「やらせん!」
天から降ってくるかのように落ちてきた。金色に輝く魔力光。横からシグナムが割ってはいって私と間に立つ。振り下ろした剣が相手のデバイスに受け止められ、しばし互いに鍔迫り合いをしたかと思えば、大きく距離を取ります。
下から魔力反応?
「とった!」
足下に目をやれば、真下から迫ってくるオレンジの光。フェイト・テッサロッサの使い魔で、たしかアルフという名でした。なるほど、主が囮で本命は使い魔ですか。いい連携です。ですが。
「って、うおっ!?」
すかさずザフィーラが割ってはいる。横から蹴りをいれて大きくアルフを仰け反らせ、すぐさま体を回転させての回し蹴りが入ります。シールドで防いだようですが、それでも勢いは殺しきれずに吹き飛ばされていきました。
2人とも警戒をしていてくれて何よりです。おかげで3対1という状況は生まれませんでした。
「お前はあの魔術師の仲間か?」
シグナムの問いかけが聞こえる。
「友達だ」
『
短く答えるその言葉は、とても重く響く。
フェイト・テスタロッサ。レヴィの参照先になった金髪の少女。
さて……そのまま睨み合いになってしまいますが、相手はじりじりとナノハの元に集まろうとしているようですね。赤と緑の魔力光もこちらに飛んでくるのが確認できます。
結界はすぐには解けないでしょうし、これはいったん集合した方がいいでしょう。
「すぐに戻って参ります」
「え、あ。えと、うん……」
一言断ってからゆっくりと後退します。私が下がると他の騎士達も集まってきました。ヴィータも魔力弾を撃った後に真っ直ぐこちらに飛んできます。あちらもこちらの様子を見てから集まりましたから、お互いに作戦タイムと言ったところでしょうか?
少々、呑気な気がします。
ヴィータがこちらに来るとムッとした顔で私を見ました。まあ、言いたい事はわかります。
「シュテル、お前さ、ぜんっぜん本気だしてなかっただろ?」
「これも策の内ですよ。それよりも、攻撃を防いで頂きありがとうございました」
「それが俺の役目だ。礼を言われるような事では無い」
集まってすぐにヴィータに怒られそうでしたが軽く流しておきます。それに、ナノハに加減していた目的は元々二つあります。その一つは蒐集に関連した理由ですから、本気を出さないのは騎士達に不利益を与える為ではありません。
すぐに終わらせてしまっては意味が無いのです。私のためにも、騎士達のためにも。
「ザフィーラの言うとおりだ。それに、奇襲を防げた功績はシャマルのものさ。接近する2人を教えてくれたから我々もすぐに動けた」
『ごめん、遅くなって。はやてちゃんを送ってたら時間がかかっちゃって』
「そうでしたか。ありがとうございます、シャマル。助かりました」
『どう致しまして。みんなのサポートが私の役目だもの。気にしないで』
どうやらいつの間にかシャマルも合流していたようです。これでコマが揃いました。ここからは1対1ではなく5対4になります。もちろん、1対1でも負ける事はありませんが、より確実に短時間で事が成せるでしょう。特にシャマルの力が役に立つはずです。
「ところで、策の内だというのならば、その策を教えて貰いたいのだがな? それともまだ秘密か?」
「いいえ、そうですね。事前に説明せずに申し訳ありません」
シグナムは少し怒っていますね。言葉に棘があります。まあ、確かに……言わなかったのは私の失敗でした。しかし、もしフェイトやアルフが来なければ、策も変わっていました。後で合流するシャマルの事も考えると説明が二度手間になるかもしれませんから、それは非効率というものでしょう。
とにかく、今は説明するのが先ですね。ちらりとナノハの方を見れば、師匠……ユーノがナノハの治療をしているところです。たいした傷は無かったはずですから、それもすぐに終わるでしょう。
「まず、時間をかけた理由ですが、魔術師が2人いるのですから、他にも魔術師がいる可能性があります。近場に管理局の駐屯地が無い以上、援軍が来るとしても少数でしょう。ならば、待ち受けてまとめて蒐集した方が効率が良いかと考えました」
「つまり、敵の援軍を待っていたという事か?」
