神典【流星の王】   作:Mr.OTK

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 熾天使の喇叭は始まりを告げる


熾天使の章
壱 彼の地に来たる星


 京都のどこかの森の深奥にある、誰にも知られていない大神社。妖しい月の光が境内に差し込み、そこで見事な剣戟を繰り広げている二人の人間を照らしていた。

 

 一人は赤い着物に草履を履いた、齢十八程の中性的な容貌の人物。右手に一切の光を反射しない、闇夜を思わせる漆黒の刀を、左手に日の光のように輝く白い刀を持ち、二刀流の形を取っていた。

 

 この人物の着物は普通の物とは違うのか、普通ではありえない程軽やかに舞い、両方の刀を順手、逆手と自由自在に持ち替えて相手を翻弄している。

 

 もう一人は赤のインナーに黒のジャケット、ズボン、ブーツと全体的に落ち着いた雰囲気の十四、五歳程の少年――吉良星琉。着物の人物と全く同じ刀を二刀流で、同様の太刀筋を描いて応戦していた。

 

「ふぅん……四元式は完成。他の特式もまずまずって所。お前にやった『式』は発展途上だけど……それにしても、たった五年半でよくここまでモノにしたな。普通ならまだ基本の四元式も覚束無いだろうに……羅刹王ってのはみんなそうなのか?」

 

 軽く雑談するような調子で語りかけるこの人物だが、空を奔る黒白は嵐のような熾烈さを以て星琉を襲う。徐々に徐々に速度を増す斬撃に、星琉は歯を食いしばって着いて行く事しか出来ない。

 

「……っ!」

 

 首筋を襲う黒い閃光を弾き、星琉の黒が狙うはそれを持つ手。しかし、すぐに逆手へと持ち替えられたそれに防がれて失敗。同時に白い軌跡が描かれ、星琉はそれを遮るように逆手に持った白で防ぐ。

 

 しかし何が起こったのか、しかと防いだはずの星琉は五メートル程弾き飛ばされた。

 

 遂に均衡は崩壊した。膠着状態とはいえ互角に応じていた星琉だが、今ではもう防戦一方だ。

 

 嵐のような剣閃は更に威力と速度を増し、端から見ている分にはまるで流星群のよう。金、金、と刀が触れ合う度に音が奏でられ、それが百に達しようとした時、今までよりも一際甲高い音が鳴り響き、星琉の後方に彼が持っていた黒白の双刀が石畳に突き刺さる。それとほぼ同時に、星琉は頸動脈に白刀の峰を、心臓の辺りに黒刀の柄を当てられていた。

 

「……参りました」

 

 星琉がそう降参を告げると、着物の人物は星琉に突きつけていた双刀を左右の腰にある鞘に納める。それを見て一息ついた星琉は立ち上がり、石畳に突き刺さったままの双刀を回収した。すると不思議なことに、双刀は霞むように揺らめきながら重なって一つの刀となり、次の瞬間には星琉の左腕に消えた。

 

 しかし、着物の人物はそれを気にした様子もなく、気怠げに話し始める。

 

「お前を見つけて、その後色々あったから折れるかとも思ってたんだけどな……なかなかどうして、よく最後まで着いて来たよ、お前は」

 

「あはは……まあ、強くならなきゃ死んでしまいますからね。師匠には感謝してます」

 

 頭の後ろを掻きながら、星琉は照れたようにそう言う。着物の人物は邪険に扱っているように見えるが、これがこの人物なりの褒め言葉だと理解しているからだ。

 

「ま、そこらの雑魚には権能を使わなくても勝てるだろ。そうだな……『剣の王』に二、三歩劣る聖騎士位ってとこか。それ以下の奴に負けるなよ、殺すぞ?」

 

「き、肝に命じておきます」

 

 星琉の背中に嫌な汗が伝う。何故なら、星琉は知っているからだ。

 

 この人物が『やる』と言ったら『やる』ことを、『殺る』と言ったら『殺る』ことを。

 

