魔法少女LyrischSternA’s   作:青色

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7話 平和(Frieden) 10月27日

 夏は過ぎると、あれほど暑かった日差しも和らぎ、風も涼しく少し肌寒くなりました。蝉の鳴き声は聞こえなくなりましたが、代わりに夜になればコオロギが鳴いています。本当に過ごしやすい季節になったものです。

 

 ゆっくりしているとヴィータが近づいてきました。

 

「訓練はいかないのか?」

「そう言うヴィータもゲートボールはいいのですか?」

「今日は老人会があって休みなんだよ。行かない人も居るけど、人数居ないと面白くないからな」

「そうなのですか?」

 

 ヴィータはご近所のお年寄りの方達に誘われて、ゲートボールという遊技を遊んでいます。

 そうそう。そういえば表彰状とメダルを取って来た事もありましたね。何故かヴィータがデバイスでボールを叩いている姿が目に浮かんできます。老人達に囲まれながらグラーフアイゼンを振るう。まあ、そんな事に使ったりはしないはずです。

 

「ゲームでもすっかな」

「私の事は気にせず遊んでいてください」

 

 今日はハヤテの定期検診の日です。午後から出かけるそうで、付き添いにシグナムとシャマルとヴィータがついて行き、私とザフィーラが留守番をする予定です。本来であれば検診の日は魔法の訓練の日ですが、今日はザフィーラしか居ませんし、返却日が間近に迫っている本がありますから、本を読もうと思っています。図書館の職員の方に迷惑をかけるわけにはいかないでしょうから。

 

 訓練といえば、最初にヴィータに付き合ってもらって以降、支援タイプのシャマル以外のザフィーラとシグナムにも手合わせをしていただきました。

 ザフィーラは格闘タイプでしたから、私にとっていい相手でした。ザフィーラは私がクロスレンジでの戦闘技術を磨く事に否定的でしたが、近接格闘術を教えてもらう事が出来ましたので、相手と接近しても戦う術を手に入れる事が出来ました。

 クロスレンジが得意な相手では後れを取るのは当然でしょうが、やはり、ロングレンジを中心に戦う者としては、接近されたときの対処方法は多く持っていたいものです。それに、ナノハ相手ならむしろ戦闘を優位に立つ事ができるかもしれません。

 

 そして、シグナムとの手合わせは中・近距離での高速戦闘でした。剣が蛇腹剣という種類になるでしょうか。対処が難しく、苦戦させられました。やはり、3人の中ではシグナムが頭ひとつ抜けている印象です。

 

「また本を読んでるのかよ。まあ、別にいいけどさ、たまには遊んだらどうなんだよ? ゲームも反射神経が鍛えられて面白いぞ?」

「そうですね。ですが、この本の返却期日が迫ってますので。また今度、お誘いください」

「そうかよ。まあ、別にいいけどさ。ザフィーラはゲームする?」

「いや。俺はいい。"てれびげーむ"とやらは、何が楽しいのか俺にはよくわからん」

「なんだよ、二人してさ。もういいよ。1人でするから」

 

 午前中はシグナムとハヤテとシャマルが買い物に行っているため、3人が居ません。居残り組の私とザフィーラに相手をして貰えなかったヴィータは1人でテレビの前に陣取ってゲームを始めました。

 その様子を見ていると、私達、闇の書から生まれた者達の中で、ヴィータがこの世界に一番馴染んでいるように見えます。テレビを見たり、ゲームで遊んだり、ゲートボールをしたりと、楽しんでいますし、この世界の機械の操作も慣れていますから。

 

 慣れてきたと言えば、他の騎士達もそうでしょう。シグナムは近くの剣道場で子供相手に剣を教えていますし、シャマルは近所の奥様方と仲が良いです。ザフィーラは周囲に迷惑をかけないために外出時は常に子犬化するのですが、最近、首輪をつけて散歩に……。これは……いいえ、本人がそれで良いのでしたら、何も私に言う事はありません。忘れましょう。

 

 ザフィーラはともかく、騎士達はそれぞれこの世界でやりたい事をやるようになっています。むろん、主であるハヤテを忘れているわけではありません。ハヤテの負担にならないよう、ハヤテを一番に考えているのは変わりません。それでも、闇の書が起動し、この世界に出て来てから騎士達は大きく変化しました。

 

 ハヤテが蒐集を望まず、代わりに望んだのは"平穏"。平和しか知らなければ、きっと退屈でしかないのでしょう。毎日、刺激の無い同じ事の繰り返しに思えるかもしれません。ですが、騎士達にとって平穏とは非日常の世界なのでしょう。

