スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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 復刻版プリズマ☆コーズ、完走できそうにない……悔しい。
 でも、大丈夫。前回のイベントでクロだけはゲットしてる。問題は、クロの再臨素材がない……。またいつか、復刻してくれるかなー。


 それはさておき、番外編です。
 神秘部の戦いで、ハリー(inヴォルデモート)に衝撃呪文を放たれたところから始まります。
 細かいところに目を瞑り、楽しんで読んでくださると嬉しいです。






IF番外編 プリズマ☆セレネ爆誕!

「『フリペンド』!」

 

 セレネの身体は吹き飛ばされ、壁に激突した。

 受け身を取ることもできず、強烈な痛みに襲われる。呼吸をするたびに、胸の内側から壊れるような痛みが奔った。

 

「――ッ、う」

 

 薄れゆく意識の中、ハリー・ポッターが彼らしくない残忍な笑みを浮かべ、こちらに杖を向けている姿が目に入ってきた。ヴォルデモートに身体を乗っ取られたのかもしれない。

 

(悔しいな)

 

 セレネは、ふと思った。

 ベラトリックス・レストレンジを無力化したことで、すっかり油断していた。

 一瞬の油断が命取りになることは、歴史を紐解いても物語でもよくある話だ。勝利の瞬間こそ気をつけなければならないのに、ここで負けてしまうことが悔しくてたまらなかった。

 

 優等生に固執していた頃、敗北は死と同異議だと思っていた。

 今はそこまで固執していない。だが、やっぱり負けるのは嫌いだ。今いる足元が、がらがらと音を立てて崩れ落ちていくような恐怖を感じる。

 セレネは気力を振り絞った。

 壁の瓦礫に当たって、手は血まみれで、怪我のない所の方が少ない。だが、まだ戦える。自分は負けていない。セレネは指先に力を入れ、頑張って立とうとしたとき――ふと、杖ではない細い棒のような物が手に当たった。

 

「――採血、完了」

 

 ふと、不穏な声がした。

 誰も自分の周囲にいないはずなのに、可愛らしい女の子の声がする。それも、先程指先が触れた何かの辺りから聞こえてきた。セレネは、そっと声の方に視線を向けた。

 

「……なに、これ?」

「まぁ!なにとは失礼ですね!!」

 

 それは、憤慨したような声を出す。

 セレネの指先が握りしめていたのは、杖でも棒でもない。ピンク色のステッキだった。てっぺんに星と羽をあしらった可愛らしいステッキだ。一瞬、日本の制服を着た少女たちが悪と戦うアニメに登場したステッキを連想した。

 そんな女の子が好みそうなアニメっぽいステッキが、もにょもにょと動いている。

 

「こほん。はじめまして! 私は愛と正義のマジカルステッキ『マジカルルビー』ちゃんです!

貴女は次なる魔法少女候補に選ばれました。さぁ私を手にとって下さい!力を合わせて(わたしにとっての)悪と戦うのです!!」

「……」

 

 セレネは何も答えなかった。

 あまりにも突然の誘い。魔法少女という謎の言葉。何もかもが唐突で、分からないことだらけだったが、一つだけ――セレネにも分かることがあった。

 

 

 こいつ、うさんくさい。

 

 

「あ、いま『うさんくさい』って思いましたね? ひどーい! ショックです! ルビーちゃん、ショックを受けましたー!!

 嘆かわしいです。現代では、魔法少女に憧れる(都合の良い)少女は絶滅してしまったのでしょーか!!」

 

 マジカルルビーなるステッキは、大仰に嘆いている。

 セレネはステッキから目を背け、ハリーたちの方に視線を向けた。ハリーはいまだにヴォルデモートに支配されているらしく、ダンブルドアに杖を向けながら、高笑いをしていた。

 セレネはもう片方の手で痛む胸を抑えながら、淡々とステッキに話しかける。

 

「私は契約なんてしないから、さっさとどこか行きなさい。

 下の階に行けば、もっと魔法少女にふさわしい子がいるはずよ」

 

 たとえば、ジニー・ウィーズリーやルーナ・ラグブット。

 彼女たちの方が、このステッキにふさわしいかもしれない。むしろ、そっちに押し付けたい。そういう念を込めて言ったのだが、ステッキは動こうとしなかった。

 

「えー、人に譲っていいんですかー? 

