「クロノ、このぉ!」
「こんな魔法、教えてなかったんだけどな」
「1人でも精進しろと教えたのは君たちだろう。アリア、ロッテ」
怒り心頭なのはロッテ。冷静に文句を言うのはアリアでしょう。
しかし、クロノ・ハラオウン執務官が来なければ、万に一つの可能性もあります。計算したわけではありませんが、いいタイミングでした。
「管理局の執務官の方、良きタイミングでした。ザフィーラを助けていただいたこと、感謝します」
「別に君たちを助けたわけじゃない。身内を止めただけだ」
「クロノ、どうしてここに?」
そういえば、どうして来ることが出来たのでしょうか。通信は妨害され、監視も出来ない状況に陥っていた可能性が高いというのに。
「シュテルの言葉が引っかかったんだ。管理局のシステムがダウンした事はアクセス権限のある内部犯なら容易いだろう。それに、二人の仮面の男の出現したタイミングからクラッキングした連中と同じだと推測できる。さらに仮面の男の戦闘スタイルから協力者で内部事情に詳しいアリアとロッテをマークしてたんだ」
「それでアリアさんやロッテさんを?」
「ああ、そうだ。だからグレアム提督の事も調べた。おかげで、いろいろとわかったよ。だが、今はそのことよりも優先事項がある」
クロノ執務官は私を見る。一斉に全員の視線が集まる。
確かに、今はすべきことがあります。ハヤテは安定していますが、それがずっと続くわけがないのです。
「その通りです、管理局の執務官。ところで、次元航行艦との通信は回復しましたか?」
「僕のことはクロノでいい。アースラとは通信可能だ」
「わかりました。繋いでおいてください」
一応確認して指示を。
「では、話しましょう。闇の書の……いえ、夜天の書の真実を」
私は話します。闇の書の話を。
闇の書の本当の姿を。
すでに壊れていることを。蒐集が終わったらどうなるかを。ヴォルケンリッターの運命を。
「そんなバカな事があるか!」
「ありえん。そんなはずはない」
「嘘よ。そんなはず無いわ。だって、私達は覚えているもの。歴代のマスター達の事を。みな自分の欲に溺れて自滅していったわ」
「いい加減な事を言うんじゃねーぞ、シュテル! 闇の書のことは、あたし達が一番知ってるんだ!」
デバイスを私に突きつけ叫ぶヴィータ。騎士達それぞれが信じられないと叫ぶ。
ですが、これは事実。
「本当の名前は夜天の書ですよ、ヴィータ」
「デタラメな嘘つくんじゃねえ! そんな事、あたしは信じないぞ!」
「ですが、これが真実です。ヴィータは覚えていないのでは? 最近の闇の書が暴走した時の事を」
私が言うと、ヴィータは頭を抱えるように考え込む。どんなに考えても、記憶は蘇らない。私達は所詮、プログラム人格。その記憶は記録でしか無いのですから。
「シュテルちゃんの言うことは本当だよ、ヴィータちゃん」
「エイミィ、過去の記録を映してくれ」
通信を繋いでいないのでアースラとの会話は私にはわからない。しかし、了承はされている事はわかる。やがてクロノ執務官の前に映像が映しだされました。
主を吸収する闇の書の姿を。闇の書が暴走を開始し、周辺を攻撃する様を。街が大地が破壊し尽くされる。主が殺され転生する様子を。管理局との戦闘。世界が壊滅する記録を。
「これが、闇の書の真実なんやね……」
「今まで数十年に一度は覚醒して暴走していました。ですが、騎士達は覚えていない。理由は簡単です。記憶を初期化されたり、もしくは偽りの記憶を植え付けられるので覚えられないのです」
「そんなバカな」
「こんなこと、ありえない。ええ、ありえないわ。絶対にありえない」
あまりにも重い事実に騎士達はそれぞれの表情で苦悩する。どんなに否定しても、どんなに叫んでも、事実は変わらない。
「これが本当だって言うなら、あたし達がやっていたことって何だったんだ」
ヴィータがつぶやくと、二匹の使い魔が口を開く。
「お前達はとっくの昔に壊れてたんだよ。なのに、いまだに壊れてないと思って無駄な事してたんだ。いい気味だよ」
「いっそ哀れね。自分たちの希望が、じつは絶望だったなんて」
私はこの二人の使い魔の事を私は詳しくは知りません。しかし、その口ぶりから恨みがあるのはわかります。過去に闇の書により被害を受けたのでしょうか? それならば、その気持はわからなくもありません。