 星琉がこの人物の言う『雑魚』に対して意にそぐわない結果を出したと知れば、一も二もなく自分はこの世からおさらばするだろうと、星琉は経験から分かっていた。この人物には権能を使わない限り、今の星琉が勝つことは出来ないのだから。

 

「それじゃあ、これで失礼します。他の皆さんにもよろしくお伝えください」

 

「ああ。鈍ったと思ったらいつでも来いよ。鍛え直してやる」

 

「ありがとうございます。その時は、また」

 

 星琉は感謝の気持ちで、着物の人物はニヒルな雰囲気で微笑み合い、別れの挨拶を済ませる。次いで視線を虚空へと向けて手をかざし、魔の術を手繰る言霊を発する。

 

「『天、地、冥の三界結ぶ、闇夜の中に三叉路を紡ぎ、私の心の向かう場所へ、月の導く十字路を繋げ』」

 

 すると、星琉の身体は何かに溶けるように揺らめき、最後には消え失せた。

 

 星琉の持つある権能による『転移』だ。

 

 星琉の後ろ姿を見送った着物の人物は、今はもう居ない彼の事を思って、少し期待するような様子で呟いた。

 

「さて、あいつはどれ位まで生き続けられるかな……?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 星琉にその連絡があったのは、十六歳の誕生日を迎えてから暫く経った、ある日の夜の事である。

 

 晃が霊気を利用して掘り上げた天然温泉の露天風呂で入浴を終え、星琉に宛がわれていた宿代わりの社務所で音楽を聴きながら読書をしていた時に、星琉の持つスマートフォンのコール音が鳴り響いたのだった。

 

「はい、もしもし」

 

『よう星琉。元気か?』

 

「先生? どうしたんですか? こんな時間に」

 

 電話の相手は星琉が『先生』と慕う人物。欧州の魔術師や結社からは『『冥』の位を極めし魔術師』と呼称され、異端とされているカーター・オルドラという人物であった。

 

『悪い。けどちょっとお前の耳に入れときたい事があってな……いいか?』

 

 そう言われて時計を見る星琉。遅過ぎる、という時間ではない。少々の長電話をした所で、彼の生活に支障は無い。

 

「大丈夫ですけど、何かあったんですか?」

 

『驚きのニュースだ。つい先日、イタリアのサルデーニャ島で九人目のカンピオーネが誕生した。それも、お前と同い年の日本人だ』

 

「っ!! 本当ですか?!」

 

『ああ、名前は草薙護堂。一見、タッパがあって野球少年でリア充予備軍でしかない奴なんだが、色々と厄介そうでな。ペルシャの軍神ウルスラグナを殺したらしい』

 

「ウルスラグナ……」

 

 その神の名に、星琉は思考を巡らせた。

 

 ペルシャの軍神ウルスラグナといえば、ゾロアスター教において英雄神、光の神であり、勝利という概念を神格化した神である。十の姿に変身して勝利を掴む、常勝不敗の神だ。

 

 修業の旅の途中、沖縄で新たな権能を手に入れた星琉だが、今戦えば果たして勝てるかどうかという強さだと予想される神だろう。が、カンピオーネとなる人物に常識は通用しない。たとえ非力な人間であっても、神を殺しうる資質を持っているのだ。

 

『ちょっと前にコロッセウムが半壊になった事件があったんだ。表向きはテロリストの仕業ってことになってるが……』

 

「その草薙護堂が?」

 

『ご名答。“猪”の化身でやったらしい。他にもサルデーニャのカリアリ港や、ミラノのスフォルツェスコ城も破壊したみたいだ』

 

「スフォルツェスコ城って……美術館ですよね?!」

 

『そっちは“剣の王”と一緒にやったらしいがな。どうやら“剣の王”が草薙護堂に興味を持って、ケンカを吹っかけたらしい』

 

 聞いていて星琉は頭が痛くなってきた。日本人は比較的平和主義な人種のはずだが、たまたま戦闘好きな人物がなってしまったのだろうか。もしくは権能という神の力に溺れているのか……。

 

「一体、どうやって神殺しを?」

 

『流石にそこまでは分からん。だが戦闘があったと思われる時間、地上から空に向かって太陽の光が差したらしい。多分それだな。やれやれ、どんな魔道具を使ったのやら』

 