 魔法少女って素晴らしいですよー。いまのあなたは、ただの魔法を使える女の子ですけど、魔法少女になれば、あーんなことや、こーんなことができるんですよー」

 

 ステッキは、無性に腹の立つ声で話しかけてくる。

 それを無視し続けていると、ステッキがすっとセレネの耳元まで近づいてきた。不可思議なことに、右手がステッキから離れてくれない。

 

「これ、離す方法ないのですか?」

「私と契約すれば外れますよ☆」

「それ以外で」

「魔法少女はいいですよー、空も飛べますし、可愛い衣装だって着れますし、恋愛だって思うがままです!」

 

 セレネは甘言を一切無視する。

 空は箒やセストラルで十分飛べる。

 可愛い衣装には興味がない。

 恋愛は――今の自分には、必要ないワードだ。

 

「えー、でもいいんですかー。意中の相手が他の女の子と一緒になってもー」

「意中の相手などいませんので」

「またまた、そんなこと言っちゃって。想像してみてくださいよー。仲の良い男の子が自分ではない女の子と仲良く手を繋いで歩いちゃったり、しまいにはキスをしちゃったりするところを見ても、あなたは何も感じないんですかー?」

「それは……」

 

 ステッキにそそのかされ、セレネは少しだけ想像する。

 一番仲の良い彼が、自分の知らない可愛らしい女の子と一緒に歩いている姿を――。 

 自分には向けないような笑顔を浮かべ、仲睦まじそうにホグズミード村を歩いている様子を――。

 

「別に」

 

 セレネは吐き捨てるように言った。

 別に恋仲でもないし、ただ彼とは仲が良いだけである。だが、セレネは胸の中がモヤモヤする気がした。いままであまり知らなった感情の正体を考える前に、ステッキの怪しげな声が耳元から響いてきた。

 

 

「ふふふ、甘いですね。ルビーちゃんの手にかかったら、こんなの朝飯前です!」

 

 

 ステッキは、楽しそうに呟いている。

 しまった、なんだかよく分からないが嵌められた。このままでは、何か非常にまずいことが起こる。

 セレネは、そう直感すると、すぐさまステッキを遠くに投げ飛ばそうとする。だが、相変わらず指先からステッキが離れてくれない。

 それどころか、身体すら動かない。

 先ほどまでは痛みや疲労で動かすのが難しかったが、それとは違う。

 

 

 まるで、強大な力で押さえつけられているように動かないのだ。

 

 

「ふふふ、ちょろかったですね。

 血液によるマスター承認、接触による使用の契約、そして起動のキーとなる乙女のラヴパワー! すべて滞りなく頂戴いたしました!!

 さぁ……最後の仕上げといきましょうか。貴女の名前を教えてくださいまし」

 

 ステッキの腹立つようなはしゃぎ声に、セレネは歯を食いしばる。

 絶対にこいつに名前など教えるものか、と抵抗した。教えたら最後、絶対に不味いことになる。確実に最低なことが起きて、面倒なことに巻き込まれる。

 いっそのこと、ステッキを破壊しようとした。だが、悲しいことにステッキの「死の線」が視えない。そうこうしているうちに、これもステッキの効果なのだろうか。セレネの口が、勝手に動き始めたのである。

 

「セレネ……セレネ・ゴーントです!!」

「マスター登録完了!!……まぁ、ぶっちゃけ本当はロリがいいんですけど、この際(私が楽しめれば)どうでもいいですー!」

 

 

