魔法少女LyrischSternA’s   作:青色

6 / 36
5話 祭り 8月

「セット完了です。後はタイマーを設定するだけですよ、(あるじ)

「ほら、ヴィータ。もっとこっちにおいで」

「う、うん」

「シュテルはこっちや」

「はい」

「ザフィーラは前で伏せて貰ってもええか?」

「了解した」

「シャマルとシグナムは背が高いから後ろでええな」

「はーい」

「わかりました。ではタイマーをセットします」

 

 カメラのタイマーをセットしたシグナムが戻ってくると、全員カメラを見てしばらくじっと待つ。この無言の時間は思った以上に長い。ハヤテを挟んだ向こうにいるヴィータは、早くももぞもぞと動き出しています。ちなみに、足元にはザフィーラだけではなく猫達も居ます。もっとも、猫達は大人しくはしていませんでしたが。

 それにしても、まだですか? まだカメラが写す気配がありません。それから、たっぷり1分ほどしてシャッターのフラッシュが瞬きました。カメラが写した後、動かないように固まっていたしていたせいか、みんな疲れた表情です。タイマーの設定が長過ぎますよ、シグナム。

 

「な、長えよ、シグナム……」

「すまん。設定の時間を間違えたようだな。どうも機械の扱いは慣れん」

「みんなお疲れ様や。シグナムもありがとうな。次からは10秒位でええよ」

「すみません、主。次からはそうします」

 

 実は、今まではカメラを操作していたのは私でしたが、今日はシグナムが代わると言ったのです。なぜ代わりたいと思ったのかはわかりませんが、カメラの操作を覚えたい理由でもあったのかもしれませんね。

 カメラを仕舞うのを手伝っていると、先に家の中に戻っていたシャマルが戻ってきました。

 

「みんな疲れたでしょ? 中でおやつを用意しているわよ」

「やった! アイス~」

「私はかき氷でお願いします」

「ごめんね、シュテルちゃん。かき氷は買って無いの」

 

 なぜヴィータの好きなアイスばかり買ってくるのですか、シャマル? 

 

 まあ、私もアイスは嫌いではありませんが。とりあえず、先に庭で待っていた猫達に軽く挨拶をした後で家の中には戻りました。

 

 今日はハヤテの叔父様に送る写真を写すと言う事で、家の庭でハヤテの叔父様に送るための全員の集合写真を撮ったのです。

 ハヤテの叔父様はハヤテの亡くなった両親の遺産管理をしてくれているそうです。ただ、遠くに住んでいるために会う事が出来ないそうですが、手紙のやり取りだけはしているという事で、その手紙に今日の写真を送るようです。

 もっとも、すでに何度か同様の写真を送っていたかと思いますが。まあ、ハヤテの叔父様という存在は知りませんが、とりあえず今のところは関係無さそうです。

 

 アイスを食べ終わると、居間でテレビを付けてゴロゴロとします。ソファーにはシグナムとシャマルが座り、ハヤテはヴィータと会話をしています。私はザフィーラにもたれ掛かって、猫の相手です。一匹だけ庭からこちらを眺めている猫が居ますが、猫もそれぞれ個性がありますから、あえて呼んだりはしていません。来たくなれば、呼ばれなくとも来るでしょう。

 

「そうや。そういえば、もうすぐ近くの神社でお祭りがあるんよ」

「お祭り?」

「お祭りって、何かの祭典ですか?」

 

 ヴィータとの会話が一段落したのか、ハヤテがソファーの方を向いて、思い出したかのように言いました。この国のお祭りとは、確か豊穣(ほうじょう)雨乞い(あまごい)を祈って踊るのでしたね。近くの神社というのは、何時も行く神社でしょうか? あそこは踊るには少々狭い気がしますが。

 

「祭典、みたいなもんやろか? 今年はみんながおるし、せっかくやから出かけてみよかと思うたんやけど」

「はやて。お祭りって楽しい?」

「凄く楽しいよ。お祭りはな、一杯出店が出るんやで。たとえば……そやな……たこ焼き屋さんに、トウモロコシ焼き屋さんにお好み焼き屋さんやろ。後な、水風船釣りとか金魚すくいとかあるらしいで」 

「おお!? あたしも行きたい!」

「うん。みんなで行こな」

 

 どうやら祭りとは、食べ物屋や遊ぶ店が出る市のようなもののようでした。少し情報を修正します。どうも私の知識は微妙な間違いが見受けられます。おかしな事です。

 

 どちらにしても、今週の予定は決まりました。土曜日に祭りが開催されるという事です。むろん、全員参加です。私も拒否をする気はありませんので、参加予定です。少し、祭りという物に興味がありますし。

