25話 ギャラルホルンは鳴り響く 12月24日
通信が届かない。
今日はクリスマスイブ。なるべく集まってハヤテを祝おうとなった為、家を守るザフィーラ以外が病院に集合する予定でした。
しかし、さっきからシャマルに通信が届かない。それもそのはず。シャマルが通信を妨害しているから。
シャマルの通信妨害魔法はすべての通信を遮断する。クラールヴィントを
とうとう、この時を迎えてしまいましたか。
この後に起こる出来事を私は闇の書の中から見て知っている。ご丁寧にも、なぜかあの二人は闇の書を持っていた。だから知っている。
騎士達はナノハとフェイトの戦闘中に妨害されて捕縛されると、全員が闇の書に吸収されてしまう。しかも、処刑のマネごとをされて絶望したハヤテは闇の書に飲み込まれるのです。深い慟哭と絶望を抱えて。
運命とは残酷なものです。
本来ならば。
『ザフィーラ。聞こえますか?』
『ああ、シュテル。今どうなっている? 先程から何度も通信を試みているが、シャマル達が応答しない』
『緊急事態です。すぐに病院に来てください。ハヤテが管理局に知られました』
『なに!? わかった。すぐに行く』
歴史を改変しましょう。そのために準備をしてきました。
騎士達やハヤテの信頼を得た。以前のような事は無いでしょう。
騎士達の疲弊はできる限り最小限にとどめました。そして、今日を迎える為の準備もしてきた。
ナノハとフェイトは強くなった。以前よりもずっと強く。そして、ナノハとの信頼は以前よりも強い。
管理局との信頼は得られなかった。しかし、あの管理局の執務官は私を信頼していなくとも信用はしているでしょう。
情報も流した。対策も考えた。策は、あります。
「さあ。運命の輪を回しましょう。どちらが是か非か。あなた達の策と私の策。どちらが優れているかすぐに分かるでしょう。そして、我らの真の王の降臨の為、あなた達の策を
もうすでに、ほぼページは埋まっている。後少しで全てのページは埋まる。犠牲は最小限に。そして、結果は最大化を。
さて、では最初にザフィーラに作戦を伝えておきましょう。
病院から去って行くすずか達を病院の一室から見送る。この後、どこかのビルの屋上で戦闘が始まるはずです。ですが、私は別の仕事がありますので向かいません。今は。
しばらく部屋の中から廊下を観察していると、ヴィータが部屋から出ていくのが見えました。階段を降りていくのを確認してハヤテの部屋に向かい、中に入ります。
「シュテル?」
ハヤテがこちらを見て驚いている。ハヤテ以外には人の気配は無い。
「遅かったんやね。もうみんな帰ってもうたよ?」
あの二匹の猫は……居ませんね。窓の外にも居そうにない。移動したと見て間違いないでしょう。監視は……いや、ベッドに魔法の痕跡が? なるほど、召喚魔法のマーキングですか。
いつの間に……マーキングをするだけならヴィータが去った後でも出来ますか。
「シュテル? どないしたん?」
周囲の索敵が終わったので、ハヤテに視線を移します。返事を返さない私を見て、少し不安そうにしているように見えました。
申し訳ないです。ですが、ここからさらに酷い話をしなければなりません。
「ハヤテ。どうか聞いて頂きたい事があります。そして、その話を聞いた後、ハヤテに協力をお願いしたいのです」
私は今までの事を掻い摘んで話します。闇の書のこと。蒐集のこと。管理局のこと。
話せる事だけ話します。
「全てではありませんが、現段階で開示できる情報は以上になります。残りは騎士達が居る時に話しますので、それまで待ってください」
話し終え、一息つく。ハヤテは悲しむような顔をしながらも、話を飲み込もうとしているように見えます。