 瞬間、セレネの身体が赤い光に包まれた。今まで纏っていたホグワーツの制服が、溶けるように赤い光の中へと消えて行く。その代り、新たな衣装が弾ける様に現れた。

 

「コンパクト フルオープン!境界回廊 最大展開!」

 

 セレネの口は、勝手に言葉を紡ぐ。

 そして、これも自分の意思とは関係なく、ステッキをクルクル手の中で華麗に回し、そのまま決めポーズをビシッととっていた。

 

「正義と平和の使者、『魔法少女プリズマ☆セレネ』爆誕!!」

 

 ここで、ようやく身体を自由に動かせるようになった。

 自分の意思とは全く関係ない、されど自分がした一連の動作、そして自分の服装を見る。

 セレネはこれまでにない勢いで赤面した。

 

「は、早く戻しなさい!」

 

 セレネはステッキを思いっきり床に叩きつける。

 

「え~どうしてですか?イイ感じに決まってますよ!和風テイストの魔法少女って感じで」

「どうしてもこうもない!!」

 

 セレネは今の服装が恥ずかしくてたまらなかった。

 緑色の和服っぽい上着は、まだ百歩譲って許せる。だが、ひらひらした赤いスカートの丈は短く、すうすうとしていて気恥ずかしい。しかも、ふわふわした羽まで生えている。靴も緑のリボンが特徴的なアイドルが履くようなもので、まったく機能的ではない。

 こんな服装で、平然と立っていられるわけがないし、物凄く恥ずかしいことを呟いた気がする。

 

「ツインテール、とても似合ってますよー」

「髪までいじくったんですか!? 私、全く了承していません! それに、正義と平和の使者ってなんですか!?」

「では、愛と正義の使者にします?」

「却下です。というか、早く元に戻してください」

「うん、いいですねー。愛と正義! とても独善的で素晴らしい響きですー!」

「私の話を聞きなさ――ッは!?」

 

 セレネは叫びかけ、ふと――今の状況を思い出す。

 

 ここは、魔法省。

 ヴォルデモートとダンブルドアが現れ、決戦を繰り広げていたはずだ。

 セレネはおそるおそる、ハリーたちの方へ視線を向ける。ハリー(おそらく、中身はヴォルデモート)も、ダンブルドアも、縛られているベラトリックス・レストレンジも、こちらを見ている。

 

 セレネは、自分の顔が茹で上がったように熱を持つのを感じた。

 

「っぷ、ぷははは!! 最高じゃないか、小娘!!」

 

 ベラトリックスが馬鹿にしたような高笑いをした。まるで死んでしまいそうになるほど、お腹を抱えて笑っている。

 

「なんだい、そのふざけた服装は! しかも、プリズマ☆セレネって……っくっくく」

「半人間風情が。まさか、俺様を誘惑するつもりではあるまいな? そのような服装をしても、痛いだけだぞ?」

 

 ベラトリックスだけでなく、ハリーに乗り移ったヴォルデモートからも嘲笑される。

 ダンブルドアは何も語らなかったが、視線に哀れみの色を強く感じた。

 

 セレネは、穴があったら入りたくなった。

 

 すごく、オブリビエイトしたい。

 自分の記憶も周囲の記憶も、みんなまとめてオブリビエイトしたい。

 

「セレネさん、そういうときは、あの眼鏡に向けて『このやろー』って、ステッキを振ってみてください」

 

 ステッキが「やれやれ」とでも言いたそうな声で囁いてくる。

 セレネとしては、正直なところ、このステッキの言いなりになどなりたくない。だが、セレネとしては早くステッキから解放されたい。だから、もうなりふり構っていられない。

 セレネは、このステッキの要望を叶えることにした。

 

「このやろー!」

 

 セレネは、ハリー・ポッターめがけて、ステッキを振り下ろした。

 すると、ステッキからは光り輝く閃光弾が放射される。閃光弾が直撃し、ハリー・ポッターは為す術もなく黒焦げになった。

 

