互いに少し離れて杖を構え対峙します。夜の闇に白いナノハのバリアジャケットが風に吹かれてゆっくりとなびく。とても良く似合っています。
さて、ナノハはクロスレンジでの戦闘を得意とはしていません。最初はミドルレンジからの射撃戦となるでしょう。そう考えると最初は当然ながら。
「いくよ!」
『
ナノハの周囲に生まれた5発のディバインスフィア。ナノハの得意な射撃魔法。ナノハの周囲に配置された桜色の魔力の小さな球体はブレる事なく、安定して配置についています。さすがというべきでしょうか。素晴らしいコントロールです。ですが、私はそれとは違った感想も同時に抱きました。
ナノハならば当然の事。しかし、まだまだ少ない。こうなると、数を合わせた方がいいでしょうか。圧倒しては意味がないと考えています。なぜならば。
「この戦いすぐに終わらすわけにもまいりません。それに、ナノハには全力で戦って頂かないと意味がありませんから」
小さくつぶやき杖を構える。カートリッジは不要。私も同じように5発のスフィアを生み出す。私の周りに展開させ、ナノハの攻撃を待つ。さあ、準備は完了です。
「ディバインシューター、シューーート!」
「迎撃します。パイロシューター、ファイヤ!」
互いに打ち出した魔力の弾丸。ナノハの生み出したスフィアから放たれた桜色の弾丸。桜色の航跡を描きながら上下左右に別れて飛ぶ。それを私の赤い弾丸が追う。目的は全弾撃破。
「早い! は、離せない!?」
短い追いかけっこが終わる。連続で響く爆発音。追いつく私の炎弾が、追いつくはしからナノハの魔力弾を破壊していく。上で下で、右で左で、次々と破壊し小さな白い花を咲かせていく。
「うそ。全部……」
最後の魔力弾は私の近くまで迫りましたが、破壊して爆発。しばし爆破の影響で視界を煙が覆う。やがて再び静寂が訪れ、煙も流れました。
短くも激しい応酬は私の完全勝利で終わりを告げます。一分とかからず。コントロールもスピードも、今の私ならばナノハの上を行くのがわかりましたが、それは当然の帰結です。それよりも、今までの訓練が無駄でなかったのがわかったのが嬉しいです。
さて、カートリッジを使わずとも今ならば勝てそうですが……。
「それで終わりですか?」
杖を振り上げ、振り下ろす。ナノハに向けて挑発する。まだナノハは全力を出していません。それでは意味がないのです。
「なんてね。まだだよ!」
下方から魔力反応。突然飛来する桜色の魔力弾。先ほどの爆煙に隠れて作りましたか。さすがナノハです。
「ですが、喋っては奇襲にならないかと。ラウンドシールド」
無駄です。下から迫る魔力弾に手を向け、防御魔法を展開。衝突の影響は少なく、ナノハの魔力弾は着弾して消える。狙いは良いのですが、私の防御を破るほどの力はありません。
「つい喋っちゃった。言っちゃダメだよね」
「この様子では、どうも私が話す事はなさそうです」
「たはは……」
再びルシフェリオンを構え直してナノハに対峙します。隠し球を軽く防がれた事でショックを受けているようですが、まだまだ余裕がある様子。そもそも、互いに一撃も入れていません。私自身、かなり手を抜いていますから。
ですが、このまま痛み分けで終わっては意味が無いでしょう。ならば、次はこちらから手を出しましょうか。私の力も見て貰わないと。このままだと緊張感もあったものではありません。
ルシフェリオンを構え直し、ナノハに先端を向ける。最初は軽くジャブを打っておきましょう。それから徐々に激しく攻撃していくのが王道でしょうか?
