柔らかく風が吹き、涼しげに草が揺れる。所々に生える木は、適度な影を提供しています。できれば、そこで読書をしてみたいものですが、残念ながら私達にそんな暇も余裕もありません。
『
牧歌的な景色に似合わぬゴツゴツとしたトゲのある外骨格を持つ魔獣から、シグナムが取り出した闇の書が蒐集を開始する。その魔力は巨大な体格とは反比例して少ない。まあ、魔力の量と体格は無関係ですが、すぐに蒐集は終わってしまう。
「1ページも行かなかったか」
「保有魔力量は小さかったですから、仕方ないでしょう」
「そういうな。今は1ページでも多く稼ぎたいからな」
魔力が少ないのに非常に固く、シグナムの剣を弾くほどでした。こういう手合は魔力の無駄ですから放置したかったのですが。
「それで、どっちに行けば効率が良さそうだ?」
「この辺りは今のタイプか、より魔力の少ないのしか居ないようです。少々遠いですが、ここから東に行けば数は少ないですが大きな魔力を保持する獣が居ます」
事前に調べておいた情報を話します。
前回のナノハ達との戦闘以降は管理局の追跡は厳しくなったため、こうして先に調べるようになっています。また、2人の内の片方が周囲を警戒する役をするように役割分担をしました。大きな星ならば全員で周ることもありますが、以前のように全員が結界内部に捕まる危険もあります。ですので、今回はヴィータとザフィーラは違う世界に向かって貰いました。
「では行こう。邪魔が入る前に出来るだけ多く蒐集したいが」
「そうですね。わかりました、参りましょう」
靴から真紅の翼を伸ばし、シグナムより先に空へと飛ぶ。飛んでいる間も警戒は怠れない。何時どこで管理局の襲撃を受けるかわからないのですから。
管理局の締め付けは時間が経つにつれて、さらに予想以上の厳しさになっています。もう完全に私達の住む世界を中心に網を張られており、近郊の世界は全て警戒されていると考えていいでしょう。
遠くであろうとも、個人で行くことの出来る範囲にある世界には監視の目があります。それに引っかかると、彼らはすぐにやってくる。何度か撃退してはいるものの止めを刺すわけにも行かず、イタチごっこの様相を呈しています。
数も減るどころか増員をされているようで、知らない武装局員の方も確認しました。今後も更に増員されるかもしれません。私達はまるで真綿で首を締められるように、追い詰められているのを感じます。
それでも、蒐集を止まるわけにはまいりません。
蒐集以外に、私には選択肢は無いのですから。
目的の場所は砂漠の為、空気は熱く乾燥し、周囲には砂しか見えない。しかし、その下には隠れるように無数の魔力を感じることが出来ます。この時間帯は砂の下に潜って暑さを凌いでいるのでしょう。その砂の下に隠れている魔力の中に、突出して大きな魔力を確認しています。
「奴らが来る前に手早く済ませよう。シュテル、おびき出せるか?」
「ええ、出来ますよ」
しかし、どうも妙な感じがします。これほどの獲物が管理局に押さえられていないのが。周囲には特におかしなとこはありませんが……。本当に安全なのか、それとも罠なのか。
「ん? どうしたシュテル?」
「……いえ、なんでもないです」
どちらにしても管理局の襲撃はあるものとして動いているのですから、警戒を解くような真似はしません。例えナノハとフェイトが来たとしても対応できるはずです。再び結界を張られた時だけは厄介ですが、そうでなければなんとでも。しかし、それは絶対に大丈夫という意味ではありません。
少々手荒になりますが、ここは手早く仕留めましょう。管理局がやってくる前に。
~~~~~~~
「緊急事態だよ! どうしてこんな時!」
画面にはシグナムさんが写っている。それと……シュテルちゃん。
慌てるエイミィさんの声が響く。すごい勢いでコンソールを打ち込んでるけど、何をしてるのかは私にはわからない。だって凄い早いんだもん。
でも、慌てている理由だけは私にもわかった。今日はクロノくんもリンディ提督も居なくて指揮官代理をしているから。
リンディ提督はアースラの試験航行に。クロノくんも無限図書館にユーノくんを訪ねに本局に行って帰ってきてないから。
ユーノくんはここしばらく無限図書館に闇の書さんを調べるために籠もってる。クロノくんの師匠のリーゼアリアさんとリーゼロッテさんが協力してくれているって聞いたけど、未だに解明までは至ってないみたい。