「はい。来て貰った方が蒐集するページが増えるというものです。それに、シャマルのクラールヴィントの力も欲しかったのです。後で合流する事は決まっていましたから、それまで時間的余裕があると考えました」
そもそも、フェイトとアルフが来る事はわかっていました。もっとも、私の記憶……記録では、この邂逅はナノハが倒された後のはずでしたが。やはり私が居る事で歴史が変わってしまったと考えるのが妥当ですね。おそらく、私がヴィータに喋ったのが最大の間違いの元だったのでしょう。近くにナノハがいると教えてしまったので、ヴィータにこの辺りを探索する目星を与えてしまった可能性があります。
他にも理由があると考えられます。ですが、今更言っても仕方のない事です。今は今の最善の一手を打つべく動かなければなりません。
「だが、さらに敵の増援が来る可能性もあるのではないか? 管理局の駐屯地が近くに無いのはわかっているが、監視はしている可能性があるだろう」
「それはどうでしょうか? ここは魔法のない世界のようですから。ですが、確かに悠長に時間をかけるのは避けるべきでしょう。ここからは時間をかけずに相手を倒し蒐集するべきと判断します」
フェイトが居るという事は管理局の次元航行艦アースラが近くに居ると可能性は捨てきれない。ですが、武装局員は乗せていないでしょうから援軍が来るとしても少数。来たとしても結界の中まで入ってくるかは疑問です。管理局の魔導師が何も対策をせずに結界内部に入るとは思えません。
また、別の次元から来るとしても、それはかなりの時間を要します。つまり、敵の救援は間に合いません。
「ふーん。つまり、シュテルには援軍が来る事がわかっていたのかよ?」
「来ないとわかればシャマルが合流後に倒せば良いだけの事。何も変わりませんよ?」
「いや、そうかもしれないけどさ」
なぜそう判断したかを詳しくは言えません。ならば、そろそろ説明を終えましょう。あまり長々と話す時間もありません。
「本当はこの世界での蒐集は最後が良かったのですが誰かさんが動いてしまったので仕方がありません。次善の策でしたが、ここは一気にページを稼ぐチャンスと考えて行動すべきです。そして、それ以降はこの世界での蒐集を止めた方が良いかと。そういった理由がありますので、敵が集まるのを待ったのです。蒐集活動も今より慎重にならなければなりません。何かと制約が付いてしまいますが、ハヤテの安全を考えれば仕方の無い事でしょう。そもそも、事の発端は」
「わ、悪かったよ。今回はあたしの責任なのはわかってるってば」
「わかって頂けて幸いです。反省してください」
「だから反省してるって!」
少々意地悪な言い方をしてしまいましたが、仕方無いでしょう。はやくこれからの策を話さなければならないのですから。ですが、ため息が聞こえてきました。ため息がした方を見ればシグナムが呆れたような顔でこちらを見ています。
まだ何かあるのですか?
「それはシュテルも、だ。次から先に策があるのなら話しておいて欲しい。互いの連携にも支障を来すのではないか?」
「それは、そうですね。申し訳ありません」
「もうその辺でいいだろう。あちらも動き出した」
見ればナノハ達はすでに治療も終えてデバイスを手にしてこちらへと対峙しようとしています。少々時間をかけすぎました。やはり戦闘中にでも話しておくべきでしたか。
レヴィやディアーチェならば事前に話しておかなくても信用して任せて頂いていましたから、そのクセが出てしまったのでしょう。
ここは騎士達の戦場で、マテリアルの戦場ではありません。
私達3人の間の関係は、ここにはありません。これは私の判断ミスでした。私も反省しましょう。
「ここから先は相手をしていた敵と戦いながら思念通話で話そう。シュテルは続きの説明を。シャマルはサポートを頼む」
『わかったわ』
「わかりました」
シグナムの指示でこちらも動き始めようとします。ですが、1人動かずに不満そうな人がいました。
「あたしは相手を代えて欲しかったんだけどな。あの守護獣、あー管理局じゃ使い魔っていうんだっけ? まあどっちでもいいけどさ、やっぱ戦いづらいんだよ」
