神典【流星の王】   作:Mr.OTK

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拝謁の章
一 己の歩む道


 草薙護堂は神殺しである。ひょんな事からまつろわぬ神となったペルシャの軍神ウルスラグナと対決して勝利を収め、世界でも九人しかいない類稀な存在へと昇華した――いや、してしまったのである。

 

 先日、ある因縁が付いて回ってしまったギリシアの大地母神、三位一体、天地冥界の三属性を併せ持ったまつろわぬアテナと対決し、辛くも引き分けに終わった。

 

 その事から、彼は自分自身でも神殺しの活動に慣れてきているなぁ、と感じている。不本意な物ではあるとも思っているが……。

 

 しかし、草薙護堂は神殺しであるが、同時に日本人であり、高校生である。如何に神殺しの魔王へ至ったのだとしても、それは魔術界に於いての話。数々の社会問題や政治に翻弄される表の世界に於いて、彼はただの一般市民でしかなく、当然の事ながら学業に勤しまなければならない。

 

 さて、魔王となったことによって、護堂には彼の主観で少し怪しげな人々と交流を持つようになった。勿論、それは魔術関係者であり、そのほとんど全員が外国人である。

 

「さあ、お昼にしましょう、護堂。今日はあなたが飲み物を買いに行く日だったわよね」

 

 目の前の制服という平凡な服装であるにも関わらず、誰よりも存在を際立たせる絢爛な雰囲気を持つ美少女――エリカ・ブランデッリもまた、日本人ではなくイタリア人である。また、魔術結社『赤銅黒十字』の大騎士という位に位置する天才魔術師らしい。その辺りの事情を護堂はよく知らないが。

 

 では、何故そんな彼女が日本にいるのか。はたまた、何故護堂と同じ学校に通っているのか。

 

 理由は単純明快だ。即ち『新たなる王、草薙護堂の寵愛を受けられるよう尽力せよ』と、彼女の所属する『赤銅黒十字』からの指令が出されたからである。

 

 無論、そんなものは只の建前であり、エリカ・ブランデッリ自身が護堂と共に居る事を望んでいるのは『赤銅黒十字』とて諒解している。だからこそそんな指令を出したのではあるが。

 

「ああ、そうだな。何がいい?」

 

 最近の護堂は、こうしてエリカと共に食事をするのが常である。その際の約束事として『一日置きの交代制で買い出しに行く』という風に決めていた。今日は護堂の当番だ。

 

「今日は紅茶にしようかしら。レモンティーをお願いするわ」

 

「分かった。レモンティーならあったはずだ。行ってくる」

 

 最近はマシになって来たエリカの注文に安堵する護堂。一番最初の時など、昼食の飲み物にワインかシャンパンがいいと言い出し、酒屋に行こうとした程なのだ。そんな彼女を叱り飛ばしたのは常識人として当然の事である。

 

 教室の外に出ようとした瞬間、護堂の耳にまるで地の底深くから響くような声音が聴こえた。

 

「草薙の野郎、またエリカちゃんと優雅なランチタイムか……」

 

「ちっ、この恨み辛みをアイツにぶつけることが出来れば……!!」

 

「食中毒になれ喉を詰まらせろそして死に晒せぇ!」

 

 非常に不穏な言葉が聞こえてきたが、護堂は須らく聴こえないフリをして教室を出る。というよりも、この手の妬み嫉みの言葉はエリカが転校して来た当初から囁かれている物なのだ。しかし、何だかこの負の空気は日を追う毎に肥大化しているような気がする。気のせいだと思いたい所だが、果たして……。

 

 俺の平穏な生活はいつになったら訪れるのかなぁ、などと益体も無い事を考えながら、階段を降りて四つの自販機が設置されている場所へと向かう。すると、意外な先客がそこに居た。

 

「あれ、万里谷?」

 

「草薙さん? こんにちは」

 

