おかげで週1ペースで頑張ろうと思ったのに早速ペースが乱れてしまった
フリンは夜明けと同時に目を覚ます。ルイズはまだ静かに寝息を立てている。
フリンは立ち上がると自分とルイズの洗濯物をまとめ、ルイズを起こさない様注意しながら部屋を出た。
しばらくして、昨日も訪れた水場に着く。まずは顔を洗い、その後、濡らしたタオルで体を拭く。そうして目を覚ましたあと、自分の分の洗濯物を洗い始める。昨日はまともに洗濯できなかったことに加え、呼び出される直前まで洗濯もせずにクエストに従事していた為、かなりの量の洗濯物が溜まっていた。
それらを洗っているうちに、メイドの少女シエスタが腕いっぱいに洗濯物を抱えてやって来る。
「おはようございます、フリンさん」
「おはよう、シエスタ」
軽く挨拶して、シエスタにルイズの洗濯物を渡しながら言う。
「すまないが、今日も頼む。」
「いえ、これが仕事ですからお気になさらずに。それにしても、一人分にしてはすごい量の洗濯物ですね」
フリンの積み上げられている洗濯物を見て言う。
「……こっちに呼び出される直前まで、色々と忙しくて、溜まってたんだ。それに昨日も洗濯してなかったからな」
「お手伝いしましょうか?」
「いや、いい。自分の分ぐらい自分でやるさ。慣れていないわけでもないからな。それより、そっちのほうが大変そうじゃないか、そういうことをいうのは、まずは自分の分の仕事を片付けてからだな」
「……それもそうですね。フリンさんの言う通り、自分の仕事に取り掛かりますか」
そう言うと、シエスタは洗濯物を洗い始める。それを見て、フリンも自分の洗濯の続きに取り掛かった。
「ふぅ、やっと終わったか……」
自分の洗濯物をすべて干し終えた、フリンは一息つき、シエスタの方を見やる。かなりの量があったのにも関わらず、シエスタの方も、ちょうど自分の分の仕事を終えたようだ。
「……お疲れ様、あれだけの量があったのに、もう終わらせてしまうとは流石だな」
物干し竿にかかっている洗濯物を見ながら言う。
「いえ、それが仕事ですから、フリンさんの方が速かったら、私は自信を無くしてしまいます」
「……それもそうだな」
「そういえば、今日の朝食はどうされますか?」
「君の厚意に甘させてもらうことになるが、そちらでご馳走になることにしたよ」
「ミス・ヴァリエールはなんと?」
「自分が許可すれば一緒に食堂で食べられると言っていたが、こちらの方が気を張らなくても良さそうだから断った」
「そうですか。では厨房まで案内しますね」
フリンが運れていかれたのは、食堂の裏にある厨房だった。大きな鍋や、オーブンがいくつも並んでいる。コックや、シエスタのようなメイドたちが忙しげに料理を作っている。
「ちょっと待っててくださいね」
フリンを厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥に消えた。そして、お皿を抱えて戻ってきた。皿の中には、温かいシチューが入っていた。
「貴族の方々にお出しする料理の余りモノで作ったシチューです。よかったら食べてください。おかわりもありますから、ごゆっくり」
「ありがとう。……いただきます。」
湯気とともに美味しそうな匂いを放つシチューに向けてスプーンを伸ばす。スプーン一杯のシチューを口元にまで持っていって2、3回息を吹きかけて軽く冷ましてから口の中に運ぶ。
「……うまい。これで賄いか、信じられないな」
がっつかない様、気をつけながら夢中になってシチューを食べる。食べ終わると、シエスタが食器を下げに来た。
「ご馳走様、賄いとは思えないほど美味しかったよ」
「ふふ、お口に合って何よりです。今の言葉、料理長に伝えておきますね。きっと大喜びしますよ」
「……それは少し恥ずかしいな。……こんな美味しいものをご馳走になったんだ、お返しに何か手伝えることはあるかな」
「……そうですねぇ、でしたらお皿や、鍋などの洗い物をしていただけますか?」
「わかった、では早速手伝ってくる。」
「あっ、お昼はどうされます?こちらで食べられますか?」
「正直言うと、そちらさえよければ、ご馳走になりたい。が……いいのか?」
「ええ、構いませんよ。よかったら、これからも厨房にいらしてください」
「ありがとう。君には世話になりっぱなしだな…。また今度これとは別にお礼をさせてくれ」
そう言うと、フリンは皿洗いをするため、洗い場に向かう。
◇
皿洗いを終えると、ルイズと共に授業を受ける為教室に向かった。教室に入ると昨夜の話を三人がしてくれていたようで昨日よりかは多少疑惑の目が減っている。……気がした。しかし、まだ信じられないのかルイズに心無い言葉を浴びせる生徒が相変わらずいる。それにルイズはいちいち反応して言い返すがキリがない。
