隊長の死神・・・浦原喜助(うらはらきすけ)尸魂界(ソウル・ソサエティ)追放から百年の研究の中で、この『魂魄自殺(こんぱくじさつ)』を防ぐ方法を発見した」

 元々(ホロウ)化という概念を体系化した死神・浦原喜助は一護達とは切っても切れない関係で、本人自体はこの場にはいないが、彼の行っていた研究について大事は事細かく把握していた。

 固唾を飲んで全員が大事からの返答を待っていると、彼は真剣な眼差しで言う。

「それは、『(ホロウ)化』と相反するものを魂魄(こんぱく)に直接注ぎ込む事。『(ホロウ)化』の鍵である“境界線の破壊”は、魂魄(こんぱく)のバランスを崩す事によって引き起こされる。つまり、相反する存在(・・・・・・)によって逆側にバランスを引き戻す事によってそれを防ぐ事ができるんだ」

 例えば、今にも崩壊しそうになっている柱があるとする。この柱を崩壊から防ぐために、逆側から崩壊する力と同じ力で引っ張ることで、元のバランスを取り戻す。

だがそれでも、大概の人間にはこの説明の意味を正確に理解できるものはいなかった。

「・・・意味がわかんねえよ」

 当然の答えが恋次の口から帰ってくると、大事は具体的な方法を提示する。

「具体例を言おうか。浦原喜助は滅却師(クインシー)の光の矢と人間の魂魄(こんぱく)からワクチンを作り、それを(ホロウ)化した数人の死神の魂魄(こんぱく)に注入した。そして、それによって100パーセントの『魂魄自殺(こんぱくじさつ)』を防ぐ事に成功したんだ。しかしそれで防ぐ事ができるのは『魂魄自殺(こんぱくじさつ)』のみ。ツナ君の命を救い、(ホロウ)化させず、人間のまま存在を留めるには更に強い力が必要なんだ」

 (ホロウ)化の進行が押さえられている綱吉の顔の半分を覆い隠す仮面と、胸に空いた孔を見ながら、大事はおもむろに呟く。

「ツナ君が死ぬまで片時も(そば)を離れず、彼の(ホロウ)化を抑え続ける、相反する強い力が」

話の区切りが付くと、一同は沈黙。大事は水を一旦飲んでのどを潤してから、「だけど」と言って話を戻す。

「ご覧の通り・・・既に(ホロウ)化はここまで進行してしまっている。こうなってしまっては、元の状態に戻すことなんて到底無理な話。だけどさっきも言った通り、魂魄自殺(こんぱくじさつ)を防ぐ手だてはある。そのために必要なのは―――」

 視線を泳がせ、大事は一護の近くに立ち尽くす白い衣装に身を包んだ石田を凝視。

「まずは君だ。石田雨竜(いしだうりゅう)

 石田は眉間に皺を止せ、大事が話しの中で言っていた自分の役割を思い出す。

滅却師(クインシー)の光の矢を採取して、ツナ君を助けるためのワクチンを作る。だけどそれにはもう一つ材料が必要だ。即ち、人間の魂魄(こんぱく)。その一部分を合わせないとワクチンは完成しない。もう分かるよね? 誰かがワクチンのために魂魄(こんぱく)の力を提供してもらわないとならない」

 死神と相反する存在は滅却師(クインシー)であり、(ホロウ)と相反する存在は人間。

 このうち、滅却師(クインシー)の力と一般魂魄を使ってワクチンを作り、それを綱吉の体に投与する事で最悪の顛末(てんまつ)である魂魄自殺(こんぱくじさつ)を防ぐ―――それが綱吉の命を救うたったひとつの方法であり、残された選択肢。

