モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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第5話 お願い

 ユクモ村――。

 

「おかえりなさい。ご無事でしたのね……。本当に、良かったですわ……」

 

 村に辿りつくなり、村長が迎えてくれた。

 

「心配かけて、ごめんなさい……。あと、依頼もこなせなかった……」ソラはしょげた顔をしている。

 

「大丈夫ですのよ。あなたが無事なら。依頼された方には、後でわたくしが報告しておきます」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「それに、あなたも……本当にありがとう」

 

 村長はレオンの方を向くと、深々と頭を下げた。

 

「これ、少ないですけれど……」

 

 村長は懐から紙幣を数枚取り出し、レオンに差し出す。

 

「そ、そんな……。オレはそんなたいそうなこともしてないし、いいですよ」

 

「そんなこといわずに……」

 

「そうよ、レオン。村長が謝礼をしてくださっているのよ。受け取らない方が失礼だと思うわ」

 

 近くの岩に腰かけているナナが言った。

 

「う、うん。じゃ、遠慮なく……」そう言うとレオンは3000(ゼニー)を受け取った。

 

「あと、ソラが足首を痛めているようなので診療所に連れて行ってあげてください」

 

「わかりました」

 

 村長は近くにいた村人に声をかけると、ソラを診療所へ連れて行くように頼んだ。

 

「あの、渓流で大型モンスターを目撃したんですが……」

 

 ソラが診療所へ向かったあと、レオンは村長に小声で言った。

 

「大型モンスター……? どんなのかしら?」

 

「体毛が青い、熊のようなモンスターです」

 

「……あぁ、それは【アオアシラ】ですわね。その美しい青から、別名、“青熊獣(せいゆうじゅう)”とも呼ばれていますの」村長に、特に慌てた様子は見られない。

 

「そんなに驚かれない様子を見ると……その、アオアシラが現れるのは珍しいことではないんですね」

 

「えぇ……。アオアシラは付近ではよく見かけるモンスターですのよ」

 

「そうでしたか。……人を襲うことはあるんですか?」

 

「食料、特にハチミツを持っていたら襲われることが多いですわね。アオアシラはハチミツが大好物ですから」

 

「……そういえば、今回彼女が受けた依頼は……ロイヤルハニーというハチミツの納品、でしたよね」

 

「そうでしたわね。最近はアオアシラやほかのモンスターもほとんど出現しておりませんでしたし、比較的安全な依頼かと思われたのですが……」

 

「今回は運悪く、鉢合わせしてしまった……。そういうことですね」

 

「そういうことになりますわね。特に被害も無いようなら、討伐する必要はないと思います。そうそう、ギルドマネージャーには、今回のこととあなたのことを伝えておきますから、あなたがギルドに報告しに行く必要はありませんわ」

 

「わかりました、ありがとうございます。では、オレはゆっくり温泉でも浸かってくることにします」

 

 レオンがそう言うと、ナナは彼のもとへ駆け寄った。

 

「あなたのお荷物は温泉宿の方へ移動させていただきましたわ。宿へ行くには向こうにある道を通ってくださいね。温泉は、この石段の先にあるギルドの中にありますのよ」村長が座っていた腰掛の隣の長い階段を、彼女は指した。「では、ごゆっくり……」

 

 レオンは礼を言うと石段を上ろうとした。だが、足を止めた。

 

「いかがなされましたか?」

 

「いえ、ソラの調子が気になるので、診療所の方に行きたいな……と思って」

 

「あら……そうでしたの」村長は微笑んだ。

 

 レオンは村長から診療所の場所を聞くと、そこへ向かって歩き始めた。

 

「すぐにでも温泉に入るんじゃなかったの?」とナナが訊く。

 

「ま、いいじゃねぇか」レオンは口を濁したように言った。

 

「まったく……」ナナはやれやれといったように首を振った。

 

 

 

 診療所――。

 左足首に包帯をぐるぐる巻いたソラが、ベッドに腰掛けていた。

 

「あっ、レオンさん。どうしましたか?」

 