「確かに師……あちらの守護獣は魔導運用が素晴らしいです。どうやら人間形態になったようですが」
たぶん、フェレットの姿では制約が多いので人間に戻ったのでしょうが、師匠……ユーノはこちらでは使い魔扱いのままです。可哀想ですが、それを指摘するわけにはいけません。なぜ知っているのか聞かれても答えられませんから。
「ふーん。まあ、当てやすくはなるけどさ。でも、小細工が多いのが面倒なんだよな。攻撃もしてこないし、上手く逃げられるし」
「勝てないのかヴィータ? ならば替わってやっても良いが」
シグナムに言われてヴィータが顔を真っ赤に染めました。ヴィータの事ですから勝てないのかと言われれば否定するでしょう。
「だ、誰も勝てないなんて言ってねーよ! 1対1でベルカの騎士に」
「負けはない、だろう? ではこのままでいいな。行くぞ」
さすが、シグナムは騎士達のリーダーですね。扱いになれているのを感じます。
「くそっ。今度こそぶっつぶしてやる!」
「ヴィータ、潰しては意味が無いだろうに」
「うっせ! 言葉の綾だっつうの。あんたもさっさと倒せよな!」
「わかっている」
『みんな、がんばって』
「ああ」「おう!」「任せろ」
このやりとりは、ある意味儀式のようなものでしょうか。
『シュテルちゃんも、無理をしないでね』
「ありがとうございます。シャマルも気をつけてください」
さあ、私も気持ちを切り替え前へ出ましょう。シグナムもヴィータもザフィーラも自信に満ちあふれた顔です。それぞれの相手へと向かって行く姿には頼もしさも感じられるほどに。徐々に高まる騎士達の闘気に私の胸の炎も高ぶります。この勝負、負ける気がしません。ならば、私も期待に応えなければならないでしょう。
私の策を伝えながら、己の内に燻る炎を燃やします。そう。
ここからが本番です。
~~~~~~~
きっと今の私ではシュテルちゃんに勝てない。
わかっていたから言えなかった。私が結界を破壊すると。
でも、フェイトちゃんは相手の剣士に押されっぱなしで、アルフさんもユーノくんも結界を破れずにじり貧の状態。このままじゃ、みんな負けちゃう……私がなんとかしなきゃ。
「余所見ですか? 余裕なのですね、ナノハ」
「あっ!?」
さっき居た場所からここまで一瞬で? 振りかぶられたデバイスが見えた。レイジングハートと似てる。でも、違う。炎をまとったそれは、まるで業火の
『
とっさに手を前へ出して受け止めれた。シールドにヒビが入る。一撃が重い。このままじゃ破られる。クロスレンジでは私が不利。なんとかして離れなきゃ。
「レイジングハート!」
『
わずかに下がってシュテルちゃんの攻撃を横にそらして一気に離脱。でも、きっとすぐに追いつかれる。追撃して足止めを!
『
これが私の全力射撃。さっきとは違って8個のディバインスフィアを周りに展開。同じ事は何度もは出来ない。今ここで、数で圧倒してシュテルちゃんの足を止める!
「撃ち抜いて! シュート!」
これで少しでも……え?
擦過音が響いた。
「それも予測済みです」
シュテルちゃんが迫ってくる。夜の闇に12個の炎の球体を展開させながら。蒼い瞳が炎の光を反射させて迫ってくる。
撃ち込んだ魔力弾にまるで踊るように炎が舞う。逃げるように動かしてもすぐに囲まれる。数で負け、速度でも負けてる。目の前で次々と破壊されていく。撃ち抜かれ爆発していく。なのに、シュテルちゃんの紅く燃える魔力弾は数が減らない。どうして? さっきと違うよ。魔力弾の強さが全然違う。
せまってくる12の炎弾。もう回避は出来ない。防御しても、きっと抜かれる。確実に当たる。逃げられない。
こんな。
こんなのって。
「させない! スフィアプロテクション」
淡い緑色の光が優しく私を包む。ユーノくんの防御魔法。12個の炎弾がはじかれた。でも、すぐに向きを変えて襲ってくる。再びぶつかると今度は爆発した。同時に防御魔法も解けてしまう。衝撃波で後ろに飛ばされてしまう。だけど、私には届いていない。ユーノくんの魔法は、やっぱり強い。
ユーノくんの後ろから赤い光?
