スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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6話 秘密の部屋の密談

 

 翌朝、スリザリン寮に悲鳴の嵐が巻き起こった。

 

 

 一夜にして、60点も減点されていたのだ。

 グリフィンドールも50点減点されていたが、リリーは医務室で面会謝絶となってしまっているので、誰もことの詳細を聞き出すことはできない。だが、誰もが想像していた。3人で60点も減らした張本人たち――アルバス・スコーピウス・エリザベスの3人の夜歩きに、可哀そうなリリー・ポッターが巻き込まれてしまったのではないかと。

 

 

 

「今日が日曜日で助かったよ……」

 

 アルバスはテーブルに伏せると、大きく息を吐いた。

 

「こんな日に授業に出たくないし、ジェームズにつかまったらって思うと……気が重いや」

 

 いつもスリザリン寮どころか学校中の嫌われ者三人組であることに変わりはないが、今日みたいな日は寮内はもちろん、廊下を歩くだけで、普段がマシに思えるほど針の上に座っているような感覚だろうし、ジェームズは実弟以上に大事なグリフィンドール生の実妹になにがあったのか問いただしに来ることだろう。

 

「エリザベス、ありがとう。秘密の部屋に入れてくれて」

「えへへ、アル様の頼みですから当然です!」

 

 エリザベスはバジリスクのアルケミーの鱗をなでながら、にっこりと笑った。

 今日はどこにいても3人は注目されてしまうし、居心地の良い思いをしないことは明らかなので、エリザベスにアルバスとスコーピウスを秘密の部屋に招待してもらったのである。ここならば、詮索好きの目を避けられるし、蛇語を知らなければ、容易に入ってくることはできない。大切な日曜日にふさわしい、のんびりとした時間を過ごすことができた。

 

「でも、おかしいよな」

 

 スコーピウスがぽつりと呟いた。

 

「尻尾爆発スクリュートがいた痕跡が完全に消えていたなんて」

「……そうだよね、あんなに激しい戦いだったのに」

 

 実際、あの爆発音自体は温室まで響いていたらしい。

 ネビルは禁じられた森から響いてくる謎の音に不審感を抱き、いそいで調べに来たところ、アルバスたちを発見したらしい。その後、アルバスたちは「妹が禁じられた森に行くのを見かけたから、連れ戻しに行ったところ、尻尾爆発スクリュートに遭遇した」と説明するも、実際に案内した場所は爆発の後も形もなく、あんなに倒れていた大木も綺麗に片付けられてしまっていたのであった。

 

「『夜歩きは50点の減点だけど、妹を助けに行った勇気は評価しないとね』ってことで、1人20点の減点ですみましたが……どうして、痕跡すらなくなっていたんでしょう?」

「七不思議だからだよ、きっと」

 

 スコーピウスは口を開くも、どこか寂しげな様子だった。

 

「スクリュートはどこに消えたんだろう? それを解明できれば、100点もらえたのかな?」

「ネビル先生に聴いてみればよかったですね、七不思議について」

「たしかに」

 

 アルバスはエリザベスの呟きに同意した。

 あのときは、夜歩きが見つかったことやスクリュートが消えたことに気を取られて、七不思議について切り出すことができなかったのである。

 

「ちなみに、残る七不思議は? たしか、首がないチェイサーが飛んでるって話があった気がするけど」

「『首無しチェイサー』のことだね。あとは『地下牢の亡霊』かな」

「それって、どんな怪異なの?」

「『ホグワーツの戦い』にまつわる最新の噂だよ」

 

 アルバスが尋ねると、スコーピウスは自分たちしかいないのにもかかわらず、わずかに声をひそめて話し始めた。

 

「『ホグワーツの戦い』が始まる前、非戦闘員の生徒たちが『必要の部屋』からホグズミード村へ脱出したっていうのは有名な話だろ? そのときに、逃げ遅れた生徒が戦いに巻き込まれて亡くなったあと、ゴーストとなって地下牢をさまよっているって話」

「でも、本当にそこで亡くなった生徒っているんですか?」

 

 スコーピウスの話を聞くと、エリザベスが不思議そうに首を傾げた。

 

