(衛サイド)
真っ暗な世界で女性が一人、少女が一人、そしてマッスルな大人が一人いた。
うん、それ我だ。
大人モードの我が公衆の面前でこういう状況にさらされていたら、まずは警察に通報されるだろう。
そのときは潔く補導されよう。しかし、警官達に筋肉のすばらしさを演説するつもりである!
それくらいに筋肉に自信はある!
「もーゴールしてええよな…………」
「主!? しっかりしてください、主!」
今このとき、我ははやてに筋肉のすばらしさを演説した。
そのすばらしさにはやても納得してくれたようだ。
…………目が虚ろだが。
いや、決して洗脳なんてしてないぞ。
だが、しかしまどか殿に教わった方法の演説をするとどうしていつもこうなるのだろうか?
この間、シグナムもはやてと同じ状態だったし。
「やはり原因はあの淫乱ピンクやな!? おのれ、あんのピンクの悪魔め、衛くんをこんなのしたばかりではなく余計なアビリティを追加してくれて!!」
「ピンク? 悪魔と淫乱はシグナムのことか? ヤツは武人としてすばらしい女性だがまさか淫乱で悪魔だったとは…………」
「ちゃうわアホ! ピンク=シグナムちゃうわ!!」
怒られた。解せぬ。
「はやてよ。早くここから出るべきだ。みんな待ってる」
「嫌や。衛くんは変態になった現実なんて嫌や…………。それに外は辛いことばっかりやから出たくない!」
ふむ、現実…………逃避か。
無理もない。目の前で家族を失ったのだからな…………。
逃げたくなるのも仕方あるまい…………。
「そうです。だからおねむ――――ブム!?」
「貴様は黙ってろ。眠ることを決めるのは、はやてだ」
我は余計なこと喋ろうとする管制人格の口を顔を掴んで黙らせる。
む? なんで泣いておるのだコイツ?
あと若干、頬が紅くなってる?
まあよい。我ははやてに伝えることを伝えるまで。
「はやて、それが現実というものだ。友達が変態化する、家族を失う…………辛いことばかりが支配する世界だ。そしてそれはいつ起きてもおかしくないのだ」
それでも、と我は続ける。
「生き続ける。辛いことがあれば、笑い飛ばせばいい。失って悲しいことがあれば泣いて、すっきりしたら次のことを考えていけばいい。我はそう思うのだ」
「…………でも私は」
「我ほど強くない、と言いたいつもりらしいがそれは違う。我は確かに変態だ。認めよう。だけどそれが無ければ我は逃げ出していたんだ」
「えっ…………?」
「変態は最強。だから大丈夫と思っているから平気と思うことにしたのだ。本当ならば、我はザフィーラと戦わず逃げ出していた。我はな、臆病なんだ。変態じゃないホントの我は臆病で弱いちっぽけなヒーローに憧れるただ一人の子どもなのだ」
そう言って大人モードを解除した。するとどうだろう、我の足は震えているではないか。
変態でなくなると、怖い、逃げたい気持ちが沸き上がっているのだ。それが身体に表れているのだ。
「今でなお、この場所は怖い。我が友ならば、やる気になればはやてごと管制人格を殺すだろう」
「そんな…………でも」
「でも、はないんだ。あの男は切り捨てるものは切り捨てる。理想ではなく、リアリティだけを求める男だ。そりゃ、切り捨てたことは悲しむかもしれんが、切り捨てたことに後悔しない」
一度、我が友と口論にそのことでなったことがある。しかし彼はそれでもねじ曲げなかった。
なぜ、と聞いてみたが我が友には凄惨な前世があった。
そう、彼は救いのヒーローであろうとしたばかりに大切な人を失った。
だからヒーローにはなれないし、なりたくない――――――――確かに彼はそう言った
彼はヒーローになることに諦めた一人の子どもだったのだ。
「故に我が友は大切な人――――愛する者を守るためならなんだって切り捨てるつもりだ。友達も、自身の命も」
「そんなのって…………」