 慎ましやかな様子で護堂に挨拶をしたのは、同じクラスの万里谷祐理だ。決して浅い関係ではないが、深いというわけでもない。

 

 同じ世界に身を置く知り合い、ないし友人。それが二人の共通認識であった。

 

「万里谷も飲み物を買いに来たのか?」

 

「はい。先程の体育の時間の後、水筒のお茶を全て飲み干してしまいまして、それで」

 

 少し恥ずかしげにそう言う祐理に、その理由が分からなくて少し首を傾げる護堂。しかし、まあいいかとすぐに考えるのを止めて、エリカに頼まれていたレモンティーの売ってある自販機に小銭を投入する。

 

 同じタイミングで別の自販機に小銭を入れる祐理。白魚のように滑らかな彼女の指は、緑茶を購入するボタンを押した。

 

 落下音と共に吐き出された飲み物を透明なプラスチックの窓から取り出すと、護堂はふと尋ねる。

 

「なあ万里谷。吉良のその後の調子ってどうなんだ?」

 

 それは、自分と同じカンピオーネである吉良星琉の事。アテナと対決した同日、同時間に熾天使ミカエルと対決していたもう一人のカンピオーネ。護堂はカンピオーネであるのに比較的まともな感じのする彼の容態が気になっていたのだ。

 

「傷も治りましたし、体力も回復して、直に退院出来るそうです。吉良さんに何か御用でも?」

 

「あー、うん。用って程でもないんだけど……」

 

 教室に帰ろうとする祐理の後を着いて行く。護堂と祐理は同じクラスなので、それは自然な成り行きであった。

 

「万里谷は今日、吉良の所に行くのか?」

 

「はい、そのつもりですけれど……それが何か?」

 

 道すがら護堂がそう尋ねると、少し不思議そうな様子で祐理は答える。質問ばかりの護堂を少しだけ訝しりながら。

 

「もし良ければなんだけどさ、俺も今日、吉良の見舞いに行ってもいいかな?」

 

「……私は構いませんが、エリカさんもご一緒されるのですか?」

 

 祐理が疑念の眼差しを向けるようになった。どうやら護堂とエリカの事を警戒しているらしい。とはいえ、護堂は何かする気があるわけでもないので、素直に話を続ける。

 

「どうだろ。もしかしたら来るかもしれないけど、今の所は分からない。何でか知らないけどあいつ、吉良にはあんまり関わるなって言うんだよ。俺はそれが納得いかない。吉良はカンピオーネだけどまともな奴だし、俺だってそうだ。だからきっと仲良く出来ると思う。それに、色々聞きたい事があるし」

 

 不満気な様子の護堂を見つめる祐理。少しして、分かりましたという言葉と共に祐理は告げた。

 

「分かりました。では放課後、ご案内しますね」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 時が経って放課後、護堂は鞄を持って、祐理と一緒に下校する。

 

 その隣にエリカの姿はない。彼女はここ最近何か用事があるようで、護堂の隣にいることはあまり多くない。

 

 ……実は、エリカは星琉がカンピオーネであると判明したあの日から、日本の呪術師とのパイプを繋ごうと尽力していた。

 

 しかし、その経過は芳しくない。日本は欧州の魔術界とは勝手が違うようで、エリカが護堂にゴルゴネイオンを日本に持ち帰らせた事や、星琉がカンピオーネである事が瞬く間に広まっており、護堂に与する呪術師があまり集まらないのだ。それこそ、護堂との時間を犠牲にしなければならない程に。

 

 とはいえ、いつも別れ際につらつらと、護堂と一緒に帰れない事を悔やむ言葉を並べながら頬にキスして行くので周りは二人の仲を疑う事は無かったし、エリカの護堂に対する気持ちの本気さが伝わって来てむしろ男子生徒の嫉妬の念が膨れ上がり、護堂が冷や汗を掻く程だ。

 

