スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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ジャスティン視点です。
※3月29日:訂正



18話 早朝の図書館

 

郵便の時間、僕――ジャスティン・フィンチ・フレッチリーは少しだけ寂しくなる。

 

 

同じハッフルパフ寮のアニー・マクミランやハンナ・アボットやスーザン・ボーンズ、そして他の先輩方や後輩の皆には手紙が届く。――でも、僕の所には一通も来ない。僕は――フレッチリーの名を穢した異端児だから。

代々――フィンチ家もフレッチリー家も、政治家や医師を輩出している名家だ。だから、僕も政治家になるために勉強をしていた。いや、させられていた。

勉強することに疑問を覚えることもなく、淡々と与えられた課題をこなす日々。遊ぶ時間も無く、そもそも遊ぼうという考えを抱くこともなく、僕は毎日の生活を送っていた。

イートン校に入学が決まった時も、誰も誉めてくれる人はいない。フィンチ家もフレッチリー家も、それは当然のことで誉めるに値しないのだ。とはいえ、必死に努力して積み上げた成果を誉められないのは少し悲しいことだった。

 

 

僕は――どうして勉強しているのだろう。

このまま勉強を続けていても、誉めてもらえることは無いのではないか?

誰からも認められることもなく、親の敷いたレールの上を歩くだけの人生を送るのだろうか。

まだ、自分が何をしたいのかは分からない。でも――それでも、僕は自分で何かを選びたい。

ジャスティン・フィンチ・フレッチリーの生きる目的を探したい。

 

 

ホグワーツの入学許可証が届いたのは、そんな時だった。

両親は、入学に猛反対した。だけど、僕はその反対を押し切って――初めて、自分の意志で物事を決めた。両親に逆らったのも、それが初めてだった。両親は、僕のことを許していない。父親は「魔力なし」と判断された弟の勉強に打ち込み、僕には見向きもしない。

母親は「訓練された魔法使いがいることは、大切なことね」と言うけど、それは口だけ。僕に気遣って言っているだけだった。

手紙が来ることもなく、出したところで意味のある手紙は帰ってこない。

だから今日も、僕は郵便の時間が来る前に大広間を出ようとする。ホグワーツに入学したこと自体に後悔はしていない。それでも―――この時間は苦痛なのだ。

 

 

「あっ、今日も1人で図書館に行くのか?」

 

 

僕の背中に、アニーが声をかける。

ミセス・ノリスの事件が発生して以来、マグル出身の僕を気にかけてくれる。

「スリザリンの継承者」だと噂されているハリー・ポッターに、僕がマグル出身だと漏らしてしまったから――。

 

 

「大丈夫です。彼は――まだ、食事中です」

 

 

僕はアニーに、弱弱しい微笑みを返した。

ハリー・ポッターは、友人と一緒に食事をとっている。今なら1人で移動しても何も――問題ないはずだ。

1人、図書館へ出かける。

今から始業までの1時間――いや、移動時間も考えると45分間。僕は、スリザリンの少女と一緒に本を読む。少女が読むのは、決まって錬金術関連の書物。真剣な表情で本を読み、見知らぬ物質の構造式と計算式をノートに書き写し、時折何かを考え込む。だから、話しかけることはしない。僕は、ただ予習と復習をするだけ。たまに、どうしても分からないところがあると、作業の様子を見て話しかけてみる。

そうしたら――作業を止めて、的確に教えてくれる。そんな彼女と一緒にいることは、心落ち着く一時だった。

 

 

「あっ、良かった。今日もいる」

 

 

今日も、いつもの席に腰を掛けている。

声を上げなければ、美しい人形と見間違えてしまうだろう。

セレネ・ゴーントは、古びた本を読んでいる。黒い制服から覗く細い手足と、陽の光とは無縁な白い肌。憂いがちな趣は、人間らしい意志を感じさせない。

誰よりも黒く艶やかな髪も、眼鏡の奥の黒い瞳も、どことなく神秘的で――まるで、美しい絵画の様に図書館に溶け込んでいた。

 

 

「おはよう、セレネ」

 

 

