ゼロのサムライ   作:よね

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第6話 ゼロのサムライ

 ルイズ達は学園に戻った。ミス・ロングビルの下、『破壊の杖』を携えて。殿でフリンが『土くれのフーケ』を引き連れて。

 

 フリンが捕らえた『土くれのフーケ』の容貌は一言でいうと醜男であった。罅割れた唇、濁った眼、生気のない土気色の肌に、くすんだ赤毛。ひどく曲がった腰のせいか中肉中背であるはずなのに一回り小さく見える。また、そうした姿勢であるから図らずも人を上目遣いで見るためか卑屈そうにも、媚びを売っているようにも見える。正直、真っ当な感性をしているならば生理的嫌悪を感じざるを得ない程の容姿であるといってもよい。

 

 実際、学園に戻るまでの道中もタバサはともかくとしてキュルケやルイズは不気味なあの男に近づこうとしなかった。フリンが逃げぬよう見張りを申し出てくれた時、二人は心底ほっとしたような表情を浮かべていた。ちょっとは罪悪感や何もしてない後ろめたさを感じていたようだが、それでも気味の悪い男に近づかなくてもいいことを喜んだ。

 

 学園に戻った捜索隊は、彼らを出迎えた教師達(と野次馬達)から無事と成果を喜ばれた後、すぐに今回の事件の報告のためオールド・オスマンのいる学園長室へ向かっていった。

 

「ふむ、なるほどのぅ。まさか、『破壊の杖』がフリン君のいる世界からのものじゃとは…」

 

 報告を聞いたオールド・オスマンは顎鬚を撫でながらぽつりと零した。

 

「そのことで話があります」

 

 その呟きをフリンが拾う。彼の纏っていた悠然とした雰囲気は鳴りを潜め、得も言えぬ迫力が感じられる。

 

「な、なんだね?」

 

 フリンは学園長室の中央にある大きなデスクにぐいっと身を乗り出してオールド・オスマンへ詰め寄る。それは短い付き合いではあるが、今までの彼の行動からすると信じられない態度であった。落ち着いていて、年下が相手であっても礼を失わない人柄。それが学園におけるフリンという人物の認識であった。その変貌、いや、今まで見せることのなかった彼の一面にその部屋にいる人間は一様に驚きを見せていた。ミスター・コルベールやミス・ロングビルのみならずタバサも少なからず驚いていたことがその証左となるだろう。

 

「貴方はあの兵器をどこで手に入れましたか?それだけは話していただきたい」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。話すから落ち着き給え」

 

「マスター。落ち着きましょう。確かに手掛かりではありますけど、今まで話を聞けなかったのですからあまり情報は期待できないのでは?ですのであまり焦らずに……」

 

「わかっている!!」

 

「それでもだ!手掛かりとなるのなら、あちらの遺物がこの世界に来ているのなら!!過去に東京と、いや、俺たちの世界と繋がったということだ。ならば……」

 

―東京に帰る手立てに繋がるはずだ!!!

 

 フリンは声を大にして叫びたくなる程、自分が暴走していることに気づき、寸でのところで自分を抑え込むことに成功した。

 

 自分でも認識できないところでストレスや焦燥感が募っていたのだ。無理もない。ここは悪魔の作り出した結界・異界でもなく、ましてや東京でもないのだから。全く見知らぬ土地・世界に降り立ち帰還手段を手探りで探し始めたところである。といっても東京のことを想えば、刻一刻と時間を経るごとに澱のような負の感情が溜まっていっていたのだ。

 

「なるほど……『破壊の杖』は形見じゃ。あれには持ち主がいた。君と同じように召喚されたのか迷い込んだのかはわからんがね」

 

「形見……」

 

「そう形見じゃ。わしの命の恩人のな。今から、三十年も昔の話じゃ」

 

―三十年前…天蓋ができる数年前。フジワラやツギハギ、古参ハンターの話、わずかに残った情報媒体の中にしかない世界を知っている住人

 

