ゼロのサムライ   作:よね

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一年以上投稿できずに失踪していて申し訳ない。
個人的な事情で半年以上死にかけてました。未だに体調も安定していないのでシコシコと自分のペースで書いていきます
次話も期待せずに待っていていただければ幸いです。


第5話 フリン、異郷にて初めてクエストを受注す

少し時間を遡ったある日の会話

 

「では、ちょっとご披露いたしましょう。たいした話ではないのですが……」

 

「宝物庫は確かに魔法に関しては無敵ですが、一つだけ弱点があると思うのですよ」

 

「それは……。物理的な力です」

 

「そうですとも! 例えば、まあ、そんなことはありえないのですが、巨大なゴーレムによる強大な破壊行為などなど……」

 

 

 

◇ 

 

 

 

夜、コルベールはいつものように自分の研究室にて、研究に没頭していた。現在の彼は揮発性の高い油(俗に石油と呼ばれるものである)について熱心に研究を重ねていた。目下の目標はその成分の解析と複製、有意義な用途の発見である

 

 最近の熱心な研究のおかげで、ある程度の成分の解析にも成功したし、それに近いものなら複製できるようになってきた。独特のにおいを嗅いだ彼は満足そうに鼻を鳴らす

 

 そのとき、誰かがドアをノックする音がした。コルベールはただでさえ普段人が寄り付かないこんな場所に、夜に人が訪問してくるという事態に首をかしげた。が…それでも人がやってくるということは何かの緊急事態かもしれないと考えながら、ドアを開ける

 

 そこに立っていたのは長い黒髪を後ろに束ねた青年だった

 

「夜分遅くに失礼します。今お時間は大丈夫でしょうか」

 

 コルベールは思わぬ訪問者に少々驚いたものの、わざわざ自分を訪ねて来てくれたことを嬉しく思い、快くフリンを迎え入れた

 

「いやはや、わざわざ訪ねてきてくれるとは思いませんでしたよ。まぁ、狭苦しくてごちゃごちゃしていますが、とりあえずは中へどうぞ」

 

 コルベール自身が言っていたように中はお世辞にも綺麗とは言えず、大小さまざまなものが所狭しと置かれている

 

 コルベールはフリンに椅子に座るよう促し、椅子に座ってフリンが部屋の中を見渡していると、コルベールはお茶を持ってきた。

 

 そして、フリンの向かいに座るとこう切り出した

 

「さて、今晩私の元まで訪ねてきた訳とはなにか教えてもらえるかい?」

 

「そのことを説明する前にこれを見てもらってもいいですか?」

 

 そう言うと、机の上にブルースガンとFMJ弾薬箱、薬莢を置く

 

 コルベールの目の前に置かれた物体は彼の知的好奇心を刺激し、すぐさま彼の思考は観察と分析にへと移る。一通り観察し終えたのかコルベールは信じられないような目をして小さく口を開いた

 

「……これは?いや、詳しく調べたわけではないが構造的に……銃なのか?形状は今使われているものとは全く違うが私のもつ知識の中では銃と最も酷似している。だとすればこれは弾か?」

 

 いきなり持ち込んだものの正体を看破されたこと、この世界に銃というモノがあることにフリンは驚き、答える

 

「……ご明察のとおりこれは銃です。ではここに訪ねた理由をお話しましょう」

 

「いや、大体わかるよ。おそらく、その銃の修復かその弾の量産…その辺りだろう」

 

 そう答えるコルベールの目の色、鋭さが変わっているのにフリンは気付く

 

「ええ、今回、依頼したいことは銃弾の量産です。その報酬としてその銃を差し上げます。大分くたびれてますが、使用するのに十分耐えるはずです」

 

「……なぜ私に?」

 

「あなたはこういった物に非常に興味を持っており、この学園では一番造詣が深いのではないかと耳にしたからです」

 

 フリンは正直に答える

 

「なるほど……ひとつ聞かせてもらおう。君はその弾を量産して何をするつもりだい?」

 

「……別にどうにもしません。今まで通り使うだけですよ。ここは慣れてきたとはいえ勝手の知った世界ではないのでできる限り万全の状態にしておきたい。そのためには使えるものは使い、使えないものは捨てるか、使えるようにする必要があります」

 

「それは、人を傷つけるために手を貸せというのか?もし、そうだというのなら悪いがお引き取り願おう」

 

「勿論、積極的には使うつもりはありません。しかし、人を傷つけるのにも、守るのにも力が必要です。今はルイズという守るべき主がいます。成り行き上とはいえ私は彼女の使い魔ですからね。それにはそれ相応のものが必要。それだけです」

 

「本当にそれだけなのかい?」

 

「それは…どういう意味ですか」

 

「君には十分な力がある。それこそ並大抵のもの等歯が立たないほどの……これは君の魔法や剣技を目の当たりにして正直に思ったことだ。だからこそそれ以上の力を手にする。いやこの場合には元に戻すことか……そうすることが君にとって守る為の最善手だといったね」

 

「……ええ」

 

「でもそれは欺瞞じゃではないのか? 君自身が力に魅入られているから、自分の力を失いたくないから、そう言っているのではないのかね。何かを守るといえば聞こえがいい。しかし、時としてそれは人に向けられる。そのことには変わりはないのだろう?まぁ、その気になれば君とってはこれがなくとも人一人の命を摘むことなど容易いだろうが」

 

 コルベールが銃に目を向けながら話す。その眼には銃など映っておらずそこから連想させる何かを見ているようであった。

 

「…………」

 

「その力が向けられることにより誰かが泣くとしても、誰かが傷つくとしても、その力を振るい続けるのかい?それを繰り返せばいずれ――君自身が憎しみの重さで潰されてしまうだろう」

 

「……そう……かもしれません。それでも、俺が生きていた世界ではそうしなければ生きてこれなかった」

 

「力がないばかりに無残に喰い千切られ、無知なばかりに自ら破滅へと歩を進め、運がないばかりに運命に弄ばれ、狂っていく…そんなことが目の前で起こるような世界だった」

 

「今も以前と比べれば良くなったとはいえ、力を持たない者は未だ恐怖と戦う日々……今更、生き方を変えることなんてできない。」

 

「例え、自分が誰かを手にかけることになっても、いや、もう数え切れないほどの人をこの手にかけてしまっている。今の俺はその骸の上にたって生きているに過ぎない」

 

 フリンの声に力が籠り、その一言一言に彼の念が、感情が込められる

 

「それが――その生き方がどうしようもない後悔に繋がるとしても?」

 

「……後悔するからといって立ち止まれることはできない。立ち止まることは彼らに対する侮辱にも等しい」

 

「いや、立ち止まれないだけかもしれない……けれど、俺はそうするに足る程死骸まみれの過去と果たすべき責任のある未来を背負っている。……それはここに来たからと言って変わるモノじゃない」

