モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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 ジンオウガを討伐しに渓流へ向かった、レオン、ソラ、ナナ、タイガ。
 強大なジンオウガを前に、彼らは苦戦を強いられる。

 レオンが攻撃を受けて戦線から退いているあいだ、オトモのナナが雷狼竜ジンオウガと応戦していた。
 彼女の攻撃がジンオウガに当たることはなく、逆に、雷を纏った攻撃を正面から食らってしまう。
 そのとき、ソラが飛び出してナナを助け、ジンオウガから離れようとする。
 だが、ジンオウガは彼女らの前に立ちふさがり、鋭い爪を振るう――




最終話 広がるは、碧き空

「……え?」

 

 ソラを襲おうとしていたジンオウガは、その寸前で動きを止めた。

 いや、違う……。

 止められたのだ。

 よく見ると、ジンオウガの躰のあちこちに散弾が撃ち込まれ、血が霧となって噴出している。

 

(いったい誰が――?)

 

 破裂音がして、またジンオウガの躰から血が(ほとばし)った。

 そして、その巨体が痙攣(けいれん)を始める。

 

「ソラ!」

 

 名を叫ぶ声がした。それはどこか懐かしい声で……。

 声の方向に目を向けると、二つの人影が見えた。

 その影はこちらに近づいてきており、次第に鮮明になってゆく。

 

「え――お、お父さん!?」

 

「久しぶりだね」

 

 ソラの父の姿が、そこにあった。彼は、身長の倍はある太刀を握っている。装備はユクモのシリーズ一式で、ソラと同じだ。

 

「……帰ってきてたの!?」

 

「あぁ」父は頷いた。「ついさっき、ね」

 

「そうだったんだ……。それで、さっきの散弾は、おじさんが?」

 

 ソラは、父の隣にいた髭面(ひげづら)が特徴的なハンターの方を向く。彼は、ユクモ村専属ハンターの一人だ。彼もユクモノ装備で、手にはボウガンを持っていた。

 

「あぁ、俺だよ。……間に合ってよかった」

 

「そうだったんだ……」

 

「いろいろと話がしたいところだろうけど、それはあとにしよう」父は、太刀を(さや)に納めながら言う。「今はとにかく、逃げるんだ。早くしないと、麻痺弾の効き目が切れる」

 

「うん……、あ、ちょっと待って」ソラは、切り株の側にいたレオンを見据えて叫ぶ。「レオン! 一旦退避するよ!」

 

 声を聞きつけたレオンは頷くと、小走りで駆けてくる。

 

「逃げるよ」

 

「あぁ、早く行こう」

 

 ――ジンオウガが躰の自由を取り戻した頃には、そこに狩人たちの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 ハンターたちは、エリア4へ避難していた。

 

「ナナちゃん、大丈夫?」ソラは、ナナを地面にゆっくりと降ろす。

 

「えぇ……、なんとか。まだちょっとおかしいけど」

 

「あ……そうだ! この実、使えないかな」

 

 ソラはポーチから、青い実を取り出す。ここに来るまえ、リクから受け取ったものだ。

 

「おっ。それは【ウチケシの実】だね」ソラの父が言う。

 

「ウチケシの実?」

 

「うん、属性やられを打ち消すことができるんだ。この子は今、雷やられを引き起こしているから、それを食べさせてあげるといい」

 

「わかった」

 

 ソラがウチケシの実をナナに渡すと、彼女はそれを口に放り込んだ。

 

「それ、オレにもくれないかな」レオンが催促する。「まだちょっと、躰に変な感じが残ってる気がするんだ」

 

「うん。まだまだあるから大丈夫だよ、はい」

 

「ありがとう」

 

 レオンはウチケシの実を口に入れた。外皮を突き抜けるとほのかな甘みがあり、あと味も悪くない。

 

「君が……レオンくんか」

 

「あ。はい」

 

 不意に、ソラの父に声を掛けられ、レオンの背筋が伸びる。

 

「娘がお世話になったそうだね」

 

「いえ、オレの方こそ、お邪魔させてもらって……お世話になってます」

 

「息子……リクが迷惑をかけなかったかな」

 

「逆に、毎日楽しませてもらってます」

 

「そうか」父は微笑む。「おっと、自己紹介が遅れたかな。私はユウキ。知っていると思うが、ユクモ村専属ハンターをやっているよ」

 