 まあ、あの神社の神主さんにはお世話になっておりますから、ここで賽銭などで貢献しておくのも良いかもしれませんね。

 

 そういえば、出店というものは誰でもお店を出せるのでしょうか? むろん、神主さんの許可は必要でしょうが。王やレヴィが帰ってきた時の資金集めに利用できればいいですね。

 

「そうと決まれば、祭りに向けて準備をせんとね。やっぱり、祭りと言えば浴衣が必要や」

「はやて。たこ焼きとお好み焼きって美味い?」

「お祭り楽しみね。浴衣って着物だったかしら?」

「どちらにしても日が無い。シャマル、必要な物を調べてくれ。買い出しが必要なら私が買ってこよう」

 

 4人共、お祭りに向けてバタバタと騒がしいですが……今日はまだ月曜日です。

 

 

 

 シャマルが調べて見つけてきたレンタル屋さんで浴衣を借りました。まだ先だというのに気の早い事かもしれませんが、無くなっても困りますし、選択肢が狭まるよりは良い事です。ハヤテが楽しそうに選んでいましね。

 

 お祭り当日の夕方、私達は浴衣に着替えました。浴衣の地の色は全員白で統一していますが、描かれた模様はそれぞれ異なっています。ヴィータなら朝顔、シグナムならばイキシアという花です。ちなみに、私は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)です。花の色がそれぞれの魔力光を示しているとの事でした。

 

「ヴィータちゃん、顔が赤いわよ?」

「う、うるせえ。あたしは別に着なくても良かったんだ。あたしにはこんなの似合わないし……」

「そんな事無いよ。本当に可愛いで、ヴィータ」

「あ、あう」

「これが馬子(まご)にも衣装ですか?」

「シュテル、それはちゃうで……」

 

 ちなみに、ザフィーラは浴衣を断りました。どうしても服を着たくないのでしょうか? ザフィーラにとっては、毛皮の上に毛皮を着るようなものなのかもしれませんが。

 それに、お祭りで皆が出かける間、家を守ると言って付いてこないそうです。ザフィーラは真面目で堅物な忠義者です。

 

 出かけるために玄関で下駄や草履をそれぞれ履いて外に出ると、今日は普段よりも道の行く人達が多く見えました。家族連れや友達同士と見える人達が笑顔で会話をしながら歩いていって居ます。お祭りとは、そういうものなのでしょう。

 普段とは違う浮かれた……いえ、楽しそうであり、幸せそうな雰囲気を感じました。幸せそうに見えるのは、きっと親に連れられた子供の表情がそうだからでしょう。

 

「下駄って歩きにくそうだな。シャマルは気をつけた方がいいんじゃないか?」

「もう。私だってヴォルケンリッターの騎士なのよ? これくら大丈夫よ」

「そうか? さっきからつまずいてるように見えんだけど?」

「ちょ、ちょっとだけ慣れてないだけよ。それに、これって思ったよりも歯の部分が高くて……」

 

 山茶花(さざんか)を描いた浴衣を着るハヤテの車椅子を押すシグナムはさすがに危うくは見えませんが、シャマルはきっと転けるでしょう。忍冬(すいかずら)を描いているという唐草模様の浴衣が、さっきから唐突に止まっています。ハヤテを含めた3人は下駄ですが、私とヴィータは草履です。

 

「シャマルの下駄は歯が長いから難しいんよ。前倒しにして蹴る感じで歩いて、着地は後ろからやなくて、同時やったかな?」

「そうなんですか? う~~ん。こうですか?」

 

 まるで飛び跳ねるように歩き出したシャマルは、まるでブリキの人形が歩くようにぎこちないです。どう見ても違いますね、これは。

 

「あ、うーん。なんかちゃうな」

「ううう~。私もシュテルちゃんやヴィータちゃんみたいに草履にすればよかったかも」

「私はもう慣れたぞ。シャマルも慣れれば大丈夫だ」

「そ、そう? もう少し頑張ってみますね」

 

 そこから神社に着くまで、シャマルの悪戦苦闘は続きました。二度ほど転びそうになりましたが、シグナムのフォローもあってか、私の予想に反して転ぶ事はなかったです。ただ、下駄の歯はきっと、帰った頃には無くなるのではと思いましたが。

 

 

 日が落ちて空が薄暗くなった神社の境内(けいだい)は、何時もの閑散(かんさん)とした世界から一変していました。

 鳥居をくぐると、そこから先には石畳の道の左右に、普段はない露天が(のき)を連ね、明るい光を放つ提灯が沿道を照らしています。露天からは香ばしい臭いが漂い、多くの人が買い求めていました。服装も、普段着の人も居れば私達のような浴衣の人も居ます。