 

「……わかった。いまはそれだけ聞ければいい……しかし…だ。やはり、私は……私は人を傷つけるための道具など作りたくはない。虫のいいことを言っているがしばらく考えさせてくれ。ほかに当たるというのなら、ミス・ロングビルなんかはどうだろうか?彼女は優秀な土メイジだからきっと君も納得のいくものを作れるだろうし、意外なことに彼女も物珍しいものに興味を持っているようだ。彼女へ頼みに行く時には私からも口添えをするようにするよ」

 

「作ることには反対しないのですか?」

 

「君の言っていることも間違ってはいないことは分かってる。しかし、私にも人を傷つけること、モノに携わることを考えさせられるようなキッカケとなった過去がある。だが、私がここにいることそれ自体が学園の生徒を守る力でもある。その点ではこの学園の生徒であるミス・ヴァリエールを守るという使命は君と同じものだ。それを否定するのもおかしな話だろう?」

 

「……」

 

「まぁ、興味がないといえば嘘になるが、今の私にはその弾の製造という依頼は受けられない。力とは能動的にそれを使う、それに携わる人物にこそ資格が求められる……が今の私にはその資格はないと考えているからね」

 

「……わかりました。では、明日あたりミス・ロングビルに頼んでみることにします。その時には口添えお願いします」

 

「あぁ、そのぐらいなら任せてくれ」

 

「では、よろしくお願いします。夜分遅くに失礼しました」

 

 そう言ってフリンはコルベールの部屋を後にする。

 

「待ってくれ、これらは持っていかなくてもいいのかい?」

 

 未だに机の上にある銃と弾を指してコルベールは尋ねる。

 

「それはあなたに預けておきます。先ほど興味があるとおっしゃっていたので…それに人を傷つけるだけの道具であってもこの世界にはオーバテクノロジーですからね。それに使われている技術はきっと何らかの役に立つと思います」

 

「……わかった。責任をもって預からせてもらう」

 

 コルベールがそう言った瞬間、宝物庫のある塔の方角から何かが壊れたような巨大な破砕音が夜の静寂に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な二つの月が、宝物庫がある魔法学院の本塔の外壁を照らし人影を浮かび上がらせていた。その状況は常人が見たのならば異常と判断することも仕方ないと思えるような光景であった。人影の正体は『土くれのフーケ』。トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊である。

 

 『土くれのフーケ』は北の貴族の屋敷に、宝石が散りばめられたティアラがあると聞けば、夜陰に紛れて屋敷に忍び込み盗み出し、南の貴族の別荘へ先帝から賜りし家宝の杖があると聞けば、白昼堂々、別荘を粉々に破壊して大胆に強奪する

 

 東の貴族の豪邸に、アルビオンの細工師が腕によりをかけて作った真珠の指輪があると聞いたら一も二もなく頂戴すると、西の貴族のワイン倉に、値千金、百年もののヴィンテージワインがあると聞けば厳重な錠のかかった扉をくぐり抜けてしまう

 

 そんな風に節操なく盗みを繰り返しているにもかかわらず、そんな『土くれのフーケ』の正体を見たものはいない。男か、女かもわかっていない

 

 まさに神出鬼没、手口は変幻自在の大怪盗。メイジの大怪盗。それが『土くれのフーケ』なのであった。『土くれのフーケ』はいわゆるマジックアイテム、強力な魔法が付与された数々の高名な宝を標的にすることでも知られている。そんなものを持っているのはメイジのみであるからメイジが狙われるのも頷ける

 

 盗みの方法にはいくつか共通する点があり、忍び込むときには『錬金』の魔法を使い扉や壁を粘土や砂に変え、穴をあけて潜り込むことが主な手段とされている

 

 『錬金』は基本的な魔法であるため、対策も判明している。『固定化』をかけられた物には『錬金』は効きにくく、貴族たちは当然、宝物庫には『固定化』の魔法がかけていた

 

 それならば何故、それが通用しなかったのか…それは、単純明快『土くれのフーケ』はそれをものともしない、容易く解いてしまう程のメイジだからである

 

 『土くれ』とは、その盗みの技とメイジとしての技量からつけられた二つ名であった

 

 長く青い髪を夜風になびかせ悠然と佇む様に、国中の貴族を恐怖に陥れた怪盗の風格が漂っている。しかし、その稀代の大怪盗の顔には焦りが浮かんでいる。そして忌々しそうに顔を歪めるとチッと舌打ちした

 

「さすがは魔法学院本塔の壁ね……。物理衝撃が弱点…か。言ってくれるじゃないの例えそうだとしてもこんな壁が厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないね」

 

 「土』系統のエキスパートであるフーケにとって、足から伝わる感覚で、壁の厚さを測ることなどは造作もないことであり、フーケの高い実力を表している

 

「確かに、『固定化』の魔法以外はかかってないみたいだけど……、これじゃ私のゴーレムの力でも、壊せそうにないね……」

 

 フーケは、腕を組んで悩んだ

 

 強力な『固定化』の呪文がかかっているため、フーケの技量を持ってしても『錬金』の呪文で壁に穴を空けることは叶いそうもない。仮に出来たとしても精神力を使い果たし、僅かな余力すら残すことも出来ないだろう。

 

「やっとここまで来たってのに……」

 

 フーケはギリッと歯噛みをした

 

「かといって、『破壊の杖』を諦めるわけにゃあ……いかない。まだ、私には、いや、私たちには金がいるんだ」

 

 フーケはうぅんと唸りながら首を傾げ、腕組みをしたまま、どうしたものか、何か良い手はないものかと孝え始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フーケが本塔の壁に足をつけて、悩んでいる頃……ルイズの部屋では騒動が持ち上がっていた。辺りはすっかり暗くなっており、一緒に夕食を取ったあとそれぞれ別れて部屋に戻ったはずだった……が一刻も経たないうちにフリンのことをもっと知りたいと言ってルイズの部屋に押しかけてきた

 

 当然、部屋には鍵がかかっていたのだがキュルケは禁止されているはずのアンロックを使った挙句、悪びれもせずに堂々と部屋に入ってきた。それからルイズとキュルケは、お互い睨み合いながら舌戦を繰り広げていた

 

 一方タバサはベッドに座り、本を広げていた。

 

「どういう意味? ツェルプストー」

 

 ルイズは腰に両手を当てて、ぐっと不倶戴天の敵を睨んでいる

 

 キュルケは悠然と、恋?の相手の主人の視線を受け流す

 

「だから、私はダーリンに用があるのであって、あなたには用がないからあっちに行ってなさいって言ってるのよ」

 

「あなたがどう言おうと、この部屋の主は私であり、あなたの言うこと聞く筋合いはないわ!それがわかったらさっさと出て行きなさい!それにフリンはまだ戻ってきてないのよ」