 

 剣を取る必要も、誰かを傷つける必要も無い。そんな平穏な日常は、騎士達を変えていきました。今の騎士達は、人と何も変わるところは無いように見えます。そう。騎士達は"普通"の人に見えました。

 

 私も変わったのでしょうか? ハヤテや騎士達と日々を共に過ごす事で。変わったのか、変わらないのか、私にはわかりません。

 もっとも、普遍などというものはこの世に存在しませんから、変わる事が嫌だとは思いませんが。しかし、もし変わったとしたら……それは、私にとって良い事だったのでしょうか? 

 

 それは、わかりません。なぜならば、まだ……そう、まだ何も始まってなどいないでしょうから。

 

「なに真剣な顔をしてんだよ?」

 

 ヴィータがこちらをじっと見ていました。心配をしている顔です。以前ならば、きっと胡散臭い者を見る目を私に向けていたでしょう。ですが、今のヴィータの私を見る目は違うのです。これは、私の騎士達との円滑な関係を保つ為の結果なのか、それとも私が変わったことによるものなのか。

 

「……いえ、別に何でもないですよ」

「そうかよ。まあ、あたしは別に気にしてなんか無いけどさ」

 

 そういいながらも、ヴィータの表情が晴れる事も、視線を外す素振りも見えません。まったく、仕方無いですね。

 

「本当に何もないですよ。それよりも、ちょっとだけゲームに興味を持ちました。私もしてみていいですか?」

「ふーん。まあいっか。じゃあ、やろうぜ! 2P対戦でもするか? あたしは上級者だから手加減してやってもいいぞ?」

「では、お言葉に甘えます。ヴィータはコントローラを逆にしてください」

「おまえ、それ出来るわけ無いだろ!」

 

 ようやくヴィータの顔から憂えるような表情が消えました。騒ぐヴィータを見ていると、なぜか落ち着けます。これで何時も通りですね。

 

「あたしはこれにするかな。シュテルはもう決めたのか?」

「ええ、そうですね……では、この子にします」

「お。マニアックなのを選んだな」

 

 私も手慣れてしまいましたね……よしましょう。今は考えても仕方がありません。思考を切り替えます。

 

「可愛かったので選びました」

「まあ、初心者はそんなもんだよなぁ。もうキャラ変更は無しだからな。よーし、いっちょもんでやるか」

 

 ヴィータは知らないのですが、私はこのゲームの初心者ではありません。ヴィータが外に出ている間に遊んでいました。ハイスコアの上位はすべて私だと気付いていないようです。

 

「負けた方がジュース買ってくるでどうだ?」

「それで良いですが、ビギナーズラックで勝つかもしれませんよ?」

「んなことあるわけねえよ。そういう可能性のないゲームだからな。そもそも、あたしはエンディングまで見たんだぞ。もし、あたしが負けるなんて事があったら、お菓子も買ってきてやる」

 

 買ってきて貰いましょう。

 

 

 午後になり、4人が病院に出かけました。私はヴィータに買ってきて貰ったジュースとお菓子をテーブルに並べ、本を読みます。むろん、ジュースとお菓子はゲームで勝利して手に入れた戦利品です。

 ヴィータは初心者がハメ技とか使えるわけがねえ!とか言っていましたが、初心者じゃないので使えて当たり前です。実力を隠すのは戦略ですよ。

 

 そう、隠すのは戦略です。目的の為に必要な事なのです。それはわかっていますが、しかし、面倒になったものです。本当に、いろいろな事が変わってしまいました。それが良いか悪いかは、私には判断がつきません。

 

 私はハヤテと騎士達をずっと見てきました。最初の頃こそぎこちない表情であったのが、怒ったり笑ったり悩んだりと、沢山の表情を見るようになりました。この数ヶ月、沢山の出来事があり、多くの変化を生みました。それもこれも、平穏だからこそなのでしょう。

 その平穏も、もうすぐ終わりを迎えます。

 

 私はハヤテと騎士達の中には入れない。仲が深まれば深まるほど、そう思うのです。なぜならば、私は平穏を望んでなどいないからです。これから起こる日常の崩壊こそ、私の目的の為の最初の一歩となるのですから。

 だからこそ、私は騎士達のようにハヤテを思うなど出来ないのです。私は騎士達とは違う。私はマテリアルなのですから。

 

