強大なジンオウガを前に、彼らは苦戦を強いられる。
レオンが攻撃を受けて戦線から退いているあいだ、オトモのナナが雷狼竜ジンオウガと応戦していた。
彼女の攻撃がジンオウガに当たることはなく、逆に、雷を纏った攻撃を正面から食らってしまう。
そのとき、ソラが飛び出してナナを助け、ジンオウガから離れようとする。
だが、ジンオウガは彼女らの前に立ちふさがり、鋭い爪を振るう――
「……え?」
ソラを襲おうとしていたジンオウガは、その寸前で動きを止めた。
いや、違う……。
止められたのだ。
よく見ると、ジンオウガの躰のあちこちに散弾が撃ち込まれ、血が霧となって噴出している。
(いったい誰が――?)
破裂音がして、またジンオウガの躰から血が
そして、その巨体が
「ソラ!」
名を叫ぶ声がした。それはどこか懐かしい声で……。
声の方向に目を向けると、二つの人影が見えた。
その影はこちらに近づいてきており、次第に鮮明になってゆく。
「え――お、お父さん!?」
「久しぶりだね」
ソラの父の姿が、そこにあった。彼は、身長の倍はある太刀を握っている。装備はユクモのシリーズ一式で、ソラと同じだ。
「……帰ってきてたの!?」
「あぁ」父は頷いた。「ついさっき、ね」
「そうだったんだ……。それで、さっきの散弾は、おじさんが?」
ソラは、父の隣にいた
「あぁ、俺だよ。……間に合ってよかった」
「そうだったんだ……」
「いろいろと話がしたいところだろうけど、それはあとにしよう」父は、太刀を
「うん……、あ、ちょっと待って」ソラは、切り株の側にいたレオンを見据えて叫ぶ。「レオン! 一旦退避するよ!」
声を聞きつけたレオンは頷くと、小走りで駆けてくる。
「逃げるよ」
「あぁ、早く行こう」
――ジンオウガが躰の自由を取り戻した頃には、そこに狩人たちの姿はなかった。
ハンターたちは、エリア4へ避難していた。
「ナナちゃん、大丈夫?」ソラは、ナナを地面にゆっくりと降ろす。
「えぇ……、なんとか。まだちょっとおかしいけど」
「あ……そうだ! この実、使えないかな」
ソラはポーチから、青い実を取り出す。ここに来るまえ、リクから受け取ったものだ。
「おっ。それは【ウチケシの実】だね」ソラの父が言う。
「ウチケシの実?」
「うん、属性やられを打ち消すことができるんだ。この子は今、雷やられを引き起こしているから、それを食べさせてあげるといい」
「わかった」
ソラがウチケシの実をナナに渡すと、彼女はそれを口に放り込んだ。
「それ、オレにもくれないかな」レオンが催促する。「まだちょっと、躰に変な感じが残ってる気がするんだ」
「うん。まだまだあるから大丈夫だよ、はい」
「ありがとう」
レオンはウチケシの実を口に入れた。外皮を突き抜けるとほのかな甘みがあり、あと味も悪くない。
「君が……レオンくんか」
「あ。はい」
不意に、ソラの父に声を掛けられ、レオンの背筋が伸びる。
「娘がお世話になったそうだね」
「いえ、オレの方こそ、お邪魔させてもらって……お世話になってます」
「息子……リクが迷惑をかけなかったかな」
「逆に、毎日楽しませてもらってます」
「そうか」父は微笑む。「おっと、自己紹介が遅れたかな。私はユウキ。知っていると思うが、ユクモ村専属ハンターをやっているよ」
「俺はレイ。同じくユクモ村専属ハンターだ」髭面のハンターが言う。「いつもはハンマーを使ってるんだが、ボウガンも扱えるんだ」
「レオンです。よろしくお願いします」
レオンは、ユウキ、レイと握手を交わす。
「あの、ユウキさん、ジンオウガと闘ったことはありますか?」
「そうだね……、闘ったことはないかな」
「俺もだ」レイが隣で腕を組んだ。「でも、見たことならあるぜ。ずっと昔だけどな」
「じゃあ、さっきみたいな……全身に雷を纏った状態については?」
「あれは、超帯電状態っていうらしいな」
「チョウタイデンジョウタイ……ですか?」
