神典【流星の王】   作:Mr.OTK

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 太陽は沈み、星は煌きを増す

 満ち足りた月は、未だ天頂に至らず


終 そして彼は

 ――ふと、星琉の意識が覚醒した。

 

 黒と白を一対一で混ぜた、どちらにも偏っていない灰色。そんな形容が相応し過ぎる場所に、彼は居た。

 

 空は無く、大地も無い。地平線も無くて、全体が灰色の箱に閉じ込められたのかと思ってしまう程だ。

 

 星琉は立っていると思っているのだが、果たしてそれは本当に立っているのか分からない。もしかしたら、浮いているのかもしれない。沈んでいるのかもしれない。逆さまかもしれない。横たわっているのかもしれない。

 

 そんな不思議な場所に彩りを持ち込むのが、星琉と、そしてもう一()

 

「久しぶりね! 星琉!」

 

 歳は十四歳程。ピンクブロンドの髪を所謂ツインテールという型にしており、細身の身体、低い身長、繊細に整った可愛いらしさを感じさせる顔立ちと相俟って、相当幼い印象を与えられる。

 

「わっ! か、義母さん!?」

 

 いきなり抱き着いて来た少女に狼狽する星琉。

 

 星琉が『義母』と呼ぶ彼女こそ、この灰色の世界に彩りを与えるもう一人の人物――否、女神。魔王カンピオーネを誕生させた夫婦、不死者エピメテウスとその妻パンドラ。

 

 そう、この少女こそ『パンドラの箱』で有名な女神、パンドラなのだ。

 

 ちなみに、この灰色の空間は『生と不死の境界』という場所で、地上では『イデアの世界』や『メーノーグ』と呼ばれる場所である。

 

 パンドラは一通り星琉との抱擁を楽しむと、満足した様子で離れた。

 

「ホント、星琉しか『義母さん』って呼んでくれないのよね~。新しく魔王になった護堂も『パンドラさん』なんて他人行儀だし……。どうしてかしら?」

 

「えーっと、何でだろうね? あはは……」

 

 頬を掻きながら誤魔化すように苦笑する星琉。確かに、いきなり現れた見た目自分より年下そうな少女に『ママって呼んでね』なんて言われても、応じる人なんて極僅かだろう。しかも、その僅かの中の半数以上は、相当に特殊かつ倒錯的な人種だろうと思う。

 

 星琉の名誉の為に記しておくが、当然彼にそんな趣味はない。ただ何と無く、自然に『パンドラが義母である』という事を受け入れ、そうであるが故に『義母さん』と呼んでいるのだ。

 

「ま、いいわ。それよりも星琉、ミカエル様討伐おめでとう! あんな強力な《鋼》の神格を倒すだなんて、あたしも鼻が高いわ。これでようやく、星琉も本当の意味で『カンピオーネ』になれたわね」

 

「え? どういう事?」

 

 パンドラの言い方では、星琉は今までカンピオーネではなかったかのように聞こえるが……?

 

「ほら、あなたってティアマト様と契約して権能を譲渡してもらったでしょ? で、契約内容は『ミカエル様を殺すまでは仮初の王で、権能を簒奪出来たら本当の意味で王になれる』。覚えてない?」

 

「……ううん。ちゃんと、覚えてる」

 

 それは、未来で人生を振り返った時に、確実に転機であったと言えるだろう出来事。

 あの辺境の地で、偶然に偶然が折り重なって結ばれた契約。

 

「で、今回晴れてミカエル様の権能を簒奪出来たので、あなたは本当の意味でカンピオーネになれたのよ!」

 

「それって……今までと何か変わりあるの?」

 

 義母から祝福されているとはいえ、結局今までとやることは変わりないのでは? と星琉は思ったのだが、パンドラの反応は違った。

 

「大有りよ! これであなたはより伸び伸びと戦えるようになるんだから!」

 

「どういうこと?」

 

 パンドラの言葉に疑問符を浮かべる星琉。伸び伸びと戦えるというのはどういう事だろうか?