椅子を引き、セレネの前に腰を掛ける。

セレネは、本から顔を上げることなく

 

 

「おはようございます、ジャスティン」

 

 

とだけ言った。

やや丁寧過ぎる声。

これが、セレネ・ゴーントのセレネ・ゴーントらしい特徴の1つだろう。

少し前まで、セレネ・ゴーントを誤解していた。グリフィンドールのハーマイオニー・グレンジャーと同じ勉強熱心な才女かと思っていた。スリザリンであるということも加えて、マグルの世界で生きていた頃の僕と同じように英才教育を受けてきた純血主義のサラブレットかと思い込んでいた。

でも、ダイアゴン横丁で出会ってから――少しずつ誤解が解けて行った。

セレネ・ゴーントは魔法使いの血こそ引いていても、マグルで育っていた。

更に言えば、受け答えが人形のようだ。絵にかいたような優等生でありつつも、ハーマイオニー・グレンジャーとは、どこかが違う。セレネも、少し前の僕みたいに、誰かに認めてもらいたいから勉強しているのだろうか?いや、完璧なセレネに限って、それは無いだろう。

僕も鞄から教科書を取り出し、捲り始めた。

 

 

 

「……」

「…………」

 

 

朝の陽光が、窓から影を落としている。

古書の香りに包まれて、僕達は静寂の中で本を読み続ける。

早朝から図書館を使用する奇特な人間は、僕達しかいない。司書のマダム・ピンズでさえ、朝食のため図書館の席を外していた。

 

 

「……」

 

 

ふと、視線を上げてみる。

セレネは、いつも通り本を読み進めていた。今日は珍しく、メモを取らないらしい。

ただ静かに、本を捲っている。本を読むセレネの姿は、図書館で最も鮮やかに見る者を魅了するようだ。完全なる不意打ちである。どうにかして意識を逸らそうと、僕は教科書に目を落とす。しかし、今度は静寂が耐えられない。僕は、つい

 

 

「すみません、セレネ。1つ尋ねてもよろしいですか?」

 

 

と、前々からの疑問を1つ――尋ねてみてしまった。

セレネは、本を捲る手を止める。しかし視線は本に落としたまま、こちらの質問に応答してくれた。

 

 

「なんですか、ジャスティン」

「その――セレネは、東洋系の血を引いていますか?」

 

 

セレネの顔立ちは、イギリス人とは違いすぎる。

正確に言えば、欧米人には無い神秘的な雰囲気を醸し出していた。特徴、雰囲気、たたずまい、総合的に見ると、やはり東洋系――特に、アジア系の容姿に思えるのだ。

 

 

「詳しく分かりませんが、恐らくは東洋人の血を引いていると思いますよ」

 

 

セレネは、淡々と答えてくれた。

まるで、自分の血筋に興味がないようだ。しかし――それにしては、先日――1日だけ、「生粋の魔法族」という本を熱心に調べていた。巷を騒がす「スリザリンの継承者」について調べていたのかとも思うが、よく思い出してみれば――あれは、ハロウィーンの前だったようにも思う。口では興味がない素振りをしているが、実はセレネなりに、自分の血筋を探していたのかもしれない。

 

 

「しかし、何故そのようなことを聞くのです?」

「えっ――?」

 

 

セレネの眼が、僕に向けられている。

黒い瞳からは、今までの無機質・無表情・優等生らしさが消えていた。

吸い込まれるような黒い瞳は、まるで僕の魂胆を探るかのような鋭い光を携えていた。もっとも、魂胆なんかない。ただ、僕は気になっただけだ。だから、尋ねてみた。それだけである。

 

 

「いえ、他意が無いなら結構です」

 

 

セレネは、再び本に目を落とす。

このまま普段通り――特に会話もない読書に戻っていたら――この後、何も起こらなかったかもしれない。だけど、僕は気になってしまった。優等生らしさが一瞬、何故消えたのかと。

 

 

「気になったから聞いただけです。ですが、珍しいですね。セレネから何かを尋ねて来るなんて」

「えっ?」

 

 

本を捲ろうとしていた指が、ピタリと止まった。

 

 