「あぁ。引き寄せた雷光虫に自身の電力を分け与えて活性化させ、その活性化した雷光虫……通称【
「つまり、パワーアップした状態ってことですね」
「あぁ。本気になると、もっと強い光と雷を放つそうだ。そうなると、もう手に負えない」
「超帯電状態を解除することはできないんですか?」
「いや、攻撃を加え続ければ、電力を消耗していずれは解かれるらしいぜ」
「それか、背中の虫を四散させてやればいいんだ」ユウキが言う。「虫が超帯電状態を作っているから、虫さえ追っ払えば元の状態に戻る」
「虫……かぁ」ソラが、唇に指を当てた。彼女が考えているときのポーズだ。「ねぇ……、わたしに考えがあるんだけど……いい?」
「え――?」
それから、ソラは作戦を話し始める。彼女が一通り説明し終えると、男三人は唸った。
「なるほど、そんなことが……」
「たしかに……、危険だけど、それが一番手取り早いかもしれないな」
「それでね……?」ソラが、胸に手のひらを添えた。「それは、わたしに任せてほしいの」
「えっ」レオンは思わず声を出した。「下手をすれば命だって落としかねないんだぞ? やめたほうがいい」
「そうだぞ、ソラ」ユウキが低い声で言う。「レオンくんの言う通り、お前には危ない。何も、無理をすることはないんだよ」
「お父さん――」
ソラは、睨みつけるような強い視線を父親に突きつけた。
「わたし、ハンターなんだよ。だから、危険が伴うのは当たり前。みんな同じ条件なんだから、わたしがやっても問題ないでしょ?」
「だがな……」
「大丈夫。ちゃんとほかにも考えがあるんだから」
「ユウキ」レイがユウキの肩に手を置く。「娘を案じる気持ちもわかるがな、ソラちゃんがこんなに真剣に言ってるんだ。親なら、子の強い思いは受け止めるべきだと思わないか?」
「それはわかっている。わかってはいるが……」
ユウキはソラを見る。
今までに、彼女のこんな真剣な表情を見たことがあるだろうか。
その眼差しは、瞳の奥で紅蓮の焔が燃え盛っているような錯覚を起こす。
「ふっ……」ユウキは吹き出した。「いつの間にか、こんなに大きく成長してたんだな……」
「えへへー」ソラはつられて笑顔になる。
「よし……わかった、ソラに任せよう。でも、無茶だけはするな。取り返しがつかなくなってからでは遅いんだ」
「もっちろん! だから、お父さんもあまり心配しすぎないでね。自分の命も大切なんだから、
「はは……、逆に説教されるなんてな」
「じゃあ、時を見計らってその作戦を決行しましょうか」レオンが話し出す。「成功したら……、いえ、成功させて、一気に畳み掛けましょう」
そこにいる全員が頷いた。
そして一同は、ジンオウガを迎え討つ態勢を整え始める。
「ナナ」座り込んだオトモに、レオンは声を掛けた。「動けるか?」
「うん……、ちょっと微妙ね。足を引っ張ると申し訳ないから、あたしは遠くで見守ってるわ」
「……そうか」レオンは隣のタイガに目を向ける。「じゃあタイガ、ナナと一緒にいてやってくれるか」
「了解したニャ」
「……ゆっくり休んでおけよ」
タイガの肩を借りながら、ナナは安全な場所へ退避を始めた。
ジンオウガは、今まで以上に強大な相手。そんなのを相手に、ナナ、タイガもよくやってくれた(タイガは罠を仕掛けただけだが、今までに比べればそれだけでも十分な働きだ)。
ここで、アイルーのハンターが二匹退き、人間のハンターが二人入る。数は変わらないが、一層の連携は期待できるだろう。
「さて……と」
レオンは砥石を取り出して、大剣を研ぎ始める。鋼の刃には大量の傷がついていた。歯
(あの攻撃か……)
迅雷の一閃とも呼べる前脚の重撃。あれを受けても、大剣レッドウィングに大きな損傷は見られない。
(思えば、こいつも長いこと使ってるけど、壊れないよなぁ……)
レオンが撫でるようにして愛剣を研いでいると、彼の鼻がピクリと動いた。
「ん……?」
ジンオウガが移動している……?
