魔法少女LyrischSternA’s   作:青色

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2話 童話 6月

 外は早朝から鳥達の鳴き声が響き、カーテンの外の騒々しさが目に浮かびます。外の明るい光も相まってか、1人で起きる薄暗い部屋は、少し物淋しく見えるものです。

 2人が居ないだけで、こうも空虚で虚しく、そしてこれほど時間が長く感じるものだとは思いもよりませんでした。

 いいえ、そうではないです。正確には、1人とはこうも寂しさを感じるものかと、少し戸惑ってしまいます。あの頃は、3人で(かしま)しくしていたものですから。

 

 守護騎士達は相変わらず一緒にテレビを見たり、家事の手伝いをしたり、図書館通いや買い物に付き合ったり、病院の付き添いをしたりという生活をしています。

 ハヤテと騎士達の間は、最初こそ戸惑いが見られましたが、今では本当に家族のように見えます。

 実に平和です。

 

 ちなみに、守護騎士達はハヤテに必ず誰かが付いています。騎士として主を守っているのでしょう。お風呂も最低二名で入っているようです。無論、ザフィーラは別ですが。

 そこまで一緒に居なくても良いのではないかと思いますが、足の動かないハヤテを心配してのことでしょう。もっとも、妙に楽しそうな声が聞こえますから、それだけが目的ではないかもしれません。

 

 私はといえば、庭を眺めるか、やってきた猫の相手をするか、魔法の練習をするか、本を読んでいるかです。

 最近は、魔法の練習の後に図書館に寄り、本を数冊借りる事が多いです。今後の事を考え、多くの知識を私は手に入れなければなりませんので、多くの本を読む事は重要でしょう。それに、本を読むのは1人でも出来ますので。ちなみに、本を借りる間は1人になります。ペット不可ですから。

 

 私とハヤテや守護騎士達の間は、さほど縮まっては居ません。騎士甲冑というのを作るという話の時も、私は1人断りました。シグナムが言うには騎士は主に甲冑を賜らねばならないとの話ですが、私はすでに殲滅服を持っています。今更甲冑を貰う必要はありませんし、賜る気もありません。私はハヤテを主にした覚えもありませんから。

 我が王は今生でただ1人です。はっきりとそう伝えましたが、この事もあまり良くは思われていないのかもしれません。

 

 結局、私以外の守護騎士達はハヤテの"みんなを戦わせたりせえへんから服で"という提案を受け入れ、"といざるす"という子供の遊具を売っているお店などで服の形をイメージする材料を仕入れ、それを元にハヤテが考えた騎士服を貰うことになりました。

 騎士服も出来たのですから、ちょっと戦ってもらいたいものです。試しにシグナムに手合わせを頼んでみましたが、素気無く断られてしまいました。仕方ありません。

 

 ですから、今日もリビングのソファーで1人本を読んでいます。先の事を考えて政治や経済、軍事や農業などの知識が必要です。この世界の知識は可もなく不可もなく、十分に使える知識です。

 

 

 静かに本を読んでいると、ハヤテの部屋の扉が開く音がしました。続いて車椅子の車輪が動く音がする。ハヤテの部屋はリビングに続くダイニングキッチンのすぐ横です。

 

「シュテル、おる?」

「はい。お呼びでしょうか? ハヤテ」

 

 ページを(めく)ろうとした時に呼ばれたので顔を上げると、今日は珍しくハヤテが1人で車椅子を動かしながらこちらに向かって来ていました。普段は私にハヤテが近づく時は誰かが後ろに付いているものですが。そういえば、今日はザフィーラを除いた3人はハヤテの代わりに買い物に出かけたのでしたか。残っているザフィーラは窓の近くで眠っていますね。

 

「横ええかな? 私もソファーに座って、この前借りてきた本を読もうかと思うて」

「はあ。別に構いませんよ」

「ありがとうな、シュテル。それじゃ悪いんやけど、ちょう車椅子から降りるの手伝ってもらってもええかな?」

「はい。わかりました。しばしお待ちください」

「ごめ、え? ちょっと、わっ!?」

 

 車椅子から降りようとするハヤテを私は抱きかかえると、私が座っていた横にハヤテを座らせてあげました。驚いた顔をするハヤテを見るのは、少し気分が良いです。

 

「シュテルは力持ちさんなんやね。私と背丈もかわらんのに、人は見かけによらんなぁ」

「誤解されているようですが、これは純粋な腕力だけではありませんよ。魔力も込められていますから」

「へー、そうなん? 魔力って、なんか便利なんやね。私も使えたら歩けるようになったりするんかな?」

「そうですね。使えるようになれば、きっと歩けるようになるでしょう」

「せやったらええな」

 