 

「なら、帰ってくるまで待たせてもらおうかしら」

 

「だから…「ねえ」な、なによ」

 

 キュルケはルイズに向き直った

 

「そろそろ、決着をつけませんこと?」

 

「そうね」

 

「あたしね、あんたのこと、だいっきらいなのよ」

 

「わたしもよ」

 

「気が合うわね」

 

「あらホント、奇遇ね」

 

 キュルケは微笑んだあと、目を吊り上げた

 

 ルイズも、負けじと胸を張った。

 

 二人は同時に怒鳴る

 

「「決闘よ!」」

 

「じゃあ、勿論貴族たるメイジらしく魔法で決闘と行きましょう」

 

 キュルケが、勝ち誇ったように言った

 

 ルイズは唇を噛み締めたが、すぐに頷いた

 

「ええ。望むところよ」

 

「いいの? ゼロのルイズ。魔法で決闘よ。わかってるの?大丈夫なの?」

 

 小ばかにした調子で、キュルケが咳く。ルイズは頷いた。自信はない。もちろん、ない。でも、ツェルプストー家の女に魔法で勝負と言われては、引き下がれな

 

「もちろんよ! 誰が負けるもんですか!」

 

「そうなると、決闘の内容よね。お互い魔法を撃ち合って怪我をするのは馬鹿らしいし、バレたら厄介だし」

 

 そう言って、キュルケは腕を組んで考え始める。ルイズといえば腕を組むことによって強調された自分にはない豊満な胸を恨めしげに見つめていた

 

「……的あて」

 

 ポツリとタバサが漏らす。勿論、読んでいる本から視線は全く動いてない

 

「そうね……些か地味だけどちゃんと決着は着くっちゃ着くわね。じゃあ、ロープを塔の上から垂らしてその先に適当なものを下げてそれに当てたら2点、ロープを切ったら1点外したら0点、引き分けたらもう一回……それを決着がつくまで続ける。それでいいかしら」

 

「望むところよ、場所は中庭でいいわね。さっさと移動しましょう。一刻も早く決着をつけたいわ」

 

「あら、そんな強気なことを言ってあなたの負けが決まるのはもう決まってるのだからそんなに急がなくてもいいのに」

 

 お互いに敵意に満ちた挑発を繰り返しながら一同は中庭へと向かう

 

 一方、本塔の外壁に張りついていたフーケは、彼女らが近づく気配を感じるやいなや、とんっと壁を蹴り、すぐに地面に飛び降りる。地面にぶつかる瞬間、小さく『レビテーション』を唱え、落下の勢いを殺し着地する。地に足がついた瞬間、回転して、中庭の植え込みに隠れ聞き耳を立てる

 

 中庭に現れたのは、ルイズとキュルケ、タバサの三人であり、「使……法は…由。ただし…あ…しは後攻。そのぐらい……ンデよ」そんな声が聞こえてくる

 

 それから三人の様子を観察を続けてるとどうやらロープに吊り下がっているものを的にして魔法を打ち合うようだ。遠くから彼女らを観察していてもわかるほどルイズとキュルケの会話の端々から敵意が溢れているのが見える

 

「まったく、面倒な時に来たもんだ。どうせ貴族の連中によくあるプライドからくる決闘だろう。呑気なもんだい。……しかし、今夜はもう切り上げたほうがいいね。あんなに人目があるとやりにくい。それにまだお宝を頂戴する算段もたってないから計画も練り直さなきゃね」

 

 そんなことを考えているうちに、少々時間がたってしまっていたことに気付いたフーケは塔に背中を向けてその場から離れようとした。そのとき背後の塔から何かが爆発するような音が耳に入ってきた。

 

 振り向くと塔の上部には薄い煙が漂っており、それをやったと思われる少女たちはまた口喧嘩に夢中になってたり、本を読んでいたりと周りの様子が見えていないようだ。また、塔の上部をよく見てみると靄も晴れかけてきており、さらに目を凝らすと薄いがヒビが入っていることにも気付いた

 

「のんきな貴族のお嬢様にしちゃ役に立ってくれるじゃないか…ちょうどいい、今からお宝を掻っ攫ってやろうじゃないか」

 

 そう呟くとゴーレムを錬金するために精神を集中させ、詠唱を始めた。大地から土が盛り上がり巨大な土塊ができ、それに手が生え、足が生え、さらに地面から土をくらって大きくなっていく

 

 さすがに喧嘩をしていた少女たちもその事態に気付き、ルイズがゴーレムに向かっていこうとする姿が見える。しかし、ほかの二人に止められ急いでその場を離れていく大方教師でも呼びに行ったのだろう

 

 ――なおさら都合がいい……のろまな教師が来る頃にはもう宝を持ってこの場から逃げられる。立ち向かってきてこの騒動が周りに気付かれ人が来るほうがよっぽど面倒だ

 

 ――さぁ、『破壊の杖』とやらがどんなものか拝見させてもらおうじゃないか

 

 ヒビが入った壁に向かって、土ゴーレムの拳が打ち下ろされた。フーケは、インパクトの瞬間、ゴーレムの拳を鉄に変えた。壁に拳がめり込む。バカッと鈍い音がして、壁が崩れる。黒いローブの下で、フーケは微笑んだ

 

 フーケは土ゴーレムの腕を伝い、壁にあいた穴から蛇のように宝物庫へ入り込む

 

 中には様々な宝物があった。しかし、フーケの狙いはただ一つ、『破壊の杖』である。様々な杖が壁にかかった一画があった

 

 その中に、どう見ても魔法の杖には見えない品があった。全長は一メイルほどの長さで、見たことのない金属でできていた。ブーケはその下にかけられた鉄製のプレートを見つめる。『破壊の杖。持ち出し不可』とある。フーケの笑みがますます深くなる。フーケは「破壊の杖』を取り、まず、その軽さに驚いた

 

 ―― 一体、何でできているのだろう?