「惜しい…会って話ぐらいはしたかった」

 

 純粋な好奇心からそう呟く

 

「ふふふ、そういってもらえると彼は喜ぶかな?三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『破壊の杖』の持ち主じゃ。彼はもう一本の『破壊の杖』で、ワイバーンを吹き飛ばすとばたりと力尽きた。ざっくりと背中を裂かれておったのじゃ。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した。が、もう限界だったのじゃろうなぁ。過ごした時間は短かったがそれだけは理解できたよ。生き延びてもこの世界で過ごすということが頭になかったようじゃった。」

 

 話し続けるオールド・オスマンの声に陰が差し始める

 

「おそらく、元気であれば今の君と同じぐらいの気迫で行動していたじゃろうと思えるぐらい屈強で精力的な男じゃった。それでも『耐えられない。元の世界に帰りたい』としきりに零しておった。致命傷に近い傷を負った動けない身体と勝手の利かぬ状態で元の世界へ帰る方法を探すこと、探してもあるかどうかわからない不安。それらが彼を蝕んでいったのじゃろう。こちらも手を尽くした。気を強く持てばなんとか助かるかどうかといった程の傷であった。が、彼は死んでしまったということはそういうことじゃ。結局わしは彼の心を支えることができんかった。彼は絶望しながら死んでいった。私は、彼の死を看取ると彼が使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名づけ、宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな……」

 

 こうして老人は昔話を語り終えた。

 

「辛気臭い話になってしまったのう。どうじゃ、フリン君。これがわしが知っていることの全てじゃ。実際、『破壊の杖』が君のいう遺物だとはわしも露とも知らんかったわけじゃし」

 

「……わかりました。お話ありがとうございます。自分以外にも同じような境遇のヒトがいたことが分かっただけでも収穫です。しかし、それほどまで思い入れがあるのなら何故『破壊の杖』のことは他所まで広まっているのか?」

 

 オールド・オスマンはポリポリと頬を掻いてため息をつきながら言う。

 

「そこを突かれると痛いのう。ワイバーンを呪文もなしに行う強力な爆発で退けた。そうなれば調査に乗り出すのは自然なことじゃ。そうして調査が終わり、調査団にいた人間が国や街に帰りこう話すんじゃ。『誰にも扱えないがワイバーンをも軽く屠れる杖がある。その名を『破壊の杖』!!それはあの学園の宝物庫に収蔵されている』とな。あやつらが言いふらしおったからにはしばらくは煩わしかったのう。本当に。のらりくらりとあらゆる手管を使って何とか逃れたもんじゃ。王国の貴族共にとっては兵器じゃろうがわしにとっては恩人の形見じゃ。しかし、今更これが狙われるとは思いもせんかったよ。わしが死んだ後ならともかくな」

 

 老魔法使いはホッホッホと笑う

 

「し、死んだ後にはな。って死んだ後にはどうなるようにしてたのですか!?」

 

 老魔法使いの言葉にルイズがたまらずに突っ込む

 

「さてな、ワシの墓にでも入れてもらうか。まぁ悪用されないようにと手は打っておるよ。おっと、これは口が滑った。秘密にしといてくれよ。まぁ、もうしばらくは死ぬつもりはないぞ?まだまだ美人とお話ししたいしのう」

 

 ルイズの突っ込みをさらりと流し、お道化て笑う。真偽どちらにもとれるような発言だ。よく言えば海千山千を乗り越えた大魔法使いの一端を垣間見たといったところ。悪く言えば腹の裡を見せない食うにも苦労するような狸爺だ。

 

「おっと、話が逸れたのう。フリン君、納得してもらえたかね?」

 

「えぇ、過去にもゲートが開いたことがあると分かっただけ収穫です」

 

 オールド・オスマンは髭を撫でながら頷く

 

「力になれんですまんの。ただ、これだけは言っておく。私はおぬしの味方じゃ。ガンダールヴよ」

 

「ガンダルーヴ?」

 