 レオンの姿を見るなりソラが手を振った。

 

「ちょっと心配で……。足はどう?」

 

「先生に診てもらったけど、ただの捻挫っぽいです。安静にしていれば大丈夫だ、って」

 

「そうか……ならよかった」

 

「わざわざ心配してくれて……ありがとうございます」

 

「そんなたいそうなことじゃないし。じゃ、オレは温泉に入ってくるよ」

 

 レオンがくるりと踵を返すと同時に、ソラが「あの……」と声をかけた。

 

「え?」レオンが振り返る。

 

「あ、あの、よ、良ければ……一緒に温泉……入りませんか?」

 

「――」レオンは目を丸くしていた。

 

「い、い、一緒に?」

 

「あ、この村の温泉は混浴ですから、別に変なことじゃないですけど……。嫌ですか?」

 

「いや、全然、嫌じゃ、ないよ」レオンの言葉は途切れ途切れだ。

 

「そうですか……よかった。いろいろお話もしたかったし……。じゃ、行きましょう!!」

 

 ソラはベッドから降りると、左足を庇うようにして歩き、診療所の出入り口へ向かった。

 

「ホラ、行くわよ。……レオン?」

 

 ナナがレオンを突っつく。

 

「……あっ」レオンはハッとしたように歩き始めた。

 

 ――動揺してるのね。おもしろい奴……。

 ぎこちなく歩くレオンを見ながら、ナナはフッ、と笑った。

 

 

 

 

 

 ユクモギルド――。

 ユクモ地方にあるハンターズギルドは、ユクモ村より西方に位置するロックラックの街のギルドの支部にあたる。

 ――ハンターズギルドというのは、モンスターによる人類への被害を回避させること、生態系を守りモンスターの絶滅を防ぐことなどを主な目的として設置された組織のことある。ハンターズギルドでは、ハンターに依頼を与える、狩場の調査・管理を為すなどの活動を行う。

 ハンターズギルド内には、ハンターが依頼を受けるためのクエストカウンター、狩猟に出発する前のハンター達が腹ごしらえをするための食事場が、基本的に設置されている。

 また、ハンターズギルドはハンターが多く集うため“集会所”と呼ばれるのが一般的である。だが、ユクモ村のギルドは、内部に温泉が設置されているため、“集会浴場”とも呼ばれている。

 ユクモギルド内の温泉は混浴で、老若男女誰もが利用できる、憩いの場でもある。

 

 ユクモギルドは、出入り口から入ると左側にクエストカウンターがあり、出入り口に一番近い場所のカウンター上には垂れた耳と顔中を覆う髭が特徴的な竜人族の男性が座っている。彼はギルドマネージャー(地方ギルドにおける代表者)である。また、カウンターの奥には二人の受付嬢(ギルドガール)が座っており、それぞれ紫と蒼の衣装を纏っていた。今は、二人とも暇そうにしている。カウンターの奥には、依頼書などを貼り付けるクエストボード、その隣には物品の販売を行うギルド内の雑貨屋がある。雑貨屋の手前には大きな机と長椅子が置かれており、ハンター達が食事を行ったり作戦を練ったりできるようになっている。そして、一番奥には狩猟に出発するための出口がある。

 ギルドに入って右側には温泉があり、湯けむりが立ち込めている。温泉に入るための通路の脇にある台には、番台アイルーが座っていた。また、温泉とクエストカウンターがあるフロアは柵で仕切られている。

 

「こんばんば、番台さん!!」ソラは元気な声で番台アイルーに挨拶した。

 

「ニャニャッ!! これは、これは、ソラ様」番台アイルーは扇子(せんす)を一度大きく広げると、閉じた。

 

「それと……初めてお見かけするハンター様でございますニャね」

 

「どうも・・・・・・初めまして」レオンはお辞儀をした。

 

「ニャ!! ユクモ村へ、ようこそでございますニャ。ここの温泉の泉質はほかのどの温泉にも引けをとらないほど最高級でございますニャ。効能はたくさんありすぎて私にも覚えられないほどですニャ。それではあちらの更衣室で着替えてこちらの()()みタオルをご着用の上、温泉にお入りくださいニャ」