 

 わいてくる興味を抑え急いで無残にも砕かれた壁の穴からゴーレムの肩へ飛び乗った。忘れずに去り際に杖を振る。すると、壁に文字が刻まれていく

 

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 再び黒ローブのメイジを肩に乗せ、ゴーレムは歩き出した。魔法学院の城壁をひとまたぎで乗り越え、ずしんずしんと地響きを立てて草原を歩いていく。しばらくして、草原の真ん中を歩いていた巨大なゴーレムは、突然ぐしゃっと崩れ落ちた。後々、学院の教師たちがそのつちくれの小山のもとへ行ったときにはもう誰もそこにはおらず、その山以外には痕跡はのこっていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、トリステイン魔法学院は喧騒に包まれていた。教師たちには緘口令が出ていたものの、派手に壊れた宝物庫を隠しとおせるわけもなく、フーケのニュースは学院を席巻していた。

 

 宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きな穴を見て、口をあんぐりとあけていた。壁には、『土くれ』のフーケの犯行声明が刻まれている。教師たちは、それを見ながら口々に好き勝手なことを喚いている

 

「貴族たちの財宝を荒らしまくっているという下賤な盗賊め」「魔法学院にまで手を出しおって!」「随分とナメられたもんじゃないか!」「衛兵はいったい何をしていたんだね?」等々

 

 そんな中には昨晩事件が起こってからコルベールとともに早い段階から事件について知っていたという理由でフリンもその場に召集されていた

 

 非難と罵声しか飛び交ってなかった中コルベールが状況を見聞してオスマンに報告した。

 

「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

 

 オスマンが尋ねた

 

「この三人です」

 

 コルベールがさっと避けて、自分の後ろに控えていた三人を指差す

 

 ルイズにキュルケにタバサの三人である

 

「ふむ……、君たちか」

 

「詳しく説明したまえ」

 

 ルイズが進み出て、見たままを述べた

 

「あの、大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。肩に乗ってた黒いメイジがこの宝物庫の中から何かを……、その『破壊の杖』だと思いますけど……、盗み出したあと、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは城壁を越えて歩き出して……」

 

「それで?」

 

「……草原の真ん中で崩れた」

 

 タバサがルイズの言葉に続ける。どうやらあの後風龍に乗って後を追っていたらしい

 

「ふむ……」

 

 オスマン氏はひげを撫でた。

 

「後を遣おうにも、手がかりナシというわけか……」

 

 それからオスマン氏は、気づいたようにコルベールに尋ねた

 

「ときに、ミス・ロングビルはどうしたのかね?」

 

「それがその……、朝から姿が見えませんで」

 

「この非常時に、どこに行ったのじゃ」

 

「どこなんでしょう?」

 

 そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルがあわてた様子で戻ってきた

 

「ミス・ロングビル!どこに行っていたんですか!こんな緊急事態に!大変ですぞ!事件ですぞ!」

 

 興奮した調子で、コルベールがまくし立てる。しかし、ミス・ロングビルは落ち着き払った態度でオスマンに告げた

 

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

 

 そう言ってミス・ロングビルは皆に向かって報告を始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖掲げよ」

 

 誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わすだけだ

 

「おらんのか? おや、どうした!フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」

 

 ルイズは俯いていたが、それからすっと杖を顔の前に掲げた

 

「ミス・ヴァリエール!」

 

 ミセス・シュヴルーズが、驚いた声をあげた

 

「何をしているのです!あなたは生徒ではありませんか…ここは教師に任せて……」

 

「誰も掲げないじゃないですか」

 

 ルイズはきっと唇を強く縞んで言い放った。唇を軽くへの字に曲げ、真剣な目をしたルイズは凛々しく、美しかった

 

 そんな彼女を見てフリンもいう

 

「当然、私も行きます。私は彼女の使い魔ですから。彼女を守る必要がある」

 

 ルイズがそのように杖を掲げているのを見て、しぶしぶキュルケも杖を掲げた

 

 ルイズを見ながらキュルケはつまらなそうに言った。

 

「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」

 

 キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた

 

「タバサ。あんたはいいのよ。関係ないんだから」

 

 キュルケがそう言ったら、タバサは短く答えた

 

「心配」

 

 キュルケは感動した面持ちで、タバサを見つめた。ルイズも唇を噛み締めて、お礼を言った

 

「ありがとう……。タバサ……」

 

 そんな三人の様子を見て、オスマン氏は笑った

 

「そうか。では、頼むとしようか」

 

 コルベールをはじめとした多くの教師が慌ててオスマンを止めたが、オスマンのこの一言で全ては決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったん装備を整えようと部屋に戻ったフリンは自分の荷物から必要になりそうなものを探る。その傍らから壁に立てかけられていたデルフリンガーが声をかけて迎えてくれる

 

「よう、相棒。朝から大変そうだな」

 

「ああ、はた迷惑な盗賊のせいで大騒ぎだ。というわけで、今からその盗賊の捜索隊の一員として出ていくところだ」

 

「なるほどなぁ、相棒がその捜索隊にいるってことは嬢ちゃんのお守りか……お嬢ちゃんは正義感というか責任感が強いからねぇ。大方自ら志願したんだろう。昨日あったばかりだがそのぐらいわかる。で、おれっちは連れて行ってくれないのか?」

 

「あなたは一度自分の刀身を見たほうがいいわよ。そんな様子でマスターについていきたいだなんて……まぁ彼女についての考察には私も同感ね。あの子はやっぱり魔法が使えないことにコンプレックスを抱えているみたい…それに加えて貴族としてのプライドも高いから認めてもらおうと今回のように無茶なことをしてしまうのではないかしら」

 

 話を聞いていたバロウズがデルフリンガーに突っ込む

 

「……俺たちには彼女のことはわからないからそう言うな。支えてくれる人がいないのならともかく、今は俺たちがいる。ルイズが無茶をするというのなら俺たちが支えてやれば済むことだ」

 

「さすが私のマスター、期待しているわ」

 

「いうねぇ、ってことでおいらも連れて行ってくれ。連れていかないというのなら騒ぎ続けるから苦情がたくさん来る覚悟をしておいた方がいいぜ」

 

「……わかったよ」

 

 そういうと、急いで装備を整えた後、デルフリンガーを背中にかけて馬車が止まっているところへ向かっていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、四人はミス・ロングビルを案内役に馬車に乗って学園をあとにした。馬車といっても、屋根ナシの荷車のような馬車であった。襲われたときに、すぐに外に飛び出せるほうがいいということで、このような馬車にしたのである

 

 御者にはミス・ロングビルが買って出た。ルイズがそれについて何か言っていたようだが彼女は笑って流したようだ。ルイズはまだ何か言いたげではあったがずごずごと引き下がっていった。それから、しばらくして……ゆるやかに流れる長閑な景色を楽しんでいたフリンはふと、彼女に用事があるのを思い出した。そして立ち上がると御者台に座ったミス・ロングビルのもとへ行き彼女に話しかけた

 

「今はお時間大丈夫ですか?ミス・ロングビル」

 

 ミス・ロングビルは多少驚いた眼でこちらを見たがすぐに「ええ、大丈夫ですよ。馬を見なければならないのでこのまま、お話しすることになりますがそれでもよろしければ」と答えた

 

「それでも結構です。少々、聞きたいこと、話したいことがございまして。あくまで破壊の杖を優先するのか、その先、フーケを捕まえるまで続けるのかを聞いておきたいと思いまして……」

 

「そうですね、破壊の杖を回収した時点でフーケがその場にいる、もしくはすぐに戻ってくるようであれば確保を優先。そうでなければ学園のほうへもどり報告という風に考えております。あくまでこれはフーケを捕まえることを目的にしている捜索隊ですからね」

 

「わかりました。そうですね、それでいいかと思います。少々気になったもので……」

 

 

 

 その後、長閑な景色を尻目に彼らは少しばかりの雑談を楽しんだ

 

 

 

「そうそう、そういえばミス・ロングビルは珍しいものに興味をお持ちだと聞いたのですが」

 

「ええ、まぁ興味がないといえば嘘になりますが…けれど、皆そういうものには惹かれるものでしょう?どうしてそんなことを」

 

 ――なぜこのタイミングでこんなことを聞いてくるんだ?

