ゼロのサムライ   作:よね

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どうして微妙に差し迫っているときに限って筆がノルるんでしょうかねぇ

現実逃避って怖い

剣式は当たりませんでした


第7話 フリン、さる高貴な人物からクエストを受注す

 ルイズは夢を見ていた。トリステイン魔法学院から、馬で三日ほどの距離にある、生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地にある屋敷の夢を

 

「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」

 

 そう言って騒ぐのは母である。夢の中でルイズは、出来のいい姉たちと魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていた最中たまらず逃げ出してしまったのであった。

 

 逃げているとき、隠れているときに限って聞きたくもないもない話し声が耳に入ってくる

 

「ルイズお嬢様は難儀だねえ」

「まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……」

「魔法が使えないっていうのは不安だよ」

「家名を傷つけることがないよう立派にはなってほしいのだけれど…」

「それがあの調子ではね」

 

 ルイズは厳しい母からだけでなくそんな心無い言葉からも逃げては隠れ、逃げては隠れた。逃げおおせたと思っていても召使たちも必死に探すものだからまたまたルイズも必死に召使たちに見つからないよう逃げ始める。

 

 そんな彼女は最後には決まって彼女自身が『秘密の場所』と呼んでいる、中庭の池に向かう。

 

 そこは……あまり人の寄りつかない、よく言えば閑静、悪く言えばうらぶれている池を囲んだ庭園であった。

 

 池の周りには季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがあった。池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。

 

 島のほとりに小船が浮いており、それは舟遊びを楽しむためのものであった。そんな光景が見られたのも既に過去のものとなっており、そこに近づくものはすでにいなくなっていた。

 

 いなくなっていたのだ。

 

 そこに気に留める奇特な存在はもうルイズ以外いなかった。だからこそ、いつからかそこはルイズが辛いときに決まって逃げ込む場所となっていた。

 

 もう何度目となるのかルイズは小船の中にするりと乗り込むと、用意してあった毛布に潜る。

 

 すると小船はすぅっと静かに水面を滑り出す

 

 ルイズは違和感に気づく、途端に夢の中でこれは夢だと認識する。

 

―私の知る夢じゃない

 

 いつもなら中庭の島にかかる霧の中から、若年、いや少年といってもいいぐらいだが立派な貴族が現れ、泣くルイズをこう慰めるのだ。「泣いているのかい? ルイズ」と。

 

―だけど違う

 

 霧に包まれた東屋に人影が見える。ルイズの足は主人の意思を無視するかのようにひとりでに進んでいく

 

 そうして人影のぼやけた輪郭がはっきりとした青年として認識できるほどにまでになって、ようやくルイズは当惑の声をあげることができた。しかし、青年の顔はまだ見えない

 

「あ、あなたは誰!?」

 

 いつの間にかルイズは六歳から十六歳の今の姿になっていた。その声に青年は驚き、少ししてから困惑したようにいう

 

「やはり――ここは彼の夢ではないか…」

 

 それはルイズの記憶にはない声であり、穏やかな声だった

 

―彼?

 

 その言葉を聞きようやく気付く、何故気づかなかったのかわからないくらいに意識の外にあった。その青年は制服と思われる彼と同じ青い羽織りに袖を通していたのだ

 

「ここであったのが君だということは君も彼と何かしら近しい縁で結ばれているのかもしれない」

 

 もし、君が彼を知るのなら、夢から覚めた後、僅かに覚えているだけでいいから伝えてほしい。青年はそういった。

 

「フリンという男に伝えてほしい。すぐにでは無い…けど、君のいるこの世界の常識が変わる。摂理ではなく教義が。君の預かり知らぬ場所からその潮流は大きくなり、世界を塗り替えていく。それは争いの火蓋を切るだろう。君もおそらくその変化を止めることはできない。けれど、塗り替え切られる前に止めることはできる。君がソレらと相対するときは必ず来る。その時まで備えておいてほしい」

 

―君がこの世界でどんな選択をするのかはわからないけれど。真摯に向き合ってくれることを僕は望む…と。

 

 それだけ言うと、霧の中に溶けていくかのように徐々にその輪郭が曖昧になっていく

 

「待って!!どういうこと!?貴方はフリンとどういう関係なの!?」

 

 ルイズは消えていく青年に向かって叫ぶ。その声が届いたかどうかは定かではないが、黄色いスカーフをまく青年はこう付け加えた

 

 君がまだ僕を友と思ってくれているのならどうか信じて欲しい。と

 

 その言葉を最後に青年は霧の中へと完全に姿を消した

 

 

 

 

 青年が姿を完全に消したのを皮切りに辺りを覆う霧を全て吹き飛ばさんとするほどの強風が吹き始める

 

 あまりの勢いの強さに思わず風を避けるためローブの襟を寄せ、こらえる様に目を瞑る

 

 ひどくきつい突風が止み、瞼を上げたルイズの目にはもう清閑な庭園の姿はなく、辺り一面を赤い炎とそれが巻き上げる黒煙と煤が立ち込める廃墟が映る。しかし、目を凝らしてみれば破壊と放火の残骸からさっきまでルイズのいる場所が本来の庭園と相違ないことがわかる

 

