リインフォースとの待ち合わせの場所。何を話すこともなく無言で2人で佇んでいると、近づいてくる2つの影が見えました。
「来てくれたか。ここまで足を伸ばさせて済まない」
リインフォースが気づいてナノハとフェイトに声をかけた。
私達の前まで来ると足を止めて2人はこちらを見る。その顔は少し、憂鬱そうな顔をしている。
気の進まない事なのはわかっています。ですが他に、頼む相手もいないので。
「リインフォース、さん」
「そう、お前は呼んでくれるのだな」
ナノハの問いかけにリインフォースが嬉しそうな顔をした。彼女は今まで闇の書と言われるのを嫌っていましたから。その呪いから解き放たれたと、そう感じているのかもしれません。
「2人を空に返すって聞いたけど、私達でいいの?」
「お前達だから私達は頼みたい。お前達のお陰で私は主ハヤテを食い殺さずにすみ、騎士達も活かすことができた。本当に感謝している。だから私は、お前達に私を閉じて欲しいと願った。シュテルもそれでいいと言っている」
リインフォースの気持ちは複雑です。騎士達に送ってもらうわけもいかず、ましてハヤテに頼む訳にはいかない。私が残るなら私に頼んだかもしれませんが、私もいく。
私としては、どうせ送って頂くなら知らない人ではなく顔見知りがいい。それも、できればナノハ達に送って頂きたいです。
「シュテルちゃん、本当にいいの?」
「はい。お願いします」
私の心は決まっています。迷う必要はありません。
「リインフォースさんは、はやてちゃんとお別れはしなくてもいいの?」
一瞬、リインフォースの言葉に詰まる。だが、振り切るように答えた。
「私は主はやてを、これ以上悲しませたくはないんだ」
「シュテルちゃんも?」
「そうですね。最後に挨拶くらいはすべきでしょうが、リインフォースに付き合います」
「でも……」
戸惑うナノハにリインフォースが声をかける。
「お前達にも何時かわかる。海より深く愛し、その幸福を守りたいと思えるものと出会えたならな」
リインフォースは微笑んで答えた。
残念ながら私は反対意見ですが。
やがて、雪の上を歩く守護騎士達が見えてくる。
ハヤテは……いませんね。まだ、来ませんか。仕方のないハヤテです。ここは少し、私が時間を稼ぎましょう。
「シュテル、そろそろ」
「はい。ですが最後に、別れの言葉を皆に言わせてください」
「手短にして欲しい。主が起きてしまっては困るから」
「わかりました」
リインフォースに
騎士達が揃い、準備は整った。
魔法陣が浮かび、私達が立つ魔法陣にナノハとフェイトの魔法陣が接続される。
魔力が供給され始め、別れの魔法の準備が始まる。
だから私は、一人一人に別れの言葉を告げる。
そう、ひとりひとりに。
「ナノハ。また私と戦って頂けますか?」
「う、うん! 今度会ったときはもっとシュテルちゃんに認められるくらいに強くなるから。だから、必ず会おうね。シュテルちゃん」
「はい、いっかきっと。再戦の時を楽しみにしています」
ナノハとの別れはいつも一緒です。その時が楽しみです。
次にフェイトに視線を移すと、気遣わしげに私を見ていました。
「フェイト。どうかナノハを宜しくお願いします。きっと無理をするでしょうから」
「うん。私が無理をしないように見てるね。無理をしたらちゃんと怒るから」
「はい。フェイトもですよ?」
「ありがとう、シュテル」
フェイトも無理をするタイプですので互いに心配し合うのがちょうどいいかもしれません。
次は騎士達。シグナムはなぜか眉をひそめ、こちらを見ている。
「シグナム。教習所、がんばってください」
「ああ。そんな事を気にかけていたのか?」
「まあ、シグナムは不器用ですから。ハヤテの事、宜しくお願いします」
「お前に言われるまでもない……達者でな」
「はい。シグナムも」
蒐集ではよく一緒になりました。近接と遠距離なので相性が一番良かったと思います。
また共に、戦える日が来るといいですね。
ヴィータを見ると、不機嫌そうな顔を伏せてこちらを見ないようにしていた。
「ヴィータ」
「シュテル」
ヴィータはまだ、こちらを見ようとしない。
一見怒っているような顔ですが、ですが知っています。こういう時のヴィータは怒ってはいない。
「まだ怒ってますか?」
「別に、怒ってなんか無いよ。シュテルがそう決めたなら、あたしには何も言うことなんか出来ないし。だけど、それでも納得できない事だって、あたしにもある」
もう少し時間があれば、また違っていたのかもしれません。納得して頂けるだけの時間があれば。
今行くのは、私の我儘なのかもしれません。
「申し訳ありません。今まで、ありがとうございました」
「まだ納得なんかしてないからな。だから。だから、ちゃんと戻ってこいよ。戻ってくるって約束したからな。ハヤテも……私達も待ってるんだぞ」
「はい。その時はまた、ゲームをしましょう」