 

「うーん、最初から説明するわね」

 

 コホン、と一つ咳払いをして、パンドラは思い出すように星琉に説明を始めた。

 

「まず、ただの人間をカンピオーネにするには、人間がまつろわぬ神を弑逆した後で、あたしがある魔道具を使って、殺されたまつろわぬ神から溢れ出る神力を権能に加工するの。そして、人間から神殺しに転生させる大呪法で権能を授け、カンピオーネに転生させるのよ」

 

 ふむふむ、と相槌を打つ星琉。視線でパンドラに続きを促す。

 

「ここで重要なのは『人間がまつろわぬ神を殺す』っていう部分なんだけど、星琉の場合は少し話が違うでしょ?」

 

「僕は、ティアマトさんを『殺した』んじゃなくて、『介錯した』」

 

「その通り。まあ一応『殺した』っていう括りには入るんだけど、あの方も弱り切ってたから……本来ならその魔道具は使えないはずだったし、あなたもカンピオーネになることは出来なかったはずなの。でも、それを可能にしたのが――」

 

「あの人と結んだ、ミカエルを殺すっていう『契約』」

 

「ご明察♪」

 

 偉い偉い、とパンドラに頭を撫でられる星琉。顔が赤くなっているのは羞恥のせいだろうが、少し嬉しそうに見えるのは気のせいなのだろうか。

 

「もっと正確に言えば、その『契約』と、ティアマト様が自分から権能を『譲渡』したっていう事。この二つの点でなんとか転生の大呪法を発動出来て、あなたはギリギリカンピオーネになれたの」

 

「そこはかとなく不安を感じる言い方するんだね」

 

「実際そのせいで、今まであなたは半分人間、半分カンピオーネっていう中途半端な存在だったからね~」

 

「……え?」

 

 パンドラからの爆弾発言に固まる星琉。というか、半分人間で半分カンピオーネとはどういう事だろうか。

 

「流石に、ただの人間を神殺しに転生させるのは無茶が過ぎるせいか、変な風になってる所が多いのよ。なんだけど、星琉は更に『契約』やら『簒奪』じゃなくて『譲渡』やらでもっと変な風になっちゃったみたいね」

 

「ぐ、具体的には……?」

 

 恐る恐るといった様子で星琉が尋ねると、パンドラは人差し指を立てて口に当て、「えーっとぉ」なんて言いながら答えた。

 

「まずミカエル様の不意打ちが分からなかったから、多分カンピオーネ特有の獣みたいな直感力が働いてないでしょ~。まつろわぬ神と遭遇しても精神と肉体が高ぶって最高潮に達してないみたいだし~。ま、肉体の頑強さはそうでもないみたいだけど。後、星琉は他のカンピオーネと違って、本当に自分の深い所に権能を保存してるから、完全掌握には凄く時間が掛かりそうだし」

 

 指を折って一つずつ確認するように挙げていくパンドラ。

 

 これ幸い……というわけではないが、星琉は便乗して気になっていた事を尋ねた。

 

「じゃ、じゃあ、権能に変な違和感を覚えるのも……?」

 

 そして、それに対するパンドラの答えは――!!

 

「あ、それは違うわよ」

 

 星琉が思わずコントのようにこけてしまう程、あっさりとした否定だった。

 

「星琉の言う違和感っていうのは、ティアマト様の権能が大地母神に対して発動出来なかったり、サドゥワ様の権能で呪力を消費し続けたり、ヘカテー様の権能が夜にしか発動出来なかったり、天之尾羽張様の権能が十全に使えなかったりって事でしょ」

 

 星琉が無言で頷いて答えると、パンドラは我が意を得たりといった様子で続ける。

 

「それらは全て『契約』のせいよ。ティアマト様が仰られていたでしょう? 『仮初の位だ』って」

 

 つまり、仮初の位の――未熟であるが故の安全装置のような制限。それがあの違和感の正体だったのだ。

 

「そういう事だったのか……。それにしても、僕って随分他のカンピオーネと違うんだね」

 

 星琉がそう言うと、パンドラは安心させるような笑みを浮かべながら言う。

 

「何も悪い事ばかりじゃないわ。権能が奥底にあったからこそ、ティアマト様の神格を斬られても辛うじて“クサリク”様が使えたんでしょ」

 

 そう言われて思い出した。ミカエルに神格を切り裂かれたにも関わらず、不完全とはいえ“クサリク”を使えたのはそういう理由があったらしい。しかし……。

 

「さっきも言ってたけど、奥底にあるってどういう事? 他の人達はそうじゃないの?」

 

 星琉がそう言うと、パンドラはとんでもない、といった風に首を横に振り、説明を始めた。

 