「では、今度はこちらから」
リンカーコアから魔力を杖へ。私のデバイスであるルシフェリオンが赤く輝く。元はナノハを基とした私の力。それは今、私だけの魔導と変わる。
準備は整いました。
参ります。
「ルベライト」
ナノハを囲むようにリングが出現する。そのまま一気に収束捕捉――。
「バインド? こんなの!」
『
ナノハの靴から光の羽根が出る。静から動へ。短い時間で加速する。ルブライトの輪を抜けて上空へと一気に飛ばれる。
だが、それは読んでいます。
「え?」
私もまた靴から真紅の羽を生やして飛翔する。ナノハの目の前へ。加速も速度も私が上。ナノハの行動を読んだ上での先への行動。ほぼゼロ距離まで詰める。驚愕したナノハの顔を目の前で見えました。ルシフェリオンはすでにナノハを捕らえている。後は引金を引くだけ。撃ちます。
「燃えつきなさい」
「お願い! レイジングハート!」
『
炎弾を打ち込む直前に張られた防御膜。私の記憶にあるそれとは似ても似つかないほど薄く脆く感じる。それでも私の炎を受け止めた。刹那のせめぎ合い。ならばと杖を振りわざと爆発させる。次の一手へ。
「きゃあっ!?」
悲鳴が上がり爆発により黒煙が周囲に広がる。視界を奪い、近距離であるにもかかわらず互いが見えない。ここは一気に攻撃を叩き込むべき。先ほどの礼をすべく、ナノハが居た場所へと翔る。が、いない。
爆破の衝撃を利用して後退したのですか? ならばさらに前へ。
『
前方の煙の中から聞こえたナノハのデバイスの声。これは瞬時に速度を上げる魔法。私がどこにいるかはわからない以上、動く先は後ろしかない。
距離を開けるつもりですか。させません。
私も速度を上げる。この時のならば、ナノハの使える魔法は私にも使える。ここで逃がしては意味が無い。ナノハを追って一気に黒煙を突っ切る。視界が煙りから抜け出たとき、ナノハを見つけました。距離もそう遠くない。このまま一気に……いえ、あれは。
ナノハはそう遠くない場所で捕捉しました。しかし、その前には二つの光の球体が。私が追ってくる事を予想して逃げながらスフィアを作ったのでしょう。
「これなら当たるよ。シュテルちゃん!」
たしかに確実に当たる。しかも私は迎撃できない。私もプロテクションを張るべきですか? 否です。それではまた距離を離されてしまう。離させるわけにはいかない。ならば取るべき手段は一つのみ。
「シュート!」
「ルシフェリオン!」
手元で響く擦過音。急速に魔力を高める。今のままの突撃ではナノハの一撃に耐えられないと判断しました。まさかカートリッジを使わされるとは思いませんでしたが、さすがナノハというべきでしょう。
胸の炎が疼きます。これこそがナノハです。私の越えるべき高き壁。私のコピー元にして最強の敵であり、最高の友人になれるはずの人。
「あっ!?」
さらに加速を。
二つの光球が私を撃墜すべく迫る。
魔力を殲滅服へと流し、防御力を高める。
当たる瞬間、腕をクロスして防ぐ。
体にかかる爆発の負荷。
腕と肩に当たった光球が爆発した。
衝撃が肩を襲う。
だが、速度は落ちない。
落とさせない。
「逃がしません」
『
再びナノハのデバイスがオートで防御魔法の膜を展開させる。
だが、今度は射撃ではありません。
クロスした腕を解き、拳に魔力を集中させる。
互いに得意なのはロングレンジ。
だが、私は騎士達と訓練で新たな力を手に入れた。
それをお見せしましょう。
「私の炎、受け止めてください」
「え? ええ!?」
左手にまとったそれは、鋭い爪となる。
拳に集めた魔力を炎に変換する。
腕全体へと広がる紅に輝く炎が獲物を求めてうごめく。
この炎、シールドを打ち破りナノハに届かせてみせます。
加速したまま腕を振り上げ。
「はぁぁっ!!」
ザフィーラに教えて頂いた力。ここで使わせて頂きます。
「ルシフェリオンクロー!!」
「そんな無茶苦茶、きゃぁぁっ!」
勢いを付けて烈火の爪を振り下ろす。