「たしかに、当時はかなり混乱していたと聞いていますけど……」

「考えてみて、エリザベス。深夜にいきなり大広間に集められて、すぐにここは戦場になるから逃げろって言われただけでも大混乱さ。それに、まだ避難が完全にすんでない時点で戦いが始まったみたいだし、戻ってきて戦闘に参加する生徒がいても気がつかれなかったくらい大混乱だったみたいだって本に書いてあったよ」

「……こっそり大切なものを寮にとりに戻ったけど、戦闘に巻き込まれて死んじゃったってことはないと言いきれないよね」

 

 アルバスは自分で言いながら、その通りだと思った。

 夜中に何も知らされずに大広間に集合をかけられたと聞いているし、逃げる前に大事な荷物を取りに戻りたくなる気持ちはよくわかる。その荷物がかけがえのない大切な物であればあるほど、こっそり取りに戻りたくなるのは当然だろう。

 

「アル様の言う通りかもしれませんが、わざわざ地下牢にとどまり続けます? ゴーストになったのであれば、もっと自由に動き回っても良い気がしますけど」

「『嘆きのマートル』がいるだろ? ほら、自分が殺されたトイレに留まり続けてるじゃないか」

「マートルが三階の女子トイレを好んでいるのは、生前からだと聞いていますよ。いじめられて嫌な思いをしたとき、トイレに駆け込む習慣があったとか。……まあ、それが原因で殺されてしまったわけですが」

 

 エリザベスはそう言いながら、くいっと人差し指を天井に向ける。

 

「もし、七不思議が本当なら……噂の女子生徒は地下牢に生前から愛着があったとしか考えられません。でも、そういう人っています?」

「地下牢に愛着があったというわけじゃなくて、地下牢に置いてあるものに執着があったのかもしれないよ。わざわざ取りに戻った大事な物が自分の亡くなった地下牢に放置されたままになっているとか」

 

 スコーピウスが腕を組みながら、こうではないかと考察する。そのまま、彼は「どう思う?」と言わんばかりの視線をアルバスに向けてきた。

 

「うーん……」

 

 アルバスは唸ることしかできない。スコーピウスの考察もエリザベスの考え、その両方とも筋が通っているように思える。どのように答えるべきかと悩んでいれば、先ほどまで眠そうにしていたバジリスクのアルケミーがいきなり起き上がった。

 

「――?」

 

 エリザベスも不思議に思ったのか、アルケミーに鋭い口調で何かを尋ねる。アルケミーも答えていたが、アルバスにはシューシュー、ガラガラという音のやりとりにしか聞こえず、スコーピウスと息をのんで待つことしかできない。アルバスにはアルケミーの表情や蛇語の雰囲気を読み取ることなんて不可能で、エリザベスの雰囲気からなんとか会話の内容を察しようと努力したもの、エリザベスは眉間に皺を寄せたまま険しい表情を崩さなかった。

 

 ところが、蛇語による会話は唐突に終わりを告げた。

 

「アル様! 大変です! いまから、お客様が来るそうですよ!」

 

 エリザベスは表情を柔らかく緩め、うきうきと心弾むような口調で言い切った。

 蛇語を扱える者でなければ訪れることができない「秘密の部屋」まで訪ねて来ることができる人など、かなり限られている。まさか……と、思いながら、部屋の入口に恐る恐る目を向ければ、扉の奥からかつんかつんっとヒールが床を叩くような音が響いてくるではないか。アルバスは思わず声を潜めて、エリザベスに尋ねていた。

 

「ねぇ、お客さまって誰のこと?」

「それはですね……扉が開いてのお楽しみです!」

 

 エリザベスがふふんっと鼻を鳴らしながら、そわそわと髪の毛を気にし始める。一体、誰のことなのかとアルバスが問いただす前に、重たい扉は軋みながらゆっくりと開いた。

 

「おじゃまします」

 

 どこまでも快活な声が部屋に木霊する。

 その人物は絹のように美しい黒髪を優雅に流しながら、悠然と部屋に足を踏み入れた。魔法の城であるホグワーツに不釣り合いであるはずの灰色のマグル製スーツを着こなし、スラックスがすらっと伸びた長く細い脚を際立たせている。