 

 番台アイルーは横に置いてあったタオルをソラに渡した。

 

「それでは、どうぞごゆっくりニャ」

 

「レオンさん、タオルどうぞっ。ナナちゃんも」

 

「おう、ありがとう」

 

「ありがとね」

 

 タオルを受け取ったレオンは男子更衣室に入ると、背負っている大剣を外し、装備している【レウスシリーズ】を脱ぎ始めた。

 

(思えばずっと着けっぱなしだったし、臭くなってないかな)

 

 嗅覚が鋭いレオンにとって、汗臭さは強敵である。

 装備を外すと、もわっとした蒸れた空気が漏れ出してきた。

 

(案の定くせぇな・・・・・・。あとで消臭玉使うか・・・・・・)

 

【消臭玉】はハンターが使うアイテムで、悪臭を放つ液体や気体などを浴びてしまったときに使用すると、その名の通り消臭してくれるものである。

 汗臭いニオイを消すときにも使えるため、彼はかなり重宝している。

 

 

 インナーを脱ぎ湯浴みタオルを腰に巻いたレオンは、更衣室を出た。視線の先の揺れる水面(みなも)からは白い湯けむりが立っている。今、温泉には誰もいない。

 レオンが温泉の方へ向かおうとしたとき、ブラシを持ち、ハチマキを頭に着けているアイルーが飛び出してきた。

 

「ニャ!! これは失礼!!」

 

 そう言うとアイルーは床を擦り始めた。おそらく掃除アイルーなのだろう、と彼は思った。

 彼は置いてあった桶を手に取ると、温泉の縁まで移動し、湯を桶で(すく)って身体にかけた。そして、温泉に入ると、温泉の縁に掛けるようにして胸のあたりまで湯に浸かった。

 

「はぁぁぁぁ~~」

 

 思わず声が出ていた。今日一日の疲れが癒されてゆくようだった。

 レオンは右手を椀のようにして湯を掬い上げると、肩にかけた。

 外はすっかり暗くなっているので、温泉から外の景色を拝むことはできなかったが、木の葉が色付く時期になれば綺麗な景色が望めるだろう、とレオンは感じた。

 

「どうですか~?」

 

 遅ればせながらやってきたソラが、湯に浸るレオンに向かって言った。レオンは振り返ると、「最高だな」とだけ言った。

 

「そうですよねっ。じゃ、わたしも入らせてもらい――っ!?」

 

 片足を庇うような歩き方をしていたせいか、ソラは床で足を滑らせ、彼女の身体は前のめりになった。

 

「ひゃっ!?」甲高い声が響いた。

 

 レオンはとっさに身体の向きを変え、腕を伸ばしてソラの身体を支えた――とそのとき、ぷにっとした感触がレオンの顔に当たった。湯浴みタオルを隔てて、膨らんだ柔らかいソラの胸がレオンの顔に押し付けられていたのだった。

 

「――っ!?」レオンの顔は真っ赤になる。

 

「――ご、ごめんなさい!!」ソラは頬を赤らめながら慌てふためく。

 

 レオンはソラに抱きついたような状態のまま、数秒間静止していた。

 

「レ、レオンさん、降ろしてください……」

 

 その言葉を聞くと彼は何も言わずに(口がソラの胸で塞がれていて言葉を発せずにいた)、彼女を湯の中にゆっくり降ろした。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 ソラがレオンの顔を覗き込みながら言った。

 彼は彼女から目を背けながら「あ、あぁ。だ、大丈夫……」と言った。レオンの心臓の鼓動はかなり速まっていた。

 

「な、ならいいんですけど……」

 

 気まずい空気が漂ったとき、ナナが温泉に入ってきた。オトモ用の防具を外し、頭にタオルを乗せている。

 

「あら、なんだか気まずい空気ね。何があったのかしら?」ナナがにやつく。

 

 十数秒の沈黙が続いたあと、ソラが口を開いた。

 