「な、なんで」

 

 ルイズは激しく狼狽える。夢とはいえど自分の一部であり、この場所は…少女にとって辛いものであると同時に甘く幸せなものでもあるのだから。ここまで跡形もなく蹂躙された風景を見て心はひどく掻き乱される

 

「そう狼狽えるなよ。これは夢だ」

 

 背後から声がかかる。低く、先ほどの青年とはまた違った落ち着いた声

 

 その声にルイズはビクリと振り返る

 

「誰ッ!?」

 

「邪魔してるぜ。嬢ちゃんに会うつもりはなかったんだがな。嬢ちゃんの方がアイツとの縁が深く繋がっているらしい」

 

 そこには先ほどの青年よりもがっしりとした体つきで、先ほどの青年と同じ青い制服に身を包んだ男が頭をポリポリと掻いていた。やはり、顔は陰になっておりよく見えない

 

「アイツに、フリンにこう伝えてくれ。すぐに戦争が起こる。いや、もう起こってるか。お前のいる国じゃないがそこから戦火は燃え広がっていく。それもあっという間にだ。じきにお前のいるところまでその火の粉は降りかかってくる。覚悟しておけ。ってな」

 

―関わるつもりならお前が止めろ。この世界の人間には無理だ。と付け加えた

 

「頼むぜ、嬢ちゃん」

 

 そう男は言い残すと黒煙に巻かれ、またしても突風が吹き荒れる。それが収まると黒煙は晴れそこに男の影も形もそこにはなかった。

 

 ルイズは立て続けに起こった不可解な事象に頭を抱える

 

「何なのよ!!もう!!」

 

 混乱する頭を無理やり回転させて整理しようとした途端、また、奇怪な現象が起こる

 

―……ろ、……ぞ

 

―…きろ、…だ

 

―…だ、…きろ

 

 諭し言い聞かせるような柔らかい声。そんな声も今のルイズにとっては神経を逆撫でする要素に過ぎない

 

「うるさいわね!少しは黙ってなさい!!ここは私の夢なのよ!!!」

  

 募る苛立ちからルイズはありったけの情念をのせて腹の底から叫び、その声は赤く染まる空に轟いた

 

 

 ◇

 

 

「起きろ」

  

 フリンはルイズの包まっている毛布を剥ぐ。ここまでしてようやく、ルイズが目を覚ます。

 

 ルイズが寝ぼけ眼でキョロキョロと周りを見回した後大きく疲れたように息を吐く

 

「……おはよう。」

 

 窓からは燦々と陽光が差し込み、チチチと小鳥の囀る歌が聞こえてくる

 

「ずいぶんうなされてたようだが、どうした?」

 

「変な夢を見てた気がする…」

 

 やはり夢の世界の体験をうつつまで覚えていられないのが世の常であり、ルイズもその例外ではなかった

 

「伝えてほしい…この世界はすぐに変わる…違う、すぐには変わらない。戦争?森、いえ、庭園…どこの?学園?じゃない。確か…ラ・ヴァリエールの屋敷」

 

 それでも、夢の中で何かおかしな体験をしたこと自体は覚えているようでどんなものだったか思い出そうとしてる

 

 その様子はベッドの上で上半身だけ起こしたまま、ぼさぼさに乱れたピンクブロンドの髪の中でぶつぶつ言っているようにしか見えないが……

 

「そうか」

 

―じゃあ、先に出ていよう。そう残して出ていこうとするフリンにルイズは一つだけ聞いてもいい?と疑問というか気になったことを質問として投げかけた

 

「貴方の知り合いに黄色、または青色のスカーフをした男の人っているのかしら?」

 

 部屋を出ようとルイズに背を向けていたフリンの動きが止まる。いや身体が固まるといった方が適切かもしれない

 

「それをどこで知った?バロウズか?」

 

 ギギギという擬音が似合うような油が差されてない機械みたいな調子で首だけをルイズの方へ向ける

 

「今日見た変な夢で、あなたに伝えてほしいって出て来た」

 

「何をだ」

 

「ごめんなさい、夢のことだからはっきりとは…ただ、備えろだとか覚悟しておけとか言っていた。…ような気がする」

 

「そうか…さぁ、さっさと起き出して、着替えるんだ。何時もの時間より少し遅れてるのだから」

 

 そう言い残してフリンは部屋を去る。相変わらず厨房で食事を摂り、食堂で給仕の手伝いをするのだろう。そんなフリンを寝ぼけ眼でルイズは見送った

 

「うーむ、妙だと思わねぇか?嬢ちゃん」

 

 部屋の片隅で立てかけられたままの古ぼけた剣デルフリンガーがルイズへ声をかける

 

「妙って何がよ」

 

 流石にもうのんびりしていられないと思ったのか、気持ち早めに寝巻から制服への着替えを急ぐ

 

「相棒の反応だよ。ありゃあ、きっと嬢ちゃんの質問は当たりだったんだと思うんだが、一つでも情報を掻き集めたい相棒にしちゃ反応があっさり過ぎるぜ」

 

「うーん、そうかしら」

 

「そうだって!!あのいけすかねぇ手甲のヤツにでもさりげなく聞いてみたらどうだい。アイツなら嬢ちゃんには甘いから答えてくれるって」

 

