神典【流星の王】   作:Mr.OTK

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 魔王との邂逅 これの意味する所は


肆 いくさの予兆

 卯月と皐月を股に掛ける黄金週間と呼ばれる日を過ぎ、そこから更に三日程経ったある日。夕食後に紅茶の香りを楽しんでいた星琉は、自宅のインターホンによって現実に引き戻された。

 

 備え付けの画面を覗いてみると、そこには相変わらずくたびれた背広を着た、あの胡散臭そうな人物、甘粕冬馬がいた。

 

「はい、吉良ですが」

 

『ああ、吉良さん。よかった、ご在宅でしたか。少しお耳に入れておきたい事とお渡ししたい物がございまして、こうして馳せ参じさせて頂いた次第なんですが……よろしいでしょうか?』

 

「分かりました。今開けますね」

 

 突然の訪問に少し戸惑った星琉だが、甘粕は右手にカバン、左手に大きめの袋、おそらく菓子折りの類であろうものを提げており、追い返す訳にはいかなかった。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔させて頂きます。それとこれ、つまらない物ですが、お納め下さい」

 

 カメラ越しでは伺えなかったが、袋には有名菓子店のロゴが描かれており、やはり菓子折りだったようだ。

 

 ありがとうございます、とお礼を言って受け取り、甘粕を招き入れた星琉は、彼を椅子に座らせて新しく紅茶を入れ直し始めた。

 

 ヤカンに紅茶用にと買ってあるミネラルウォーターを入れて、IHクッキングヒーターで熱し始める。その間にティーポットとカップ二つを用意し、電気ポットのお湯を注いで両方を温めておく。

 

 戸棚から小皿と茶葉を用意。今回は来客ということで、オーソドックスな味わいと香りのティンブラにするようだ。

 

 ポットのお湯を捨てて、ティースプーンで二杯入れる。その間にヤカンのお湯が沸騰したようなので、ポットの茶葉がお湯の対流でよく動くように勢い良く入れる。

 

 ティーコジーでポットを包み込んで保温しながら蒸らしている間に、先程受け取った菓子折りの封を切る。中身はマドレーヌやパウンドケーキの切り分けなどで、適当に見繕って小皿に盛り付ける。当然、小さなフォークも忘れない。

 

 そうこうしているうちに三分が経った。ティーコジーを取り外して蓋を開け、ティースプーンで中を一混ぜ。

 

 茶漉しで茶殻を漉しながら、濃さが均一になるように回し注ぐ。この時、“ベスト・ドロップ”と呼ばれる最後の一滴は来客用に。

 

「お待たせしました。紅茶なんですけど……コーヒーの方が良かったですか?」

 

「おお! これはこれは、ありがとうございます。紅茶もいけますから大丈夫ですよ。いやしかし、いい香りですねェ。私は紅茶なんて専らティーパックですから、こういう本格的なのは初めてです」

 

 お菓子を盛り付けた小皿も用意して、ささやかなティータイム。ある程度紅茶とお菓子を味わった所で、星琉が切り出した。

 

「それで、今日はどういったご用件でこちらに? 草薙くんについてなら以前にも報告したように、今はまだ深く踏み込んではいませんが」

 

 草薙くん――即ち草薙護堂についての調査は今の所大きな変化は見せていない。一応『表の顔』では友人関係を築きはしたが、それだけだ。

 

 正直な所、星琉はあまり急ぐつもりはなかった。というのも、どうも草薙護堂という人物は想像以上に『普通』だったからだ。

 

 もしかしたら素性を隠しているだけなのかもしれないが、それならそれで仕方が無い。彼の――いや、どんな人物であろうと全てを調べ切るのならば、自分の捜査能力ではまだまだ時間が必要だ。

 

「おっと、そうでした。ははは、紅茶とお菓子の美味しさにすっかり目的を忘れていましたね」

 

 相変わらずおどけた様子を見せる甘粕だが、その内容を話し始めると少し険しい声色になった。

 

「えーっとですね。件の魔王様――草薙護堂氏についてちょっとした情報を入手しましたので、相互扶助の協定に則ってこれをお教えさせて頂こうかと」

 

「甘粕さん、それなら電話でも良かったのでは……」

 

 星琉がそう意見すると、甘粕は珍しく露骨にニヤリとして鞄から資料を取り出す。

 

「いえいえ、実はこんな資料を集められたので、やはりお渡ししたほうが良いだろうと思いまして」

 

