スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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42話 新入生

 

 

「……弟子、ですか?」

 

 

 セレネは困惑してしまった。

 

 小さな子どもは、今も自分の目の前で床に額をこすりつけている。

 顔をよく見ていないので詳しく分からないが、少なくとも親衛隊に所属するスリザリン生でないことだけは確かであった。

 しかし、このホグワーツ特急に乗っているので、ホグワーツの生徒であることには違いない。セレネは小さく息を吐くと、杖をしまった。

 

 

「……申し出はありがたいのですが、私は弟子を取っていませんので。強くなりたいのであれば、他所を当たってください」

「そこをなんとか! スリザリンの末裔から直々に指導を頂きたいのです」

「……私の指導よりもホグワーツの教授陣の方が立派な指導をしてくれるわ。弟子になる以前に、授業を真面目に受けて、予習復習をしっかりしなさい」

「謙虚なところもさすがですー!」

 

 

 その子は顔を上げると、目をキラキラと輝かせながら見つめてきた。その眼に見つめられるとセレネはだんだんむず痒くなってくる。

 

 

「そもそも、貴方は誰ですか? いきなり扉を開けるなんて、礼儀がなっていません」

「あっ、申し遅れました」

 

 

 ぴしっと立ち上がると、これ以上ないくらい背筋を伸ばした。

 

 

「僕は、グラハム・プリチャード! 今年の新入生――」

 

 

 と、彼が名乗り始めた、その時のことだった。

 

 

「「そこまでです」」

 

 

 開けっ放しになった扉の向こうに、2人の少女が姿を現した。

 フローラ・カローにヘスティア・カローだ。彼女たちは塵芥を見るような視線をグラハムに向けていた。

 

 

「通報を受けました。ゴーント先輩に直接弟子入りを志願する不届き者がいると」

「私たちでさえ、恐れ多くてできないことをやってのけるなんて……なんて、羨ましい!」

「代わりに、私たちから教育を授けてあげましょう」

 

 

 静かな怒気を孕んだ声色で通告すると、それぞれ片方ずつグラハムの腕をつかみ上げた。

 

 

「えっ、えっ? な、なにが起きるんですか!?」

「言い訳は私たちのコンパートメントで聞きます」

「親衛隊に入隊するのですよね? それならば、規則を徹底的に頭に叩き込んでもらいます」

 

 

 グラハムは情けない悲鳴を上げながら、カロー姉妹に連行されて去って行った。

 

 

「……まったく、なんなんだ」

「セレネは人気者だね」

 

 

 セレネがコンパートメントから顔を乗り出し、去り行くカロー姉妹の背中を眺めていると、声をかけられた。聞き覚えのあるおっとりとした声に、今度はホッと胸をなでおろす。

 

 

「ダフネ・グリーングラスですか。お久しぶりですね」

「うん、久しぶりだね。あっ、コンパートメントいっしょに座ってもいいかな? いい席が見つからなくて」

「どうぞ……そちらは?」

 

 

 ダフネの後ろに隠れるように佇む影に声をかける。

 先ほどのグラハムと同じくらい小さく縮こまった影であった。セレネに話しかけられると、ひっと小さな悲鳴を上げ、ますます縮こまってしまった。なにが恥ずかしいのか分からないが、耳まで赤く染めている。

 

 

「あー、私の妹のアステリアよ。普段はこんなに大人しくなくて、いつも話しているような子なんだけど……」

 

 

 ダフネはコンパートメントに入りながら苦笑いをした。

 

 

「きっと緊張してるのね。だって、アステリアはセレネのファンなの」

「ファン? 私、特に何もしてませんが」

 

 

 セレネも席に座りながら、こてんと首を傾げた。

 

 

「1年生の時はダンブルドア先生から直々に20点も貰ったし、秘密の部屋の謎を解いて『ホグワーツ特別功労賞』を貰ったし、蛇語だって使えるし、成績は1位2位を争っているし……十分、ファンができると思うよ。現に親衛隊だってあるし」

「……たしかに、それは事実ですが……」

 

 

 セレネは小さく肩を落とした。

 目の前で恥ずかしそうにもじもじとしているアステリア・グリーングラスにしろ、先程のグラハム・プリチャードにしろ、自分のことを直接知りもしないのに好意を持っている。その事実を知ると、なんだかむず痒い気持ちになった。

 

 

「変なことを吹き込まないでください。私は一介の生徒です」

「一介の生徒がスリザリンの巨大派閥のリーダーをしていないと思うけど」

「一介の生徒です」

 

 

 セレネが強調すると、ダフネは「まぁ、そんなところもセレネだよね」と言って笑った。

 