「あっ、レ、レオンさん。何か飲みませんか……?」

 

「の、飲み物か……。何があるんだ?」

 

「ええとですね……ここでしか飲めない温泉ドリンクと、お酒があります」

 

「温泉ドリンクか……飲んでみたいな」レオンはまだ顔が赤いままだ。

 

「……はい!! ナナちゃんもどう?」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

「何がいいですか?」

 

「おすすめでいいよ」

 

「あたしも。なんでもいいわ」

 

「わかりました。ドリンク屋さ~ん」

 

 ソラはさっきの掃除アイルーを呼んだ。

 

「ニャニャッ!! 何をお飲みになりますかニャ?」

 

「じゃ、ユクモラムネを三つお願いしま~す」

 

「承知しましたニャ!!」

 

 そう告げるとドリンク屋アイルーは瓶を3本掴んで持ってきた。

 

「ユクモラムネですニャ」

 

「ありがとう!!」ラムネを受け取ると、ソラはレオンとナナに瓶を渡す。

 

『ありがとう』レオンとナナは同時に言った。

 

 レオンは瓶を受け取ると、瓶をまじまじと見つめた。瓶は特徴的な形をしており、ガラス玉で栓がされている。

 

「このガラス玉をこうして……」ソラはガラス玉を押し込んで瓶の上方にある小さめの空洞の中へ落とした。「これで飲めるんですよ!!」

 

「へぇ。なかなかおもしろいな!!」

 

 いつの間にか、さっきの気まずさはどこかへ飛んでいた。

 彼らは瓶を傾け、ラムネを喉に流し込んだ。泡が弾け、甘い水が喉を通り抜け、疲労した身体に沁み渡っていく。

 

「ぷは~っ」

 

「うまいっ!!」

 

「ん~。いいわね」

 

 3人はラムネを飲み干した。

 

「はぁ~。今日一日いろいろあったなぁ……」ラムネの瓶を温泉の縁の石に置きながらレオンが言った。

 

「そ、そうですね……。いろいろと……あり……ま、し……」

 

 不意にソラとレオンの目が合う。

 

『…………』

 

「なんで二人して恥ずかしそうな顔するのよ」

 

 ナナが呆れた顔をする。

 

「……あ、あの、レオンさんの出身はどちらですか?」

 

 再び気まずい空気になるのを避けるため、ソラは必死に話題を振る。

 

「オレは……火山地方出身だよ」

 

「……火山ですか? 暑そうですね……」

 

「うーん、火山地方っていうと、灼熱(しゃくねつ)地獄みたいなところって想像しがちだけど、そんなことはないよ。普通に緑もあるし。ま、火山の内部は溶岩が流れてて、灼熱地獄になってるけどな。オレは火山地方の端の方にある、火山渓谷地帯の村に住んでたんだ」

 

「へぇ……」

 

「ま、当分は帰らないだろうけど」

 

「旅、してますもんね。……寂しくなったりしないんですか? 家族が恋しい、とか」

 

「そうだな……旅を始めたときは帰りたいって強く思う時期もあったけど、慣れれば旅をしてる方が楽しいもんだよ」

 

「慣れって怖いですね」ソラがクスッと笑った。

 

「あぁ。ま、ナナもいたしそこまで寂しくはなかったかな」

 

「あたしは、元はアンタのオトモじゃないから乗り気じゃなかったけどね」ナナがぼそっと呟いた。

 

「あれ? ナナちゃんはレオンさんのオトモじゃなかったの?」

 

「えぇ、元々はね」

 

「そうだったんだ……。でも、どうして旅をしようと思ったんですか?」

 

「そうだな……。父さんに憧れて旅を始めたのもあるけど――」

 

 レオンは天を仰ぎ見た。

 

「空を流れる雲や風に揺れる木々、数多の星が(きら)めく夜空、生命(いのち)ある者たち――。この雄大で美しい世界での狩りに魅せられたから、っていうのが一番かな」

 

「魅せられた、ですか……」

 

「あぁ。それで、居ても立っても居られなくなって、旅を始めたってわけだ」

 