「けど、バロウズは基本フリンと一緒にいるからね…なんたって防具だもの」

 

「嬢ちゃんが頼めば、貸してくれるんじゃねぇか?ちょっと聞きたいことがあるって言えば」

 

「それこそ、フリンが一緒の方がいいじゃない」

 

 あーでもないこーでもないと言っているうちにルイズは着替えを終え、じゃあねとデルフに言い残して食堂へ向かっていった

 

 バタンと音を立て閉じる扉を見送りながらデルフはポツリと零す

 

「退屈だなぁ」

 

 

 魔法学院から遠く離れたトリステインの城下町の一角にあるチェルノボーグの監獄へと明け渡された『土くれのフーケ』は獄に入れられていた

 

 『土くれのフーケ』と呼ばれる男は連行の際も明け渡しの際も一言も言葉を口にすることはなかった。抵抗する素振りすらなかった。借りてきた猫どころではないまるで石のように大人しい。いや、動かないといった方が正確だ。この男を連行した衛兵は皆同じことを思っただろう

 

―気持ち悪い。と

 

 その容姿だけでも不快感を催すというのに、じっと虚空を見て動かない。本当に人間か、いや、生き物なのかと見る人見る人が訝しむ程にその男は不気味だった。そんな不気味な男も来週執り行われる裁判を獄中で待つ身。あれだけ貴族をコケにしたのだ。裁判の結果も目に見えている。おそらく極刑。その前に盗んだ物の在処を吐かせるために拷問をするぐらいか。それでも彼を見張る兵士も看守も一週間の我慢だと思い、この不快な男と接するのもその来るべき日まで我慢しようと心に決めていた

 

「君が『土くれ』かね?」

 

 牢屋の隅でうずくまるブ男に鉄格子の向こう側から話しかける影があった。年若く、力強い声だった。白い仮面に覆われて顔が見えないが、黒いマントの裾から長い杖が突き出ている。

 

「……」

「返事はナシか」

「……」

「ふむ、こちらの情報では賊の正体は女だと聞いていたが、二人一組の賊だとは考えつかなかったな。君は今まで痕跡を残すことはなかった。サポートに徹していたのか、今回が初めての実行犯役だったか。もしくは…相手が悪かったのか」

 

 そのメイジはわざとらしくブ男にもよく聞こえるように喋る

 

「その相手に復讐したくないか?君が望むならその機会を用意しよう」

「……」

「マチルダ・オブ・サウスゴータ…この名に聞き覚えは?」

「……」

「そう、もう一人の『土くれ』だ」

「……」

「彼女のために何かしてやろうかと思わんかね?」

「……」

「アルビオンの貴族の下、忠誠を誓うというのなら悪いようにしないと約束しよう。もちろん、働きの如何によっては彼女にもう一度、貴族の名を贈ることも不可能ではないだろう」

「……」

「我々は優秀なメイジを欲している。我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟だからだ。我々に国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ。君には選択肢がある。我々の同志となるか……」

「……」

 

「ここで死ぬか。だ」

 

「おイ」

 

 初めて男が発した声は人のモノとは思えない程、無機質なものだった。

 

「うるセェぞ」

 

 男は、いや、『土くれ』と呼ばれたモノは牢の片隅から飛び跳ねて鉄格子を掴み、歯を剥き出しにして唾を撒き散らし、鉄格子の向こう側にいるメイジに向けて禍々しいと形容するに相応しい形相で吐き捨てた

 

「喰ッちマうカ!!」

 

「エア・ハン――」

 

 その剣幕にただならぬものを感じたメイジは、後ろへ跳び距離をとると同時に手早く詠唱を済ます。長い杖を向けて空気の塊の飛ぶ指向性を定める

 

―ザン!!

 

 その一連の動作が終わり呪文を放つ時までメイジは原形を留めていなかった。撒き散らされる砂埃、マントの破片、仮面の欠片、煉瓦で組まれた壁が四散する。敵意を感じ取った瞬間、彼は容赦なく魔法を叩きつけたのだ

 

 衝撃魔法を放った時点で『土くれ』の黒マントのメイジへの興味は失せていた。一顧することなく、フンと一度だけ鼻を鳴らすとまた牢の片隅にうずくまる。

 

 後に牢獄の廊下に大穴が開いていることを看守が発見し、所長である貴族に報告すると危険性大ということで裁判を待たず、くだんの事件が起きた三日後には刑の執行が行われた。

 

 『土くれのフーケ』は絞首台に上るときでさえ表情を変えることなく、淡々と段を重ね、最期まで見るもの全てが不愉快に感じる生き物としてその生涯を終え、その身体は市井の共同墓地に、その名は極刑を受けた死者として書類上に歴代の死刑囚たちの後に続いた

 

―だが

 

 看守も兵隊も『土くれのフーケ』でさえ気づいていなかった。その大穴の下にあったマントの切れ端といったメイジの痕跡が完全に消え失せていたことに

 

 

 

 

 いつもの教室で生徒たちは一斉に席につく。

 

 新しく担当する教師が教壇に就くと静かになるのはいつものことであるが、その教師の時はいつもに増してしんとするのだ。毎年、初授業の折であってもまるで示し合わせたかのように