 

「はやてちゃん、どうぞ」

「ありがとうな、シャマル。シグナムも。ここまで重かったやろ?」

「いえ、この程度、大した事ではありません。お気遣い無用です」

「シュテルも力持ちさんやったけど、やっぱり魔力のおかげ?」

「そうですね。それもあります」

 

 神社の階段はシグナムがハヤテを抱えて登りました。さして魔力を使っている様子はなかったですから、腕力でしょう。きっと。

 

「わー。綺麗やな」

「本当に綺麗ですね」

 

 殺風景だった境内が嘘のように、今日は華やかです。人の声も多く聞こえ、屋台の熱気がここまで感じられました。これが、祭りなのですか。他の世界の祝祭は記憶にありますが、それに比べると、こぢんまりとした感じはします。

 しかし、なぜかとてもあたたかく感じる。

 

「はやて、はやて! 早くたこ焼きを食べようよ」

「お前は本当に食べる事ばかりだな」

「うるせぇな。こんな時までシュテルみたいな事を言うなよな」

「酷いですね。私が普段から五月蠅く言っているみたいに言わないでください。ちなみに、私はリンゴ飴が食べたいのです」

 

 ここにいると食欲がそそられます。夕食はここで済ます予定ですから、丁度小腹も空いていましたし、ヴィータで無くとも露天に目が行くでしょう。買ってくれないでしょうか。

 

「みんな食べるんは後でな。先に神様に手を合わせてからや」

「はやてがそういうなら、ちょっと我慢するよ」

 

 要望は後回しになり、全員揃って境内の一番奥にある(やしろ)へと向かいました。社もまた、普段とは違った雰囲気です。何時もは閉まっている扉は今日は解放され、中がよく見えました。

 何時も向かっている練習する場所へは社の横を通るため、見慣れた場所のはずでしたが……不思議な事に古ぼけていた建物が今日は本当に神様が居るような気がしますね。

 

 作法を教えて貰い、横一列になって目を瞑って手を合わせると、やがて神主の声が奥から聞こえ始めてきました。どうやら何かを喋っているようです。

 目を開けると、神主が祭壇の前で良く聞き取れない言葉で祈っているのが見えました。普段は掃除をしている所しか見た事がありませんので、神事を執り行っているらしい年老いた神主を見るのは珍しい事です。掃除だけが仕事ではないのですね。

 

「シュテルも、もうええ?」

「はい。済ませしましたよ」

「何かお願い事した?」

「いいえ。何もしていませんが?」

 

 ハヤテに顔を向けて私が答えを返すと、ハヤテは車椅子から私を不思議そうな顔で見ていました。何かおかしな事を言ったでしょうか? 確かに神社では願をかけるという事をするようですが……。

 

「でも、シュテルはお願い事があるんやろ?」

「いいえ。特にはありませんよ?」

「そうなん?」

「はい。何か問題でもありますか?」

「問題とか、そんな事はないんよ」

 

 私には願い事などありません。これといって思い当たる節も。

 しかし、ハヤテにはあるのでしょう。聞かなければわかりそうにありません。

 

「何か疑問があるのなら言ってください。私で話せる内容でしたら、話しますから」

「そんなに重大な事やないんよ。その……ほら、ディアーチェさんやったかな? そのお仲間の人と会いたいとか、そういうんは無いんかなと思っただけやから」

「それは、会いたくはありますが。なぜ願い事に繋がるのですか?」

「お願い事にならへんの?」

「願えば叶うのですか?」

 

 王やレヴィと会う事を願うなどと言う考えは私にはありません。願う必要など感じません。それは必然であり、途中で何かあったとしても必ずたどり着く帰着点であるのですから。

 

「堅く考える必要はないよ? 気持ちの問題やから」

「ならば、願う必要など無いでしょう。なぜならば――」

「ええと、はやてちゃん。その話はまた今度にしませんか? そろそろ移動しないと、その、後ろの方達が……」

「主はやて。そろそろ行きませんと後ろの人達が困っています」

 

 言われて気づきました。後ろから祭りの熱気ではない熱が感じます。振り向けば、こちらを睨む多数の人達がいます。これが、怒りのオーラでしょう。もうすぐ爆発しそうですね。

 

 慌てたハヤテと騎士達は横へと移動しました。神主が住む住居の方も人が多く見られるため、少し奥の方まで場所を移して集まります。ハヤテの方を見ると、うつむいていました。先ほどの話の続きをするのかと思いましたが、どうやら続かない様子です。