 オスマン氏はフリンの左手を指しながら答える

 

「その左手に刻まれたルーンは伝説の使い魔ガンダールヴの印じゃからじゃよ。その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなし、呪文の詠み手を守護ったと伝説にある」

 

 フリンは左手のルーンを見つめる

 

「……どうして、俺がその伝説の使い魔なんかに?」

 

「わからん」オスマン氏はきっぱりと言った。

 

「貴方はそういってばかりだ」

 

 フリンが皮肉を投げかける

 

「すまんの。ただ、もしかしたら、おぬしがこっちの世界にやってきたことと、そのガンダールヴの印は、なにか関係しているのかもしれん」

 

「呼ばれたことには意味がある…か」

 

 その時、そう呟くフリンの背中はルイズには少し悲しそうに、小さく見えた。

 

 いつの間にか席を立っていたオールド・オスマンはフリンへ近づき頭を下げた。

 

「よくぞ、恩人の杖を取り戻してくれた。改めて礼を言うぞ」

 

 そして、学園長である老魔法使いは顔を上げると固まったままであった三人へ声をかけた。

 

「フーケは城の衛士に引き渡した。そして『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」

 

 学園長である彼は、一人ずつ三人の頭を撫でた。

 

「君たちに『シュヴァリエ』の爵位申請を出しておいた。追って連絡が入るじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」

 

 三人のうち二人は顔をがばっと顔を上げ、そしてぱあっと輝かす。

 

「「ほんとうですか?」」

 

 驚いた声で言った。

 

「ほんとじゃ、君たちの勇気はそれに値するものじゃからな」

 

 学園長は、ぽんぽんと手を打った。

 

「さてと、今日の夜は『ブリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、『破壊の杖』も戻ってきたし、予定どおり執り行う」

 

 キュルケの顔がパッと輝いた。

 

「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」

 

「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」

 

 キュルケとタバサは礼をして部屋から後にする

 

 ルイズは…

 

「フリン?行かないの?」

 

「ん?あぁ」

 

 その場に根を張っているかのように立ち尽くしていたフリンはその声にルイズの方へ振り向く。そこには先ほどまでのフリンは居らず、悠然な雰囲気をもつ青年がいるだけだった。

 

「すまない。さぁ、行こう」

 

「えぇ」

 

 そういってルイズのいる方へとフリンは向かう。ルイズは自分の方へと歩いてくるフリンのことをじっと見ていた。

 

 二人は部屋を出て寮に宛がわれた自分たちの部屋への帰路に就いた。

 

 

 

 

 アルヴィーズの食堂の上の階は大きなホールになっており、この学院で舞踏会が行われる際はそこが用いられてきた。

 

 フリンはバルコニーの枠にもたれ、華やかな会場を背に深く静謐な学園の敷地をぼんやりと見つめていた。フリンは学園の女子生徒から歓談やダンスの誘いを受けていたもののフリンはそれらを漏れなく袖に振った。誰とも話さずホールにすら入ろうとしないフリンに気を利かせてシエスタが小さなテーブルとイス、そして、肉料理の皿とワインを一瓶持ってきてくれていた。わざわざフリンのために骨を折ってくれたシエスタには感謝だけは伝えていた。

 

 中では着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。そんな喧騒を背に黄昏るフリンに対し、足元から声がかかる。

 

「おい、おめぇさん。誰かと話すのはもう断ってるから知ってるけどよ。メシぐらい食ったらどうだ?」

 

 インテリジェンスソード(こと妖精の宿った剣だとフリンが思っている)デルフリンガーだ

 

「はぁ、呆れた。あなた…マスターの心境も推し量れないの?」

 

 無遠慮に声をかける出るフリンガーに対してもバロウズが諫める

 

「あぁ?おれっちが心配してやってるってのがわからねぇのか?」

 

「それは余計なお世話っていうのよ。田舎者のあなたにはそういった人の微妙な機微というものがわからないのかしら」

 