「俺はレイ。同じくユクモ村専属ハンターだ」髭面のハンターが言う。「いつもはハンマーを使ってるんだが、ボウガンも扱えるんだ」

 

「レオンです。よろしくお願いします」

 

 レオンは、ユウキ、レイと握手を交わす。

 

「あの、ユウキさん、ジンオウガと闘ったことはありますか?」

 

「そうだね……、闘ったことはないかな」

 

「俺もだ」レイが隣で腕を組んだ。「でも、見たことならあるぜ。ずっと昔だけどな」

 

「じゃあ、さっきみたいな……全身に雷を纏った状態については?」

 

「あれは、超帯電状態っていうらしいな」

 

「チョウタイデンジョウタイ……ですか?」

 

「あぁ。引き寄せた雷光虫に自身の電力を分け与えて活性化させ、その活性化した雷光虫……通称【超電雷光虫(ちょうでんらいこうちゅう)】を纏うことにより、雷のエネルギーを限界以上まで増幅させることができるんだとよ」

 

「つまり、パワーアップした状態ってことですね」

 

「あぁ。本気になると、もっと強い光と雷を放つそうだ。そうなると、もう手に負えない」

 

「超帯電状態を解除することはできないんですか?」

 

「いや、攻撃を加え続ければ、電力を消耗していずれは解かれるらしいぜ」

 

「それか、背中の虫を四散させてやればいいんだ」ユウキが言う。「虫が超帯電状態を作っているから、虫さえ追っ払えば元の状態に戻る」

 

「虫……かぁ」ソラが、唇に指を当てた。彼女が考えているときのポーズだ。「ねぇ……、わたしに考えがあるんだけど……いい?」

 

「え――?」

 

 それから、ソラは作戦を話し始める。彼女が一通り説明し終えると、男三人は唸った。

 

「なるほど、そんなことが……」

 

「たしかに……、危険だけど、それが一番手取り早いかもしれないな」

 

「それでね……?」ソラが、胸に手のひらを添えた。「それは、わたしに任せてほしいの」

 

「えっ」レオンは思わず声を出した。「下手をすれば命だって落としかねないんだぞ? やめたほうがいい」

 

「そうだぞ、ソラ」ユウキが低い声で言う。「レオンくんの言う通り、お前には危ない。何も、無理をすることはないんだよ」

 

「お父さん――」

 

 ソラは、睨みつけるような強い視線を父親に突きつけた。

 

「わたし、ハンターなんだよ。だから、危険が伴うのは当たり前。みんな同じ条件なんだから、わたしがやっても問題ないでしょ?」

 

「だがな……」

 

「大丈夫。ちゃんとほかにも考えがあるんだから」

 

「ユウキ」レイがユウキの肩に手を置く。「娘を案じる気持ちもわかるがな、ソラちゃんがこんなに真剣に言ってるんだ。親なら、子の強い思いは受け止めるべきだと思わないか?」

 

「それはわかっている。わかってはいるが……」

 

 ユウキはソラを見る。

 今までに、彼女のこんな真剣な表情を見たことがあるだろうか。

 その眼差しは、瞳の奥で紅蓮の焔が燃え盛っているような錯覚を起こす。

 

「ふっ……」ユウキは吹き出した。「いつの間にか、こんなに大きく成長してたんだな……」

 

「えへへー」ソラはつられて笑顔になる。

 

「よし……わかった、ソラに任せよう。でも、無茶だけはするな。取り返しがつかなくなってからでは遅いんだ」

 

「もっちろん! だから、お父さんもあまり心配しすぎないでね。自分の命も大切なんだから、(おろそ)かにしちゃダメだよ」

 

「はは……、逆に説教されるなんてな」

 

「じゃあ、時を見計らってその作戦を決行しましょうか」レオンが話し出す。「成功したら……、いえ、成功させて、一気に畳み掛けましょう」

 

 そこにいる全員が頷いた。

 そして一同は、ジンオウガを迎え討つ態勢を整え始める。

 

「ナナ」座り込んだオトモに、レオンは声を掛けた。「動けるか?」

 

「うん……、ちょっと微妙ね。足を引っ張ると申し訳ないから、あたしは遠くで見守ってるわ」

 

「……そうか」レオンは隣のタイガに目を向ける。「じゃあタイガ、ナナと一緒にいてやってくれるか」

 

「了解したニャ」

 

