ここは……。
目を覚ませば周囲は暗い闇の中。ベッドで眠っていたはずが、今は立っている。どこかで見た光景。そう、これは……。
『闇の書の中ですか』
『お前もそう呼ぶか……いや。その通りだ。異質なる存在よ』
声がして顔を上げる。そこに声の主が居た。闇の書の意志。管制人格。
『闇の書の管制プログラム。名は……まだ無いのでしたね。お初にお目にかかります……と言うも妙なことです。いや、これも主観的な物言いですね』
『お前は誰だ?』
私を知らない……というのも今の段階では当然でしょうか。私達は管理人格からは独立した存在ですから。
『私の名前はシュテル・ザ・デストラクターと申します。マテリアルの理を司らせて頂いています』
『そのような物は闇の書の中には存在しない』
『いいえ。存在しますよ。貴女の手の届かない所に』
『いいや。存在しない。存在するはずもない。ならば、お前は何なのだ?』
『しつこいですね。私はマテリアルの理を』
『存在しないのだ。そのようなシステムは』
これ以上、会話を続けても意味がありそうにありませんね。彼女では私達の存在も"紫天の書"の存在も"砕け得ぬ闇"も見つからないでしょう。そう出来ているのですから。もし、私達の存在を知ることが出来るとすれば、それは"闇の書の闇"だけです。
『お前は何だ?』
『もうお帰りください。貴女にはわかりません』
『私にはわからない、か。確かに私にはわからない。他の騎士達と違い、私にはお前が見えない。だが、こうして夢を介して会うことは出来る。何故だ?』
『さあ、何故でしょう? 申し訳ありませんが、その事についてはわかりかねます』
『私にはわからない。私のアクセスを拒否できるお前の存在が』
『お帰りください。これ以上の会話は不毛です』
これ以上の会話を拒否して目を瞑る。会話は止まり、やがて闇の書の管制人格が離れていくのを感じた。
どんなに探しても、見つかる事は無いでしょう。私達は闇の奥底に封印されたプログラムなのですから。
~~~~~~
日が高く登り、陽の光は明るく部屋の中を照らしている。掃除をする私は少し汗ばんできましたが、まだ暑いというほどでは無いでしょう。
今日は朝から掃除をしていましたから、ちょっとした運動のようなものです。もっとも、私の担当エリアはすでに終了し、今はヴィータの手伝いをしていますが。どうも、彼女は掃除や洗濯といった家事が苦手な様子。掃いた後にもゴミが残る始末です。困ったものですね。
「もういいじゃん。もう綺麗になったって」
「いえ、まだ残ってますよ。掃除をするならば、塵は残してはいけません」
「いや、そうかもしれないけどよ。そんな端っこの隙間なんて誰も見ないだろ?」
「駄目です」
「お前って、変なところでこだわるよな?」
「そうでしょうか?」
呆れたように私を見るヴィータですが、手を止めていないのは感心できます。もっとも、掃除をしているというより、掃き散らしていますが。
「ここで終了です」
「やっとかよ。部屋1つ掃除するのに昼までかかるってどうなんだ?」
「誰かが掃き散らしたからでは?」
「あ、あたしのせいだって言うのかよ!」
「さあ?」
「シュテル、ヴィータ。終わったかー?」
抗議の声をあげようとしたヴィータを止めるように、下からハヤテの声が聞こえました。どうやら昼食の準備が終わったようです。
「はい。こちらの掃除は終了しましたよ。ハヤテ」
「はやて~。こっちは終わったー」
部屋を出て階段まで進んで返事をすると、階下にハヤテの姿が見えました。ハヤテは足が動かせないので、階段を登ることが出来ません。なるべく上に声が通るように階段の際まで来ているのでしょう。
そういえば、階段を登ることの出来る車椅子があるそうです。今度、構造を調べてみましょうか。
「二人共ご苦労様。ご飯も出来たから、降りておいでー」
「やったー! やっとご飯だ!」
「ご飯好きですね?」
「おう! はやてのご飯はギガウマだしな!」
嬉しそうな顔をするヴィータは食欲魔神と化しています。
「確かにハヤテの作る食事は一介の主婦のレベルを超えつつ有ります」
「そうか? 良くわかんねえけど、とにかく早く行こうぜ」
「はい。参りましょう」
降りて食堂に向かう。食堂にはすでに他のメンバーが揃っていました。食卓の上にはガラスのボール。中身はうどんのようです。サラダもあります。そして、食卓の周りには椅子が5脚。
