魔法少女LyrischSternA’s   作:青色

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10話 出会いは必然に 11月13日

 太陽が落ち、暗い闇の中、人工の光が照らす不夜城のような世界。空から見下ろす風景の中で、まるで色彩を一段暗く塗ったような場所があります。

 

 ヴィータの封鎖結界。そこだけが暗く淀んでいるかのように光をぼやかしている。一目で強固な結界であるとわかるほど、それは魔力に充ち満ちています。なるほど、ナノハ達が簡単に突破できないわけです。

 

「準備は良いか、シュテル」

 

横ではすでに騎士服を着たシグナムが結界を見ています。むろん、ここから結界内部は見えません。きっとヴィータ達が気になるのでしょう。ですが落ち着いた様子から、焦りはありません。

 信用、でしょうか。幾千もの戦場を共に戦ってきた戦友としての。

 

「はい。私はいつでも行けますよ」

「そうか。ここからでは状況が見えない。苦戦している事も考えて行動しよう」

「はい。わかりました」

 

 果たして苦戦している可能性はあるのでしょうか? むしろ、もう終わっている可能性がありますが……。今のナノハでは、ヴィータに勝つ事は出来ないでしょうから。

 

「では、行くぞシュテル」

 

 シグナムが合図を送って先に突入を開始する。私も後に続き、結界へと加速した。リンカーコアから魔力を体に通し、結界の突破に備える。この結界は中から出るのは難しいが、外からの進入は難しくないとの事。そのまま結界に接触します。

 

 わずかに抵抗を受けるが、それもすぐに終わり。少しの間、視界を結界の膜に奪われるが、これもすぐに終わります。本当に抵抗がありません。なるほど、これなら簡単に援軍に来れます。

 

 

 結界を越えればすぐにヴィータの魔力を感じました。近くにはザフィーラとナノハと……ナノハの師匠……ユーノ・スクライアの魔力?

 

 これは……どうも、妙な展開になっている気がします。

 

「近づくぞ、シュテル」

「はい」

 

 近づけばさらに詳細な状況がわかってきました。この魔力の動きから、どうやらヴィータはナノハと、ザフィーラはユーノと戦闘をしているもようです。ですが、どうにも様子がおかしく感じます。特にヴィータは動きに精彩を欠いているように見えました。いつものキレがないような。

 やがて姿もはっきりと見えてくる。

 

 ナノハ。見つけました。白い地に青い縁取りがされたバリアジャケット。ナノハがご学友と通っている小学校の制服をモチーフにしたのでしたね。この暗いヴィータの結界内部ではよく目立ちます。どうやら、お変わりなく無事の様子。予想とは違いますが……。

 

 いや、今は後回しです。全体の戦況は思っていたのとは違い、苦戦しているようです。

 

「どうやら本当に苦戦しているようだな……。いや。ヴィータの動きがおかしいか?」

「ザフィーラも苦戦しているようですよ。こちらは相手に上手く立ち回られているようですが」 

 

 ヴィータはナノハと激しく戦っています。ですが、どうもヴィータは本来の力を発揮していません。そう、妙に手加減していると言うべきでしょう。全力を出せば今のナノハでは抵抗するのは難しいはず。何か理由があるようですが……まさか。

 

 ザフィーラの方は小動物の姿をしたユーノを相手にして、思った通りの戦いが出来ていないようです。

 なるほど、小動物相手では上手く打撃技や蹴り技が決まらないのでしょう。なぜ小動物の姿なのか理解できました。

 唸るように繰り出された蹴りは(かわ)され、バインドやシールドで行動を止められています。なるほど、よく考えられていますね。さすがタカマチ・ナノハの師。と、言ったところでしょうか。

 非戦闘系でありながら、相変わらず素晴らしい魔導運用です。叶う事ならば私も教えを受けたいところです。

 

 

 そう考えているとヴィータがこちらを見ました。ですが、すぐに視線を戻します。やがてナノハと近接で魔法を打ち合い衝撃が周囲を襲う。わざとでしょう。その証拠に煙幕が広がるとヴィータは距離を取り、こちらに向かって来ました。服装に乱れは……あまりありません。帽子も無事のようです。

 