 

「では、これからどうしますか、主? 出店を回りながら食べたいものでも買って食事を取りますか?」

「あたしはたこ焼きとお好み焼きが食べたいなー。あと、じゃがバターとフランクフルトもな!」

 

 ここに来るまでにヴィータは新たな食べ物に目星をつけたのでしょう。さすが八神家の暴食魔神。目ざといですね。

 

「そうやね。でも、食べながら歩くのは車椅子が邪魔やから、ここで食べてから回ろうか」

「車椅子が問題なら、私が抱えてもいいですが」

「ありがとうな。でも、それはちょっと恥ずかしいから、ここで待っとるよ。みんなで買ってきて貰ってもええか? ご飯を食べてから、みんなで出店を回ろうな」 

 

 出店を回るならば車椅子があるので同じ事ではと思いましたが、食べながら歩くのも面倒かもしれませんね。ゴミの問題もありますから、ゴミ箱の近くに集まった方が利便性が高いです。ここにはゴミ箱がありますし、ベンチもありますから都合が良さそうです。

 

「それじゃあ、私がはやてちゃんのそばに残りますね」

「シャマルも一緒に行ってきてくれんか? ヴィータが沢山買ってきそうやし、シャマルも食べたい物があるやろ?」

「それは……ですけど」

「ええから行っておいで。ここなら神主さんの家も近いし、私は1人でも大丈夫や」

 

 結局、はやてに説得された騎士達は何を買うかを相談した後、お金をハヤテから受け取って出店に向かいました。私もリンゴ飴を買うために出店に向かいます。ヤキソバやたこ焼きなどは買ってきて貰えるので、他の物を買う気はありません。

 

 それにしても……先ほどのハヤテの態度には違和感がありました。なぜ、ああまで願い事にこだわるのでしょうか? 闇の書でも関わっているのですか? それに、食事にかこつけて騎士達を遠ざけるそぶりも少し気になります。まるで隠し事でもしているような。

 

 疑問が()きましたが、この時期ならば何も起きませんから大したことではないと結論づけます。それよりもリンゴ飴を買わなければ。売り切れていたら困ります。

 

 暗い境内の隅から明るい雑踏の中へと足を踏み出します。金魚すくいも気になりますが、急ぎましょう。それにしても金魚救いとは、ここで救われなかった金魚はどうなるのでしょうか?

 

 謎です。

 