「……ゆっくり休んでおけよ」

 

 タイガの肩を借りながら、ナナは安全な場所へ退避を始めた。

 ジンオウガは、今まで以上に強大な相手。そんなのを相手に、ナナ、タイガもよくやってくれた(タイガは罠を仕掛けただけだが、今までに比べればそれだけでも十分な働きだ)。

 ここで、アイルーのハンターが二匹退き、人間のハンターが二人入る。数は変わらないが、一層の連携は期待できるだろう。

 

「さて……と」

 

 レオンは砥石を取り出して、大剣を研ぎ始める。鋼の刃には大量の傷がついていた。歯(こぼ)れも起こしていて、摩耗が激しい。

 

(あの攻撃か……)

 

 迅雷の一閃とも呼べる前脚の重撃。あれを受けても、大剣レッドウィングに大きな損傷は見られない。

 

(思えば、こいつも長いこと使ってるけど、壊れないよなぁ……)

 

 レオンが撫でるようにして愛剣を研いでいると、彼の鼻がピクリと動いた。

 

「ん……?」

 

 ジンオウガが移動している……?

 こちらに近付いて……?

 

「――ジンオウガ! 来ました!」

 

 彼が叫んだ途端、場の空気が一変した。四人は身構える。

 ――狩人を見下ろしながら闊歩(かっぽ)してくる、無双の狩人。

 王としての威厳を見せつけるかのような「静」の動作。

 その一つ一つが、洗練されたように滑らかで淀みない。

 絶縁を破って放たれる雷は、何者をも寄せ付けない妖気を発しているようでもある。

 

 数秒の沈黙ののち、ユウキが駆け出した。

 ジンオウガは動かない。

 太刀を鞘から引き抜く。その所作に迷いはない。

 風を切る音がして、切っ先が喉元を掻っ切る――寸前で、ジンオウガは後脚で立ち、その攻撃を躱した。

 

(こちらの攻撃は当たらない、か……)

 

 立ち上がった体勢から、ジンオウガは飛び掛かりに転じる。だがそれは、放たれた銃弾と矢で封じられた。

 怯んだジンオウガの懐へ、太刀が斬り込まれる。

 突き、斬り上げ、斬り下がり――。

 比較的軟質な部位が鋼刃に刻まれ、(ひいろ)が飛散した。

 

(まだ少し、攻撃が足りないか)

 

 作戦を決行するには、もう少しだけ電力を消費させる必要がある。

 ここは、近接攻撃よりも弾丸を撃ち込んだ方が、効率がいいかもしれない。

 

「レイ! 榴弾(りゅうだん)を撃て!」ユウキが叫ぶ。

 

 レイは既に準備をしていたらしく、「あいよ」と気前のいい返事をする。「よーし、全員離れろ!」

 退避が完了すると、(てっ)(こう)榴弾が撃ち込まれた。

 時間差で、爆発が起こる。

 その衝撃で、超電雷光虫が少しずつ、ジンオウガから離れていくのが確認できた。

 

「……よし! 今だ!」

 

「うんっ!」

 

 レオンの合図で、ソラは疾走を始めた。

 彼女の見据える先は、ジンオウガ――ではなく、レオンである。

 

「さぁ来い!」

 

「やぁっ!」

 

 ソラは、大地を、大きく蹴り飛ばす。

 躰が空中を駆けるように跳んだ。

 彼女の前方で、レオンが大剣を躰の前で構える――

 

「うぁぁぁぁっ!」

 

 ソラは、刃に片足を掛け、それを勢いよく蹴る。

 その反動で、彼女は天高く飛び上がった。

 

 

 

       *

 

 

 

「――飛び乗る?」

 

「そう。ジンオウガの背中に飛び乗って、背中を攻撃するの。まえに、リザさんが操虫棍でリオレイアに飛び乗って攻撃してたでしょ? あれと同じことをすれば背中を攻撃できるから、一番効率よく超帯電状態を解除できるんじゃないかな?」

 

「でも……そんなこと、どうやって?」

 

「レオンの大剣を使うんだよ」

 

「……オレの?」

 

「うん。レオンに大剣を構えてもらって、それを踏み台にして高く飛ぶ。そうすれば、ジンオウガの背中に飛び移ることだってできるんじゃないかな――」

 

 

 

       *

 

 

 

 宙を舞ったソラは、ジンオウガの背中に飛び乗った。

 刹那、暴れだす雷狼竜、乱れ散る雷光。

 

(……っ)

 

 背電殻を掴んだ腕が、火傷するように熱い。焦げてしまいそうだ。

 躰中に電流が走る。でも、その対策は大丈夫。ウチケシの実を食べ続けていれば、やられる心配はない!