防御魔法にぶつかった瞬間、互いの魔力が火花を上げる。
引き裂かんとする紅の炎が桜色の光に食い込み押し返される。
しばしの攻防――、しかし押し切る。
ナノハのバリアにヒビが入り徐々に広がりナノハの顔が歪んでいく。
その瞬間、桜色のシールドが砕けた。
「滅殺!」
「きゃああああっ!!」
ナノハにぶつかり爆発。
衝撃波が広がり、私とナノハを吹き飛ばす。
白煙が視界を覆い、それ以上は見えない。
この手応え……腕を振り抜くときにナノハのデバイスに防がれました。クリーンヒットは出来ませんでしたか。しかし、砕き折った感触は残っています。どの部分を砕いたのか……コアで無ければ良いのですが。
やがて白煙は晴れ視界が戻ってきます。ナノハは……いました。すでに距離を取られ少し高度を下げた場所に留まっています。手に持つデバイスは、なるほど。どうやら柄の部分で折れている様子。コアは無事、上手く受けてくれたようです。
「いかがでしたか、ナノハ? ちなみに、まだ全力ではありませんよ?」
話しかけると、ナノハはビクリと体を硬直させたのがわかります。しかし、すぐに顔を引き締めてこちらに対峙しました。手元のデバイスもリカバリーして元に戻し、再び私に杖の先端を向ける。
「凄いんだ……ね。でも、まだ。まだ、私だって全力は出してなんかないよ!」
『
挑むようにナノハが再びデバイスを構え直すと、ナノハがデバイスの形状を変えながら後退した。音叉状のデバイスヘッド。砲撃戦をする為の形。ということは、やはり次は長距離戦ですか。
「受けてみて、シュテルちゃん。私の魔法を!」
『
止まって矛と化した杖をこちらに向け、先端に魔力が集まるのが見えます。ナノハの得意な魔法の一つ。直射型の砲撃魔法。
「いいでしょう、ナノハ。その挑戦に答えましょう」
私のデバイスであるルシフェリオンを振り、同じくヘッド部分を音叉状に変え魔力を開放する。炎の翼を広がる。ナノハのレイジングハートとは少し異なる姿で色違い。そして、その中で荒れ狂うのも異なる力。
「ブラストファイア」
同じく構え、先端をナノハに向ける。
リンカーコアから魔力を供給。
ナノハと私、互いに3つの円環を杖の先に生まれさせ、杖を砲と化す。
全く同じようにみえる二つの術式。
だが、私の魔法は炎熱変換により威力はナノハよりも高いはず。
すでにナノハの構えるレイジングハートの先端には魔力が集まっています。
ナノハのデバイスから生える桜色の羽根が大きく広がる。
目標タカマチ・ナノハ。照準固定。
魔力チャージ80%……初動が早い分、やはりナノハの方が先に砲撃準備は整いますか。
そろそろ……来ます。
「シューート!!」
ナノハが砲撃を放つ。
桜色の魔力の濁流がこちらをとらえ、襲いかかってくる。
照準も完璧に私を捉えています。
目の前に迫りくる巨大な魔力の光。
このまま見ていては私は撃ち抜かれてしまうでしょう。
それでも見てしまうのは、ナノハがオリジナルだったからでしょうか。
しかし私も今は、自分自身の魔力の色を持ち、私の力を手に入れた。
「ではお見せいたします。私の魔導を」
デストラクターとしての力と記憶を。全てを滅する破壊の炎を。
「ファイヤ!」
ルシフェリオンから放たれる真紅のランス。
桜色の魔力の奔流に突き刺さる。
「はぁぁぁ!!」
「撃ち抜いて!」
押し返そうとする力と押し流そうとする力がぶつかる。
~~~~~~
当たったっと思った瞬間に放たれた真紅の炎。
先に撃てた。シュテルと名乗った女の子はまだ撃てないみたい。だから勝てたと思ってしまった。
「うそ……」
でも違った。気づけば私の魔法は押し戻され、最後には打ち消されてしまっていた。
嘘。
真っ赤に燃えるような真紅の魔法の渦は、とっさに砲撃を止めて回避した私の横を掠めて抜けていく。今までこんなに簡単に負けたことなんてなかった。私の砲撃が……こんなにあっさりと撃ち負けたの……?