だから、今ここには、私とフェイトちゃんとアルフさんしかいない。
「結界を張れる局員を集合して、最速で45分。ううん。まずいなぁ」
頭を抱えているエイミィさんを見て、フェイトちゃんが
やっぱりフェイトちゃんは行くつもりだよね。だってシグナムさんが居るから。
だったら。
「エイミィ、私が行く」
「あ、あの! 私も行きます!」
とっさに言葉が出ちゃった。
「待って。なのはちゃんはバックスで残って欲しいのだよ」
「ナノハが行くのかい? 足止めでいいなら私が行ってもいいんだけど」
新手のことも考えたら残った方がいいのかもしれないけど。だけど。
「ううん。行きたいの。私も」
シュテルちゃんが居るなら私も行きたい。
騎士達やシュテルちゃんの想いはわかっているなんて言ったら、きっと傲慢なのかもしれないけど。
だけど、騎士さん達は主さんを助けたい一心で動いてることを。ただそれだけなんだって。シュテルちゃんは騎士達も闇の書の主さんも助けようとしてるって。
シュテルちゃんと話してわかった。
本当に蒐集するしか方法は無かったのかな? と、そう考えると、他にも方法はあるかもしれないって思う。あの後、フェイトちゃんと話をして思ったのは、選択肢を蒐集のみに限定しすぎているんじゃないかって事。
なんだか蒐集以外に主さんを救う方法は無いって、最初から他の方法を除外して考えている気がしたから。たとえ時空管理局の中で封印する計画があったとしても、他の方法を考えないのはシュテルちゃんらしくないんじゃないかって。
でも、私にはどうすればいいのかなんてわからない。だけど、沢山の人を襲うのは間違っているって。駄目なんだって、そう思うから。
私にはわからなくても、リンディさんやクロノくんやアースラに居るみんなで考えれば、きっと他の方法は見つかると信じているから。。
私はフェイトちゃんやアルフさんを。リンディさんやクロノくんを。エイミィさんやアースラのみんなを。無限図書館で頑張っているユーノくんを。私はみんなを信じているから。
だから、やっぱり止めたい。シュテルちゃんともう一度、話し合うために。
「なのは……うん。そうだね。シュテルは長距離戦が得意だから、なのはの支援があると助かるかも」
「えええ!? フェイトちゃんまで賛成するの? う~ん」
困った顔をするエイミィさんには申し訳ないけれど。
「お願いします。行かせてください」
やっぱり引けないから。
「もーう! わかったよ! でもそのかわり、二人とも危なくなったら引く事。その時は敵を倒す事にはこだわらないで局員の到着を待つように。いい? わかった?」
「うん。ありがとう、エイミィ」
「ありがとうございます、エイミィさん」
「まったく、こうなったら二人はテコでも引かないね。いいかい? 危険になったら逃げるんだよ。私もすぐに駆けつけるからさ」
「うん」
私はシュテルちゃん達を止めようって決めたから。
「行こう、なのは。今度こそシグナム達を止めよう」
負けられない。これ以上、シュテルちゃん達に罪を重ねさせるわけにはいかないから。悪い人じゃないってわかったから。
「そうだね。今度こそシュテルちゃんを止めてみせるよ」
だから、負けられないよ。本当に手遅れになる前に。
絶対に勝って、そして止めてみせる!
バリアジャケットを展開してから転送してもらう。
場所はシュテルちゃん達が魔獣を狩っている上空。距離は離れているけれど、レイジングハートのおかげで拡大して二人が見える。
丁度、魔獣を倒したとこみたい。ムカデみたいな魔獣が倒れてるのが見えた。これから蒐集するんだよね。じゃあ、終わる前に行かなきゃ。
「フェイトちゃん!」
「ちょっと待って、なのは」
フェイトちゃんはすでに状況を察したみたい。
『エイミィ。すでに魔獣は倒されたみたい。突撃して足止めをする』
『うん、わかったよ。そっちはフェイトちゃんに任せる。こっちは集合まで40分以上はかかるから、それまでお願い』
「急ごう、なのは」
「うん!」
一気に速度を上げて降下を開始。空気の抵抗が上がって、風を切る音が凄くなる。バリアジャケットのおかげで体はなんともないけど、なければ大変なことになりそう。
あ、でも、フェイトちゃんは奇襲するのかな? ううん。しないよね。じゃあ、このまま降りてどうしよう? 先に砲撃して蒐集を止めたほうがいいかな?