こちらに近付いて……?
「――ジンオウガ! 来ました!」
彼が叫んだ途端、場の空気が一変した。四人は身構える。
――狩人を見下ろしながら
王としての威厳を見せつけるかのような「静」の動作。
その一つ一つが、洗練されたように滑らかで淀みない。
絶縁を破って放たれる雷は、何者をも寄せ付けない妖気を発しているようでもある。
数秒の沈黙ののち、ユウキが駆け出した。
ジンオウガは動かない。
太刀を鞘から引き抜く。その所作に迷いはない。
風を切る音がして、切っ先が喉元を掻っ切る――寸前で、ジンオウガは後脚で立ち、その攻撃を躱した。
(こちらの攻撃は当たらない、か……)
立ち上がった体勢から、ジンオウガは飛び掛かりに転じる。だがそれは、放たれた銃弾と矢で封じられた。
怯んだジンオウガの懐へ、太刀が斬り込まれる。
突き、斬り上げ、斬り下がり――。
比較的軟質な部位が鋼刃に刻まれ、
(まだ少し、攻撃が足りないか)
作戦を決行するには、もう少しだけ電力を消費させる必要がある。
ここは、近接攻撃よりも弾丸を撃ち込んだ方が、効率がいいかもしれない。
「レイ!
レイは既に準備をしていたらしく、「あいよ」と気前のいい返事をする。「よーし、全員離れろ!」
退避が完了すると、
時間差で、爆発が起こる。
その衝撃で、超電雷光虫が少しずつ、ジンオウガから離れていくのが確認できた。
「……よし! 今だ!」
「うんっ!」
レオンの合図で、ソラは疾走を始めた。
彼女の見据える先は、ジンオウガ――ではなく、レオンである。
「さぁ来い!」
「やぁっ!」
ソラは、大地を、大きく蹴り飛ばす。
躰が空中を駆けるように跳んだ。
彼女の前方で、レオンが大剣を躰の前で構える――
「うぁぁぁぁっ!」
ソラは、刃に片足を掛け、それを勢いよく蹴る。
その反動で、彼女は天高く飛び上がった。
*
「――飛び乗る?」
「そう。ジンオウガの背中に飛び乗って、背中を攻撃するの。まえに、リザさんが操虫棍でリオレイアに飛び乗って攻撃してたでしょ? あれと同じことをすれば背中を攻撃できるから、一番効率よく超帯電状態を解除できるんじゃないかな?」
「でも……そんなこと、どうやって?」
「レオンの大剣を使うんだよ」
「……オレの?」
「うん。レオンに大剣を構えてもらって、それを踏み台にして高く飛ぶ。そうすれば、ジンオウガの背中に飛び移ることだってできるんじゃないかな――」
*
宙を舞ったソラは、ジンオウガの背中に飛び乗った。
刹那、暴れだす雷狼竜、乱れ散る雷光。
(……っ)
背電殻を掴んだ腕が、火傷するように熱い。焦げてしまいそうだ。
躰中に電流が走る。でも、その対策は大丈夫。ウチケシの実を食べ続けていれば、やられる心配はない!
……ここで振り飛ばされたら意味がない。
なんとしても、成功させるんだ!
