魔法少女LyrischSternA’s   作:青色

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Das dritte Kapitel "Schicksal"
15話 襲撃 11月25日


「どう? 追跡は出来そう?」

「いえ、すでに対象は次元転送で逃げた可能性が高いです。現在、対象をロストしています」

「せめて監視している次元世界に逃げてくれれば、まだ追跡は出来ますが……」

 

 追跡対象を見失った映像から目を離し、母さん……リンディ提督の質問に次元航行艦アースラのオペレータであるアレックスが答え、ランディが首を振るのが僕に割り当てられた艦橋の席から見えた。

 ようやく監視網に引っかかった闇の書の騎士だが、武装局員を派遣する前に逃走されてしまったようだ。こちらの監視先に逃げてくれる可能性は高くはないものの、低くもない。すでに、彼らの逃走先は数個の次元世界に絞られている。

 

「そう。仕方がないわね。まあ、今回は蒐集を妨害できたのだから、それで良しとしましょう。武装局員の派遣は中止。データを収集したら、改めて監視体制にもどって」

「はい!」

 

 せめて、もう少しアースラから近ければ間に合ったのだろうけど、今回は運が悪かった。こちらに情報が届いても、対応するのにはタイムラグが発生してしまう。特に、あまり重視していなかった次元世界では、対応が遅れがちだ。

 

 こちらの体勢は十分とは言えない。監視網は絞り込みつつはあるものの、まだ決定的な何かは得られていない。しかも派遣していた捜査スタッフが逆に襲われ、蒐集されてしまう事すらもあった。もうすぐアースラが整備で使えなくなる事を考えれば、状況も良くはない。なんとかそれまでに、せめて彼女達の拠点を見つける事が出来ればいいのだが……。

 

「クロノくん、お疲れ様。はい、喉渇いたでしょ?」

「ん? ああ、エイミィか。ありがとう、頂くよ」

 

 僕の補佐をしてくれているエイミィから差し出されたカップを受け取ると、自分が喉が渇いている事に気付いた。どうも緊張していたらしい。握っていた手は汗をかいている。僕は気負っているのだろうか? 

 焦っても仕方がないのはわかっているつもりだが、闇の書が関わっている事件だからだろう。僕にとっては父親が死ぬ事になった原因であり、因縁のある相手だ。

 

 

 闇の書。

 その正体は、魔力を食ってページを全て埋めると暴走し、魔力が尽きるまで周囲に破壊をもたらしたあげく、本体が破壊されるか所有者が死ねば転生して白紙に戻り、そして再び魔力を集める。破壊しても何度でも再生する、停止できない危険な魔導書。

 

 第一級捜索指定遺失物。ロストロギア "闇の書"。破壊と再生を繰り返す、現代の技術では解析も困難なベルカの遺物。

 

 魔力の蒐集を許していては、また大規模な破壊が繰り返されてしまう。そして、その破壊までの時間は刻一刻と失われつつある。それがわかっているだけに焦ってしまうのかもしれない。

 

 闇の書のページが埋まる前に騎士達と闇の書の所有者を確保しなければならない。ページが埋まる前に……。

 

「今回は惜しかったよね。もうちょっと早くわかっていれば捕捉出来たのに」

 

 エイミィの悔しそうな声が聞こえて顔を上げる。エイミィの髪の毛の一部が跳ねているのが見えた。気になる。

 

「そうだな。だけど、仕方無いさ。こちらの準備も十分に整っているわけではないからね」

「だよね。せめて人員を今の2倍位に増やせれば……て、これも仕方無い事なんだけどねー」

「まあ、人員不足は今に始まった事じゃない。それに、もうある程度は彼女達の拠点も目星がついてきたんだ。焦る必要は無いさ」

 

 エイミィを見ていると徐々に気持ちが落ち着いていく。話している内に少しずつだが考えがまとまってきた。

 

 彼女の拠点らしい次元世界は、ある程度の目星はついている。今回、闇の書の騎士が発見された世界の位置から考えれば、対象は6つの世界にまで絞られるだろう。その全ての世界へ同時に局員を派遣するのは難しいが、それでも幾つかは押さえる事が出来る。もし予測が外れていたとしても、対象になる世界が絞られるだけの事。何も問題はないはずだ。

 

「さて、艦長と話して次の手を打つ事にするよ」

 

