死神×マフィア×魔導師 次元の破壊者   作:重要大事

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世界終末(ワールドエンド)

 世界は決してひとつではない。

 我々が今生きている世界の他にも、宇宙には無数と言える世界が存在している。

 それらの無数の世界は巨大な超空間【多次元世界(マルチバース)】の中に気泡状に浮かんでおり、それぞれは決して交わることのない別々の物語を(つむ)ぐことから、【並行世界(パラレルワールド)】と呼ばれている。

 限りなく無限に存在する世界には、それを管理する特別な存在がいる。

 ある世界では「(かみ)」と呼ばれ、また別の世界では「創造主(そうぞうしゅ)」という呼ばれ方をしているが・・・ここでは一貫して「世界の意志(ワールド・ウィル)」と呼ぶことにしよう。

 

 世界の意志の使命は、自分が管理・統括する世界の物語が円滑(えんかつ)に進むよう常に世界を見守ることであり、ある意味では傍観者とも言える。常に第三者としての立場を貫き、私情を挟むことは決して許されない。

 しかし、今ここに―――ひとりの反逆の意思を示す者がいたとしたら・・・

 

 

「いたぞ!!」

「撃ち方用意!!」

 荒廃(こうはい)した世界を駆け抜けるフードを(まと)った謎の影。

 その影に狙いを定める複数の鉄砲隊。

「ふん」

 フード越しに鉄砲隊の数を確認した直後、懐から黄土色に輝くエネルギーを放出―――次の瞬間、鉄砲隊の足元が崩れ落ちる。

「「「うわあああああ!!!」」」

 空しく地の底に引きずり込まれながら、断末魔(だんまつま)の悲鳴を上げる鉄砲隊を、謎の影は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 と、そのとき。唐突に前方から槍状(やりじょう)のエネルギー光弾が飛んでくる。

 謎の影は即座に反応してこれを紙一重で回避する。

「ちっ」

 舌打ちをしながら前を向くと、謎の影を追ってやってきた自分と同じ立場の存在が二人人間の姿で現れる。

「よりにもよって、同業者が邪魔をするか」

 フード越しに二人の人物に声を掛けると、謎の影と同じフードを頭からかぶってた好青年達は、険しい表情を浮かべながら口を開く。

「ドゥルガーはお怒りだ。世界の意志たる僕らが、世界を壊すなんていうバカな真似をするんだからね―――ギュスターブ」

「裏切り者であるおまえを、無傷で捕えるのは難しい話だ」

 言うと、目の前の敵・ギュスターブを見据(みす)えながら、ショートシャギーの藍色(あいいろ)の髪を持ち、細目で鼻が少し高い青年・星堂寺勇人(せいどうじゆうと)はうっすらと目を開く。

「だから、倒す覚悟で望ませてもらう」

「はっ。勇者ロボオタクに刀剣マニアがデカい口をぬかしやがる・・・・・・俺はうんざりしてんだよ。こんな・・・こんな訳の分からない役目にな!」

 フードを脱ぎ捨てると同時に、高密度に圧縮したエネルギーを一気に地面へと放出。

 勇人と彼の友人の視界を一時的に封じ、戦線を離脱。

「あばよ!」

 火薬の臭いが渦巻く世界をつき破るが如く、空に向かって飛んで行ったギュスターブを仰ぎ見ながら、勇人とその友人は眉間(みけん)(しわ)を寄せる。

「逃げられたか」

「どうしますか?」

「そんなの決まってるじゃないですか。早く捕まえないと、本当に取り返しのつかない事態になりかねません」

「とにかく、奴が逃げた足取りを追いましょう」

「はい」

 

 世界の意志と呼ばれる、人間が認知していない特別な存在。

 その存在の中で起こった反乱は、偶然と必然の間に生まれた奇妙な絆によって・・・交わることのなかった異なる者同士を結びつけることとなる。

 

 

 いつの日からか、俺が見る夢はいつも決まっていた。

 決して人に自慢できるような夢じゃない。

 俺は、こんな夢を人に自慢したいとは一度も思わなかった。それぐらい酷い夢だった。

 

 

 ピュー。ピュー。ピュー。

 夢を見ているとき、俺は決まって更地のような場所に立っていた。

 ピュー。ピュー。ピュー。

 何にもない更地に一人たたずむ俺。服と顔が土埃(つちぼこり)で汚れている。

 ピュー。ピュー。ピュー。

 俺の他に人の気配は感じられない。感じるのは、肌に差すような冷たい空っ風。

 ピュー。ピュー。ピュー。

 嫌な風だ。そんなことを幾度思いながら夢の中の俺は何もないこの景色をしばらくの間見続けていた。

 ドガーン。ドドドドド。ドドドドド。

 突然の爆発だった。俺はわけの分からないこの爆発に(おび)えて、頭を抱え込んだ。

 ドガーン。ドドドドド。ドドドドド。

 爆発はその後何度も続いた。徐々に爆発の規模が大きくなっていく。

 ドガーン。ドドドドド。ドドドドド。

 戦争の現場にでも足を踏み入れてしまったのか?だとしたらこんな夢、さっさと終わらせたい。そう思っていると何だか周りの景色が(ゆが)み始めた。

 ダダダダダ。ドドドドド。ドーン。

 更地だった場所は、天変地異(てんぺんちい)にでも見舞われたかのごとく、その地形を劇的に変化させていく。

 ダダダダダ。ドドドドド。ドーン。

 地面から前触れも無くマグマの塔が吹き出した。それだけではない。空から降って来たのは、直径10キロ程度の隕石(いんせき)だった。

 ダダダダダ。ドドドドド。ドーン。

 世界終末が始まったのか? 何の因果で、俺はなんでこんな夢を見る必要がある? 夢ならさっさと覚めてしまいたい。そう何度も思った。だけど、どうしてなのか夢から覚めることができない。

 ダダダダダ。ドドドドド。ドーン。

 ダダダダダ。ドドドドド。ドーン。

 ダダダダダ。ドドドドド。ドーン。

 世界終末はますます酷くなる一方だ。恐竜(きょうりゅう)が絶滅した理由が何となくわかった気がする。隕石の衝突で大津波を起こす海。そしてやってくるのは大氷河期(だいひょうがき)。すべての生物が極寒(ごっかん)の中で息絶える。俺のような人間などひとたまりもないだろう。

 段々と意識が薄れてきた。夢から覚める兆候(ちょうこう)だ。だからと言って、世界が滅んだ情景を見ながら意識が薄れるのは割に合わない。これじゃ俺が死んでしまうようではないか。

 雪の上に倒れ込み、段々と遠のく意識。

 ああ・・・もう何も見えなくなってきた・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 

 夢から覚めると、少年・黒崎一護(くろさきいちご)(16)は(うつ)ろな目を擦りながら、先ほどの夢の事を考える。

 あの夢を最初に見たのは、ほんの一か月前のことだった。それから頻繁(ひんぱん)に一護は先ほどまで見ていた世界終末を彷彿(ほうふつ)とさせる縁起の悪い夢を見続けている。

 ―――俺・・・精神的に何処か病んでいるのか?