「旅をするうえでの夢とかってありますか?」

 

「そうだな……。様々な新天地を巡って、世界中のモンスターに出会うことかな」

 

「レオンさんなら、いつか叶えられると思いますよ!!」

 

「だといいな。……ソラは、何か夢はないのか?」

 

「わ、わたしですか? ……わたしは、お父さんみたいに立派で強いハンターになりたいです」

 

「そりゃ素晴らしい夢だ。これからがんばらないとな」

 

「は、はい……」ソラは何か言いたそうな顔をしていた。

 

 そんな彼女を尻目に、レオンは腕や肩のストレッチを始めた。

 丸太ん棒のような上腕二頭筋や引き締まった大胸筋、割れた腹筋――ソラは、彼の身体を舐めまわすように見ていた。

 

「……レオンさんの身体、(たくま)しいですね」

 

「そ、そうか? ま、ハンターは身体が資本だからな。鍛えるのは基本中の基本だな」

 

 レオンはストレッチを続けながら言った。

 

「……じゃ、わたしも鍛えなきゃダメですね。あ、この傷はどうされたんですか?」

 

 ソラは、レオンの右胸に縦に走る傷を指した。

 

「あぁ、これか……」

 

 レオンは動きを止め、溜め息をついた。

 

「あ、聞いちゃマズかったですか?」ソラはしまった、というような顔をした。

 

「いや、そんなことないぜ。……これは、オレが初めてモンスターに挑んだときに負った傷だよ」

 

「――」

 

 ソラは言葉を失い、目を見開いていた。

 

「あのときは生死の境目を彷徨(さまよ)ったもんなぁ……。こうして生きていられるのが奇跡みたいだ」

 

 ソラは黙ったまま俯いた。

 

「? どうした?」

 

「――あ、いえ、ハンターって大変な仕事なんだな、って……。そう思っただけです」

 

「オレが無茶したからだけどな。でも、ああでもしなかったら――」

 

 レオンの脳裏を過去の記憶が(よぎ)った。

 あのときのことを――。

 

「――レオンさん?」ソラの声で彼は顔を上げた。

 

「あ、あぁ。いや、なんでもないよ」

 

「……なんか、いろいろとすみません」

 

「いや、オレは気にしてない」

 

「ならいいんですけど……」

 

 二人の会話を余所(よそ)に、ナナは一人温泉の中に潜って遊んでいた。

 

「あの……」おもむろにソラが口を開けた。

 

「ん?」

 

「レオンさんは、どれくらいここに滞在するつもりですか?」

 

「あぁ、そうだな……。いろいろ見物とかもしたいし、ひと月くらいは居るかもしれないな」

 

「そうですか……」

 

 少し視線を落とすと、少ししてから彼女は顔を上げた。

 

「お、お願いが、あるんですけど……いいですか?」

 

 彼女は上目遣いでレオンの目を見つめている。

 

「……うん? と、とりあえず言ってみてよ」

 

「あ、はい。えぇと……率直に言います。わたしの――」

 

 ソラは言葉を詰まらせる。同時に、レオンは唾をゴクリと飲みこんだ。

 

「わたしの師匠になってください!!」

 

 彼女がいきなり頭を下げたので、レオンは目を白黒させていた。

 

「――し、師匠? ……ハンターのか?」

 

「はい。わたし、このままだと何も変わらない気がして……。でも、レオンさんにいろいろ教えてもらえば、変われると思うんです!!」

 

「うーん……」

 

 突然の懇願に、レオンは頭を掻いた。

 

「……ダメ、ですか? ……ダメならダメで、構いませんけど」

 

「正直、オレにソラの師匠が務まるとは思えないんだけどな……」

 

「それは、わたしがハンターに向いてなさすぎて打つ手がない、ってことですか?」

 

「違う違う。オレに自信がないってことだ。正直、人に教えられるほど実力があるわけじゃないし」

 

「そうですか……」

 

 残念そうにするソラを見て、レオンは続けた。

 

