神典【流星の王】   作:Mr.OTK

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カンピオーネ!ⅩⅨ 魔王内戦 10月25日発売! (ダイレクトマーケティング)


second 星なる人と聖なる人

 発端は一週間前、カーターに頼みごとがあると呼び出された事だった。

 

――こいつを、サマンサ大学の外国語文学科に在籍するジョー・ベストっつー教授に渡して来て欲しいんだ。頼めるか?

 

 そうして手渡されたのは一冊の魔導書。チラリと見た所、妖精と神隠しについての魔導書のようだ。無論、著者はカーターである。

 

 通常であればこういった物の遣り取りは投函の魔術を用いるのだが、この魔導書が備える秘録は並の物ではない。近代の魔術師が著した物であればいざ知らず、この世の真理に辿り着いた者の書物。その為、魔術が作用しないのだ。 

 

――なに、そう悪い結果にはならんだろ。お前のことも世間バレしたし、アメリカの守護聖人と話をつけておくのも悪くないんじゃないか?

 

 お前も興味があったんだろ? と締めくくるカーターに、星琉はその意図を悟る。カーターはアメリカのカンピオーネ――ジョン・プルートー・スミスとコネクションを構築しろというのだ。

 

 とはいえ、こちらに自由意志はある様子。断っても問題ない雰囲気ではあった。そう軽々と他のカンピオーネに会いに行く必要もないし、義務もない。世間に星琉の存在は知られたが、だからといってこの先必ず関わり合いになるとは限らないのだから。

 

 しかし、星琉はこの頼みごとを承諾した。ジョン・プルートー・スミスの風評については彼も聞き及んでいたし、そこを加味してもコネクションを構築しておくのは間違いではないと判断したからだ。そういうわけで彼は遠い異国の地に臨んでいる。

 

「ここからは私の車で移動しましょう。30分も掛からないわ」

 

 アニーが迎えに来たのは赤いBMWのアクティブツアラー。ここ最近でも女性向きという事で話題になっていたものだ。コンパクトなボディでありながら、室内はゆったりと、広く美しく見えるよう設計されており、ストレスのかかりにくい空間となっている。

 

 日本と違い、アメリカでは運転席が左側だ。アニーがそこに乗り込み、星琉が右側の助手席に乗り込む。やがて、二人を乗せた車は活気あるロスの街へと静かに発進した。

 

「セイルは、アメリカに来るのは初めてかしら?」

 

「いえ、何度か。小さい頃に本場夢の国に家族で訪れたりしましたよ」

 

「夢の国? ああ、そういう事。日本とは勝手が違ったんじゃないかしら?」

 

「ええ、迷子になっちゃいました……今となっては、掛け替えのない良い思い出です」

 

 憂いを含めたその笑みに、アニーは彼の事情を大方察する。詰まる所、彼は両親との繋がりを失くしてしまったのだろう。それがどのような別れなのかは分からない。ただ、彼の表情を見る限りでは……。

 

「すみません、なんだか変な空気にしちゃって」

 

「謝ることはないわ。訊いたのは私だもの。むしろ私が込み入った事を訊いたと謝るべきだったわね、ごめんなさい」

 

「はは、ならお互い様ですね」

 

 居た堪れない雰囲気をどうにか払拭したが、妙なしこりは残ったままで、ぎこちない会話が続いた。

 

 しかし、これがあるべき姿ではある。アニーは所詮一般の魔術師に過ぎないし、星琉は世界で数人しかいないカンピオーネだ。そうであるがゆえに数奇な運命の下にあり、常人を置き去りにするしかない。

 

「そういえば、セイルはガールフレンドなんかはいるのかしら? 噂に聞くもう一人の日本のカンピオーネのゴドウ・クサナギは愛人がいるという話を聞いたけれど」

 

 本人が聞けば激しく否定しそうな、しかし既に外堀の埋められている事実をアニーが持ち出す。そこに星琉は苦笑を浮かべる他ないが、否定も肯定もしない。

 

「その事については、まだ何とも。ただ、護堂くんについては昔から好意を持たれやすい少年だったみたいですよ。俗に言う天然ジゴロってヤツです」

 

