スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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秘密の部屋編、開始です。




秘密の部屋編
14話 8月の日差しの中で


 

「これも、違う」

 

 

本を棚に戻し、小さくため息をついた。

賢者の石に関する情報は、明らかに少なかった。フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店と言う魔法使いの本屋に来て1時間、錬金術関連の本を読み漁ってみたが、どれも期待外れ。そもそも、錬金術関係の本自体が少ない。時代遅れだから読む人もいないのだろうが―――、こうも求めているモノがないとすると、他の方法を考えなくてはならない。

 

 

「――もう12時過ぎてる」

 

 

時計を見て、小さくため息をついた。

クイールと約束した時間まで、あと30分しかない。せっかく魔法使いの本屋に来ているのに、帰る時間は刻一刻と迫ってきていた。目星となる本が見つからないまま、教科書だけ購入して退散なんて勿体無い。入口の喧騒とは打って変わり、閑古鳥の鳴く錬金術コーナーを1人歩く。再び目についた書籍を手に取ってみるが、目次をみて落胆してしまった。

 

 

「また、真理の探究か」

 

 

現代において錬金術は、変身術の亜種という側面が皆無だ。

「真理の探究」という哲学的な意味合いが強い。故に、「賢者の石」に関する書籍がほとんど出版されていないのだ。やっとの思いで石関連の書籍を見つけ出したとしても、石を作り出す方法はもちろん、概要と歴史しか書かれていない。

 

 

「やっぱり、古本屋の方があったかもな―――ん?」

 

 

その時だ。

埃を被った小さな本に、眼が止まる。黒い背表紙を撫でると、金糸で題名が小さく記されていた。

 

 

「『大癒師ケルススを超えた者』」

 

 

吸いつけられるように、ページをめくる。

そこに記されていたのは15世紀の錬金術師――「テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム」、通称「パラケルスス」の半生と残した秘術に関する物だった。そこに記されていた一文に、眼が奪われてしまう。

 

 

「石を作り出した?」

 

 

私は愕然とした。

パラケルススは、賢者の石を作り出したと書かれている。

しかし、ホグワーツで読みふけった「賢者の石」についての書籍では、パラケルススの名前は一言も出てこなかった。むしろ、ニコラス・フラメルが賢者の石を作り出した唯一の人物、だと書かれていた。これは、一体どういうことなのだろうか。諸説さまざまあるということか、それとも――意図的に隠されたのか。

 

 

「――?」

 

 

私は、ページをめくった。

マグルの医者の家系だったパラケルススは、ある事件をきっかけに錬金術へと傾倒していく。狂気めいた執念と研究への情熱が、掠れた文字から滲み出ていた。

 

 

「――、ゴーント。おい、聞いてるのか!?」

 

 

肩を強く叩かれ、ようやく本から顔を上げる。

同級生の少年が、後ろに立っていた。プラチナブロンドの髪が、店内の淡い灯りを浴びて、輝きを増している。私は本を閉じると、少年に向き合った。

 

 

「久し振りですね、マルフォイ。一体、いつからそこに?」

「少し前からだ。

優等生様は、人がいることにも気づかないくらい、読書に夢中だったってわけか」

 

 

どことなく皮肉を含んだ言葉に、偉そうな態度。

いつものマルフォイの様子に、私は何も思うことは無い。私は時計に目を落とすと、すでに20分経過していた。そろそろ、クイールとの待ち合わせの場所へ行かなくてはならない。

 

 

「興味深い本でしたので、読み込んでいました。

それでは、マルフォイ。また、ホグワーツで――」

「おい、どこに行くんだ?あまり話してないぞ」

 

 

本を籠の中に入れて去ろうとすると、マルフォイが呼び止めてきた。

マルフォイの言う通り、会ってから数秒も経っていない。しかし、今現在――マルフォイと話して私のメリットになることは特にない。それに、クイールとの待ち合わせの時間が刻一刻と迫ってきているのだ。時間に間に合うためには、早急に買い物を終わらせなければならない。

 

 

「レジへ行きます。そろそろ義父との待ち合わせの時間ですから」

「マグルの義父か?」

 

 

くだらない、と言うように鼻を鳴らす。

マルフォイは柱に寄りかかると、忌々しげに呟いた。

 

 

「今、1階はロックハートのサイン会で混みあってる。2階で会計した方が、早く済むぞ」

「ロックハート、ですか?」

 

 

つい最近、何処かで聞いたことのある名前だ。

そう――確か、これから購入する教科書の作者の名前だった気がする。籠に目を落とせば、一般的な教科書とは似ても似つかぬ豪華な書籍――の表紙の写真と目が合った。波打つブロンドの髪に完璧な笑顔が特徴的なイケメン魔法使い。こちらにウィンクをしてくる写真を見ると、俳優やモデルのように思えてしまう。少なくとも、この書籍に記されているような――トロールや吸血鬼を華麗に倒す人物には、到底思えなかった。

 

 