「はぁ……?」

 

 いまいち要領を得ない甘粕の応答に首を傾げる星琉だが、その資料を見て眉を顰める。そこには美少女の顔写真と共に、プロフィールや経歴等が書かれてあった。

 

「草薙護堂の愛人だそうです。いやぁ、高校一年生で愛人だなんて退廃的ですねェ」

 

「愛人……ですか」

 

 甘粕の物言いにちょっと引っかかるものを感じたがそれを無視し、資料上の美少女について星琉は話を続ける。

 

「エリカ・ブランデッリ。神の子と魔神バフォメットを奉るテンプル騎士団の後裔――赤銅黒十字の秘蔵っ子ですね」

 

「おや? ご存知でしたか」

 

「草薙くんの愛人というのは知りませんでしたけど、有名所はそれなりに抑えているつもりですよ。似たような所で言えば青銅黒十字のリリアナ・クラニチャールや、五嶽聖教の陸鷹化。後は――正史編纂委員会の清秋院恵那さんとか」

 

「ははは、よくご存知で」

 

 自分の組織の内部情報が知られているにも関わらず、表情を崩さない甘粕。

 

 正直な所、星琉はそこから何か別の話題に発展させるわけでもなく、単純な確認をしたかっただけなので、特に何か言う事もなく、また聞き役になる。

 

「まあそれはそれとして、その資料は草薙護堂氏を判断する材料の一つとしてお受け取り下さい。個人の趣味趣向とか、戦力として見てもいいでしょう。で、ここからが本題なんですが……」

 

「今まで本題じゃなかったんですか……」

 

「いえいえ、今までも本題でしたよ。ただ、これは本題の本題といった所でしょうか」

 

 やけに遠回しな言い方をする甘粕に若干疲れた様子を見せる星琉だが、次の甘粕の言葉を聞いて雰囲気が変わる。

 

「草薙氏はこのエリカさんからある物を受け取り、日本に持ち込んだらしいんですよ。それがどうも曰く付きの神具のようでして」

 

「……へぇ」

 

 それが事実だとするのならば、確かに本題の本題と言うに相応しい。星琉にとっては、絶対に近い程看過出来ぬ事柄だ。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 星琉が甘粕から情報を受け取ったその週の木曜日。護堂は妹の静花と、祖父の一朗の三人で夕食を楽しみ、後片付けをしていた。その時に、草薙家の固定電話が鳴ったのだ。

 

「あ、いいよ、あたしが出るから。――はい、草薙です。どちら様でしょう?」

 

 洗い物をしていた兄と祖父にそう言って、受話器を取り上げて応答する。

 

「き、吉良先輩ですか? 一体どうなさったんですか、あたしの家にお電話を下さるなんて……」

 

 どうやら静花の茶道部の先輩のようだ。いつだったか興奮してその『吉良先輩』なる人について話していた覚えがある。洗い物を終えて居間に戻ってきた護堂だったが、通話はまだ続いている。

 

 そういえば、吉良という名前には聞き覚えがある。もしかして、と妹の様子を伺っていると、まるで狙い澄ましたかのように水を向けられた。

 

「は、はい、確かにいますけど……どうして先輩がうちの兄に? ……個人的な相談? はあ、分かりました。ちょっと待って下さいね。――お兄ちゃん、吉良先輩が替わってくれって」

 

「おう、サンキュ……もしもし、草薙ですけど」

 

『あ、草薙君。こんばんは』

 

「よう、やっぱり吉良か。どうしたんだ? こんな時間に」

 

 聞こえた声音は自分の想像通りのものだった。

 

 吉良星琉。城楠学院高等部一年に編入して新しく出来た友人だ。席は自分と一つ違いで、物腰柔らかな人物。

 

 最近、春休みの頃からおかしな事に巻き込まれている護堂としては、日常での新しい友人というのは一種の清涼剤のようであった。

 

『ちょっと草薙君に聞きたいことがあってね』

 

「聞きたいこと?」

 

『うん。一つ聞きたいんだけど、草薙君、つい先日イタリアに行ってたよね?』

 

「……何でお前が知ってるんだよ?」

 

 確かに自分はイタリアのローマに行っていた。が、それを星琉に教えた覚えは無いし、他の誰にも告げなかったのだから彼が誰かから聞き及べるはずも無いのだが……。

 

『何で知ってるかっていうのは……まあ、仕事だからかなぁ』

 

 ここで護堂は既に嫌な予感がしてきた。やめろ、やめてくれ……吉良は『そっち側』の人間じゃ……!!