あれはさっきの子? あ!? あぶない!
「ユーノくん!」
「この野郎っ! シュテルの邪魔すんなあぁっ!!」
「くっ!?」
打ち込まれる鉄槌をユーノくんがシールドで防いだ。よかった、間に合ったんだ。
「ですから、他人を気にするほどの余裕が貴女にあるのですか?」
声がして視線を戻す。また金属がこすれるような擦過音が聞こえてくる。それと同時に魔力の高まりを感じた。目の前に迫る紅く燃える炎の魔法使い。その手に持つデバイスには紅く燃える球体。
砲撃状態!?
「なのは、避けて! シュートバレット!」
ユーノくんが魔法を放った。放った先は私の目の前。ぶつかる寸前、シュテルちゃんが止まって体を回転。手を突き出してシールドを形成。魔力弾をシールドで受けた。弾いてすぐにシュテルちゃんが上に加速。私から離れていく? あ、四つの光の輪がシュテルちゃんが居た場所に……ユーノくんのバインド?
『なのは、いまのうちに後退して』
「うん! ありがとう、ユーノくん」
すぐには攻撃されない場所まで撤退。これで時間稼ぎは出来る。出来るけど……これからどうしたらいいの?
「さすが師……さすがです。こればかりは私の予測の外でした」
私よりも上空で何事もなかったかのようにシュテルちゃんが立っている。そのシュテルちゃんの元に最初に襲ってきた赤い髪の子が近づいてく。
「わりい、シュテル。邪魔させちまった」
「気にしないでください。あちらの師……使い魔はかなりの使い手です」
「まあな。でも単純な攻撃力だけなら勝ってるんだけど」
「当たらなければ意味がありません」
「うっさい! 次はぜってえ当ててやるから、見てろよな!」
「はい。期待して待っていますよ」
「おまえ、全然そう思ってないくせに」
「そんなことはないですよ」
すごく余裕の感じられる会話。私達には雑談なんてしている余裕なんて無い。私もユーノくんも防御で精一杯。
赤い髪の子が離れていく。ユーノくんと戦うために。このままじゃ、ユーノくんも落とされちゃう。どうしたらいい? 考えても私に残された手はもう一つしかない。だけど、私に出来る?
ううん。やらなきゃいけない。私がやらなきゃ。
「レイジングハート。砲撃で結界破壊、出来る?」
『
「それしか、ないよね。撃てるのかな、私に」
『
「うん。ありがとう。私もレイジングハートの事、信じてる」
覚悟、決めなきゃだね。レイジングハート。
けど、このままじゃ撃てない。シュテルちゃんが撃たせてくれない。なんとかして私から離さないと。でも、私1人じゃ出来ない。
『フェイトちゃん、ユーノくん、アルフさん。お願い、私に力を貸して』
だからみんなの力を借りる。1人じゃ出来なくてもみんなが手伝ってくれたらきっと出来る。どんな強敵でもフェイトちゃんやユーノくんやアルフさんが居れば。
『私が結界を破るから。でも、シュテルちゃんが居ると撃てないの。だから、私からシュテルちゃんを離して欲しい』
『なのは……』
『ごめんよ、なのは。私が結界を破れないから』
謝るのは私の方だよ。だって、アルフさんは結界の破壊をしながら戦ってるんだもの。ユーノくんなんか、転移魔法を維持しながら結界破壊もして赤い髪の子と戦い、さっきは私を助けてくれた。
私は何も出来てない。ずっとシュテルちゃんに押さえ込まれてる。
『それは僕もだよ。彼女、シュテルって子はかなり強いけど、気をそらしてくれさえすれば、僕のチェーンバインドで引き離せるかもしれない』
『私が一撃をなんとか入れてみせる。アルフは結界が破壊されたら転送をお願い』
フェイトちゃん。フェイトちゃんの相手も凄く強い剣士。あのフェイトちゃんが何度もビルに叩きつけられてる。きっと相手をするだけできつくて余裕なんて無いはず。
『ありがとう、みんな』
私はゆっくりとビルの屋上に着地。シュテルちゃんはこちらを見てゆっくり近づいて来てる。フェイトちゃんとユーノくんも戦いながらこっちに。2人とも、無理してるのがわかる。私がさせてるんだよね。
失敗できないね、レイジングハート。責任重大だよ。
『タイミングを合わせて……いくよ!』
フェイトちゃんの合図で一斉にみんなが動く。アルフさんがバインドを発動して後ろに下がる。ユーノくんが攻撃をわざと受けて打撃の勢いを利用して距離を離してる。そしてフェイトちゃんが――。
「バルディッシュ、今!」
『
4つのスフィアを作って周囲に展開。剣士の人に向けて魔法を撃つ射撃体勢に。
「ファイヤ!」
スフィアから4本の槍が発射される。剣士の人はすぐに魔法陣型のシールドを展開したけど、すべて外れていく。剣士の人が慌てて振り向いたけど、もう遅い。その先にはシュテルちゃんがいる。これが、フェイトちゃんの狙い。
でも、シュテルちゃんも気付いてる。迫り来る魔力弾に向けて手を突き出した。シールドが張られる。意識が一瞬私から離れる。ユーノくん!