帽子の子やさっき私の攻撃を防いだみたいに"カートリッジ"っていうのを使ったの? あれを使われると魔力がすごく上がるのを感じるけど、ううん、今のは違う。そんなのを使ったようには見えなかった。じゃあ、単純に魔力数値が負けたの? でも、レイジングハートは同じくらいだって言っていたから違う? じゃあ、どうして?
『
心配して気遣うような声。レイジングハート……うん。そうだね。クヨクヨなんてしている場合じゃないよね。
「心配かけたね。ごめんね、レイジングハート」
『
そうだった。これくらいでショックなんて受けてたら、ここまで来れなかったと思う。初めてフェイトちゃんと戦った時は手も足も出なかったよね。これは初めての事なんかじゃない。
だから、まだ大丈夫。まだ、私は大丈夫。
「さて、次は何で競いますか?」
声がして顔を上げる。視線の先には雲と雲の切れ目から見えた月の光を背に浴びて、空に立つシュテルちゃんがいる。
撃ち終えた残滓なのか紅い炎を身にまとい月の光も受けて立つ姿は、なんだかちょっとかっこいい……かな。戦ってるのに場違いな感想だったね。
私を見下ろ顔は相変わらず感情がわかりづらくて、今、どう思っているのかわからないけど……ちょっとだけ楽しそうにみえた気がする。だからかもしれないけど、シュテルちゃんが私の隙をついては襲ってこない気がするの。
強者の余裕とか私を侮っているとか、そういう感じじゃ無い気もする。なんだか、変な気分なんだけど、信用って言ってもいいのかな? シュテルちゃんが悪い人には見えない。でも、私を襲ってきたのは事実だし……。
「どうしましたか? もう次は無いのですか?」
慌ててレイジングハートを構え直す。そう、まだ戦いは終わっていない。考えるのは後だよね。私は戦えるから。ユーノ君も助けなきゃいけないから。ここで俯いてなんていられないはずだから。だから、私は顔を上げなきゃ。気合い、いれなきゃだね!
「まだだよ。まだ戦えるよ、シュテルちゃん」
「期待通りです、ナノハ。私もまだまだ戦い飽きていません」
そう言ったシュテルちゃんは、なんだかすごく嬉しそうに見えた。なぜだろう? なぜか凄く知っているような……。ううん、違う。どこかで見たような……この光景、初めてなはずなのに。
「別に戦いたいわけじゃないよ。ただ、どうして襲われなきゃいけないのか、それが知りたいだけ」
「先ほども仰っていましたね。戦う必要が無い、という可能性があるかもしれないと?」
「うん。もしかしたら手伝える事だってあるかもしれないよ?」
私の問いかけにシュテルちゃんは考える素振りをする。
「そうですか……そうですね。ですが、それは私に勝てたならばという約束だったかと」
「それは……そうなんだけど」
なんだか笑われた気がする。表情は変わらないけど、それでもなんとなく笑ったように私には見えた。その顔が急に空を見上げる。
「もう少しゆっくりと話をしたいところですが……どうやら邪魔が入るようです」
私もシュテルちゃんにつられて空を見る。そこには光の尾が見えた。あれは……。
「残念です」
「なのはから離れろおおおおっ!!」
上空から一直線に向かってくる金色の光。フェイトちゃんの魔力光だ!
「本当に残念です。もう、終わらせなければなりませんから」
声がして視線をシュテルちゃんに戻すと、その顔は、さっきとは違って見えた。