 

 長い黒髪に、漆黒のマントを纏った姿は妙に不気味で冷たい印象を与える。

 

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」

 

 教室を見回し誰も言葉を発さぬ様子を満足げに見つめ、ギトーは言葉を続けた。

 

「最強の系統は知っているかね?折角だから君に聞こうか。ミスタ・フリン」

 

 中々、勉強熱心だと聞いているのでね。とギトーは付け加える。それでもギトーの質問自体には悪意を感じないし、純粋に熱心な教え子に自分の持論を披露したいと思っているだけなのだろうが、生徒たちから見ればその不気味な風貌からフリンに対して幼稚で陰湿な意地悪しているようにしか見えなかった。

 

「ケースバイケースであり決め切れるものではないでしょう」

 

 多種多様な耐性・技を持つ悪魔との激戦を潜り抜けてきたフリンにとって属性の優劣など敵対するものによって変わるのだからそう頓着するものではなかった

 

「フン、なるほど。一理あるが、そんな言い訳を聞いているわけではないのだよ。君の信じる最強の系統を答えたまえ」

 

「『万能』魔法ですね」

 

 魔法を撃つより斬った方が速いとも内心思っているフリンはそう答えた。相手の意を汲むつもりは全くなかった。フリンの心は今朝の一言によって様々な想いが錯綜しており、ルイズの部屋を出た時から相手を慮る余裕など消え失せていた

 

「『万能』?『虚無』ではなく?」

 

 ギトーは聞いたこともない系統を答えるフリンに面を喰らうが、すぐにからかわれているのではと考え、青筋を浮かべる。そんなギトーも意に介さずフリンは続ける

 

「えぇ、こればかりは防ぎようがない。耐えるか、避けるしかないので」

 

「君の口ぶりからすると目に見えぬ『風』であったとしても防げるという風にも捉えられるが」

 

「その通りです」

 

「諸君、正解を教えよう。『風』こそが最強の系統であり、その所以は―簡単だ。『風』はすべてを薙ぎ払う。『火』も『水』も『土』も『風』を完全に防ぐことは適わない。残念ながら試したことはないが『虚無』さえ吹き飛ばすだろう。それが『風』だ。ミスタ・フリン。―これを私からの訓戒だと思い、受け取りたまえッ!!」

 

 そういうやいなやギトーは腰に差した杖を引き抜き、剣を振るようにして空を薙ぐ。その動きに呼応するように烈風が巻き起こり風の刃を伴ってフリンへ襲い掛かる

 

―マカラカーン―

 

 フリンは必要もない適当なそれらしい詠唱を唱えると、本命の呪文を口にした

 

 烈風はフリンの肌に触れた途端、その矛先を変えた。まるで鏡が光を返すように、天に吐いた唾が落ちてくるように、その風はさも当然であるかのように術者であるギトーへと還っていった。もちろん向けられた敵意のまま返っていくためその烈風の冴えに陰りはなく、その風の牙はギトーへと着弾し大きく埃と塵を巻き上げた

 

 煙が収まるとそこから黒い影が浮かび上がる。言うまでもなく、ギトーである。しかし、あれほど派手に散らかったというのに、特に汚れが目立ちやすいはずの黒色のローブには一本の糸くずも一抹の埃もついていなかった。それだけで彼の技量の冴えを周りに知らしめる確たる証拠となるだろう。だが、当の本人はというと何か考え込んでいるのかブツブツと何か呟いているではないか。その様子から察するにもうすでに授業のことなど頭から消え去っているだろう

 

「…驚いた。一見、私の風を更に強い魔法で操って返したのかのように思える。が、違う。私の風にはベクトル以外には手が加えられていない。いや、まさか、ベクトルにすら魔法をかけておらず反射させただけ…?風を撃たれたのなら、風で身を守るしかないと思っていたのだが…」

 

―コルベール殿から伺ってはいたが、こうも容易く我が自尊する絶対な自説を侵されることになろうとは

 

 ギリッと歯噛みしたところでハッと我に返ると、教室中を見回す。つい先ほどの一連の様子から教室は騒めきだしている。そのことに気づいたギトーは大きくコホンと咳を鳴らす。

 

「コ、コホン、『風』が最強たる所以はこの程度では揺るがない。いや、これこそが柱たる根拠だといえよう。あまり人目に晒すべきではないのだが…ここは学びの場であるからして、この魔法も君らの知恵の芽を育てる助けになるだろう」

 

 今までの様子を取り繕うかのように、ギトーは杖を立てた。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 

 低く、呪文を詠唱する。その表情は真剣そのものであった。

 

 またしても精妙な雰囲気に包まれる教室。しかし、その静寂を破るように教室の扉がガラッと開く、コルベールだ。いつもの柔和な表情ではなく、緊張した表情を貼り付けていた。

 

 違うのは表情だけでなく服装についてもそうだ。彼は珍妙ななりをしていた。はげ頭を隠すにしても過ぎるような馬鹿でかいロールしたカツラに彼を飾る服にもレースやら、刺繍やらが躍っている。

 

「ミスタ?」

 

 ギトーが眉をひそめた。

 

「ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」

 

 コルベールをにらんで、ギトーが短く言った。

 

「授業中です」

 

 コルベールは申し訳なさそうにギトーに何かを伝えると、こちらを向いてはっきりと宣言した

 

「おっほん。今日の授業はすべて中止であります!!」

 

 

 

 授業が中止になったのはトリステイン王国の姫殿下がゲルマニアからの帰路の途中、魔法学院の方に行幸にいらっしゃるということらしい。

 

 それからの学院は着替えに寮へと戻る貴族の子息、学院を今まで以上に綺麗に整えるために奔走する用務員とメイド、教師は教師で魔法を用いた細工や王族の人間を迎えるに相応しい飾りつけを急ピッチで各所に施しすために飛び回り、まさにごった返してしたといっても差支えがないだろう。

 

 立ち止まっている人間など作業中の人間しかいないと断言してもよいほど、この日の学院は慌ただしかった。

 

 その苦労が報われる時が来た。

 

 四方を王室直属の近衛隊、グリフォンを駆る魔法衛士隊の面々に固められた王女のおわす金の冠を冠したユニコーンの牽く馬車がもうすぐ着くという報告が来たのだ。

 

 魔法学院の正門の脇には整列した正装した生徒たちが立ち並び、王女の一行が正門を潜り抜けると彼らは一斉に杖を掲げた。しゃん!と小気味よく杖の音が重なり、煌びやかな服装に身を包んだ貴族の子息が礼を尽くして王族を迎え入れる儀礼が行われる様は真に見事なものであった。

 

 正門をくぐった先に、本塔の玄関があった。そこに立ち、王女の一行を出迎えるのはこの施設・敷地の最高責任者であり大いなるメイジ、学院長のオスマン氏である。

 

 馬車が止まると、メイド・召使たちが駆け寄り、馬車の扉まで緋色のじゅうたんを敷き詰める。

 

 呼び出しの衛士が、王女の登場を告げる。

 

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな────り────ッ!」

 

 しかし、がちゃりと扉が開いて現れたのは枢機卿のマザリーニであった

 

 ブーイングが巻き起こることこそなかったものの、やはり面白くないので生徒たちは一斉に鼻を鳴らした。しかし、マザリーニは意に介した風もなく、馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取る

 

 生徒の間から歓声があがる。

 

 王女はにっこりと白百合のような微笑を浮かべると、優雅に手を振った。

 

 途端に先ほどの歓声を大きく上回る熱狂とも言うべき感動・歓迎の声に学院中が包まれた。

 

 

 ・・・

 

 

 そしてその日の夜……

 

 

「ルイズ、様子が変だが、どうした?」

 

 王女が正門にて歓迎の声に包まれていた時、ルイズは真面目な顔をして王女を見つめていた。かと思うと、そのルイズの横顔が急にはっとした顔になった。それから顔を赤らめる。フリンは主人のその表情の変化が気になったのだ。ルイズの視線の先には、見事な羽帽子をかぶった、グリフォンに跨る凛々しい貴族の姿があったのだ。

 

 それから今に至るまでルイズは熱病に浮かされたかのようにずっとぼーっとした様子のなのであった。流石に主がそんな様子から変わらないのであれば、心配の一つや二つぐらいはするのが人間というもので、朝よりかは幾らかマシな状態になったフリンであっても人の子らしくルイズに声をかけたのであったのだ―が

 

「貴方こそ変よ。フリン」

 

 そんなフリンの問いに答えることなく、逆にドアの横に立つ彼に同じ言葉を返した

 

 妙な沈黙に包まれる

 

「……君が見た夢に現れた男たちはおそらく俺の同僚だ」

 

 沈黙に耐え切れなくなったのか静かにフリンは語り始める。いや、彼は吐き出したかったのかもしれない

 

「道を別ったとはいえ、共に汗と血を流し、同じモノを見、背中を預けた…仲間だった」

 

「友…いや、親友だった」

 

「バカ話に花を咲かせたこともあった。殴り合いに発展した喧嘩も一回や二回じゃなかった。酒を酌み交わして飲み競い潰しあったこともあった。助けたし、助けられたこともある」

 

 しんみりとした調子でフリンは語る

 

 その時、ノックが規則正しく叩かれた。初めにトーントーンと二回、それから短くトントントンと三回

 

 ルイズの顔がはっとした顔になり、立ち上がる。そして、ドアを開こうとして…

 

「待て」

 

 そんなルイズをフリンが制する。手早く手身近にあったデルフを抜き、勢いよくドアを開ける。勢いよく開かれたドアの前には真っ黒な頭巾を被った訪問者が立っていた。その訪問者が妙な動きをする前に白い首筋にその錆びついた刃を突きつけた

 

「何の用だ」

 

 訪問者にフリンは告げる。

 

―見たところこの学院の女生徒ではない。大体、女子寮の中といえど制服で出歩く少女が大半であるというのに制服でない上、黒い頭巾まで着けるような女子などいるはずがない。そして、何より…ルイズに近づこうとする奇異な生徒はキュルケやタバサ等の見知った顔を除いていない

 