「チェーンバインド!」
シールドにフェイトちゃんのフォトンランサーがぶつかって白い煙が視界を奪う。そのタイミングでユーノくんから2本の鎖が放たれる。対象を捕まえて拘束する魔法の鎖。煙の中から獲物を引き摺りだすように鎖が上空に跳ねる。出てきたのは何重にも鎖に巻かれて拘束されてるシュテルちゃんが見えた。
上空に無理矢理引き上げられながらもこちらを無言で見てる。まるで私を非難するように見えた。
1対1をしたかったのかな? ごめんね。ちょっと乱暴なやり方だったかな。でも。
「いくよ、レイジングハート!」
『
でも、私は止めないよ。みんなが作ってくれたチャンスなんだから。
私の決意を込めてレイジングハートを構え直して握りしめる。
「カウント!」
『
レイジングハートの先端に大きな魔法陣が浮かんで離れていく。砲撃の為の準備を開始。もう、後戻りは出来ない。
「ああ、なるほど。こうやって私を遠ざけ時間を稼ぎ、ナノハが砲撃して結界を破壊するのですね。素晴らしいコンビネーションです」
私の魔力と周囲の魔力を集積開始。
集めた魔力で魔力の球体が大きくふくらんでいく。
頭上を見上げるとシュテルちゃんがこちらを見て微笑んでいた。笑ってる……シュテルちゃんが笑ってる。あんな顔、出来るんだ。でも、どうして嬉しそうにしているの?
ううん。今は集中しなきゃ!
『Count nine, eight』
「お願いします。ですが、その後は待機してください」
誰かと話し終わったと思ったら鎖が歪み緑色の魔力が四散した。
シュテルちゃんを拘束していたユーノくんのバインドが破壊された。破壊したのはシュテルちゃんじゃない。違う人の魔力光が見えたから。
もう1人どこかにいるの? でも、どこに? ここからでは見えない……ここからでは見えない。みんなも気付いてる。見えない5人目を探そうとするけど、邪魔されて上手くいってない。私も見つけられない。
『seven』
「素晴らしい策です」
声が聞こえて視線を戻すと、シュテルちゃんが杖をこちらに向けるのが見えた。
私の相手はシュテルちゃんだった。みんなを信じて前だけを見る。今は前に集中しなきゃ。
まだカウントが終わってないのに邪魔されちゃうかもしれない。
けど、止められない。いまさら止められないし、止めるわけにもいかない。
『six』
「ですが一手」
シュテルちゃんのデバイスから炎が翼を広げる。
月明かりしかない夜の闇に赤い翼が大きく伸びていく。
この距離で攻撃されたら間に合わないのは間違いない。
今攻撃されたら……ううん、違うよね。
私とレイジングハーとなら、耐えて見せる!
『five』
「足りないようです」
魔力が上がっていくのがわかる。
でも、攻撃してこない。
なぜ? 何をするつもり?
『four』
「カートリッジロード」
月が隠れた闇の中で金属の擦過音が連続で鳴り響く。
その瞬間、夜空に巨大な魔力が生まれた。
デバイスの形状が音叉状からさらに槍の形状に変わった?
そのまま私に向けてデバイスを構える。
その姿……砲撃体制?
まさか、今から?