 

「久しぶり、リザ、アルバス。そちらが、スコーピウス・マルフォイ君であってるかしら?」

 

 明らかに意志の強そうな瞳が三人を見止めた。

 絶対にホグワーツにいるはずもない人物の登場に、アルバスは口をあんぐり開けるしかなかった。

 

「で、デルフィー!? ど、どうして!?」

「そうね、どうしてかしら」

 

 その様子がおかしかったのか、デルフィーニはくすくすっと笑う。

 

「泥棒をしに来たの。さあ、金を出せ、杖を出せ、蛙チョコレートも出せ! って」

「デルフィー姉さん!」

「冗談よ、冗談。そんな怖い顔しないで」

 

 デルフィーニはちょっと怖い顔になったエリザベスに手を軽く振りながら、スコーピウスの前まで歩みを進める。

 

「はじめまして。リザの義姉のデルフィーニ・レストレンジよ」

「はじめまして」

 

 スコーピウスは硬い表情で彼女の手を握った。

 

「デルフィーニさん、どうやってここに?」

「聞いてない? 私も蛇語がつかえるのよ」

「え?」

「レストレンジ家は代々純血の家系。家系図をさかのぼれば、純血至上主義だったサラザール・スリザリンの血が入ってるの。かなり薄まった血だけど、数世代を経て遺伝したってとこね」

 

 ほら、変なところはないでしょ? と、デルフィーニは説明する。

 

「とはいっても、私はスリザリンの直系の末裔ではないから、アルケミーをエリザベスほど従わせることはできないし、秘密の部屋の正当な継承者ってわけでもないから、ここに来る頻度は少なかったけどね」

 

 デルフィーニは確認するようにアルケミーを見上げた。アルケミーは静々と頷き、シューシューという気味の悪い音で答える。

 

「アルケミーは『セレネ様から直々に“自分の次は、エリザベスに仕えるように。秘密の部屋を継ぐのはエリザベス・ノット。その次は、エリザベスに一任する”と頼まれています。エリザベス様こそ、次代のスリザリンの継承者です』と言っています」

「へぇ……そうなんだ」

 

 アルバスは頷くしかなかった。エリザベスのことはキャンキャンと自分の周りをうるさいほど駆けずり回る子犬のようだとしか思っていなかったが、改めて「スリザリンの末裔」なのだと実感する。

 

「それで、姉さんはどうしてこちらに?」

「ちょっと資料を探しに。いま、私が探している資料はホグワーツの図書室にしかなくてね。そしたら、なんだか大変なことになってるんだもの。驚いちゃったわ」

 

 デルフィーニは呆れたように息を吐いた。

 

「大事な妹と妹の友だち三人組がスリザリンの嫌われ者になってるじゃない。しかも、大量減点……その真実を確かめるべく、ここに来たってこと」

 

 彼女はここまで言うと、近くの椅子に腰かけた。

 

「そんな騒ぎになってるの?」

「特に三階の女子トイレが大変な騒ぎよ。ジェームズ・ポッターが『アルバスは秘密の部屋に逃げ込んだんだ。出てきたら、兄として詳しく話を聞かないと!』って言い張って、女子トイレの前に座り込んで動かないんだもの」

「うわぁ……忍の地図だ……」

 

 アルバスは頭を抱えた。

 ハリーたちがこそこそ動くうえで大活躍した祖父世代の遺産は、ジェームズがひっそりと父の机から持ち出していることは知っていた。その事実を父が黙認していることも知っている。あの地図を使って、アルバスたち三人が校内のどこにもいないと分かれば、「秘密の部屋」に隠れているのだと察してもおかしくはない。

 

「それから、これはたまたま廊下で会ったスネイプ教授に聞いたのだけど……」

 

 デルフィーニはここで言葉を一旦区切ると、面白そうに目を光らせた。

 

「3年生のアルバス、スコーピウス、エリザベス、それから1年生のリリーが『禁じられた森』で危険かつ不審な動きをしていたのに校長先生が懸念を抱いているみたいで、各ご家庭にフクロウ便を送ったとか」

