ナノハ達が空へと上昇を開始すると同時に、管理局の武装局員がクロノ・ハラオウン執務官を残して下がっていく。何かしら、あちらで話をしたのでしょう。やがて結界の外まで後退していきました。
その行動は迅速で、こちらに付け入る隙を見せません。
『あいつらのデバイス、あれってまさか?』
『カートリッジか……どうやら奴らもデバイスを強化してきたようだな』
こちらに向かってくるナノハのデバイス、その杖の先端部分の付け根には魔法の弾丸を込めるカートリッジが見え隠れする。むろん、シグナムに向かうフェイトもカートリッジがデバイスに付いているでしょう。
ベルカ式カートリッジ……ミッドチルダのデバイスにベルカ式のカートリッジシステムを載せるのは、大きなリスクが伴うはずです。ベルカとミッドチルダは、まったく異なる魔法体系なのですから。ゆえに、こうなる事はわかっていてもナノハとフェイトの……いえ、二人のデバイスも含めた覚悟を感じます。
それに、変わったのはデバイスだけではありません。上昇時の安定感。充実した魔力。闘志溢れる瞳。戦う者の気迫が、ここまで伝わってくるような気さえします。厳しい修練を積んできたのでしょう。すべては私達と戦うために――。
戦いたい。私の心が大きく揺れ動くのが自分でもわかります。戦いたいと、今のナノハの実力を知りたいと、胸の炎が揺れるのです。
しかし、現状を鑑みれば、心の想うがままにナノハと戦うわけには行かないのは自明の理。なぜならば、時間をかければ包囲が縮まり、管理局の戦力が今以上に集まってくるからです。
ただでさえ現状でも数的不利は否めないというのに、これ以上、敵戦力が集まってくれば逃げ出す事が出来なくなるかもしれません。それに、他の次元航行艦が来る可能性も予想されます。その状況は最悪と言えるかもしれません。
私と同じ高度まで飛んできたナノハは、私から少し離れたすぐには攻撃できない位置で止まりました。まだ、戦闘という様子は見えません。しかし、それも今だけの事。
「ええと、久し振り。元気だった? って聞くのも何だかヘンかな」
照れ隠しなのか苦笑するナノハを見るて、ふと過去の……いえ、未来で再会を果たした時の事を思い出しました。どんな時であったとしても、やはりナノハはナノハなのですね。それがとても嬉しく思えてしまうのは、とても不思議な感覚です。
「ご無沙汰しております。見ての通り、おかげさまで無事息災に過ごしておりました」
「そっか。私もこの通り元気になったよ。レイジングハートも綺麗に直ったし、私自身も鍛えても来たから」
ええ、見れば嫌でもわかります。そして、だからこそ迷ってしまう。ここで逃げる事を選択したら、ナノハは私の事をどう思うでしょうか?
