神典【流星の王】   作:Mr.OTK

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輝ける星 勝利を攫む者 運命は絡み合い、女神は一時の微笑みを見せる


玖 母なる海

 上空で星琉とミカエルの戦闘を眺めていたアテナは、星琉の逆転劇を魅せつけられた瞬間、身体が震えた。

 

 恐怖による震えではない。武者震い――強者を見て感化された震えだ。

 

 戦いたいと、純粋にアテナは思った。

 

 アテナにとっての心躍るいくさというのは、己の身一つで武技を競い合い、信念をぶつけ合うような戦いだ。

 

 その点で言えば、草薙護堂という神殺しは些か歯ごたえのない人物だった。

 

 不発に終わったとはいえ、己を出し抜こうとした狡猾さは評価に値するだろうが、しかしそれは他者の助けがあって初めて成立するものであり、彼一人の力ではない。

 

 いや、もしかするとそれが彼の『力』なのかもしれないが、アテナ自身それは余り好まなかった。

 

 まつろわぬ神と神殺しの一騎打ち――それが正しい形式であり、そこに他者の介入等以ての外である、というのがアテナの持論なのだ。

 

 ……辱められた事が関係していないわけでもないが。

 

 その点、己は不完全で、かつ戦闘が中断されたとはいえ、吉良星琉との戦いは心躍った。そして今繰り広げられた、命懸けでの逆転劇。

 

 ……まあ、吉良星琉も草薙護堂と同じく、アテナの嫌う権能と似通ったものを使うようだが。

 

 しかし、こんな戦士といくさを目の当たりにして、これで戦いたいと思わなければ嘘だと、アテナは獰猛な微笑を浮かべる。

 

 ミカエルが墜ちて光の粒子(・・・・)となって身体が解け、続いて星琉がその後を追う様にその光を纏って墜ちていく。このままでは海に墜ちた時の衝撃で、死んでしまうかもしれない。

 

「世話の焼ける奴だ……」

 

 いずれ、己と戦ってもらわねばならぬ存在だ。今死んでもらっては困る。

 

 空気を無視して飛翔し、星琉を助けようとするアテナだったが、しかし途中で止まってしまう。それは、星琉の右手の甲に女神の加護を意味する光る楔形文字が見えたからだ。

 

「……ほう、弑した女神から加護を授けられているとはな。益々以て興味深い奴だ」

 

 おそらく、ミカエルを迎撃する時に使った権能の女神からであり、それは海に関連する、もしくは海の女神の物だろうと、智慧の女神たるアテナは見ていた。その証拠に、大海は水しぶきを一切立てず、彼の身体に負担を掛けないようにして受け入れたのだから。

 

「吉良星琉……あなたはどうやら智慧の女神たる妾ですら、想像の及ばぬ存在のようだ。いずれまた、我らに相応しき星の廻りと聖地にて、雌雄を決しようぞ――!!」

 

 相手がいないにも関わらず、高らかに宣戦布告をして、アテナは闇に紛れていずこへと消えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「『……よ……わ……!』」

 

「……甘粕さん、何かおっしゃりましたか?」

 

 その頃、七雄神社にて星琉の帰りを待っていた祐理は、唐突に声が聞こえたような気がして、同じく星琉の帰りを待つ甘粕に尋ねる。

 

「いえ、何も言ってませんが……」

 

 甘粕の返答は否だった。であれば、あれは空耳だったのだろうか?

 

「『来よ……よ……わ……の…………を…………ぬ!』」

 

「(……違う。空耳なんかじゃない。声……いえ、これは……思念?)」

 

 空耳ではないと確信した祐理。目を閉じて精神を落ち着け、心を研ぎ澄まし、より正確に受信しようとする。

 

 すると――

 

「『来よ、来よ、癒し手よ。妾の愛し子を、死なせてはならぬ!』」

 

「――!!」

 

 突如、祐理の脳裏に映像が映った。

 

 ――十字に斬られた身体。焼け(ただ)れて骨まで見える右腕。死人かと見紛う程の青白い顔。半ばまで斬られた腹からは、血が流れ出している――

 

 これは……!!