 そう思っていた矢先。眠りから覚めきっていない一護の脳は、けたたましい声と共に一気に覚醒。

「グッ、モ―――ニンッ! いッ――――――ちご―――――――――!!!!」

 部屋の扉が蹴破(けやぶ)れたかと思えば、猛烈な勢いで部屋の中へと飛んでくるのは、一護の実父でこの家の主・黒崎一心(くろさきいっしん)

 ドンッ!!

「ウッセイ!!」

 寝起きのモーニングコールとしては度を越して鬱陶(うっとう)しい。一護は慣れた様子で一心の顔面に食い込むよう蹴り込みを入れる。

 大抵の人間なら、この一撃で昇天(しょうてん)するだろう。だが、一心の人並み外れた多夫さは尋常ではなかった。

 顔に足の裏の(あと)を作りながら立ち上がり、ふふふ、と不敵な笑みを浮かべながら口元を釣り上げる。

「息子よ!! 腕を上げたな・・・だがしかし!! 受け止めるどころか、蹴り落とすとは何事だ!そんなことで、男同士のスキンシップが図れるか! さぁもう一度、いーくぞー!!」

 思春期真っ只中の一護に対して、執拗(しつよう)に過剰なスキンシップを求めて飛びかかる一心。これに対して、一護がとった行動は何よりも明白だ。

 先程よりも強い力で一心に蹴り落とす。それだけだった。

「いい加減にしろっ! このバカ親父!!」

 実に壮絶な朝の光景。

 これが、黒崎一護にとっての当たり前の日常だった。

 一心とのやり取りを済ませ、学校の制服に着替え終えた一護は、一階のリビングへと向かった。

 リビングでは、一護の双子の妹達、遊子(ゆず)(11)と夏梨(かりん)(11)が朝食を()っていた。

「おはよう、お兄ちゃん!」

一兄(いちにい)おはよう」

「おはよう。遊子(ゆず)夏梨(かりん)

 父親に対してはドライだが、妹達の前では自然に良き兄として振る舞う一護。

 遊子(ゆず)は一護に茶碗を差し出す。

「はい、お兄ちゃん」

「ありがとう」

 その直後、一護は「ふぁ~~~」と大きな欠伸(あくび)を浮かべる。

「お兄ちゃん、今日もあくびしてるね?」

「ああ・・・ちょっと寝不足みたいだ」

 眠気が醒めきっていないのか、しきりに目蓋(まぶた)の辺りを手で擦る。

「もう。睡眠不足は健康に悪いんだよ? わかってるのそういうこと」

遊子(ゆず)一兄(いちにい)だって男だよ。思春期の男が夜中にコソコソやることなんて、決まってるじゃなんか」

「か、夏梨(かりん)!!! 朝っぱらからなんつーこと言ってやがる!!!」

 本気で一護の健康を気遣う遊子(ゆず)とは違い、夏梨(かりん)は小学生の朝の会話とは思えない放送コードスレスレの危ない発言を(ささや)き、味噌汁(みそしる)を吹き出し紅潮する一護。

「ぬぉ~~~!!! かあさ~~~ん!!! とうとうこの日が来てしまったようだ~~~!!!」

 子ども達の会話を偶然にも聞いていた一心が大袈裟(おおげさ)なリアクションをあからさまに見せつけると、壁に掲げられた一際巨大な亡き妻・真咲(まさき)の遺影に向かって声を震わせる。

「ついに・・・ついに一護も男に・・・!!」

「てめぇも何変な想像してんだよ! つーか、いい加減その遺影やめろつったろ!!」

 こんな日常が、当たり前のように続くものとばかり、一護は思っていた。

 だがそれは、ある出来事を切っ掛けに―――唐突に崩壊を始める。

 

「いってきまーす!」

 黒崎一護は、普段は東京空座町(からくらちょう)に在住するごく普通の高校生として生活を送っている。

 だが、彼には一高校生の他に、もう一つの顔を持っている。

 彼は生まれつき、幽霊が()える。霊力(れいりょく)と呼ばれるものがその身の(うち)にあるからであり、彼はその霊力が極めて巨大だった。

 そして、彼はただ幽霊が視えるだけに留まらず、幽霊と会話ができ、同時に触ることができるほか、現世に彷徨(さまよ)う霊達を(たましい)故郷(こきょう)へと誘う調整者(バランサー)としての使命があった。

 霊なるものを守護する存在を、この世界では“死神(しにがみ)”と呼称し、一護はその死神の能力を宿した“死神代行(しにがみだいこう)”である。

「ふぁ~~~・・・ねみい~」

 高校生兼死神代行という肩書を持つ彼は、数日の間、強烈な睡魔(すいま)に襲われ続けている。原因は、彼が唐突に見るようになった世界終末の夢。

「・・・俺、疲れてんのかな。何の因果で世界の破滅・・・なんて縁起でもねぇ夢を、こう毎日毎日と・・・見ないとならねぇ」

 だが同時に気掛かりなこともあった。あの夢の中で、一護は必ず誰かの声を聞いていた。

 明確に、自分に助けを求めるかのような声を、夢の中で連呼されていたことを―――はっきりと記憶に留めている。

 眉間(みけん)(しわ)をよせ、深く考察する中―――不意に、後ろから自分の名前を呼ばれる。

「一護」

 それは一護にとって、聞き覚えのある声だった。

 おもむろに振り返ると、身に黒い着物装束(きものしょうぞく)(まと)い、腰には斬魄刀(ざんぱくとう)と呼ばれる霊なるものを魂の故郷【尸魂界(ソウル・ソサエティ)】へと導く日本刀を携えた一組の男女。