 エリカの尽力も露知らず、護堂は祐理を隣にして下校しようとしている。そんな彼の姿を見た生徒はもちろん……。

 

「く、草薙の奴、エリカちゃんだけでなく万里谷さんとまで……!!」

 

「ま、待てよ。万里谷さんって吉良とお隣さんフラグじゃなかったのか!?」

 

「これが噂のNTRってやつなのか……ちくしょう……」

 

 何だかおかしな事になっているような気配がしたが、それらを無視してなんとか学校を発った。

 

 星琉が入院している国立東京第三病院までは、城楠学院から歩いて十分程のバス停から、更に二十分程バスに揺られて到着する。

 

 そこは一見普通の病院の様に見えるが、その実態は多いに違う。一般の人々も診ていないわけではないのだが、入院するということはまずない。

 

 その理由は、例えば強力な呪いに掛かっただとか、先天性のなんらかの呪力障害であるといった裏事情に関する患者が入院しているような病院だからだ。その他、魔導書の解読・解析や、国内外の魔道具の研究なども行われており、研究機関としての側面も持っている。

 

 バスを下車し、病院の入口の自動ドアを通り過ぎて受付へと向かう祐理と護堂。受付の女性の看護師が護堂を見た瞬間に顔が引きつったのは、決して気のせいではない。

 

「吉良星琉さんのお見舞いに来たのですが……」

 

「は、はい! こちらに記入をお願いします!」

 

 緊張気味の看護師を他所に、バインダーに挟まれた見舞客記名欄に名前を記入する祐理。ペンを手渡され、その下に記入する護堂。

 

 看護師がそれを受け取ると、やっぱり、と小さく呟いてから部屋番号を教えてくれた。

 

 星琉の入院している部屋に向かうまでにも、同じように畏敬の念が篭った視線に護堂は晒されて居心地の悪さを感じた。エレベーターに乗って祐理と二人きりになった時にため息を一つつき、尋ねる。

 

「なんだか皆こっちを見てたけど、俺、何かしたかな?」

 

「何かした……というわけではなくて、単純にカンピオーネという規格外の存在に恐れているのだと思います。この病院は正史編纂委員会の傘下の病院ですから、大抵の情報は出回っているんです。もちろん、草薙さんの事も」

 

 苦笑気味にそう告げる祐理に、げんなりする護堂。やはりカンピオーネという肩書きは、この業界では大き過ぎる威光を発揮するらしい。

 

 七階に到着して、エレベーターを降りる。辺りは当然静かで、音と言えば二人や他の人々の足音だけだ。

 

 少し歩いて、教えられた番号の札の付いた部屋に辿り着く。祐理がドアへと近付いて行って、コンコンとノックをする。

 

『はい。どうぞ』

 

 部屋の中から入室を許可する返事が聞こえた。扉を開いて中へと入って行く祐理に、護堂も続く。

 

 窓からさんさんと太陽の光が差し込む病室。そこは、ドラマなどで社会的に重要な役柄の役者にあてがわれるような大きめの個室だった。その中央の少し大きめのベッドに臥し、患者服を着た星琉が迎える。

 

「こんにちは、万里谷さん……と、草薙くん? 珍しいお客様がいらしてくれたね」

 

 突然の来訪者を邪険に扱う事もなく、星琉は笑顔で出迎えて見せた。正直な所、護堂はエリカの忠告もあって自分に悪い印象を持たれているのではないかと思っていたので、この反応から一先ず目の敵にはされていないと分かり、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「こんにちは、吉良さん。お身体の具合は如何ですか?」

 

「うん、いい調子だよ。傷も完全に塞がったしね」

 

 自分の身体に手を当てながらそう言う星琉に、祐理は目に見えて安心したような表情を見せる。

 

 そして、窓際にあるガーベラの供えられた花瓶を手に取ると、水を替えに行ってきますね、と病室を出て行った。

 