 

 ――暗に私の正体に気付いていると言いたいのか?

 

 ――いや、証拠は残っていないうえにそもそもあいつはあの場にはいなかった。なんだ?

 

 ――追って行って戻ってきたというところが怪しかったのか?

 

 ――しかし、そこはあくまで事実だ。行ったのはフーケ、帰ってきたのはロングビルそれだけだ。なら…なぜ?

 

「それもそうですね。実はミス・ロングビルには折り入って頼みたいことがありまして、詳しくは学園で話しますが私の持つ道具の修繕をお願いしたい。ものとしてはこの世界では珍しいので、万全を期すためにできるだけ優秀なメイジに依頼しようと思っていたのです。そしてその中であなたのことを小耳にはさみまして、こうやって一度お話しようと思った次第です。もちろん報酬もお支払いします」

 

「あら、そういうことでしたのね。わかりました。今この場では受けることは考えさせていただきますが、学園でそのことについてもう一度聞かせていただけますか」

 

「はい、無事この任務を終えることができればお話ししましょう」

 

 そういってフリンは先ほどまで座していた位置まで戻り再び景色を眺め始めた。その一方、ミス・ロングビルことフーケは安堵したと同時にフリンに対してとった自らの振る舞いからぼろが出ていないか先ほどのやり取りからフリンの表情やしぐさを思い出し会話の内容や声色などを頭の中で反芻していた。

 

(ふぅ、驚かせやがって…しかし珍しいものに報酬か…、破壊の杖をとり次第とんずらする予定だったが……予定を変更してもいいかもしれないな。恒常的にその依頼を受ける環境を作りさえすれば無駄なリスクを負う必要もなくなるし…いや、しかし――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、どうしてこんな危険なことについてきてくれたの?」

 

「……今は君の使い魔だからだ」

 

「そうじゃなくて、どうして見知らぬ世界で見知らぬ土地でこんなことに手を貸してくれるのかを聞いているの」

 

「……それも、君と出会った日に説明しただろう。君がいてくれれば俺がこの世界で何をするにも手助けになってくれる。そうしてくれるのなら俺も君の手助けをすると」

 

 そこでルイズは口ごもった。

 

 ――違う、私が本当に聞きたいのはそういうことじゃないの

 

 ――どうしてあなたはそんなに強いの?一人で心細くないの?

 

 ――明らかに年下の人間に見下され罵倒されてもなぜあそこまで冷静でいられたの?

 

 ――平然とした顔でただ私を守る…それだけの理由でこんな危険なことについてこれるの?

 

 ――男の人で大人だから?

 

 ――剣技や魔法に自信があるから?それもあるだろうがそれだけではない気もする。

 

 フリンのその強さは羨ましい、しかしだんだんと怖くも感じる。

 

「ルイズ、どうした急に黙りこくって」

 

 ルイズは声をかけられてハッとする。

 

「い、いや、なんでもないわ。変なことを聞いちゃったわね」

 

 そういって、取り繕う。フリンは怪訝な顔で見ていたがいずれ視線を長閑に流れる景色へと戻すとおもいきや……

 

「ちょっとぉ、なに、あんたたちだけでたのしくおしゃべりしてるのよぉ」

 

 キュルケが向かい合う二人の間に割って入ってきた。

 

「ルイズなんかとお話してないで、私とお話しましょ。大丈夫よ、ダーリン。土くれのフーケのゴーレムなんか私の魔法で焼き尽くしてさしあげるわ」

 

「そうか、勇ましいな」

 

 フリンは心から出た感想をそのまま口からこぼした。

 

「ちょ、ちょっとキュルケ!いきなり割って入ってこないでよ」

 

 目の前でいつものキュルケとルイズのケンカが始まった。ちらっとそちらへ目を向け、視線を戻そうとすると本を読み続ける小柄な少女が目に入った。この長い時間微動だにせず黙々と本を読み続けるその姿勢に、タバサの実力を未だ目にしたことのないフリンは嘆息した。

 

「あの、こんな森の奥に例の盗賊の隠れ家があるのですか?」

 

 しばらくして、ルイズはたずなを握るロングビルに尋ねた。いつの間にか周りはうっそうとした木々に覆われ、飛び出している枝葉と陽光を遮る緑の天蓋が一行の視界を遮っている。ルイズはそういう暗さから不安にかられそういうことを聞いたのだろう。

 

「えぇ。目撃情報ですから間違いございませんわ」

 

「そうですか…」

 

 それから数時間後、一行を乗せた馬車は止まった。ロングビルによるとここから先は徒歩で向かったほうがいいとのことだ。その言葉に従い、ロングビルのあとを付いて歩く。木々の茂った森の中は暗く、時折梢の隙間から差し込んでくる陽の光を頼りに足場の悪い道を進んでいく。ロングビルが目的地に着いたとばかりに足を止め、後から続く者へと振り返り言う。

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 

 ロングビルの視線の先には、すぐに隠れ家と思われる廃屋がある。 そこは開けた場所にあり、森の中の空き地といった風情である。およそ、魔法学院の中庭ぐらいの広さだ。その広場の真ん中に、確かに廃屋があった。朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。

 

 五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。

 

「では、作戦を立てましょうか」

 

 ロングビルが提案する。

 

「俺がいこう」

 

 有無言わせない声色でフリンが言う。

 

「俺が小屋へ偵察兼奇襲をかける。もし、俺が取り逃がしたならフーケが出てきたところを君たちが追撃する。それでいいだろう。この人数なら全方位を担当することもできる。念のため、仲魔を君達に付けておこう。護衛として使うから身の危険は最低限気を使う程度でいい。では、担当箇所が決まり次第、作戦開始としよう」

 

 その重さを込もった発言に驚いたものの皆が緊張した面持ちで頷く。…ただ一人を除いて

 

「…何勝手に決めてるの」

 

 ルイズが不服そうに呟く。作戦内容に不服があるというよりも一人で作戦を決めたことに不服があるようだ。

 