 確実に追い詰めつつある。もうここまでは来たんだ。後は手を打つだけ。だけど、なぜか僕の思考に引っかかる何かがある。どうしてもすっきりしない何かが……。それが僕を不安にさせる。

 

「どうしたの? 浮かない顔してるけど、何か心配事でもある?」

「いや……そういうわけでも無いんだけど」

 

 立ち上がりながらも、不安は消えないどころか大きなっていく。頭の隅に、なのはの顔が浮かぶ。そして、はのはに似たシュテルという少女の顔が。

 

「やはり、一応監視だけはしておいた方がいいか」

「ん?」

 

 これは、確たる証拠があるわけではない。だけど、あのシュテルという少女がなのはと関係ないと説明も出来ない。何か、そこには理由が存在するはずだ。だから、なのはの世界……特に、なのはの住む町は監視するべきではないか? そこに明確な理由はないけど、僕の中の何かが警鐘を鳴らしている。シュテルという少女の存在は、やはり無視できない。

 

「いや、ちょっと艦長と話してくるよ」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 

 エイミィには詳細を答えず、艦長と今後の方策を話すために移動する事にした。少し予定を変更するために。人員不足であるものの、この件を放置する事は出来ないだろう。どちらにしても、答えは手に入る。関係してもしなくとも。

 