「草薙くんもわざわざ来てくれてありがとう。疲れたでしょ? 座って」

 

 星琉に勧められて、護堂は近くにあったパイプ椅子に腰掛ける。

 

「悪いな、いきなり来て」

 

「ううん、寝たきりっていうのも暇なんだ。誰かが見舞いに来てくれた方がよっぽど嬉しいよ。……それで、僕に何か用があるのかな? もしかして、宣戦布告?」

 

そう言って視線が鋭くなる星琉。護堂は身構えて……。

 

「って待て! 何でそんな話になるんだよ?!」

 

 星琉の言ったことがおかしい事に気付き、思わず立ち上がって突っ込んでしまう。

 

「え? 違うの?」

 

「違う! そんな物騒な話じゃない!」

 

 質の悪い事に、星琉は本気で目を丸くしていた。どうやら本当に護堂が宣戦布告に来たものだと思っていたらしい。

 

 はぁ、と溜息を一つつきながら護堂はもう一度パイプ椅子に腰掛け、星琉に言葉を掛ける。

 

「あのなぁ吉良、何でそういう考えに達したのかは……まぁ、何と無く想像はつくけど、俺は平和主義者なんだ。基本的に戦うのとかは好きじゃないんだよ。俺が今日ここに来たのは、単純に吉良と話がしたかったからなんだ」

 

「話? どうしてかな?」

 

「エリカの奴がさ、俺と吉良が敵対するっていう風に考えてるみたいなんだよ。俺はそんなつもりはないし、むしろ仲良く出来たらなって思ってるんだ」

 

「そう……」

 

 少し顔を逸らして、深く考えるような仕草を見せる星琉。それから、彼は笑みを浮かべて護堂に言う。

 

「そういう風に言ってくれるのは嬉しいな。草薙くんはカンピオーネでも珍しい、まともな考え方をする人なんだね。……草薙くん?」

 

 星琉のその言葉に呆気にとられたような表情を見せる護堂。様子を伺うように星琉が声を掛けると、護堂は深く感銘を受けたように星琉の手を取った。

 

「そんな風に言ってくれたのはお前が初めてだ、吉良。やっぱりちゃんと分かってくれる人っているんだな!」

 

「え、えーっと……」

 

 満面の笑顔を浮かべながらこちらに身を乗り出す護堂に、さしもの星琉も掛ける言葉が見つからない。というか、どんな反応をすればいいのか分からなかった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「さて、草薙くんは僕と話をしに来たんだよね。いつもは万里谷さんに勉強を見てもらってるんだけど……」

 

「あー、じゃあもしかして俺、邪魔だったか?」

 

 星琉の言葉にバツの悪そうな表情を浮かべる護堂。しかし、そんな彼に花瓶の水を替えて戻って来た祐理が助け舟を出した。

 

「今日ぐらいはお休みしてもいいのではないでしょうか? 吉良さん、他の皆さんよりも随分と先に進んでいられますし」

 

「そうだね。今日はお休みにしようか。草薙くん、何か聞きたいことはある?」

 

 そう振られて、少し考え込む護堂。聞きたい事と言えばやはり……。

 

「吉良がどうやってカンピオーネになったのか聞きたいな。無理にとは言わないけど」

 

 星琉が祐理の方を見ると、彼女も恐る恐る期待を篭めた眼差しを星琉に注いでいた。

 

「うーん……じゃあ、草薙くんがカンピオーネになった経緯を話してくれるならいいよ」

 

「俺も? ……まあ、いいか。――あれは、俺が高校生になる前の春休みの話だ」

 

 そうして語り出す護堂。イタリアにいる祖父の友人に、昔の忘れ物を届ける事になった事。イタリアのサルデーニャ自治州で出会った不思議な少年の事。その後に出会った絢爛豪華な美少女――エリカ・ブランデッリの事。現れた神獣。まつろわぬメルカルトの顕現。対峙した少年の正体がペルシャの軍神ウルスラグナであった事。それを祖父の友人――『地』の位を持つ魔女、ルクレチア・ゾラの忘れ物『プロメテウス秘笈』により、神殺しを成した事。