 

『赤銅黒十字の大騎士エリカ・ブランデッリさんから何を受け取ったのか。都合のいい日に見せて欲しいんだけど――』

 

 神は死んだ、と言ったのは誰だったか。受話器を握りながら護堂は膝から崩れ落ち、学校生活という日常にまで入り込んでくる非日常を恨まずにはいられなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そして翌日。学校が終わってから一度帰宅して私服に着替えた護堂は、地下鉄に乗って星琉から指定された待ち合わせ場所である七雄神社の最寄り駅である芝公園駅で下車して、ファックスで送られてきた地図通りに道を辿って行った。

 

 彼の肩からはショルダーバッグが提げられており、その中には星琉から持って来るように言われた、ローマから持ち帰って来た物が入っている。

 

 さて、七雄神社に向かう途中で、護堂はある一つの考えに思い至っていた。それは、自分が今持っている『コレ』は、実は自分が考えている以上に危険な物なのだろうか、ということ。

 

 やっぱり、コレをエリカに押し付けられたのは失敗だった……などと後の祭りである事を思いながら歩き続けた護堂は、ようやく目的地の入口までやってきた。

 

 そこにあったのは、やけに高い石段という最後の難関。それを軽く息を弾ませながら登り切り、ついに待ち合わせ場所である七雄神社に到着した。

 

 鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れた護堂を出迎えたのは、護堂と同じ私立城楠学院高等部の制服である学ランを着た星琉と、彼の後ろに居る巫女装束の少女だった。

 

 少年の方は吉良星琉だ。しかし、少女の方は……?

 

「よくいらしてくださいました。草薙護堂様。カンピオーネである貴方様に対し、恐れ多くも身分を偽って御友人として振舞っていた無礼、並びに突然のお電話による御呼び立てという無礼を、どうかお許し下さい」

 

「は……?」

 

 学校の時とは違い、えらく畏まった様子で星琉とその彼女は深々と頭を垂れた。

 

 顔を上げた二人の雰囲気は対照的で、星琉の方は非常に落ち着いており、にこにこと笑みを浮かべている。そして女子の方はと言うと、目に見えて緊張と恐怖、それと咎めの色が少しだけ伺える。

 

 はて、自分は彼女に何かしたのだろうか?

 

「改めて自己紹介させて頂きますね。僕は――」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

「はい? どうかなされましたか?」

 

「いや、どうかなさいましたかも何も。何だよ吉良? そのえらく畏まった言葉遣いは」

 

 自分の尋ねたことにああ、と納得の様子を見せた星琉は、さも当然であるかのようにその問い掛けに応える。

 

「いえ、つい先ほどまでは何も知らぬ御友人として振舞っておりましたが、こうしてカンピオーネたる御身と相対した以上、相応の敬意を払うのは一術者として当然の行為であり――」

 

 またこれか、と護堂は肩を落とす。確かにこっち側の関係者というのを隠していた事に思う所が無いわけではないが、別に何かをされたわけでもないし、日は浅いが本当に友人として付き合っていたのでそう言う風に距離を置かれるのは正直嫌だった。

 

「そんなの別にいいよ。学校の時みたいなので大丈夫だから」

 

「……そっか。じゃあお言葉に甘えさせてもらうね」

 

 心なしか、星琉の視線が柔らかくなったように感じた護堂。口調も気軽なものになって少し安心した。

 

 他の人達じゃ中々こうは行かないからなァ、などと益体も無い事を考えながら、今度こそ星琉が言葉にするのを黙って聞いている。

 

「じゃあ改めて。天元流特別相談役の吉良星琉だよ。よろしく」

 

「正史編纂委員会に所属する媛巫女の万里谷祐理と申します。よろしくお願いいたします」

 星琉と祐理が自己紹介を終えると、護堂は確認するように二人に尋ねる。

 

「えーっと、要するに吉良達も魔術師達の仲間って事でいいんだよな? ほら、ヨーロッパにいるみたいな。日本の連中と会うのは初めてなんだ」

 

「うん、その認識で大きな間違いはないよ。ただ万里谷さんと僕とでは少し立場が違うんだけど……まあ細かい事だから気にしなくても大丈夫」

 

 星琉がそう言うと、護堂は何かを探すように辺りを見回した。そして、星琉に尋ねる。

 

「えっと、今ここにいるのは俺達だけ? 誰か、他の人はいないのか?」

 