 

~~~~~~

 

 

 眼下に望む新緑の世界。緑溢れる大地に一カ所だけ黒々とした穴が空いています。先ほどまで戦闘をしていたそこには、ドラゴンの姿をした魔獣が横たわっていました。シグナムが蒐集していますが、まだ終わりません。久しぶりの大物です。

 

 シグナムが蒐集を終えるまで私は周囲を警戒します。ここ数日、管理局の姿を目にしませんが、油断は出来ません。必ずどこかで私達を見ている気がします。管理局の魔導師は優秀ですから、私達の動きを把握できていないとは考えられません。現在の沈黙は逆に不気味です。

 

「待たせた。なかなか強かっただけに、思った以上にページが進んだな」

「そうですね。手を焼いた分、ページを稼げてよかったです」

 

 ようやく蒐集も終わり、シグナムがこちらに飛んできました。予想以上にページもかなり稼いだのでしょう。シグナムは満足そうに闇の書を撫でると、闇の書は消えました。

 

「もう少し蒐集したいところだが……帰還予定時間を少し過ぎてしまったか」

 

 2人がかりで倒したので、魔力には余力があります。ですが、交代時間は決めていますので帰らなければなりません。

 

「はい。早く戻らないとヴィータに怒られそうです」

「ああ、そうだな。シャマルに連絡を入れてから戻るとしよう」

 

 そう言うと、シグナムは次元転送の準備に入りました。私ももう一度周囲を確認してから準備に入ります。周囲に不審な動きは見あたりません。ですが、やはり見られているような気がします。気のせいでしょうか?

 

 今のところ、管理局との大規模な戦闘は起きては居ません。しかし、最近になって何度も管理局に捕捉されており、油断はできない状況です。すでに、現状維持は限界と判断すべきでしょう。

 まあ、その時が来れば次の手を打つだけですが、どれだけ策を立てたとしても安心はできません。相手は、あのアースラなのですから。

 

 

 シグナムに続いて中継世界の拠点に次元転送で飛びます。転送先に設定している暗い部屋に飛び、すぐに隣室へと移動すると、なぜか地球にいるはずのヴィータとザフィーラがすでに待っていました。

 拠点として活動を開始した当初は何も無かった暗いだけの部屋も、時間が経つ毎に物が増え、外の光が入るように工夫もされました。先日この世界で手に入れた長椅子ではヴィータが座っています。

 

 ヴィータの手には私が持ってきていたお菓子の袋が握られており、私の水筒が開けられていました。ハヤテの世界に戻るのを待てなかったのでしょうか? あまり、4人揃って別の世界に居るのは襲撃を受けた時を考えると良くないと説明したはずです。すぐに自由に動ける戦力が無くなってしまいますから。

 

「おせーよシグナム。何時もなら戻ってる時間なのに帰ってこねえし。遅くなるなら遅くなるで連絡くらい入れろよな」

「それはすまなかったな。今回は少々手こずって連絡を入れる暇が無かったんだ。おい、そんなにむくれた顔をするな。今回はページもかなり進んだぞ」

 

 シグナムが闇の書を開いて見せますが、ヴィータは顔を背けました。どうもすぐには許してくれそうにありません。

 

「別にむくれてなんかねぇよ。あたしを子供扱いすんなって」

「そう言わないでやってくれ。ヴィータは2人を心配していたのだ。もしかしたら管理局と戦闘になっているのではないか、とな」

 

 ああ、それでこちらに来ていたのですね。なぜ居るのか納得できました。

 

「そうか……私はお前達の将として失格だな。余計な心配をかけさせてしまった」

「べ、別のあたしは心配なんか……」

「次からは必ず連絡を入れると約束する。だから、もう怒るな。ヴィータ」

「申し訳ありません。ホウレンソウは社会の常識だというのに、軽視していました」

「ホウレンソウ? なんで食い物の名前がここで出てくるんだ?」

 

 ヴィータは私達の中では、四人の中で一番仲間思いな人です。あまりヴィータの事を知らなかった時は、短気な人と思った程度でしたが、実際は怒るのは心配や気恥ずかしさの裏返しだとわかりました。騎士達との生活も長くなったものです……。

 

 さて、何時ものようにサーチャーを廃墟の町に飛ばして監視しましょうか。

 

「なあ、シュテル。いつもの確認は終わったか?」

「今確認しますので今少しお時間をください、ヴィータ。確認だけは……ん? あれは……?」

 

 サーチャーを飛ばしてすぐに魔力を感知しました。何時もなら魔力も動物も人も居る気配がしない廃墟なのですが……人、ですか? 感知した先にサーチャーを急行させます。目視で確認を……あの姿は……。

 

「ヴィータ。すぐにお菓子と水筒を処分してください」

「なんだよ急に?」

 

 この魔力は現地の人間ではありません。それに、ここは現地の方が近寄らない不毛の土地。近くの村まで数日かかる無人の廃墟です。そもそも、姿はこの世界の住人の服装ですが、妙に綺麗な肌をしています。そして、手には見慣れた杖が握られている。