「カンピオーネの権能は、人の身では当然扱えない力。だけど、星琉は『半分人間、半分カンピオーネ』っていう時期があって、『半分カンピオーネ』だから強大な権能を獲得する事は出来たんだけど、『半分人間』だからそれを扱い切る事が出来なかったみたいなのよね。だから『吉良星琉』っていう『存在』の奥底に、一部の機能を制限して半ば『封印』するような感覚で無理矢理押し込む事で、あたかも十全な権能を保持しているかのような形にしたみたい。それが、奥底にあるっていう事よ」

 

「なるほど……プログラムでいう圧縮みたいなものなのかな」

 

 星琉の納得いった様子に満足げなパンドラは、更に星琉の長所を話していく。

 

「それに、あなたは気付いてないかもしれないけど、直感力と同等の力を元から持ってる。極め付けに、あなたは『訓練』が出来るじゃない」

 

 その言葉にはっと思い出したような表情を浮かべる星琉。パンドラはおかしそうに話を続けた。

 

「カンピオーネは総じて中身が魔獣みたいなものだし、『とにかく実戦あるのみ☆』みたいな所があるんだけど……。『最適化』とでも言えばいいのかしら? これも多分、おかしくなってしまった所の一つだと思うんだけど、あなたは色んな事を吸収して、1の訓練を10にも50にもしてしまう、他のどのカンピオーネにもない力を持っているの。星琉はホントの例外ね。普通のカンピオーネが『獣らしくなった』とすれば、星琉はより『人間らしくなった』と言えるのかも」

 

「そっか……でも、10に50って……また微妙な数字だね」

 

 星琉が苦笑しながらそう言うと、パンドラはそりゃあそうよ、と言葉を続ける。

 

「やっぱり実戦が一番経験を積める事には変わらないもの。違う?」

 

「いえ、仰る通りです」

 

 降参とでも言う風に星琉が両手を挙げると、何を思ったのか、パンドラは両手で星琉の頬を包み込み、顔を覗き込んだ。

 

「ねえ、星琉。あなたは人類の歴史を通して見ても、そしてきっと、これから遥か先の未来でも、ただ一人だけの特別な神殺しであるはずよ。それが良いことなのか、それとも悪いことなのかは分からない。けど、きっとあなたにしか出来ない事があるはずだわ。星琉が星琉だからこそ、出来る事がね」

 

「うん……」

 

「だから、あなたはあなたのまま、素直に生きればいい。だって、あなたは地上最強の戦士の一人なのよ。深く考える必要なんてないない!」

 

 パンドラの激励と言える言葉に、星琉は自分の答えを返し始めた。

 

「なら、僕は考えるよ。考えて、行動して、反省して、また考えて……。そうして僕は生きて行く。神殺しの道を、歩んで行く」

 

「……はぁ。ホント、星琉が神殺しなのが不思議で仕方がないわ。お義兄様(プロメテウス)の息子って言われた方がしっくり来るぐらい」

 

 星琉の返答に呆れた様子のパンドラ。そんな彼女に、星琉はしっとりと笑みを浮かべながら言う。

 

「それでも、僕は貴女の義息子だよ。義母さん」

 

「……もう、卑怯な子」

 

 照れ臭そうに言うパンドラに微笑む星琉。そんな彼の身体は、少しずつ透け始めていた。

 

「そろそろお別れね。あ、星琉の住んでる島には最強の《鋼》が眠っているわ。すぐにどうこうってわけじゃないだろうけど、一応注意しておきなさい。いい?」

 

「うん、気を付けるよ」

 

 本当ならその『最強の《鋼》』とやらについて詳しく聞きたかった星琉だが、パンドラは『女神』で、星琉は『人間』だ。世界の理に縛られ、教えてもらえることは少ないだろう。

 

「それと、ちゃんとティアマト様に感謝して、媛巫女の女の子にはお礼をするのよ。あの子が頑張ってくれなかったら、今頃あの世にいたんだから」

 

「そっか、万里谷さんが……。分かった、ちゃんとお礼をするよ」

 

 義母からの言い付けに、了承の意を告げる。とはいえ、此処から現実に戻る際に色々あるらしく、此処での事は全て『無意識の領域』に残り、ほとんど覚えていられないらしい。

 

 それでも、星琉にはこの言い付けは忘れないだろうと、そんな確信があった。

 

「それじゃあ、またね。星琉」

 

「うん、またね。義母さん」

 

 手を振って送り出す義母を背にして、そこで星琉の姿は消えた。

 

「…………」

 

 自分の可愛い義息子を見送った後、パンドラは悲痛な表情を浮かべ、呟く。

 