 ですが、なぜでしょうか……ハヤテと騎士達の事を考えると、胸がチクリと痛みます。罪悪感や後ろめたさがあるのかもしれません。しかし、それでも、時が来れば私は元に戻るためにこの家を去るでしょう。だからといって、去る事でこれまでの平穏な日常を忘れる事ことはありませんし、ハヤテや騎士達との友誼が消えてしまうとも思いませんが。

 

 いや、もしかしたら消えてしまうかもしれませんね。知っていて、私はハヤテも騎士達も闇の書の餌にしようとしているのですから。

 

「どうかしたのか? 先ほどから本をめくる手が止まっているようだが」

 

 少し離れたところで寝ているというのに、よく見ていますね、ザフィーラは。まあ、私の監視役として、いつも見張っていましたから。ただ……その頃とはずいぶんと私を気にする理由が違うのもわかっています。

 

「いえ。大したことではありません。ちょっとヴィータに酷い事をしたかと思っていました」

「その事か。正直に言えば少しやり過ぎではないかとは俺も思ったな」

「勝利を得るための戦略的な選択です。それに、女性とは隠し事をするものですよ?」

「そういう事は俺にはわからん。むろん、戦略的な事もな。だが、気にするならばやらなければいいだろう。そうではないか?」

「そうですね……その通りです。気遣って頂き、ありがとうございます」

「気にするな。それよりも早く読んだ方が良いのではないか? 明日が返却日なのだろう?」

「はい。そうします」

 

 本当に変わってしまいました。私を気遣うなどと。以前の方が気分的に楽でした。だからこそ、私は恐れているのかもしれません。

 

 すべてを知られてしまった時、ハヤテは、騎士達はどうするのか、と。

 

「もし、私が……」

「なんだ?」

「……いいえ。なんでもありません」

 

 止めましょう。つい、無駄な事を考えてしまいました。懺悔(ざんげ)は神父にするものです。そして、私は神父を必要としていません。

 話をしても無意味でしょう。

 

 私はハヤテと騎士達に近づきすぎたのかもしれません。それは、もう変える事ができないほどに。きっと、今離れても、彼女達は追いかけてくるのではないでしょうか。そういう人達でしょう。

 

 それでも、私は前に進まなければなりません。ハヤテや騎士達に大切なものがあるように、私にも大切なものがあるのですから。その為ならば、たとえ罪過でこの身を燃やす事になろうとも、私は止まるわけにはいかないのですから。

 

「早く読んでしまいましょう。次の童話を紹介して頂かないといけませんし」

「無理はするな。明日中に返せばいいのだろ?」

「ええ、わかっていますよ。ですが、私が読んで終わるのをハヤテも待っているようですから」

「そうなのか?」

 

 この童話の感想を聞きたがっていましたからね。さて、ハヤテ達が帰ってくるまでに読み切れるでしょうか? 少し頑張ってみましょう。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 俯く騎士達。私にはかける言葉がありません。私の目的を考えれば、彼女達に声をかける資格すら無いでしょう。私はこうなる事を知っていて、望んですらいたのですから。

 

 病院から帰ってきたシグナムから念話にて招集されました。深夜、海沿いにある公園で集まった私達は、シグナムからハヤテについて告げられたのです。

 

 ついに時が……来てしまいました。

 

「助けなきゃ。はやてを、助けなきゃ! シャマル! シャマルは治療系得意なんだろ! そんな病気くらい治してよ!」

「ごめんなさい。私の力じゃ、どうにも……」

「なんで……じゃあ、シュテルは? シュテルはいつも本を読んでるし、頭良いんだろ? 本で治す方法とか探してくれよ!」

「……申し訳ありません。治療に関する本は読んでいませんし、そもそも闇の書に関する本は、この世界にはありませんから」

「なんだよそれ! なんで誰も治せないんだよ! なんでなんだよ! う、うう……」

 

 資格が無かろうとも、私の目的を早期に達成する為には、ここで主導権を取らなければなりません。結果は同じであろうとしても、過程を短縮する事が出来ますから。そう思うと、私の胸がチクリと、痛みます。ですが、そんなもの……そう、そんな感傷は捨てなければなりません。

 

「シグナム……」

「我らに出来る事は、あまりにも少ない……だが」

「はい。確かに少ないでしょう。ですが、ひとつだけ方法があります」

 

 私は葛藤を乗り越え、一歩前に踏み出します。まずはイニシアチブを取る。

 私に騎士達の視線が集まります。これから話す事は、それは騎士達にとって必然であった話でしかありません。ですが、私にとっては違う話なのです。

 

