モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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第9話 鍛錬

 ユクモ農場――。

 吊り橋を渡り終えたところに、2匹のオトモアイルーが並んで立っていた。一匹は黒猫アイルーのナナと、もう一匹は“若葉トラ”という毛並みのタイガだ。

 

「あれ? タイガじゃん!? 久し振り!!」ソラがタイガに駆け寄る。

 

「ヒドいニャ!! ボクを探しに来ないなんてニャ!!」

 

「ごめんごめん、忘れちゃってた……」

 

 ソラはしゃがみこむと、タイガの頭を優しく撫でた。

 

「忘れてたのは仕方ないニャ……。って忘れてたってどういうコトなのニャ!?」タイガは毛を逆立てる。

 

「まぁ、どうでもいいじゃん!!」

 

「どうでもよくないニャ!!」

 

「ん? ……なんかタイガ臭いよ?」

 

「ニャ?」

 

「なんか臭うと思ったら……」レオンが顔を歪ませた。

 

「生ゴミの中に埋もれてたからね」ナナが言った。

 

「ホントにゴミになっちゃったんだね、タイガは」

 

「つ、つらいニャ……」

 

「ま、タイガのことは置いといて、特訓しなきゃ」

 

「ニャ? 特訓?」

 

「うん。これから武器の特訓をするの。タイガも手伝ってね」

 

「りょ、了解ニャ!!」

 

 ユクモ農場に入って向かって右側にある、広く平坦になっているところまで移動すると、レオンとソラは抱えていた武器を降ろした。

 

「剣と盾、外しておけよ」

 

「うん。わかってる」

 

 ソラは腰と腕に装備した剣と盾をそれぞれ外すと、地面に置かれた三つの武器を一つずつまじまじと見つめた。

 

「どれ使ってみようかな……」

 

「どれから使っても同じニャ!!」

 

「ま、まぁ、そうだけど……。じゃ、これにしようっと」

 

 ソラはライトボウガンである【ユクモノ弩】を手に取った。

 

「……で、どうするのかな」

 

「ボウガンといえば、必需品は何だ?」レオンが訊いた。

 

弾丸(たま)、だよね?」

 

「そう。まずは、弾込めからじゃないかな」

 

「そっか!! でも、弾丸なんてもらってないよ?」

 

「弾丸ならあるわ」

 

 ナナはポーチから【Lv.1 通常弾】を取り出すと、ソラに手渡した。

 

「ナナちゃん、ありがとう!!」

 

「……そんな都合よく持ってるものなのか?」

 

「昨日、ベースキャンプに落ちてたのを拾ったのよ」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

 ソラに目を遣ると、彼女は弾込めに悪戦苦闘していた。

 

「こ、ここに弾丸を込めるので大丈夫なのかな」怯えるような口調で彼女は言った。

 

「ええ、そこよ」ナナが優しく言った。

 

「ナナ、教えられそうか?」

 

「ええ、ちょっとだけなら」

 

「じゃ、頼む」

 

 ナナの指示を受けながら、ソラは慣れない手つきで弾薬をボウガンに込め始めた。レオンとタイガは立ったまま二人を見ていた。

 

「これで大丈夫ね」

 

「よしっ。……なんか撃ちたいな」

 

 ソラはそう呟くと、チラリとタイガを見た。

 

「ニャッ!? なんでボクの方を見るのニャ!?」

 

「いや、なんとなく……?」

 

「的になれっていうのかニャ!?」

 

「そんなことはさすがに言わないけど。じゃ、的になるものを持ってきてよ」

 

「そういうことなら、了解ニャ」

 

 タイガは畑の隣にある(まき)割り場まで走っていくと、長さが1メートルほどの丸太を持って帰ってきた。

 

「これなんかどうニャ!?」

 

「うん、いい感じ。じゃ、そこに置いてよ」

 

 ソラに指示され、彼女の従順なオトモアイルーは緩やかな傾斜面の前に丸太を立てると、主人の元へ駆けた。

 

「じゃ、撃ってみるよ」

 

「おう」

 

 ソラは右腕で抱え込むようにしてボウガンを支え、左手の指を引き金に添えると、照準器(スコープ)を覗き込んだ。丸太との距離は15メートルほど。丸太の中央部に照準を合わせ、一度深呼吸をしてから、恐る恐る引き金を引いた。