「へっ。よく言うぜ。お前も俺と同じようなモノの癖に偉そうに人の心について講釈垂れるなんてちゃんちゃらおかしいぜ」

 

「私とマスターは長い付き合いですもの。あなたと違って年季が違いますから」

 

 前々から思っていたがこの二人?は折り合いが悪いらしい

 

「俺を挟んで盛り上がるな。今はそんな気分じゃない」

 

 うんざりしたようにフリンが二人にぴしゃりと言い渡す。

 

「あら?盛り上がっているようね。ご一緒してもよろしいかしら」

 

 それは他の先生生徒と同じく着飾り、髪を上げたミス・ロングビルであった。

 

「何の用だ?」

 

 声をかけられたフリンはそっけなく返すのみでホールから漏れた僅かな明かりがほのかに照らすバルコニーから外を見下ろしている

 

「改めてお礼を言いに来たのだけど悪かったかしら」

 

 そういいながらミス・ロングビルはテーブルの脇に置いてあるイスに腰掛ける

 

「そうか」

 

「あんたには一応、取引とはいえ見逃してもらったんだ。私でも感謝の念ぐらいは抱くさ」

 

 ミス・ロングビルは土くれのフーケとしてフリンに話しかける

 

「RPG-7も使い方も価値もわからない金目当ての賊だから見逃したまでだ。『破壊の杖』について、また、お前が知りうるこの国にある遺物と思わしきモノの情報。足りない分は協力すればそれで帳消しにしてやる。借りを返しきれないままこの契約を破棄するというのなら処刑台を待たずに首を切るまでだ」

 

 その言葉にフーケの背筋に寒気が走る。唇が震え、全身が強張るのを感じた。それでもフーケは何もないように話を続ける。それは一種の強がりのようであった。

 

「……ッ。しかし、今のあんたはひどく冷たいねぇ。最初は猫被ってたにしても落差がありすぎないかい」

 

 あの晩、フーケは縛られた上に身体の自由を奪われていたのだが、口では参った等と口にしていたが、心の底ではまだフリンを出し抜こうと画策していた。だが、その企みはフリンと僅かに言葉を交わしただけで砕け散った。いや、フリンを前にフーケの心が屈服したのだ。自分が裏切れば何の気負いもなく、首を断つだろう説得力をこの男の凄みとして感じたのだ。その反面、契約を順守する限り協力者として庇護してくれるであろうことも。

 

 相手の表情、声のトーン、目線、挙動を分析し、それにより言葉・表情・対応をフリンは巧みに使い分た。脅し透かし、揺さぶり、鎌にかけ、飴と鞭をちらつかせた挙句、最後には果実の実を取り皮を押し付ける悪魔流・東京風ネゴシエーション。命懸けの場で磨かれた最先端を行った高度な交渉論の術中に見事にフーケは嵌ったのだ。

 

 結果、フーケはフリンの求めるまま情報を洗いざらい吐いた、その上で『ミス・ロングビル』はフリンの協力者に、フリンは『土くれのフーケ』の共犯者になるという契約を締結したのだ。もちろんフリンがフーケを裏切ることが十分に考えられる不利な条件であるが、そうであったとしてもそれが対等で妥当なものとしてフーケ認識している。いや、させられている。

 

 実際、温情以外何物でもない。甘いと断じられてもおかしくない程の措置ではあるのだが…それでもあの晩、フーケの心に恐怖と信頼がしかと刻み込まれた。今後何が起ころうと、フーケの心の中からリスクを負ってでもフリンから逃げるという選択肢が出ることは二度とない。

 

「好奇心は猫をも殺すぞ」

 

「?」「それはどういう意味なんだい?」

 

 釘を刺したつもりがそもそもまるで意味が通じていないことに辟易し、吐き捨てるように言った

 

「余程でもない限り過剰な好奇心は身を滅ぼす。という意味だ」

 

「情報・お宝集めてなんぼの盗賊にそれいうのかい。それにしてももう手遅れさ。生殺与奪はあんたの思うがままに。ってね」

 