 短髪のショートヘアの少女・朽木(くちき)ルキアと、その幼馴染みで赤毛の男・阿散井恋次(あばらいれんじ)。彼らは一護と同じ死神だ。

「ルキア? 恋次?」

「ああ」

「よう」

 死神である彼らを視認できるのは、一護の様な霊力を持つ一部の人間のみ。幸いなことに、この場には彼ら以外に人影は見受けられない。

 一護は、久方ぶりの再会を果たす友人達に目を見張る。

「おめーら、いつ現世(こっち)に来たんだよ?」

「ついさっきだ」

「なんだよ。来るなら連絡しろよ」

「すまぬ。急用でな。それより貴様。こんなところで何をしている?」

「いや・・・大したことじゃねぇんだけど・・・ここに居た子供の霊の様子見・・・と思ったんだけどよ。ひとりで成仏(じょうぶつ)しちまったみたいで」

 近くの電柱を一瞥(いちべつ)すると、簡素な空き缶を花瓶にして、申し訳程度に花が添えられている。この辺りで最近、地縛霊(じばくれい)となった子供の霊が姿を見せるようになっていた。一護はその霊のことを気に掛け、死神代行としての責務から様子を見に来ていた。

 だがどうやら霊は、一護が知らぬうちに成仏を果していた様だった。

 その話を聞くと、(あき)れた表情の恋次が一護につっかかる。

「なにやってんだ? この街の迷い霊を成仏させるのは、てめーの仕事だろう? 見失ってどうするよ? 万一虚(ホロウ)になっちまったら、てめーの所為だぞ!」

 厳密にいうと、この世界の霊には二種類タイプが存在し、一般的に幽霊と呼ばれている通常魂魄(つうじょうこんぱく)を「(プラス)」、そうではない魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類の悪霊を「(ホロウ)」と呼ぶ。

 死神達が危惧(きぐ)しているのは、成仏し損ねた(プラス)が時を隔てて、(ホロウ)になって他の霊魂(れいこん)や人間を襲い始めるかもしれないということだった。恋次はその事を厳しく一護に追及した。

「あっ? 何が俺の仕事だと? 元々そりゃてめーら死神の仕事だろうが! 俺は死神代行(・・・・)だぜっ!」

「なんだとコラッ?!」

「やろうってのか!?」

 恋次は、啖呵(たんか)を切って来た一護の態度に腹を立て、ルキアが呆れかえる中、一護と一触即発の状態に陥った。

「止めぬか! この(たわ)け共が!!」

 だが直ぐに口論はルキアの仲裁(ちゅうさい)によって強制的に止められる。

 ルキアに叩かれ互に地面に頭をぶつけた二人は、強打したところを抑える。

「まったくお前達はいつもいつも・・・我らは空座町(からくらちょう)に遊びに来た訳ではないのだぞ」

「分かってるよ。任務優先だろう?」

「任務? なんだよそれ?」

 一護は任務という言葉を聞いて、その真意をルキアに問い質す。

「貴様の手を借りるほどの事ではない」

「けど、もしこっちに関係あるんなら・・・」

「大丈夫だと言っておるだろう。兄様からも、貴様が付け上がらぬ様、あまりこちらの仕事に首を突っ込ませるなと言われておるのだ」

「けっ。白哉(びゃくや)の野郎・・・」

 ルキアの義理の兄で、恋次が所属する隊の上司である死神・朽木白哉(くちきびゃくや)と一護の間には、奇妙な亀裂の様なものがあった。一護はともかくとして、白哉は一護が死神代行でありながら、本職の死神の業務に首を突っ込むことを快く思っていなかった。

 舌打ち際に白哉の態度に不満がる一護に、ルキアと恋次は言葉を掛ける。

「ま、そういうことだ。もし迷い霊を見つけたら、こっちで成仏させておくからよ」

「お前は勉学に励め」

「ふん。わかったよ」

 高校生としての職務を全うするようにと、ルキアと恋次に促された一護は、不貞腐(ふてくさ)れた感じで返事をしたのち、彼らと別れて学校へと向かった。

 

 

空座町 空座第一高等学校

 

 耐震強度見直しのために、校舎の大幅な補修工事が行われている空座第一高校。

 生徒達が続々と校舎に入り始め、一護も教室へ向かって歩いていた。

「黒崎くーん!」

 そのとき、濁り気のない澄んだ声を発する女性の声が聞こえる。

 一護が声の方に振り返ると、茶色の長髪を(なび)かせる巨乳の美少女と、その少女よりも一回りも大きな体躯(たいく)を持つ浅黒い肌の男が一護に近付く。

 その二人組―――井上織姫(いのうえおりひめ)(16)と茶渡泰虎(さどやすとら)(16)は、一護のクラスメイトであり、彼が死神であることを認知すると同時に、特別な霊力を持った友人だ。

「おっはよ!」

「ム・・・」

「おう。おはよう」

 挨拶(あいさつ)を交わした一護は、二人と共に教室へと向かう。

「今朝はたつきと一緒じゃねぇのか?」

「たつきちゃん朝練だって」

 と、何気ない会話をしていた―――その時だった。

 猛烈な突風が吹き荒れたかと思えば、校舎に立てかけられていた鉄の足場が勢いよく崩れ落ち、生徒達に向かって降り注ぐ。

 悲鳴を上げ、一斉に逃げ惑う中、一人の女子生徒が逃げ遅れその場に(ひざ)をついてしまう。

「ああああ!!!」

 咄嗟(とっさ)に頭を両手で押さえる少女だが、次の瞬間―――

 

 ゴーン!!!