「そう。それで、あなた自身は?」

 

「僕は……」

 

 ふと脳裏を過ぎったのは、桜を思わせる雰囲気を持った、心の優しい、芯の強い女の子。因縁の熾天使との戦いの際には命を救ってくれた恩人。

 

 次に浮かんだのは、少し昔に出会った明朗快活な女の子。天元流の修行の(かたわら)、偶々出会った長い射干玉の髪を持った彼女。カンピオーネという身分を隠し、短い間だったけれども、共に剣の道の極みを目指して深山幽谷を駆けた嵐の剣姫。

 

――いつかまた、絶対会おうね!

 

 春日のような笑顔と共に、結ばれた小指の暖かみを思い出す。もしかしたら、叶うとは思わなかった約束が果たされる、そんな時が来るのかもしれないと未来に期待しながら。

 

 そして……カンピオーネになったばかりの、本当に幼い頃の事。

 

 カンピオーネという存在、まつろわぬ神という意味、神々と世界の関係性を理解しきれていなかったかつての日。

 

――ああ、心優しき人の子よ。貴方は夜を越え、私に勝利した(死を制した)。ならばそれを誇示すれども、悲嘆する事はないでしょう。

 

――けれど、だからこそなのですね。星の流れを、燦めきを顕す貴方。これからは私の当代となる貴方。

 

――祝福を遺しましょう。憎悪などあるものですか。私は貴方の中で生き、三叉路にて導きましょう。

 

――だから、ねぇ……どうか泣かないで、星琉。

 

「……どうかした?」

 

 少し考え込みすぎたのか、やや心配そうな様子でこちらを伺うアニー。回顧から現実に引き戻された星琉は、なんでもないと首を横に振っり、先の問いに対する答えを出す。

 

「『君臨すれども統治せず、王者は常に孤高であれ』ですよ」

 

 答えになっているようなそうでないような、はぐらかした答えに眉をひそめるアニーをよそに、星琉は前を見据えたのだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ようこそおいで下さった、チャンピオン・セイル。遠路はるばるお越し頂き感謝します」

 

「ご歓待痛み入ります、ミスターベスト。お会いできて光栄です」

 

 互いに右手を差し出し合い、固く結ぶ。カーターの友人だというジョー・ベスト教授は老齢の黒人であり幻想文学界では著名な研究者らしい。

 

 主な研究内容としては『伝承と妖精の関係』『エルフの存在における自然現象の定義』『幻想と現実における境界の研究』などなど、中にはカーターと共同で研究していたものもあるようだ。

 

「アニーも案内をありがとう。出来るだけ早く研究を仕上げたかったのでね」

 

「構わないわ。特に用事もなかったし、日本のチャンピオンにも興味があったしね」

 

 少しずれた眼鏡を直しながら、特に表情を変えずにそう言うアニー。意図によっては怒っているように見えるのかも知れないが、星琉は短い時間ではあるものの、彼女がそういった感情表現に乏しいであろう人物なのだと判断していた。

 

「カーターとは数十年来の友人でね。まあ友人とは言っても、実質私の師匠のような存在なのだが」

 

 そう言いながら、私物なのであろうコーヒーミルの取っ手をくるくると回し、豆を挽くジョー。

 

「アニー、君はいつも通りのブラックでいいだろう。チャンピオンもブラックでよろしいか」

 

「ええ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 手慣れた手付きを見る限り、コーヒーをよく嗜好している事が伺えた。星琉もコーヒーをよく飲む方ではあるが、豆から淹れた事は経験がない。

 

 ペーパーフィルターとドリッパーを経て抽出されたコーヒーは、研究室内を芳しい香りで満たした。

 

「どうぞ。たしか日本ではこういう時『粗茶ですが』と言って差し出すのでしたかな」

 

「ええ。といっても、随分と丁寧に淹れられているみたいですが」

 

「ははは、チャンピオンに対して適当な物を出すわけにもいきますまい。そもそも私自身がこだわりを持っていますからな」

 

 差し出されたコーヒーを一啜りすると、鼻腔にスッキリとした香りと程よい酸味、苦味が舌を満たす。

 