「ひどいか? しかし、それは人間にとって当たり前なのだよはやて。利己的で、醜い。他者を助けるお人好しだって、結局のところ自己満足でしかないのだ」
はやては優しすぎる。知らない他者に対しても優しすぎる。
その証拠に蒐集活動に人は含まれていなかった。
だからこそ、彼女はもう少し利己的であってほしいと我は思っている。
「はやて、それがこの夢から覚めたときに待っているかもしれない世界の真実だ。苦しいし、辛いことばかりだ。それが『生きる』ってことだ」
彼女は既に絶望しきっていた。彼女にまだ伝えるべきことを伝えていない。
「わかってくれたか?」
「…………わからへん。わからへんよぉ…………」
泣いてる彼女を我は優しく抱き締めて撫でた。我が子を慈しむ父親の心情が少し理解した。
彼女には耳が辛いことだろう。
「はやて、ここに残りたいと思ったか?」
「うん…………せやけど残ったら、殺されるし…………」
「そうだな。だから――――我もここに残ろう」
えっ、と顔を上げたはやては我を見る。我は最初からそのつもりなのだ。
「我ははやてのヒーローになりたいのだ。『みんな』ではなく『はやて』のヒーローになりたいのだ。我ははやてが死ねば辛い、泣きたい、最悪また自殺を考えるだろう。当然だ。我にとって恩人であり、大好きな人が死ぬことは辛すぎる」
だから、と続ける。
「我も一緒にいるから死にたいと思わないでくれ」
そう言ったとき、はやての顔は下に向いていて見えなかった。
だけど、小悪魔的な笑みを浮かべてきた。
「それって告白のつもりかいな?」
「んな!?」
し、しまった! 思えば恥ずかしいことを何気なく言ってしまった!
なんてことだ! 我は…………我はいったいどうすれば!?
「クスクス…………」
「ぷぷ、あははははは!」
「わ、笑うな! そこの管制人格もだ!」
二人の女性に笑われるとは…………ちょっと死にたくなった。
「こらこら。私だって衛くんが死んだら辛いんやから。だからそないなこと言わんといてや」
「はやて…………」
「うん…………勇気でた。せやから、ここから出よ? 二人なら大丈夫やから」
笑みを浮かべて我に手をさしのばした。その笑顔は太陽のようにまぶしいものだった。
そうだ…………我はこの笑顔を見たくて、そして守りたいのだ。
さし伸ばされた手を握る。
「よーし! あんたもこっから出るからついてきい!」
「わ、私もですか!?」
「あったり前や! って名前なんなん自分?」
今さらとツッコむべきところだが、今の我らにとってそれは無粋なことだ。
我らが行く道は絶望ではなく、希望の可能性がある未来だから――――――――
「あの、私。名前はないんですが。付けてくれませんか?」
「ならば、我が名前をつけてあげよう!」
「主…………お願いします。私は筋肉な名前をつけられたくありません…………」
「大丈夫やから泣かないの」
なぜか我の命名が拒否られた。解せぬ。
プロテインという名のどこが嫌なのだ?
衛くんが主人公しちゃってる回でした。
踏み台転生者って大概思い込みが激しい人ばかりですよね。
自分はこの世界では主人公。だから死なないし、負けない。そういう思い込みがあるから彼らは慢心し、他人を見下してしまうのではないでしょうか。
そんな踏み台転生者の思い込みがなくなったらどうなるだろうかが今回の議題でした。
衛くんは前世からの環境で人見知りが激しく臆病な性格だったので、転生してからちょこっと修正されましたが臆病な性格のままです。
それゆえ思い込みがなくなったらこうなるんじゃないかなと予想して書きました。
弱さを受け入れる強さ。ソラもまたそれを受け入れ、なおかつ合理的に考えていたりします。
ちなみにASの主人公は衛くんでヒロインははやてだったりします。
次回、ふるボッコタイム――――の前のお話。
――――役者はそろった。さあ、始めよう。