「「「え、ええー!!」」」

 

 3人の悲鳴が見事に重なった。

 

「デルフィー姉さん! それ、嘘ですよね!?」

「嘘じゃないわよ。スネイプ先生が嘘をつくと思う? まあ、間違いなく……ポッター家は来校するわね、リリーちゃんが大怪我したわけだし」

「う……」

「それから、うちの義父さんのことだから、リザの安全を確かめたいと思うでしょうね。ちょうど、義母さんも帰国してるから……夫婦そろって様子を見に来るんじゃない?」

「お、お父さんだけでなく、よりにもよって、お、お、お母さんまで……!?」

「ポッター家、ノット家。その両家が来てるのに、マルフォイ家だけ来ないっていうのは世間体が悪いとなれば……スコーピウス君のお父様も姿を見せるかもね」

「……それは……」

 

 これまた、3人とも顔から血の気が引いていく。

 アルバスは確実に両親から叱られ、特に父から「ポッター家の劣等生」だと突き付けられる姿を想像した。七不思議解決に協力したのはスコーピウスのためという名目もあったが、両親たちに――特に、父から「さすが、自分の息子だ」と褒められるためだったのに、真逆の結果になってしまった。

 

「ど、どうしましょう!」

 

 アルバスが震えている横で、エリザベスが見たこともないほど狼狽していた。

 

「お父さんも怖いですけど、お母さんが来るなんて……うう、どうしたら……リザ、明日を生きて迎えられる自信がありません……! デルフィー姉さん、どうにかなりませんか?」

「どうにかするために、私がここまで足を運んだのよ……それぞれの両親が来る前にね」

 

 デルフィーニはそう言うと、どこからともなく杖を取り出した。そのまま、杖をすぃーっと優雅に掃くように振るった。すると、アルバスたち3人が座っていた椅子が一斉に宙に浮かんだかと思えば、デルフィーニの傍に音もなく降り立った。

 

「義母さんが来るとなれば、ここも安全じゃない。本当の『スリザリンの継承者』だからね。いまにも戸口に現れる可能性だってある。さあ、話して……なにがあったのか、全部」

 

 アルバスたちは洗いざらい話した。

 七不思議の話、解決したらホグワーツ功労賞がもらえる噂のこと、昨日の夜に探索に出かけたこと、禁じられた森で「尻尾爆発スクリュート」に遭遇したこと、命からがら逃げることができたが、ネビルにつかまり、戻ってみれば戦闘のあとが跡形もなくなくなっていたこと。

 

 デルフィーニは3人の話を目を輝かせながら、黙って最後まで聞いていた。

 

「……七不思議……聞いたこともないわ」

 

 デルフィーニは杖を指で回しながら、なにやら考え込んでいた。

 

「残った七不思議は?」

「『地下牢の亡霊』と『首無しチェイサー』と『青のジャック・オ・ランタン』です」

「いまからでも間に合いそうなのは、地下牢の亡霊か……地下牢なら、パイプ伝いで見つからずに行けそうね」

 

 デルフィーニは恐ろしいことをさらっと口にする。

 

「え、ええ!? いまから行くんですか!?」

「夜に起こる怪奇ってわけではないでしょ? せめて、あと1つ確認してから諦めても遅くないんじゃない? それを解決できれば、あなたたちはホグワーツ功労賞が貰えるのでしょ?」

「でも……また、消えたら……」

「だから、私がいるんじゃない。あなたたち3人に加えて、私まで目撃したってなれば信ぴょう性が増すわ。スクリュートの話も嘘じゃないって証明になるかもしれない」

 

 それにね……と、彼女は言葉を続けた。

 

「たとえ、その噂自体が嘘で、功労賞の話もデマの類だったとしても……試してみる価値はあると思うわ。そんな怖い顔をしないで、大丈夫よ。私が協力してあげるから」

 

 

 ホグワーツ在学中、7年間学年1位の座を守り通した秀才――デルフィーニ・レストレンジは杖を構えると、どこまでも悪戯っぽく笑った。

 

 

 

 

 

 

 






※読者の方々はご存じかと思いますが、デルフィーニが蛇語を操れる理由は別にあります。



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