ここは……。
「ふむ、やっと戻ったか」
「王様ーーよかった! 戻ったーー!」
「フン、さわぐなレヴィ! 当然よ」
王……レヴィ? なぜここに。
先程まで私は……そうです。私はあの分からず屋と戦っていたはず。
それから……ああ、なるほど。
どうやら、私は吸収されてしまったようですね。
「どうしたシュテル? なにをボーとしておるのだ」
「そうだよ。早く起きないと、えーと、えーと、あの、あの子の所に行くんだ!」
「ユーリだ、どあほう」
「そう、その子!」
闇統べる王、ロード・ディアーチェ。雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャー。
二人を見ると、とても懐かしく感じます。本当に長い間、会わなかったような気がします。
ようやく見ることが出来ましたか。しかし、ここは一体どこですか?
周囲には何もない、暗い暗闇の海の上。そして、この会話。
「ああ、ここは――」
決戦前ですか。
この後、私達は断片データと戦い、U-Dとの決戦に向かう。そこで私とレヴィは敗北し、王1人に全てを託しました。その後、私だけがなぜか過去に転移し……私はハヤテやヴォルケンリッター達と共に数カ月間の短くはない時を過ごした。
どうも、妙な気分です。ここは未来の光景のはずなのに、過去の情景でもあるのですから。
「シュテるん、どうしたの? さっきから黙って。はっ!? まさか、どこかまだ痛いとか!」
レヴィ――私と共に王をささえる力のマテリアル。心配するその表情も、言動も、記憶と変わらない。
「いいえ。大丈夫ですよ。心配をおかけしました」
「シュテルよ。まだ本調子が戻らぬのなら、後ろでしばし控えていても良いのだぞ」
「さっすがぁ! 臣下思いの優しい王様ーー!」
「うるさいわ、レヴィ! いちいち茶化すでない!」
「王様、照れてるーー」
ディアーチェ――我らの闇統べる王。尊大な態度とは裏腹に臣下にはむしろ甘い王。
姿も声も、たとえ偽物でも変わりませんね。私の記録から作られたからでしょうか。
しかし、どれほど似ていても偽物にはかわりがありません。
そう思うのですが、本当によく出来ている。
「よし! では、皆も揃ったことだし、シュテルの立てた作戦通り、U-Dを、砕け得ぬ闇を我が手に収める! この紫天の書のうちにな!! そしてその時こそ、真の闇を統べる王に、我はなる!!」
「いえーーーいっ!」
ああ、このようなやり取りもしましたね。懐かしい。また、もう一度、同じ遣り取りをすることになるのでしょうか?
「シュテル。どうしたというのだ? 今日は妙に静かではないか? まだ何か考え事でもあるのか?」
懐かしさが込み上げてくる。この情景を失うことを惜しむ気持ちは、確かにある。
なるほど。過去を回顧するというのは、こういう気持ちになるのですね。
「いえ。少々懐かしく思いまして。このような日々も、確かにあったのだと」
「そうさの。確かに色々あったからな」
もう一度3人で戦う日々に戻りたいと、憧れる気持ちが湧いてきます。
「ここで我らと共に穏やかに過ごしたいとは思わぬのか?」
「シュテるんはボク達と一緒に居たくないの?」
気遣わしげなディアーチェの顔。不安そうなレヴィの表情。
そんな2人を、たとえ夢の中だからといって無下にして突き放すなど、私には出来そうにありません。
「この世界なら、ボクも王様も、ユーリだって一緒に居られるんだよ? ずっと、ずーーーと永遠に一緒なんだ。それってダメ、かな?」
ええ、それが私達の悲願。2人が居ない世界は少し寂しく思います。ですが、2人と出会うその時まで、私は準備を整えて待つと決めたのですから。
それに、私はもう、1人ではないですからね。
「そうですね。それはとても素晴らしい事だと思います。ですが、それは夢などではなく、現実の世界で実現してこそ意味があるのです」
「ええと、どういう事?」
「それに、そもそも永遠などというのは幻想です。どのような強大な力を振るおうとも、いつか終わりが来るもの。それは、長いか短いかの違いだけです。ならばそれまでに、後悔が少ない日々を送る事の方が論理的ではないでしょうか?」
そもそも、前回までと違って今回は大きなアドバンテージを得ることが出来ます。
夜天の主も守護騎士達も管理局も味方になっていただける可能性があります。
しかも、最初からユーリを確保する可能性すらあるのです。
正直、永遠の現状維持には魅力を感じません。望める未来があるから今日を戦えるのですから。
「ボク達は後悔だった?」
私の考えが読めるのか、レヴィが悲しそうな顔をする。そんな顔をさせるつもりはなかったです。
「いいえ。むしろ感謝しています。会わせていただき、ありがとうございます」
色々と思い出すことが出来ました。久しく会わなかった仲間に会うことも出来た。
感謝しかありません。
「さて、私はそろそろ行かなければ」
「もういっちゃうの?」
ですが、ここに留まることは出来ない。私には成さねばならぬことがあるのです。
王の覇道、我らの悲願。どこの誰にも、邪魔はさせない。
たとえ何が起ころうとも、私とルシフェリオンが切り拓くのみ。
「出ることは叶わぬぞ。あの闇の書の管制人格が封印を施しておるからの。あやつめ、随分と拗らせておる。説得するにも骨が折れる事だろうて」
「それは、困りましたね。なんとかしなければ」
気合を入れてはみたものの、出ることが出来ないと言われてしまえば手段が限られてしまう。
この中で魔力爆発でも起こしてみましょうか?