 呆れたように言うカーターだが、それも当然である。神を殺す事の出来る魔道具が、まさかノーリスクで使うことなど出来るはずがない。どんな代償を支払ったのかは分からないが、神殺しに成功していなければかなりの確率で死んでいただろう。

 

「でも先生、どうして僕にそれを?」

 

『一つは忠告だ。すぐ足元に導火線があるぞって言うな。で、もう一つは『先輩』からの『お願い』だ』

 

「『お願い』……ですか」

 

 カーターの言う『先輩』とは彼の事ではなく、彼の被保護者の事だ。星琉の始まりの時からずっと世話になっている――

 

『『新しいカンピオーネを調査して報告してほしい』だとさ。どうする? お前は同格の『王』だから、断ることも出来るが?』

 

「まさか。引き受けますよ。僕としてもその草薙護堂くんの事を知りたいのは同じですしね。うん……でもどうしようかな……」

 

『必要だったら結社の名前を使ってもいいって言ってたぞ。そういう対外関係の事も、これからはしっかり考えないとな。“剣の王”みたいなフリーランス紛いに生きるなら話は別だが』

 

「あははは……」

 

 カーターの冗談めかしたような提案に、それはそれで魅力的かもしれないなぁなどと考えながら、星琉は曖昧に笑って返した。カーターは、まさしく先生――教師のような期待と、僅かな心配の感情を混ぜた声音で言葉を続けた。

 

『まあ、困ったら頼って来いって事だ。アイツもお前が結社に入ってくれたら万々歳だと常日頃から言ってるからな……っと、少し話し過ぎたか。じゃあ、元気でやれよ、星琉』

 

「はい、先生もお元気で」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そんな会話があったのが数日前。現在時刻は午後二時七分。東京は表参道の青山通りに星琉はやって来ていた。

 

 有名なブティックや洒落たレストランが並ぶ町並みは陽光で輝き、外回りと思われる会社員や、三月下旬の今は丁度学校が春休みの期間で、かつ日曜日故か、着飾った中高生の女子達が闊歩している。

 

 黒を基調とした手提げ鞄を携えている星琉は、その中でも全国でチェーン展開している星が散りばめられた看板のカフェに入った。

 

 店内でキャラメルの掛けられた、一応コーヒーに分類される、或いは乳飲料に分類される甘い飲み物とスコーンを注文して支払いを済ませると、店外に備え付けられた、テーブルで隔てられた二つの椅子が向かい合わせになっている席を選び、そこに腰を下ろす。

 

 口の中でふんわりと広がるクリームと、そよ風に乗って香るベリーのジャムを付けたほろほろとするスコーンを齧りつつ、日本神話の成り立ちについて研究された本を片手に待つこと二十分ほど。星琉の視線が集中していた字面から離れてある男性の姿を捉えた。

 

 齢は二十代半ば頃だろうか。草臥れた背広と少し緩められたネクタイに、掛けられたシンプルなデザインの眼鏡の奥に伺える眼は理知的で人の好さそうな印象を与えるが、星琉としてはどこか疑惑を抱いてしまうようなもの。

 

 一見やる気のなさそうなふわふわとした青年に見えるが、しかし彼の歩く姿は一般人のそれではなく、何かしらの訓練を受けたような印象を持った。

 

「いや、申し訳ありません。どうやらお待たせしてしまったようで」

 

「いえ、こちらがお伺いする立場ですから、お気になさらず」

 

 突然話しかけられたように見える星琉だが、しかし目前の青年はこちらの目印――星琉がつい先程まで読んでいた本を目にしてやってきたのが分かった為、何の気負いもなく挨拶を返した。

 

「申し遅れました。私、正史編纂委員会の甘粕冬馬と申します。以後お見知りおきを」

 

「はじめまして、甘粕さん。天元流特別相談役の吉良星琉と申します。どうぞよろしく」

 

 二人が握手をすると、甘粕の目が星琉の食べていたスコーンに向けられ、自分も注文に行ってもいいかと尋ねた。星琉がもちろんと返事をして数分後、甘粕はブラックコーヒーとマドレーヌを銀のトレーに乗せて星琉と向かい合う形で座る。