 

 空気を裂くような銃声が6発響いた。遅れて、空薬莢(からやっきょう)が地面に落ちた。丸太は倒れ、辺りには硝煙(しょうえん)が立ち込めている。

 ソラは状況が掴めず、尻餅をついてただ呆然としていた。タイガは頭を抱えて地面に伏せてガクガクと震えている。

 畑を耕していた村の人たちも、彼らの方を見て目を丸くしていた。

 

「ソラ!! 大丈夫か!?」

 

 レオンの声でソラはハッ、と我に返った。

 

「な、何が起こったの……?」

 

「暴発……じゃないよな。ナナ、これはどういうことだ?」

 

「……“速射”かしら?」

 

「そ、そくしゃ?」

 

「ライトボウガンの機能よ。そのライトボウガンの、速射に対応した弾薬を装填すると、数発を連続で撃ち出せることができるの。たぶん、今回のはそれね」

 

「弾丸って1発ずつしか撃てないものだと思ってたから、びっくりしちゃったよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「ナナちゃんは悪くないよ。わたしは大丈夫だから、気にしないで?」

 

 謝るナナを労ったあと、ソラは吐息をついた。

 

「もう弓しか残ってないね」

 

「ボウガンは諦めるのか?」レオンが言った。

 

「うん。なんか、扱える気がしないもん。だから、もう弓しかないと思って」

 

「……弓なら大丈夫そうか?」

 

「うん。……たぶんだけど、ね」

 

「弓なら……なんとか教えてあげられそうだな。ちょっとだけ訓練したことだってあるし」

 

「それを先に言ってくれたら、弓にしたのに……」ソラは眉を上げた。

 

「すまん。でも、ナナに教えてもらった方がいいかもな」

 

「ナナちゃんに?」

 

「レオンじゃ頼りないものね」ナナは口角を吊り上げた。

 

「……ナナの前の主人は、いろんな武器の扱いに()けてたからな。扱い方なんかは、ナナの方がよく知ってると思う」

 

「それでも、見様見真似だから、ちょっと可笑しいところがあるかもしれないけど。それでもいいなら、あたしが教えるわ」

 

「うん、そうする!! さすがだね、ナナちゃんは。それに引き替え、タイガは……」

 

 地面に伏せたままのタイガに、三人は視点を合わせた。

 

「そこの役立たず!! 起きろ!!」ソラが叫ぶ。

 

「ニャ……!? もう大丈夫かニャ?」タイガは、怖ず怖ずと身体を起こした。

 

「ホントに役立たずなんだから……」

 

「ニャ!? ボクだって役に立つときはあるニャ!!」

 

「じゃ、後で役に立ってもらうわ」ナナは、鋭い眼光をタイガに向けた。

 

「?」

 

「とりあえず、ソラ、矢筒を着けて弓を持って。特訓開始よ」

 

「うんっ」

 

 ソラは元気よく返事をすると、地面に無造作に置かれた矢筒を手に取った。矢筒を腰に当てると、2本の紐を両脇から回して臍の前で結った。そして、弓に手を伸ばす。

 

「まず、左手で(ゆづか)を持って、固定装置(ストッパー)を外すの。そうすれば、弓が開くわ」

 

 折り畳まれた弓を開くと、ソラの背丈を超えるほどの大きな弓になった。

 

「おぉっ」彼女は思わず歓喜の声を上げた。

 

「そのまま、左腕を伸ばして。……そうね、足を開いて、身体は半身に構えた方がいいわ」

 

 ソラは、ナナの言う通りにやってみせる。

 

「こんな感じ?」

 

「そうね、だいたいそんな感じね。じゃ、矢を(つが)えてみて」

 

 ソラは矢筒から1本の矢を引き出し、矢筈(やはず)を弦にあてた。

 

「そして、そのまま矢を引き込んで……放って」

 

 矢手を引き込もうとするが、思った以上に力が必要だった。

 自分の感じる限界まで弦を引き絞ると、矢を離す。

 放たれた矢は緩やかな放物線を描き、(やじり)が大地に突き刺さった。

 ソラはふぅ、と息を吐いた。

 

