ユクモ農場――。
吊り橋を渡り終えたところに、2匹のオトモアイルーが並んで立っていた。一匹は黒猫アイルーのナナと、もう一匹は“若葉トラ”という毛並みのタイガだ。
「あれ? タイガじゃん!? 久し振り!!」ソラがタイガに駆け寄る。
「ヒドいニャ!! ボクを探しに来ないなんてニャ!!」
「ごめんごめん、忘れちゃってた……」
ソラはしゃがみこむと、タイガの頭を優しく撫でた。
「忘れてたのは仕方ないニャ……。って忘れてたってどういうコトなのニャ!?」タイガは毛を逆立てる。
「まぁ、どうでもいいじゃん!!」
「どうでもよくないニャ!!」
「ん? ……なんかタイガ臭いよ?」
「ニャ?」
「なんか臭うと思ったら……」レオンが顔を歪ませた。
「生ゴミの中に埋もれてたからね」ナナが言った。
「ホントにゴミになっちゃったんだね、タイガは」
「つ、つらいニャ……」
「ま、タイガのことは置いといて、特訓しなきゃ」
「ニャ? 特訓?」
「うん。これから武器の特訓をするの。タイガも手伝ってね」
「りょ、了解ニャ!!」
ユクモ農場に入って向かって右側にある、広く平坦になっているところまで移動すると、レオンとソラは抱えていた武器を降ろした。
「剣と盾、外しておけよ」
「うん。わかってる」
ソラは腰と腕に装備した剣と盾をそれぞれ外すと、地面に置かれた三つの武器を一つずつまじまじと見つめた。
「どれ使ってみようかな……」
「どれから使っても同じニャ!!」
「ま、まぁ、そうだけど……。じゃ、これにしようっと」
ソラはライトボウガンである【ユクモノ弩】を手に取った。
「……で、どうするのかな」
「ボウガンといえば、必需品は何だ?」レオンが訊いた。
「
「そう。まずは、弾込めからじゃないかな」
「そっか!! でも、弾丸なんてもらってないよ?」
「弾丸ならあるわ」
ナナはポーチから【Lv.1 通常弾】を取り出すと、ソラに手渡した。
「ナナちゃん、ありがとう!!」
「……そんな都合よく持ってるものなのか?」
「昨日、ベースキャンプに落ちてたのを拾ったのよ」
「へぇ、そうだったのか」
ソラに目を遣ると、彼女は弾込めに悪戦苦闘していた。
「こ、ここに弾丸を込めるので大丈夫なのかな」怯えるような口調で彼女は言った。
「ええ、そこよ」ナナが優しく言った。
「ナナ、教えられそうか?」
「ええ、ちょっとだけなら」
「じゃ、頼む」
ナナの指示を受けながら、ソラは慣れない手つきで弾薬をボウガンに込め始めた。レオンとタイガは立ったまま二人を見ていた。
「これで大丈夫ね」
「よしっ。……なんか撃ちたいな」
ソラはそう呟くと、チラリとタイガを見た。
「ニャッ!? なんでボクの方を見るのニャ!?」
「いや、なんとなく……?」
「的になれっていうのかニャ!?」
「そんなことはさすがに言わないけど。じゃ、的になるものを持ってきてよ」
「そういうことなら、了解ニャ」
タイガは畑の隣にある
「これなんかどうニャ!?」
「うん、いい感じ。じゃ、そこに置いてよ」
ソラに指示され、彼女の従順なオトモアイルーは緩やかな傾斜面の前に丸太を立てると、主人の元へ駆けた。
「じゃ、撃ってみるよ」
「おう」
ソラは右腕で抱え込むようにしてボウガンを支え、左手の指を引き金に添えると、
空気を裂くような銃声が6発響いた。遅れて、
ソラは状況が掴めず、尻餅をついてただ呆然としていた。タイガは頭を抱えて地面に伏せてガクガクと震えている。
畑を耕していた村の人たちも、彼らの方を見て目を丸くしていた。
「ソラ!! 大丈夫か!?」
レオンの声でソラはハッ、と我に返った。
「な、何が起こったの……?」
「暴発……じゃないよな。ナナ、これはどういうことだ?」
「……“速射”かしら?」
「そ、そくしゃ?」
「ライトボウガンの機能よ。そのライトボウガンの、速射に対応した弾薬を装填すると、数発を連続で撃ち出せることができるの。たぶん、今回のはそれね」
「弾丸って1発ずつしか撃てないものだと思ってたから、びっくりしちゃったよ」
「……ごめんなさい」
「ナナちゃんは悪くないよ。わたしは大丈夫だから、気にしないで?」
謝るナナを労ったあと、ソラは吐息をついた。
「もう弓しか残ってないね」
「ボウガンは諦めるのか?」レオンが言った。
「うん。なんか、扱える気がしないもん。だから、もう弓しかないと思って」
「……弓なら大丈夫そうか?」
「うん。……たぶんだけど、ね」
「弓なら……なんとか教えてあげられそうだな。ちょっとだけ訓練したことだってあるし」
「それを先に言ってくれたら、弓にしたのに……」ソラは眉を上げた。
「すまん。でも、ナナに教えてもらった方がいいかもな」
「ナナちゃんに?」
「レオンじゃ頼りないものね」ナナは口角を吊り上げた。
「……ナナの前の主人は、いろんな武器の扱いに