「美味しい……」

 

「教授のこだわりは生半可ではないもの。もし彼が幻想に対する興味がなければ、きっとコーヒーに関する研究をしていたはずよ」

 

「む、それはそれでアリかもしれんな」

 

 ご覧の通り、とでも言うように肩をすくめるアニーとおどけたように考え込む仕草を見せるジョー。そんな二人の様子に信頼関係が見えて、星琉の顔もほころぶ。

 

「さて、そろそろ本題に入るとしよう。チャンピオン、私がカーターに頼んでおいた魔道書は……」

 

「ええ、ここに」

 

 キャリーバッグから引っ張り出されたその書を見て、ジョーは唸り、アニーは目を見開く。星琉が取り出した魔道書は、見るだけで解るほど大いなる神秘を込められていることが伺えたからだ。

 

 確かに、という言葉と共に魔道書を受け取るジョー。その場でパラパラと捲り、内容を大まかに確かめる。

 

「やはり、こういった事はカーターの右に出る者はいないな。流石は魂の深淵を覗きし者……ああ、すまないチャンピオン。礼が遅れてしまいましたな。わざわざ届けてくれて本当にありがとう、これで私も研究の続きが捗りそうだ」

 

 謝礼に関しては既にカーターとやり取りをしてあるそうなので、星琉が受け取るべき物などはないようだ。つまり、これでカーターからの依頼の目的は果たしたわけである。

 

「さてチャンピオン、貴方はこれからどうされるのですかな。まさかこのまま直ぐ日本へと帰られるわけではないのでしょう?」

 

「それは、もちろん。僕はアメリカに、三つの目的を以って訪れました。一つは、貴方へ先生の魔道書を渡すこと。一つは、この国のカンピオーネである“守護聖人”ジョン・プルートー・スミスに謁見すること。そしてもう一つは、数年前、ロスの自然公園に顕現した月と獣の女神アルテミス。そしてアルテミスによって獣に変えられてしまった人々」

 

 これをするかどうか、星琉は迷った。基本、秘匿を(よし)とする自分ではあるのだが、これもカンピオーネによってもたらされた被害の一つである。それを見て見ぬ振りをするのは、どうにも許すことが出来なかったのだ。

 

「僕は、彼らを元に戻すためにロサンゼルスを訪れたのです」

 

 

◆◇◆◇

 

 

 夜、下弦の月がようやく登り始めた時間。星琉はあるホテルのプレミアスイートを訪れていた。ここは当初、星琉が予約していたホテルではなく、わざわざジョーが星琉のキャンセル料を肩代わりしてまで取った最高級ホテルであった。

 

 結果として、星琉の目論見は成功していた。アルテミスによって呪いを掛けられた人々は、星琉の持つ、同じく月の神であるヘカテーの権能『闇夜に眩き月星の唄(スペル・オブ・マギカ)』によって解呪され、再び人として生きることを許されたのだ。

 

――本来であれば、この程度の謝礼では足りますまい。何せ、もう助けられぬと思われていた人々を救って下さったのですから。

 

 年月は経ってしまっているものの、数年程度だ。浦島太郎でもあるまいし、社会復帰は十分に可能との事だった。同時にその事に対してはSSI――アメリカの魔術界が責任を持つとも。

 

――それに、ここであればスミスも気兼ねなく訪ねられるでしょう。

 

 そう言われてしまうと星琉も断れない。だが、やはり一人にはやや広すぎる室内。少しだけカンピオーネという肩書きに辟易としながらも、それもまた今更だと思考を切って捨てた。

 

 それから暫く、湯船に浸かってしっかりと疲れを取った星琉は、ホテルに備え付けられたガウンではなく、いつも使用している作務衣を着ていた。

 

 ソファに深く腰掛け、テレビをつけてニュースを見る。特に強く報道されていたのは『行方不明事件が多発している』というものであった。

 

 その多くが青少年であり、特に反抗期に差し掛かる初等部から中等部にかけての子供達が行方不明となっていた。

 

「…………」

 

 星琉は報道されている現場にいたわけではない。しかし、彼の眼は女神のそれと同じ物。テレビの画面越しであり、時間も経っているであろうにも関わらず、星琉は現場の誰かの残留思念を読み取った。