 はい。そうですよ。あなたが魔法を使うのは、闇の書が完成した時ですから。その事が幸せかどうかは別の話ですが、その後も二本足で立っていましたよ。羽も生えますし。王はハヤテの事を子鴉と呼んでいましたね。

 

「シュテルも図書館で借りたんよね。なんて本を読むん?」

 

 私の横に座ったハヤテは自分が持ってきた本を開く事もなく、話しかけてきました。

 

「私ですか? 今は"世界大戦と戦争理論 上巻"という本を読んでいます」

「な、なんか難しそうやな」

「そうでもないですよ。過去にこの世界で起きた戦争の背景と経過、戦略的な要素と使われた戦術に立てられた作戦が書かれているだけです」

「う~ん、やっぱり私には難しそうや」

「そうですか。別に私が読むのですから、ハヤテがわからなくても問題は無いのでは?」

「あー、まあ、そうなんやけどね」

 

 少し困った顔をしたハヤテは今度こそ自分が持ってきた本を手に取りました。これでやっと私も読書に戻れます。

 

「私はこれを読んどるんよ」

 

 自分の本を読むのかと思えば、その手に取った本を私に見せてきました。読もうとした本の上に載せるようにしていて私の本を読めません。何のつもりでしょうか? 本自体は厚めですが表紙は少し可愛らしい絵が書かれています。どうも私が読むような本では無さそうに感じます。

 

「これは、なんという本ですか?」

「これはな、童話っていうんよ。昔の童話も好きやけど、この本は最近売り出し中の童話作家さんでな、私はこの人の童話がめっちゃ好きなんよ」

「はあ。そうですか」

 

 紹介が終わったので私の本から退けてくれるかと思いきや、いつまでたって退ける様子がありまあせん。手に取って読んでみろという事でしょうか? ハヤテの顔を見ると微笑みを浮かべたまま。何やら促されている気分になります。

 仕方なく私は読んでいた本を横に置くと、ハヤテの持っていた童話を手に取ってみました。本を開いてみると、やはり可愛らしい絵が書かれていましたが、文字が少ないです。1ページに100文字も書かれていません。試しに数ページほど流し読みをしてみます。どうやらこの本は1話ごとの話が短いようです。それが何話か載っている感じでしょうか。

 しかし、これはどうも私が読むような話ではないようですね。5話ほど読んで、読み飽きました。

 

「面白かった?」

「いえ、それ程には。正直に言うと、私にはどこが面白いのかわからないのですが」

「えー! おもしろいやんか。ほら、このキツネの婿入りとか」

 

 これは……オスの狐が婿入りをして、婿入り先で頭が上がらず苦労する話では? このメガネを掛けたオスの狐は、嫁の狐に働かされ、舅と姑に遠慮し、嫁の弟にお金をタカられる。むしろかわいそうな話なのではないかと……。

 

「婿入りしたオスの狐が哀れなだけなのですが?」

「なんでやー。それじゃあ、これは? これは面白かったやろ?」

 

 次のはメガネを掛けたイタチが、ネズミやクマに虐められ、タヌキに泣きついてアイテムを貸してもらい、報復する話です。しかも、報復した後にアイテムを奪われてやり返されるという。

 

「これはイタチが情けないうえに間抜けなだけでは?」

「違う違う。シュテル、それは間違うとるで? そうやないんよ。これはな、すんっごく深くて良い話なんよ?」

「は?」

 

 わかりません。私には何もわかりません。どこをどう読めば、この話から深くて良い話になるのでしょうか?

 

「ええか、この狐の婿入りはな、本当は婿入りや無いんよ。住んでるとこがお嫁さんの家ってだけや。優しくて腰が低いからそう見えるだけなんやで? それでな、家族の暖かさ、家族はすばらしいってわかるお話なんよ」

「……すみません。私の理解力ではついて行けないのですが、どの辺りがでしょうか?」

「ほら、確かに苦労してるように見えるけど、それでも家族の輪の中にいる安心感を文章と絵から感じるやろ? 子供にも恵まれ、周囲の家族と毎日楽しく過ごしとる。そこから幸せを感じとるんよ」

 

 安心感? 確か絵では苦笑いを浮かべているようにも見えますが……。

 

「それに、次のイタチの話はな、報復は自分の為にはならないって教えてくれてるんよ。他人の力で手に入れたものは自分のものやないって言う教訓も入っとるし、安易に力を貸したらあかんとも教えてくれとるんやで」

「……確かに、言われてみればそうとも受け取れますが、これは児童書というものでは? そこまでの事を語っているようには見えないのですが」

「はぁ。シュテルには難しすぎたかもしれへんな」

 

 どういう意味でしょうか。私の理解力が低いとでも? それは私への挑戦と受け取ってもよろしいのでしょうか? 