「それでも、見様見真似だから、ちょっと可笑しいところがあるかもしれないけど。それでもいいなら、あたしが教えるわ」
「うん、そうする!! さすがだね、ナナちゃんは。それに引き替え、タイガは……」
地面に伏せたままのタイガに、三人は視点を合わせた。
「そこの役立たず!! 起きろ!!」ソラが叫ぶ。
「ニャ……!? もう大丈夫かニャ?」タイガは、怖ず怖ずと身体を起こした。
「ホントに役立たずなんだから……」
「ニャ!? ボクだって役に立つときはあるニャ!!」
「じゃ、後で役に立ってもらうわ」ナナは、鋭い眼光をタイガに向けた。
「?」
「とりあえず、ソラ、矢筒を着けて弓を持って。特訓開始よ」
「うんっ」
ソラは元気よく返事をすると、地面に無造作に置かれた矢筒を手に取った。矢筒を腰に当てると、2本の紐を両脇から回して臍の前で結った。そして、弓に手を伸ばす。
「まず、左手で
折り畳まれた弓を開くと、ソラの背丈を超えるほどの大きな弓になった。
「おぉっ」彼女は思わず歓喜の声を上げた。
「そのまま、左腕を伸ばして。……そうね、足を開いて、身体は半身に構えた方がいいわ」
ソラは、ナナの言う通りにやってみせる。
「こんな感じ?」
「そうね、だいたいそんな感じね。じゃ、矢を
ソラは矢筒から1本の矢を引き出し、
「そして、そのまま矢を引き込んで……放って」
矢手を引き込もうとするが、思った以上に力が必要だった。
自分の感じる限界まで弦を引き絞ると、矢を離す。
放たれた矢は緩やかな放物線を描き、
ソラはふぅ、と息を吐いた。
「け、けっこう力が要るんだね」
「そうね、でも、力を付ければ大丈夫よ」
「う……うん」
「でも、初めてにしては上出来じゃないか」二人の様子を見守っていたレオンが言った。
「ソラにしてはいい感じだと思うニャ」
「ありがとう、レオン。タイガはもう一度、生ゴミに埋まる必要がありそうだね」
「ニャッ!? そんなの死んでもゴメンだニャ!! なんなら、ソラが埋まるといいニャ!!」
「なんだとーっ!?」
「――ソラ、こんな奴に構ってないで、特訓を続けましょ」
タイガに飛び掛かろうとするソラの袴を、ナナは引っ張った。
「あ……。うん、そうだね」
「このままナナに任せておいてもよさそうだな。オレは農場でも見て回るか」
「じゃ、ボクも付いていくニャ」
「ダメよ。後でタイガには役に立ってもらうから、大人しくそこにいなさい」
ナナは冷酷な眼差しでタイガを見下した。その瞬間、タイガは全身の毛が逆立つほどの
「役に立つ……ってどういうコトなのニャ?」
タイガがそう呟いたとき、ソラは2本目の矢を
「タイガ、ちょっと来なさい」
ソラとナナが弓の特訓を始めてから小一時間が過ぎた頃、タイガにお呼びが掛かった。
「ニャ……?」
タイガはナナが手招きをする方へ向かった。辺りには、さっきまでソラが放っていた無数の矢が散乱している。
「ここにいて、動かないで」
そう脅しをかけると、ナナはタイガの頭上に【
「……!? ま、まさか……!!」
「そう、そのまさかよ。ソラ、次は狙った場所に命中させる特訓よ」
「なるほど、タイガの頭の上にあるリンゴを狙うんだね!!」
「ご名答よ」
「ちょっ、ま、待つニャ!! や、やめるニャ!!」
「動かないで。避けたりしたらどうなるか……わかってるのよね」酷薄な声がタイガに刺さる。
「それから……さっき役に立てるって言ったわよね」
「そ、そうは言ったけどニャ……」
「大丈夫、タイガには当てないから」ソラは真剣な目つきでタイガを見つめた。
「そ、そういう問題じゃないニャ!!!! ボクの代わりにさっきの丸太を使えばいい話じゃないかニャ!!」
「……でも、こうでもして緊張感を高めないと、わたしの腕は上達しないと思うの。そのために、役立ってほしいのに……」
「で、でも――」
「……何? わたしが信じられないの?」ソラは眉を曇らせた。
「ニャ……?」
「わたしだってこんなことするのは嫌だよ? タイガには当てたくないし。……でも、タイガがわたしを信じてくれるのなら……わたしも自分を信じられる気がする」
「…………」
「だから……信じて、お願い」
「……そこまで言うなら、ボクはソラを信じるニャ」
「うん。ありがとう」
ソラは手際よく矢を手に取って番え、弦を引き絞った。
リンゴとの距離は約15メートル。五感を研ぎ澄まし、全神経を集中させる。
風が止んだ。その刹那、矢を離す。
風を切る矢。直後、鏃がリンゴを突き抜け、果汁を噴出しながら砕け散った。
「やった!!」ソラはガッツポーズをする。
「ニャ!!!! ソラ、すごいニャ!!」思わずタイガはソラのもとへ駆けた。
「よかったぁ……」
「……こ、怖かったニャ。でも、よかったニャ!!」
「……でも、1回だけじゃダメよ。まだ何回かしなきゃ」
「ニャッ!?」
タイガの顔から笑みと血の気が消え、