ジンオウガの動きが止まる――その瞬間を見計らって、彼女は剥ぎ取りナイフを構え、背中にそれを突き立てた。
『ギャゥ!』
ジンオウガは短い悲鳴を上げた。
再び暴れ出して揺れるが、彼女はしっかり掴まって攻撃を加え続ける。
――剥ぎ取りナイフが音を立てて壊れた。破片が舞い散る刹那、ジンオウガが首を反らせて怯み、蒼白い光が全て消滅する。
「やった!」
ジンオウガが崩れ落ちる瞬間、ソラは巨体から飛び降りた。
「よし!」
「いくぞ!」
王への報復が、始まる。
狂いなき太刀筋は靱尾を断絶し、
雑念なき鉛玉は胸を貫通し、
慈悲なき重斬撃は尖角を粉砕する。
しかし、無双の狩人もまた、負けてはいない。
『ゥォオォォオォォオアッ!』
狂ったような雄叫び――
雷狼竜は、疾風の如く駆け始める。
血走る眼が見据えるは、ぽつんと佇む一人の狩人。
狩人――ソラは弓に矢を
確固たる意志を張り巡らせた
(この一撃に全てを賭ける――!)
急速に縮まる距離。
感覚を最大限にまで研ぎ澄まし、機会を計る。
途切れなき吐息が、全神経の集中を一気に加速させる。
雷狼竜の躰が離陸した。
(今!!)
それは、一筋の光のように。
それは、飛翔する龍のように。
放たれた矢は、雷狼竜の頭部へと吸い込まれ、脳天を弾けさせた。
爆ぜる、緋。
止まる、躰。
揺れる、大地。
そして……、
彼女の目の前に落ちた雷狼竜ジンオウガが、二度と起き上がることはなかった。
「や、やった……?」
それは、微かに震えた声だった。
「わ、わたし……」
奥底から湧き上がる感情。やがてそれは、確信に変わる。
「やったんだ!」
狩人の歓声が、辺り一面に響いた――。
「やったな!」
「うんっ!」
ソラは、駆けてきたレオンとハイタッチした。双方とも、満面の笑みを浮かべている。
「ソラ……」ユウキは手を叩いた。「よくやったな」
「うん!」
「あの作戦が功を奏したわけだなぁ……」レイが腕を組んで頷いている。「いや、ホントすげぇぜ……」
「あぁ、本当にな……」ユウキが噛みしめるように頷く。「ソラ、お前の成長ぶりはきちんと見受けたぞ」
「えへへ……」ソラは、目を細めて悦に入った。
「それに、レオンくんも……ありがとう。娘をここまで育ててくれて」
「いえ……オレがやったわけじゃないですよ。成長したのは、彼女自身です」
「それでも、君が関わってくれていたことに変わりはない。改めて礼を言うよ。ありがとう……」
ユウキは、深く頭を下げた。
「レオン、ありがとね」
にっこり微笑むと、ソラも頭を下げる。
「あ……うん、こちらこそ」レオンは少し照れていた。「あ、剥ぎ取りをしないとな」
「んっ、そうだね」
ハンターたちは、倒れて動かないジンオウガを見下ろした。
息絶えてもなお、その巨体は見る者を圧倒している。
「ほんとに……やったんだね……」
ソラは呟きながら屈みこんで、腰に手を当てた。しかし、あるものがない。
「あっ。わたしの剥ぎ取りナイフ、さっきので壊れちゃったんだ……」
剥ぎ取り用ナイフの耐久性が低いのは承知の上だったが、惜しいことをしたな、と少し後悔の念が渦巻く。
「オレの使っていいよ」レオンがナイフを渡してくる。
「ありがとう!」
ソラは、ジンオウガの躰にナイフを突き立てた。
ほかの面々も剥ぎ取りを進める中、ソラが「あっ」と声を洩らした。
「どうした?」レオンが訊く。
「これ……なんだろう?」
彼女の手のひらにあったのは、光り輝く鱗。何とも形容しがたい、特別な雰囲気を漂わせる不思議な鱗だった。
「もしかして……、それ、
「げきりん?」
「うん。剥ぎ取りで取れるのが珍しい素材だよ」
「へぇ……、そうなんだ……。すごく綺麗……」