それとも、呼べば管制人格が出てきたりしないものでしょうか?
ハヤテはまだ起きないのでしょうか?
ハヤテが心配です。
「外に出る事は出来ぬが、管制人格がおるとこには送ってやれるだろう」
「ボクと王様で管制人格? って人のところまで行ける道を作って、シュテるんを送ってあげる!」
王とレヴィが相槌を打つ。相変わらずの私への信用には感謝しかありません。
「レヴィ。王よ。感謝します」
「よい。臣下の願いに応えるのも王の努めよ」
「シュテるん頑張って! ボク、応援してるから! どれだけ遠くに離れていても、どれだけ世界が変わっても、たとえ存在が変わっても、それだけは絶対だから!!」
じわりと心に暖かさが滲んでくる。
必ず再び会いましょう。今度は現世で。必ず。
「行って来い、シュテル。我が槍よ! 行ってついでに子鴉も起こしてやるがよい!」
「承りました。では、行って参ります」
王とレヴィが作り出した光の道を、私は駆けて行く。
背中から感じる2人の気配に押されるように。
「ハヤテは……まだ、眠っているのですか」
たどり着いた先は真っ暗な何もない世界。その世界の中心にハヤテがただ1人、車椅子に寝かされていました。
まだ、深く眠っている様子。起きる気配もない。
なぜ今だに眠っているのでしょうか……そろそろ起きてもらわなければ困ります。
「シュテルか」
声がした方を見れば、いつの間にか管制人格がいました。
管制人格はハヤテの顔を覗き込むように片膝を付く。
「どうか、安らかにお眠りください。主よ」
なるほど……考えは変わっていないのですか。
「貴女はまだ、ハヤテを開放して差し上げないのですか?」
「私は所詮、ただの魔導書に過ぎない。私に出来ることは、主の望みを叶えることだけ」
また、同じ台詞を言う。ただの魔導書。何も出来ない。願いを叶えるだけ。
いい加減、聞き飽きました。
「ハヤテの本当の望みを、貴女はご存知のはず。今の状態は、ハヤテの望みではありません。貴女の望みです」
私が指摘しても、管制人格の表情は何も変わらない。
「そうか。そうかも知れない。だが、私に出来ることはこれだけだ」
その表情は、何もかも諦めてしまった顔。
「今までの主も同じでしたか? 同じ事を願いましたか?」
「今代の主は、今までの主達とは違う。己の欲望のため力と破壊を求めた歴代の主達とは」
知っています。今までの闇の書の主達は皆、力を求めた。守護騎士達に蒐集を強要し、戦いの道具にした。最後は、闇の書に吸収され防御プログラムの暴走により自滅していった。
「今代の主は、はやては、温かい陽だまりのような方だ。この寒々とした闇の中に輝く光そのもの。私と騎士達はリンクしている。だから、私もまた、主を愛おしく思っている。主とともに歩める事が、私には幸せだったのだ」
だが、ハヤテは違った。ハヤテは蒐集を望まなかった。それはつまり――願いは叶っていたという事なのではないでしょうか。だから、願う必要がなかったのでは?