 これは、間違いありません。

 

「管理局の局員と思われる人影を見つけました。ここは知られています」

「なっ!? お前それを先に言えよ!」

 

 慌ててヴィータが水筒を仕舞い始める。先に連絡される前に倒さなくてば。いえ、はたして今から倒しに行って間に合う……近くに魔力反応? 上空に時空転移して来ている? 数は……多い。これは、まさか?

 

「いえ。もう遅いようです」

「なに? どういう意味だ、シュテル」

「転送してきています。数は……30以上」

 

 最近見慣れたミッドチルダの管理局員が使う杖を持つ魔導師が空に滞空しています。1人、真っ黒な姿の人がいますが、これ以上は近づけませんので、はっきりとは確認出来ません。が……どうも見覚えのある方のような気がします。

 

「多いな。管理局の魔導師か?」

「武装局員でしょう。どうやら私達が集まるのを待っていた可能性があります」

 

 私とシグナムが帰ってきてすぐに飛んできたのでしょう。ということは、すでにここは知られていて見張られていたという事です。そして、ここに戻ってきたのを察知して飛んできたというのでしょうが……探知阻害の結界があるにも関わらず、こちらに知られること無く罠を張って待っていたとは、さすがですね。方法はわかりませんが、今は考えるのを後にしなければなりません。

 

「話は後だ。私はシャマルに連絡を入れる。ザフィーラ、ヴィータは結界を頼む。管理局より先に張れるか?」

「やってみよう」

「それなら、あたしはザフィーラのフォローにまわる」

 

 シグナムの指示でザフィーラとヴィータが結界の展開を開始します。私は監視を強化しておきますか。サーチャーをさらに召喚して周囲に配置を。しかし、この管理局の動きは……すぐに来ないのは、やはり。

 

「シャマルは主を送ってからなら来れるそうだ。シュテル、周囲の状況は?」

「町の周囲を囲むように展開しています……これはたぶん」

 

 シグナムの質問に答えてすぐに大規模な魔力反応を感じました。瞬時に周囲の景色が変わります。これは、結界です。

 

「もう結界かよ!」

「すまん、間に合わなかった。あちらの方が上手のようだ」

「複数の武装局員が結界を展開させました。強装型の捕縛結界。結界強度はかなり高いようですね」

「そうか。ならば仕方無い。先手は取っておきたかったのだが、先に通信を遮断されても困るからな」

 

 シグナムの判断は過ちではありません。優先すべきはシャマルへの連絡です。もし通信妨害を受ければ、いかにシャマルのクラールヴィントが優秀といえども、外との通話は困難でしょう。

 

「とりあえず外に出た方がいいんじゃねえの? ここで迎撃するわけにもいかねえし」

「ヴィータの言うとおりだ。上を取られるのも不味いだろう」

「わかった。私が先に出る。後ろは任せた」

「おう」

 

 シグナムが扉を開け、外へと飛び出していきます。ヴィータとザフィーラが続き、最後が私です。忘れ物は、ありませんね? では、私も外へ出る事にしましょう。とりあえず問題は今のところ起きていません。これも、予想の範囲内です。

 

 

 外に出て空へと上がると、上空に武装局員が待ち構えていました。数は結界の維持で外に出た局員がいるでしょうが、それでも20人以上が居ます。

 

「ふむ。数は多いが、勝てない相手ではなさそうだ」

「あいつらチャライよ。数だけで魔力はたいした事ねえし。全員を倒して蒐集すれば一石二鳥、だったよな?」

「はい。そういう感じです」

 

 結界が張られ、管理局の武装局員に包囲されたこの状況。一見すると危機的な状況だと誰もが思うでしょう。しかし、全員が動じる事もなく落ち着いています。なぜならば、これは予定された状況だからです。先日、シグナムとシャマルに相談して、すでに対応策は考えていました。結界が張られるのも敵の戦力も予想の範囲内。これは、シャマルの分析能力と騎士達の過去における戦闘経験のおかげです。

 

「シャマルがすぐに動けないのが面倒だよな」

「まあ、しばらくは誰かが蒐集を担当すれば良いだけの事ですよ」

「それは俺の方でやろう。片手間になってしまうが」

 

 デバイスを出しながら武装局員達がいる青い空へと近づくと、徐々に相手の顔もはっきりとしてきます。あの黒い服装の管理局局員の顔も見えてきました。確かあの顔は……間違いありませんね。あの管理局の局員は時空航行艦アースラに乗っているクロノ・ハラオウン管理局執務官でしょう。

 そう、あの時、U-Dとの戦いの前に大変お世話になりました。ずいぶん昔の事のように感じられ、とても懐かしい気がします。もっとも、こちらのクロノ・ハラオウンは私の事を知りませんから、馴れ馴れしく接するわけにはまいりません。

 