「セレネさんの返答はこうです。『お前みたいな蛇男なんて、こっちから願い下げだ。100年後に出直して来な!!』だそうです」

「……そこまで思っていませんよ」

 

 セレネがステッキの威力に驚いていると、黒こげのハリーから煙が立ち上り、ヴォルデモートが姿を現した。相当な痛みを感じたらしく、眉間に皺をよせ、額には筋が浮き立っていた。

 

「貴様ッ!!」

 

 ヴォルデモートは死の呪いを放ってくる。

 その速度、避ける暇がない。だが、死の呪いが直撃したというのに、自分は無傷だった。セレネは自分が生きていることに驚き、目を見開いていると、ステッキが得意そうな声を出した。

 

「変身中はAランクの魔術障壁・物理保護・治癒促進・身体能力強化などなどが常にかかっています。今や英霊にも等しい力を持ったセレネさんに、人間ごときがかなうわけありません!!」

「っく、ならば焼き殺してやる!!」

 

 ヴォルデモートは杖の先から青白い炎を出した。炎はたちまち大蛇の姿になり、セレネを噛み砕こうとしてくる。これは、さすがにマジカルな姿になっても火で焼かれる苦しみを感じそうだ。

 セレネは眼を凝らし、ステッキで線を切り裂き、大蛇を四散させた。

 

「ちょっと、セレネさん! ルビーちゃん、怖かったんですけど!!」

「それは良かったです。あなたにも怖いって感情があったのですね」

 

 これからもステッキで線を斬っていくことを、セレネは強く誓った。

 

「直死の魔眼か、厄介な」

 

 ヴォルデモートが歯ぎしりする声が聞こえてくる。

 セレネは再び、ヴォルデモートを直視した。分霊箱の効果だろうか、相変わらず「死の線」が視えない。ところが、いまの自分は不本意ながら謎の力を手にしている。もしかしたら、ヴォルデモートを滅せなくても、物凄く苦しめることくらいはできるのではないだろうか。

 

「マジカルルビー」

「気軽に、ルビーちゃんでいいですよー」

「では、ルビー。あなたの力で、あのサイコパスを苦しめる方法はありませんか?」

 

 セレネが囁きかければ、ステッキがきらんと光った気がした。

 

「お安い御用ですよ、セレネさん。あなたの足元に落ちているカードを拾ってください」

 

 セレネが足元に視線を向けると、そこにはいつのまにか一枚のタロットカードが落ちていた。カードの表面には、槍を持った男の人が描かれている。

 

「それを夢幻召喚すればいいんです。そのカードの必殺技を使えば、あの鼻なし男は死に匹敵する苦しみを味わい続けるはずですよー☆」

「ありがとう、ルビー!」

 

 やり方は尋ねなくても問題なかった。

 セレネの身体は変身した時のように、動き出していた。

 

「夢幻召喚――クラスカード、ランサー、インストール!」

 

 セレネがカードをステッキに当て、力の限り叫ぶ。

 再び自分の身体が光に包まれる。ただ、先程と違うのは、なにか強い意思のようなものが身体を包み込んでいく気がした。例えるなら、いくつもの戦場を駆け抜けた英雄が自分に寄り添い、力を貸してくれているような――そんな不思議な感覚だ。

 

「さあ、行きますよ。サイコパス!」

 

 いつの間にか、ステッキが赤い槍に変わっている。

 セレネは槍をくるくる手の中で回すと、思いっきり地面を蹴った。ヴォルデモートが一瞬遅れて、こちらに杖を向けてくる。だが、時はすでに遅い。

 

「その心臓、もらい受ける!」

 

 すでに、狙いは定まった。

 セレネの内側から魔力が溢れ出てくる。濃厚なまでの魔力は赤い魔槍に吸い上げられて、渦を巻いている。

 

「なんと、宝具か」

 