 

「『宵の明星』か」

 

 呟いたのは、彼の記憶にない組織の名前。読み取りはしたものの、実際にどういった集団なのかは星琉にもまだ知る由がない。しかし、それに応えるかのような声が背後から投げかけられる。

 

「『宵の明星』。『蠅の王』と並ぶ組織力を持つ邪術師集団だな。とはいえ、最近は衰退の一途を辿っており、めっきり噂も聞いてはいなかったが……」

 

 いつの間にか開け放たれている窓。夜風にはためくマントは紳士の証か。虫を思わせる複眼のバイザーは生物的な生々しさを抱かせるはずであるのに、その凜とした佇まいから理知的なもののようにすら思わされてしまう。

 

 常人では侵入が不可能なはずのこの場所での、明らかに異常な事態。しかし星琉が動じた様子は全く見せず、後ろを振り返らないまま来訪者に話しかけた。

 

「初めまして、ですね。お会い出来て嬉しいですよ、ミスタースミス」

 

「こちらこそ、噂に名高い隠れた王と邂逅出来て光栄だよ、ミスター吉良」 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 一触即発、といった雰囲気ではないものの、互いに探り探りの警戒に似たものは拭えない。しかし、ふっと力を抜いたのは同時であった。

 

「やめよう。私は、それなりに君の性質を把握できていると思っている。少なくとも無意味に力を振りかざすことのしない、私たち(カンピオーネ)の中で圧倒的に善良であるという稀有な存在。であるならば、こんな気を張った面会は不毛だろう?」

 

「ええ、仰る通りです。現代にいる他のカンピオーネの中でも、あなたのことは特に調べさせていただきましたからね。良い意味で参考にすべき、あなたの活動の仕方を」

 

 そうして星琉は振り返り、右手を差し出した。スミスも迷うことなくその手を取り、固く握り返す。

 

 流れるような所作で二人は向き合うように座り、会話を始める。そこに、先ほどのピリピリとした様子はなく、むしろ親しい友人と語り合うかのようであった。

 

「君にはとても感謝しているんだ、星琉。アルテミスによって呪いをかけられ、獣としての生を余儀なくされてしまった人々に、再び人としての生を与えてくれたのだからね」

 

「大したことではない、とは言いません。僕が拠点とする国は日本で、アメリカはスミス、あなたの拠点だ。本来であれば、僕が手を出す必要性はなかった。ですが――」

 

「君の正義感が、善意が、慈悲が、彼らを救った。ふふ、私は人々から『いいとこ取り』などと言われることもあるのだが、今回に関しては君に持って行かれてしまったようだ」

 

 いつの間にかスミスはボトルを取り出し、これもまたいつの間にか用意されていたグラスに注いで赤紫色の湖を創った。

 

 ふわりと香る芳醇な空気。君もどうだとスミスが勧めると、それでは一杯だけと星琉が応える。

 

 グラスを持ち、一口呷る。その滑らかな所作に、スミスが感心したように息を漏らした。

 

「ずいぶんと飲み慣れているようじゃないか。君はまだ未成年ではないのかい?」

 

「カンピオーネに未成年なんて概念が通じるなら、今頃ハイウェイで赤ん坊がツーリングしてるんじゃないですか」

 

「ハハハ! それもそうだ! それで――」

 

 スミスはソファアに深く腰掛け、足を組んだ。思ったよりも細身に見えるその足の先は、リズムをとるようにゆらゆらと小さく揺れていた。

 

「君は何を望むのか。富か名声か、はたまた愛人か……私には、君がどれも求めているようには見えないのだがね?」

 

 そう、これはただの面会ではない。王から王へと与えられる、報酬の話。あるいは、落とし所を見極めるための交渉といったところか。

 

「では、遠慮なく――僕が救ったアルテミスの呪いより解き放たれた人々、さらに関連するものを守護する権利を頂戴したい」

 

「話にならないな」

 

 その要求を、スミスは考えるまでもないと両断する。星琉は顔色を一つも変えない。

 