 

「甘粕さんっ!!」

 

「は、はい?」

 

 大声で名前を呼ばれた甘粕は、突然の事に少し驚いた様子だ。しかし、祐理は今そんなことを気にしている余裕はなかった。

 

「私を、海へ連れて行って下さい!」

 

「……は?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「うーん……このポジションは私じゃなくて、吉良さんのはずなんですがねェ……」

 

「甘粕さん! 急いで下さい!」

 

 甘粕のぼやきに対し、一喝する祐理。

 

 七雄神社にて海へ向かって欲しいという祐理に対し、甘粕は渋った。何故ならまだそこは戦闘区域になっている可能性が高く、危険だからだ。

 

 しかし、祐理が霊視……いや、啓示で見えた内容と、自分を呼ぶ声が聞こえた事を話すと、甘粕はようやく首を縦に振った。

 

 まあ、その際の言葉が「あれ、これもしかしてガチのパターンですか?」なんて緊張感の欠片もないものだったが。

 

 二人は今、民家の屋根から屋根へと飛び移り、海を目指していた。甘粕が祐理をおんぶする形で。

 

 流石は忍びと言うべきなのか、甘粕は人一人背負っているというのに、それと感じられない程身軽である。

 

 やがて海に近付いて来ると、浜辺に二人の人影がいるのが見えた。一人は横たわっており、もう一人が膝枕をして介抱しているようだ。

 

 近くに降り立って祐理を下ろし、それからよく見てみると、介抱している人物は実に美しい人物だった。そう、まるで女神かと見紛う程に……。

 

「吉良さん!!」

 

 謎の人物に構わず、祐理は星琉の傍へと駆け寄る。

 

 彼の身体は先程脳裏に映った通りに満身創痍で、死んでいてもおかしくない程のものだった。甘粕もすぐに追い付き、その惨状を目の当たりにする。

 

「これは……すぐに救急車を手配します。万里谷さんは出来る限りの応急処置を」

 

 スマートフォンを取り出して、いつもの飄々とした態度とは打って変わり、真剣な様子でどこかへと連絡を取る甘粕。しかし、未だにアテナの残した影響から復旧していないようで、連絡が取れない。

 

 ちらりと三人を見た後、甘粕は祐理に近くの病院まで直接行き、救急車を連れて来るという旨を告げ、音も無く消え去った。

 

 それを見送った祐理は一先ず出血を止める為に治癒の魔術を掛けようとするが、ピタリと動きを止めた。

 

 星琉の傷は内臓にまで達しているほど深く、重い傷だ。そんな患部に中途半端に治癒の魔術を掛けてしまっては、後々不都合が起きるかもしれない、そう思い至ったのだ。しかしそれでは、このまま星琉が失血死してしまう可能性もある。

 

 それに祐理は、徐々に星琉の息が浅くなっているような気がしてならなかった。このままでは、本当に星琉が死んでしまう。

 

「ど、どうすれば……」

 

 最悪のイメージが沸き起こり、軽い錯乱状態に陥ってしまった。祐理は今にも泣き出してしまいそうだ。

 

 そんな彼女の手に、ひんやりと冷たい感触がした。目の前にいる女性が、祐理の手を掴んでいたのだ。

 

「《巫女よ。妾が手を貸そう》」

 

「貴女は……っ!!」

 

 ――母なる海。大いなる海。子等に叛逆され、落魄し、天地開闢の贄とされた女神。その残滓――

 

「《妾という『存在』を視たか。中々に有能な巫女ではないか》」

 

 祐理は、その類い稀な霊視の才能により、女性が人間ではなく、女神の加護が形を持った存在であることを見抜いた。

 

 それは徐々に透き通って、最終的に液体となり、祐理の身体を一息に包み込む。

 

「っ!!」

 

「《案ずるな。呼吸は出来るであろう?》」

 

 伝えられて気付いた。確かに液体に包まれているはずなのだが、呼吸は出来るし、目を開く事も出来る。

 

「《妾は全ての生命の母なる女神の残滓。残滓と言えど、生命に対する智慧の深さは元の妾と違わぬ。巫女よ、妾の言う通りに行動するのだ。妾の愛し子を救う為に》」

 

「はい……吉良さんを……助けて下さい……」

 

 その助言を最大限に聞き入れる為なのか、祐理は霊視をする時の忘我(トランス)状態に近い状態になっていた。

 

 同時に確信していた。これが成功すれば、必ず彼を助けられると。

 

「《始めるぞ。まずは、愛し子という『存在』を掴むのだ。肉体だけでも、精神だけでも、魂だけでもない。それら全てを俯瞰するように》」

 

 小さく上下する星琉の胸に手を置き、目を閉じる。

 

 しばらくすると、ぼんやりとした靄が浮かび上がり、暗闇の視界の中で次第に人の形を成して行く。

 