 ナノハは……こちらを見て警戒して動いていませんね。私達に気付いていたのでしょう。もしくはナノハの師匠が知らせたか。どちらにしても、こちらは新手が2人いますから戦いを仕掛けて来る事は無いでしょう。

 

「もう来たのかよ」

「どうした、ヴィータ。珍しく苦戦しているのか?」

 

 近づいてきたヴィータにシグナムが声をかける。すると、ヴィータはムッとしました。

 

「別に苦戦なんてしてねえよ。ただ……あいつの顔が……」

「ん? あいつの顔がどうしたんだ?」

 

 私の顔を見たヴィータはシグナムに向き直り、目でナノハを指し示しました。

 

「あれだよ、あの顔。見ればわかるって」

「あれとは何だ……ん? ふむ。あれは……なるほど、そういう事か」

 

 シグナムもヴィータに言われて気付きましたか。遠目でもわかると思いましたが、意外とわからないもののようです。さて、それはともかく……どうやら説明をしなければならないでしょう。ヴィータに今回の先走りについて一言言うつもりでしたのに、先に私が申し開きをしなければならなくなるとは。

 

「あいつ、シュテルと同じ顔をしてるんだ。目つきとか髪型とか雰囲気は違うけど。だけど、似すぎてるんだよ! 顔も! 姿も! 使う魔法もだ! だから、なんかちょっと……叩き潰し難いっていうか……たくっ! あたしらしくない!」

「落ち着けヴィータ。なるほど、魔力光は違うようだし雰囲気も異なるようだが……しかし、似ているな」

 

 いつでも魔法が使えるようにナノハが空中に浮いたまま魔力を集中させています。その魔力光は私とは違う色をしていました。私は紅の炎。ナノハは桜の花びら。見た目も少し違います。ナノハの胸元はリボンですが、私はアーマーに変わり、肩当てが付いています。腰回りも異なり、私には腰当てがついている。

 ですが、背丈や顔は同じ。私の事を知っていれば誰でもおかしく感じるでしょう。プログラムにすぎない私に人間の双子などあり得ない。ならば、この似すぎた姿はなんなのかと。

 

 この事は事前に考え、答えは用意しています。多少、曖昧になるように話さなければなりませんが。

 

「シュテル、なにか関係あるのか?」

「そうですね。私は元々自分自身の形は持っていませんでしたから」

「それはどういうことだ?」

 

 曖昧な返事にシグナムは一瞬固まります。理解できずに思考が止まる。それでいいのです。 

 

「私は貴女たち騎士とは違い最初から自分自身の姿をモデリングされていません。その為、この世界に出る時に闇の書の記録から姿や能力をコピーされるのです。その為、似た姿や能力をもって生み出されます」

「だから似ていると?」

「そうなります」

 

 なぜ闇の書に記録されているのか。そう問われれば、答えかねるというつもりです。私は騎士達と一緒にこの世に出てきたのですから、それ以前の事は知らなくて当然なのです。それに、そもそもなぜ私が今存在しているかについては、私にも答えられませんし。

 

 まあ、少々ずるいですが、嘘は……ついていないでしょう。

 

「つまり、コピー元という事か」

「そうですね。ですが、それだけです。私は私であり、彼女ではありません。むろん、少々コピーとしての執着心に似た物はありますが、それは些細(ささい)な物です。少なくともハヤテを危険にするような事はありません。それと、これ以上は聞かれても話しかねますよ。私も何故と言われてもわかりません」

 

 そうシグナムに答えを返すと、さすがに納得した様子はありませんが、視線を再びナノハに向けました。そして、再度私に顔を向けると探るような目で口を開きます。

 

「まあ、我々と一緒に出たのだから、それ以上はわからないか。どこでコピーしたのか気になるが、それも闇の書でなければわからないのだろうな」

 

 自分の好きな姿を選択できる、とは考えられないでしょう。まあ、私も闇の欠片として生み出されたときは自分で決めたわけではありませんから。

 

「ところで、以前言っていた”越えたい相手”というのが彼女なのか?」

「それは……さあ、どうでしょうか。それよりも、今は私の事よりも優先すべき事があるのでは無いのですか?」

 