「はい。随分と変わられました。あなたも、レイジングハートも。以前よりもずっと、強く魔力を感じます」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
本当に嬉しそうに微笑むナノハでしたが、すぐに厳しい顔に戻ります。
「私達は戦いに来たわけじゃないって事は、シュテルちゃんならわかっているよね?」
「はい。わかっています。闇の書の事を聞きたいのですね?」
「うん。それと、あなた達の事も。シュテルちゃんと騎士達と、それと主さんの事も」
『それでどうすんだよ? あの二人が出てきたら撤退するんじゃなかったのか?』
ヴィータの声で炎が静まっていきます。今の、私達の置かれた現状を忘れてはなりません。
『そうだな……すでに蒐集は終わっている。戦う必要はないが……』
ナノハとフェイトの参戦は事前に予想されていた事です。そして、その場合は引くと決められていました。これからも蒐集は続けねばならず、長く続く管理局との戦いを考えれば、ここでナノハ達を相手に無理をする事に意味はありません。
ですが、私もそうであるようにシグナムもフェイトを見て考えあぐねているように感じます。
「どうしたの、シュテルちゃん?」
やはり駄目ですね。まだ無理をする時ではありません。今は次の手を打つ時のはずです。ですが……ナノハと戦ってみたいとも思ってしまうのも仕方がないこと。どちらも成し遂げたい、と考える私は自分が思った以上に欲が深いのでしょう。
『だが、シグナム。どちらにしても奴らを相手にしながら結界を突破するのは難しいだろう。シャマル、外からどうにか出来ないか?』
『どうにかしたいけど……外で局員が結界を維持してて、とても私の魔力じゃ破れそうにないわ。シグナムのファルケンか、ヴィータちゃんのギガント級か……それこそシュテルちゃんのルシフェリオン並の魔力が出せなきゃ。それに結界から出てきた局員が周囲を守ってて、とても近づくなんて出来ないかも。なんとか中は見れるしクラールヴィントを使えば結界内に入ることは出来るとは思うけど』
『せめて通信の妨害は出来ないか? 新手が来ないだけでも話が変わるのだが』
『うーん。私の通信妨害の範囲だと、それこそ結界のど真ん中にでも行かなきゃ……』
『いいえ、シャマル。それで十分ですよ』
結界内に閉じ込められるのも、結界を破壊しなければならないのも、全て想定された事態。ただ少し、ナノハ達の到着が予想よりも早かったですが、それも修正可能な範囲。不安材料があるとすれば、ユーノの姿が見えない事です。来ていないだけならば問題ありませんが、警戒はしなければなりません。
『私に考えがあります。事前に決めた作戦を一部修正します』
結界を破壊するのは既定路線というもの。変えるのは破壊の手順。そして、結界を破壊する間に敵の戦力の新規投入を防ぐ事。
手早く作戦を騎士達に伝えます。
「シュテルちゃん?」
「ああ、すみません。少々立て込んでいましたが、終わりました」
念の為、カートリッジを新しいマガジンに交換しておきます。
「そうなんだ? 何が終わったのか気になるけど」
今回は残念ですが、あまり悠長に時間を掛ける事が出来ません。なるべく手早く、ナノハには消耗してもらわなければなりませんから。
「ところで、カートリッジは大丈夫ですか? 私と同じ形式に見えますが、6連装タイプですか?」
「え? あ、うん。私もそうだよ。シュテルちゃんと同じだね」
なるほど。つまり変わりはないと言うこと。
「それはよかったです。さて、先程の質問についてですが、やはり、お話する事は出来ません。以前にお約束した通りです」
「勝つ事が出来れば、だったよね」
私が拒否するとナノハの顔が曇る。何も話さないというのも、悪い気がしてきました。そうですね……。
「そういう事です、ナノハ。ですが、今の段階で話せないこと以外でしたら話してもいいですよ?」
「え? 本当に?」
少し条件を変更して提示すると、ナノハの顔に明るさが戻る。
「ええ。ただし、私の攻撃をしのげたら、です」
『作戦を開始します』
『いくぞ!』
では、始めましょう。
「今度こそシュテルちゃんに勝って話してもらうから。いくよ! レイジングハート!」