ハヤテが望んていたこと。それはきっと、家族だったのではないでしょうか。
1人は寂しいものですから。
「だが、そんな主でも、闇の書の呪縛からは決して逃れられない。破壊と殺戮は定められた運命だ。主を侵食することも、やがて喰らい尽くしてしまうことも、私には止められない。ならばせめて、我が内にて幸せな夢を抱いて眠っていただきたかった。すべてが終わるその時まで、あらゆる不幸から私が守るから」
「だから、貴女は泣くのですか。どれほど大事に守ろうとも、結局は主を不幸にする結末は変わらないからと」
そんな主に出会えたというのに、結果を変えることは彼女には出来ない。だから、彼女は諦めてしまった。自分では何も出来ないから。
何も出来ない事に嘆き、主を不幸にすることに嘆き、救いがないことに嘆く。
「なるほど、よくわかりました」
ですが、今代の主は違う。
「しかし、ハヤテならば大丈夫ですよ。この永遠に続くと貴女が思っている悲しみの連鎖を、ハヤテならば断ち切れます」
「何を持ってそういうのだ? なぜお前はそれほど自信があるのだ?」
「私に自信があるわけではありません。今の主であるハヤテは、貴女が思うよりもずっと強い人だと信じているのです」
ハヤテと王は似ていると思います。言動も行動も異なりますが、しかし家族思いなところはそっくりです。だから、きっと必ず家族のために力を尽くすでしょう。
我が王が臣下を決して見捨てないように、ハヤテもまた、家族を決して見捨てない。そして必ず、未来を変えてくれる。
「それに、私は言いました。永遠なんてものはない、と。それが今なのです。だからどうか。勝手に諦めないでください。そして、信じてあげてください――貴女の……夜天の書の主を」
私が王を信じるように。
「残りはハヤテから聞いてください」
それだけを管制人格に言うと、私はハヤテの肩に手を添える。
「さあ、ハヤテ。起きてください。悲しい運命とやらを変えましょう」
~~~~~
「う……ん。シュテル? おはようや」
「おはようございます、ハヤテ」
目が覚めたら、目の前にシュテルがおった。珍しいな、シュテルが寝起きにおるなんて。
いつもはシャマルが起こしてくれるのに。横ではヴィータが寝坊して、私が起こしてあげるんや。
リビングに移動したらシグナムが新聞を読んでて、ザフィーラは隅っこで寝てる。
そんで、縁側でシュテルが猫に餌をあげとる。
顔を洗ったら朝ごはんの用意。シャマルも最近、料理の腕を上げたからな。安心して任せられる。けど、私も料理は好きやから。病院生活は料理が出きんで辛かったんよね。
みんなでご飯食べたら、それから……なんやろ。
なんや色々あった気がする。ずっと長い間、忘れてたような。
真っ黒い空間が揺れた。
――シュテルちゃん! はやてちゃん!
なのは……ちゃん?
あれ、ここは……どこや??
そうやった。私は闇の書の中に入ってもうて……あ。
「シュテル、思い出したで! 酷いやん、合図もなしに始めるんわ。こっちにも心の準備ちゅうんがあるんよ!」
「ああ、それについては。申し訳ありません。時間がなかったものですから」
「ほんまか? なんか勢いでやったんとちゃう?」
「本当ですよ」
怪しい。食卓をエビだらけにした時もしれっとしとったやん。
そもそも、シュテルの作戦は説明が足らんのよ。説明がない時が多いってヴィータも言ってた。
「お加減はいかがですか?」
でも、気遣うシュテルを見るんは悪い気がせん。
「ええよ。それに、なんかええ夢を見とった気がするんよ。幸せな、温かい夢を」
「もっと見ていたいですか?」
「いや、もう十分や。夢は夢でしか無いから。それに、家に帰れば何時でも現実で見てられるしな」
だから、私はやらなあかんことがある。もう一人の家族とちゃんと話して説得せな。
闇の書の……夜天の書の主として。
「では、そろそろ私はお暇します」
「シュテル、もう行くん?」
「ええ。私も眠くなりましたので」
シュテルの体が薄くなる。指先から消え始めてる。
そっか。心配して無理して来てくれたんやな。
「今度はハヤテが私を起こしてください」
「わかった。後は私に任せてシュテルは待っといて」
「はい」
じゃあ、そろそろ私も本気でお説教をしようか。
主の話を聞かへん子にはお仕置きが必要や。