やがてハヤテが口を開く。
「なんでそんな事したん?」
「それは全て、ハヤテにかかった闇の書の呪を解くためです」
「でも、そんなん、誰も頼んどらんやん。蒐集はせえへんて決めたのに、なんで? そんな事で人様に迷惑をかけたら」
「わかっています。それでも騎士達はハヤテに生きていて欲しかったのです。それに、迷惑はかけましたが誰も死んではいません。むしろ治療までしていますから」
「そんなん言い訳やん」
「誰も死ななければいいというわけではないのも、わかっています」
騎士達の方は今、どうなっているのでしょうか? 通信妨害は継続しており、状況が掴めません。ザフィーラに作戦は伝えていますが……
それでもハヤテに説明はしなければなりません。しっかりと説明をして、そしてハヤテに納得して頂かなければなりません。
「それでも生きていて欲しかったんです。それが騎士達の望みなのですから」
そうでなければ、ハヤテをここから連れ出すのも、協力を得ることも難しくなってしまう。無理やり連れ出すなど論外なのです。
私はハヤテを犠牲の羊にするつもりはありません。
だから、もし拒絶されたら。
その時は運命に身を任せます。それは私の誠意が足りなかった私の失敗ですから。尻拭いは私が全力で致します。
「シュテルは……シュテルも私に生きていて欲しいんか?」
言葉に一瞬詰まる。昔の私ならば迷うこと無く答えれたでしょう。どちらでもよいと。
しかし、今の私は違う。
「まあ、そうですね。もう私達は他人と言える間柄ではないと認識しています。
「そっか」
随分と縁を作りました。童話の話。七夕やお祭り。一緒に食事も作り、ご飯を一緒に食べ、一緒に遊ぶ。
今の私は、この家にディアーチェやレヴィ……そしてユーリが入ればと考えている。随分と
ハヤテには何もかも受け入れてくれると思わせるだけの度量の大きさがある。
「わかった。この事は全部終わったら、ちゃんと償う。みんなだけやのうて、私も」
「それは」
「だって私はみんなのマスターやから。ああ、シュテルはちゃうけど同じ家族やろ? こういう時は家族で助け合わなあかんから、シュテルの分も私が面倒見たる」
ハヤテの優しさが心に染みてきます。
本当に、この人の度量は大きい。
「ありがとうございます、ハヤテ」
「ええんよ。家族なんやから。ただし、今度から秘密は無しにしてな? 家族やのに一人だけのけもんやなんて、寂しいやん」
「それについては、もうしわけありません。次からは気をつけますので」
話したら止められる未来しか見えないのですが……確かに、合法的に蒐集する事も出来たかもしれません。犯罪者や危険生物を譲っていただくとか……無理でしょうか?
まあ、それはともかく。
「それでハヤテ、全てに決着を付けるために協力をお願いしたいのですが?」
「そやった。それで協力って私は何したらええん?」
これでようやく本題に入れる。まずは一つの関門をクリアーです。
さて、ここからの事は闇の書の中から見ていただけですから、詳しくはわからないのですが。たぶん高いビルの屋上で戦っているはず。違う場所ではなかった……はず。
「そろそろシグナム達とナノハ達が戦うはずですので、そこに二人で割って入りましょう。魔力を追えば、探すのは難しくありません」
「ちょ。なんで、なのはちゃん達と戦ってるん?」
ハヤテを管理局から守るためですが。
「それは、まあ。ちょっとした手違いです」
「手違いって軽うない? なんや信じられへんな。それに、なのはちゃんやフェイトちゃんが魔法使いやなんて、ホンマなん?」
信じてくれないのですか、ハヤテ? 私は別に企図して起こしているわけではないのですよ?