「……でもね、星琉。あなたは……本当は――」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「…………あ」

 

 目が覚めて、正方形に区切られた斑のタイルが犇く天井が見えた。腕には点滴が打たれていて、呼吸器も取り付けられている。どうやらここは病院の個室で、星琉は寝かし就けられているようだ。

 

 呼吸器を外し、どうにかして身体を起こす。まだまだ全快とは言えないようで、それだけの動作で少し辛さを感じた。

 

「ナースコールは、っと」

 

 ベッドの周りを探して、螺旋状のコードの繋がったスイッチを見つける。それを押そうとした所で声が聞こえた。

 

「吉良……さん……」

 

 目を向けて見ると、そこには呆然とした様子の祐理が。星琉はぎこちない動きで右手を軽く挙げて、挨拶をする。

 

「や、万里谷さん。こんにちは……かな?」

 

 少しおどけた様子でそう言うと、祐理はその茶色い双眸からぽろぽろと涙を零し始めた。そんな彼女の予想だにしない反応に焦る星琉。

 

 しかし、祐理はそれを気にした様子もなく、星琉の寝るベッドに近付いて彼の左手を取ると、両手で包み込んで頭に当てた。

 

 そのまま顔を伏せると、鳴咽と共に言葉が聞こえて来た。

 

「よかった……よかった……!!」

 

 万感の思いが篭ったその言葉に、星琉はようやく、自分がどれだけ祐理に心配を掛けていたのかを理解した。

 

 そうして星琉は、そんな祐理を慈しむような声色で言う。

 

「ごめんね……ありがとう」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 一段落すると、祐理は担当医に星琉の目が覚めた事を伝えに行った。そうして暫くすると、連絡が行ったのか、祐理が甘粕と馨を引き連れて来た。

 

「こんにちは、吉良さん。どうですか、その後の体調は?」

 

「それなり、ですかね。まだ全快とは言い難いです。……それで、あの日の詳細をお聞きしたいのですが」

 

「ああ、ではそのお話は私から」

 

 星琉の問い掛けに、馨に代わって甘粕が前に出て説明役を買って出る。

 

 そんな彼の話によると、今はもうあれから五日も経っているらしい。その間、星琉は昏睡状態だったのだとか。

 

 人的被害はゼロ。物的被害については、星琉が出した分にはゼロ。草薙護堂がやらかしたらしい。

 

 だがまあ、仕方がないのかな、とも星琉は思った。

 

 世間の被害など気にせずに、何よりもまつろわぬ神を殺す事に全力を傾けなければ簡単に命を落としてしまうのだ。戦闘が行われた範囲は荒れるだろう。

 

 とはいえ、被害が出ないように事前に準備するぐらいは出来るはずだ。例えば、被害が出ても問題ない場所を見つけるとか。

 

「私が見つけた限りでは、吉良さんはかなりの重体でした。交通がアテナのせいでストップしていたこともあって、救急車も到着が相当遅れましたので、これは駄目かなぁ、と思っていたのですが」

 

「万里谷さんが助けてくれたんだよね。ありがとう」

 

「わ、私はそんな……顔を上げて下さい!!」

 

 頭を下げる星琉に慌てた様子でそう言う。祐理の表情は少し恥ずかしそうであった。

 

「そうだ、祐理。君は一体どんな呪術を使ったんだい? 他の術師達が驚いていたよ。『治癒術で治療出来る範囲を越えている』って」

 

「そう言えば、吉良さんを介抱していた女性って誰だったんでしょう? いつの間にかいなくなっていたんですが……」

 

「そ、それは……」

 

 言葉に詰まる祐理。正直に言えば、彼女もどう説明していいのか分からないのだ。そんな彼女に助け舟を出したのが、星琉である。

 

「それは、僕の仕業なんですよ」

 

 甘粕と馨の視線が星琉の方に向く。内心、バレてくれるなよ、なんて考えながら、星琉は話す。

 

「僕の権能の中に、他者を補助する権能があるんです。使うには相当厳しい条件を達成しないといけないんですが、意識を失うギリギリで発動に成功して。それが多分、万里谷さんを手助けしたんだと思います」

 

 へぇ~、という様子で頷く二人にホッとしていると、看護師が入って来て何やら馨に耳打ちした。

 

「吉良さん、草薙護堂さんとエリカ・ブランデッリさんがいらっしゃってるみたいですけど、どうします? 面会されますか?」

 