 この強烈な激情を持つ少女に近づこうとする人間が男女問わずいないことをフリンは短い付き合いながらも完全に把握していた。だから、こんな夜分にルイズを訪ねに来るような輩には切れ味皆無の錆びた剣とは言え凶器をもって応対したのだ。切れなくとも鉄の棒として打つこともできる

 

「ま、待ってください…ここは、女子寮のはずですよね?どうして殿方が!?」

 

 黒頭巾から漏れた声はか細い女の子の声であり、疑問と恐怖が相混ぜになり混乱していることが声色から読み取れた

 

「やはりこの学院の人間ではないな」

 

 首筋にあてた刃をミリ単位で引く。その動きに黒い頭巾の喉からヒッと小さな悲鳴を漏れる

 

「声を出すな。目的を言え」

 

「や、やめなさい!!」

 

 そんな真夜中の訪問者に刃を向けるフリンを非常に焦った様子でルイズが止める

 

「ル、ルイズ…」

 

 助かったというようにその声の主の名前を呼ぶ

 

「と、とにかく中へ」

 

 疑問符を浮かべるフリンを除けて、手を引き黒頭巾の少女を部屋の中へ招き入れる

 

 そうしてルイズはフリンに辺りを警戒するよう言い渡す。フリンはドアから首を出し、辺りを窺うと後ろ手に扉を閉めた。

 

 頭巾をかぶった少女は動揺していたようだがハッとしたようにマントの隙間から杖を取り出すと短くルーンを呟き軽く振る。光の粉が、部屋に舞う。

 

「……ディティクトマジック?」

 

 ルイズが頭巾の少女に尋ね、頭巾の少女はそれに頷く

 

「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」

 

 部屋のどこにも、聞き耳を立てる魔法の耳や、どこかに通じる覗き穴がないことを確かめると、少女は頭巾を取る。

 

 現れたのはアンリエッタ王女であった。

 

「や、やはり姫殿下!先ほどは使い魔がご無礼を働き申し訳ございません。お、御身にき、傷はございませんか?」

 

 ルイズが慌てて駆け寄る。

 

 フリンはあまりの急展開にどうしていいのかわからずに手持無沙汰に突っ立っていた。そんなフリンに気が付くとルイズは王女の前に彼を連れてきて頭を下げさせる

 

「ほ、ほら!フリンも謝って!!」

 

 ルイズの勢いに押されるまま、また、一国の王女に剣を向けてしまったことから自身の行いを詫びる

 

「まさか王女様がこの部屋を訪れるなど露とも思いませんでしたので、賊として対応してしまったこと深くお詫びさせていただきたい」

 

「いえ、びっくりはしましたが私の方も油断しておりました…ルイズの使い魔だというのなら貴方に非はございませんわ。お気になさらず」

 

 アンリエッタは涼しげな、心地よい声でフリンの無礼を許す。と、ルイズの方へ向き直る。

 

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」

 

 ルイズの部屋に現れたアンリエッタ王女は、感極まった表情を浮かべて、ルイズを抱きしめた。

 

「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」

 

「姫殿下、いけません。こんな下賤な場所へお越しになられるなんて……」

 

 ルイズはかしこまった声で言った。

 

「ああ!ルイズ!ルイズ・フランソワーズ!そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!あなたとわたくしはおともだち!おともだちじゃないの!」

 

「もったいないお言葉でございます。姫殿下」

 

 ルイズは硬い緊張した声で言った。フリンは二人の美少女が抱き合う様を見つめていた。が、この部屋に満ちていく空気が自分の居場所にまで蔓延り、居たたまれなくなってきた。

 

「俺は邪魔なようなので、お茶でも取ってきましょう」

 

 といい、自然な動きでありながら逃げるように部屋を出る。ルイズはアリエッタ王女に抱きしめられていて、部屋を出ていくフリンの方へ気を回すことができなかった

 

 

 ・・・

 

 

 トリステイン魔法学院には貴族である生徒達の急な要望に対応できるように寮の入り口にメイドが待機する詰所がある。

 

 部屋に居たたまれなくなったフリンは出てくる際に言い残した建前の通りのことぐらいはしようと詰所に赴いた。そこでメイドに茶器を持ってくるよう言うと、そこでメイドの用意ができるのを待つ。

 

 そうした理由は三つある。

 

 二人にも積もる話があるだろうし自分抜きで思うまま話して欲しいというのが一つ。

 

 あの雰囲気が満ちた部屋に戻るのもはばかれたというのも一つ。

 

 最後に姫殿下がお忍びで訪れているというのに部屋にメイドを入れるわけにいかないので事情を知るフリンが受け取るしかないというのが理由だった

 

「マスター、あの子に彼らのことを話すつもりだったの?」

 

 すると、バロウズが時間を潰しているフリンに声をかける。主の先程の行動が不可解だったためだ

 

「何故?夢のことでしょう?」

 

 あぁ。とフリンは短く答える

 

「幾らあの子がマスターの主人だからといって話すことないわ。主人といっても協力者っていう体なんだし、マスターだって今まで言おうとする素振りすらなかったじゃない。なのに……」

 

「バロウズ。お前にも言ってなかったが、アイツらと初めて会ったのは儀式の時じゃなかったんだ」

 

「あら?」

 