「忠告、ありがとうございます」

 

 

私は2階で会計を済ませると、階段を下ろうとした。

しかし――降りる前に、1人の男が私の前に立ち塞がった。マルフォイと同じ髪の色をした男性は、私を値踏みするかのように見下ろしている。男が退く気配は、まるで無かった。

 

 

「ゴーント、父上だ」

 

 

マルフォイは、自慢げに男を紹介した。

私は2人を見比べてみる。

確かに、マルフォイは髪の色だけではなく、男の面影を受け継いでいるように感じた。しかし、どことなくマルフォイと纏う空気が違う。マルフォイは偉そうにしている雰囲気しか纏っていないが、男の方は、静電気のような威圧感を放っていた。

 

 

「はじめまして、マルフォイさん。セレネ・ゴーントと申します」

「君のことはドラコから聞いている、ミス・ゴーント」

 

 

淡々とした声、仮面を被ったような無表情。

一瞬、スネイプ先生の姿が――そして、鏡の間で対峙したクィレルが脳裏によぎったのは、気のせいだろう。

 

 

「『スリザリンの継承者』と、呼ばれているそうだね」

「スリザリン生の一部が呼んでいるだけです。私は、ただのスリザリン生に過ぎません」

 

 

それでは、と去ろうとしたのだが、マルフォイの父親は階段を通させてくれなかった。

次第に苛立ちが湧き上がってきたが、私はセレネ・ゴーント。誰もが認める優等生だ。苛立ちを心の奥に押しこめ、出来るだけ柔らかな口調で

 

 

「すみません。義父と待ち合わせをしていますので」

 

 

と、言ってみる。

しかし、マルフォイの父親は依然として動かない。

 

 

「君は、似ているな」

「似ている?」

「……いや、なんでもない。これからも、ドラコと仲良く頼むよ」

 

 

マルフォイの父親は、私の頭を軽く撫でると場所を開けた。

誰と似ているのか、何か隠したように思えるが――生憎、私には時間がない。マルフォイの父親に頭を下げ、マルフォイに少しだけ手を振ると、階段を駆け下りる。

入口は、ロックハートを一目見ようとする魔法使いで溢れかえっていた。なんとか人混みを縫い、押し出されるように外に弾き出される。ギルデロイ・ロックハートの人気は、目を見張るものだった。

 

 

「そんなに凄い魅力のある人か、あいつ?」

 

 

9冊の本が入った袋を担ぎ上げると、私はクイールとの待ち合わせ場所に急ぐ。

大量の本を持ち歩くことは、慣れている。しかし、夏の日差しの中で運んだのは、初めての経験だった。汗と共に体力まで流れていくような、奇妙な脱力感を覚える。

 

 

「セレネ、大丈夫かい?」

 

 

その言葉と共に、急に本を持つ手が軽くなった。

見上げてみると、そこにはクイールが微笑んでいる。

 

 

「迎えに来たよ、セレネ。よく頑張ったね」

「……ありがとうございます」

 

 

少し照れくさそうに、私は視線を逸らした。

まだ待ち合わせの時間になっていないが、大荷物の私を心配して迎えに来てくれたらしい。

唯一の家族だが血縁関係のない養父とは、良好な関係を築いていると思うが――少し私に優し過ぎるように思うのは、ただの気のせいだろうか。

深く考えない方がいいのか、それとも―――

 

 

「あの……すみません」

 

 

髪の毛が、くるくるっとカールした少年だった。年齢は、私と同じくらいだろう。育ちの良さそうな服装をしているにもかかわらず、両親の姿は見当たらなかった。

 

 

「イーロップのフクロウ百貨店は、この先で合っていますか?」

「その通りだよ。僕達もそこに行くところなんだ。良かったら、一緒に行かないかい?」

 

 

クイールが応えると、あからさまにホッとした表情を浮かべた。

 

 

「ありがとうございます。あの――もしかして、君、スリザリン生のゴーントさんですか?」

 

 

どうやら少年は、私のことを知っているらしい。

私が頷けば、少年は明るい笑顔を浮かべた。

 

 

「ハッフルパフ生のジャスティン・フィンチ・フレッチリーです。

君のことは知ってますよ、もちろん。ハーマイオニー・グレンジャーのライバルですよね?」

「……ライバルではありませんよ?」

 

 

私が応えると、フレッチリーは不思議そうに顔を傾けた。

 

 

「そうですか?『獅子寮のグレンジャー、蛇寮のゴーント』と例えられていますよ」

「初耳です」

 

 

確かに私とハーマイオニーは、学年の中で1番の点数を争っている。

杖を使う教科において、私はハーマイオニーの上を行くが、杖を使わない教科――すなわち、魔法史や天文学は、ハーマイオニーに一歩及ばない。帰りの汽車ですれ違った時、「次は負けないからね」と言われた。

学年の1位2位を争う優等生として、競争しているように見えるのかもしれない。

 

 