「ばっか、別にゲームじゃなくても、なんでも、いいんだよ」
涙を耐えきれなくなったのかヴィータが腕で顔を覆う。
そうです。なんでもよかった。
そう思えるように私もなっている。
シャマルを見る。もうすでに彼女は泣いていた。
「シャマル。今度会った時には手料理を御馳走してください」
「ぐすっ。最後まで良い子なんだから……その時は、食べきれないくらいに用意するわね」
「それは……加減してください」
「もう……いってらっしゃい、シュテルちゃん」
「はい。行ってきます」
すでに簡単な弁当の制作くらいは出来るようになったシャマルは、きっと一番努力していたと思います。
その諦めず優しい心は、皆をささえる原動力にもなっていたでしょう。
最後はザフィーラ。相変わらずの狼の姿。
「ザフィーラ。何時も私を守って頂いてありがとうございます」
「仲間を守るのが俺のつとめだ。気にする事はない」
「それでも、です。それと、ネコ達の事ですが。ザフィーラに後を託したいのですが宜しいでしょうか?」
「ああ、最近ようやく慣れてきたところだ。後は俺が面倒を見よう。安心して旅立つがいい」
「はい」
毎朝餌を上げていましたから心配ですが、ザフィーラに任せれば大丈夫でしょう。
いつも仲間のために陰でサポートしてくれるザフィーラに後を託せば安心です。
そしてようやく、遠くにハヤテがやってくるのが見えた。
「シュテル! リインフォース!」
「ハヤテ!」
「動くな! 動かないでくれ。儀式が止まる」
リインフォースの鋭い声でハヤテに駆け寄ろうとした騎士達の動きが止まる。
「やっと来ましたか」
「シュテル、お前まさか」
このままいくことになるかと思いました。間に合ってよかった。
まあ、間に合うのが必然だったかもしれませんが。
余計な事をと言わんばかりに私を睨むリインフォース。
その顔を見ると、一言、言いたくなります。
「ええ、まあ。お別れくらいは言うべきでしょう。主を悲しませたくないと貴女は言いますが、結局のところ、ハヤテは悲しみますよ? まして自分が居ない時に居なくなれば、なおさら心に傷として残るかもしれません。そうではないですか?」
「そうかもしれない。だが」
「貴女も辛いのは理解しています。ですが、夢の中でも言いましたが信用してあげてください。それに、貴女も本当は嫌なのではないでしょうか? 何も言わずに消える事が。だから、貴女ももう、後悔をしないようにしてください」
私が言うと、リインフォースの顔が曇る。
そんな話をしていると、車椅子に乗ったハヤテが魔法陣の前にやってきた。
怒った顔をしているハヤテ。開口一番、彼女は言う。
「シュテル! あんた勝手に何しとるん! 見たで手紙! 勝手なことばっかり書いて! 何が自分の私物は整頓して置いといてくださいや! そんなん言わんと、
私が怒られました。やはり手紙に細々と指示を書くのは間違っていましたか。
せっかく育てて繁殖させたのでパセリに水は与えてほしいのですが。
今や庭の一角は立派なパセリ畑なのです。
「シュテル、リインフォース、こっちに戻っておいで。こんな事する子には帰って説教や。せやけど、今やったら許してあげるから。な? 戻っておいで」
そう言って腕を広げるハヤテ。その笑顔を見ると思わず駆け寄りたくなる。
リインフォースが自分の腕を掴む力が強くなった。皆が皆、駆け寄るまいと我慢する。
その姿は反則級ですよ。
やがてリインフォースが口を開いた。
「主はやて、私はそちらに行くことは出来ません」
「なんで? なんでや! なんで破壊なんかせなあかんのや! そんな事せんでも、ちゃんと私が抑える言うたやろ! 主の言うことが信用できへんの?」
ハヤテの顔が悲しみで歪み、涙が流れ始める。
リインフォースは辛そうにそれを見る。
「もういいのです。私はもう、長く生きました」
「そんなん嘘や! リインフォースはずっと辛い目にあってきて、やっと開放されて。これから始まるのに、これからうんと幸せにしてあげなあかんのに。やのに、なんで? なんであかんの?」
この世界では、リインフォースは
ですが、それでも彼女は主を守ることを選んだ。自分を犠牲にすることで。
「いいえ、私は充分に幸せです。私は主に、この綺麗な名前と、そして心を頂きました。騎士達もあなたのそばにいます。私の意志はあなたの魔導と騎士達に残ります。だから、もう、何も心配はありません」
「心配とかそんなん」
「ですから、私は笑っていくことが出来るのです。もう、思い残すことは無いのです」
リインフォースは微笑む。
主の幸せのためならば死も厭わない。見事な覚悟です。
だから私は最後に彼女に報われてほしかった。そう思ったのかもしれません。