「あの日、俺はミカド城に行く前、昼寝をしてたんだ。アイツらと初めて会ったのはその夢の中だった」

 

「あの戦いを生き抜いて気づいた。あの数奇な夢は俺にとってはただの夢ではなかったんだ。確かな縁があった」

 

「キヨハルはヨナタンで、ケンジはワルターだった。東京を救った俺がフリンであるように!!25年前から俺たちはチームを組んでいたんだ」

 

「確かに俺は彼らと共に戦ったんだ。その様を俺は夢で見た!!サナトやエンシェントデイと戦いの際、もう一度彼らと会うことでようやく理解できた」

 

「ツギハギからも裏は取った…ツギハギも目を丸くしていたよ。どこで知ったんだって」

 

「ホワイトメンも言っていただろう。二つの東京も別の可能性の世界でしかなかった。天蓋ができる前に核が降り注いだ世界。核のスイッチが押される前に天使を皆殺しにした世界」

 

「……話が逸れた。迷信だと思ってくれていい。だが、俺は、彼らが、アイツらが縁を伝って夢に現れることを知っている。ルイズの前に現れたというのは俺とルイズがこのルーンを通じで繋がっているからだ」

 

 全くそんな気はしないが。とフリンは困ったように笑う

 

「だから、アイツらが備えろといったのなら備える。覚悟が必要だというのなら覚悟を決めよう」

 

 そのためにフーケには急がせるか。と言いながら椅子から腰を上げる

 

「お待たせしました」

 

 ちょうど、メイドが二人分の茶器を上に乗せた盆を小走りで持ってくる。メイドに軽く礼を言いそれを受け取ると、フリンはルイズに宛がわれた寮の一室へと足を向けた

 

 

 ・・・

 

 

「…………」

 

 フリンはルイズの部屋の前まで来ていた。本来ならば周りを警戒しつつ部屋に戻るべきだろう。しかし、部屋の扉の前に明らかな異常があった

 

 金髪の制服を着た生徒が扉の前で聞き耳を立てていた。丁度、フリンに背を向ける形になっている上、中の会話に夢中になっているようでこちらにはまだ気づいていないようだ

 

 まだこのぐらいなら良い。いや、良くないが制服を着ているということはこの学院の生徒だということだ。女子寮の中にいてもおかしくはない

 

 それが女子であるならば。だが…

 

 

 男だ。

 

 

 しかも、どこかで見たことがある後姿なのだ。具体的に言うと香水の壜一つが原因で二人の女の子に振られた挙句、難癖つけて八つ当たり気味に決闘を申し込むもあっけなく敗北し、傷つけてしまった&振られた女の子二人に謝りに行った男の背だ

 

 フリンはその男に無言で近づくと、ゲシっと足蹴にして部屋の中へ蹴とばす。そして、自分も素早く部屋の中に入ると後ろ手で扉を閉め、茶器を乗せた盆はテーブルの上へと置いた。そして、この盗聴犯が逃げられぬようドアの前に陣取り窓の方へも注意を向ける。追い詰められた人間は何をするかわからないことを重々承知しているからだ。

 

 一方、驚いた様子のルイズとアンリエッタはその男を見下ろす。蹴飛ばされてきたのはなんとギーシュ・ド・グラモンであった。相変わらず薔薇の造花を手に持っている。

 

「ギーシュ!あんた!立ち聞きしてたの?今の話を!」

 

 ルイズはわなわなと怒りに震えながらギーシュに怒鳴る

 

 しかし、ギーシュはそれに意にも介さず、アンリエッタの方に向き直ると跪き、言った。

 

「白薔薇のように清廉で見目麗しい姫様の後をつけてみれば、それでドアの鍵穴から中の様子を窺えば……姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう」

 

 その言葉にいつもの遊びも軽薄さもない。発言には突っ込みどころは満載であるが

 

「さて、どうしましょうか?姫殿下、貴女の話を立ち聞きしておりましたこの男の処罰を。とりあえず縛り首の準備でも進めておきましょう」

 

 そういうとフリンはリュックから手頃な縄を取り出すと、あっという間に輪っかを作ってみせた

 

「そうね…、今の話を聞かれたのは、まずいわ。……姫様、こいつはもう生かしておけませんね」

 

 この主従はギーシュの言などスルーし、不敬かつ女子寮に侵入した変質者の息の根を止めることを仄めかすようなことを言う

 

「い、いえ、危険を承知でこうして名乗り出てくれたのですから一先ずはその責を問いません。えぇっともう一度名乗っていただけますか」

 

 そんな物騒な主従を前に慌てて、アンリエッタはギーシュを庇う

 

「ギーシュ・ド・グラモンでございます」

 

「グラモン?あの、グラモン元帥の?」

 

 アンリエッタが、驚いた顔でギーシュをまじまじと見る。

 

「息子でございます。姫殿下」

 

 ギーシュは立ち上がると恭しく一礼した。

 

「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」

 

「姫様のお力になれることは貴族として至上の喜びでございます。少なくとも私はそう教えられてきました。任務の一員に加えてくださるなら、これはもう望外の幸せにございます」

 

 アンリエッタはギーシュの言葉を、姿勢をひどく喜んだ。

 