「け、けっこう力が要るんだね」

 

「そうね、でも、力を付ければ大丈夫よ」

 

「う……うん」

 

「でも、初めてにしては上出来じゃないか」二人の様子を見守っていたレオンが言った。

 

「ソラにしてはいい感じだと思うニャ」

 

「ありがとう、レオン。タイガはもう一度、生ゴミに埋まる必要がありそうだね」

 

「ニャッ!? そんなの死んでもゴメンだニャ!! なんなら、ソラが埋まるといいニャ!!」

 

「なんだとーっ!?」

 

「――ソラ、こんな奴に構ってないで、特訓を続けましょ」

 

 タイガに飛び掛かろうとするソラの袴を、ナナは引っ張った。

 

「あ……。うん、そうだね」

 

「このままナナに任せておいてもよさそうだな。オレは農場でも見て回るか」

 

「じゃ、ボクも付いていくニャ」

 

「ダメよ。後でタイガには役に立ってもらうから、大人しくそこにいなさい」

 

 ナナは冷酷な眼差しでタイガを見下した。その瞬間、タイガは全身の毛が逆立つほどの悪寒(おかん)を感じた。

 

「役に立つ……ってどういうコトなのニャ?」

 

 タイガがそう呟いたとき、ソラは2本目の矢を()ぎ、放った。

 

 

 

 

 

 

「タイガ、ちょっと来なさい」

 

 ソラとナナが弓の特訓を始めてから小一時間が過ぎた頃、タイガにお呼びが掛かった。

 

「ニャ……?」

 

 タイガはナナが手招きをする方へ向かった。辺りには、さっきまでソラが放っていた無数の矢が散乱している。

 

「ここにいて、動かないで」

 

 そう脅しをかけると、ナナはタイガの頭上に【氷樹(ひょうじゅ)リンゴ】を置いた。その瞬間、彼は全てを悟った。

 

「……!? ま、まさか……!!」

 

「そう、そのまさかよ。ソラ、次は狙った場所に命中させる特訓よ」

 

「なるほど、タイガの頭の上にあるリンゴを狙うんだね!!」

 

「ご名答よ」

 

「ちょっ、ま、待つニャ!! や、やめるニャ!!」

 

「動かないで。避けたりしたらどうなるか……わかってるのよね」酷薄な声がタイガに刺さる。

 

「それから……さっき役に立てるって言ったわよね」

 

「そ、そうは言ったけどニャ……」

 

「大丈夫、タイガには当てないから」ソラは真剣な目つきでタイガを見つめた。

 

「そ、そういう問題じゃないニャ!!!! ボクの代わりにさっきの丸太を使えばいい話じゃないかニャ!!」

 

「……でも、こうでもして緊張感を高めないと、わたしの腕は上達しないと思うの。そのために、役立ってほしいのに……」

 

「で、でも――」

 

「……何? わたしが信じられないの?」ソラは眉を曇らせた。

 

「ニャ……?」

 

「わたしだってこんなことするのは嫌だよ? タイガには当てたくないし。……でも、タイガがわたしを信じてくれるのなら……わたしも自分を信じられる気がする」

 

「…………」

 

「だから……信じて、お願い」

 

「……そこまで言うなら、ボクはソラを信じるニャ」

 

「うん。ありがとう」

 

 ソラは手際よく矢を手に取って番え、弦を引き絞った。

 

 リンゴとの距離は約15メートル。五感を研ぎ澄まし、全神経を集中させる。

 

 風が止んだ。その刹那、矢を離す。

 

 風を切る矢。直後、鏃がリンゴを突き抜け、果汁を噴出しながら砕け散った。

 

「やった!!」ソラはガッツポーズをする。

 

「ニャ!!!! ソラ、すごいニャ!!」思わずタイガはソラのもとへ駆けた。

 

「よかったぁ……」

 

「……こ、怖かったニャ。でも、よかったニャ!!」

 

「……でも、1回だけじゃダメよ。まだ何回かしなきゃ」

 

「ニャッ!?」

 

 タイガの顔から笑みと血の気が消え、(またた)く間に、絶望の淵に立たされたような表情へ変貌を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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