 

「――っていうのが、俺に起こった事だ」

 

「草薙くん、まつろわぬメルカルトはどうしたの? ここまで聞いた話じゃ、撃退した様子じゃないみたいだけど」

 

「ああ、それはな――」

 

 星琉の当然の疑問に、護堂は更に話を続ける。カンピオーネになったと告げられ、直後拉致監禁された事。地方の魔術師と相対し、ウルスラグナの権能を用いてこれを撃退。自分の異常性が身を以て理解出来た事。

 

 時が過ぎ、再びメルカルトと相対するも敗北。しかし、エリカの魔術に助けられて九死に一生を得た後、再戦して引き分けにまで持ち込んだ事。その後、日本に帰国したのだが、しばらくして“剣の王”サルバトーレ・ドニに喧嘩を売られ、辛くも勝利した事。

 

 全て話し終わった後、星琉は苦笑しながら、祐理は微妙な表情で護堂に言った。

 

「なるほど。それが君の今までの破壊事件の真相か」

 

「仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが……」

 

「うっ、それは……そ、それよりも、今度は吉良の番だぞ」

 

 あまりにもおざなりで露骨な話題の転換だったが、星琉はそれを特に追及する事もなく、話を始めた。

 

「うん、それじゃあ話そうかな。――あれは七年前、僕が九歳の時の事だ。父さんの仕事の都合で、僕の家族はドバイへ行くことになった」

 

 そして語り始める、カンピオーネになるまでの軌跡。ドバイの天候が日本とは全く違ったこと。自然を写真に撮ることが好きだった事。たまたま隣国に立ち寄った時、白蛇に化身した女神と出会った事。

 

「その女神は僕と出会う前にミカエルと戦っていたみたいで、瀕死の重傷を負っていた。そして、僕に介錯を願ったんだ」

 

「わざわざ殺してくれって言ったのか?」

 

「うん。大嫌いな《鋼》に殺されるぐらいなら、僕に殺された方がよっぽどマシだって言ってた」

 

「変な女神さまだな……。それで、その女神の名前は?」

 

 恐る恐るといった様子で護堂が尋ねると、星琉は神妙な顔付きになって答えた。

 

「……秘密」

 

「は?」

 

「え?」

 

 目が点になる護堂。その様子は、今まで静かだった祐理も同様であった。

 

 対して星琉はいたずらが成功して満足したような、更に護堂に対して少しの咎めと疑念を込めた眼差しを注いだ。

 

「草薙くん。僕の予測が正しければ、君の持つウルスラグナの権能には、神の来歴を知る事によって発動するものがあるよね? それも、逆転の一手、切り札となりうるのものが」

 

「っ!?」

 

 護堂は息を呑んだ。それは星琉の言葉が正しいことを示している。不敵な笑みを浮かべながら、星琉は更に言葉を続けた。

 

「僕自身も、そういう能力を持つまつろわぬ神と戦った事があるんだ。だからこそこの予測に至ったわけなんだけど……悪いね、草薙くん。僕は臆病者だから、そう簡単に君の刃となる情報(モノ)を渡すわけにはいかない。何時(いつ)、何処で、どんな形で敵になるか分からないからね」

 

「吉良は……俺と戦うつもりなのか?」

 

 二人の間に、少しだけ険悪な雰囲気が流れる。祐理は心配そうにその様子を窺っているが、どちらかといえば星琉の方に注視している様に見えた。

 

「もちろん、戦わないで済むならそれに越した事はないよ。けれどね、僕達という存在はただ一人だけでも核と同じだけの危険性を孕んでいる。僕が絶対の正義、だなんて言うつもりはないけれど、もしも君が道を外れるような事をした時に、恐らく一番に僕が止める立場になるだろう。そういう意味でも、戦う可能性は決して零じゃない」