ですが、ここで騎士達の心を折られても困ります。
「いいえ、それは違います。蒐集は無駄ではありません」
まずははっきりと否定。ヴィータに頷いて安心させる。
「確かに夜天の書は壊れ、闇の書と呼ばれるようになってしまいました。その機能は歴代のマスターたちにより歪められ、もはや元に戻すことは叶わないでしょう。ですが、この状況を打開する方法があります。その為にはハヤテを真のマスターにする必要があったのです」
「シュテル、おまえ言ったじゃねえか。ハヤテが吸収されちまったら、そうしてらハヤテが居なくなるって」
「それを今から話します。どうか、私の事を信じて欲しい。ヴォルケンリッターにもハヤテにも約束します。絶望で終わることは、この私が決してさせません」
ええ、させません。
悲劇的な結末など彼女たちには似合わない。お涙頂戴な演出など、所詮は偽善なのです。
「では話します。どうかご清聴の程よろしくお願いいたします」
闇の書の防御プログラムの事。闇の書の管制人格について。
闇の書の真の主になるには管理者権限が必要であり、それには管制プログラムと防御プログラムの双方から認証を受けなければならない。しかし、防御プログラムは破損によりエラーを起こし、承認が出来ない。
そして、承認できずに防御プログラムが暴走を始め、主を吸収し、魔力を使い切ったら転生する。
承認前の場合になにかをしても、やはり防御プログラムが反応し、主を吸収して転生してしまう。
「つまり、やっかいなのは防御プログラムの転生機能なのです。元々は修復とバックアップの機能だったものが改変され、無限に転生を繰り返すようになってしまいました。これをなんとかすれば、今までのように転生することはなくなります」
「管制人格とはあれの事か」
「あの子ね……でも、防御プログラムというのは主を守るためのものよ。決して主を自滅させるものじゃなかったわ」
「つまり、主を守るはずの機能が壊れている。そういうことなのか」
歴代の所有者達は、蒐集能力よりも転生機能と破壊力に価値を見出していました。もしかしたら、永遠の命に憧れでも抱いたのかもしれません。吸収される機能も一時的な自己防衛と永遠を求めた結果であると推測できます。
実に愚かなことです。この世に永遠などというものは存在しないというのに。どんなものもいつか、終りが来るものです。それが長いか短いかの違いだけ。
「その防御プログラムの名はナハトヴァール。夜天の書を闇の書へと変えた闇の書の闇なのです」
「そんな名前まであったなんて、こちらの調べた情報にはなかった」
「防御プログラム自体は後付のプログラムなのです。ある意味、余計な機能というべきでしょう」
ナハトヴァールのおかげで私達は闇の書の奥深くに封印されてしまいました。まさしく、余計な機能と言えるでしょう。
「ユーノ、聞こえているか?」
『聞こえているよ。僕の声はそこにいる人みんなに聞こえるようにしたから、全員聞こえているよね?』
頭に直接、ユーノ・スクライアから通信が届く。
「シュテルの言ったことは本当かわかるか?」
『概ねこちらの情報と同じだよ。それに、承認のプロセスがわかったのは大きい。これならなんとかなるかもしれない』
おや、やはりわかっていましたか。さすが師匠ですね。
『でも、先にシュテルの考えを聞いておきたいんだけど、いいかな?』
「なるほど、答え合わせをしたいのですね? わかりました。では、私の考えを述べさせていただきます」
弟子が答え、師匠が足りない部分を補う。合理的な判断です。
しかし、少し緊張しますね。間違えた答えを言いたくはありません。
「まず、ハヤテには真のマスターになっていただきます。ただし、防御プログラムの承認が得られないことから、仮の状況です。また、この時にヴォルケンリッターのプログラムは停止させられます」
「停止って、どういう状態なん?」
「端的に申し上げれば、闇の書の中に戻るという感じでしょうか?」
「それって、シグナム達は大丈夫なんやろ?」
「ええ。この段階では今のヴォルケンリッターが消えることはありません。消えるのは転生機能が発動したときと予想されます。なぜならば、初期化や記憶の改ざんは管制プログラムではなく防御プログラムの転生システムの元になった修復とバックアップから実行するからです」