「あと……ハンターっていう職業は、最も危険な職業だといっても過言じゃない。現に、オレは死にかけたことだってあるし、命を落とすハンターだって少なくない」

 

 ソラは黙り込んでいた。

 

「――それに、この世界での女性の地位はけっして良いものとは言えない。女性のハンターが肩身の狭い思いをしているのも事実だ。それでも、相当な実力者だっているけどね」

 

「……はい」元気のない声で返事をするソラ。

 

「ソラは――そんな厳しい、過酷な世界に足を踏み入れようとしているわけだ。生半可な覚悟じゃ、身が持たない。……それでもソラは、一人前のハンターになりたいと願う?」

 

 数秒の沈黙の後、ソラはレオンに真剣な眼差しを向けながら「はい」と返事した。

 

「……そうか。よし、なら――師匠になってやってもいいぜ!!」

 

「ホ、ホントですか……!? やった!!」

 

 ソラがそう叫んだ瞬間、潜っていたナナが湯の中から飛び出した。

 

「ぷはぁっ。ん……なんか、随分長いこと話してたようだけど、何かあったのかしら?」

 

「レオンさんが、わたしの師匠になってくれたの!!」ソラは嬉しそうに言った。

 

「ふぅーん」

 

 ナナは見下すような目でレオンを見る。実際、見上げているが。

 

「こんなバカから学べるようなことは特になさそうだけど……楽しくていいんじゃない?」

 

「“バカ”とはなんだよ」

 

 バカ――もとい、レオンは唇を尖らせる。

 

「バカだからバカっつってんでしょーバーカ」

 

「はぁ……」レオンは深い溜め息をついた。

 

 その隣では、ソラがクスクス笑っていた。

 

「いつもこんな感じなんですか?」

 

「うん。こんな感じだよ」

 

「楽しそうでいいですね」彼女は白い歯を見せた。

 

「見てる方は、だろうけど」

 

「ふふふ。……あっ、レオンさん、お酒飲めますか?」

 

「別に飲めないことはないけど?」

 

「ナナちゃんは?」

 

「あたしは結構よ」

 

 二人がそう答えると、ソラはドリンク屋アイルーに酒を頼んだ。

 

「えへへ。レオンさんが師匠になってくれたお祝いです」

 

「はは。そりゃいいな。あ、別にオレが師匠でも、呼び捨てにしてくれても、タメでも全然構わないぜ。そんなに年が離れてるわけじゃないし、堅苦しいのは嫌だろ?」

 

「まぁ、わたしはそんなに気にしませんけど。あっ、お酒きました~」

 

 ソラはレオンに猪口(ちょこ)を持たせると、酌をした。その後で自分の猪口にも酒を注いだ。

 

「じゃ、乾杯しましょう!! かんぱーい」

 

「乾杯っ」

 

 二人は一杯ぐいっと呑んだ。

 

「ん~~~~~~お酒もいいねぇ」ソラはもうもう一度猪口に酒を注ぎ、呑んだ。

 

「えっへへ……。おいしい」彼女は微笑むと、また一杯呑んだ。

 

 温泉に長く浸かっているせいか、酒が回ってきたからか、ソラの頬が紅潮していた。

 

「あぁ……あたし、そろそろ出るわ。なんか、のぼせそう……」

 

 ナナは温泉から上がると、全身を震わせて水を撒き散らし、素早く更衣室へ向かった。

 

「おう。オレもそろそろ出るか……」

 

 レオンが立ち上がろうとすると、柔らかい感触を腕に感じ、彼は一瞬ビクッとした。

 

「もうちょっと……ここに……いません?」

 

 頬を真っ赤にさせたソラの手が、レオン首に回されていた。そして、柔らかく弾力のある彼女の胸が、彼の右腕に接している。

 

「な!? お、おい、酔ってるのか……?」

 

 彼の心拍数が急激に上昇する。

 

「え~? 酔ってなんかいませんよ~」甘えるような声が彼の鼓膜を震わせた。

 

 ――完全に酔っちゃってるな。どうすりゃいいんだろう……。レオンはふぅ、と一息吐いた。

 

「?」ソラがじわじわと顔を寄せる。

 

 ――? これは、どういう状況なんだ!? 漂う甘いニオイに、潤った桜色の唇がすぐそばに!? しかも柔らかいすべすべした肌がいろんなトコに当たって……?