「俺がやったほうが確実かつ安全だからだ。俺なら不意打ちを受けたとしても他の誰かが受けるよりも上手く対処ができる。それに、自分一人でやろうというわけじゃない。君達の協力あっての俺は使い魔だから気兼ねなく使えばいい」

 

 内心ではフリンだけで作戦を完遂させる自信はあったが、これはここにいる人間が自分を除けば多かれ少なかれ自尊心を持つ貴族だということから役割を与えるというフリンなり最大限配慮した作戦でもあった。

 

「…わかったわ」

 

 ……また、使い魔だから…わからない…何を考えているのかが…

 

「ルイズ!なに考えてるの!?さっさと持ち場所を決めましょ、何考えてるのか知らないけど、今は任務に集中しましょ」

 

 キュルケがそんなルイズの様子を見て注意する。

 

「わかったわよ」

 

 ルイズは自分の中にある疑問を心の奥底に押し込み、目の前にある任務に集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、俺が悪魔を召喚すると同時に作戦を決行する」

 

「わかったわ」「……(こくり)」「わかったわぁ」「わかりました」

 

「……バロウズ」

 

「了解、マスター。悪魔召喚プログラム起動」

 

 ――SUMMON OK――とガンドレッドの画面に表示され、その場に魔方陣が浮かび上がり、奇妙なシルエットの悪魔が現れる。悪魔は現れるや否や、小さな砂埃を生み、身を隠してしまった。そんな様子を皆が見ている間にフリンは一足飛びに小屋へ侵入していた。

 

 小屋の中は、一部屋しかないようだった。

 

 小屋へ入るとフリンはバロウズを使って小屋の中をスキャンする。スキャンが終わり表示された情報と現実にある小屋と差異が無いか確認する作業へと移る。部屋の中には酒瓶の転がる古びたテーブル、転がった椅子、崩れた暖炉程度のものしか見えない。

 

 その中で最低限の警戒をしながら部屋を見回す。木製の大きなチェストがあったが人が隠れられそうな程の大きさは無く、人の気配もない。どこにも、人が隠れるような場所は見えない。スキャンして得た情報と違うところも特に見受けられなかったため、これで『土くれのフーケ』が隠れ場所としている場所の探索は終わったことになる。

 

 ここにはもういないのだろうか?そう思い、チェストの蓋を開けるそこには……フリンも目にしたこともある凶器……この世界では『破壊の杖』と呼ばれるモノ……ロケットランチャーであった。

 

 銃器……おそらくこの世界ではつくられたとは到底思えないモノ……フリンは何もない状況から元の世界へと戻れる手がかり得たこと、少なくとも自分の他にこの世界へ流れ着いたモノがあったことに内心、喜びをおぼえた。しかし、同時に『土くれのフーケ』がこれを盗んだことも思い出させる。フリンが元々いた場所から流れ着いたこの世界には元々なかったモノ──東のミカド国風に言うならば遺物か──それを盗みという真っ当とは到底言えない方法を使ってでも手に入れようとする輩がいる、その事実が今までのフリンを大きく変えた。

 

 ――正直言って、侮っていた。

 

 ――油断は……していない。

 

 ――しかし、この世界の文明レベルや魔法の純粋な威力だけならば恐れるに足らないと見下していた。

 

 ――それは認めよう。

 

 ――そして、あぁ、そうだ、人はどこまでもより強く、より深く力を求める。

 

 ――そのモノの善悪を問わず際限なく……その結果がトーキョーやミカド国、そして俺が見てきたモノ達の末路じゃないか……そんな当たり前で簡単なことを忘れていたんだ俺は!

 

 ――そのことをどこまでも知ってたじゃないか!!

 

 ――この平和な世界に日和っていたのか!?

 

 ――あの世界にいち早く戻ろうと考えたいた癖にか!!

 

 すると、フリンの心に渦巻く羞恥を知るはずもないバロウズが武器、即ち『破壊の杖』の詳細を報告してくる。

 

「マスター、一応、調べてみたけれどこれはRPG-7ね。これがこの世界でいう『破壊の杖』だとしたら、とりあえずクエストの目標を手に入れたことになるわね。どうしてこの世界にあるのかという疑問はあるけれど、こんなモノを盗んでいくなんて思っていたよりも『土くれのフーケ』は危険な奴なのかしら。あ、あとこれはまだ使えるわ。弾は一発しか無いようだけど」

 

「……あぁ、わかった。俺たちの世界から来たモノがヤツの目的だとしたら聞きたいことができた…な。とりあえず、目標の確保はできたんだ。一度合流してフーケを捕える手はずを整えよう」

 

 そういって、心の中で燻る自分への怒りを抑えながら小屋の入り口…木でできた古びた扉の方へ足を向ける。すると、突如、小屋の外から叫び声が聞こえた…いや、正確にはその叫び声は終わる前に轟音によって遮られた。大きな土くれでできた拳が暴力的な風とモノが砕け散る轟音を携えて目の前にあった扉は砕き、真っ直ぐと迷いなくフリンの方へと拳が迫ってくる

 

「……チッ」

 

 フリンは不意をつかれたこともあり反応が一瞬遅れたものの、その身を触れさせることなくその意思を持つ無機な塊から身をひるがえし難なくと逃れる。ゴーレムはその後、二・三発フリンに向けて、掠りでもしたらただでは済まないことが十分に想像できるほどの拳を放ってくる……無論、フリンにとってはそんなモノは最早、脅威に値しないが、周囲から見るものがあればおそらく恐怖に足をとられてしまう程度の暴威ではあった。

 

 ――その一方、巨大な土くれから放たれ続ける拳を避けながらフリンは考える。先ほどの奇襲によって心に芽吹いた小さな違和感について――

 

 ――何故、俺の方に攻撃してきた?このタイミングなら、俺がRPG-7を持っている・いないに関わらず小屋の中にこれがあったことは容易に考えられる筈だ

 

 ――これが破損しては使い物にならなくなるリスクを承知で攻撃してきたというのか?売る為、使う為にわざわざ学園に忍び込み盗んだにもかかわらずか?それが無に帰すリスクを天秤にかけてでもか?

 

 ――それにもし、俺がこの奇襲を避けられること、『破壊の杖』持っていることがわかっていたとしても……だ、これを使えばこんなゴーレムなんてものの数にならないこともわかっているはず……なのに、中にいる俺を別にしても捜索隊は複数人で組まれていること、作戦を立てて行動していることがわかるはずだ。周辺に俺を除いた全員がいることも……だ

 

――その上で、どうして俺を優先して排除すべきだという結論に至ったのか

 

 ――もちろん盗賊にとっては追手が差し向けられていることは想像するに難くない

 

 ――しかし、いくらなんでも相手にとって都合がよすぎないか?