「……おはよう。昨日のことを話してくれたようだが、少しは信じてくれる者はいるのか?」
ルイズから離れ、キュルケのところまで行き声をかける。
「あら、おはようダーリン。」
「……どうなんだ?」
ダーリンという言葉をスルーしてもう一度尋ねる
「もう、つれないわね……うーん、今のところ、ほとんどいないわね」
「? どうして、また。俺やルイズが言うより信じてもらえそうなんだが」
「まぁ、そうなんだけどね……。」
「まぁ、それより、今日も、ルイズは手当たり次第に食ってかかってるのか。今にも殴りかかっていきそうだ。止めてやってくれないか……友人なんだろう?」
「まあ、友人かどうかはともかく、私じゃもっと激しく噛み付いてくるけどいいの?」
「……いや、いい」
ルイズはこの不毛な言い合いに疲れたのか、キュルケに矛先を向ける。
「ちょっと、キュルケ!本当に昨日のことみんなに説明したの?昨日と状況が全然変わってないじゃない!」
「そんなの知らないわよ!タバサは元々多く話す子じゃないし、私が話してもまともに聞いてくれる方が少ないし、マリコルヌは…彼に脅されているとでも思われてるのかしら?傍から見ても恐れているように見えるし…。それに彼の話を私たちが皆の立場から聞いても眉唾物としか思えないわよ。ルイズ、あなたもそう思わない?」
やれやれといった風にキュルケが言う。
「うっ…、ああもう役に立たないわね!こうなったら、フリン、あなたの魔法をみんなに見せてやりなさい!」
「……いや、もう収まるまで待とう。確かに見せた方が速いが、マリコルヌといったか…彼のようにショックを受けたりする子も出てくるだろう。それはあまり好ましくない」
「なんでよ」
少しふてくされたような顔でルイズが聞いてくる。
昨日の夜、動揺するマリコルヌやコルベールの様子や話を聞いて思ったことを口にする。
「自慢するようで嫌だが…威力だけなら、俺の魔法は彼らの魔法より数段に強く、しかも複数の属性を扱える。平民だと思われて、見下されている俺がだ。」
「だからそれを見返すために証明するんでしょ」
「それもそうだが、昨日のマリコルヌを見て考えを改めた。出来るだけ、三人の話を信じてくれるのを待ったほうがいい」
「だからどうして」
「……基本的にここにいる子は魔法に関してはプライドが高い。当然だな。それは貴族としての、メイジとしてのアイデンティティなんだから。彼らに俺が魔法を見せることで、それが折れるかも知れない。もし何人かのプライドが折られた時、何が起きるかわからない。けど自信や向上心が無くなったり、俺に対して恐怖やよからぬ考えを持ったりすることは十分考えられる。俺は気にならないが、彼らに授業を行っている学院側としてはそれを望まないだろう。俺はこの学院に置かせてもらっている身だ、あんまり学園に迷惑をかけたくない」
「……わかったわ。確かに見下している存在が実は自分より上だと見せ付けられるのは気分がいいものじゃないものね。」
納得はしてくれたようだが、まだ悔しいのか、ルイズは煽ってくる生徒を睨みつけている。
「理解してくれたようで何よりだ。……そろそろ授業が始まる。席についておいたほうがいい」
そう言うと同時にコルベールが教室に入ってきて、まだ立っている生徒たちに座るよう促してから今日の授業を始める……
◇
午前の授業が終わり、フリンはルイズに昼食もご馳走になることを告げると厨房の方へ向かった。
「こんにちは、フリンさん」
食事の用意をしているシエスタが厨房に入ってきたフリンに気がついて声をかける。
「すまないが、また世話になる」
「ふふ、別に気にすることありませんのに。すぐご用意しますね。」
「いや、忙しいのなら終わったあとでもいいのだが……」
「でしたら、この料理を先に出してきますね。これを出したらデザートを配るまで少々時間がありますから。」
そう言うやいなや、料理を乗せた盆を持ったシエスタは食堂の方へ消える。それと入れ替わりにコックだと思われる男性がこちらに近づいてくる。
「よう、使い魔の兄ちゃん。朝は、賄いをうまいと言ってくれたらしいじゃねぇか。しかも、礼だと言って皿まで洗ってくれて助かったよ。朝は声をかけられなくてすまなかったな」
「……えっと、あなたは」
「あぁ、悪い。俺はここで料理長をしているマルトーってんだよろしくな」
「初めまして、俺はフリンといいます。賄いごちそうさまでした。とても美味しかったです。」
「ありがとうよ、フリン。……そういえば、お前、貴族と一緒に食堂で料理を食べることができたそうだが、なぜこっちに来た?あっちなら俺たちが腕によりをかけて作った料理を食べられたはずだが……」