ハヤテと童話を読むようになると、守護騎士達の態度が軟化していきました。それは、私の態度が変化した事も大きく影響しているでしょう。いつの間にか共に過ごす時間が増えました。
やがて、食事も一緒の方が効率がいいとハヤテが言うと、私の為にシグナムが椅子を買って来てくれたのです。反論は出来ませんでした。ここで断るのは今後の活動を円滑にこなせない可能性がありますから。
それに、悪くはないと、そう思いましたので。
「シュテル、早く座れって」
「慌てずともご飯は逃げたりしませんよ」
「いいから早く座れってば」
「ほんじゃ食べようか? 二人共ちゃんと手を合わせなあかんよ」
ヴィータに催促され椅子に座るとハヤテに促されて手を合わせる。この国の独特な風習。守護騎士達も律儀に手を合わせ、いただきますの合図と共に食事が始まりました。
食事を取りはじめると、会話が花を咲かせる。最初の頃の守護騎士達とは違い、自然な笑顔を作って雰囲気も明るいです。少し前までは私が居ると固かった表情も取れている様子。これが彼女達の本当の姿なのでしょうか。
「そうそう。今日は何の日か知っとる?」
唐突にハヤテが質問をしました。守護騎士達は互いに顔を見合わせると、首を振っています。どうやら知らないようですね。しかし、私は知っています。今日は7月7日ですから。ただ、口に出しては言わずにおきます。
「みんな知らんのやね。あんな、今日は七夕なんよ?」
ハヤテの言葉に騎士たちが考え込む。
「七夕、ですか? ベルカでは聞いたことがありません」
「はやて、それってなんかのイベント?」
「ええと。以前、はやてちゃんから聞いたことがあるような……たしか、願い事をする日ですよね?」
シャマルの答えを聞いてハヤテが、さも得意そうな顔をした。
「シャマルの答えでは及第点や。正確には、今日は笹に色んな飾りをつけて、願い事を書いた短冊をつけるんよ」
それを聞いたヴィータは椅子から立ち上がる。
「願い事?……はやて! それってあたしも書いていいのか?」
「当然や。みんなで書くんよ」
ハヤテの返事にヴィータが嬉しそうな顔で笑う。そんなにも嬉しいのでしょうか?
「ところで短冊って何? なあ、シュテル。短冊ってなにか知ってるか?」
「短歌や俳句を書く細長い厚めの紙ですよ」
「シュテルのも正解やけど、七夕で使うのはそんな大げさなものや無いんよ」
「そうなのですか?」
聞けば、短冊とは折り紙を切って作るそうです。おかしいですね、私の知識とは違っています。
「そういうわけで、今日は笹が欲しいんやけど」
今日は訓練をするつもりでしたから、山に行きます。山には笹もあるでしょうから、ついでに取ってくれば効率がいいですね。ここは私が行く事にしましょう。
「ああ、それならば私が取ってきますよ。ちょうど散歩に行くつもりですから、ついでに山にでも行って取ってきましょう」
「ならば俺も行こう。手伝いが必要だろうからな」
ザフィーラは手伝いというよりも、いつもの様に監視の為についてくるのでしょう。
「それじゃ2人に笹はお願いするな。ただし、山でも勝手に取ったらあかんよ? ちゃんと地主さんとかに言うてからな」
「わかりました。神社に行きますので神主さんに頼んでみます」
「なんだか楽しみだなー」
「買い物もしなくちゃ。折り紙とか必要よね?」
「主はやて。私も何か手伝えることはありませんか?」
「そうやな。シグナムは……」
七夕で盛り上がる面々。穏やかに流れる時間。平穏な日常です。しかし、私は知っています。それは束の間の平和であり、短い幸せの時間であると。いづれ訪れる戦いまでの休息でしかない。それまでは、今しばらくの間だけ平和な日常に埋もれているのも良いでしょう。無論、備えは怠りませんが。
午後からは動きやすい服装に着替え、笹の確保と練習の為に何時もの道を神社に向けて歩いていました。いつもの様に後ろには監視の為にザフィーラが付いてきています。ただ……。
「すみません。もう少し早く歩けませんか?」
「すまん。どうも歩幅が違って速度が出ない。すまないが、慣れるまで我慢してくれ」
「はあ、まあ……かまいませんが」
ザフィーラが子犬の姿で付いてきます。いえ、子狼ですか。もうどっちでも良いです。しかし、何故急に姿を変えたのでしょうか?