「ありがとう。お父さまも立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助けください、ギーシュ」

 

「……」

 

 さっきまで騒がしかったギーシュが突然静かになる。ルイズが訝しんでその顔を見ると

 

「し、失神してるわ…」

 

 アンリエッタに名前を呼んでもらった感動のあまり直立したまま失神したのだ。

 

 ギーシュの様子を確認したルイズが覚悟を決めた様子でアンリエッタに向き直り告げる。

 

「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発するといたします」

 

 思いもよらぬ発言にフリンは度肝を抜かれる

 

「待てルイズ。まるで意味が分からんぞ」

 

「あ。そっか。そういえば、貴方は同席していなかったものね」

 

 フリンは頷く

 

「最初は旧交を温めているだけだと思っていたから席を外したんだ。というのに、ギーシュの行動を見てみればどうもおかしい。極めつけは今の発言だ。説明してもらうぞ?ルイズ」

 

 咎めるような視線にルイズはばつの悪そうな顔をする

 

「うっ…」

 

「いえ、それについて私からお話ししましょう」

 

 強い責任感を秘めた瞳をフリンに向け、アンリエッタはルイズとギーシュに聞かせたその依頼をフリンへと告げた

 

 ・・・

 

「なるほど、無謀ではありませんか?姫殿下」

 

 依頼のあらましを聞き終えるたフリンの第一声でこう言った

 

「ちょっと、フリン!!」

 

「ルイズ…これは思っている以上に難易度・危険度が高い」

 

 わかっていると思うが。と前置きし、パッと思いつくだけでも十個程度の問題点を挙げてみる。

 

 ルイズもギーシュもそのことには気づいていたが目を逸らしていたのだろう。貴族の子息でありちゃんと教育も受けているのだ。二人はそのことを簡単に理解できる人間だった。けれど、貴族として王族の命に従うことは絶対であり、命令を預けられることは名誉なのだ

 

 根っからの貴族である二人の眼をそのことが曇らせたのだ。夢見がちなものが出る戦場ほど危険なものはない。なんとかなると本気で思っていてもらっては文字通り、命に関わる。名誉と命の両立させるためにもフリンはまずこの場にいる人間に現実を突きつけた

 

「ルイズ、受けないとは言っていない。だが、使い魔として行動するのなら危機に陥った時、俺は任務よりルイズを優先する。しかし、姫殿下はそれでは困りますよね」

 

「それは…」

 

 困ったような顔でアンリエッタは弱ったように俯く。そのタイミングでフリンは声色を変える。今までのような咎めるような声色ではない。心底、貴女を慮っているような、それでいて自信に満ちた声で

 

「ならば姫殿下、俺に対する鎖が欲しくはありませんか?」

 

「えっ、どういうことですか?」

 

「簡単に言えば私と契約することです。貴方が依頼し、私が受け、達成の暁にはその報酬を得る。依頼人であれば裏切るつもりはありませんし、その達成のために手間も惜しみません」

 

「……何をお望みでしょうか」

 

「そうだな…白紙の契約書に貴女が署名したものを頂こう。もちろん、正式文書と同じ書式のモノを」

 

「白紙…ですか?」

 

「理解せぬまま呑んでもらっても困ります。いいでしょう。簡単に説明いたしましょう」

 

 そう言い切ってフリンはふぅ、と息を吐く。そして、切り出す。落ち着いて、言い聞かせるような声で

 

「私が差し迫って何か必要になった時、白紙の部分に俺が望むものを書き、それを行使するとしましょう。すると、その書類は貴女の名前の下それは行われることになる。ということです」

 

 それだけの説明でその場にいる全員が言葉の意味を理解する

 

 一回だけであるが王権の行使する権利を自分に寄越せとフリンは要求している。ということに

 

「また、私がそれをなくしてしまえば、もしくは盗られてしまえば…どうなると思いますか?」

 

 アンリエッタはその意味に気づき、逼迫した表情でまた息を呑む

 

「ッ…」

 

「それが、俺を雇うのに必要な報酬でありリスクです。俺は貴女の名前に価値を見出した」

 

 ちなみにフリンがどこでこんな悪どい手口を覚えたかというと、タヤマ亡き後の阿修羅会の残党に聞いたのだ。これを初めて聞いた時フリンは実際よく頭が回るものだと感心したのだった

 

「正直、俺はルイズの協力だけでも十分すぎる程だとは思っています。だから、ルイズではなく貴女が差し出せるものを。と考えれば妥当なものだと判断しました」

 

 ここでフリンは少しだけ話をずらす。依頼に見合った対価ではなくルイズでは用意できないものこそがふさわしい対価であるかのように説明したのだ。これは両立しうる要素ではあるが、必ずしも両立しなければいけない要素ではない。そのことをアンリエッタに錯覚させたのだ。

 

 アンリエッタは苦悶の表情で、これで本当に万事上手くゆくというのなら―と決断した

 

「わかりました」

 

 その言葉を聞くやいなやフリンは立ち上がり、知りうる限りの礼を尽くし、誓った

 

「このフリン、人外ハンターとしてアンリエッタ王女殿下の依頼を身命にとして果たすことを約束しましょう」


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