マルトーは気安い雰囲気から一転、鋭い目でこちらを見据えて言ってきた。
「いえ、シエスタに誘われたというのが一つと、貴族の食卓というのに慣れてなくて、気が張ってしまい、疲れてしまいそうだったのでこちらに来ました。元々、私も庶民階級の出で、こちらで言う貴族階級になった後もそのような食事などしてませんでしたので、こちらの方が性にあっていますね」
「……そうかい、あんたのこと気に入ったよ!これからは飯のことだけではなく、困ったことがあったらなんでも言ってくれ。……おっとこんな時間か、そろそろ、デザートの仕上げをしなくちゃな。フリン、ゆっくりして行ってくれ」
ガハハと豪快に笑いながらマルトーは厨房の奥へ消えていった。
「フリンさん、マルトーさんと何話していたんですか?とても楽しそうでしたけど」
後ろを振り向くといつの間にか戻ってきていたのか、空の盆を持ったシエスタが立っていた。
「……シエスタが伝えてくれた、俺の言葉に対して礼を言いに来てくれたんだ。それで、少し話したら気に入られたらしくて」
「なるほど、言った通り喜んでくれていたでしょう。」
「あぁ、とてもいい人そうで良かったよ。」
「マルトーさんはとってもいい人ですよ。あっ、ご飯まだでしたね。すぐご用意しますね。」
そう言うとシエスタは盆をおいてすぐに昼食を持ってきてくれた。
「……ありがとう。今度は何を手伝おうか?」
焼きたてのパンに手を伸ばしながらシエスタに尋ねる。
「うーん、お皿も洗っていただきたいのですが、お昼は給仕の手伝いをしていただけますか?給仕といってもデザートの乗ったお盆を持って私についてくるだけですので」
「……申し出た身でなんだが、それくらいなら一人で出来るのでは?」
「いえ、片方の手でお盆を持ってもう片方の手でデザートを配ることになるので一度にたくさんのデザートを配れないんですよ。だから厨房と食堂を何度も往復しなければいけないし……」
「いや、わかった、ありがとう。確かにそれなら、手伝ったほうがいいな」
昼食を終えたあとフリンはデザートの乗った盆を持って食堂へ向かうシエスタの後ろに付いていく。
◇
大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並んでいる。フリンがそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまみ、一つずつ食事中の少年少女に配っていく。そうしているうちに向かいのテーブルで金色の巻き髪の気障な少年が周りの友人に、冷やかしを受けているのが見える。
「なあギーシュ、お前今誰とつき合ってるんだ?」
「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいない。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
聞き耳を立てていなくとも、色々と話は聴こえてくるものだ。頭に春が来ている少年はギーシュという名だとか。どうやら不特定多数の女性と関係を持っているだとか。確かに顔立ちは整っていて、ギザな言い回しも妙にあってる。しかし、その言動は男女問わず敵を多く作りそうだな。とデザート配りを手伝いながらそんなことを思っているとギーシュのポケットからガラスの壜が落ちるのが見えた。中に紫色の液体が揺れている。床は絨毯が敷かれているためか、落ちた音は小さく、会話を楽しんでいるギーシュには聞こえていないようだった。
「シエスタ、すまないが少々待っていてくれ。」
「どうしたんですか?」
「あの少年が落し物に気がついてないようだから、渡してくる。ものが壜のようだから誰かが踏みつけて割れたり、転んだりしても大変だからな」
「わかりました。じゃあ、トレイは持っておきますね。」
「すまないが、頼む」
フリンはシエスタにトレイを持ってもらうと、しゃがんで小壜を拾い、それをテーブルの上に置いた。
「落とし物だ」
ギーシュは苦々しげに、フリンを見つめると、その小壜を押しやった。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
「落ちるところを直接見たから間違いないはずだが……」
その小壜の出所に気づいたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎ始めた。
「おお?その香水は、もしや、モンモランシーの香氷じゃないのか?」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモランシーとつきあっている。そうだな?」