「今日はいつもの姿とは違うのですね?」
「ああ。この方が目立たないと聞いただけだ」
「なるほど。確かにそうですね。私も助かります」
「やはり迷惑だったか?」
「少しですが」
確かに今までの姿はどう考えても目立っていました。あんな大きな動物をつれていれば、誰でも警戒します。しかも、首輪がついていませんし。
それに、今日は後ろからは猫が数匹付いてきています。ザフィーラの姿を見ても警戒せず、むしろ自分から近づくような素振りすら見えます。やはり、以前はザフィーラが怖かったのでしょう。ザフィーラが小さくなったからか、このままついてくる様子です。いづれ飽きてどこか行くでしょうが、今までとは違って猫達が近づいてくるのは嬉しいものです。
「しかし、姿を小さくしただけで、こうも沢山の猫に付いてこられるとはな。まとわりつかれて歩きづらいのだが。シュテル、何とか出来ないか?」
「我慢して下さい」
ザフィーラは迷惑というよりも困っている様子ですが、そこは邪険にせずに頑張って欲しいものです。私も歩くスピードを落としますから。
神社の裏山にある私の使う訓練場所は、今日も誰も居ません。ザフィーラに探知防壁を張って貰いながら、いつものメニューをこなしました。走ったり、魔力を練ったりです。本当はアウトレンジやロングレンジの練習もしたい所ですが、結界を張らなければ砲撃の練習が出来ないので、最近ではクロスレンジでの戦闘訓練も思案中です。
元々、私はロングレンジでの戦闘を得意とする砲撃手です。それは、元となったナノハの特性でも有ります。しかし私はクロスレンジも不得意とはしていません。ただ、やはり本職の方と比べると見劣りがするのは仕方がないかもしれませんが。
どちらにしても、飛び込まれた時の事を考えますと、レヴィが居ない今は自分で対応しなければなりません。ある程度は戦える程度にはなりたいものです。
「やはり、シールドで弾く位が妥当でしょうか。反撃で炎の爪を当てるにも、私の身体能力では難しいかもしれません。しかし、それでは防御一辺倒になりますね……」
メニューをこなした後、少し練習をと考えましたが、あまり良い案が浮かびません。過去の記憶を遡れば、格闘に秀でた人物が幾人か居ますが、とても真似ができるとは思えませんでした。なにせ、記憶にある人物たちは人間とは思えない人達でしたから。
「何を悩んでいる?」
杖を振ってみたり、プロテクションを張ってみたりしていると、少し離れた木の下で猫にかまっていたザフィーラの声がしました。私を見ていてわかったのでしょうか?