 

 ――これらの問題は相手が自分たちのことを知っていればある程度の合点がいく……が、もし、そうであれば情報戦では明らかに出し抜かれていることになる

 

 ――まずは目の前の脅威を排除しよう。相手が痺れを切らせてルイズたちへとその矛先を向けられる前に……

 

 そう頭の中で結論付けると、すぐに手のひらをゴーレムの腹に向け、一小節だけ呪文を唱えた

 

「ザン」

 

 たったそれだけ。たった一言だけがフリンの口から呪文が零れると手のひらを向けられた部分――ゴーレムの胴体には途轍もない衝撃が轟音と共に打ち込まれた。

 

 そこには大穴が穿たれ、すぐさま自重を支えきれなくなったのか太い腕や大きな頭が轟音を立てて地面へと崩れ落ちてゆく。そして、ガラガラという音と砂煙を出して無機の巨体は大きな土の盛り上がりへと戻っていった

 

「「「(……)大丈夫(でしたか)!?」」」

 

 そういってルイズを始めとした捜索隊の面々が集まってきて、フリンが怪我をしていないかといった旨の言葉を口々にかけてくる。……まぁ、発言の大部分は二人の少女の口から出たものではあったが

 

「これが『破壊の杖』で間違いありませんか?」

 

 ミス・ロングビルへ腕の中にあるモノを見せながら尋ねる

 

「えぇ、そうですね。これで間違いないで「これはRPG-7と呼ばれる私たちの世界の銃器よ。本当にこれが『破壊の杖』なの?」はい、間違いありません。これが、これこそが、学園に納められていた『破壊の杖』です」

 

 ミス・ロングビルはフリンの持つ凶器に視線を走らせながら答える。その瞳には一瞬、僅かではあるが落胆と好奇の色が差していた。

 

「…………わかりました、目標は確保しましたがどうしますか?さっきの襲撃から周辺にフーケが潜伏しているのはほぼ間違いないかと思います……気づかれていなかったのならいざ知らず、このまま戻ろうとしても馬車に乗っているところを襲われるかもしれませんが……」

 

「学院に納められている秘宝を力ずくで奪おうとする輩ですから何をしでかすかわかりませんし、周辺の警戒を十分にして発見できれば捕獲し、できなければ学院へ戻るというのはどうでしょうか……」

 

「いえ、ここまで来たら絶対に捕えるべきです!この機を逃してはいけません!『破壊の杖』はこちらの手中にあるのですから絶対に戻ってくるはずです!」

 

「……けれど、こっちが不利」

 

「基本的にはルイズに賛成だけど、姿が見えない相手をずっと相手にし続けるのはねぇ」

 

「ですからそのことも含めてもっと詰めていきましょう」

 

「襲われる心配があるなら、その元を絶ってしまえばいいのよ。これ以上なくシンプルな答えじゃない!」

 

「……どうやって?」

 

「そうなのよねぇ」

 

 そう相談している間、フリンの正面、彼女たち四人の背後から小山となっていた土が音もなく盛り上がり形作り、以前よりも大きなゴーレムが土で形成された大きな手を伸ばそうとしてくる。

 

「「キャッ」」

 

「えっ?えっ?」

 

「……」

 

 彼女らの足元にはいつの間にか沼になっており、すぐには動くことはできないだろう。少なくとも、あのゴーレムから逃げることは――

 

 ――いやらしい位置だ。ゴーレムには盾、俺には邪魔が間にいる。ある程度距離を取っているところからみてどうしても使わせたいのだろう……がだ――大体の目的もわかっている

 

 フリンは彼女らの間を抜け、ゴーレムへと駆ける。ゴーレムは両手をフリンにではなく彼女たちの方に向けているではないか

 

 右手はミス・ロングビルへ、左手はルイズへと伸ばされ、もう既に彼女たちのすぐ傍にまで迫っていた

 

 フリンはデルフリンガ―を鞘がつけたまま抜き、まずはルイズへと向かうゴーレムの左手を打ち、あっという間に足元へ入り込み左足へと振りぬく。するとゴーレムの左腕と左足は砕け、バランスを崩し始める……が土くれの右腕は不自然な方向へ曲がりながらもミス・ロングビルの身体を掴む。

 

 その間にもゴーレムが先ほどでは考えられない速度でその身を修復していく。また、その右腕はフリンの剣が届かなくする為か高く掲げられており、ロングビルはその拳の中で苦しそうに呻いている

 

「……やはり、さっきのは本気じゃなかったってことか」

 

 とんでくる腕の破片が当たらないようルイズたちを身体の背へと隠しながらゴーレムを見据え、分析する

 

「どういうことよ、それ」

 

「さっきは大穴があいた程度で自重で崩れるようなモノがすぐさま腕や足を再生させた上であんな体勢に変化できると思うか?明らかにさっきのモノとは別物だ。同じ魔法が使われているとしても力の入れようが段違いだ」

 

 緊迫した状況にいるせいかフリンの声色がいつもより強く厳しいように思える。少なくともルイズには

 

「わ、わかったわよ、そう強く言わなくてもいいじゃない……じゃあ、私も魔法で援護を「ミス・ロングビルに当てずにゴーレムを再起不能にしたうえ、彼女を救出できるならそれでいいだろうな」うっ……で、でも!」

 

 二人がそうしている間にも、タバサとキュルケは沼から抜け出し、少しでもゴーレムの術者を消費させる為にはたまた、ゴーレムを打ち崩しロングビルを救出するためにそれぞれ土の巨体へと攻撃し始める。

 

「……」「ファイアーボール!」

 

 自分の身長より大きな杖を振り、呪文を唱え、巨大な竜巻を作りだし、ゴーレムへぶつける。しかし、ゴーレムはびくともしない。続くキュルケも胸にさした杖を引き抜き、呪文を唱える。杖からは炎球が勢いよく放たれ、ゴーレムを火炎に包む。けれども、炎に包まれようが、ゴーレムは止まらない。

 

 ――このままではどうしようもなくなるだろう。ゴーレムがロングビル…いや、フーケを連れて身をくらますか。魔力が切れてフーケの正体がばれるかだ。

 

 ――前者ならば俺がいながらわざと見逃すのは不味いだろう。また、タバサもまだ余力を残しているようにも見えるし、おそらく捕捉することは容易いだろう。

 

 ――後者はいくらゴーレムが燃費が良いとしても他はともかく、先に自分がばてることはまず無いだろう。

 

 ――これは、彼女が姿を隠さず強硬策に踏みきった時点である程度詰んでいた。あくまで主観的に考えているのでそう分析できたに過ぎないのであって彼女には彼女の勝算はあったのあろう。もしくは他に打開策を持っているのだろうが彼女の目的が達成されないままそのカードを切るとは到底思えない。少なくとも彼女が捜索隊の戦力を見誤っている限りは……

 