 それは、神社が妙に静か過ぎるが故の単純な質問だった。特に意味はない。

 

「そうだよ。まあ、気にしないで。大した事じゃないからさ」

 

「……まあ、お前がそう言うなら良いけどさ」

 

 ここで護堂は話題を変えようと思い、そう言えばとついさっき気付いた事を尋ねた。

 

「そういえば、吉良はどうして俺がカンピオーネだって判ったんだ? 俺、何も言ってないはずだけど」

 

「それは僕じゃなくて、万里谷さんのお蔭なんだ。彼女はカンピオーネやまつろわぬ神などの超自然の物を見抜く能力を持っているんだ」

 

「へぇ~」

 

 感心したように護堂が祐理に視線を向けると、彼女は少したじろぎながらも一つお辞儀を返してきた。俺って嫌われてるのかなァ、と若干傷つく護堂だったが、星琉の呼び掛けで直ぐにその事を頭の隅に追い遣った。

 

「それで草薙君、早速君がイタリアから持ち帰って来た物を見せて欲しいんだけど」

 

「別に構わないけど、何で吉良はあのメダルの事を知ってるんだよ?」

 

「メダル……? いや、流石に形状までは知らなかったよ。ただ草薙君がエリカ・ブランデッリさんから何かを託された、という情報が入っただけで」

 

「いや、情報ってどこから誰の情報だよ。ていうか電話の時も訊こうと思って訊きそびれたけど、何で吉良はエリカの事知ってるんだよ!」

 

 捲し立てるように問い掛ける護堂に、まあまあ落ち着いてと星琉が宥めながら、護堂にとっては少し信じ難い事を答える。

 

「情報源は話せないけど、エリカ・ブランデッリさんはこっちの業界じゃそれなりに有名だよ。聖騎士パオロ・ブランデッリの姪、才能溢れる美少女騎士としてね。それと草薙君の事は前々からカンピオーネじゃないかって噂されてたから、色々と調べられてるんだ。例えば――君がイタリアで世界遺産を破壊した事とか」

 

 ピシリ、と固まる護堂。まさかそんな事まで把握されているとは夢にも思わなかったのだ。

 

「いや……えっと、あれはなぁ……」

 

「まぁ、終わってしまった事は仕方が無いことなんだけど。草薙君、君がイタリアから持ち帰ってきた物を見せてくれるかい?」

 

 露骨に話題を変える星琉だったが、護堂としてもこれ以上自分の悪行について追求されたくなかったので、素直にバッグからメダルを取り出す。

 

 そのメダルは拳大程の大きさだった。素材はおそらく、磨き上げられた黒曜石の類。表面には人の顔を描いたと思われる稚拙な絵と、その人面の頭髪のように十数匹の蛇の絵が刻まれていた。所々絵は消えかけており、石自体も磨耗している様子で、かなりの年代物である事を伺わせる。

 

 星琉はそれを見るなり石のように固まって、信じられないといった様子で護堂を見ていた。

 

「……万里谷さん、お願い」

 

 茫然自失としていた星琉はどうにか自分を取り戻し、祐理にメダルを受け取るように促した。

 

 護堂は、目の前で自分にもう一度一礼する祐理に少しドキリとする。

 

 万里谷祐理という少女は、護堂から見ても確かに吹聴したくなるような美少女と言って差し支えなかった。

 

 美しいだけでなく、しっとりとした上品さと聡明さ。加えて、今浮かべているやや険しい表情からも、凛とした気丈さが伺える。

 

 ただまあ、その険しい表情を向けられているのが自分である、ということがままならないのだが……。

 

 何とも言えない微妙な表情の護堂からメダルを手渡された祐理は、それを見るなりハッと息を呑んだ。

 

 その様子に、護堂は最後の方が尻窄みになりながら尋ねる。

 

「やっぱり、危ない物なのか、これ?」

 

「……おそらくは。古い、ひどく古い神格にまつわる聖印。蛇神、大蛇(オロチ)の印……いえ、もっと根源的な、母なる大地と巡る螺旋の刻印……。エジプト、アルジェリア……これは私の直感ですが、このメダルは北アフリカで出土した物ではないでしょうか?」

 

「えっと、よく知らないけど、俺の友達はゴルゴネイオンって呼んでいたんだ。万里谷……さん達は、これの事に詳しいんじゃないのか?」

 