 ……ここで振り飛ばされたら意味がない。

 なんとしても、成功させるんだ!

 ジンオウガの動きが止まる――その瞬間を見計らって、彼女は剥ぎ取りナイフを構え、背中にそれを突き立てた。

 

『ギャゥ!』

 

 ジンオウガは短い悲鳴を上げた。

 再び暴れ出して揺れるが、彼女はしっかり掴まって攻撃を加え続ける。

 

 ――剥ぎ取りナイフが音を立てて壊れた。破片が舞い散る刹那、ジンオウガが首を反らせて怯み、蒼白い光が全て消滅する。

 

「やった!」

 

 ジンオウガが崩れ落ちる瞬間、ソラは巨体から飛び降りた。

 

「よし!」

 

「いくぞ!」

 

 王への報復が、始まる。

 狂いなき太刀筋は靱尾を断絶し、

 雑念なき鉛玉は胸を貫通し、

 慈悲なき重斬撃は尖角を粉砕する。

 しかし、無双の狩人もまた、負けてはいない。

 満身(まんしん)創痍(そうい)になりながらもその巨体を振り回し、狩人を散開させる。

 

『ゥォオォォオォォオアッ!』

 

 狂ったような雄叫び――

 雷狼竜は、疾風の如く駆け始める。

 血走る眼が見据えるは、ぽつんと佇む一人の狩人。

 狩人――ソラは弓に矢を(つが)え、尖鋭な眼差しを暴走する雷狼竜へと刺していた。

 確固たる意志を張り巡らせた(やじり)は、真っ直ぐに、雷狼竜を向いている。

 

(この一撃に全てを賭ける――!)

 

 急速に縮まる距離。

 感覚を最大限にまで研ぎ澄まし、機会を計る。

 途切れなき吐息が、全神経の集中を一気に加速させる。

 雷狼竜の躰が離陸した。

 

(今!!)

 

 ()(はず)を離す。

 それは、一筋の光のように。

 それは、飛翔する龍のように。

 放たれた矢は、雷狼竜の頭部へと吸い込まれ、脳天を弾けさせた。

 爆ぜる、緋。

 止まる、躰。

 揺れる、大地。

 そして……、

 彼女の目の前に落ちた雷狼竜ジンオウガが、二度と起き上がることはなかった。

 

「や、やった……?」

 

 それは、微かに震えた声だった。

 

「わ、わたし……」

 

 奥底から湧き上がる感情。やがてそれは、確信に変わる。

 

「やったんだ!」

 

 狩人の歓声が、辺り一面に響いた――。

 

 

 

 

「やったな!」

 

「うんっ!」

 

 ソラは、駆けてきたレオンとハイタッチした。双方とも、満面の笑みを浮かべている。

 

「ソラ……」ユウキは手を叩いた。「よくやったな」

 

「うん!」

 

「あの作戦が功を奏したわけだなぁ……」レイが腕を組んで頷いている。「いや、ホントすげぇぜ……」

 

「あぁ、本当にな……」ユウキが噛みしめるように頷く。「ソラ、お前の成長ぶりはきちんと見受けたぞ」

 

「えへへ……」ソラは、目を細めて悦に入った。

 

「それに、レオンくんも……ありがとう。娘をここまで育ててくれて」

 

「いえ……オレがやったわけじゃないですよ。成長したのは、彼女自身です」

 

「それでも、君が関わってくれていたことに変わりはない。改めて礼を言うよ。ありがとう……」

 

 ユウキは、深く頭を下げた。

 

「レオン、ありがとね」

 

 にっこり微笑むと、ソラも頭を下げる。

 

「あ……うん、こちらこそ」レオンは少し照れていた。「あ、剥ぎ取りをしないとな」

 

「んっ、そうだね」

 

 ハンターたちは、倒れて動かないジンオウガを見下ろした。

 息絶えてもなお、その巨体は見る者を圧倒している。

 

「ほんとに……やったんだね……」

 

 ソラは呟きながら屈みこんで、腰に手を当てた。しかし、あるものがない。

 