 しかし、とうとう互いの戦力がぶつかる事になってしまいましたか。となると、ナノハやフェイトが居ないのが気がかりですね……。居ないうちに倒すべきでしょうが、どうも、そういうわけには行かない気がしてしまいます。

 

 

 互いの攻撃が当たると思われる手前で私達は移動を停止して空中に留まると、執務官が武装局員達より前に出てきました。たぶん、私達に投降を呼びかけるつもりなのでしょう。ならば、ここは以前にお世話になった恩もありますので、丁寧な受け答えをしたいと思います。

 

「僕は管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。君達には魔導師襲撃事件の容疑がかかっている。見ての通り、すでに周囲は結界と武装局員によって封鎖されている。抵抗は無意味だ。今すぐ武装を解除し、大人しくこちらの指示に従ってもらう! 指示に従わない場合は攻撃する!」

「申し訳ありませんが、そちらの指示に従うわけにはまいりません。私達には」

「誰がテメエの指示になんか従うか! 従わせたかったら力尽くでしてみろよ!」

 

 私の言葉をヴィータの挑発が遮りました。いきなり挑発しなくとも……いえ、本人にはそれなりの理由があるのでしょう。管理局には色々と嫌な思い出がありそうです。まあ、ここは利用させてもらいましょうか。

 

「さすがヴィータです。高く買うのは得意ですね」

「んだよ、シュテル。怒ってんのか?」

「いいえ、怒ってなどいませんよ。ただ、呆れているだけです」

「そっちの方が嫌なんだけど」

 

 私とヴィータが話していると、シグナムが額に手を当てながら首を振るのが見えました。眉毛が小刻みに動いています。私の意図に気づいてくれたのでしょうか?

 

「やめんか2人とも……まったく、この2人は」

「ここは気を緩めて良い場合ではない。話ならば後でしろ」

 

 シグナムだけでなく、ザフィーラにまで怒られてしまいました。さすがに、少しやり過ぎました。ですが、まあ。結果は悪くない気がします。

 

「申し訳ありません」

「わ、悪かったよ……反省してます」

「すまん。醜態をさらしてしまった」

「いや、シグナムには言っていないのだが」

 

 私達が謝る姿を見て、武装局員の気が緩むのを感じます。鼻白んでいる者、呆れている者、信じられないような目、驚愕した顔。いわゆる心理戦というものです。だてにハヤテについて本を読んできたわけではありません。

 人は驚いたり意表を突かれると、よほどの理由が無い限りは集中力を維持できません。ですが、やはり通じない相手は居ます。思慮深く観察眼に優れ、決して目の前の出来事に踊らされない者。もしくは、最初っから話が通じない者。

 

「悪いけど、君達のコントに付き合う気は無い。どうしても投降しないのなら仕方無い。言われたとおり、力尽くで言う事を聞いてもらう。武装局員は散開! 近づかず囲み、射撃戦で戦え。決して1人で戦おうとするな! 襲われた仲間達の事を思い出せ!」

「はっ!」

 

 叱咤を受けて動き出す武装局員の目に鋭い光が戻ってきています。緩んでいた気が引き締まっていく。私達が蒐集した他の管理局の局員の事でも思い出したのでしょうか。

 やはり優秀な執務官ですね。信用され、上官としても認められているのが良くわかりました。これはやはり、一筋縄ではいかないようです。

 

「どうやら統率力の高い指揮官のようだ。ならば、こちらも動くとしよう」

 

 やはりシグナムにもわかっていたのでしょう。私の目的も含めて。

 

「私とヴィータで敵を蹴散らす。ザフィーラは蒐集と援護を。後はシュテルだが、あの執務官の足止めをしてもらってもいいか? こちらが片付くまででいい」

「わかりました。確かに、自由に動かれるとやっかいです」

 

 敵の戦力を考えれば妥当だと思われます。今回の策で最大の問題は、やはりあの執務官を止める事でしょう。

 

「よし。では、いくぞ!」

「おう! 全員、闇の書の餌にしてやるよ!」

 

 シグナムとヴィータは各々の武器を構え、敵に相対する為に飛んでいきます。ザフィーラは闇の書を手に後方に下がりました。さて、では私も参りましょうか。

 

 

 

 作戦通り、私は執務官と少し距離を取って対峙します。周囲ではシグナムとヴィータが暴れ始めました。爆発音が響き、管理局員の悲鳴や怒号も聞こえてきます。

 

「僕は君と1対1をする気は無い」

 

 開口一番、執務官は私に宣言をする。彼の後ろには3人の武装局員が控えていて状況的には不利です。その3人も、決して侮れない戦力でしょう。

 少なくとも、戦闘に慣れているのは間違いありません。ただ、私や騎士達に比べると、どうしても見劣りがしてしまいます。それは、保有する魔力量の違いが大きいからです。

 