「それにしても、驚いてしまいました。

ゴーントさんはスリザリン生だと聞いていたので、てっきり魔法族出身の方だと思い込んでいました」

 

 

スリザリン生に、マグル生まれは皆無といっていい。

大半が魔法族出身の家柄の良い生徒で構成されていることくらい、私も知っていた。

マグル育ちの私は馬鹿にされることもあったが、既に成績と魔法で捻じ伏せている。そのせいで私を蔑むスリザリン生はいなくなったが、代わりに「スリザリンの継承者」として崇拝されるようになってしまった――。

 

 

「父親は魔法使いだったらしいですよ。しかし――」

「色々とあってね、今はマグルの僕と一緒に暮らしているんだ」

 

 

その先の言葉を、クイールが奪うように紡いだ。

私は少し眉間に皺を寄せたが、クイールもフレッチリーも気づいていないみたいだ。クイールの横顔に、少しばかり焦りを視た。別に両親が死んだことくらい、隠す必要はない。私を気遣って、か?それとも、何か別の理由でもあるのだろうか。

 

 

「そうですか……。

実は僕もマグルで育ちました。もっとも、両親はマグル生まれですが」

「フレッチリーも、マグルで産まれ育ったのですね」

 

 

彼の服装は、床を掃除するようなローブやマントと似ても似つかない――私達と同じマグル世界の服装だ。良く視れば、服の端に有名ブランドのロゴが印刷されている。

 

 

「はい。元々はイートン校への入学が決まっていました」

「イートン校!?」

 

 

クイールは、青ざめている。

私も叫びそうになってしまった。イートン校といえば、イギリス屈指の名門校だ。

制服だけで、700ポンドもかかるのだ。700ポンドもあれば、ちょっとした海外旅行が楽しめる。その大金を制服だけに費やすのだから、年間の学費なんて目を覆ってしまう大金だ。

しかも、金さえあれば誰でも入れるというわけではなく、幼い時から血の滲むような勉強を続けて来て、ようやく入学が許される。そこに入学するということは、すなわち上流階級と言うことを表し、末は政治・経済、または産業界のエリート街道が約束されたことを意味する。

 

 

「ホグワーツの入学を、辞退しなかったのですか?」

 

 

つい聞いてしまった。

イートン校に入学するまでにかかった費用や時間、それら全てを換算すると想像出来ない程の大金だ。私はホグワーツ入学に対して、そこまで何も思うところはなかった。優等生のセレネ・ゴーントらしく、クイールや説明に来てくれたスネイプが「ホグワーツに入学しなさい」と言われたから頷いただけ。進学先についても、目覚めた時期の影響で私立受験は間に合わず、公立の学校へ行くことが決まっていた。だから、金銭面で特に問題はなかった。しかし――さすがにイートン校や私立の学校へ進学が決まっていたとすれば―――少しは躊躇うのではないだろうか。

 

 

「あー……うん、父様と母様は反対していましたが、魔法の訓練も大切ですから」

 

 

フレッチリーは、どことなく寂しそうに答える。

やはり、家族と揉めてしまったらしい。聞いてはならないことを聞いてしまったようで、少しだけ気まずい。もしかすると、両親と不仲になってしまった結果――1人でダイアゴン横丁に来ているのかもしれない。

 

 

「でも、僕はホグワーツに来て良かったと思いますよ」

 

 

次に顔を上げた時、フレッチリーは嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「僕は、ホグワーツで新しい目的を探すんです。

今までは父様や母様が目的を作ってくれました。今度は、僕が1から作り上げるんです」

「目的、ですか」

 

 

フレッチリーの瞳は、輝いていた。

フレッチリーの目的は、まだ見つからない。だから、それを探すために勉強する。

目的を見つけることが勉強。私には、少し信じがたい発想だ。私が勉強する目的は、優等生であり続けるため。それが、セレネ・ゴーントでいる証だから。

唯一――ここにいる「私」が持つ目的と言えば――

 

 

「さぁ、ついたよ。2人とも」

 

 

気がつくと、ふくろう百貨店の前に辿り着いていた。

大した距離ではなかったのだが、かなり歩いたように思える。

 

 

「フクロウの餌を買ったら、3人で昼御飯を食べて、残りの買い物をしようか?」

「えっ、いいんですか?申し訳ないです」

 

 

フレッチリーは、恥ずかしそうに首を横に振る。

しかし、クイールは柔らかな笑みを浮かべていた。フレッチリーに、教え子を見つめる教師の眼差しを向けている。

 

 

「買い物は、大勢でした方が楽しいよ。―――ね、セレネ?」

 

 

クイールは、私に同意を求めてきた。

特別断る理由もない。むしろ、目的を探すために勉強するフレッチリーに興味が沸いた。

何より――ここで断るのは、セレネ・ゴーントらしからぬ行動だ。私は静かに目を閉じると

 

 

「構いませんよ」

 

 

その言葉は、蒼い空に消えていく。

8月の照りつける日差しの下。

私達の買い物は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 




3月22日:誤字訂正

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