 

「けどそれは、吉良にだって言える事だよな。お前が道を外したら、俺がお前を止める。……なんだ、確かに絶対戦わないって保証はどこにもないな」

 

 ここに至って漸く、護堂はエリカが焦っていた理由が少しだけ分かった気がした。

 

 よくよく考えてみれば、目の前の柔和な少年だって、自分と同じカンピオーネ――奇人変人の一人、同じ穴の狢なのだ。今までが静かだっただけで、これからもそうである保証は何処にもない。だったらそう簡単に彼が自分の不利となる情報を渡さないのも当然な訳で。

 

 先に自分がよく考えもせずに話してしまった事を失敗したと後悔しながらも、その辺りのことはエリカからよく言われていたので、不用意なことは言っていないはずだと無理矢理飲み込んだ。もしも言ってしまっていたら、その時はその時だと開き直ったとも言う。

 

「それじゃあ話を続けよう。その後すぐに、僕の周りが目まぐるしく変化した。僕がカンピオーネになった直後、僕は先輩――シャルル=カルディナルに出会ったんだ。二人共、先輩や《漆黒真珠》については知ってる?」

 

 エリカからある程度聞いたと言う護堂と、ある程度は調べたと言う祐理。二人の答えに、星琉はそれらの説明は不要と判断して話を進める。

 

「先輩に連れられた僕は、そこで始めてこの世界の事を知った。魔術や呪術、まつろわぬ神やカンピオーネの事を……。そして、事件が起こった」

 

 そう言って、顔を少し伏せる星琉。その表情は苦く、悲しげであった。

 

「すぐ近くで、まつろわぬインドラが顕現した。結果的にはシャルル先輩が撃退したけど、街中での事だったから死者も出たし、沢山の建物が壊された。そうして気付いたんだ。『僕はこれから、こんな闘争の日々を歩んで行かなければならないんだ』ってね」

 

 星琉の独白に、護堂と祐理も表情を曇らせる。護堂は身を以って経験しているから、祐理は星琉の負った傷の深さを知っているからだ。

 

 だが、更に衝撃的な事を星琉が告げる。

 

「そして僕は、シャルル先輩の許で修行することになった。その際、両親の中の僕に関わる記憶を消してもらって」

 

「え……?」

 

「なっ!? どういうことだよ?!」

 

 自分に関する記憶を消す。それはつまり、自分の存在を無かったことにするのと同義だ。

 

 確かに祐理は前々から不思議に思っていた。この病院は呪術関係者の割合が多いが、決して一般人の立ち入りが禁止されているわけではないのだ。

 

 何度となく星琉の所へ訪れていた祐理だが、不思議と星琉の両親と出くわしたことはない。ある日は面会時間終了直前まで居座った事もあったのだが、それでも片親にすら会う事はなかった。共働きで忙しいのだろうかと思っていたのだが。

 

「カンピオーネとなった以上、普通の生活には戻れない。ただ存在するだけで、超常の力を持つまつろわぬ神々との戦いの運命が待ち構えている。ただの人間が着いて来られるものじゃない。それに僕は幼かったから、どこかの魔術師が魔術界とは何も関係のない父さんと母さんを誘拐して、僕を傀儡にしようとする可能性もあった。父さんと母さんを、僕のせいでそんな世界に巻き込みたく無かったんだ」

 

「……それ、吉良が悲劇のヒーローを気取ってるだけじゃないのか?」

 

「草薙さん?!」

 

 少し苛ついた様子の護堂が、星琉にそう突っかかる。確かに星琉の言う事は一理あるかもしれないが、だったら守れば良い。奪われたのなら、力尽くで取り戻せばいい。そう考えたからだ。

 

「……どうだろう。人によってはそう思えるかもしれないね。ただ、僕はそれが最善だと思ったからそうしただけだ。そこに後悔はないよ。僕には両親から貰ったこの身体と、名前があるから」