 ダンブルドアが小さく呟くのが聞こえた。

 セレネは赤槍を思いっきり引く。槍の先端は下段に向けられている。これで当たるわけがない、とヴォルデモートも思っているのだろう。セレネ自身、これは下策だと思ったが、身体はそのように動いている。なにしろ、この槍の力を貸してくれている誰かが「これでいい」と自信を持って教えてくれている。

 ならば、この槍に従い、身体を動かすまでだ。

 

「『刺し穿つ死棘の槍‐ゲイ・ボルグ‐』!!!」

 

 足元めがけて放出した槍は、唐突に軌道を変え、ヴォルデモートの心臓を狙って奔っていた。

 

「な――ッ、ぐあ」

 

 ヴォルデモートの身体が浮いた。

 セレネの手から離れた赤い槍は、ヴォルデモートの心臓を貫いていた。

 

「ご主人様ッ――!!」

 

 ベラトリックスの悲痛に満ちた叫びが聞こえる。

 セレネが手を伸ばすと、赤い槍は引き抜かれ、ステッキの状態になって戻ってきた。

 

「いやー、やりましたね! セレネさんの大勝利ですーっ!」

「そ、そうでしょうか」

 

 ヴォルデモートは死んだ。

 肉体が崩れ落ち、風と共に消えていく。

 

 もちろん、まだ分霊箱をすべて破壊していない。

 よって、まだ完全に滅ぼしたわけではないのだが、本体は殺せた。これで、またつかの間の平和が訪れる。その間に、分霊箱を一つずつ潰し、復活の手段を消していけばいい。

 

「……まあ、ありがとう」

「いえいえー、ルビーちゃんの手にかかれば、ざっとこんなものですよ☆」

 

 セレネは減らず口のステッキを見て、困ったように微笑んだ。

 

「あ、あの人が……復活したと思ったら、死んだ?」

 

 いつの間にか、ギャラリーも増えている。

 パジャマ姿の魔法省大臣は目を白黒させていたが、セレネの方にゆっくり近づいてきた。

 

「い、いやー、君のおかげだよ! きみのおかげで、復活した『あの人』を殺すことができた。君の働きは、マーリン勲章勲一等レベルだよ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 大臣はセレネの手を握り、ぽんぽんと背中を叩いてきた。

 セレネは少し気恥しくなる。自分だけの力ではない、と言おうとしたとき――

 

「……ゴーント、その服装……」

 

 聞き慣れた声が後ろから聞こえてくる。

 振り返ると、ノットの姿があった。かすり傷の彼は、セレネが飛び出すのを見て、追いかけてきたのだろう。そんな彼は、セレネの姿を凝視している。

 目を丸く見開き、口がわなわなと動いている。何故か顔が茹でたタコみたいに赤く染まっていた。

 

「お、おまえ! な、なんて服装してるんだよ!? は、は、はしたないだろ!!」

「服装?」

 

 セレネはきょとんと首を傾げ、下を向き――見事に固まった。

 先ほどまでの魔法少女の服装、ではない。

 

 

 例えるなら、全身青タイツ。

 しかも、おなかの部分と股からふくらはぎにかけた部分は、肌色が剥き出しだ。背中の辺りも涼しい感じがするので、きっとそこも布がないのだろう。

 

 

 自分は、こんな破廉恥な姿で戦っていたのだ。

 ダンブルドアや、魔法省大臣や、その他、魔法省職員の見ている目の前で。

 

 

 セレネは自分の頭に一気に血が上るのを感じた。

 

「元に戻しなさい!!!」

「了解ですー☆」

 

 ステッキは楽しそうに了承すると、元のホグワーツの制服――ではなく、魔法少女のコスチュームに戻した。

 

 セレネはぷちん、と切れた。

 

 このステッキが役に立つかもーと思いかけていたが、前言撤回だ。こんな人を辱めるステッキは、捨てるに限る。

 