「違う。いいかい、彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュが何か言いかけたとき、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって、コツコツと歩いてきた。
栗色の髪をした、可愛い少女だった。彼女の目からは大粒の涙がこぼれている。着ているマントの色からすると、一年生だろうか。
「ギーシュさま……」
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、君だけ……」
しかし、ケティと呼ばれた少女は、思いっきりギーシュの頬をひっぱたくと
「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」
そう言うとケティは食堂から飛び出してしまった。
すると、このやり取りを聞いていたのか、遠くの席から一人の見事な巻き髪の女の子が立ち上がった。
彼女がモンモラシーというのだろう。ツカツカツカと足音を立てながらギーシュの席までやってきた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただいっしょに、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
ギーシュは、首を振りながら言った。冷静な態度を装っていたが、冷や汗が一滴、額を伝っていた。
「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね」
「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りでゆがませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」
この期に及んでまだそんな台詞を言えるのかと、ギーシュの傍らで一部始終を見ているフリンは感心する。
モンモランシーは、ギーシュのギザな台詞に答える代わりにテーブルに置かれたワインの壜を掴み、中身をギーシュにぶちまけるという大胆な返事をすると、「うそつき!」と怒鳴ってそしてケティ同様に去っていった。
モンモラシーの足音が食堂から消えたあと食堂全体が静寂に包まれる。
ギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと顔を拭いた。そして、首を振りながら芝居がかった仕草で言った。
「いやあ、参ったね。あのレディ達は薔薇の存在の意味を理解していないようだ!」
まるで自分に非は無いといわんばかりの態度。そうやって彼が食堂全体に弁を立てている姿をフリンは呆気にとられて見ていた。すると、自論を披露していた彼はいきなりこちらを向くとを睨みつけて言ってきた。
「君の軽率な発言のせいで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだ?」
「……確かにきっかけは俺の発言だが、下地を作っていたのは君だろう。遅かれ早かれそうなったはずだろう」
フリンがそう言うと周りに居た生徒が便乗してギーシュを煽り始める。
「その通りギーシュが悪い」、「二股なんかするからだ」、「ざまあみろ」などなど好き勝手言っている。
何とか話題をそらそうとしたギーシュはフリンを見てはっと思い出したように言う。
「そういえば君は、あのゼロのルイズが呼び出した平民だったな。ルイズは君が騎士だといったが、もし君が騎士だとしたのなら貴族らしく機転を効かせるくらい出来ただろう。それもできなかったというのは君が平民の生まれだと証明するに値する。違うかね」
「……確かに俺はここでいう平民の生まれだ。実際に十八までは農業をしていた。しかし、君の言う騎士に偶然か必然か選ばれてしまったからな……。それに、騎士になったあとも、こんな華やかな世界とは無縁だったのでね、そんなものは持ち合わせていない」
実際にサムライ業は悪魔を相手にするという貴族というより警察、軍隊に近い性質からか、ラグジュアリーズだからといって華やかな生活を遅れるわけではない。それはお頭でさえも例外ではなかった。それに、もしそんな生活ができていたのならナバールはあそこまで心を病まなかっただろう。
「ふん、見苦しくも言い訳か、知らないと言うなら貴族としての礼儀を教えてくれる。」
「いや、結構だ」
「そう言うな、僕に恥をかかせてくれたんだ。是非、君に礼をさせて欲しい」
「いまさらだが、見逃してくれるというのは?あんまり争いごとは好きじゃないんだ」
「言い訳の次は命乞いか?ますます、貴族というものを君に教授してあげたくなるよ」