 この程度の本でため息をつかれるとは思いもよりませんでした。

 なぜか私が間違っているような気がしてきます。

 

「ええか、これはな、裏を読まんとあかんのやで?」

「裏……ですか?」

「そうや。表面だけ見たら可愛そうなキツネさんと間抜けなイタチさんに見えるかもしれへん。でもな、それは表面だけの話や。作家さんが本当に伝えたいのは別のことなんよ? それがわかったら面白くなるんよ」

 

 そう……なのでしょうか? いえ、なるほど……そう言われてみると、たしか童話というのは教訓などが入っているもの。なぜか深い意味があるように思えてきます。

 確かに、表面だけ見ると可愛そうなキツネも、そのキツネの事情を考え、周囲の状況を見れば、自ずと話から受ける物も変わってくるように思います。

 

「あまいで。シュテルはまだまだやな」

 

 これは挑発されているのでしょうか? なぜ急に? 今そのようなことをして、ハヤテにどんな利益が……ああ、なるほど。表ではなく裏を読め、ですか。

 一見、ハヤテは私を童話についての理解力の無さを指摘して、挑発しているように見えます。こんな事もわからないのかと。

 しかし、これは誘いです。

 私をわざと怒らそうとしている、わけではありません。私に童話へ興味を持たせようとしている。話のきっかけにしようとしている。私との間に共通の話題を作ろうとしている。

 その理由は明白です。これで私を釣るつもりですか。

 

 伸るか反るか。 

 

 決断は早く出ました。

 

「ハヤテ。お願いがあります」

「うん?」

「この本、私にも読ませてください」

「ええよ。でも、私も読みたいから一緒に読もうか?」

「いいのですか? ハヤテが読んだ後でもかまいませんが」

「全然ええよ。シュテルも(うち)の子なんやから、少し位わがままを言うても大丈夫やよ?」

「……はい。ありがとうございます」

 

 なぜか王を思い出しました。こういうところは王と良く似ています。王は少し偉そうな喋り方ではありますが、臣下にはむしろ甘いほど優しい方でしたから。

 

 

 今日は図書館に向かう日。

 ハヤテ達を待たせるわけにも行きませんので、急いで支度をしています。いつものシャツとスカートから"よそ行き用"という服に着替えます。といっても、さして変わらないのですが。

 準備を終えると下へと降ります。すでに玄関では外出の準備を終えたハヤテが守護騎士達と話しながら待っていました。

 

「シュテル、そろそろ行くでー」

「お待たせしました。準備は完了しています」

 

 私が着いた頃には、すでにハヤテと騎士達が全員玄関に集合していました。まさか、全員で出かけるつもりでしょうか? それにしても、これだけ集まると、広い玄関も狭くなりますね。

 

「はやてちゃん。返す本はこれでいいですか?」

「あ。はやて―。あたしも一緒にいく!」

 

 ヴィータがバタバタと駆け寄ってくる。

 

「それでええよ。それじゃ、ヴィータも一緒に行こか」

「今日は私は家で留守番をしています」

「自分も残ろう」

 

 留守番はシグナムとザフィーラ。少々珍しい組み合わせです。

 

「そうか? ほんなら家の事はお願いな」

「主はやて。家の事は私達に任せ、ゆっくりしてきてください」

「お前、早く来いよ。置いてくぞ?」

「そんなに急がなくとも、図書館は移動しませんよ」

「あのな、そういう意味じゃねーんだよ」

「こら! 二人共、喧嘩はあかんよ」

 

 ハヤテに怒られてヴィータは静になる。ヴィータはハヤテの言うことには従順ですが、これは他の騎士達も同じです。

 ちなみに、私の言うことは聞いてくれません。

 

「シャマル。主はやての事、頼んだぞ」

「任せてシグナム。それと、買い物もしてくるから、ちょっと遅くなるわよ」

「ああ。大丈夫だ。私はテレビでも見て待っていよう」

「いつものも忘れずに頼む」

「ササミね? ちゃんと買ってくるから心配しないで」

 

 図書館に行った後に買い物をするだけだというのに、なんと騒がしいことでしょうか。放っておくと、いつまでも会話で出発できないのではと思うほどです。

 スリッパから靴に履き替えながら少し心配になってきましたが、ようやく出発しそうです。

 

「早く行こうよ。はやてー」

「そやね。ほんならそろそろ行こか」

「はい、はやてちゃんの車椅子は私が押しますね」

「いってらっしゃい、主」

「頼んだぞ、シャマル。それと、シュテル。シャマルが忘れていたら教えてやってくれ」

「わかりました。必ず使命は果たしましょう」

「もう。大げさね。そこまでの事じゃ無いと思うのだけど」

 

 監視役であるザフィーラへの点数稼ぎも忘れません。私達は車いすに乗るハヤテを先頭に出発しました。

 後ろに車椅子を押すシャマル。左にはヴィータ。数歩後ろを歩く私が最後尾です。太陽の光はそれなりに強く、そろそろ外に出るには暑くなりそうです。

 

「シュテルは、どんな本を借りるん?」

「私ですか?」

 

 突然話を振られ、少し戸惑います。私の借りる本を聞いてどうするのでしょうか?