「もしもここで誰も名乗り出なかった場合、ツナ君は死ぬ運命にある。さぁ・・・どうする?」

「私やります!!」

何の迷いも無い返事が聞こえたかと思えば、名乗り出たのは京子だった。

「京子ちゃん!?」

「京子・・・! 何を言っているのか、わかっているのか!!」

多大な危険を伴うことが予想される今回の選択肢で、京子は誰よりも先に手を上げたことに了平は驚愕した。

彼女の両肩を強く掴んで、早まった彼女の行動を止めようとするが―――京子の意思は誰よりも固かった。

「それでツナ君が助かるなら・・・・・・私がやるよ!」

「だがっ! リスクが大きすぎる! 沢田が助かっても、お前が死ぬかもしれぬのだぞ!?」

「ツナ君は私たちのことをずっと守ってきた・・・だけど、私ばっかり守られているのなんて嫌だ・・・///」

ポツポツと潤んだ瞳から涙を零す。

京子は常に自分達を護るために危険な戦いを続けてきた綱吉の背中を、見守ることしかできなかった。

何もできないのは嫌だ。こんなときだからこそ綱吉の力になりたい。守りたい―――そう言う純粋な想いが、京子の心を突き動かした。

「・・・・・・覚悟はできているのかい?」

 念の為、大事が京子に尋ねると―――涙をぬぐい、京子はきっぱりと言う。

「このまま大切なツナ君を、命の恩人を見殺しにする私を・・・明日の私は笑うに決まってます!」

 これが、14歳の少女・・・笹川京子の明確なる覚悟だった。

 この場に居合わせたすべての者は、一般人であり戦う力を持たない彼女の芯の強さを垣間見た。

 ただ純粋に綱吉を助けたい―――そのために我が身を省みることを一切恐れない笹川京子の気丈さは、見る者を感嘆とさせた。

「・・・解った。こっちへ」

 大事は京子の覚悟を見極めると、石田を伴い綱吉の元へと歩き出す。

「京子!!」

「お兄ちゃん。私は大丈夫だよ」

 もしものことを想像する了平が咄嗟に呼びかけると、京子は振り返り、屈託のない笑みを浮かべる。

「きっと―――大丈夫だから」

 そうは言いつつ、内心不安と恐怖でいっぱいだった。

 震える拳を必死に握りしめる京子の姿に、なのはは胸が締め付けられる感覚だった。

 獄寺はこのとき、何故綱吉が京子を好いているのか―――その本質的な理由が分かったような気がした。

「―――術式を始めるよ」

 

 

 

深淵(しんえん)の闇の底に向って落ち続けていた綱吉は、底の底で待ち構える(ホロウ)の方へと吸い込まれる。

抵抗しようにも丸裸な今の自分には、何をすることも出来ない。

このまま(ホロウ)に飲み込まれ、二度と現実の世界にいる大切な仲間との再会は叶わないのか―――そう思ったとき。

 

『ツナ君!!』

 

暗闇の中で聞こえてきた、(かす)かな呼び声。

綱吉はこの声の主の正体を知っていた。そして、この場に居合わせる人物としては最も不釣り合いな者だと思った。

暗闇に照らされる淡い光明。それは一本の道となる。

綱吉の元まで照らされた光の向こう側から降り立つ者―――目蓋(まぶた)を開けて綱吉は確かに見た。

全裸の京子が(ホロウ)に飲み込まれそうになっている自分の元へと、ゆっくりと降りてくるその姿を。

「京子・・・ちゃん・・・・・・」

 綱吉の元へと降り立った京子は、愛おしそうに抱き寄せると―――耳元で(ささや)くような声で呟く。

『あなたを護りにきたよ』

 神々しい輝きを放つと、京子は純白の翼を背中に生やした。

 そして、綱吉を抱いて暗闇の底をと飛び立つと同時に、彼を捕食しようとしていた(ホロウ)の禍々しい力を、それを(はる)かに上回る光の力によって封じ込める。

 断末魔の悲鳴のような声を上げながら、(ホロウ)の力は抑えられ、その姿を闇の中へと溶け込ませる。

・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 

 

 施術後、綱吉の(ホロウ)は完全に内部へと封じ込められた。

 禍々しさが残る(ホロウ)の仮面は完全に消失し、胸に空いた孔も綺麗に閉じた。

 綱吉の魂魄と一時的に繋がっていた京子が全身汗だくにしながら、元の状態に戻った綱吉を不安げに見守る中―――大事達は彼の魄動(はくどう)を確かめる。

「・・・魂魄(こんぱく)の異常消失。魄動の動きも正常化。魂魄自殺(こんぱくじさつ)の可能性0.001パーセント以下」

「・・・もう大丈夫ですよ」

 その言葉を聞いた瞬間、沈黙していた一護達は安堵のため息を漏らしたのち、歓声に沸いた。

「・・・よかった・・・ほんとによかった・・・・・・」

 今回綱吉を助ける為に命を懸けた京子は、心底彼が無事であることが嬉しく、眠る綱吉の手を握りしめ、潤んだ瞳で呟く。

「よかった――――――・・・」

 と、その直後。京子の意識が切れ、勢いよく床に倒れる。

「京子ちゃん!!」

「京子!!」

 慌てて駆け寄り了平らが安否を気遣うと、京子は自らの魂魄の力の一部を提供した疲労から、深い眠りに落ちた。

「大丈夫。疲れて気を失ってるだけだから」

「全く。無茶をしおって・・・だが、大した奴だ。お前はオレの誇りだぞ、京子」

 ゲヴァルトに始まる綱吉の(ホロウ)化騒動は、京子の働きによって結果的に良い方向に顛末(てんまつ)を迎えることができた。

「・・・・・・・・・」

 だが、今回の結果を受けても素直に喜べない者が一人―――なのはは意気消沈とした様子で、周りに悟られない様にその場を後にする。

 なのはの奇妙な動きに気づき、一護はこっそりと彼女の後を付けた。

そこで、彼が見た光景は――――――

「ううう・・・・・・うああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 綱吉を守るどころか、逆に彼を傷つけ、(ホロウ)化させてしまったという罪悪感に(さいな)まれる泣き叫ぶなのはの姿。

 一護は掛ける言葉が見当たらず、ただただ行く末を静観した。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人『BLEACH 20・36・37・60巻』 (集英社・2005、2008、2013)


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