「実はクロスレンジでの対応方法を考えていました」
「なぜ近接戦闘なのだ? 見たところ、シュテルはミドルからロングレンジ向けなのだろう?」
「まあ、そうなのですが。ただ、飛び込まれた時の事を考えますと反撃手段が必要です。その方法の一つとして、近接戦闘も幾つかパターンを作りたいのです」
「なるほどな」
しかし、なるほどと言う割には、どこか納得していません。ザフィーラは近接格闘タイプ。私にはわからない何かがわかっているのでしょう。
「しかし無理に不利な距離で戦う事を考えるよりは、距離を離す戦い方を磨いたほうが良いのではないか? たとえば、俺がロングレンジの訓練をしてもシュテルに勝てるとは思えん。そうではないか?」
「確かに、言われてみればそうですね……しかし、相手の意表を突けるなどの効果もあるのでは?」
「むしろ変な癖がついて、実際の戦闘で致命的なミスを犯す可能性の方が高いと思うがな。接近戦とは一つのミスが勝敗を分けるものだ。下手な反撃は付け入られる隙になる。それでも必要と言うならば、手数よりも一撃を入れる事だけを考えた方がいいと思うが」
なるほど。ザフィーラの意見は私にも正しいと思います。やはり経験者から見れば、私の考えは素人の物なのでしょう。ですが、ナノハとの戦いも考えると、鍛えても損にはならないと思います。
やはり近接戦闘を実際にしたい。そうなると……やはり、現状では練習が出来ません。相手が居ないのですから、距離を離す練習も駆け引きも防御も反撃も出来ませんから。訓練に付き合ってくれる相手が欲しいです。それに、今の訓練方法では物足りません。
「訓練メニューを変えたいところですね。練習相手が欲しいです」
「1人では確かに限界があるな。帰ってシグナムに相談してみるのもいいだろう」
「そうですね」
あのシグナムが相談を受け付けてくれるのでしょうか? 少し疑問です。
「それはともかく、今日は少し早いがそろそろ帰らないか? 笹を貰う交渉もしなければならないだろう」
「はい。そうですね。今日はここで終わりに致します」
どちらにしても、今のままでは不完全燃焼です。もっと何かしておきたい。王とレヴィを迎える時の為に。もっと強く。あの時の力の差を覆すだけの力を、私は欲しい。
「ところで」
「はい?」
「この猫達をどうにかしてくれ」
「我慢して下さい」
再び移動を開始した私達についてくるように、猫達も行進を始めました。ザフィーラは動きにくそうですが、頑張ってください。
山を降りた後、笹を分けてもらうために、神社へと向かいました。神主の方は人の良さそうな年を取った人で、突然のお願いにもかかわらず、笹を1つ分けていただきました。時々私が来ているのも知っている様子で、次に来たら家に上がって行きなさいと言われましたので、次はお礼も含めて何か手土産を持ってきましょう。
家に帰ると、買い物も終わっており、全員集合となりました。とりあえず私が持ってきた笹を庭に固定すると、次は全員で飾りを作ります。願い事を作る短冊は、ハヤテが折り紙を切って作りました。なるほど、ただの紙を使うよりも見た目が綺麗であり、実に経済的ですね。
みんな、ハヤテに聞きながら好きなように飾りを作っています。シグナムは……どうやら、笹の飾り付け担当のようですね。それほど忙しいわけでは無さそうです。ならば、今から相談をしてみましょう。
『シグナム。相談したいことがあるのですが、今いいですか?』
『ん? なんだシュテル?』
『実は訓練についてなんですが』
ザフィーラと話した事を伝えるてみましたが、表情には何も出さずにしばらく沈黙が続きます。そして、ハヤテから飾りを笑顔で受け取った時、こちらをちらりと見ました。
『一つだけ聞きたい事がある』
『なんでしょうか?』
『なぜ、強さを求める?』
シグナムはこちらを見ず、しかし私を探っている。私が何を望むのか。何をするのか。それが主に仇なすかどうか。シグナムは主に忠誠を誓う騎士の名に恥じない人物です。下手な答えは、きっと私を認めない。ならば。私も正直に話しましょう。
『私達の自由を手に入れるため』
『私達の自由? それは、以前言っていた王と仲間のためにか?』
『はい。ですが、それはハヤテにも貴方達にも不利益を与えるものではありません』
『その答えが真実かどうかを知るすべを、私は持たないな』
駄目、ですか……。少し共に過ごした事で、多少の信用を勝ち得たとは思っていたのですが。
『だが、私はお前を信じよう』
次に聞こえた念話は、諦めようとした私には信じられない言葉でした。
『私を信じるのですか?』
『ああ、信じよう。シュテルは今まで一度も嘘をついた事がない。今まで主に危害を加えず、むしろ助けて貰っている。そもそも、同じ闇の書から生まれた者同士。その点は疑う必要はないと、私は思っている。だから、シュテルが主に不利益が無いと言うならば、そうなのだろ?』
『その点は、お約束します。少しご迷惑をかけることになるかもしれませんが』
『ならば良いだろう。ただし、訓練は主はやてが病院に行く日だけだ。その日ならば幾人か居なくとも主はおかしくは思わないだろう』
なるほど。一理あります。突然人数の半分が出かければ、ハヤテも不安がるかもしれません。
『ところで、他に隠している理由は無いのか?』
折り紙を折る手を止めずシグナムを見ると、なぜか少し微笑していました。やはり、ヴォルケンリッターの将。私の心もお見通しですか。それとも、闇の書を通じてわかるのでしょうか?