「ええ。ちなみに、ハヤテも事が終われば魔法使いの仲間入りですよ」
「え、そうなん?」
「背中から羽が生え、頭には輪っかが生えます」
「は? それって死んでる的なやつとちゃう?」
間違えました。頭に生えるのは帽子でした。
まあ、いいでしょう。
「では、次の策に移ります」
「ちょう、シュテル? 本当に大丈夫なん? なあ、本当に」
「行きます。つかまってください」
「シュテル!?」
さあ、第二幕の幕開けです。気合を入れて行きますよ。
ハヤテを抱き上げて屋上まで登り外に出ると、すぐに戦闘場所がわかりました。すでに太陽の陽の光は落ち、暗闇が支配する中、探る必要もなく、よく光っています。
ハヤテを抱きかかえたままそこまで飛んでいく。
ハヤテが空を飛ぶことに感動していますが、それは置いておく。
到着すれば騎士達とナノハ達がまだ戦っていました。どうやら全員無事ですね。
「シュテル? はやて!!」
「な!? シュテル貴様! どうして主をここに連れてきた!!」
「はやてちゃん!? どうして二人で来たの!」
私達を見て騎士達が集まってくる。随分とお怒りの様子です。これは、説明の前の説得が面倒でした……私だけならば。
「シュテル、てめえ!!」
「みんな、待ってな!」
掴みかかってこようとしたヴィータをハヤテが止める。
「全部な、シュテルから聞いたんよ。みんなが蒐集してた事も、闇の書の事も」
「な!? なんで……」
いたずらを咎められる犬のように、ヴィータがシュンとする。振り上げられた腕はゆっくりとおろされ、顔を俯かせる。シグナムもシャマルも同じように。
やがて覚悟を決めたのかシグナムが顔をあげると、申し訳無さそうに口を開いた。
「主はやて、貴女に黙って蒐集をした事について、言い訳をするつもりはありません。ですが、我らは何もせずに貴女を失う事は出来なかった。将として全ての責任は私にあります」
「ごめんなさい、はやてちゃん。でも、これしか方法が無くて」
「ごめん。あたし達はただ、はやてに元気になってほしかっただけなんだ。本当は蒐集なんてしたくなかった。だけど、方法が無くて、それで」
次々と口を開く騎士達。申し訳無さそうに頭を垂れる騎士達に私は何も言えない。それは私が煽ったからです。私は何も教えなかった。私が一番罪が重いのでしょう。
しかし、それを私は悔いたりはしません。それを背負う覚悟は、最初からあるのですから。
「わかっとるよ、ヴィータ。シャマル。シグナムも一人で責任を背負おうなんてせんでええ。これはマスターたる私の責任でもあるんやから」
「いいえ、そんなことは!」
「ええから。ありがとうな、みんな。私のこと、気にしてくれて。でも、シュテルにも言うたけど次からは話してな? みんなで考えた方が、もっとええ方法を思いつくかもしれんやろ?」
ハヤテの言葉に騎士達も頷いて返事を返す。こちらは、これで大丈夫でしょう。
「シュテルちゃん」
「シュテル」
今まで蚊帳の外に置かれていた二人も私のもとにやってくる。
「わかっています。ナノハ、フェイト。約束は守ります」
全ては大団円を迎えるために。その為の次の一手を始めるための下準備を。
「さて、では全員集まりましたので、本題を話したいと思いますが、その前に通信妨害を解いてください」
「通信妨害を解けだと?」
その為には情報の共有とすり合わせが必要なのです。
私達だけでは防御プログラムをどうにかすることは出来ない。だから管理局という協力者が必要。それには妨害を排除しなければならない。
全ては必要な手順。
「妨害を解くわけにはいかないわ。だって、それは」
「管理局にも聞いてもらいたいのです」
「管理局だって!? それじゃあ、はやてが捕まるじゃねえか!」
もし妨害を続けても、もはや隠し立ては出来ないのです。ナノハとフェイトに通信が届かないことは、そろそろ管理局も気づくはず。
「そうよ! そんな事をしたら、はやてちゃんが!」
「シャマル。お願いやから解いてあげて。シュテルに考えがあるみたいなんよ」