「やっぱり蒐集を止めるのが先だよね」
先に降下するフェイトちゃんには聞こえてなさそう。慌てて念話に切り替える。
『フェイトちゃん。先に私が砲撃で先制して蒐集を止めるから。その間に距離を詰めて!』
『了解、なのは。じゃあ、先行するね』
『うん。じゃあ』「いくよ、レイジングハート!」
制動をかけて、空中で停止。これ以上近づくとシュテルちゃんに気づかれてしまう。フェイトちゃんは高度を下げる。低空飛行で近づくつもりみたい。
私の役目は長距離砲撃でムカデみたいな魔獣さんに一撃を入れて、それで魔力を全部ふっ飛ばす。私の攻撃は非殺傷モードだから、それで蒐集は止められる、はず。
『
先端が音叉状に変わる。
グリップを握って安定させる。
目標を視認。
レイジングハートが照準を手伝ってくれている。
いつもありがとうね。レイジングハート。
「いくよ! 久しぶりの超長距離砲!」
『
魔力を込めた弾丸を送り込む擦過音が二度響き、魔力が増幅していくのを感じる。
体に負荷がかかるけど、大丈夫。
『
「ディバイーン!」
円環が浮かび上がり、回り始める。
レイジングハートが拡大してくれた照準の中でシュテルちゃんがこちらを見た。
気づかれた? けど、もう遅いよ、シュテルちゃん!
「バスターーー!!」
撃つ一瞬にシュテルちゃんがシグナムさんの前に出てシールドを展開するのが見える。
ここから攻撃が届くってわかってる? けど、狙いはシュテルちゃんじゃない!
桜色の魔力の本流が一直線に伸びる。そのままムカデみたいな魔獣に突き刺さった。
『
着弾確認! さすがレイジングハートだね。
空薬莢を排出する音がする。フェイトちゃんは……見つけた。低空飛行で一直線に突っ込んでる。シグナムさんが気づいた? 厳しい表情をしてフェイトちゃんに体を向けたのが見えた。迎撃するつもり?
こっちも近づいてフェイトちゃんを支援しなきゃ!
『
「え?」
とっさにシュテルちゃんを見る。ミッドチルダ式の魔法陣が展開されてた。円環が浮き上がり、中心には魔力が集まってきてる? 私を狙ってる?
まさか。そこから? 私の長距離砲と同じく届くの!?
『
放たれた魔法はまるで炎の槍。赤い炎が迫ってくるみたい。
ぼーとなんか、してられない!
「レイジングハート、お願い!」
『
とっさに手を前に突き出す。シールドを全面に展開。
展開した瞬間に炎の槍の先端がぶつかった。
「くっ……うううううう!!」
シールドに当たって散っていく炎の魔法。まるで火花のように周囲に飛び散っていく。
強い。そんなの、わかってる。
これが、シュテルちゃんの長距離砲撃。紅の炎が私を飲み込もうとシールドの魔力とせめぎ合う。
紅の濁流は思ったよりも短く、唐突に終わった。
右手がビリビリする。でも防ぎきった。
先手を打たなきゃ!
「カートリッジロード!」
『
弾丸をを再装填。魔力を再び充填するけど、その間にもシュテルちゃんの方向から魔力がほとばしる。
シュテルちゃんの方がわずかに早い。でも、ここからなら。
再びシュテルちゃんが砲撃をしたのが見えた。すぐに砲撃が迫ってくる。
位置を移動させながら砲撃準備。
今度は避けてカウンター!
「ディバイーン!」
射撃管制はレイジングハートが補助してくれるお陰で砲撃可能。照準補正OK。照準固定OK。
真横をシュテルちゃんの紅蓮の炎が突き抜ける。
いくよ!
「バスター!」
再砲撃! 今度こそ当てる!
シュテルちゃんがいる砲撃点に向けて魔力を放出。シュテルちゃんがこっちを見ているように見えた。
到達する瞬間、シュテルちゃんがわずかにブレる。
避けられた? まるで私に意趣返しをするように。意外と負けず嫌いだよね、シュテルちゃんは。
フェイトちゃんは?
私とシュテルちゃんとの間。中間地点で見つけた。シグナムさんと一騎打ち。いや、待って。いつの間にかシュテルちゃんがスフィアを形成してる! いけない。
「レイジングハート、カートリッジロード!」
空薬莢が排出されて魔力の弾丸が送り込まれる感覚。ガシャンという音と共にレイジングハートから魔力が供給されてくる。
「アクセルシューター」
『
すぐに12個のスフィアが生み出される。シュテルちゃんも12個の赤いスフィア。それが扇状に放たれる。
大丈夫。私ならきっと出来る。以前見た時と同じなら、私の方が早いから。
目標は全弾破壊!
レイジングハート、行くよ!