「そうなんやね」
安心したようにハヤテが答える。
ヴォルケンリッターのシステム管理は管制プログラムの権限のうちです。消えてしまうのは、権限の移譲がマスターに出来ないからと推測されます。
とにかく、暴走で防御プログラムが闇の書の権限を掌握するまでは何も出来ないでしょう。
「さて、では続けます。闇の書の真のマスターになると管制プログラムがハヤテと融合し、外に出てきます。この状態はハヤテが管制プログラムに乗っ取られた状態です。ああ、むろん死んではいませんので大丈夫です。そして、管制プログラムとも会話が可能になりますが……期待はしないほうが良いでしょう。とても頑迷な性格をした方ですので」
一度、意思疎通をしてきた彼女は、実に物分りの悪い人物でした。たぶん、状況が変わってもやることは変わらない気がします。
「やがて防御プログラムの暴走が開始し、管制プログラムは機能停止します。この管制プログラムの機能が停止する前までにハヤテには管制プログラムを掌握していただきたいのです」
つまり、ハヤテが管制プログラムを掌握できなければ暴走してしまいます。普通に考えれば掌握できる可能性は低いでしょう。
ですが大丈夫です。少なくとも私の記録では大丈夫でした。
「掌握って、何をしたらええん?」
「説得してください。管制人格を」
ふと思い出す管制プログラムの人柄。私が何を言っても聞かなかった記憶しかありません。問いかけに答えても否定しかしないのは、どうかと……思うのですが。
「説得って、私が? でも管制人格の人って、その、ちょっと難しい人なんやろ?」
「まあ、そうですね。ですが、ハヤテならなんとか出来ると信じていますので」
「シュテル、困ったら信じるっていう癖があらへん?」
そんなつもりはありませんが、信用は大事です。売り逃げなど愚の骨頂。関係を継続したければ信用は欠かせません。必要な間だけは。
「さあ、それはどうでしょうか。どちらにしてもハヤテ次第です。これは本当です。だから、信じるしか無いと判断しました」
「私が説得できたらシグナム達も戻ってこれるんやね?」
「はい。それは間違いなく。説得出来ましたら、防御プログラムを切り離してください。あとはそれを消滅させれば終わると思われます。消滅方法は要検討ですが、火力ならば沢山あるでしょう。私の話は以上です」
私が話し終わると周囲の騎士達やナノハ達が息をつく。今の説明を噛み砕いて理解しようとしているのか、誰も発言をしない。
しばらく無言の時間が続くと、やがてクロノ執務官が顔を上げた。
「ユーノはどう思った?」
『僕の方もおおむね同じかな。承認出来ない、つまりエラー状態の間に闇の書から防御プログラムを分離できれば対処は可能だと思う。その間、闇の書を結界内部に止めておく必要があるとは思うけど』
闇の書を、管制人格を止めておくなど可能でしょうか? あの性格から、闇の書を完成させた私達に襲いかかってくる方が可能性が高い気がします。お前さえいなければ主は安らかに行けたのだ、とか言いそうです。
「グラハム提督もいいですね?」
「お父様!?」
「な、なんでお父様が?」
虚空に映像が映り、初老の男性が映し出される。
『すまないな、アリア、ロッテ。クロノも、よくわかった。悪いがこの後、アリア達を連れてここに戻って来て欲しい。闇の書の件で大事な話がある』
「あれ、え? グラハムおじさま?」
「わかりました、提督。悪いが詳細は事が終わった後だ。今は目の前のことに集中しよう」
映像が消え、あたりに静寂が戻る。クロノ執務官の一言で、ハヤテも表情を引き締めます。
「ハヤテ。貴女に託してもいいですか?」
「わかった。それなら私がやる」
「これしか方法がない、か」
「我らにも出来ることはあるかもしれん」
「そうね。私達も闇の書に戻った後、再起動できないか試してみますね」
具体的な話が進む。ハヤテの覚悟が決まったと判断します。シグナム達守護騎士もお互いにうなずきながら覚悟を決めたようですね。
「はやて、大丈夫?」
「大丈夫や。私に任せとき」
「なるほど、僕にもよくわかった。だけど、問題がある」
みながひとつにまとまろうとした時、クロノ執務官が待ったをかける。
はて、何か抜けでもありましたでしょうか?