「……そうですね。呼んでもらっていいですか? あ、皆さんは居て下さって構いませんよ」

 

 少しの間考えて、星琉は二人と会うことにした。別に隠す必要もないし、自分はもう十分考えられるようになった。魔術界に対して正体を現すのも頃合だと思ったのだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「まずは、御身に対して働いた非礼に関する謝罪を。その節は存じ上げてなかったとはいえ、一介の騎士が増徴した真似を致しました。申し訳ございません」

 

 入るや否や、片膝をつき、右手を胸に当てるという騎士の礼を取って謝罪を始めたのは、

『紅き悪魔』ことエリカ・ブランデッリだ。恐らく、七雄神社での初めての邂逅の事を言っているのだろう。

 

「あの時の事は何も気にしてないよ。ゴルゴネイオンについては、思う所がないわけじゃないけどね」

 

「怒って……ないのか?」

 

 そう言って星琉の様子を伺うのは護堂だ。どうやら彼は、星琉が怒っているものだと思っていたらしい。

 

 そんな彼の問い掛けに、星琉は笑って答える。

 

「どうして怒るのさ? それより草薙君も、アテナとの戦いお疲れ様。ちょっと暴れすぎのような気もするけどね」

 

「うっ、面目ない……」

 

 浜離宮恩賜庭園の惨状を思い出したのか、うなだれた様子の護堂。しかし、すぐに顔を上げるとどこか決意したような眼差しを星琉に向けた。

 

「なあ、吉良。安静にしてる所申し訳ないんだが、聞きたい事があるんだ。、少し、構わないか?」

 

「うん、いいよ。何かな?」

 

 さあ、おそらくここからが本題である。騎士の礼は解いたが、相変わらず畏まった様子のエリカの代わりに、護堂が尋ねて来た。

 

「何でお前は、自分の正体を隠してたんだ?」

 

「君の人柄を見極める為。調査書だけを見ると、どうにも破壊魔のような印象しか受けなかったからね」

 

「ぐっ……」

 

 返す言葉もない、といった様子の護堂だが、それも無理がないだろう。

 

 気を取り直して、次の質問へ。

 

「あの天使って何者だったんだ? まつろわぬ神ってことは分かってるんだけどさ」

 

「あれは、熾天使ミカエルだよ。名前ぐらいは聞いた事あるんじゃない?」

 

「「「「み、ミカエルっ!?」」」」

 

 その場にいた殆ど全員が驚いていた。エリカだけはやっぱり、といったような表情であったが。

 

「じゃ、じゃあ、吉良はいつカンピオーネになったんだよ。エリカとか、誰も知らなかったみたいだから……」

 

「七年前、だよ。僕が小学三年生、九歳の頃だ」

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

 今度はエリカも交えて全員が声を上げるが、それは当然かもしれない。何せ、星琉がカンピオーネになった年齢はあまりにも幼過ぎる。

 

 まあ、実力で『殺した』わけではないので、そんな年齢でカンピオーネになることが可能だったわけだが、わざわざ異常性を見せ付ける必要はない。

 

「ん? っていう事はドニの野郎よりも先輩なのか?!」

 

「ドニっていうのが“剣の王”サルバトーレ・ドニ卿の事を指しているのなら、そうだよ。僕は彼よりも早くカンピオーネになった。世界的に見れば、僕は七人目のカンピオーネってことだね」

 

 驚きの連続で心此処に非ずな面々だったが、一人だけ例外がいた。

 

「一つ、よろしいでしょうか?」

 

 星琉を探るように、見極めるかのように発言したのは、先程とは違ってすっくと姿勢良く立っているエリカだ。

 

 てっきり、同じカンピオーネである護堂に、自分の気になる事を全て質問させるつもりだと星琉は踏んでいたのだが……。恐らく、あまりにも星琉の返答が予想外だったのが原因だろう。

 

「何かな? ブランデッリさん」

 

「……御身は七年もの歳月の間、どのようにして御自身の正体を隠され続けたのでしょうか?」

 

 いつの間にか、他の面々も興味深そうに聴き入っている。それもそうだろう。星琉は自分の素性をひた隠しにして来たし、カンピオーネ相手ということで、薮蛇を避ける為に誰も聞こうとはしなかったのだから。

 

「それは、僕が先輩――フランスのカンピオーネ、『神獣の帝』シャルル=カルディナルと、彼の魔術結社《漆黒真珠》に少しの間保護されていたからだよ。僕は先輩からこの世界の事を知り、身を隠す術を学び、人知れず過ごして来たんだ」