ソラは、天に向かって逆鱗を掲げた。
それは、柔らかな
そして――
その向こうに見える、どこまでも続く
*
村中が喧騒に包まれる。
人の声、太鼓の音、笛の音――。
紅葉が全盛を迎えるこの時期、ここユクモ村で祭りが始まった。
村のあちこちには様々な屋台が並び、踊り場には高い矢倉が組まれ、その周りを人が取り囲んでいる。
一大イベントとも言えるこの祭りの時期には、大量の観光客が訪れる。美しい紅葉と盛大な祭り、夜空を彩る花火を楽しみにやってくるのだ。
ソラとレオンは着物を着て、二人並んで村を散策していた。ソラの足元には、レオンのオトモアイルー、黒猫のナナがいる。
「ジンオウガが討伐できてよかったなぁ……」ソラが呟く。「そうじゃなかったら、このお祭りが中止になってたかもしれないからね」
「もしかして、この祭りに参加したいから、頑張ってジンオウガを討伐しようと思ったのか?」
「うーん、それもあるかも」
ソラが唇の隙間から舌を覗かせたとき、タイガが登場してきた。
「ニャニャッ! お待たせニャ!」
彼は、たくさんの食べ物を抱えている。屋台で購入してきたものだろう。
「
「すげぇなタイガ……、どうやって持ってきたんだよ」レオンは目を丸くさせている。
「食べないニャら、ボクが全部いただくニャ!」
「人の話を聞けよ!……ホント、タイガは食い物に目がないな」
彼らは木製の長椅子に腰を掛けると、タイガの持ってきたものをつまみ始める。そのどれもが美味で、空腹だった彼らを満たした。
「んー、おいしー!」
ソラがから揚げを頬張っていると、隣に座るレオンが黙りこくっているのに気付いた。
「レオン、どしたの?」
「……オレ、この祭りが終わったら、この村を発つよ」
「え?」ソラは、から揚げを落としそうになったが、なんとか死守した。「行っちゃうの?」
「あぁ。旅を続けないといけないからな」
「そ、そっか……。もうちょっと一緒にいたかったけどなぁ……」
「すまないな。でも、いずれはこの村を出る予定だったし、それに、いつまでもソラの家にお邪魔するわけにはいかない」
「そう、だよね……」ソラはうつむく。
「花火が打ちあがるニャ!」
タイガが叫んだので、全員、顔を上げた。
数秒後、大輪が夜空に
「綺麗だな……」
「そうね……」
「おいしそうニャ……」
三人はそんなことを口ずさんでいたが、ソラは口を
(旅……かぁ)
咲き誇る花火の明かりが、闇の中に彼女の真剣な表情を映し出した。
*
祭りが終わった翌日の朝。
ユクモ村の門の前で、レオンとナナは荷車に荷物を積んでいた。
「よし。荷物は全部だな」
「そのようね」
レオンが荷車に乗り込もうとしたとき――
「レオン! 待って!」
「ん?」
振り返ると、息を少しだけ切らせているソラがいた。
「どうした?」
「わ……、わたしも行くよ」
彼女のその言葉に、レオンは少し眉を吊り上げた。
「旅に? ついてくるのか?」
「うん……。余計な荷物を増やしちゃうから、ダメかな?」
「オレたちは全然構わないよ。なぁ、ナナ?」
「そうよ。味気ないレオンとの旅に終止符が打たれるのなら、あたしは大歓迎」
「そっか……、よかった」
「それで、そのことは親父さんたちには話したのか?」
「うん。きちんと話して、許可がもらえたよ。広い世界を見ておくのも悪くないだろう、って」
「そうか……」
「レオンもいるし、不安はあまりないよ」
「あたしはむしろ、不安だらけだけど」ナナが澄ました顔で言う。
「何だよ。今まで一緒に旅してきたじゃんか」レオンが抗議した。
「危なっかしいというか……、放っておいたら、どこまでも行っちゃうじゃない? だから、不安なのよ。バカをやらかさないか、ね」