 手足や頭などもしっかりとした形になり、彼の中を巡る二つの流れを感じ、一際大きく輝く塊も見つけ、『吉良星琉』という『存在』の感覚を掴めた感触がした。

 

「《よし、次だ。傷の部分に手を当てよ。そして、中の様子を先程行った『存在』を掴む要領で探るのだ》」

 

 言われた通りに傷口に手を当て、身体の内側の負傷具合を探る。案の定、いくつかの臓器が傷付いており、治療を要した。

 

「《それでは駄目だ。もっと、もっと深く、愛し子を理解するのだ》」

 

 意識が遠退く……いや、離脱する。

 

『幽体離脱』だ。祐理の身体から白い煌きが抜け出し、星琉の身体へ入って行った。

 生命の流れ……精神の流れ……魂魄の在り処……『吉良星琉』という存在の■■……。

 

 

 ――『■■の■■』『』『』『』…………『太陽』『大地』『水』『雷』『火』『刀剣』『死』『十字路』『三叉路』『魔術』『三日月』『半月』『満月』『■齢』『夜』『老婆』『冥界』『天界』『聖獣』『分断』『絶縁』『■壊』『転■』『■高』『殺■』『交戦』『■定』『承諾』『決■』『不■』『不戦』『否定』『■絶』『十一』『神なる神獣』『神殺し』『■■■』『■■の■』『契約』『加護』『流星』『綺■星』『友愛』『敬■』『親愛』『■愛』『慈■』『■情』『善性』『天■』『自■』『■存』『同■』『■調』『■解』『融■』『調■』『理■』『■■』『■■』――

 

「――っ!!」

 

「《ほう、妾の助力があって捉え易くなっているとはいえ、そこまで深く読み取るか。死に近付いて抵抗が薄いというのもあるだろうが、愛し子が受け入れたのか、もしくは才があるのだな。巫女よ》」

 

 自分の『存在(なか)』を駆け巡った■■に、祐理は安心感と罪悪感を覚えた。

 

 安心感というのは、星琉という『存在』に対して、罪悪感というのは、軽々しく触れてはいけないモノに触れ、識ってしまったような気がしたからだ。

 

「《よし、治療に取り掛かるぞ。とはいえ、これから行うのはただの治癒ではなく、《生命再生》――命を生み出す儀式だ。心して掛かるがよい》」

 

「はい――!!」

 

 雑念を頭から振り払い、自分が成すべき事に集中する。

 

 そう、今は余所事に構っている暇はないのだ。一分一秒が惜しいのだから。

 

「《言霊を紡ぐ必要はない。妾がその代替となるからな。汝はただ、愛し子の『存在』の欠損した部分を紡いで行けばよい。方法はもう、理解しておるな?》」

 

「はい……吉良さんの『存在』に、私の呪力を馴染ませ、同化させればよいのですよね」

 

 無言の肯定を感じ、祐理を包み込んでいた液体は彼女の両手に集まる。これが言霊の代替、ということだろう。

 

 意識をもう一度、『吉良星琉』に向ける。

 

 欠損した部分の『存在』を、肉体に、精神に、魂魄に逆らわず、拒絶されぬよう丁寧に埋めて行き、馴染ませ、生命を紡ぐ。

 

『吉良星琉』と同化した呪力は、自然に血となり、肉となり、死の淵から彼を呼び戻す。

 

 やがて、腹部の治療が終わった。『吉良星琉』を掴んだ際、十字の傷は致命的なモノではないと()った祐理は、次に右腕の治療に移った。

 

 玉のような汗を額に浮かべ、これまでにない緊張感と疲労感を感じながら、祐理は懸命に術を掛け続ける。

 

 やがて、右腕の治療も完了した。祐理の目に映るのは、傷一つない星琉の右腕。生気の感じられる、血の通った顔色。

 

「よかった……」

 

 星琉の様子に安堵の気持ちが込み上げて来るのを感じながら、意識が遠退いて行く。先程のように肉体から精神が離脱するのではなく、本当に気を失うんだな、と祐理は理解していた。

 

 意識が途切れる瞬間、女神の加護からの思念が心に響く。

 

「《御苦労であった、巫女よ。願わくば、これからも愛し子を支えて欲しく思う》」

 

 祐理はその願い出に何と答えたのか、気を失ってしまって自分でも分からなかった。

 

 しかし、気絶した祐理の浮かべている表情は、誰もが安心するであろう、柔らかく、暖かな、優しい微笑みだった。

 




涙を海原へ還そう その雫は、もう必要ないのだから

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