「やらせないよ、シュテルちゃん! シュート!」
フェイトちゃんに迫る炎弾に向かわせる。到着するまでレイジングハートにまかせて少しだけ私も前に移動。遠いと全体を見やすくなるぶん、細かい操作が難しいし。フェイトちゃんへの援護も難しいから。
シュテルちゃんも場所を移動してるのが見えた。そろそろぶつかる。停止して12個の魔法弾を再操作。頭がぐるぐるし始める。レイジングハートの補助があっても12個もの操作は辛いよ。だけど、でも、きっとシュテルちゃんも同じ。だから、負けないよ!
『フェイトちゃん! こっちは任せて! 絶対にフェイトちゃんの邪魔をさせないから!』
『なのは……うん、わかった。あまり無理しないでね』
『うん。任せて!』
いくよ!
2つの炎弾が起動を変えてフェイトちゃんに迫る。私の魔力弾を回り込ませて邪魔をさせる。スピードはこちらが上だから。絶対に引き剥がさせないよ。すぐに2つの爆煙が上がった。後10発!
「今度も逃さないんだから!」
フェイトちゃんの戦いがちらりと見える。早くて目で追うのも難しい。フェイトちゃんの新しい戦い方。なんとか支援したいけどシュテルちゃん相手だと隙を見つけるのが難しそうだし、フェイトちゃんの速さに私がついていけない。だから、今は目の前のシュテルちゃん優先。
私の魔力弾の方がスピードでは勝ってるはずなのに、なかなか追いつけない。シュテルちゃんの制御能力や空間把握が私より高い証拠。追いついても細かい軌道で引き離される。
でも、当てれば破壊できるから。力は互角だよ。だったら!
「アクセル!」
先に私が動くよ、レイジングハート!
今までは先手を打たれ続けて負けたから、今回は私から動く。魔力弾のスピードを最大に引き上げる。負担が増大して細かい制御が難しくなるけど、勝てるのはスピードしか無いんだ。だから、これで!
次々と爆煙が広がる。軌道を変えられて追い抜いてしまっても再び追いつく。数が減るほど私の制御が楽になっていく。2、3、4!
残り6つ!
「プラズマスマッシャー!」
フェイトちゃんが叫ぶ声が聞こえた。フェイトちゃんの射撃魔法が見える。
「飛龍一閃!」
シグナムさんの剣が鞭のようにしなる。ぶつかって爆煙が広がる。ここからだと戦いは互角に見える。フェイトちゃん、すごく頑張ってる。私だって負けてられない!
シュテルちゃんの炎弾を更に捉える。フェイトちゃんに向かって急角度で降下する途中に捉えた。残り5つ!
その爆発で出来た煙を利用しようとした炎弾を煙に潜られる前に捉える、残り4つ!
急旋回に急降下、急上昇が繰り返される。危うく自分自身の魔力弾同士でぶつけられそうにもなる。いろんな事を仕掛けられるけど、なんとか回避していく。もう4発しか無いのに。何度も何度も繰り返される。一度の失敗も許されない。くぅぅぅ、きついよ! あ、いけない!
一つの炎弾が急制動をかけて私の魔力弾を振り切った。
『フェイトちゃん、避けて! 7時の方向!』
警告が間に合ったのか、フェイトちゃんが紙一重でかわす。避けた瞬間、シグナムさんの剣が迫る。
いけない! 私も魔力弾をシグナムさんに向けて牽制。
そこにシュテルちゃんの炎弾が割り込んでくる。
接触して爆発。シグナムさんが止まらずにフェイトちゃんに! 危ない!
フェイトちゃんがシールドで防御したのが見えた。シールドが間に合っているのは見えて、後ろに吹き飛ばされながらもフェイトちゃんが無事な様子にほっと胸をおろす。
フェイトちゃん、射撃体勢?
「
フェイトちゃんのバルディッシュから金色に輝く槍が放たれる。虚を付かれたのかシグナムさんに当たった。
シュテルちゃんの炎弾の動きが鈍った。でも、捕まえれない。かわされた。
煙幕が張れると煤けてはいるものの傷ひとつ無いシグナムさんの姿が。
やっぱり、この二人は簡単には行かない。
でも、とにかく。これで残り3つ!
そう思ったやさき、突然シュテルちゃんの炎弾が止まった。
止まった炎弾に桜色の魔力弾が次々とぶつかる。周囲に爆発の衝撃波。爆煙が広がって一時的に視界が遮られた。
どうして急に?
『なのはちゃん、フェイトちゃん! 他の世界で別の二人組みを発見したよ!』
「え?」
エイミィさんからの通信? 別の世界で二人組って、あの帽子の子と守護獣の人?
『アルフさんと集められた武装局員を現地に派遣したから、予定に変更あり。予定集合時間は残り25分! アースラも向かってるから、少し時間が伸びたけど耐えて!』