 まあいいのですが、今日借りる本ですか……。ふと、ハヤテに読ませて頂いた童話が頭をよぎりました。

 

「そうですね……私はこの世界の経済に関する本と……童話についての本も借りてみようかと」

「ふーん。お前もはやてと同じ本を読むのかよ」

「ハヤテに紹介されて興味を持ちました」

「童話やったら、私がいい本を紹介するよ? こう見えても童話は少し五月蝿(うるさ)いんやで?」

「はい。私はよくわかりませんので、良い童話を教えて下さい」

「ええよ。そうやな……グリム童話は上級者向けやからシュテルにはまだ早いやろな。とりあえず私の好きな作家さん辺りから行ってみよか?」

「その辺りのことはよくわかりませんので、それでお願いします」

 

 その後、ハヤテの好きな作家の本についての話が始まり、気づくと私はいつの間にかハヤテの右側で歩いていました。守護騎士2人も気にする様子もなく会話に加わっています。主と騎士達の輪の中に、私も居ました。

 不思議な感じがします。後ろの猫達も、今日はおとなしいです。いつもは私の足にまとわり付いてくるものですが。

 

 

 たまには、こういうのも良いものです。むろん2人を忘れるわけではありませんが、居ないのですから仕方がありません。

 私は少し考えを修正しようと思います。今後の事で不確定要素は排除したい気持ちもありましたし、その後に裏切ることに対しては、少し罪悪感もありました。しかし、やはりハヤテ達とは友好的な関係を築くべきです。その方が理に適い、効率的だと思われます。

 こちらからも歩み寄りましょう。家に帰ったら、まずは監視役であるザフィーラの毛を櫛で解いてあげましょうか?

 

 

~~~~~~

 

 

 怪しい奴だとは思ったが、そこまで警戒する必要はなかったかもしれないな。

 あたしとはやてを挟んで歩くシュテルは最初こそ怪しかったが、今はそうでもないように感じる。まあ、妙な奴だとは今も思うが、方向が違う。

 あの時、はっきりとあたし達とは違うと宣言した時の警戒心は、今は薄い。気を抜きはないが、はやてにやり込まれている辺り、悪い奴じゃないんだろう。

 

 実はシュテルが居ない時に、はやてとあたし達は家族会議というのを開いた。議題は孤立しがちなシュテルをどうするかというものだ。

 シグナムは本人の望んでいる事ですから難しいと言っていたが、はやてはそんな理由で放っておくのは駄目だと言ったんだ。同じ闇の書から生まれた家族だからって。なんか、そう言われると主だからとか関係なく拒否出来なくなる。あたしにとって、家族って言葉は特別だから。

 

 1人は寂しい。それは、あたしにもわかる。いや、本当はわからないかもしれない。いつもシグナムやシャマルやザフィーラが居たから。だから、本当の孤独なんて知らない。でも、理解されない辛さはわかる。今までの主がそんな感じだったから。

 

 それに、あいつは他の仲間は出てきてないって言ってた。それは、きっと寂しいに決まってる。ああして1人でご飯を食べて、1人で魔法の練習をして、1人で掃除したりするのは、きっと辛い。あたしはそう思う。だから、はやての提案にあたしは反対しなかった。

 

 だから先日、わざとあたし達は出かけて家を留守にした。護衛が居ないのは危険だからザフィーラだけは残していた。その後の事はザフィーラに聞いたけど、はやてって凄えって思ったよ。あたしには出来ないな。

 

 そして今日、あのシュテルが、はやてやあたし達と一緒に外出してる。今までになかった変化だと思った。こいつはあまり笑わないし、感情が全然表に出ないからつまらないと思ったが、よく見ているとたまに表情が変わっている。それに気づくと、少し面白くなった。

 

「ヴィータは何を借りるんや? やっぱり漫画か?」

「え、あたし? まあ、そんな感じ」

「お子様ですね」

「童話を借りるお前にだけは言われたくねえよ!」

「いいえ。これは立派な兵法書です」

「いや、絶対に違うぞ、それ……」

 

 やっぱ、こいつはどこかずれてる。

 まさか、ポンコツなんじゃ……バグってないか?




一部文章追加及び改変

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