 

 甘粕が着席すると同時に、星琉は右手で緩く握り拳を作り、テーブルを軽く小突いた。

 

 誰にも見えぬ波紋が広がり、星琉と甘粕を包む。星琉はたったあれだけの操作で、認識阻害と遮音の結界を張ったのだ。

 

 そのことに気付いたのか、一瞬目を見開く甘粕だったが、すぐにあの人の好さそうなポーカーフェイスを取り繕い、咳払いを一つ。

 

「周囲へのご配慮、感謝します。では吉良さん、あなたは『官』である私達、正史編纂委員会とは対極に位置する『民』の代表的組織『天元流』の特別相談役。そんな方が一体どのようなご用件が?」

 

「……つい先日、イタリアのサルデーニャ島で新たなカンピオーネが誕生したのはご存知でしょうか?」

 

 甘粕の疑問に対してまた違う質問をする星琉。しかし甘粕もその質問に用件との関連があると察したのか、少し思い出すような素振りを見せた後、滑らかに答えた。

 

「風の噂程度には聞いていますよ。なんでも日本人で高校生の男の子だそうで。もしもそれが本当なら、おそらく日本人では史上初のカンピオーネでしょうね」

 

「その情報は本当です。名前は草薙護堂。東京都文京区根津に住む、この春から私立城楠学院の高等部に通うことになっている今年十六歳の少年……」

 

 そう言いながら、星琉は持参した鞄から草薙護堂に関して調べられるだけ調べ上げ、纏めた資料を甘粕に渡す。甘粕はそれを興味深そうに眺めて、ある程度流し読みした所で星琉に視線で先を促した。

 

「僕は新たなカンピオーネである彼に接触して、その人となりを見極めたいと思っています。極端な例ですが、東欧のヴォバン侯爵のような存在なのか、あるいはアメリカのジョン・プルートー・スミス氏のような存在なのか……事と次第によっては、僕は彼を止めるために剣を掲げるかもしれません。同じ、カンピオーネとして」

 

「なるほど…………え?」

 

 流し読みしていた資料に再び目を通していた甘粕の視線が、不意に星琉に向けられた。星琉は柔らかくも確かな決意を持った表情を崩さず、甘粕の反応を待つ。

 

 恐る恐るといった様子で星琉の表情を伺う甘粕。気のせいか、彼の肌に穏やかな春の陽気に似合わない量の汗が流れているような……。

 

「えーっと……吉良、さん」

 

「はい」

 

「私の聞き間違いでなければ、今ご自身の事を――」

 

「草薙護堂と同じ、カンピオーネである、と」

 

 そのやりとりに目を丸くして小首を傾げる甘粕。その内徐々に口角が吊り上がっていって、ついには笑い出した……のだが。

 

「……うわはははっ! 日本一の武術流派と噂される天元流のお方は、どうやら冗談もお上手なよう……で……」

 

「…………」

 

 甘粕の胸中を表すように、彼の視線が四方八方に旅行している。星琉はそれを指摘することもなく、悠然と微笑むのみ。それがある種のプレッシャーのようにも感じ取れてしまう甘粕は、今だけ荒事で磨かれた自分の感覚を恨んだ。

 

「……………本当に?」

 

「ええ、本当です」

 

 にっこりと笑みを浮かべながら、一分の隙もなく自信を持って即答する星琉。そんな彼に対して甘粕は、未だ呆然として固まったままだ。顔が青白く見えるのは、きっと気のせいだろう。身体が小刻みに震えているように見えるのも、恐らくは目の錯覚だ。

 

 ――後に甘粕は語る。「生涯であの日ほど、緊張で死にそうになった日は無かった」と。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「いやぁ、今日は嬉しいやら恐ろしいやら、ともかく疲れたよ。甘粕さん」

 

「それには完全に同意ですな。午後からはまさに嵐のように過ぎ去った一日でしたからねェ」

 

 家主を迎える、情緒溢れるアンティークが散りばめられたお洒落な一室。そこに二人の正史編纂委員会の人間がここに帰って来た。

 