 

 それからしばらく、雨脚が強くなる音を小耳に挟みながら、2人で他愛もない話に花を咲かせた。

 その多くはクィディッチワールドカップの話だった。

 

 

「見てこれ、ビクトール・クラムの人形なの! ワールドカップで買ったんだ」

 

 

 ダフネはミニチュア人形を出す。クラムは真っ黒な眉をした無愛想な顔をした青年だった。

 

 

「ワールドカップで直接見たんだけど、とってもカッコよかったんだ。サイン、貰いたかったな……」

「有名人からサインは早々もらえませんよ。よほどの運がない限り」

「そうだよねー、本当に」

 

 

 ダフネはがっくりと肩を落とす。その背中を軽く叩きながら、セレネはクラム人形を見下した。セレネには、正直小気難しそうな男の良さが分からなかった。少なくとも、ダフネがほっぺたを赤らめながら興奮気味に話すほど、彼が良いとは感じなかった。

 

 

 そんな話をしているうちに、汽車は次第に速度を遅めていった。それと引き換えに、雨脚はますます強くなっていく。空は完全に黒く染まり、デッキの戸が開いたときなんて頭上で雷が鳴り響いた。外は土砂降りで、誰もが背を丸めて目を細めながら降りていく。

 まるで頭から冷水を何倍も浴びせかけるように、雨は地面に激しく叩きつけていた。

 

 一年生は伝統にしたがい、ハグリッドに引率され、ボートで湖を渡ってホグワーツ城に入る。

 

 

「……うわー……こんな日に湖を渡りたくないな」

 

 

 ダフネは妹の背中を見送りながら、身震いをした。 

 セレネたち上級生は馬車に乗り込み、城を目指す。

 

 

「本当に奇妙な馬ですよね」

 

 

 セレネは馬車を引く馬を一瞥した。

 馬車を引く馬は、以前から気になっていた。見た目は馬というよりも爬虫類に近い。まったく肉がなく、黒い皮が骨にピッタリと張り付いていて、骨の一本一本が透けて見える。頭はドラゴンのようで、瞳のない目は白濁し、じっと遠くを見つめていた。しかも背中の隆起した部分からは巨大な翼が生えている。

 

 魔法生物なのだろうが、あまりにも奇妙である。

 少なくとも、現時点におけるセレネの知識と符合する魔法生物はいなかった。

 

 

「馬?」

 

 

 しかし、ダフネはきょとんとした。

 

 

「なにもいないけど?」

「……そんなはずありませんが……」

 

 

 セレネは馬車に乗り込みながら、もう一度馬に目を向けた。

 やはり、白濁の目をした馬が目の前にいる。手を伸ばせば触れることだってできそうだ。

 

 

「すぐそこにいますよ。ほら、棒と棒の間に」

「でも、馬なんていないよ?」

「いや、馬はいるもん」

 

 

 すると、セレネの脇で夢を見るような声がした。

 隣に目を向ければ、先に馬車に乗り込んでいた少女がこちらを見ていた。レイブンクローのネクタイを巻いている。

 

 

「あんたがおかしくなったわけでもないよ、私にも見えるもん」 

「よかった。そうですよね」

「えっ、ということは私がおかしいのかな」

 

 

 馬が見える人間が二人もいることで、ダフネは焦りを感じたのだろう。慌てて目をこすったが、やはり何も見えないのか、不思議だなーと首を何度も傾げていた。

 

 

 

 ますます豪雨は激しさを増し、びしょぬれになったこと以外は特に変わったこともなく、ホグワーツに到着した。組み分けの儀では、アステリア・グリーングラスとグラハム・プリチャードを含む数人の生徒がスリザリンに入り、拍手で迎え入れた。

 アステリアは可愛らしく笑っていたが、セレネと目が合うと慌てて目を逸らされてしまった。

 同じくグラハムからも目を逸らされてしまったが、彼は宴中もずっと何かに怯える様にびくびく震えていた。

 

 

「……一体、フローラたちは何をしたんでしょうか?」

「気にするな。あいつらが行き過ぎた指導をしただけだ」

 

 

 セオドール・ノットがセレネの独り言を拾い、はぁっと疲れたように肩を落とした。ブレーズ・ザビニが彼の肩を慰めるように叩く姿が見えた。

 

 

「……なんか、申し訳ないことをしたのかもしれませんね」

「そんなことはない。お前が一人でも弟子を取ってみろ。後が大変だぞ」

「そうかもしれませんが……」

 

 