「それはなんでしょう?」
「闇の書が完成してないことだ」
ああ、そういえばそうでしたね。その問題はすでに解決済みだったので忘れていました。
『シャマル。あの二匹の使い魔を拘束している管理局側の捕獲魔法を解除してください』
では、最後の詰めを始めましょう。
「ああ、それでしたら問題はありません」
『だけど、それは。出来ないわ。だってそれはハヤテちゃんが許さないもの』
『わかっています。ですが、お願いします。シャマル。全ての責任は私が負います。ハヤテを救うために力を貸してください』
『シュテルちゃん……止めても無駄ね。わかったわ』
「しかし、実際にまだ蒐集は終わってないはずだ。君たちが蒐集されるとでも言うつもりか?」
「いいえ、違います。私達ではありません」
私が手を向けると二匹の使い魔にかかっていたクロノ執務官の拘束魔法が破壊される。白い光を撒き散らし、かわりに私の真紅の魔力光が光って再拘束する。
「何!?」
「おまえ!」
「やはり、こう来たか」
アリア、貴女は理解しているようですね。それはとてもありがたい。
まあ、特に罪悪感は湧きませんが。
「動かないほうが身のためです。この二人は人質ですよ? では、来てください、闇の書よ」
「シュテル! 何をしてるんや!」
この闇の書は本当に浮気者ですね。呼べば手元に闇の書が転移してくる。
「ハヤテ。これが最善の一手です。彼女たちは拘束され、この後の事には関われない。守護騎士達やナノハ達は必要。ならば、不要な人物には犠牲になることで貢献していただきましょう。大丈夫ですよ、死にはしませんから。ただ、手を貸していただくだけです。自身のリンカーコアで」
「止めろシュテル! それは犯罪行為だ!」
「私は紫天の書のシステム構築体。星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクター。ヴォルケンリッターでもなく、ハヤテを主ともしていない。全ては我が王の為に。ハヤテはついでに助けてあげますので、どうかお気になさらず、勝手に助かってください」
私は今、冷たい目をしているでしょうか。
覚悟したアリアを見て、意外なことに少し罪悪感が湧いてくる。本当はもう少し、余裕を持ちたかったのですが……全ては私の不甲斐なさのせい。いま少し時間があれば代わりの魔獣を用意できたでしょう。
「本当にこれで闇の書は消えるというの?」
だから、アリアの問いかけに私は答えます。
「貴女達の希望も受け付けましょう。私の目的は闇の書を消し去り、夜天の書を復活させる事なのです」
「そう。わかったわ。やりなさい。そのかわり、失敗したらその首、掻き切ってやるんだから」
良い覚悟です。私も覚悟はしましょう。
「アリア、それでいいのかよ」
「いいわ。それでお父様の願いを叶えることが出来るなら。はやても、気にしなくていいわよ。これは私達の罪滅ぼしだから」
「そんな。罪滅ぼしって、なんの事なんですか?」
「貴女1人を犠牲にしようとした私達の罪滅ぼし」
では行きますよ。
『
「う、くぁぁっ!?」
二匹の使い魔からリンカーコアを蒐集。
「さあ、準備は整いました」
「ちょとまち、シュテル!? ちょう待って! まだ心の準備が」
「待ちません」
ハヤテのもとに闇の書が移動する。
「シュテル、お前急すぎるだろ!」
「はやてちゃん!」
「確かに時は無いとはいえ、しかしこれでいいのか?」
「やむを得ん。我らも覚悟を決めよう」
さあ、始めましょう。
「ハヤテ。後は貴女次第です……これについては待っていますよ」
「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉ! シュテルのあほおおおおおおおおお!!」
これが闇の書の終わりの始まりです。
後半改変しました。