 わざと最初に曖昧に答え、コピーというわかりやすい答えを差し出して本質は隠す。まさか以前話した事を覚えているとは思いませんでしたが、今はこれで良しとすべきでしょう。もう、答えは出ているはず。

 

「答えないか。いや、悪かった。確かにシュテルはシュテルだ。そうだな。今は敵を倒す事を優先しよう」

「戦闘中におしゃべりとは、関心できんな。何をしている?」

 

 いつの間にかザフィーラも戦闘を中止してこちらに来ていました。相手だったナノハの師匠はナノハの元にいるようです。ナノハは魔法を撃つ体制を止めて話しているようでした。向こうは向こうで作戦会議でもしているかもしれません。

 

「ああ、すまないザフィーラ。少しシュテルとあそこの魔術師の関係をな」

「それか。それは俺も気になっていたが」

「シュテルはシュテルだということで結論を出したところだ。少なくとも敵のスパイという事は無いだろう」

「そうか」

「まったく、そんな単純なものなのかよ。まあ、あたしは別に気にしないけどさ」

 

 まあ、わかっていた事だがな。とシグナムは付け加えると、苦笑して私から視線を外しました。

 

「とにかくそれよりも、あたしはあいつとはやりずらいんだけど? 別人って言っても見た目が似てるしさ。なんかシュテルを殴ってるみたいで、気分が良くないんだ」

「その心配は無用ですよ。彼女は私が相手を致します」

 

 ここは譲れません。今はまだ、ナノハはあの時のナノハと力の差があるでしょうが、それでも私は戦いたいと、そう思っています。

 

――いつかきっと。

 

 あの時の約束とは少し、力の差がありすぎますが。

 

「それはお前の執着心が理由かよ?」

「さあ。別にそう取って頂いてもかまいませんよ」

「お前なぁ……ほんと素直じゃないよな」

 

 呆れられています。ですが、これでいいのです。少なくとも、再び警戒されるよりはずっとマシです。そして、きっとこれで決定でしょう。

 

「まあ、なんとなくわかったけどさ。んじゃ、あたしはあっちの小さいのをやってやるよ。最初に邪魔された恩もあるしな」

「それは恨みと言うのではないのか、ヴィータ?」

「うっせぇ。別に何でも良いだろ、ザフィーラ。とにかく、あたしはあいつと戦うからな!」

 

 そう言うとヴィータは私に背を向けました。これは私とナノハの戦いに邪魔が入らないようにしてくれるという事でしょうか。

 ヴィータの表情はこちらからは窺い知る事が出来ません。ですが、そう感じます。

 

「ヴィータが相手をしてくれるというのならば、私とザフィーラは周囲を警戒する事にしよう。2人なら1対1でも十分に勝てるだろう。それに、援軍が来ないともかぎらない」

「すまん、ヴィータ。どうも相手が小さいとやりづらい」

 

 これからの戦闘を思い、心が踊りだす。

 

 やっと戦えます。

 

 タカマチ・ナノハ。

 

 私の元となった魔術師。

 

「それでは、また後で」

「任せとけダンナ。カタキは私がしっかり取ってやるよ! あと、お前にどんな理由があるのかしらねえけど、負けんなよ、シュテル!」

「むろんです。お任せください」

「いや、俺は負けたわけでは無いのだが、頼んだ」

「いくぞザフィーラ」

「了解した」

 

 では、参りましょう。今の私の魔導の全て。お見せします。

 

 

 

 ヴィータが師匠をナノハから離してくれたので、私はゆっくりとナノハへと近づきます。白いバリアジャケット。赤い大きな胸のリボン。左右でまとめた二本の髪が風になびいています。その顔は私に良く似ている。それは当然の事。

 

 彼女こそ私のコピー元。

 

「こんばんは。良い月夜ですね」

「え、え~と……こんばんは?」

 

 私はナノハを見下ろすように対峙します。私を見たナノハは少し戸惑っている様子。持ち上げかけたデバイスを下ろすと、私を見上げて困惑した表情を見せました。互いに宙に浮き、視線を交し合う。どこか、雰囲気が違う気がする。どことはまだ、わかりませんが……それは当然の事かもしれません。

 

