魔法少女LyrischSternA’s   作:青色

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24話 運命(Schicksal) 12月中旬

 リビングに入るとカーテンで締切られて暗い。カーテンの隙間から漏れる光には滞留した空気が見えるように、ホコリが舞っている。澱んだ空気は重く沈み、私が歩いた場所だけ抵抗するかのように鈍重にわずかだけ渦巻くように動く。聞こえる音は冷蔵庫のモーター音と私の息遣い、10時を指す時計の音だけ。久しぶりに戻ってきた自宅は、まるで今まで眠っていたかのように時を感じません。

 

 つい最近までは、この狭い世界で騎士達やハヤテの笑い声が響いていたというのに。

 シャマルが台所をピカピカになるまで磨く姿も、シグナムが悪戦苦闘しながら録画予約をする姿も、ヴィータがポテトチップスをかじる姿も、ザフィーラが定位置で眠る姿も、そしてハヤテが皆に笑いかける姿も、ここには無い。今は留守番役のシャマルも病院に行っており、誰も居ない空間となっています。

 

 

 本当に寂しい場所になってしまいました。今のこの場所には、思い出の残滓しかない。

 

 

 ハヤテが入院をした事で自宅に帰る必要がなくなった私達は、補給とハヤテへの見舞い以外では家に戻らなくなっていました。時間的な制約が緩んだため、とにかく遠くの管理局の手がまわっていない世界へと行くようになったからです。そのため管理局の追跡を振り切ることが出来るようなり、蒐集は以前以上の速さ行われています。

 

 それに、もはや魔力の温存などと言ってはいられない状況なのです。シャマルの見立てではハヤテは一ヶ月と持たない。もしかしたら、半月と無いかもしれない。私達には、もう四の五の言っている余裕も時間も無くなってしまいました。

 

 私の当初の目論見では、こんな状況を迎えるつもりはありませんでした。今頃は闇の書を完成させ、そして防御プログラムを切り離して滅していたはずだったのです。ですが、現実は違いました。何故こんな事になってしまったのか。その理由もわかっています。

 

 

 ナノハとの出会いが早すぎた事です。

 

 

 私の立てた計画は、その時点で変更を余儀なくされる。そして、クロノ・ハラウオン執務官の捜査能力の高さを見誤ってしまっていた。管理局との本格的な戦いが始まった時、私の計画はすでに破綻していたと言えるでしょう。もう少し、せめて一週間遅ければ、こんな事にはなっていなかったのかもしれません。

 

 今更、私の忠告を聞かなかったヴィータを責めるつもりはありません。ヴィータの気持ちを理解していなかった私のミスです。私は騎士達の想いを考えず、私一人で計画を立案し、ハヤテと騎士達を我欲の為に利用しようとしました。

 愚かな間違いでしたが、しかし、嘆いていても仕方がありません。

 

 

 悪くない話もあります。

 

 

 それは、ナノハとフェイトに早く会うことが出来た事。矛盾しているように聞こえますが重要です。なぜなら、彼女達は確実に以前よりも早い段階で闇の書の調査を開始し、私との戦闘で以前よりも強くなっているはずですから。

 そしてなによりも、沢山の話をすることが出来ました。信用を築けたかはわかりませんが、初めてお会いした時のような事は無いでしょう。

 

 さて、そろそろ管理局でも気づいたはずです。闇の書をどうにかするには、闇の書の主が真に覚醒する必要があるという事を。今、捕縛しても暴走して転生で終わりになる。封印しても無駄なのですから。

 

 問題はどうやって、あの猫達に知られないように動くかです。これが、難しい。私は間違いなく、常に監視されているでしょう。そして、もはや私を必要とは考えていないでしょう。蒐集もかなり進みましたから。

 だから、捕まった挙げ句に隔離されてしまうかもしれません。それでは手も足も出なくなってしまいます。

 

 結局、今は下手には動けない。こちらから話に行くことは出来ない。図書館で偶然を装うのも難しい。病院でも同様です。下手な手を打てば即座に捕縛されかねない。

 もう一度、戦闘をする機会があれば良いのですが、なぜか戦闘の機会が訪れない。これも、あの猫達の要らないお世話のお陰でしょうか? 魔力を集めきるまで管理局の動きを妨害しているのでしょうか? もしそうなら、本当に余計な事です。

 

 まあ、慌てる必要はありません。逆転の目は残されています。その時が来るまで、私は動かずに居るべきでしょう。

 

 

 軽く1人で掃除をしてハヤテの見舞いの準備を終えると12時になっていました。

 シャマルは先に病院に居るので、冷蔵庫の中にあるもので適当にご飯を作ると1人で食べる。食べ終わったら食器を片付けてシャマルに連絡を入れます。

 何度か月村すずかが友人のアリサ・バニングスを連れてお見舞いに来てるので、警戒しなければなりません。彼女の友人の中にはナノハやフェイトがいますから、会いそうになったらあの猫達が強硬手段に訴えて来そうです。