のらりくらりとかわすフリンにギーシュはしつこく食らいつく
「……わかった。こちらにも非がなかったといえば嘘になる。そちらの要求を飲もう。」
フリンがいくら話し合っても無駄だと思い折れると、ギーシュが威勢よく言う。
「ならば決闘だ!……しかし、貴族の食卓を平民の血で汚す訳にはいかないな。ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら、そこに来たまえ。武器があるなら身につけてから来い」
「……もし行かなかったら?」
「君の名誉だけではなく、君について話をしてくれる者、さらに君のご主人様であるゼロのルイズの名誉も傷つくだろうね」
「そうか……」
決闘という言葉を聞いて、周りの生徒達は面白そうだと盛り上がっている。
「では先に行っている。あまり待たせるなよ」
――俺だけの問題だけで済まないのならおとなしく従うか……フリンはもう決闘を避けることを諦めて、後ろにいるシエスタの方を向く。
「シエスタ、ヴェストリの広場というのは……」
「こ、殺されちゃう」
振り返ってみると、シエスタは顔面蒼白になって震えていた。
その瞳は、恐怖に染まっていた。
「き、貴族を怒らせたら、私達平民なんて……。」
「……大丈夫だ。俺は殺されない」
シエスタを安心させるように話しかけていると、後ろから騒ぎを聞いていたのかルイズが駆け寄ってくる
「フリン! 何してるのよ!」
「……悪い、ルイズ。決闘を受けることになってしまった」
「……一部始終を見てたから事情はわかってるけど……どうするの?戦うの?魔法を使うの?……あなたが負けるとは思わないけど」
「なんとか適当にあしらって、許してもらうよ」
「……魔法を使えば、見返せるじゃない」
「魔法はできるだけ使わない。理由は今朝言ったとおりだ。それよりもギーシュの実力が知りたい。あいつはドットか?ラインか?ルイズと同学年だからトライアングル以上とは考えづらいが……」
「あいつはただのドットよ。確か土のメイジだから、ゴーレムとかが得意だったはず。……あと勘違いしてるようだけど、同学年にも何人かトライアングルはいるし、一人だけだけどスクエアもいるわよ」
――認めたくないけどね……と、ルイズは苦虫をかみつぶしたような顔で忌々しげに言う
「……そうなのか?それは気づかなかった。ありがとう、……じゃあ行ってくる」
「……待ちなさい、私も行くわ。あなた、ヴェストリの広場の場所わからないでしょ」
「そうだった、では案内を頼む。あと、剣を取りに行きたいから1度部屋まで戻りたい。」
「……あいつのこと切るの?」
剣と聞いて、ルイズが恐る恐る聞いてくる
「流石に切るつもりはないが、こっちの魔法使いとやるのは初めてだからな。念のためだ」
「そう、それを聞いて安心したわ」
◇
剣を持って、ヴェストリの広場にやって来ると、そこには決闘を見ようとする野次馬で溢れかえっていた。その中心に薔薇のような形状の杖を手にしたギーシュが立っていた。
「諸君!決闘だ!」
ギーシュが手に持った薔薇の造花を掲げて叫び、歓声が巻き起こる。
「ギーシユが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」
「とりあえず、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか。」
フリンとギーシュは、広場の真ん中に立ち、ギーシュはフリンの顔を見据えて言う。
「今からでも遅くない、こんなことやめにしないか」
「皆の前で行ってしまった手前、もう引き下がることは出来ないさ。大人しく観念したまえ」
――仕方ない、もうやるしかないか……
「……何をもって、勝利とする?」
「やっとやる気になったかい。そうだな……どちらかが戦闘不能状態に陥ること。また、明らかに負けが決まったと思える状況下でなら降参も認めるというのはどうだい?」
「ない」
「では、始めようじゃないか!」
ギーシュが周りを盛り上げるよう言い、薔薇の花を振る。花びらが一枚、宙に舞ったかと思うと……甲冑を着た女戦士の形をした青銅人形が現れる。その数八体。
「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。……君は平民とはいえ鍛えてるようだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』が全力でお相手する」
「……平民相手に手加減はしてくれないのか?」
「これは決闘だからね。そういうわけにも行かないさ。そんなことすれば、逆に相手への侮辱になる。覚えておきたまえ」