 護堂に対する怯えの表情が見え隠れする祐理からの問いに、確と答えられない事を申し訳なく思いながら、護堂は問い返す。

 

「いいえ。私は欧州やアフリカの神格については、ほとんど存じ上げません。ただ霊視と霊感を頼りに、漠然と感じた事を口にしただけでございます。吉良さんはどうか分かりませんが……」

 

 そう言って祐理が視線を向けると、星琉は幾分か落ち着いた様子で護堂に問う。

 

「草薙君……これは明らかに『まつろわぬ神』の神具だ。カンピオーネである君が、まさかそれに気付かないはずがないと思うんだけど……?」

 

「ん、まあ、そうだよなァ……。 やっぱり神様絡みのヤバイ物だよなあ……」

 

 そんな護堂の投げ遣りな返答に、あからさまに溜息をついて非難の目を護堂に向ける星琉。

 

 その眼差しはどこか力があって、護堂は自分でも無意識の内に僅かに身構える。

 

「判っているのならどうして持ち帰って来たの? この神具がどんな神様縁の物であろうと、争いの種になることは自明の理。君は東京を滅茶苦茶にしたいの? 何の関わりも無い一般の人達の事を考えなかったの?」

 

 星琉の非難の言葉と表情が護堂の胸に突き刺さる。ふと見れば祐理も同様の表情を浮かべていて、一気に良心の呵責に襲われる護堂。

 

「そ、それは俺も心配だったんだけど、大丈夫じゃないか? これを欲しがってるのって、あっちの女神さまらしいから。あの連中、多分日本の位置も国名も知らないはずだぞ」

 

「甘い」

 

 護堂の楽観的な言い訳を、まるで知ったかのように星琉は一刀両断した。

 

「そのメダルは女神の情報が刻まれた魔導書。いわば女神の分身。たとえ地球の裏側にあったとしても、女神はそのメダル(自分自身)を見逃す事はないと思うよ」

 

 星琉の浮かべた険しい表情が、彼の言葉に真実味を持たせていた。

 

 自分の楽観的な推測を後悔して冷や汗が背中を伝うが、けれど次の星琉の言葉でそんなものは一気に引いてしまう。

 

「それとも、草薙君は人々の命よりも未来の伴侶を取る、ということなのかな? 愛ゆえに、と言われてしまえばそれは一つの決断であり、僕達が入り込む余地はないのだと一応の理解は出来るけど……」

 

「……ってちょっと待て!? 伴侶って誰の事だよ?!」

 

「草薙様、お惚けになられずとも結構です。調査書にもしっかりと書かれておりますので」

 

 護堂が声を荒げると、目の前の祐理が続きを口にした。

 

 調査書? と疑問符を浮かべる護堂だったが、突如として星琉の手中に紙の束が現れ、それを護堂の眼前に突き出す。

 

――エリカ・ブランデッリ 魔術結社《赤銅黒十字》所属。年齢:十六歳。身長:一六四センチ。スリーサイズ:八六・五八・八八。備考:十六歳という若さで大騎士クラスというブランデッリ家の才女。《赤銅黒十字》の中でも騎士筆頭の称号『紅き悪魔』を授けられている。…………草薙護堂の愛人。――

 

 書類に詳述されている個人情報を眺めて、護堂は絶望的な気分にならざるをえなかった。心なしか、祐理の視線も厳しくなったような気もする。

 

「待て、吉良、万里谷さん。これは俺についての良くない噂を事実と間違えて書いている。捏造だ。ガセネタなんだ。少し俺の言い分もきいてくれないかッ?」

 

「えっと……流石にここまで深い人間関係を間違えるということはないと思うんだけど……」

 

「ガセネタの意味は存じ上げませんが、もしかして遊びだとでもおっしゃるつもりなのですか……?」

 

 孤立無援。全く聞く耳を持たない星琉と祐理に頭を抱えたくなる護堂だったが、更に頭を抱えたくなる事実――否、人物に気が付いた。

 

 待て。お前が何で、そこにいる?

 

「わたしの護堂をいじめるのはいいかげんにしてもらえるかしら。知らないようだから教えてあげるわ。いい? 草薙護堂を愛するのも、苛むのも、オモチャにするのも、この『紅き悪魔』にだけ許された特権なの。あなた達如きが彼を責める権利はないのよ」

 

 いるはずのない、そして聞くはずのない女の声。

 

 驚く護堂の視線の先には、話題の張本人――エリカ・ブランデッリの姿があった。

 




 主役は、ただ一人である

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