「あぁ……、心配してくれてるんだな」
「そんなわけないでしょ。面倒なことが嫌なだけ」
「でも、それなら、オレについてきてなんかいないだろ」
「これは、あたしの責任を果たしてるだけなの」
「何の話か分からないけど……まぁいいや」レオンはナナから視線を逸らす。「それはそうとソラ、荷物とかは準備できてるのか?」
「あっ! 家に忘れてきちゃった。と、取ってくる!」
慌てて走っていく彼女の背中を見つめながら、レオンは軽くため息をついた。
「この村とも、お別れか……」
「なーに
「いや……、いろいろあったなぁ、と」
「そうね……」
「ちょっと寄るだけのつもりだったのにな……」
「でも、よかったんじゃない?」
「ま、そうかな……」
未来がどうなるかなんて、わかるはずがない。だからこそ、おもしろい。旅だって、どうなるかわからないからこそ、面白みが生まれるんじゃないか――レオンはそう思った。
二人が荷台に乗り込んで待っていると、数分後、ソラが荷物を抱えて戻ってきた。
「ふぅ……、ごめんね。待たせちゃって」
「問題ないよ。じゃ、乗って」
「うんっ」
レオンが手を差し伸べると、ソラはそれに掴まって荷台に乗り込んだ。
「あ。タイガは?」レオンが訊く。
「タイガは、お父さんのオトモとして、村に残って頑張るみたい」
「そうか。あいつも、自分の居場所を見つけたみたいだな……」
「ソラ、みんなは来ないの?」今度はナナが訊いた。
「うん。さっき、お父さんやお母さん、リクとタイガ、それに、村長にも挨拶してきたから。あと、見送られるのもなんだか……しんみりしちゃいそうだし、見送りはしなくていいよ、って言ってきたんだ」
「ずっとお別れ、ってわけでもないしな」
「うん。どこにいても、繋がりが途切れるわけじゃないからね!」
「よし……」レオンは頷く。「じゃ、行くか!」
「んっ、しゅっぱーつ!」
掛け声が木霊して、荷車はゆっくりと動き出した。
*
長いあいだお世話になった村が、次第に遠くなっていく。
思えば、長かったようで、短かった。
初めて来たときは、こんなに長期間滞在するとは思っていなかったが、
今思い返してみれば、それはあっという間の出来事だった。
ありがとう、ユクモ村……。
名残惜しさを噛みしめながら、振り返る。
連なる山の向こうに、澄み切った空と宝石のように輝く海の境界線が見える。
美しい碧と蒼。
その向こうには、どんな世界が広がっているんだろう……。
考えるだけで、込み上げてくるものがある。
それに、新しい仲間も増えた。
さあ……新たな旅立ちの、始まりだ。
*
碧い空を突き抜ける、
いつもより透明な風を受けて、
わたしたちは進んでいる。
旅立とうとしている。
スタートからは遠ざかっているけれど、
それは、ゴールに近づいているということ。
でも、これからの旅に終着点があるなんていうのも、
少しおかしいのかもしれない。
終わりなんてない。
ううん、終わらせない。
不安はある。恐怖もある。
だから、その一歩を踏み出すことをためらってしまう。
でも、その一歩が、無駄になることはない。
そして、踏み出さないわけにはいかない。
だって……、
世界は、まだまだ広いんだから。
モンスターハンター ~碧空の証~ 了
ご愛読ありがとうございました!
これにて完結でございます。
約1年……かなりゆっくりとしたペースではありましたが、完結させることができて本当に嬉しく思っています。ここまでこられたことに感謝します。
まだ語りきれていない部分もありますが、それは、短編という形で挿入投稿できればなぁ……と思っています。いつになるかはわかりませんが、そのときはよろしくお願いします。
では、また。
2015.3.11