 

 しかし……今は上手く誤魔化しているようですが、いつまでこの状況がもつのやら。

 月村すずかの行動力が恐ろしいですが、アリサ・バニングスの方も何をしでかしそうで怖いです。

 

『シャマル』

『シュテルちゃん? これからこっちに来るの?』

『はい。今から向かいます。そちらの状況はいかがでしょうか? それと、何か持って来て欲しいものはありますか?』

『心配しなくても大丈夫よ。必要なものも持ってきてるし、特に無いわ』

『了解しました。では、今から向かいます』

 

 玄関から外に出るのも1人。

 通い慣れた道。1人で歩く。

 商店街の雑踏。道には車が行き交い、人々の話す声が聞こえ、お店の中からはみょうにポップな歌が聞こえる。電飾に彩られた街角には、もみの木が立っていて色とりどりの光を放っている。

 景色はとても華やかなのに、なぜかとても空虚に感じます。この時代に転生し、ヴォルケンリッターやハヤテと共に過ごしていたせいでしょうか。

 1人は、やはり寂しいものですね。

 

 やがて、人通りが減り、華やかさも減っていく。

 ハヤテの今の居城である赤い十字がマークされた白亜の建物が見えてきました。

 

 

 病院内部は活気に満ちあふれていました。白衣の医者。白い服を着た看護婦。杖をついて歩く老人。車椅子に座る女性。クリスマスの飾り付けまで見え、あの誰も居ない家よりも華やかに見えるくらいに。

 なにかの皮肉を感じてしまいます。

 

 ハヤテの病室の前。一言連絡を入れます。

『シャマル。到着しました』

 その後、ノックして返事を待つ。すぐにシャマルが出てきて開けてくれました。

 

「シュテルちゃん、いらっしゃい」

「いらっしゃいませや、シュテル」

 

 ベッドの上には見た目は元気そうなハヤテ。本を読んでいたのか、何冊かベッドの上に散らばっています。

 

「お久しぶりです。ハヤテ」

「大げさやな。ついこの前も来てくれたやん」

 

 ハヤテのお見舞いは毎日必ず誰かが行くようになっています。シャマルは常にハヤテを守り、ザフィーラは病院に入れないので家を守る。

 正直、ナノハ達が近くに住んでいるので、ハヤテは別の町の病院のほうが良いのですが……今更、主治医を変えるわけにもいかないですし、ハヤテが知らない人を嫌がりますから。

 

「お暇ですか? ハヤテ」

 

 特にハヤテには報告することもないので、当たり障りのない話を振ってみると、ハヤテが苦笑した。

 

「そうやね。ここやと本を読むかテレビを見るしかないんやから」

「確かに、ここだとやることが少ないですね」

 

 殺風景な病室には必要最低限の物しかありません。

 まあ、物で溢れた病室というのもおかしいかもしれませんが。

 

「みんな大げさなんよ。それに、シュテルがおるから大丈夫やとは思ってるけど、ちゃんとご飯食べてるん?」

「それは問題なく……ハヤテは料理がしたいのですか?」

 

 何となく聞いてみると、ハヤテがまた笑う。

 

「ようわかったね。まぁ、そうなんよ。いいかげん料理したくて、それが少し辛くてな。病院の食事やと栄養重視で味気ないし。もちろん作ってくれた人には感謝しとるけど、やっぱり自分で作ったほうが楽しいやろ? またみんなと一緒にご飯食べたいし」

 

 ハヤテにとって、料理は趣味のようなものでしょう。いつも楽しそうに作っていましたし、特に私達と一緒に作るようになったというのもあるのでしょうが、誰かに食べてもらうのも、一緒に食べるのもハヤテ好きです。

 

「はやてちゃん、すみません。石田先生は少し精密検査を続けたいそうですから、もう少しだけ我慢してくださいね」

「この前もそう言っとったけど、何時になったら退院出来るんやろね」

「ええと、それは今度、石田先生に聞いておきますね」

 

 ハヤテが不満を漏らすのは珍しい。それほど退屈しているのでしょう。

 

 しかし……シャマルは誤魔化していますが、残念ながら当分の間は退院出来ないでしょう。闇の書が目覚めるその時が来るまで、このベットから離れることはない。

 元気に見えるハヤテですが、その体は闇の書の侵食によって弱り果てていますから、普段は我慢しているのではないかと推測できます。思えば、不自然に人を遠ざける事が時々ありました。1人で耐えていたのでしょう。

 だからこそ、ハヤテは強い人です。そんな人だからこそ、闇の書の真の闇を退けることが出来るのでしょう。こんな時でなければ、こんな状況でなければ、私は惜しみなく称賛の声を上げたでしょう。それが非常に残念でなりません。

 

 ハヤテの様子を見るに、闇の書の目覚めまで時はない。それはつまり、戦いの時が迫っているということでもあります。その時に向けて、私達に出来ることは少ない。

 