 一人はそのエージェントである甘粕冬馬。彼の表情は大きく疲労と描かれており、肩が落ちているのも気のせいではないのだろう。

 

 そんな甘粕とは対照的に、まるで未知の物に心を躍らせるような表情を浮かべるのは、甘粕の上司であり、高校三年生という若さでありながら、そのやんごとなき手腕を発揮して正史編纂委員会・東京分室の室長を務め、自身もまた武蔵野の媛巫女である関東圏を掌握する男装の麗人――沙耶宮馨。

 

 傍から一目見た分には、彼女の纏う爽やかな雰囲気や言葉遣いに気を取られて性別の判断を誤り、美少年と認識してしまいそうな、或いは、歌舞伎の女形と言われてしまえばそれで納得させられてしまうような中性的な美貌の持ち主は、部屋の奥に備えられた自分の大仰なデスクに向かい、高級感漂うチェアに身体を休ませ、甘粕が中央の大きいソファに座ったことを確認すると、話を続ける。

 

「それで、甘粕さんの印象として吉良さんはどんな感じなんだい? どうせ緊張していたのは初めて会った時だけで、会食のときは飄々としていたんだろう?」

 

 馨がその報せを聞いたのは午後四時ごろ。何人かいる女性の恋人の一人と逢瀬を楽しんでいた頃だ。

 

 普段恋人達とのデートの時はスマートフォンの電源を切っている馨だったが、甘粕から緊急連絡用の特殊な番号で掛かって来た為に已む無く応答すると、彼は信じられないことを口にしたのだ。

 

――カンピオーネが接触してきました。騙っている可能性もありますが、恐らく本物かと。

 

 何の冗談だ、と馨は思ったが、普段の部下からは考えられないほど真剣な口調で言うので、デートを楽しんでいた恋人を口八丁手八丁で丸め込むと、すぐさま甘粕の許へと向かった。

 

 今日は四月一日だったかな、むしろそうであってほしいなという馨の願いも虚しく、部下の報告が自分を騙すものでなかったことを確認する。

 

 甘粕の話によると、そのカンピオーネはどうやら自分達の協力を仰ぎたいようで、更にはその為の約定も決めているらしい。しかし代理人でしかない自分ではお応えする事が出来ない、今夜夕食を食べながら話し合いの場でも、と言って一時離脱に成功したのだとか。

 

――というわけで、今夜は魔王様と会食ですな。

 

 へらへらと何でもなさそうに言いのける甘粕に苛立ちが浮かばないわけでも無かったが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。

 

 取り急ぎ馨は有名な日本料理店の予約を無理やりもぎ取ると、夜に会うはずだった恋人の一人に急用で会えなくなったことを連絡。こちらもなんとか丸め込むことに成功すると、次に自分が知っている霊視持ちの媛巫女の中で最も強い霊感を持つ少女を呼び出し、会食に出席するように伝えた。これは、カンピオーネであると自称する人物が、本当にカンピオーネであるかを見極めてもらうためである。

 

 甘粕は出来るだけ内密に、と言うように件のカンピオーネから釘を刺されていたらしいので、会食のメンバーは馨、甘粕、媛巫女の少女、カンピオーネの四人であった。

 

 件の御方に遭遇した媛巫女の少女は、確かにその人物がカンピオーネであると断言し、馨の内心の緊張が最高潮に達した状態で会食は始まる。そして今、それが無事に終わって帰宅した所なのだ。

 

「いえいえまさか。何か粗相をしてしまわないかと始終緊張しっぱなしでしたよ。ですがそうですねぇ……御し易そうには見えましたが、あれは出来るだけ触らない方がいいタイプでしょうな」

 

「へぇ……と言うと?」

 

 甘粕の御し易そう、という意見に関しては、実は馨も同意だった。彼女の吉良星琉という人物の第一印象は『お人好し』であり、そのうえ正史編纂委員会のような組織との対外関係の構築には疎いような感じを受けたからである。

 

 しかし、そうであるならば利用しない手は無いはずだ。『カンピオーネ』というネームバリューはそれほど大きな力を持っているのだから。

 