 私がナノハと出会ったのは、闇の書との戦いが終わってしばらく時間が立っていましたから。初めて出会ったのは闇の欠片として。この海鳴市の空で私達は出会い、戦いました。そして二度目は理のマテリアルとして出会い戦い、そして、その後には共に戦いもしました。

 

「さて、初めからしましょう」

「え?」

 

 そう。この時間では初めて相対するのですから、やはり最初に挨拶をしなければなりません。私はスカートの端を摘んで少し持ち上げ、膝を少し曲げて告げます。

 

「私はシュテル。シュテル・ザ・デストラクターと申します。シュテルとお呼びください」

「あ、あの。ええと。わ、私はなのは。高町なのは。私立聖祥大附属小学校三年生……です」

「タカマチ・ナノハ、ですね。では、ナノハとお呼びいたします」

「え、う、うん! よろしくね! て、あれ? なんだかイントネーションが違うような……」

 

 何かおかしいところでもあったでしょうか? 少し困ったような顔をされても。

 

「気にしないでください。それよりも」

「あなたも……ううん。ええと、シュテルちゃん、で、いいのかな。シュテルちゃんも私と戦うの?」

 

 おや? 確か初めて私の名を呼んだ時は呼び捨てにして頂いていたはずですが……。それに数ヶ月の差ですが、初めてあった時と違い戦闘を好んでいないようです……ですが、私の気持ちは変わりません。そして、きっとナノハも答えてくれます。

 

「呼び方については、それでいいですよ。それと、私は戦わせて頂きたいと思っています」

「どうして? どうして私と戦いたいの? あなたたちは何が目的で襲ってきたの? あなたたちはいったい、何者なの?」

 

 必死に訴えるような声。ナノハは現状を理解できずに困っているようです。ヴィータは何も話していないでしょう。むろん、私も話しません。

 

「それは。申し訳ありませんが、現段階ではお話ししかねます」

「でも、何も話してくれなきゃわからないじゃない。もしかしたら戦わなくても良いかもしれないし……」

 

 おかしい……以前、再戦を楽しみにしていたと伝えた時は嬉しいと言ってくれたと記憶……いえ、違いました。最初にあった時は問答無用で私が襲ったのでしたか。あの時の私は闇の断片で、頭もはっきりとはしていませんでしたから。そういえば、私が消える時にナノハはとても悲しそうな顔をしていたと思います。

 

 そうでした。そういう人でした。ならば。

 

「それについてはなんとも……。そうですね、では、こうしましょう」

 

 ナノハが進んで戦える理由を。戦う事に意味を与えましょう。

 

 私はルシフェリオンを出し、そして言います。

 

「私に勝てたらお話しします。これでどうですか?」

「それって、結局戦わないとダメって事?」

「端的に申し上げれば、その通りです」

 

 しばし考えるように俯くナノハ。それもすぐに終わりました。再び顔を上げた彼女の瞳には強い光が宿ったように感じます。

 

「本当だね? 私が勝てたら本当に教えてくれる?」

「ええ。本当に。星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)の名にかけて、誓いましょう」

「す、すごい名前だね。でも、うん、それなら」

 

 下げていたデバイスを持ち上げ、ナノハは私をジッっと睨みました。先ほどまで無かった強い意志を瞳から感じます。やる気を出して貰えて何よりです。

 

 それでこそ、ナノハです。

 

「いいよ、シュテルちゃん。そのかわり私が勝ったら全部教えて貰うよ!」

「ええ、私に勝つ事が出来れば必ず話しましょう」

 

 やっと巡ってきた戦いの機会。気分が高揚してきます。これはまだ、序章に過ぎないというのに、私の心がどうしようもなく躍るのです。

 タカマチ・ナノハ。

 あの時の続きを、この時代でできる、この喜びが。どうしようもなく、私の胸に宿る炎が燃えるのです。

 

 ですが、ここは(こら)えねばなりません。本気で戦い、潰す。それでは意味がないのです。ですが、圧倒して倒す。そしてそれは次の布石にしなければならない。だから、今は全力で戦いたい願望は押さえる。次の戦いのために。

 

 それでも、やはり……この気持ちだけは押さえ切れそうにありません。

 

「では、参ります」

 

 お久しぶりです、ナノハ。再戦の約束、果たしましょう。


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