 ですが、執務官だけは違います。やってきた局員の中では突出した魔力量。そして、多くの魔法を使う事が出来る強力な魔導師です。さらに、彼は常に理知的であり慎重なタイプ。優れた指揮官であると言え、魔力量や手に持った武器の差だけでは簡単にいくはずもありません。

 

 さて、この状況。私の元には闇の書はありませんから、倒しても転送で逃げられれば意味がありませんね。魔力量の多い執務官だけでも蒐集はしておきたいところですから、ここはやはり足止めに徹してシグナム達が来るのを待つのが得策でしょう。在り来り(ありきたり)な手ではありますが、会話でもしてみましょうか。

 

「管理局の執務官の方でしょうか? お初にお目にかかります。私の名前はご存知でしょうか?」

「知っている。それと、投降の話なら聞こう。だが、それ以外の話をする気は無い」

 

 会話を拒否するようにデバイスをこちらに向けられる。こちらの思惑通りには動いてくれそうにはありません。

 

「やはり、話は出来ませんか? 聞きたい事もあったのですが」

「射撃準備!」

Stinger Ray(スティンガーレイ)

 

 どうも、まったく聞く耳を持ってはくださらないようです。杖の先に魔力が集まっていく。3人の武装局員も私に向けて射撃体勢に入りました。あまり、悠長に構えてもいられないでしょう。仕方ありません。ならば、戦闘で時間を稼ぐ事にするまでです。

 

「仕方ありませんね。ルシフェリオン、行きますよ」

 

 私は左手に持ったルシフェリオンを振る。擦過音が響き、カートリッジがロードされます。まずは防御から。そして次に反撃を。狙いは3人の武装局員。この3人は早々に退場してもらいましょう。

 

「撃て!」

 

 正面から3名の武装局員から直射型の射撃がくる。さらに執務官も魔法を放つ。四つの魔力の放射、だが、この程度ならば。

 

「ラウンドシールド」

 

 右手を伸ばし、丸い魔法陣を展開させる。展開してすぐ魔法の盾に複数の魔法が突き刺さる。しかし、貫通はされません。カートリッジシステムによって強化された私の作る盾ならば、この程度は例え貫通力の高い魔法と言えども、いくらでも耐えられます。

 

 衝撃は一瞬。煙幕も広がらず、すぐに静かになる。

 

「やはり硬い。なのはに似ているのは顔だけじゃないという事か」

 

 特に驚いた顔もせず、執務官の声が聞こえました。

 では、次は反撃します。ルシフェリオンを構え直す。再び響く擦過音。弾丸が供給され、魔力を増加させる。デバイスのヘッドを砲撃形態へ。靴から伸びる赤い炎の羽根を羽ばたかせ、まずは上空へ待避。私がいなくなった場所へ再び放たれた魔法が飛び込んでいく。

 

「上か! 逃がすな!」

 

 全員の視線がこちらを向く。ですが、それは遅いです。照準を左から順に。バレルを展開させる。こちらに杖が向きますが遅い。

 

「ディザスターヒート、ファイヤ!」

「全員防御!」

 

 放たれる赤い炎の火球。

 

 防御のためにシールドを展開しようとした3人の武装局員へと吸い込まれた。直撃による爆発。爆音が響く。すぐに黒煙で覆われて見えませんが、確かな手応えを感じました。

 

 しかし……まだ落ちていない。

 

 直撃による爆発による煙が流れると、そこには無事な姿が見えました。シールドが間に合ったのかバリアジャケットが一部吹き飛んでいる様子ですが、戦闘継続には支障がない模様です。やはり、簡単には勝たせてもらえないようでね。

 

「流石に一撃も重い、か」

 

手に持つ杖を横に払い、執務官は私をギロリと睨む。

 

「まともに相手はしてもいられない。速攻で決める! フォーメーションβ!」

「はい!」

 

 執務官が指示を出すと武装局員の人達が距離を取りつつ私を囲むように散開した。私も油断せず、完全に囲まれないように後退するが、遮蔽物の無い空では囲まれるのを防ぐには動き続けるしか無い。

 

「右下方に牽制弾!」

「はい!」

 

 動く先に攻撃がくる。上へ下へ、右に左にと動くが囲みを解く事が出来ない。相手の練度は高く上手く誘導されている。

 

「逃がすな、回り込め!」

 

 動き回るだけでは追い詰められるでしょう。ならば、攻撃すればいいだけのこと。

 

「パイロシューター」

 

 魔法陣を展開。スフィアを作り出す。生成速度重視のため生み出せたのは六発。これで少なくとも囲みを解き、出来れば一人は落としたいところです。

 

「ファイヤ!」

 

 狙うのは一番近い右側の武装局員の男性。私から放った炎弾を男性を囲むように操作。

 

「ら、ラウンド」

「受けるな! 即座に真後ろに後退! 落とされるぞ!」

 

 シールドを展開しようとした局員に執務官の鋭い叱咤が飛ぶ。その声に弾かれたように炎弾に背を向けると、後ろに向かって退避し始めた。しかし、それでは逃げれません。

 