「蒐集です」

「やはり、そうなるだろうな」

 

 シグナムは気付いていたようです。私の言葉に、さほど驚いた様子もありません。

 

「でも、蒐集ははやてが」

「ハヤテは望んでいません。ですが、ハヤテを闇の書の真のマスターにしなければ、このままでは死ぬだけです」

「お、お前! はやてが死ぬなんて、そんな事いうな!」

「ですが、言葉を飾っても事実は変わらないのではないですか? ハヤテのリンカーコアが闇の書に完全に飲み込まれる前に、なさねばなりません」

「シュテルよせ。シュテルの言いたい事はよくわかった。だが、言い方にも気をつけて欲しい」

 

 少し、自分の言葉に興奮していたのかもしれません。きつい言い方になってしまっていました。

 

「申し訳ありません。配慮が足らなさすぎたようです」

「わかって貰えればそれでいい。それで、シュテルも主が闇の書の真の主になれば、病は癒える可能性があると考えるのだな?」

「はい。管制プログラムのマスター権限を手に入れれば、闇の書のコントロールが可能になり、少なくとも浸食は止まるかと予想できます」

「あれか……」

 

 胸が、またチクリと痛む。少なくとも嘘はついていない。ただし、侵蝕は止まってもハヤテが闇の書に飲み込まれる事を私は教えていない。騎士達もまた、その時には守護騎士プログラムが解除もしくは吸収される事も。たとえ最後に全員が戻ってくることを知っていても、伝えることは出来ない。

 

 今伝えてしまえば、他の方法を考えられてしまうかもしれません。ハヤテが絶望する事を、自分達が消える事を、はたして彼女達が許容するでしょうか? それは分の悪い賭けに思われます。

 

 結果が変わってしまう未来の可能性は避けなければならないでしょう。蒐集は必要条件であり、闇の書の完成と暴走も必要な事です。だからこそ、私は何も言えない。伝えることが出来ない。

 

 だが、やはり胸が痛む。疑似化した針が刺さっているかのように。

 

「それで、本当にはやては助かるんだな? 本当だよな?」

「はやての体を蝕んでいるのは闇の書の呪いですから。ならば、闇の書をコントロールしてしまえば止まるでしょう」

「だったら……あたしはやるよ。はやてが助かるなら、あたしはなんだってする!」

 

 それでも、私は止まるわけにはいかないのです。王の為に、レヴィの為にも、そして私達の目的の為に、たとえ何があろうとも。

 

 ですが、それでもと考えてしまう。

 

 これでよかったのか、と。

 

 

 

 屋上に騎士達が集まる。目的は、蒐集に出かけるため。

 

 私は騎士達に幾つか提案をしています。効率よく、かつ安全に。早く蒐集を完了するために。それは、ハヤテの為に考えた事ではありません。すべては王とレヴィが早く出てくるために。それ以外に考えるなど不要なことです。

 

「シュテル。もう一度、説明を」

「はい」

 

 シグナムに促され、あの後に伝えた考えを再度、話します。

 

「蒐集は遠くの世界でしてください。敵にハヤテの居る世界を気付かせないためです」

「わかった。あたしは前にシュテルと行った世界にいくよ。結構魔力を持った魔獣が居たからな」

「管理局は避けてください。蒐集を邪魔されると面倒ですから」

「確かに主の居場所を探られたくもないからな。非効率だが仕方無いだろう」

「2人以上で活動してください。非常時に1人は危険ですので」

「私はバックアップしか出来ないから、基本的にはやてちゃんと居るわね」

「それと人を殺すのは無しだよな。はやての未来を血で汚さないためにさ」

「はい。そうですね」

「他には無いか? ……では、誓いの儀式を」

 

 円状に立つ騎士達の輪に私も加わります。妙な違和感を感じますが、今更立つのを拒む事も出来ません。全員がデバイスを出し、騎士甲冑を展開させ始めました。私もルシフェリオンを手にし、殲滅服を展開させます。

 

 物語は動き始めました。その物語は本来の道筋を歩む事はないかもしれません。結末が変わってしまうこともあるでしょう。ですが、私という異分子を加えた歪んでしまった物語がどのように進むにしても、私が目指す終着点は変わりません。

 

「我らの不義理を、お許しください」

 

 ハヤテは、私の不義理を許してくれるでしょうか? こうなる事を望み、騎士達が戦う事を知っていた私を。

 

 

 願わくば、この物語に関わる人達が、すべて納得できる話になってほしいものです。







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