 セレネはグラハムにちらっと視線を向ける。彼は皿にフォークやナイフが当たる音だけでもびくっと震え、きょろきょろと辺りを見渡していた。おそらく、彼をそのようにした原因――カロー姉妹は優雅に上品な手つきでステーキを切り分けていた。

 

 

「さあ、新入生諸君よ」

 

 

 ダンブルドアが前に立ち、手を大きく広げた。

 

 

「おめでとう。古顔の諸君よ、お帰り。

 みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう。いくつか知らせがある、もう一度耳を傾けてもらおうかの」

 

 

 ダンブルドアは笑顔で全員を見渡した。

 彼が語るのは例年通り、管理人のフィルチからの通達事項、禁じられた森への立ち入り禁止について、ホグズミード村へは三年生になってから――など、いつもの諸注意事項だった。

 

 

 しかし。

 

 

「寮対抗クィディッチ試合は今年は取りやめじゃ。これを知らせるのは、わしは辛い役目での」

 

 

 この話以外は。

 誰もが絶句し、悲鳴を上げた。スリザリンのクィディッチチームに所属するモンターギューは、驚きのあまり口をパクパクさせている。

 だが、しかし、同じくクィディッチチームの花形、シーカーを務めるはずのドラコ・マルフォイは違った。彼はさもありなん、仕方なしと肩をすくめていた。

 

 

 これは、いったいどうしてなのか。

 セレネが考えている間に、ダンブルドアは話を進めた。

 

 

「これは、10月に始まり、今学期末まで続くイベントのためじゃ。

 実はのう、今年はホグワーツで『三大魔法学校対抗試合』が開催されることになった」

「御冗談でしょう!!?」

 

 

 グリフィンドールのテーブルの方から大声が聞こえてくる。

 

 

「いいや、ミスターウィーズリー。わしは決して冗談なんぞ言っておらんのう」

 

 

 ダンブルドアは愉快そうに言った。

 

 

「三大魔法学校対抗試合とは、ヨーロッパの三大魔法学校の親善試合じゃ。若い魔法使い、魔女たちが国を越えて絆を築くには、これが最も優れた方法だと衆目一致するところじゃった。

 夥しい数の死者が出るに至って競技そのものが中止されたのじゃが、今年から復活することにする」

 

 

 いたるところで、興奮した声がささやきあうのが聞こえた。「夥しい死者」という箇所に触れている人はごく少数で、誰もが「どんな競技をするのか」とか「優勝したら何がもらえるのか?」とかそんな類の話に花を咲かせていた。

 

 

「優勝者には1000ガリオンが与えられる。じゃが、安全面を考慮して、参加資格がある生徒は17歳以上じゃ」

 

 

 ダンブルドアがそう告げた瞬間に、少し騒ぎが静まった。「出場したい!」というオーラを醸し出し興奮していた16歳以下の生徒たちが、しゅんとなっている。

 17歳以上ということは、6年生以上ということ。

 

 4年生のセレネには関係ないことだった。

 

 

「セレネさんは、立候補するのですか?」

 

  

 アステリア・グリーングラスが掠れたような声で尋ねてきた。

 

 

「立候補するなら、私、全力で応援します」

「……ありがたいのですが、私は10月で13歳です。参加することはできません」

「あっ……す、すみません」

 

 

 アステリアは熟しきった林檎よりも赤く顔を染めると、顔を俯かせ、それっきりなにも話さなくなってしまった。

 

 

「でも、出場できたらカッコいいわよねー」

 

 

 ミリセント・ブルストロードが夢見心地な声で言ってくる。

 

 

「セレネはどう思うの?」

「私は出場したくありません。……死にたくないので」

 

 

 セレネは「優等生のセレネ」ならば立候補していたと考えていた。

 しかし、それ以前に死の危険は冒したくない。

 死を回避し、あのおぞましい線を視ない生活を送りたいのに、わざわざ死の危険に飛び込むような真似は絶対にごめんであった。

 

 

 今回は観戦するだけになってしまうが、そこから何か学べるものがあるかもしれない。何にしろ、外国の魔法使いをみることが出来るのだ。しかも、おそらく代表選手はエリート中のエリート魔法使い。そうとう凄い人が来るのだろうから、勉強になること間違いなしだ。

 

 

 もしかしたら、なにか「賢者の石解析」のヒントに繋がるものが見つかるかもしれない。

 

 

 雨に濡れて滑りやすい廊下を歩きながら、セレネは少しだけ10月が待ち遠しくなった。

 

 

 






……弟子入り志願者はあの子だと思いましたか?
残念、別の子です。原作では名前しか上がっていない男の子でした。

彼女の性格も変わっているので、今後もリメイク版をお楽しみください。



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