 

 少女の上から落下してきた鉄の足場を(さえぎ)った鈍い音。おもむろに目を開けると、少女の前には身を(てい)して体を盾にした茶渡の姿があった。

 黙して何も語らない茶渡は、鋼鉄(こうてつ)の如き丈夫(じょうぶ)な体で足場を払いのけ、被害を最小限に食い止めた。

 

「いや~さっきはビックリしたな~」

 教室に入った一護達は、先ほどの現象について語り合っていた。

「よく怪我人(けがにん)が出なかったもんだね」

「ホントになんともないのかよ? やっぱチャドはすげーな! どうなってんだ、この体!?」

 茶渡の身体に手を触れる少年・浅野啓吾(あさのけいご)は、人間とは思えぬほど丈夫過ぎるほど丈夫な茶渡に感嘆(かんたん)する一方で、どこか上の空の様子の一護に声を掛ける。

「って一護! 俺の話聞いてる!?」

「お? ・・・ああ、ワリー。聞いてなかった」

「いいよ。どうせ大した話じゃないし」

「ちょっとー! それ俺のセリフじゃね!?」

 答えたのは、啓吾の昔馴染みで同級生の少年―――小島水色(こじまみずいろ)。かわいい顔をしながら、かなり辛辣(しんらつ)な言葉を平気で言ってくる腹黒い心の持ち主。そんな水色の態度に、啓吾は若干(じゃっかん)の恐怖と焦燥(しょうそう)を抱く。

 和やかな雰囲気が漂う一方、一護は眉間(みけん)(しわ)を寄せながら先ほどの不可解な崩落事故について考えている。茶渡や織姫も同様のことを考えていた。

 そんな彼らと共通の意見を持つクラスメイトでメガネをかけた知的な雰囲気を醸し出す少年が、一護の元へと歩み寄ってきた。

 右手に五芒星(ごぼうせい)を模したアクセサリー【滅却十字(クインシー・クロス)】を装備している死神とは対を成す存在―――滅却師(クインシー)石田雨竜(いしだうりゅう)は、一護と目を合わせると目で外に出るようにと合図を送る。

 一護は石田の申し出を受け入れ、織姫と茶渡を連れて外へと出た。

 

 夕方。学校を終えた四人は崩落現場近くで、調査を始めた。

「特に変わった霊圧は感じないが・・・」

「なんか変な崩れ方したんだけどな・・・」

「ただの自然現象ってこと?」

「そうとも言えないよ」

 不可解な点が残る今回の事件が、自然現象によって偶然起こったものなのかという疑問がある中、霊圧知覚の高い石田は崩れた足場に手を触れると、単なる自然現象ではないことを悟った。

「感じるのか?」

「ああ。ごく僅かだが、残っている。だが、これは今までに感じたことのないものだ」

「どういうことだ?」

「わからない・・・(ホロウ)や霊体のものじゃないし、茶渡君や井上さんの様な、特殊な人間のものでもない。()してや、死神のものでもね」

 霊圧と言っても様々なものがある。霊なる力を持つ者には特有の霊圧色が存在し、死神には死神の、滅却師(クインシー)には滅却師(クインシー)の霊圧の色がはっきりと分かれている。その中でも今回感じ取った霊圧の色は、これまでに石田が感じたことのない異質なものだった。

 一護はその話を横で聞くと、頭上を(あお)ぎ見ながら口を開く。

「とにかく。何かが起こっているのは確かみてーだな」

 

 その直後―――唐突なまでに異質な霊圧を、四人は感じ取る。

「これは!」

 霊圧を肌に感じ取った瞬間、一護達の教室の方から爆音が聞こえ、黒煙が上がる。

 この異質な霊圧を感じ取ったのは、一護達だけではなかった。

 任務のために空座町(からくらちょう)を巡回中のルキアと恋次も、はっきりと感じ取る。

「今の霊圧!?」

「一護達の学校の方だ」

「なんで一護の!?」

「急ぐぞ」

「ああ」

 大急ぎで学校へと向かう死神二人。

 その間、一護達は爆破された教室の方へと向かう。

 肉体から死神化した魂魄部分だけを切り離した黒い死覇装(しはくしょう)姿に身を包んだ一護と、霊子を足場にした石田が破壊された窓から教室の中に入る。

 そこには、深手を負ったクラスメイト達が数人倒れていた。

「たつき!」

 一護は幼馴染みで織姫の親友の少女―――有沢竜貴(ありさわたつき)の安否を気遣う。

「おい、しっかりしろ! たつき!」

 深手のために限りなく拍動が弱まっているたつきは、一護の呼びかけに応える力を残していなかった。

「たつきちゃん!」

「しっかりしろ! おい!」

 階段から上って来た織姫と茶渡は、変わり果てたクラスメイトの姿に目を見開く。

 そこへ―――再び異質な霊圧が接近しはじめる。

 一護は背中に携えた身の丈ほどの大刀「斬月(ざんげつ)」を手に取ると、天井(てんじょう)を突き破って襲撃を仕掛ける敵の攻撃を受け止める。

 石田達が救護の傍ら、現れた敵に視線を向けると、黒いマントで全身を覆い尽くす仮面の人物が無機質な声で一護に呟く。

「認証名・・・黒崎一護。水晶体確認」

(俺の名前を・・・? こいつ!)

 黒マントの言動に不信感を募らせる一護は、斬月の刀身に霊圧を注ぎ込むと、一気に前方目掛けて解き放つ。

 高密度の霊圧の衝撃波に直撃した黒マントは、勢いを押し殺そうと受け止めているが、すかさず茶渡が獣の如く雄叫びを上げ、前に出る。

「ほおおおおおおお!!!」

 助走をつけ、飛び上がったと同時に右拳に力を込める。拳は黒色の鎧をまとったものへとかわり、一護が放った技・月牙天衝(げつがてんしょう)と同様の高密度霊子衝撃波を飛ばす。

 茶渡からの攻撃を回避し、黒マントは教室を離れる。

「くそ!」

「井上! たつき達を頼む!」

「うん」

 クラスメイト達の治療を織姫に一任し、一護・石田・茶渡の三人は黒マントを追って外へと出る。

 校庭に出た一護達は、素姓の分からない黒マントと対峙(たいじ)