「そうでしたか?」

「そうですよ。何か、ありましたか?」

 

 

セレネは、本気で驚いているみたいだ。

僕を見つめて、何回か瞬きをする。しばらく僕の眼を覗き込んだ後、何事もなかったかのように首を横に振った。

 

 

「いいえ、何もありませんよ」

 

 

無機質な声が、寂しく木霊する。

僕達の会話は、これで終わった。セレネは本に、僕は教科書に没頭する。

しばらく普段通りの時間が過ぎていく。時計の針が進む音、ページをめくる音、どこか遠くで楽しく話し合う声―――そう、普段通り。だけど、何かが違う。

 

 

「セレネ」

 

 

もう一度、声をかけてみる。

セレネは顔を上げることなく、

 

 

「何ですか?」

 

 

とだけ答えた。

別に、特別用があったわけではない。ただ、声をかけてみたかったから声をかけてみただけだ。―――なんて、どことなく気恥ずかしい言葉は言えるわけもなく、必死に話す内容を探した。

 

 

「その……いつも1人ですが、スリザリンに友達はいないのですか?」

「そうですね――」

 

 

セレネは少し考え込むように、指を持ち上げる。

 

 

「ダフネ・グリーングラスは、たぶん友達ですよ」

「グリーングラスさん、ですか」

 

 

しかし、果たして―――セレネ・ゴーントは、本当にグリーングラスのことを友達だと思っているのだろうか。少なくとも、僕やアニー、ハンナそしてスーザンみたいな関係を築いているようには思えなかった。

僕は―――セレネの友達なのだろうか?

 

 

「そろそろ行きます。予鈴が鳴る頃ですし」

 

 

セレネは、早々と片付けを始めてしまった。

僕は焦った。1番肝心の問いを尋ねていない。だけど、直球に「僕はセレネの友達?」と尋ねるのも恥ずかしい。でも――今聞かないと、きっと後悔する。

僕は勇気を振り絞って、顔を上げた。

 

 

「冬休み!」

「……冬休み?」

 

 

去ろうとするセレネの背中に、声をかける。

セレネは不思議そうに振り返ると、首を傾けた。

 

 

「冬休み、予定は何かありますか?

無いのでしたら、一緒に大英博物館に行ってくれませんか?マグル育ちの友達は、セレネしかいないんです。マグルで育っていた頃には、友達いませんでしたし……魔法族の友達は、マグルの博物館に興味が無いみたいなんです。だから、一緒に行ける友達は、セレネしかいないんです!!」

 

 

言いたいことを、一気に言葉にする。

言い切った。僕は、人形のようなセレネの顔を見つめる。

断れば、僕達は友達ではなかった。しかし、断られなければ―――僕は、セレネの友達と言うことになる。

 

 

「クリスマス、ですか」

 

 

セレネの問いに、僕は無言でうなずいた。

久遠の時が過ぎた気がする。僕の顔に熱が集まり、赤くなるのが良く分かる。もっと良い――婉曲に確かめる方法があったはずなのに、だけど僕は変な問いかけをしてしまった。

何て恥ずかしいことを言ってしまったのだろう。僕は、その場から消え失せてしまいたかった。

 

 

「……はぁ」

 

 

セレネは、怪訝そうな顔をして息を吐く。ゆっくりとローブを翻しながら、僕に背を向けた。

 

 

「別にかまいませんよ。クリスマスはマグルの世界に戻る予定でしたし」

 

 

それでは、とセレネは去っていく。

図書館には、僕だけが取り残された。

一瞬の空虚な感覚の後、心躍る夢にいる様な満足感が胸を支配した。

嬉しくてたまらない。飛び跳ねて叫び出したかった。この気持ちが、一体何なのか自分にも分からないけど―――でも、あのセレネの友達だということが証明された。

 

 

それが、嬉しくてたまらない。

 

 

「必ずですよ、セレネ」

 

 

僕の呟きは、誰にも聞かれることもなく図書館に吸い込まれていく。

初めてだった。ここまで―――クリスマスが待ち遠しいのは。

 

 

僕は、どことなく浮ついた気持ちでクラスに向かうのだった。

 

 

 

 


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