 様々な思考が巡り、“司令塔()”はパニックに陥っていたが、彼の素直な“塔”は怒張し高々と聳えていた。

 彼の理性はぶっ飛びそうになるが、彼女はお構いなしに甘い吐息をレオンの首筋にかけてくる。胸元の湯浴みタオルは、はだけてきていた。

 

「――」

 

 レオンの手が無意識のうちに彼女の太腿に伸びる。そしてそのまま、肌に沿って不可侵領域へと指先を滑らせ――。

 

「……何やってんの」

 

 背後からの突き刺すような声で、口から心臓が飛び出しそうになった。レオンが振り向くと、タオルで身体を拭きながら歩いてくるナナの姿が目に入った。

 

「え……、いや、その――」

 

「出るのが遅いと思ったら……。このコ、出来上がっちゃってるみたいね」

 

 ソラはうっとりとした表情のままレオンの腕を掴んだままだった。

 

「とりあえず酔いを醒ましてあげないと……危ないわ」

 

 彼女はソラの顔を覗き込んだ後、レオンを一瞥した。彼の顔は硬直していた。

 

「そ、そうだな」

 

 ナナは居眠りを始めていたドリンク屋アイルーを揺り起こすと、一杯の水を頼んだ。飛び起きたアイルーは竹の筒に冷水を入れて、彼女に渡した。

 二人の元へ戻ってくると、冷水を二人にピシャッとかけた。

 

「っ!?」

 

「冷たっ!! おい、オレにまでかけることないだろ?」

 

「……アンタも冷まさないとダメよ。さて、酔いは醒めたかしら?」

 

「あれ……? わたし、どうしてたの……?」ソラは頭をブルブルと振り、水を飛ばした。

 

「お、覚えてない?」

 

「ちょっと飲み過ぎたかも……。えへへ」

 

 記憶が無いのは、それはそれでよかった、とレオンは感じた。

 

「オ、オレはそろそろ出るぞ」

 

 レオンが立ち上がると、「あっ、わたしも出る!!」と言ってソラも湯から上がり、3人は更衣室へ向かった。

 

 

 

 

 

 ユクモギルドを後にした彼らは、ギルドの出入り口を出た前にある石段を下っていた。

 

「レオンは……これからどうするつもりなの?」ソラが訊いた。

 

「温泉宿に泊まるつもりだけど」

 

「よかったら、ウチに泊まりません? お父さんは今いないし、たぶん帰ってくるのは随分先になると思うから」

 

「うーん……迷惑にならないか?」

 

「ううん、大丈夫。たぶん……。それに、一緒に居たらいろいろ話もできるし……」

 

「そうか。でも、今夜は温泉宿に泊まることにするよ」

 

「変なコトしちゃ困るから、ちょうどいいんじゃない?」ナナの鋭い言葉がレオンの胸を刺す。

 

「へ?」

 

 ソラが腑抜けたたような声を出すと、レオンはわざとらしく咳をした。

 

「と、とにかく……。明日からビシビシ鍛えていくから、そのつもりでな」

 

「……はい!!」

 

 ソラは元気よく返事をした。

 

「いい返事だな。……そういえば何か忘れてないか?」

 

「?」

 

「何も忘れてない気がするけど?」

 

「気のせいだよ。のぼせちゃったの?」

 

「……ま、いいか」そう言いつつも彼は腑に落ちなかった。

 

 空を仰ぐと、暗黒の海に金色の半月が浮かんでいた。

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 全身のあちこちが痛む。

 暗闇に包まれた視界、鼻を(つんざ)く強烈なニオイ――。

 

「こ、ここはどこニャァァァァァァ――――ッ!!」

 

 ユクモ村の農場に設置されたゴミ置き場から、悲痛な叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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