「なら勝手にしていろ」

 

「まぁ、それでもだ。金になる副業を宛がってくれて感謝はしてるよ。ここの給金も悪くはないが少し物足りないからね。命と金を掴む最後のチャンスをあんたから与えられたんだ。ありがとう。これだけは言っておかなきゃと思ったんでね」

 

 フーケは用は済んだとばかりに席を立つ。が、思い出したようにフリンに話しかける。

 

「あ、そろそろお嬢ちゃんが来るけど、フォローぐらいしてやりな。学園長室でのあれは結構衝撃みたいだったようだよ。まぁあれからも辛気臭い雰囲気を出していれば当然だけど。このぐらいはお節介でも何でもないだろしね」

 

 それだけ言うと、では、ごきげんよう。とだけ残してミス・ロングビルはホールの雑踏と喧騒の中に消えていき、バルコニーの手摺に背を預けながら彼女の背中を見送った。ふと香ばしい匂いが鼻をくすぐり、それに続くように腹が鳴る。

 

―思えば学園を出る前もフーケ捜索中も学園に戻ってきてからも水の他にはあまり腹に物を入れていなかったな

 

 学園を出る前は早朝であって緊急性を要するといった理由で、出てからはタバサを始めとした子どもらに行動食を分けてしまったから。戻ってきてからはそんなことを気にする精神的な余裕がなかったのだ

 

―折角だから、頂くか。

 

 もたれ掛かっていた手摺から離れるとすっかり冷めきってしまった肉料理に手を付ける。

 

―さすがだな、冷めても美味い。

 

 一口もう一口と口に料理を運びながら心の中で料理長であるマルトーを始めとした厨房の戦士たちの腕を褒める。上手い料理だとは言ってもやはり少し濃い味付けがなされているから次第に喉が渇き始める。

 

―む、ワインか…

 

 テーブルの上に用意されていたのは水差しではなくワインの瓶であった。あまり酒は嗜む方ではないが、全く飲めないわけではない。水ではないことを残念に思いつつワインをあおる。

 

 そこでようやく一息つく。その段になって初めて明るいホールの中へ意識が向く。

 

 ホールの中では、キュルケがたくさんの男に囲まれ、笑っている。

 

―愛の多い積極的な子だとは思ってはいたが、むしろ彼女に惹かれて寄ってくる人間の方が多そうだ

 

 黒いパーティドレスを着たタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。

 

―それにしてもよく食べる。思い返せば行動食の大半は彼女が食べていたような気が……出せば食べるので面白がっていたのは事実ではあるが

 

 ギーシュもワインを片手に女子生徒との談笑に勤しんでいる。

 

―こいつは…本当に反省したのか?

 

 そんな風に見知った顔を見渡していると皆それぞれ思うようにパーティを満喫しているようだった。

 

 主人である桃色の少女の姿が見えないと思い、フリンが視線を彷徨わせていると門に控えた呼び出しの衛士が、大きく低い、それでいてよく通る声でルイズの到着を告げた。

 

 ホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現した。

 

 ルイズは長い桃色がかった髪をまとめ、パールホワイトのドレスに身を包んでいた。

 

―あぁ、綺麗だ。

 

 初めて少女自身にあったような気がした。

 

 貴族の令嬢だという少女。周りから落ちこぼれだと指をさされる少女。

 

 フリンは今まで年相応か少し幼い程度の少女としてしかみていなかったことに気づく。無理もないこの場所は学園なのだ。外界ではともかく家の肩書よりも本人の実力が評価される場であるのだ。だが、フリンはルイズを馬鹿にしていないだけで彼女を真に見ようとしていなかったのではないか

 

―俺は、あいつらのことをしっかり見ていたのか?