『
周囲では、それぞれに相手を決めての一対一が始まる。シグナムはフェイトと、ザフィーラはアルフと。ここまでは、それぞれの因縁から予測済み。てっきり外に出ていくと思われた執務官が残ったためヴィータの相手となってしまいましたが、むしろ好都合です。
今の所、やはりユーノが不在なのが気になりますが、いったいどこに。
杖を構え直し、ナノハが私に対峙する。互い後方に下がり距離を取り、私はデバイスをナノハに向けて構え、深く空気を吸って、吐く。乾燥した空気が肺に入り、正直あまり清々しい気持ちにはなりませんが、心は落ち着きます。
「カートリッジロード」
デバイスからカートリッジが魔力弾を供給する擦過音が響く。軽い打撃音が響き、魔力がデバイスに満たされる。ヴェルカ式カートリッジシステムによる一時的な魔力増幅システム。今までは私達の専売特許でした。ですが、それも終わりです。
『
「うん。レイジングハート、カートリッジロード!」
ナノハのデバイスから擦過音が響き、軽い打撃音が続く。空薬莢が排出されカートリッジが供給され魔力が引き上がるのを感じます。一発目。
私との魔力の量に差はなく、デバイスも同等の能力。これからの戦いで決め手となるのは、今までに積み上げてきた努力のみ。
「パイロシューター」
私を中心に12個のスフィアを宙に浮かべる。最も安定して出せる最大数。最初から手加減は無しです。
『
「アクセルシューター」
『
そして、ナノハを中心に12個のスフィアが浮かぶ。前回と違い、魔法もまた互角。しかし、まだ安定には程遠い。
「え? こんなに?」
『
「う、うん!」
まさか、初めてなのでしょうか? しかし、不安定な様子を見せていた12個の桜色の球体は、すぐに静止状態で安定感で出てくる。
ナノハの表情に余裕が戻ってきます。まだ慣れてない様子ですが、ナノハならすぐに物にするのでしょう。
では、先に仕掛けさせていただきます。
「ファイヤ!」
私は杖を振るい、すべてを射出する。12個の炎弾を四方八方に解き放ち、制御する。いきなりナノハを落とす気はなく、まずは様子見。ナノハを囲むように軌道を取る。
「シュート!」
私に合わせてナノハも撃ってくる。その軌道は私への攻撃でなく迎撃。いいでしょう、ナノハ。競いたいと言うならば、今は受けて立ちます。
急停止、方向転換しての急加速。きつい勾配をつけ、右に左に軌道を振る。12個の炎弾全てでそれを実行する。追撃してくるナノハの魔法弾を引き剥がすべく動かす。
ナノハはまだ慣れていない。私のつける緩急に着いてこれていない。急な動きに距離が開く。軌道が大きい。すべてを把握するのは難しいでしょう。個々の追撃速度がばらつく。
しかしそれでも、すぐに追いついてくる。速度は……わずかにナノハの方が早い? なるほど……僅かにですが魔力出力の差が出ている可能性があります。
更に複雑に。わざと軌道を交差させ、ナノハの魔力弾をぶつけようと動かす。だが、ぶつからない。別の魔力弾を地面すれすれでターンさせる。多少の距離は開いても、やはり付いてくる。それどころか気を抜くと徐々に距離が詰められる。
「あっ!」
ナノハの声が響く。軌道を何度も交差させた結果、その一つが私の炎弾にぶつかる。わざとぶつけさせた。ですが、私は目を瞠ることになる。ぶつかったナノハの魔力弾は、私の炎弾に弾かれても壊れない。同様にわざとぶつけさせた別の魔力弾は互いに爆発する。炎熱変換の特性がある私と互角の威力。魔力弾一つ一つに込められた魔力はナノハの方がやはり上という事でしょう。
爆発によって生じた白煙を利用して一発をナノハに接触させる事に成功した。だが、寸前で張られた防御の膜に弾かれる。以前よりもずっと硬い。これは、防御を抜くのも苦労しそうです。
「ならば、ここで変えてみましょうか」
目標をナノハに切り替える。硬いと言えども数発連続で受ければ魔力衝突の減衰効果で削れるはず。囲い込むべく追い詰めようとするが、今度はナノハに上手く回避される。何度か繰り返す鬼ごっこは、一度も捕らえることが出来ない。囲まれないようにナノハは後退と上昇下降を繰り返す。カートリッジを使ったのか魔力が急激に上がり、速度が引き上がる。そして、その間にも魔力弾の操作も忘れていない。