「シャマルさん、私達からもお願いします。私達も無理やりはやてちゃんを連れて行ったりなんてしませんから」
「ですけど……」
ナノハの言葉にうなずくフェイト。ハヤテのお願いに戸惑うシャマルが戸惑っている。説得に時間をかけたくはないのですが……仕方ありません。
説得すべく声をかけようとしたところ、シグナムが手で制してきた。
「わかった。シャマル、主の命だ。解いて差し上げろ。テスタロッサ。わかっていると思うが、少しでもおかしな真似をした時は、こちらも容赦しない」
「わかっています、シグナム。状況が決まるまで、こちらから手を出すのは控えます」
「シグナム……わかったわ」
通信妨害が解除される。すぐにナノハとフェイトが通信をしようと試みる。
しかし、それは届かない。
「あれ? まだ通信できないみたいなんだけど、フェイトちゃんは?」
「こっちもやってはいるけど、エイミィの応答がない。この感じは、まだ妨害が続いている?」
「そんな! 私はちゃんと魔法を解いたわ!」
「おい! てめえら、変な言いがかりをつけてるんじゃねえだろうな?」
ナノハ達と騎士達が騒がしくなる中、私は落ち着いて周りを探る。魔法を使った以上、確実に位置は割れているはず。私には未だに見つけられませんが、しかし常に主を守り家を守り、周囲を監視し続けた彼ならば。
だから信じる。ヴォルケンリッターの守護獣の力を。
「ザフィーラ、わかりますか?」
「任せろ。すでに場所はわかっている。出てこい!
地上から建物から多数の刃が突き出す。
「ぐあっ!?」
虚空で悲鳴が上がる。見れば仮面の男が突き刺さっていた。こっちが妨害をしていたのなら、もうひとりはどこに。ザフィーラの攻撃を避けた?
「気をつけてください。もうひとりいます。ルベライト」
念のため、捕まえた仮面の男に捕獲魔法を重ねてかけておきましょう。
ハヤテを囲むように動いた騎士達が周囲を警戒する。
「なぜザフィーラがここに?」
「おい、どうなってるんだよ!」
当然の疑問です。ですが、今は……いや。そういえば、話すと約束したのでしたか。
「簡潔に言えば、私がここに来る前にザフィーラを呼びました。その際に作戦も伝えています。仮面の男がちょっかいを掛けてくるのがわかっていましたし、いずれナノハ達に知られる事も予測済みです。通信妨害でそちらに話を通せなかったのですが、謝罪します。ですが、緊急事態ですのでご容赦ください。ザフィーラにも感謝を。信用してくださり、ありがとうございます」
「長いけど簡潔すぎだろ!」
「このプログラム風情が!」
男の声が突然響いた。振り向けばザフィーラに向かう仮面の男が。しかし、ザフィーラも近接戦闘のスペシャリスト。すぐに迎撃体制を取るのが見えた。
ぶつかると思われた刹那、その仮面の男の周りに魔法反応。
「そこまでだ!」
「なに!?」
紐状の魔力が幾つも仮面の男の周りに広がると、一瞬で拘束して地面に縫い付けた。
「クロノ!」
「クロノくん!」
上空から降りてくる黒いバリアジャケットを着た男の子。手に持つ杖は仮面の男に向けられている。
さらにもう一人の拘束済みの仮面の男にも魔力の紐が伸びて絞まる。
たぶん、今必要な何かをするつもりです。このままだとザフィーラの拘束魔法が邪魔になるかもしれません。
「ぬっ!」
「ザフィーラ。拘束は私がします。ザフィーラは解いてください」
「だが、いや。わかった」
素早く捕まったばかりの男にもルベライトで拘束する。魔力の紐に邪魔にならないように。
「シュテル、君の配慮に感謝する。これは、ストラグルバインドという魔法で、相手を拘束しつつ強化魔法を無効化する効果があるんだ。あまり使い所の無い魔法だけど、こういう時には役に立つ」
「うわっあ、つ!」
「変身魔法を強制的に解除するんだ」
二人の仮面の男が苦悶の叫び声をあげると、姿が変わる。
「え?」
「ロッテさん? アリアさん?」
頭に猫の耳をはやした二人の使い魔が姿をあらわした。