 

 ふと兄貴分の、親友たちの顔が脳裏に過る

 

 嫉妬と絶望に彩られた顔

 

 生まれついた階級から抜け出せない世界をどうにかしたいと語る顔

 

 今日の平穏が明日も続くようにと願う顔

 

―もっとあいつらの言葉に耳を傾けていれば…もっと心を砕き理解に努めていれば……違う道は開けていたのか?

 

 タヤマの支配を打ち砕こうと主張するワルター

 

 ユリコを討伐しようと使命感にかられるヨナタン

 

 そして、一面に広がる色のない世界。無に消えることのみを願い誘うホワイトメン

 

 そうなれば、おそらくフリンは今まで来た道とは違う道を歩んだだろう。引きずられて行くともいえる。

 

 その末路は悪魔跋扈する中、玉座に座りながら朽ちるか、大アバドンの呑まれ消滅するか。はたまた、無に帰すことを選ぶか。のいずれかであろうが―

 

―悪魔王とも神の戦車とも行動を共にするような未来が、世界ごとホワイトメンと心中するような未来が

 

 主役が全員揃ったことを確認した楽士たちが手にもつ楽器を奏で始め、ホールでは、音楽に合わせ貴族たちが優雅にダンスを踊り始めた。

 

―ワルター、ヨナタンと道を違えることなく同士としてトーキョーを、天蓋を解放できたのか?

 

 彼はそれを当時から仕方ないと諦めていた。いや、諦めざるを得なかった現実。爆炎と砂漠の東京から帰還した彼の隣には二人は居らず、悪魔王と神の戦車に成り果てていたのだから

 

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと」

 

―そんな未来を俺は取り損ねてきたのか。迷って悩んで取った選択が間違いだったのか?

 

 フリンの前で歩みを止めたルイズはおそるおそる手を差し出してきた。あんなにも堂々とホールを渡り切ったというのにさっきまでの姿をどこに置いてきたのか、いつもよりもしおらしく見え、その顔を見ると不安と緊張、興奮からか頬に朱が差している

 

「……」

 

 少女の顔をしっかりと見たのはいつぶりだろうか。短い時間しか付き合っていないのにこんなことを思ってしまう。自分の主人である少女はこんな一面を有していたのか。それほどまでに彼は彼女を見ていなかった。いや、そういう機能を彼は忘れてしまっていたのだ。

 

 カジュアリティーズからラグジュアリーズヘ

 

 東のミカド国からトーキョーへ

 

 無限発電炉ヤマトから砂漠・爆炎の東京へ

 

 ナラクからプルガトリウムへ

 

 市ヶ谷駐屯地からルシファーパレスへ

 

 彼はその旅の中で多くのモノを得ると同時に、多くのモノを捨て去っていた。

 

 フロリダから日常に帰った後も、復興に従事してからも捨て去ったモノを拾おうとしなかった。それから目を逸らし続けた。

 

「やっぱり…だめ、かな。貴方は元いた場所に帰りたいんだもの。こんなことをしている暇なんてないんでしょ」

 

 その言葉にハッとする。フリンは過去に逃避し、ありもしない未来を夢想した。こうなるだろうということは本能的にフリンは理解していた。だから目を背け続けたのだ。だが、この世界はあの世界を思い起こさせるような事柄が多すぎた。想起する余裕を与えすぎた。そんな機会がありすぎた。フリンの眼を過去へ向けさせてしまった。

 

―トーキョーを復興させなければ。トーキョーに残されたサムライ衆、ハンター協会の仲間とともに。過去の俺が救った東京を、今の俺がかつての東京へと元へ戻さなければ

 

 フリンがルイズの真の一面に驚き言葉が出なくなっているところを拒絶と解したのかそんなことを口にする

 

「本当は、私の使い魔でなければ、今頃走り回ってその手掛かりを探してるんでしょ?」

 

―ルイズ。フリンがそう言いかけるも少女は話し続ける

 

「私はわかってなかった。学園長室でのことを考え直して、今までのことを思い返して。それでも貴方のことが分かったとは言えないけれど、それでも、あなたの置かれている状況があなたにとってどれだけ過酷な環境にあるのかはわかった」