 

 未だ翳りのある表情で儚げな微笑みを浮かべる星琉。だからだろうか、護堂はこの場に居るのが嫌な感じがした。星琉に妙に突っかかったのもその為だ。

 

 ついさっきと同じように険悪な雰囲気になっていると、看護師が病室に入って来て面会時間が終わる事を告げに来てくれた。時計を見てみればもう六時過ぎだ。

 

「……じゃあ、またな。吉良」

 

「また明日お会いしましょう。吉良さん」

 

「うん。またね、二人共」

 

 こうして、護堂と星琉の病室での会談は、少し後味の悪さを残して終了したのだった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 ――夜。星琉はベッドに寝転がりながら、虚空を見つめて呟く。

 

「軍神ウルスラグナの権能か。十の化身を基盤にしたものらしいけど……」

 

「《敵ではない……かの?》」

 

「まさか。たとえカンピオーネになったのがつい最近でも、同格であることには変わりない。誰も彼も等しく脅威だ。もちろん、草薙くんも」

 

 尋ねたのは、星琉の内に存在する《墜天》だ。

 

 星琉にとって草薙護堂が神殺しへと至った経緯。そんなものに興味はない。彼の保持するウルスラグナの権能の効果、制限、それらにしか興味はなかった。

 

 ただし、まともな感性を持つ者であれば自分の弱点としかならない情報を簡単には漏らしたりしない。現に、護堂は出来るだけ権能の事について話さないように努めていたのだから。しかし、それでも分かることはある。

 

「賢人議会のレポートを見る限り、草薙君の権能は大味過ぎるのにバリエーションが豊富だ。『猪』の召喚と『白馬』のフレアなんて何の関連性もない。アテナの言葉から蘇生の能力を持つ化身――多分『雄羊』だろうけど、それだってまた別系統だ。だから――」

 

「《だから?》」

 

「レポートにも書かれていたけど、何かしらの強い制限があると予想出来る。それが把握出来れば彼との戦闘はかなり優位に立てるはずだ。『少年』と『山羊』はそも能力から不明。隠しているのか未だ覚醒していないのか……彼がカンピオーネになった時期から考えると後者の方が確率は高いかな。『強風』や『白馬』はいまいちはっきりしないし、けど効果として厄介な『戦士』は今日鎌を掛けて当たりを引き出した。『雄牛』や『鳳』はブランデッリさんとの対決でも使っていたみたいだから、自分の能力限界が閾値である可能性が高い。『猪』は大きな物を標的にしないと召喚出来ないって今日言っていたし、『雄羊』は蘇生という能力から考えると身体の損傷率……いや、致命傷を受けた時に自動蘇生する可能性もあるな。そうすると『駱駝』は一体……」

 

 冷めた瞳で淡々と護堂の権能に対する考察を深める星琉。今はまだ何もするつもりなどないが、いつか戦う時が来た時の為に想定しておく。

 

 人の心は移り変わるもの。変わらない事など滅多にあるものではない。

 

 情報はあるに越した事はない。想定をしないよりも、想定して万が一に備える方がずっと良い。そう普通にいかないのがカンピオーネという存在だが、それでもだ。

 

「《もしもその時が来たとしたら、お主は奴を斬れるかのぅ?》」

 

「斬れるさ。当然だろう。そうじゃなきゃ、吉良星琉じゃない」

 

 一部の間も、僅かな躊躇もなく、星琉は言い斬った。その様子に、《墜天》は満足感を星琉に伝える。

 

 ああ、もしもの時の為にメルカルトの情報も集めておかないといけない。

 

 ……けれど、今はもう眠ろう。僅かな休息の時なのだから。

 

 護堂を斬ると想定しても、しかし心の奥底ではそのような状況にならない事を願いながら、星琉は瞼を閉じた。


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