 

 絶句、といった所だろうか。それも致し方ないことではあるのだが。

 

「ごめん、ブランデッリさん。ここまでにしてもらっていいかな? まだ疲れが残ってるみたいで、少し休みたいんだ」

 

 少し困ったようにそう言うと、エリカは険しい表情で了承の意を告げる。

 

「……承知致しました。お大事になさって下さいませ」

 

 傍から見た分には解らないだろうが、星琉にはエリカが本当に社交辞令で挨拶をしたのだと分かった。別に、それに思う所は何も無いのだけれども。

 

「あ、おい! エリカ! ……えっと、お大事にな、吉良」

 

 どこか様子のおかしいエリカを追い掛ける為、簡単に挨拶を済ませてそそくさと護堂も退出した。

 

「さて、私達もお暇しましょうか。吉良さん、この度はお疲れ様でした。ゆっくりと養生して下さい。――ああ、そうそう。後でお教え頂いた口座に謝礼金を入金しておきます。それが報酬という事でどうか一つ」

 

 かつての協定の際に決めていた事を告げ、それでは、と軽い挨拶をして出ていく甘粕。馨もまた、今度はお茶をしながらでも、と述べて出ていった。

 

 そして祐理も挨拶をしようとしたのだが……。

 

「あ、万里谷さん。頼みたいことがあるんだけど……」

 

「? はい、何でしょうか?」

 

「もしよければ、これから休んだ分と、休む事になる分の勉強を教えてもらいたいんだ。……頼めるかな?」

 

 頬を掻きながら申し訳なさそうに言う星琉。頼み事の内容は勉強ということで、祐理も断る理由はなかった。

 

「分かりました。では、学校が終わったらすぐに来ますね」

 

「うん、ありがとう。助かるよ」

 

 また明日、と言う祐理に、また明日、と返し、祐理が帰った事を確認してから、ベッドに寝そべる。

 

 程なくして、星琉は穏やかに夢の世界へと旅立って行った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 護堂は不思議に思っていた。先程、自分の同族であり、実は先輩であると判明した人物――星琉のお見舞いをしてから、エリカの様子がおかしい。

 

 言うなれば……『焦燥』だろうか。彼女は何かに焦っているような感じがする。

 

「おいエリカ、どうしたんだよ?」

 

 目の前を早歩きで歩き続けるエリカの肩に手を掛けて、こちらを向かせる。

 

「……護堂、あなたイタリアに来る気はない?」

 

「は?」

 

「だから、イタリアに移住する気はないかって聞いてるの」

 

 エリカの口から発された言葉は突飛過ぎるものだった。それ故にしばし放心状態だった護堂だが、我に返るとすぐに反対の意思を見せる。

 

「ば、馬鹿言うな! 移住なんて出来る訳ないだろ?!」

 

「聞いて護堂。吉良星琉様は《漆黒真珠》に保護されていたと言っていたわ。つまり、個人的な繋がりがあると見るのが正解。それにあの様子じゃ、日本の正史編纂委員会とも繋がりがあると見ていいでしょう。今のあなたは四面楚歌の状況なのよ。イタリアに来た方が安全だわ」

 

 真剣な口調で言うエリカに少し驚きながら、言われた事を吟味する。

 

「いや、四面楚歌って、俺は誰とも敵対してないぞ」

 

「そうなる可能性があるって事よ。例えばあなたと吉良星琉様が敵対したとする。彼は味方してくれる大きな組織が二つもある。だけど護堂、あなたには私しかいないのよ。これを四面楚歌と言わずに何と言うの?」

 

「待て待て! 何で俺が吉良と敵対するんだよ?! 俺は平和主義者だし、吉良だってそんな血気盛んな奴じゃない。仲良く出来るって!」

 

「どうかしら? 何かの拍子で敵対する可能性だって零じゃないだろうし、それに……」

 

「それに……何だよ?」

 

 何かを言いかけてそのまま口ごもるエリカ。護堂はその先を聞き出そうとするが、エリカは何でもないわ、と言って切り上げた。

 

「ともかく、最悪の場合は移住することも考えておいてちょうだい。これは、あなたの為なのよ、護堂」

 

 そう言ってまた歩き出すエリカ。護堂は釈然としないものを感じながらも、彼女の後を追うのであった。

 




 義母は何を思い、何を購うのか

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