 

~~~~~

 

 

 私は死ぬのは怖くありません。人はいつか死ぬんやから。ずっとひとりぼっちやったから、そう思ってた。両親を事故で失った時から、怖いもんなんてなかったから。誰にも迷惑をかけずに死ぬんやと、そう思ってた。

 

 せやけど、今は違います。

 

「あ、ぐっ……う」

 

 胸が痛む。ここに来たときから、少しうずいていた。みんなを遠ざけてよかった。こんな姿を見せたら、きっとみんな心配する。

 

 痛みは大したことじゃない。体の痛みは耐えられる。どんなに痛くとも、痛くない。こうして考え事をしてれば忘れられる。耐えられなければ病院に行けばええだけ。何も怖くない。私が怖いのは病気やない。

 

 みんなを守りたい。幸せになって欲しい。だから、今を守りたい。でも、病気のせいで出来んかったら……それが怖い。みんなを失うのが怖い。置いていくのが怖い。

 

 私は自分に望んだりせえへん。私が望むんは皆の事だけ。みんなに幸せになって欲しい。みんなのマスターになった時から、その気持ちは変わりません。そばに居てくれれば、私は幸せやから。だから、闇の書に願う事も無いんです。

 

 シュテルには悪い事をしたかもしれんと、そう、最近は思うようになった。シュテルには大切な仲間がいて、その人達は今も闇の書の中にいるらしい。せやから、シュテルは私達と距離を取って、そばには来てくれへん。それは仕方のない事やと、私は思った。

 

 でも、その姿が自分の昔の姿とダブって見えた時、私は行動を起こす事に決めた。1人で待つのは辛くて、寂しい事やと知っていたから。だから、一緒にシュテルの大切な人達が来るまで待ってあげたいと、そう思ったから。シュテルは私の大切な家族やから……。

 

 まるで罪の茨が心臓に絡んでいるように胸が痛い。先ほどより痛みが激しい……。私の無責任な行動を責めるように。本当はそうやないと言うように。綺麗な言葉で飾るなやと言うとる気がする。本当の自分の気持ちは、私にはわかりません。みんなの為に頑張りたい気持ちは嘘やない。せやけど、なんや痛むんです。本当は違うというみたいに。

 

「どうかしましたか?」

「う、ん……シュテルか?」

 

 顔を上げると、シュテルが両手にリンゴ飴を持って私を見とる。気づかれたらあかん。顔を普段の表情にせな。

 

「はい。リンゴ飴を買ってきましたが……ハヤテ、大丈夫ですか?」 

「あ、うん。大丈夫や。ちょっとお腹が痛くなっただけやから、もう平気やで」

「はあ、そうですか? 無理はしないほうが良いですよ」

 

 シュテルを見ていると、痛みが引いていく気がする。いつも無表情なシュテルの顔が、少し心配そうや。表情が乏しいからわかりづらいけど、実は感情が豊かな子や。計算高いかもしれんけど、情が深くて優しくて寂しがりやさん。だから疑問に思ったかもしれん。

 

「シュテル、さっきの話やけどな」

「……願いの事ですか?」

 

 聞いてみたい。なんで願わんのか。どうして、お願い事にならないのか。

 

「そうや。お願いせんのはなんで? 会いたいんやろ?」

「そうは言われましても。願うような事ではないからですよ」

「でも、会いたかったらお願いしてもええんやないの?」

 

 ちょっとしつこいかもしれんと思った。せやけど、怒るかもしれんとは思えない。シュテルは優しいから答えてくれると、そう私は期待しとる。シュテルの表情は変わらず、呆れるふうもなく、私の期待を裏切らない。

 

「いえ、不要ですよ。なぜならば、それは必然だからです」

「必然ってなんで?」

「それは簡単です。私達は3人で1つの構成体(マテリアル)なのです。ですから、願う必要など無いのです。私達は必ず出会う事が出来ますから。間違いのない当然の帰着です。なのに願うなど、時間の無駄じゃないでしょうか?」

 

 シュテルは2人を信用しとるんやと、そう感じた。必ず2人に会えるんやと信じてる。そこには他者が入る事は許されへん。私もそこには入れない。でも、それは仕方がない事やと、そう納得できる。ここまで強い絆なら、願う必要も無いのかもしれない。

 

 思い出してまうな。家族を失った後も待ち続けた私の姿を。事故なんて嘘で、きっと帰ってくると信じていた私を。でも、私とシュテルは違う。あの時の私は両親の死を受け入れてなかっただけで、シュテルのとはちゃう。私は心のどこかで信じてなかったんやから。

 

 シュテルは待ち続けるんやろうか……。ずっと信じて。

 

「そう、なんや……そっか、当然なんやね。私と闇の書さんや騎士達との出会いも必然やったんかな」

「そうですね。そうかもしれません」

「そっか。せやったらシュテルと会うのも?」

「さあ、それは……しかし、すでに起きた事に対して、その出来事が必然かどうかを論じても意味は小さいかと」

「そうやね。その通りやね」

 

 私は3人の中には入れないかもしれん。でも、一緒には居られる。シュテルは私の家族やから。

 

「はい。そうです。ですから当然であるのに願いなどしません。そもそも、私達に願いなど不要です。必要ならば、私達自身の力で手に入れます。むろん、手に入らないのは私達自身の不甲斐なさのせいです」

「シュテルは強いんやな」

「そうでしょうか?」

「そうやと思うよ」

 

 私は私の事で願う物なんてない。私の願いは、みんなが幸せでそばにいてくれる事なんやから。せやから、私は願いたい。シュテルの大切な人達が来てくれる事を。それまで、一緒に待ってあげたい。

 

「ごめん。なんでもないよ。そうや、リンゴ飴を貰ってもええ?」

「はい。では、どうぞ。一番大きいのを頂いてきました」

「わぁ。ほんまに大きいな~」

 

 

 みんなに幸せになって欲しい。

 みんなのそばでずっと居たい。

 みんなを守りたい。

 

 私は死ぬのは怖くない。

 でも、死んでしまったら、騎士達やシュテルはどうなってしまうのかを考えると、怖い。

 みんなの為にも、私の為にも生きていたいと、今は、そう思います。

 

 だから、お願いをしました。

 みんなが健康で幸せな日常をおくれますように。

 シュテルがちゃんと会えますように。

 病気が全快……は無理だから、少しでも良くなるように。

 

 私は今が幸せです。

 この平穏で幸せな日常を失いたくはないんです。

 

 だから。

 

 

 誰にも奪われたくないんです。

 たとえ、相手が神さんでも。




曼珠沙華(ヒガンバナ・彼岸花)

花言葉には、

「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」
「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。