「利用しようと思えば、恐らく高い確率で利用されたと匂わせることなく出来るでしょう。しかし、その後の吉良さんの反応が私としては怖い所です。今回だって最初は天元流に貸しを作るはずが、まさかの魔王様ご降臨でしたからねェ」

 

「じゃあ、僕達はどういうスタンスで吉良さんとお付き合いするべきだと思う?」

 

「あちらが提示して来た通り、ビジネスライクな関係がベストだと思いますよ。とても強力な、それこそ核兵器並みの傭兵を雇ったとでも思えば。後はこちらから恩を売っておく。吉良さんは心優しいお方のようですから、きっと利子を付けて返して頂けるはずです」

 

「なるほどね……」

 

 甘粕の論に、馨は完全に納得した。要は『優しい奴ほど怒ると怖い。だから優しくして、優しくされよう』ということなのだろう。確かに、それが一番無難で確実なものかもしれない。

 

 『相互扶助』と『不可侵』。星琉が正史編纂委員会に求めたのはこの二つだ。

 

 『相互扶助』というのは、例えば今回の場合であれば草薙護堂を調査するため、城楠学院への『転校』の手続きを正史編纂委員会に依頼し、それを為してもらうこと。見返りは、星琉が集めることの出来た草薙護堂の情報全て。

 

 反対に正史編纂委員会からの依頼も、自分の出来る範囲内であれば、金銭等を見返りに受諾すると星琉は提案した。

 

 そして『不可侵』。これは、自分は正史編纂委員会に属さない、そちらの事情に踏み込まない。だからそちらも必要以上に接触するな、ということだ。

 

 馨はこの二つの約定を、正史編纂委員会の代表として受け入れた。彼女としても、星琉が正史編纂委員会の中に入り込んで好き勝手されるのは避けたかったし、星琉の派閥争いに巻き込まれたくないという言葉を聞いて、彼が干渉して来ないという確信を持てたというのもある。

 

 ただし、星琉は天元流――『民』の立場ではあり続けるようだ。

 

――『官』と『民』。互いが互いを監視し、監視されあう仲が良いと思っていますから。

 

 この言葉には流石の馨も苦笑を禁じえなかったが、確かにそういう考えがあってもおかしくはないと思ったので、これについても了承した。……まあ、相手がカンピオーネという存在である以上、どちらにしても拒否権があってなかったようなものであるが。

 

 ただ、『民』の立場であるとはいえ、基本的に中立の立場でいると星琉は言った。カンピオーネ相手に言質をとっても仕方ないのかもしれないが、とりあえず馨はこの言葉を信じる事にしている。

 

 ついでと言ってはなんだが、約定とは関係なしに、星琉は自分の存在を出来る限り秘密にすることも馨達に求めた。衆目に晒し、注目を集め、動きにくくなることも無いだろう。いずれはばれるとは思うが、自分から動きにくくなる必要はない、と。

 

 確かに、と馨は考えた。日本に外国の魔術師に紛れ込まれるのはこちらとしても面倒だし、限定的とはいえカンピオーネの威光に早速あやかれないのは残念だが、しかし自分達は『王』がいる事を知っているのだ。瑣末な問題かもしれない。いやむしろ、懐刀がカンピオーネなどという規格外の伝家の宝刀とは誰も思うまいと馨はひそかに笑みを浮かべ、納得した。

 

 ……そういう風に思いつつもどこか強引に、全てが彼の思うように持っていかれた気がしないでもなかったのだが。

 

「さて、差し当たり吉良さんの編入手続きをしておかないとね。後は住居もだけど……」

 

「一人寂しく登校するよりも、可愛い女の子と一緒に登校する方が私は嬉しいですけどねェ。そこからただならぬ関係に発展しちゃったりするかもしれませんし」

 

「やっぱり、甘粕さんもそう思うよね?」

 

 にやりと悪戯っ子のような、或いは時代劇に登場する悪代官のように口角を上げる二人。その時に誰かが何かしら感じ取ったかどうかは、定かではない。

 




 しかし、星は玉座に認められていない

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