そう言うとギーシュはバラの杖を振る。その動きに合わせてワルキューレが突進してくる。
――動きは単純、直線的だ。しかし、中身が詰まっているのか、空洞なのかよくわからないな。まぁ、あれだけの数を出すのだから中身は空洞だろうが……
まず、槍を構えて突進してくる人形をいなし、前のめりになるよう勢いに任せて倒す。そうすると、グシャと音を立てて、人形の体がひしゃげる。いとも簡単に一体目のゴーレムが壊されるのを見て動揺する。
「くっ、しかしまだ一体倒しただけだ。僕のワルキューレはまだ残っている!」
ギーシュの号令に合わせて七体のワルキューレは四方八方から襲いかかって来る
――やはり中身は空洞か……作戦も無しにまとめて突っ込ませてくる。しかしいくら動きが単純だからといって数では不利なのは変わりない。周りを囲まれると少々面倒だな。なら……
フリンは腰に下げた剣の柄に手をかける
「――奥義一閃――」
キィンと澄んだ高い音がヴェストリの広場に響く。そして少しの間を置いた後、ボトリと七つの首が落ち、それらに続くように首のない人形が地面に倒れこむ。八つの青銅の残骸の中心には抜き身の剣を持ったフリンの姿があった。
「え?」
ギーシュが間の抜けたような声を出す。瞬きをしてる間に自慢のワルキューレの首と胴体が別れ、地に伏したのだから、急な状況の変化に何が起きたかわからず、戸惑っているようだ。そうやってギーシュがほうけている間にフリンは彼に向けて歩を進める。ギーシュとフリンの間にあった距離はおよそ15歩程度。その気になれば一瞬で詰めることも出来る距離だ。しかし、フリンはゆっくりと足を進める。ギーシュは、ハッとして我に返ると
「立つんだ!!行け!!」
必死に倒れたワルキューレに何度も命令を下すが……もう魔法の効力が切れているのか青銅の人形はピクリとも動かない。そうしている間にギーシュの目の前までフリンが近づいていた。
「……どうする」
フリンは静かに問う
「……この決闘、僕の負けだ。……認めます、あなたは平民などではなく騎士であると。今までの数々の非礼についてお詫びさせていただきたい。許していただけるとは思いません。しかし、贖罪として、あなたの言うことを私の出来る範囲であれば、それに従います」
そう言うとギーシュは跪き深く頭を下げる。それを見てフリンは
「頭を上げて立て。そして……歯を食いしばれ」
「はい!」
「――てっけんせいさい――」
ギーシュの頭にフリンの拳が振り落とされる。ゴンと鈍い音が響きギーシュはふらつきながらも倒れることなくそれに耐えた。
「……これでチャラだ。俺はこの一発で君を許した。もう気にすることはない。けれど、あの二人の女の子にもしっかり謝ったほうがいい。流石にあれは君に非がある。ちゃんと殴られることを覚悟して行きなさい」
「……ありがとうございます。すぐに行ってきます。」
そう言うとギーシュはヴェストリの広場を後にした。決闘の決着を見届けた観客たちは騒ぎ出す。
「おい、プライドが高く間違いを頑なに認めないあのギーシュが頭を下げ、自らの非を認めたぞ」「お前、あのゴーレムがどうやってやられたかわかったか?」「いや分からなかった。剣を抜いていたからそれで切ったのだろうと考えられるが……目に映らないほど速いなどありえない。しかも距離も首の高さもバラバラだったのに同じ箇所が切られて、同じタイミングで首が落ちたんだぞ。魔法としか思えない」「……しかし彼よく見ると中性的な顔立ちでかなりカッコよくない?」「……私、彼に惚れてしまったかもしれない」
そんな喧騒など気にしないかのようにフリンはギーシュの後ろ姿を見送ったあと、ルイズの元へ歩いていく。
「終わったよ。魔法も使わずに済んだ」
「何言ってるの。魔法使ってたじゃない。ゴーレムの首を同時に刎ねた時」
「……あれはただ七体の首を同時に刎ねただけだ。魔法でも何でもない。単純に剣を抜いて切る。それだけだ」
涼しい顔をしてこともなげに言う
「……本気で言ってるの?」
「……ああ」
「信じられない。感心を通り越して頭が痛くなってきたわ」
その時、騒ぎを聞きつけた教師たちが広場に来て、生徒たちに自分の部屋に戻るよう促す。決闘は禁止しているだの、なぜ報告しなかったのだの威勢のいいことを言って生徒たちを無理やり広場から追い出している。……本当は教師たちも誰が止めるかで一悶着起こしていて、決闘が終わるまで、そんなことして教師間で争っていた。決闘が終わると、今度は我先にと後始末に乗り出していった。その後また、誰が学園長に報告するのかで揉めたのだが、当の学園長は、コルベール、ロングビルと共に学園長室から決闘の一部始終を覗いていた。もちろん教師たちのいざこざも含めて……