「思い残すことがないとか、勝手なこと言わんといて! シュテルもリインフォースも勝手や! 私の話も聞いて! 私がちゃんと押さえるって、暴走なんかさせへんって約束したやろ? シュテルの王様達が戻ってこれる方法も一緒に考える。二人共私が面倒見るから。だから、勝手に決めんといて!」
「その約束は、もう立派に守っていただきました」
「リインフォース!」
なおも言い募るハヤテに首を振ってリインフォースは答える。
「話をしなかったのは、私の事で傷ついてほしくなかったからです。ですが、シュテルに言われて気づきました。結局は私も傷つきたくなかっただけでした。主が悲しむ姿を、見たくはなかったのです」
リインフォースは目を伏せ、自重するように顔を
ですがすぐに、覚悟を決めたように顔を上げると、ハヤテの目を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「主の幸せが私の幸せ。そして、主の危険を払い、主を守るのが魔導の器の努め。あなたを守るための最も優れたやり方を、私に選ばしてください」
「リインフォース。約束したやん、話し合って決めようって。約束破るんか? それこそ身勝手やないか。なんで? なんで私の話を聞いてくれんのや」
それでもハヤテは納得しない。どれほどリインフォースが言葉を尽くしても、待ってと止めようとする。
もうすでに、リインフォースの気持ちは理解できているでしょう。それでも諦めきれない。
本当に、もう少し……もう少し気持ちの整理ができるくらいの時間さえあれば。
リインフォースが困ったように眉をひそめる。何を言えばいいか迷っているようでした。
だから、代わりに私が口を開きます。
「それが最善と信じたからでしょう。話せば、心が残ってしまいますから」
「どこが最善なん? こんなやり方、どこも最善やないやんか」
「少なくとも、主の幸せを守りたいリインフォースの気持ちはわかって頂けるかと」
「わかっとるよ。リインフォースの気持ちはようわかった。けど、守るとかそんなん、逆やんか! マスターが守らんで、誰がリインフォースを守るん?」
「私は充分に守って頂きました。私はもう、報われています。本当に幸せなのです」
「リインフォース、そんなん言うたらあかん」
「私はもう、世界で一番幸福な魔導書です」
「リインフォース」
リインフォースは折れない。そう感じたのか今度はハヤテが私を見る。
その瞳を、私も真っ直ぐに受け止める。リインフォースのように、毅然と。
「シュテルも考えを変えるつもりはないん?」
「私の望みは変わりません。たとえそれがどれほど困難な道であろうとも、果たすのみです」
「手紙に書いてたんは、ほんまなん?」
手紙にこれからの事を書きました。王とレヴィとユーリを見つけに行くことも。
そして、見つけたら帰ってくる方法を探すということも。
「ええ。そのつもりです」
「つもりやのうて、ちゃんと帰ってくるん? ちゃんと、ちゃんと帰ってくるって私と約束できるん?」
帰還の目処は立てていません。
しかし、必ず方法があると考えています。
そもそも
ならば平行世界に移動する方法があってもおかしくはない。
それに私がこの世界にいる事が方法があるという証明です。
だから私は、ハヤテから目を逸らさず答えることが出来る。
「はい。約束します。少々時間が掛かるかもしれませんが、それは必ず」
私が答えるとハヤテが先に目を逸らす。もうこれ以上、私から話すことはありません。
話はすみました。私はリインフォースに目配りする。
すると、リインフォースがハヤテに近づき、膝を折った。ハヤテの顔に手をやり微笑む。
「主はやて。一つお願いが。私は消えて、小さく無力な欠片に変わります。もしよろしければ、私の名はその欠片ではなく、あなたがいづれ手にするであろう、新たな魔導の器に送って頂けますか?」
そう言ってリインフォースはハヤテの手を愛おしむように握る。
「祝福の風、リインフォース。私の魂は、きっとその子にやどります」
握っていた手を、惜しむようにその手を離す。
ハヤテの顔に諦めと悲しみが揺れる。
「リインフォース」
「はい。我が主」
2人はしばし見つめ合った後、リインフォースが立ち上がり離れた。
魔法陣の中央で私に並ぶ。
「よいのですか?」
「ああ。充分だ。シュテル、ありがとう。シュテルがいなければ、私は後悔して旅立ったかもしれない」
「いいえ。お互い良き旅を」
「そうだな。良き旅を」
魔法陣が発動される。
光が私達を包み込み、存在が薄れていくのがわかる。
小さな光が舞い始め、視界が、薄れていく。
「主はやて。守護騎士達。それから、小さな勇者たち。ありがとう。そうして、さようなら」
リインフォースの声が聞こえた。だから、私も一言言い残す。
「私は別れを言いません。どうかご自愛ください。いつかきっと、必ず――」
光に包まれる。
私は、最後まで言えたのでしょうか。
次でラストです。
誤字脱字報告に感謝。