『もうひとつ、理由があります』
『シュテルは嘘はつかないが、隠し事は多そうだな』
『申し訳ありません』
『いや、いい。私も隠し事はあるからな。それで、その理由とは?』
『はい。私には勝ちたい相手がいるのです』
瞼の裏に映るその姿。思い起こすだけで心の底に眠る炎が目覚めようと滾るのです。しかしそれは、黒い炎ではなく赤い真紅の炎。倒すべき相手ではなく、超えるべき壁。尊敬すべき敵。目標である友。思い出される交わした約束。
『ほう。シュテルが勝ちたい相手が誰か気になるな。今の世にいる人物なのか?』
『それは……秘密です』
『そうか。まあ、無理に聞く事はしない。話は以上か?』
『はい。ありがとうございました。シグナム』
念話を切って再び折り紙折りに集中します。とりあえず、これで約束は取り交わしました。次のハヤテの通院日はいつでしたか……。後でシャマルに聞いてみましょう。
「ところで、シュテルは何を作っとるん?」
「鶴ですが、おかしいですか?」
「いいや、おかしくはないよ。別にそういうのもありやろ。そうか、鶴か……。で、何羽作る予定なんや?」
「千羽ですが、何か?」
「やっぱり、そうやと思ったわ!」
まだ93羽しか折れていません。まだまだ先は長いというのに、止められると困ります。ん? なぜ折り紙を奪うのですか、ハヤテ?
~~~~~~
『どうしたの、シグナム?』
『いや、少しシュテルと話をしただけだ』
『シュテルちゃんと?』
『訓練の話だ』
『そう。それで、許したのね?』
『ああ。まあな』
『シュテルちゃんはいい子だものね』
『そうだな。シュテルは悪い人物では無いのだろうな』
事前にザフィーラから聞いていた。シュテルが練習相手を欲しがっている事を。すでに話し合いは終わっており、シュテルに聞かれる前から我々の中では答えが出ていた事だった。
元々、この平穏が何時までも続くとは思っていない。いずれ、管理局が出てくるだろう。例え我々が隠そうとしてもだ。ならば、その時の為に、せめて戦いの技術だけは腐らさないよう、手を打っておくべきだ。
主はやては我々に蒐集を望まない。ただ、我々と共に平穏な日常を送りたいと願うだけ。ならば、我々もその願いに答えるべきだ。
だが、その平穏を壊そうとする相手が現れた時、その時は剣を取らねばならないだろう。例え主が戦いを望まないとしても、だ。
『それで、誰が一緒に行くの?』
『そうだな。最初はザフィーラとヴィータに行ってもらおう。2人はシュテルと仲が良いみたいだからな』
『そうね。ヴィータちゃんは最近よく話しているわね。ザフィーラは一緒にいる時間が長いし、あの子供の姿もシュテルのためだったわよね?』
『そうだったな。最初に聞いた時は耳を疑ったがな』
そうだ。あのザフィーラが"子犬の方が良いのか?"と聞いてきた時、私は言っている意味がわからなかった。あれほど今の姿に
『あら。シグナム、今笑ったわね?』
『ん。いや、少しな』
『フフフ。そうね』
『なんだ、その笑いは?』
『なんでもないわよ』
シャマルも最近、性格が変わった。それはシャマルだけではなく、我々は皆、大なり小なり変わったといえるか。
それにしても……気になることはある。あのシュテルは、やはり隠し事をしている。それが何かはわからないが。今後の大事にならなければ良いが……。
「シュテル! あたしの願い事を見んなよ!」
「いいではないですか。別に減るものではないですし」
「へ、減るんだよ! だから見んなって!」
「しかし、なぜ食べ物の事なのですか?」
「うっさい! あたしの願いなんだから別に何でもいいだろ!」
「人の願い事を茶化すのはあかんよ、シュテル」
「ああ、申し訳ありません。つい、やり過ぎてしまいました」
「お前、全然そう思ってないだろ?」
「そんな事ないですよ」
まるで仲の良い姉妹のような姿に、私は自然と笑顔になる。願わくば、今の姿が続いて欲しい。
主はやての為に。
そして、我々とシュテルの為にも。