 石田と茶渡の二人は、一護の攻撃を受けていながら、敵がほとんど無傷であることに驚愕(きょうがく)する。

「こいつ・・・」

「黒崎の月牙(げつが)を受けて、平気なのか?」

「だったら・・・―――卍解(ばんかい)!」

 斬月を前に突き出すように構え、一護は柄頭(つかがしら)に手を添えると同時に霊圧を爆発的に上昇させた。

 霊圧の嵐から姿を現すのは、ロングコート状に変化した独特の死覇装姿に、刀身も漆黒に変わった長刀を携えた一護。

天鎖斬月(てんさざんげつ)!」

「ふむ・・・」

 一護の卍解を目の当たりにして、それなりに感心している様子の黒マント。

 先ほどの五倍から十倍の力を引き出した一護は、黒マントに向かって超高速で接近。凄まじい威力を内包した斬撃の嵐を浴びせる。

 一護の攻撃をものともせずに弾き逸らす黒マントは、中空へと回避する。

「逃がすか!」

 それを追いかける一護だったが―――不意に茜色に染まる夕陽の向こう側から、鋭利な刃物が飛んでくるのが見え、慌ててこれを避けようとし、その一瞬の(すき)を突かれて黒マントからの反撃を喰らう。

「ぐああ」

 中空で体制を整え、撃墜を逃れた一護は石田と茶渡の元に戻る。

 すると、薙刀(なぎなた)の形状した長柄の先に幅の広い直刀の大剣を携えた黒マントに仮面をつけた人物が学校の屋根に降り立つ。

「ひひひ・・・」

「仲間がいたのか?」

「遅いぞ貴様ら」

 最初に襲って来た黒マントの人物が無機質に呟いた直後―――地響きが起き、それと同時に中空から舞い降りる黒マントに仮面をつけた、一際巨大な人物。最早さそれは、巨人と呼ぶのに値する大きさで、グオオオ、という(うな)り声を発している。

「なんだこいつら?」

「この霊圧、さっきの!」

「いくぜ!」

 三人の襲撃者を前に、一護達もまた一人一人が戦いやすいように三手に別れると、各々が最も戦い易いと思われる相手を選んで、順次攻撃を仕掛ける。

 石田は、滅却十字(クインシー・クロス)を媒介にして霊子(れいし)を変化させた武装「銀嶺弧雀(ぎんれいこじゃく)」と呼ばれる霊弓(れいきゅう)で、学校を最初に襲って来た黒マント目掛けて1200発の霊矢(れいや)を放つ。

 頭上より飛来する無数の霊矢を前に、黒マントは右手を(かざ)し、それらすべてを体の中に吸収する。

「な・・・霊子を?!」

 信じられない光景に唖然(あぜん)とする石田。

 黒マントは、左手に石田から吸収した攻撃のエネルギーを独自に変換・強化したものを石田目掛けて投げ返す。

「ぐああ!」

 1200発の霊矢が強化された状態で跳ね返り、石田は思わぬ深手を負う。

「石田!」

 だが、茶渡は他人の安否を気遣おうとする余裕などなかった。

 巨人サイズの黒マントが一際巨大な腕を振りかざして来るのを見、咄嗟(とっさ)に右腕に霊力を圧縮。それに伴い右肩の引っ張り部分が解放され、同時に膨大な霊圧を放出。

「巨人の一撃(エル・ディレクト)!」

 真正面からぶつかり合う巨漢の拳と巨人の拳。

 だが、エネルギー質量の大きさは敵の方が圧倒的に上をいっていた。

「のああ!」

 茶渡は巨大すぎるエネルギーの前に打ち砕かれ、地面に激突しながら、学校の校舎まで吹き飛ばされる。

 空中では、卍解した一護と薙刀状の大剣を自在に操る人物とが交戦。互に(しのぎ)を削る状態を繰り返している。

 スピードとパワーを両方兼ね揃えた一護に拮抗する力で向かってくる黒マントは、敵を殺すことに若干の躊躇(ためら)いを抱く齢15歳の一護を、情け容赦なく攻撃。

「どああ!」

 僅かだが、攻撃力に勝る一護を上回り、黒マントは空中で待機しながら屋根の上に着地した一護を見据える。

「くそ。何だあいつらの霊圧?」

 これまで対峙したことのない異質な霊圧を持つ敵に困惑する一護。

 だが周りを見ると、自分と同じように敵の力に翻弄(ほんろう)され、深手を負った石田と茶渡の姿が目に入る。

「だらしないな」

 最初の襲撃者の言葉に、一護は悔しそうな表情で剣を構える。

 と、その時―――

(つぎ)(まい)白漣(はくれん)!」

「咆える、蛇尾丸(ざびまる)!」

 次の瞬間。猛烈な冷気が飛んで来たかと思えば、巨大な骨と骨とを繋ぎ合わせた大蛇の姿に酷似した斬魄刀が黒マント達を奇襲する。

 一護達の窮地(きゅうち)に駆けつけたのは、氷雪系の斬魄刀「袖白雪(そでのしらゆき)」を操るルキアと、一護と同じく卍解状態の斬魄刀「狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)」で対抗する恋次だった。

「ルキア! 恋次!」

「一護!」

「大丈夫か、一護!?」

「あ、ああ。何とかな」

 ルキアと恋次が一護の安否を気遣う様子を空中で見ながら、黒マント達は(こぞ)って死神二名を牽制する。

「死神が来てしまったか」

「面倒なことになったな」

 黒マント達の牽制(けんせい)する姿を仰ぎ見、ルキアは何かに気づいたように声を漏らす。

「あやつら・・・」

「知ってるのか?」

「ああ。あれと似たような連中が、19時間前に尸魂界(ソウル・ソサエティ)にも出現した。私たちは、山本総隊長からのお達しで、現世への影響を(かんが)み派遣されてきた」

「どうやら、ちょっとばかし厄介なことになって来たな」

 ルキアと恋次が派遣されてきた理由が、今まさに目の前で対峙している謎の黒マン達に起因しているとは夢にも思わず、一護達は複雑な心境の中、刀を構える。

「参る」

 寡黙(かもく)な黒マントの人物が、中空で加速をすると一護目掛けて飛んでくる。

「咆えろ! 蛇尾丸(ざびまる)!!」

 すかさず恋次が狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)を操り、黒マントの行く手を阻もうとするが、とりわけ巨大な体躯(たいく)を持つ黒マントが恋次の攻撃を受け止める。