私と撃ち合うつもりなの!?
『Three』
シュテルちゃんのデバイスから大きな魔法陣が描かれる。
私のよりも大きな魔力の球体が生まれた。
それはまるで私の……。
「あの魔法は!」
「うそだろ!?」
「あれは!? なのは!」
みんなの驚愕する声が消える。
私も驚いた。
だってあの魔法は、私の魔法と同じ。
スターライトブレイカー。
『two』
「集え明星」
シュテルちゃんの声が聞こえる。
魔力の奪い合いが始まった。
互いに周囲に散っている魔力を奪わんとせめぎ合う。
シュテルちゃんの紅く燃える魔力の固まりが膨らんでいく。
拮抗は一瞬。
すぐに崩れる。
『one』
「全てを焼き消す炎となれ」
周囲の魔力が根こそぎ奪われていく。
桜色の魔力が真紅の炎に焼かれるように消える。
まるで酸素を奪う炎のように私の魔法を食い散らかされた。
『one』
もう、周囲の魔力は集められない。
残りは全部私の魔力で埋めなきゃ。
だからレイジングハート、私からもっと魔力を取って。
このままじゃ、撃てないよ!
『zero』
「今はまだ、私の方が上です。ナノハ」
カウントが終わった。
けど、これじゃあ……。
視線の先に見える巨大な魔力球。
夜の闇を退けて、それは赤々と輝いている。
まるでそれは、空に浮かぶ巨大な恒星。
同じように見えた魔法。
同じ位の魔力を持つはずの少女が作った巨大な太陽。
私のよりも遙かに大きい。
わかってる。でも。
止めるわけにはいかないから!
「スターライト!」
「ルシフェリオン」
一瞬、シュテルちゃんと目が合う。
今、シュテルちゃんは何を考えているのだろう?
でも、それも一瞬の事。
振り上げた腕を振り下ろす。
「「ブレイカーー!!」」
お互いの声が同時に空に響き渡る。
桜色の魔力が周囲の闇を押し払う。
でも、それを圧倒する光が世界を塗り替えていく。
ぶつかったと見えた刹那、押し返された。
暗闇が、私の視界が、私の影が紅く塗り替えられる。
均衡すら保てない、圧倒的な破壊の化身が空から落ちてくる。
このままじゃ何も出来ないままで終わってしまう。
そんなの絶対にいやだ!
魔力を全部使って良いから!
全部使って立てなくなっても良いから!
レイジングハート!
「お願いレイジングハート! 負けられないの!」
体から魔力が吸い取られる感覚。
魔力出力が上がってわずかに拮抗できた。
落ちてくる炎が止まる。
少しでも良いから押し返……あ……そんな。
拮抗したと思った直後にまた押し返される。
魔力の差?
違う。
そんな……私の魔法が、焼かれている!!?
私の魔力光が飲み込まれていく。
真っ赤に燃える赤い炎が近づいてくる。
世界を赤く塗り替えながら。
このままじゃ。このままじゃ負けちゃう。
「レイジングハート? レイジングハート!」
『
魔法陣が破壊された。
レイジングハートが壊れていく。
紅い炎に燃やされていく。
こんなので、終わり?
こんなので全部終わるの?
何も出来ずに終わるの?
誰も助けられずに終わるの?
嫌だ……嫌!
「うっ、くっあ!?」
バリアジャケットが破壊されていくのが感じる。
徐々に凄まじい熱気を感じ始めた。
視界が紅く染まって何も見えない。
痛覚が麻痺してる? わからない。
もう、わからない。
「ごめん、ね。レイジングハート。ごめ、ん、ね……みん、な……」
ごめん、私、もう駄目みたい。
「大丈夫ですよ、ナノハ」
え?
この声は、シュテルちゃん?
あ、あれ?
バリアジャケットの破壊が止まっているの?
あれほど暴力的に目を焼いた光が見えなくなってる。
熱さも感じない。
眩しさで見えなくなっていた視界も戻ってくる。
あれ、シュテルちゃんが目の前にいる?
なんで?
「ですから、しばらく眠っていてください」
「え? あの……シュテルちゃあ、あぐっ!?」
わ、私、の、胸から、手、が?
「これで詰みです」
あ……。