じりじりと追いかけながらナノハを結界の中央付近へと誘導する。軌道を読まれたのか、一つ、また一つと炎弾を破壊されていく。爆発音が響く度に黒煙が花咲き白い煙が空にたなびき、空を舞う魔力の球体の数が互いに減っていきます。
「素晴らしい」
思わず感嘆の言葉が出てしまう。それほどに、その動きと魔法の制御は目を見張ります。これほどの成長を見せられるとは思いませんでしたから。
火炎の魔力弾の数が減っていきます。このままでは、思惑からずれてしまうかもしれません。少し右に流れています。牽制射撃を。
ルシフェリオンにカートリッジをリロードする。先端をナノハに向け、魔力を込める。すでに複数の魔法をコントロールしているので誘導弾は避けます。
「ヒートバレット」
新たに生み出された魔力に炎熱変換を加え、直線上に6発撃ち込む。誘導されないそれは、速度だけは早い。すぐにナノハに追いつく。
だが、防御するでもなく左に旋回するかのように避けられた。避けられた先は予定通り。しかし、また追尾していた火炎の弾丸が破壊される。
このままでは、ダメージを与えること無くすべて撃墜されてしまいます。早く激しく球体を動かしても、引き離す事が出来ない。攻撃方法を変えるべき。
「カートリッジロード」
ルシフェリオンから擦過音が再び響く。魔力を供給され、空薬莢が排出される音が続く。音叉状にデバイスの形を変え、ナノハに向けて構える。6発まで減ったパイロシューターをルシフェリオンの自動追尾に任せると、動きが落ちた為、ナノハの魔力弾が次々と突き刺さっては破壊されます。が、それにより爆発の衝撃と白煙により視界を奪う。
「炎翼展開!」
ルシフェリオンに炎の翼を広げ、4つの環状魔法陣を展開する。足元に魔法陣を展開し、魔力を杖の先端に集めて砲撃を準備を整える。足元から赤い紅蓮の炎が螺旋を描き、魔力の充実を示す。内なる炎をたぎらせ、必殺の体勢を作ります。
最後の炎弾がナノハの眼の前で破壊される。破壊による煙が視界を奪う。しかし、これで確実にナノハの視界を切れた。
全ては予定通り。
「ブラストファイア」
ここで、撃ち抜きます!
「ディバイーン!」
空に響く声に驚愕する。
声と共に突如、煙の中からナノハが飛び出してきた。
擦過音が響く。魔力が引き上がっていくのを感じる。二発目。
手にはデバイスを構え。すでに、砲撃体制に入った姿で。
同じく音叉状に変わったレイジングハート。
桜色の翼を広げ、回転する4つの環状魔法陣。
先端がこちらに向けられた。
視線が交差する。
心の内に燻る炎が、激しく燃え上がるのを感じます。
負けられない。
いいえ。
負けません!
「ファイアー!!」「バスター!!」
真紅の炎を桜の奔流が迎い撃った。
互いの砲撃が真正面からぶつかる。
青い空を炎と桜に染め上げ、あふれる魔力が空間を押し拓く。
わずかに押す。だが、それだけ。魔力量の差がそれをさせない。
再びカートリッジを使い、魔力を供給する。
一時的に押したが、再び拮抗した。
ナノハもまた、使ったのがわかる。3発。
違う。押し返された。
魔力がまた引き上がる。
しかも、今までよりも更に。
連続でカートリッジをリロードしたのですか?
4発。
ならば。
金属を撃つ打撃音が連続で耳を撃つ。
空薬莢が宙を飛ぶ度、魔力量を引き上げる。
限界を向かえつつある魔力の量に、己の体が悲鳴を上げ始める。
出力限界を迎えようとしている。
ですがここで、引くわけにはいかない。
さらなる魔力の奔流が彼我の中央でぶつかり合う。
燃やし尽くさんとする炎を桜の色が押しのける。
空気を求めるかのように炎の舌が伸びる度、空間が灼熱したかのように赤く染まった。
まるでそれを抑えるかのように、桜色の波が押し寄せてくる。
魔力が互いに混ざり合い、巨大な球体が生まれようとしていた。
だが突然、形が歪に崩れ始める。
一点に集中した魔力が制御できる限界に達っしたと思われた時、崩壊が加速した。
桜色の魔力の崩壊に巻き込まれるように、赤く燃え盛る魔力も制御を離れ崩れていく。
魔力が四方に逆流する。
凄まじい爆音が轟き、すぐに衝撃波が襲ってきた。