「捨てるなんてひどいですね。もう、ルビーちゃんとあーんなことや、こーんなことをした仲ではありませんか」

「誤解されるような言い方をしないでください!!」

「……セレネ、君にはそういう趣味があったんだ」

 

 黒こげ状態から立ち直ったハリー・ポッターが、ゆっくりと起き上がる。

 

「でも、大丈夫。セレネがどんな趣味でも、僕は君のことを受け入れるよ」

「ありがとう。でも、誤解です。すぐに、記憶をオブリビエイトしてください」

 

「おお、『あの人』を倒した二人は、恋人同士だったのか!」

 

 魔法省大臣があらぬ勘違いをしてくる。

 大臣はセレネとハリーの肩を抱きかかえると、カメラマンを呼んだ。

 

「二人の英雄だ! 世紀の瞬間でもあるな。さあ、カメラに向かって笑って、笑って!」

「わ、笑えません!!」

 

 セレネは魔法省大臣の腕から無理やり逃げ出すと、ステッキに向かって叫んだ。

 

「ほら、あなたの遊びに付き合いましたから、さっさと契約を解除してください!」

「えー、セレネさんのサイコパス退治に付き合ったのに、その言い方はあんまりですよー。

 さあ、それでは、私の用事に付き合ってもらいますよー☆」

「用事? あなたの用事なんて――きゃっ!」

 

 セレネが文句を言う前に、ステッキが勝手に直進し始めた。手を離したいのに、セレネの指はステッキにくっついて離れてくれない。

 気が付くと、セレネはステッキのせいで魔法省の出口めがけて一直線で駆けていた。

 

「さあ、行きますよ『プリズマ☆セレネ』! 正義と平和を守るために――!!」

 

「だからって、私を巻き込まないでください!!」

 

 セレネの嘆きが魔法省に木霊する。

 だが、止める者はいない。止められる者もいない。

 

 青い瞳の少女はステッキに連行され、イギリスの正義と平和のために戦うことになるのであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――レネ、セレネ!」

 

 肩をゆすられ、セレネは飛び起きた。

 目の前には、ダフネの心配そうな顔があった。隣には、アステリア・グリーングラスの姿もある。

 

「大丈夫、セレネ。うなされていたけど」

「その、セレネさんは苦しみながら、うわごとで『性悪ステッキ』とか言ってましたよ?」

 

 セレネはボンヤリとする頭で、2人の顔を見て、それから自分の服装を見た。

 今の自分は、見慣れたホグワーツの制服を纏っている。あのふざけた全身青タイツでもないし、可愛らしい魔法少女の正装でもない。

 

 今いる場所も魔法省ではなく、ホグワーツ特急の中だった。

 

「……夢?」

「まったく。うなされるなんて、なにやってるのよ」

 

 隣に座るミリセントが、おおげさにため息をついてきた。

 

「……よかった……」

 

 セレネは一息ついた。

 心の底から「夢で良かった」と実感する。

 

 

 いくら蛇男を殺したいからといっても、あんなステッキの世話になりたくない。

 恥ずかしい服装、不可思議な台詞、謎の決めポーズ――思い出すだけで寒気がしてくる。

 

「なによ、そんな酷い夢だったの?」

「いえ、魔法少女にはなりたくないなと」

「なに言ってるのよ。あんた、魔法少女じゃない」

 

 ミリセントは、きょとんとした顔になった。

 

「だって、魔法が使える少女でしょ? 馬鹿なことを言ってないで、ほら。百味ビーンズでも食べなって」

 

 ミリセントはそう言いながら、道化の描かれた箱を渡してきた。

 

「……そうですね、ありがとうございます」

 

 セレネは苦笑いを浮かべると、ピンク色のビーンズを手に取った。

 

 

 

 

 

 これは、ありえたかもしれない平行世界の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、「謎のプリンス編」に突入します。

 カレイドルビーは出てきません。カレイドサファイアも出てきません。大師父ももちろん登場しません。

 

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