「どうしたんや、シュテル? 急に黙って」

 

 少ないですが、その時に向けて私が出来ることをしなければ。そうでなければ、ナノハとの約束も守れませんしね。

 

「いえ。急にハヤテの作ったエビ天丼が食べたくなってきました」

「そうなん? うーん、ここにコンロとか持ち込めんやろか?」

「ハヤテちゃん、それはちょっと。流石に無理じゃないでしょうか」

 

 誓いましょう、ハヤテ。結果以外は必ず変えてみせると。

 そして王よ。必ず最高の状況でお迎え致します。きっとその時には、最高の協力者を得られることでしょう。

 

 いま少し、お待ち下さい。

 

 

~~~~~

 

 

「闇の書、夜天の魔導書も可哀想にね」

 

 エイミィの言葉に僕も感じることがある。

 本来の名前。本来の機能。本来の役目。改変による変貌。歴代の持ち主たちに歪められ、闇の書を闇の書たらしめているように感じる。結局、人の欲望が闇の書の運命を歪めてしまった。人の欲望とは本当に際限がない。

 

 しかし、プログラムを停止させるのに管理者権限が必要になるなんて、厄介な事だ。無理に停止しようとすれば主を吸収して転生してしまうのでは、完成まで現状では何も出来ない。

 

「闇の書の調査は以上か?」

 

 通信画面に映るユーノに問い合わす。無限書庫には今、ユーノとアリアがいる。

 

『現時点では。まだ色々調べてる。でも、さすが無限書庫。探せばちゃんと出てくるのが凄いよ』

 

 まだ可能性はある、と言う事か。ユーノの言い分だと時間はかかっても何かしらの手がかりは得られそうだと希望が持てる。

 なら、もう一つの方も聞こう。

 

「では、シュテルという魔導師については?」

 

 僕が聞くと、ユーノの顔が曇る。

 

『ああ、それについては現在該当する情報が無くて、正直に言えばお手上げの状況なんだ』

「無いだと?」

 

 ユーノが説明してくれる。過去の活動で同様の魔道士が出てきた記録はなし。常にヴォルケンリッターのみで出ている事。新たに書き加えた記述もなければ”王”という存在も確認できないと言う。

 では、嘘をついているという可能性が高いのか……いや、あの性格からして、なのはやフェイトに嘘を付くとは考えづらい。

 

『もう少し深く潜ってみないと確定はできないけど、少なくとも闇の書が生まれた時から存在を確認した記録は無いんだ』

「実は嘘をついている、なんてことは無いのかな?」

「ああ、その可能性が高いんじゃない? そもそも闇の書に別のプログラムがあるなんてさ。正直、ありえないよ」

 

 エイミィの言葉にロッテが賛同している。確かに闇の書のプログラムではなく、利用しようとしている第三の勢力と考えた方が辻褄(つじつま)が合う事が多い。

 やはり、彼女は本当の事をすべて話してはいない。核心的な部分は避けている。

 でも、信用はできる。少なくとも、話していることに嘘はない。だが、それだと辻褄(つじつま)が合わない。彼女が何者なのかも見えてこない。

 

『とりあえず、もっと深くまで探ってみるよ』

「ああ、すまんがもう少し調査を頼む」

『うん』

「アリアも頼む」

『あいよ。ロッテ、後で交代ね』

「オッケーアリア。がんばってね」

 

 僕の考えではシュテルという魔道士は嘘をつかない。誤魔化すことはあっても。

 核心的なことは喋らない。そして、開示する情報を選別している。そこに、やはり嘘はない。

 

「エイミィ、仮面の男の映像を」

「はいな」

 

 ならば、この仮面の男は何なんだ?

 仮面の男が超長距離のバインドを成功させている。

 別の画面では武装局員を蹴散らす仮面の男。

 シュテルは言っていた。“どなたか知りませんが”と。

 

「超長距離のバインドを成功させ、その後、瞬時に別の世界に転移。こんどは武装局員を蹴散らす。こんなこと、普通の魔道士には不可能だよ。かなりの使い手ってことになるね」

 

 管理局のシステムをクラッキングでダウンさせる事ができるほどの力。

 そんな事が可能なのは……それに、どうして。

 

「ロッテはどうだ?」

「ああ、ムリムリ。あたし、長距離魔法とか苦手だし」

 

 全員捕縛された状況で僕は蒐集されなかったんだ? 援軍が来るからか?

 それとも……。

 

「アリアは魔法担当。ロッテはフィジカル担当できっちり役割分担してるもんね」

「そうそう」

 

 管理局内部に居るとシュテルが言った闇の書を封印しようとする勢力。

 ロッテ、アリア……提督。

 

「昔はそれで、酷い目に合わされたもんだ」

「そのぶん、強くなったろ? 感謝しろっつうの」

 

 調べなければならないか。

 

 たとえそれが、不愉快な事実を暴くことになるとしても。




後半追記。

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