「つまり君はこう言いたいわけだ。『私の自治権(アメリカ)の一部をよこせ』と。君が欧州の魔術結社『漆黒真珠』と繋がっているのは知っている。君自身が日本の呪術組織の一つ『天元流』という組織に身を置いているのも知っている。そんな相手に自分の懐で好き勝手できる権利を与えると思うかい?」

 

 星琉はただ静かにスミスを見据える。意見するのでもなく、いいくるめようとするのでもなく、無表情でスミスの仮面を射抜くように見つめる。

 

 やがて、ふっと表情を和らげると、大仰にソファに背をもたれかけた。

 

「当然ですね。僕があなたと逆の立場でも、同じ結論を出すでしょう。本当に……面倒だ」

 

 この話が通らないことは星琉だって当然分かっている。ゆえの見せかけの要求(ポーズ)。他の者は知らないが、少なくとも星琉は今の自身を『日本の代表』と定めている。『自分はそれだけの価値はあるのだ』と相手に示しておかねば、いつかどこかで足元を見られてしまうかもしれない。

 

「それで? 君の本当の要求は一体何かな?」

 

 無論、スミスはそれを分かって付き合っていた。星琉の面倒だ、という言葉に内心同意を示しつつ、その先を促した。

 

「今回の行方不明事件、それを僕にも調査、解決させて欲しい」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 時刻は日付が変わり、一時を過ぎたばかり。スミスが去った後、それでも眠らない街を窓から見下ろしながら、星琉は考えにふけっていた。

 

「正義の味方にでもなるつもりか、か」

 

 星琉の要求は概ね受け入れられた。スミスの助手であるアニーと共に、という条件付きで、彼はアメリカの地に居座ることを許されたのである。

 

 その際、スミスから星琉に投げかけられた言葉が、先ほど呟いた台詞だった。

 

 しかし、それも当然と言える。今回の行方不明事件の裏側に、魔術結社の存在があることを星琉は嗅ぎ取った。だが、根本的にこの問題は星琉と関係のないものだ。ここは日本ではなくアメリカで、スミスやベスト教授という解決すべき人々もいる。わざわざ星琉が出しゃばる意味がないのだ。それこそ、全てを救おうとする『正義の味方』でもない限りは。

 

「そうじゃない。そういう話じゃ……ないんだ」

 

 全てを救うことが出来ないだなんて、そんなことは分かりきっている。出来ているのなら、そもそも自分はここにいない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 『正義の味方』を気取るつもりなんてない。戦いに浸りたいわけでもない。ただ単に、無意味にしたくないだけ(・・・・・・・・・・・)

 

 伸ばされた白月の手。冷たい指に拭われる涙。殺すべきなのは彼女で。殺されるべきなのは自分で。

 

「ん……?」

 

 携帯が震え、音を鳴らす。こんな時間に誰が、と疑問を持つが、画面に表示された名前を見て少しホッとする。

 

「もしもし」

 

「『も、もしもし。星琉さん、ですか……?』」

 

「うん、僕だよ。こんばんは、万里谷さん」

 

 電話の相手は日本にいる媛巫女だった。緊張しているのか、少し声が震えている。

 

「『あ、あの、少しお時間よろしいですか?』」

 

「構わないよ、どうかした?」

 

 祐理の様子から、きっと時差のことは忘れてるんだろうな、と星琉は思った。常識的な彼女が、こんな夜中に電話を掛けてくるとは思えなかったからだ。日本の時間だと、今は夕方の5時過ぎ。今は、カーターの下で授業を受けているのだろうか。

 

「『あの、私……星琉さんがアメリカに向かっていたなんて知らなくて。今日、先生からそのことを聞いて……』」

 

「うん」

 

 当然だ。だって、彼女には何も伝えなかったから。今回のことは、彼女には何も関係がないことだから。

 

 

 

「『星琉さん』」

 

 

 

 だから、

 

 

 

「『無事でいてください。必ず、帰って来て下さい。』」

 

 

 

 その言葉に、

 

 

 

「『星琉さんに……会いたいです』」

 

 

 

 どうしようもないくらい、泣きたくなったんだ。




エタってないです。(大嘘)

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