 校舎を破壊するだけの威力を誇りながら、黒マントは大した傷を負わず、逆に恋次の斬魄刀を持ったまま力でねじ伏せようとする。

「のおお!」

 細身の体に叩き込まれた一枚岩相当の巨大な拳に、恋次の体は凄まじい負荷を与えられ、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

「恋次!」

「くそ!」

 ルキアと石田が協力して黒マント達に攻撃を仕掛けようとするが、流石に一筋縄ではいかず、(ことごと)くその圧倒的な敵の力に打ち砕かれる。

「野郎!」

 仲間が目の前で幾度も打ち砕かれる姿を見て、耐えきれなくなった一護は霊圧を極限にまで上昇させると、赤黒く染まった霊圧の刀身に圧縮する。

「ほおおおおおおお・・・! 月牙天―――」

 そう叫ぼうとしたのだが、一護は唐突に体に走る痛みに技を不発に終わらせた。

「があああ・・・」

 気が付けば、一護の背中からは黒い煙が上がっており、ルキア達が目を見張る中、一護は重力に従ってグラウンドへと墜落する。

「一護!」

「黒崎!」

「つ・・・・・・なにがどうなってやがる?」

 辛うじて意識を保つことが出来た一護は、刀を杖代わりに体を起こす。

 すると、一護達の前に姿を現したのは、四人目の襲撃者と思われる黒マントで全身を覆い尽くした仮面の人物。

「なんだあいつ?」

「新手か」

 そのとき、ルキア達はあることに気づく。

 この仮面の人物が現れるや否や、それまで自分達を追い詰めていた残りの黒マント達が一様に態度を改め、主を(たてまつ)るようにして中空で(ひざ)を突きはじめた。

「さっきから見てたら、何をチンタラしてやがるんだおまえら」

「申し訳ありません。不覚にも遊んでしまいました」

「なんだと!?」

「遊んでた・・・ふざけやがって!」

 黒マント達にとって、一護達との戦いはほんの遊びに過ぎなかった。そのことに業を煮やした一護達の様子を観察しながら、配下黒マントを統率する黒マントは命を下した。

「ラット、いい加減片付けろ。こっちにはやることが山ほどあんだからな」

「畏まりました、ギュスターブ様。お望み通り、片を付けさせてもらいます」

 両手を十字に(かざ)すと同時に、ラットと呼ばれた黒マントの人物は異質な霊圧を上昇させ、両手を振り払うとともに凄まじい破壊力を秘めた衝撃波を放出する。

破道(はどう)三十三(さんじゅうさん)蒼火墜(そうかつい)』!」

 咄嗟(とっさ)にルキアが詠唱破棄(えいしょうはき)で、鬼道(きどう)と呼ばれる霊術を用いる。

 ルキアの(てのひら)から放出された青白い炎は直線状に飛んで行き、真正面からラットの放った衝撃波とぶつかり合う。

 だが、結果は火を見るよりも明らか。蒼火墜(そうかつい)のエネルギーを吸収したラットの攻撃が、ルキアを始め、周りにいた仲間達に瞬時に飛来した。

「「「「ぐああああ!」」」」

「みんな!」

 飛び火を貰わなかった一護は、満身創痍(まんしんそうい)となって地にへばりつく仲間達の姿に心痛。同時に、理不尽にも攻撃を繰り返すギュスターブら黒マント達の行動に怒り心頭となる。

「死神も滅却師(クインシー)も、俺達が思うほどの敵でも無かったな」

 ギュスターブが率直な感想を漏らすと、一護はギュスターブの元へと飛んで行き、仮面越しに目線を合わせる。

「てめぇ。なんのつもりだ? 何で俺達を襲う!?」

「質問に答えるような奴に見えるか、俺が?」

「見えねぇな。だったらそういう時は、力ずくで聞き出してやる!」

 天鎖斬月の刃を向け、霊圧を研ぎ澄ませる一護にギュスターブは興味を抱く。

「ラットたちは先に行け」

「「「は!」」」

 部下達を下がらせると、ギュスターブは両掌(りょうてのひら)に黄土色に輝く異能の鎖を生み出し、一護と真っ向からぶつかって行く。

「ほおおお!」

「ふん」

 漆黒の刃と黄土色の鎖が火花を散らし合うほど激しくぶつかり合う様子を、ルキア達の治療に駆けつけた織姫が不安げに見守る。

 縦横無尽に空中を移動しながら、ギュスターブはパワーでも、スピードでも、あらゆる面で一護の力を上回る。

 辛うじて、気力だけは誰よりも強く持とうとする一護の渾身の一撃がギュスターブの肩に食い込んだ。

 だがしかし、ギュスターブは特に慌てずにこれを何事も無かったかのように平然と体勢を立て直す。

「なに!?」

 次の瞬間、信じられない様子で呆けてしまった一護目掛けて、燃え(たぎ)る炎を(まと)ったギュスターブの鎖が高速で振るわれ、一護の体に直撃する。

「ぐあああ!」

「「黒崎くん(一護)!!」」

 織姫とルキアが安否を気遣う。

 一護は辛うじて学校の屋上に着地し、体勢を立て直す。

「へぇ。意外とやれるじゃないか黒崎一護。それでこそこの世界の代表者足り得る存在だ」

(手ごたえはあったのに、こいつ・・・)

 一護は確かに、ギュスターブに放った渾身の一撃に手ごたえを感じていた。

 だがギュスターブの体は、まるで傷一つないように綺麗だった。何もかもが一護達の予想を遥かに上回る力を持っていた。

「だけど、ただの人間如きが世界の意志の力に刃向えると思っているのか?」

 刹那(せつな)、ギュスターブは掌を天に掲げると、黄土色に輝く熱を帯びた火球を作り出そうとした―――

 だがそれは、すぐさま不発に終わる結果となった。

「なに!?」

 空をつき破る様に空間の裂け目から猛烈な突風の如きエネルギーの流れが溢れ出、ギュスターブの攻撃を妨害する。

 一護達がこの不可思議な現象に目を見張る中、空間の裂け目より姿を現したのは、一見すると斬魄刀にも見えなくはないシンプルな刀を携えたメガネの青年。

「何者だ?!」

「誰でもいいじゃないの」

 単刀直入に素姓を聞いてきたルキアの問いかけにそう答えるメガネの青年。ギュスターブは思わぬところで現れた顔馴染みを、恨めしそうに見つめる。

「はっ。言い度胸してんじゃねぇかよ・・・新参者の分際でよ!」

 怒気を(はら)んだ声を張り上げるギュスターブに対し、青年は刀を肩に乗せながら、(いささ)気怠(けだる)そうな態度をとる。

「僕は、おまえらが好き放題してるのが嫌なんでね」

「この!」

 ギュスターブは青年目掛けて攻撃を仕掛ける。

 両掌から繰り出される灼熱(しゃくねつ)の炎を帯びた黄土色の鎖を刀で(さば)きながら、青年は一護の天鎖斬月よりも素早く無駄のない動きで中空を縦横無尽に飛び回り、ギュスターブの鎖を断ち切っていく。