 

「あなたは強い人、だけど、人間じゃないわけじゃないんだから。あなたは帰還を第一に行動してた。私に優しくしてくれたのだって協力してくれたのだって、使い魔だからじゃない。私に協力した方が結果的にいいと判断したから」

 

「それは…私も、多分心の奥底ではわかってた。認めたくなかった。」

 

「ゼロの私があなたのような騎士を使い魔にできたこと。それが嬉しくて。けど、あなたが真の意味で使い魔ではないなら、あなたがいつか帰ってしまうことを考えたら…私が唯一成功した魔法『サモン・サーヴァント』すら失敗だって。このことを認めればまた、『ゼロのルイズ』に戻るって」

 

「だから―「ルイズ」」

 

 フリンは話すうちに俯いていった少女の方を掴み、目を合わせて言う

 

「俺も謝らなくてはならないことがある」

 

 ルイズは息をのむ

 

「俺は自分を使い魔だと言ってそれらしく従いながらも逆に君の行動をコントロールしていた。君が言う通りそうした方がうまく事が進むと思ってだ」

 

 彼のそうした対応は様々な悪魔・人間との戦い・出来事の過程で獲得していったものだ。無駄な波風を立てないよう、物事を円滑に進めるようにする処世術というには出来過ぎた技術。捨て去ったものではなく得てきたもの・培ってきたものの最たる一つ。生き残るためだけでなく優位に立つ最適解の立ち回り

 

 彼は最低限の人間味だけを残して残りは機能的・機械的なものへと変えてしまっていた。感情も意思も心も譲れないものもある。しかし、それを含めても彼は人の願いを叶える機械・人の希望を背負う器として完成してしまっていた。

 

「ほら!!」「だが、それは間違いだった。俺のそういう態度が皆を傷つけるとようやく気付いた。遅すぎるが…それでも気づけた。それは君のおかげだ。もう間違えない。俺はいつか東京へと戻る。そのために手を尽くす。」

 

「……」

 

「けれど、それまでは真の意味で君に『使い魔』として尽くす。これは俺の誠意だ。。君と行動する限り、君の命・安全・益を優先しよう。その程度しかできないがそれだけでも約束する」

 

 絶句するルイズの手を握り返す

 

「こんな俺でよければこれからも協力してほしい」

 

「…いいの?」

 

 私なんかで―そう声に出そうとして、声にならなかった。

 

「君は俺に気づかせてくれた人だ。恩人だ。君に協力するのは俺がここから帰るためだけじゃない。捨てたものを拾うためでもあったんだ」

 

 彼は決意した。東京へ帰るまでの旅路の中で過去を振り返り、反芻し、克服する。と

 

 捨ててしまったものを総て拾い集めることは不可能だ。失ったものはもう戻らない。それでもできるだけ拾い集めて行こう。と

 

「返事がまだだった…な。君の申し出を喜んで受けよう」

 

 そういって彼はルイズを連れ立ってホールの雑踏へと歩んでいった。

 

「ありがとう」

 

 ルイズは軽やかに、優雅にステップを踏みながら、小さくそう呟いた。




一応、これで一巻分は終わりですね。

この作品はおそらく終わらないです。書きたいことはいろいろあり展開も考えてますが自分の執筆速度からするとその完成は絶望的です。
ということで未完としております
ちまちま書いて投稿するつもりではありますが、現実の合間合間にやる作業で基本的に息抜き&気が向いたときというスタンスなので、限定的な状況下でしか書かなくなっております。

それでも自分の妄想を書きなぐっただけの作品ではございますが、投稿したかぎりはできるだけ楽しんでほしいとは常々思って居りますのでお楽しみいただければ幸いです

こんな奴に任せておけねぇぜ!!ヒャァ!!俺に任せろ(バリバリー)という感じの方がいらっしゃるのであれば適当にプロットを作ってお渡ししますのでどうぞご気軽にご連絡ください

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