 未だにロングビルを右手にゴーレムが片腕であっても勢いが衰えることなく彼女達に猛威を振るう。いくら攻撃されようと瞬時に再生し、反撃を試みる。

 

 対して、彼女たちもそれを避けながら、負けじと呪文を唱え、魔法を繰り出す。いつの間にかルイズも狙いが不正確ながらも爆発を繰り返し発動させている……運がいいのか、そう立ち回っているのかロングビルには当たっていないが相当な衝撃が彼女を襲っているだろう。

 

 フリンも胴体や足をデルフリンガーや下級魔法で砕き、燃やし、凍らせたりしているもののその実は身を入れて攻撃はしていない。彼の計画は作戦開始前と後とで状況がかなり変わってしまっている。

 

 しかし、状況が変わってしまったことによって彼は切れる手札をてにした。既にフリンはそのカードをいかにして切るかを戦闘を行いながら考えていた。つまり、どうやってこの乱戦をおさめた上でそのカードを気付かれることなく切る場を作れるか……と

 

「まだやるのぉ?」「いい加減崩れなさいよ!」「……しぶとい」

 

 ルイズたちの顔に疲労が濃く表れ始めている。ゴーレムの中の彼女の顔にも苦悶の表情が浮かんでいる。

 

 ――必要なのは完全な奇襲と迅速な無力化――

 

「もう無理よぉ…」「まだまだ、やれるんだから!!」「……退却」

 

 遂にルイズたちの体力が尽き始めたようだ。体を走らせ、呪文を唱えることこそ続いているが、口からは弱音や弱った自分を鼓舞する声、状況を見て撤退を促す声が漏れ始める

 

「頃合いか」

 

 魔法と暴力が荒れ狂う中、ポツリと呟く。

 

「もう駄目!」「もう、何でなのよ!!」「……撤退」

 

 彼女たちの限界がすぐそこにまで迫ったその時、悪魔が囁く

 

 ――ドルミナー――

 

 フリン達が戦闘していた広場の空から銀色の砂が撒かれ、先頭の余波によって生まれた風によって銀の砂がその場にいる女性全てを包み、すぐさま夢の世界へと誘う。その誘惑に耐えられたものは一人もおらず、誰もがその場に伏してしまった。また、術者であるミス・ロングビルこと『土くれのフーケ』も例に漏れず眠ってしまってせいかその支配下から解かれたゴーレムも崩れ始め、その手から滑り落ちる。無防備な彼女は地面へと落ちる前にフリンの腕の中へと落ちていった

 

「ホーホー、やけに苦戦していたじゃないかフリン。その気になればお前ならいくらでやりようがあったものを。どうしてあんな面倒なことをしたんだ。お前らしくもない」

 

「……当初の計画と事情が大きくずれてしまってな。まぁ、その甲斐あっていろんなことが聞けそうだ」

 

「ホーホー、尋問と脅迫かい?」

 

「人聞きの悪いこと言うな。情報収集と交渉と言え。それにしても相変わらずの手際だな――ザントマン」

 

 暗い闇の中から現れたのは黄色い三日月型の頭部に青い服とナイトキャップを被った異形だった。その背には大きな袋、その手には目玉を握られており、それを時たま親指で弾いている。

 

「ホーホー、眠らせるのはお手の物さ。寝ていなければ目玉を抉ってでも快適な暗闇へ招待するさ」

 

 ザントマンと呼ばれた異形は気分がいいようで陽気に喋る

 

「話が通じる癖に言うことが穏やかじゃないところも直って無いようだな」

 

「ホーホー、そう褒めるな。仕事はまだ残ってるのか?フリン」

 

「あぁ、引き続き護衛をしといてくれ。――さて、準備に勤しもうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、少女たちを荒れ果てた広場から離れたところに寝かし、起きないようにザントマンを護衛兼目付け役として残しておく。また、ロングビル女史もとい『土くれのフーケ』を少女たちから広場を挟んだ方向へと連れて行き手ごろな木の根元に座らせ縛りつけた。その他諸々の雑事を済ませた頃にはとっぷりと日が暮れていた。

 

「……起きろ」

 

 ぺちぺちと眠っているフーケの頬をたたく……起きない

 

「起きろ」

 

 さっきよりも少々強めに眠っているフーケの頬をたたく……またもや起きない

 

「起きるんだ」

 

 さっきよりもまたまた強めに眠っているフーケの頬をたたく……まだ起きない。叩いた程度では起きそうもないのでフリンは魔法で解復させることを試みた。

 

「パトラ」

 

「……ん、わたしは?」

 

「目が覚めたか?『土くれのフーケ』」

 

 その一言でフーケの脳は一瞬で覚醒し、状況を把握する……がなぜ眠っていたのか、なぜ正体がばれたのかはわからないでいた。だが目の前の男には正体が看破されていることを察し、また、誤魔化しなどできないことも理解できた。

 

 そう、ただ理解できたのは自分が正体を看破された上に捕えられたこと、目の前の男から逃げることはできないということだけだった。

 

「で、私をどうしようってんだい?見たところ、こういうことには真っ先に駆けつけそうな嬢ちゃんたちがいないじゃないか」

 

「む、妙に聞き分けがいいな。もっとあがくと思っていたが……彼女たちはお前がそうだったようにぐっすり眠っている」

 

「なるほどね、私の誤算はあんたが捜索隊に加わったこと、あんたの力を見誤ってた事だっってわけだ。何が攻撃と回復の魔法しか使えないだ」

 

 気に縛り付けられたフーケは諦めた表情をしてフリンの顔を見上げる

 

「お前には聞きたいことがたくさんある」

 

「へぇ、あんたが私に聞きたいことか、珍しいこともあるんだね。こんな盗賊に聞くことなんてあるとは思わなかったよ。それとも、『土くれのフーケ』ではなく『ロングビル』にかい?まぁ、いいさ。どうせ逃げられそうにないしね」

 

「……念には念を入れさせてもらおうか――シバブー――」

緊縛の呪文が唱えられるとフーケの身体が痺れるような、縛られるような感覚に陥る。力が入らず、元々なかった抵抗する気力すら奪われていくようだ。

 

「逃げられないということはわかっているだろうが保険を掛けさせてもらった。俺の質問に真摯に答えれば、これ以上傷付けないし、意向に沿うような答えが聞けたら解放してやってもいい。」

 

「ただ、一歩でも間違えれば俺が処刑台に送ってやる。よく考えて答えることだ」

 

 

「これから交渉を始める」

 

 

 

「賭けるのはお前の命と解放」

 

 

 

 

「まぁ、夜は長い」

 

 

 

 

 

「時間も十分にある」

 

 

 

 

 

「まぁ、なんだ、ゆっくりと悪魔流のネゴシエーションへと洒落込もうじゃないか」

 

 こうして『土くれのフーケ』にとって人生で最も長い夜が始まる

 


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