「早い!」

 突如現れた青年の実力を前に、ルキアは素直に驚き、感嘆(かんたん)する。

「少しは楽しませてくれるじゃぇか!」

「こっちは楽しんでる余裕はない」

 戦いの中で火が点いてきたギュスターブとは異なり、青年はより気怠そうな表情を浮かべながら率直な感想をもらす。だがそれでも手は動かし、ギュスターブの鎖という鎖を引き千切ることに全力投球。

「どらあ!」

「ぐあああ」

 疲労困憊(ひろうこんぱい)なように見えながらも、その実は測り知れない力を宿した青年は、刀身にエネルギーを圧縮させたものを至近距離からお見舞い。一護でも斬れなかったギュスターブの身体を斬り裂いた。

「なんだあいつは・・・」

「強い!」

 皆一様に青年の方に注目が集まる中、ふう~っとため息を漏らしてから、青年は意味もなく指を鳴らしてからギュスターブを見る。

「まだやるかい?」

「てめぇ・・・」

 不覚にも傷を負わされたギュスターブは、割れた仮面を通して青年を見つめると、怒りの力を炎エネルギーに変換し、全身から巨大な火球を生み出す。

「調子こいてんじゃねェぞ!!」

 全身の炎から生まれた火球が青年に飛んでいくと、当然の如く刃でこれを弾いた。

 だが弾いたその先には、ルキアと織姫が立っており、直撃は免れない状況となる。

「しまっ・・・」

 

 ドカ―――ン!!!

 

 大火球がルキア達に飛来したかと思えば、一護達は信じがたい光景を目の当たりにする。

 ルキアと織姫は―――満身創痍であるにもかかわらず、茶渡が身を呈して守もってくれたお陰で怪我をせずに済んだ。

「茶渡!」

「茶渡くん!」

 守りの力を宿した右腕の真の姿「巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)」の盾が、炎の熱量に耐えきれなくなり崩壊。盾の崩壊と共に、茶渡は右腕に大火傷を負ってしまう。

「ぐああ・・・」

「チャド!」

「茶渡君!」

「くそ!」

〈黒崎一護〉

 いつの間にか、ギュスターブの姿は消えており、周りからは空気に溶け込んだ彼の声だけが漂う。

〈俺は世界の頂点に君臨する世界の意志〉

「てめぇ・・・姿を現せ! 目的は何だ!?」

〈俺は、ただ壊すだけだ。この血みどろに汚れた理不尽なすべての世界を〉

 一護は周りを入念に見渡し、僅かに光る箇所を見つけた。

「そこか!」

 超高速で接近し、刃を突き立てた瞬間、甲高い金属音とともにギュスターブが鎖で一護の刃を受け止める。

「そして今日、お前の世界が終わるときだ・・・」

 意味深長な言葉を残し、ギュスターブは空気に溶け込むようにして姿を消した。

 一護は心底悔しそうに歯を食いしばりながら、血が(にじ)むほど刀を強く握りしめ、傷ついた仲間達に申し訳ない気持ちでいっぱいとなる。

 そんな一護の事を気にしながら、青年は内心穏やかな気持ちではいられなかった。

 すると瞬歩(しゅんぽ)で、一護が青年の方へと近づいてきた。

「おい、お前!」

 鋭い剣幕で青年の胸ぐらを掴んだ一護は、押しに押されるような問答を叩きつける。

「あいつらのこと知ってるんだろう!? あの黒マントはなんだ!? なんで世界が終わらないとならねぇ!? 世界の意志ってなんだよ!?」

「ちょ、待って待って! そんな一遍に矢継ぎ早に質問しないで・・・」

「いいから答えろ!」

 興奮する一護を説得することは、ギュスターブを説得する以上に青年には厄介なことだった。

 怒りの感情で心が支配された一護の鋭い目をあまり見ないようにしていると、ルキアが現れ二人の間に割って入る。

「止せ、一護」

「ルキア・・・」

「落ち着け。みなの治療が先だ」

 ルキアの言葉に(いさ)められ、頭の熱が冷めた一護は冷静さを取り戻す。

 青年の胸ぐらから手を離し、悪かったと一言謝ってから、青年を伴い織姫達の元へと向かった。

 

 

数時間後―――

空座第一高等学校 保健室

 

 突然の襲撃によって、甚大(じんだい)な被害を受けた空座第一高校の保健室を借りて、織姫は身を呈してギュスターブの攻撃から自分とルキアを守ってくれた茶渡の治療に専念する。

 頭に付けた髪飾りから、舜盾六花(しゅんしゅんりっか)と呼ばれる能力を発動させ、茶渡の周りに盾を張り巡らせるとともに傷を負う前の状態に回帰させようとしている。

 一護達ほかのメンバーは、幸いにも直ぐに治る程度の傷だったので、大事には至らずには済んだが、圧倒的な敵の力を前に為す術も無かったという惨めな結果は、受け入れ難いものだった。