 炎弾は武装局員の男性よりも早い。このまま行けば間もなく彼は落ちるでしょう。今のうちに私は素早く逃げた武装局員の方が抑えていた位置に移動。空間を確保してデバイスを砲撃の体勢へ。

 

 魔力反応?

 

 魔力の元を見れば、執務官が魔法陣を展開している。砲撃、でしょうか? 

 

Blaze cannon(ブレイズキャノン)

 

 女性的な声がデバイスから聞こえる。対象は私ではない。魔力を放たれた先には私が打ち出した炎の球体。とっさに軌道を変えますが、一足遅かった。なぎ払いに回避しきれず切れず、次々と撃破されてしまう。そして最後の炎弾も破壊される。

 

 なるほど、真後ろに逃げさせたのは、私の炎弾を撃ち落としやすくするためと武装局員に誤射しないようにする事が目的ですか。とっさの判断で直射型の砲撃で薙ぎ払うとは、さすがと言うべきでしょう。

 

 が、私はすでに砲撃可能。

 

「ルベライト」

「うわっ!?」

 

 意識が私から逸れた僅かな隙に、逃げた武装局員を無視して別の標的に狙いを絞る。ルベライトで拘束し、デバイスに炎翼を展開。3つの円環が高速で生成される。リンカーコアから魔力が流れ込み。砲撃可能に。

 

「ブラストファイア!」

「エイミィ! 急いで武装局員を緊急離脱!」

 

 放った魔力の奔流が武装局員へと突き刺さる。まさにその瞬間、標的が消滅した。

 

 何もない空間を炎が薙ぎ払う。まさか不発に終わるとは……ルベライトの拘束は無理やり解除されてしまったようです。

 

「ですが、これで振り出しです」

 

 しかし、これで包囲は解かれました。そもそも、私を包囲するということは戦力の分散を意味します。一人一人の能力は決して低いわけではありませんが、私に各個撃破の好機を与えるだけ。包囲を破るのも、戦力の分散を利用して撃破するのも難しくはない事がわかりました。

 

「確かに包囲は突破されてしまった。だが、君をここに釘付けには出来ている!」

 

 杖を構え直した執務官は戦意を衰えさせていない。実際、たいして魔力も消費していないでしょう。何かを探すように、時々視線が左右に揺れる。

 

 しかし、戦い続ける強い意志を瞳に宿している。その言葉にも虚勢は感じません。実際に私は動くことが出来ていませんから事実です。そして、時間は彼に味方する。これ以上、時間をかけるわけには参りません。

 

『み、みんな、聞こえる? 遅くなってしまってごめんなさい。今、到着したわよ』

 

 突然、念話通信が届きました。時間が気にかかり始めた時、丁度いいタイミングでシャマルが到着したようです。少し息の乱れがあることから、よっぽど急いで来たのでしょう。しかし、とてもいいタイミングです。

 

『良く聞こえている。結界内部は見えるか?』

『ええ、よく見えるわ。クラールヴィントを使えば中に干渉も出来そうかも。なんだか、ザフィーラがはやてちゃんには見せられないような事をしてるみたいだけど……』

『命は奪っていない。魔法で拘束しているだけだ。そうしないと転送されてしまうからな』

『ちょっとこっちを手伝ってよ、シャマル。ちょこまか逃げられて面倒くせえんだ。なんで、あたしの相手はみんな逃げてばかりなんだよ』

『ヴィータも大変そうね。それは良いけど、シュテルちゃんも大変そう』

「こちらは、一人をようやく落としたとこです」

 

 シャマルと二人なら執務官を捕らえることが出来そうですね。ただし、シャマルのクラールヴィントでリンカーコアを捕獲するには、足を止めさせる必要があります。そうなると、時間がかかってしまうかもしれません。

 

「行くぞ! もう一度フォーメイションを組み直す!」

 

 迷っている暇はありません。ここまで来たからには、やはり執務官を捕らえるべき。

 

『そうですね。では、先にこちらを』

「え? なんだって? そうか、じゃあ今どこに? え? もう送っただって!?」

 

 突然、執務官の動きが止まる。何やら慌てたように会話をして、そして視線を下に向けるのが見えました。その視線の先を追えば、三つの人影が見えます。

 

 それは見覚えのある、予想通りの姿。

 

「これって、間に合ったって言えるのかな?」

「うん。ギリギリ、だとは思うのだけども……アルフ?」

「こっちはボロボロだけど、まあ間に合ったんじゃないかい?」

 

 すでに戦闘体勢は整えてきたのでしょう。白と黒の2つのバリアジャケットが風になびいている。そして、その横には忠実な使い魔の姿も。

 

「うん。そうだね……やっぱり間に合ったよ。だって」

 

 ナノハの視線がこちらを向く。

 

「探してた人に会えたんだから」

「うん、私も見つけたよ」

「ああ、それなら私もさ。ちょっと話をしたい野郎が居たよ」

 

やはり来てしまいましたか。 


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