 代えの死覇装を着替えたルキアは、椅子に座って大人しそうにしているメガネの青年におもむろに話しかける。

「貴様、何者だ? 襲撃者と此度(こたび)の非常事態について、何か知っているようだな」

 青年は一護達全員の視線の的となる。

 彼らの視線に異様な緊張感を醸し出しながら、嘆息(たんそく)をついてから青年は口を開く。

「僕の名は、重要大事(じゅうようだいじ)。世界の意志のひとりだ」

「てめぇも、あの黒マント達と同じだって事か?」

「そうだよ。厳密に言えば、同じなのはギュスターブだけだけど」

「教えてくれ。世界の意志とは、何の事だ?」

 すると、大事はおもむろに指を鳴らした。

 その瞬間―――目の前の景色が一変する。

 大事と一護達の周りには無数の惑星が気泡のように浮き立っている幻想的な空間が広がってきた。

 この状況を理解できないでいる一護達とは裏腹に、大事はこの空間に感嘆しながら口を開く。

「すごい光景でしょう。これこそ、無数に存在する並行世界(パラレルワールド)を隔てている超空間・・・多次元世界(マルチバース)だよ」

多次元世界(マルチバース)?」

 彼らにとって、重要大事という存在もさることながら、目の前に広がっているこの幻想的な空間についてもまるで理解し難いものだった。

 得体のしれない存在を前にしながら、意を決した様子で、石田は大事に目の前の現象について問いかける。

「あれは一体何だ? 見たところ惑星って感じに見えるが・・・・・・」

「うん、惑星だよ。この多次元世界(マルチバース)に存在するすべてのね」

「どうして・・・・・・あんなことに?」

 織姫は無数に存在する惑星を見ながら、その惑星が目の前で一つずつ衝突を繰り返し、崩壊しながら融合を始めていることを疑問に思った。

 大事は、このような事態になった根本的な理由を語り始める。

「僕ら世界の意志は、多次元世界(マルチバース)に無数に存在する並行世界(パラレルワールド)を一人一人が管理し、第三者として円滑な物語を(つむ)いでいけるようにしているんだけど・・・今日この世界を壊そうと現れた世界の意志、ギュスターブ・エトワールが堂々と破壊工作を始めた。それはつまり、世界と世界の融合による破壊」

「世界の融合?!」

 多次元世界(マルチバース)という途方もなく巨大な世界の構想に頭が付いていけていない状況で、一護達は聞かされた信じがたい話。だが実際、彼らはギュスターブ達と戦い、それが如何(いか)に人間離れした力を持っているのかを、身を持って体感しているのだ。大事が語る話も、一概に否定することはできなかった。

並行世界(パラレルワールド)ってのはその名の通り、決して混じりあうことはないんだ。それはどんなに時間軸を隔ててもね。だけど、ギュスターブはそれらをひとつにまとめ始め、そのために滅びの現象が起きはじめた」

「どういうことだ?」

「独立した別々の物語と物語を無理矢理に融合するため、無数の並行世界(パラレルワールド)が衝突をはじめた。そのために、世界がひとつになろうとしているんだ。やがて、全ての世界は消滅する―――」

「しょう・・・めつ・・・・・・?」

 一護達はあまりに素っ頓狂なことを言ってくる大事の発言に耳を疑ったが、彼の表情は真剣そのものだった。どうやら、伊達(だて)酔狂(すいきょう)で語っている訳ではないことが分かった。

「黒崎一護。君とここにいるみんなは、現在辛うじてギュスターブによる世界の崩壊を免れている。だけどギュスターブは直ぐにでもこの世界を侵略し始まる。そうなれば、君達はこの世界と一緒に消えてしまうんだ」

「なんだと・・・!?」

「そうなったらおしまいなんだ。だから急いで対策を打たないとならない。これから滅びの現象を辛うじて回避している並行世界(パラレルワールド)から仲間を集め、ギュスターブと闘わなければいけない。それが、世界を救うたった一つの方法だ」

 大事が提案してきたのは、自分達と同じ境遇に立たされている人間達の中から、戦える者達を集め、ともに協力し合いギュスターブを倒すという公算(こうさん)

 一護達は(こぞ)って声を詰まらせるが、深く迷ったり、考えていたりする時間がない事はおのずから理解できた。

「それで本当に、この世界が救えるのか?」

 今一度石田が尋ねると、大事は唸り声を出しながら率直な事を述べる。

「ぶっちゃけた話、それ以外に方法がないんだよね~。でもギュスターブを仮に止められたとしても、元の世界に戻れるという確証はないかもしれない。それでも、やるの? やらないの?」

「決まってるだろ! それしか方法がないなら、何としてでもやってやる! あんな奴に、これ以上好き勝手にさせるかよ!」

 一護はたった一つの望みを、重要大事の提案に託した。そして、大事と共にギュスターブを止めるため、並行世界(パラレルワールド)への渡航を決意する。

 口元を釣り上げた大事は、彼が本物の覚悟を持つ者であることを悟った。

「オーケー。君にその覚悟があるなら、それでいい。僕としても、戦力は大いに越したことはない。じゃあ、さっさとギュスターブを追いかけるとしようか」

「ああ」

「待て、一護! 本当にこんな得体のしれねェ奴を、信じるのかよ?」

 恋次は重要大事を疑っていた。

 無理もない話だ。世界の意志という単語の意味をイマイチ理解出来ていない状況で、ギュスターブと同一の存在をおいそれと信用する方がおかしい。

 恋次の懸念も最もな話だ。

 だがそれでも、一護の決意が揺らぐことは無かった。

「得体がしれねぇかどうかなんて関係ねぇ。俺はギュスターブをぶっ倒しにいく。この街を救う! そのために、重要大事(こいつ)の力が必要なんだ!」

 長い付き合いだからこそわかる。元来が争いを好まない一護だが、大切なものを護るためならば自ら進んで理不尽な戦場に足を踏み入れることを、ルキア達は嫌というほど熟知していた。

 そんな彼の思いを、今更無下にするわけにもいかないし、自分達もまた本音を言えば一護と全く同じ気持ちだった。

 ―――空座町(からくらちょう)を守りたい。

 ―――自分達の住んでいる世界をギュスターブから守りたい。

 その想いが胸の内から湧き上がると、恋次は一護の気持ちを汲んで呟く。

「―――わかった。こうなりゃ嫌でも一蓮托生(いちれんたくしょう)してやる」

「ありがとう。恋次」

「よし。茶渡君の治療が済んだら、さっさと旅立つ準備をしなね。この旅を終えるまで、僕の仲間達がもう少しだけこの世界を生きながらえさせてあげるよ」

 

 

 

 突然の出逢いがもたらす新たな戦いの序幕。

 世界を守るため―――いま、次元の垣根を超えた冒険がはじまる。

 

 

 

 

 

 


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