「あっ。わたしの剥ぎ取りナイフ、さっきので壊れちゃったんだ……」

 

 剥ぎ取り用ナイフの耐久性が低いのは承知の上だったが、惜しいことをしたな、と少し後悔の念が渦巻く。

 

「オレの使っていいよ」レオンがナイフを渡してくる。

 

「ありがとう!」

 

 ソラは、ジンオウガの躰にナイフを突き立てた。

 ほかの面々も剥ぎ取りを進める中、ソラが「あっ」と声を洩らした。

 

「どうした?」レオンが訊く。

 

「これ……なんだろう?」

 

 彼女の手のひらにあったのは、光り輝く鱗。何とも形容しがたい、特別な雰囲気を漂わせる不思議な鱗だった。

 

「もしかして……、それ、逆鱗(げきりん)じゃないか?」

 

「げきりん?」

 

「うん。剥ぎ取りで取れるのが珍しい素材だよ」

 

「へぇ……、そうなんだ……。すごく綺麗……」

 

 ソラは、天に向かって逆鱗を掲げた。

 それは、柔らかな陽射(ひざ)しを受けて美しく煌く。

 そして――

 その向こうに見える、どこまでも続く(あお)い空は、今日も広い世界を包み込んでいた。

 

 

 

       *

 

 

 

 村中が喧騒に包まれる。

 人の声、太鼓の音、笛の音――。

 紅葉が全盛を迎えるこの時期、ここユクモ村で祭りが始まった。

 村のあちこちには様々な屋台が並び、踊り場には高い矢倉が組まれ、その周りを人が取り囲んでいる。

 一大イベントとも言えるこの祭りの時期には、大量の観光客が訪れる。美しい紅葉と盛大な祭り、夜空を彩る花火を楽しみにやってくるのだ。

 ソラとレオンは着物を着て、二人並んで村を散策していた。ソラの足元には、レオンのオトモアイルー、黒猫のナナがいる。

 

「ジンオウガが討伐できてよかったなぁ……」ソラが呟く。「そうじゃなかったら、このお祭りが中止になってたかもしれないからね」

 

「もしかして、この祭りに参加したいから、頑張ってジンオウガを討伐しようと思ったのか?」

 

「うーん、それもあるかも」

 

 ソラが唇の隙間から舌を覗かせたとき、タイガが登場してきた。

 

「ニャニャッ! お待たせニャ!」

 

 彼は、たくさんの食べ物を抱えている。屋台で購入してきたものだろう。

 

氷樹(ひょうじゅ)リンゴアメ、サシミウオ焼き、ガーグァ肉のから揚げ、ウマイ餅、モスポークバーガー、ヤングポテトの猛牛バター焼き、大王イカ焼き、特大七味ソーセージ焼き、ユクモ温泉卵……。好きなのを食べていいニャ!」

 

「すげぇなタイガ……、どうやって持ってきたんだよ」レオンは目を丸くさせている。

 

「食べないニャら、ボクが全部いただくニャ!」

 

「人の話を聞けよ!……ホント、タイガは食い物に目がないな」

 

 彼らは木製の長椅子に腰を掛けると、タイガの持ってきたものをつまみ始める。そのどれもが美味で、空腹だった彼らを満たした。

 

「んー、おいしー!」

 

 ソラがから揚げを頬張っていると、隣に座るレオンが黙りこくっているのに気付いた。

 

「レオン、どしたの?」

 

「……オレ、この祭りが終わったら、この村を発つよ」

 

「え?」ソラは、から揚げを落としそうになったが、なんとか死守した。「行っちゃうの?」

 

「あぁ。旅を続けないといけないからな」

 

「そ、そっか……。もうちょっと一緒にいたかったけどなぁ……」

 

「すまないな。でも、いずれはこの村を出る予定だったし、それに、いつまでもソラの家にお邪魔するわけにはいかない」

 

「そう、だよね……」ソラはうつむく。

 

「花火が打ちあがるニャ!」

 

 タイガが叫んだので、全員、顔を上げた。

 

 数秒後、大輪が夜空に(はな)開いた。

 

「綺麗だな……」

 

「そうね……」

 

「おいしそうニャ……」

 

 三人はそんなことを口ずさんでいたが、ソラは口を(つぐ)んで、花火を見上げている。

 

(旅……かぁ)

 

 咲き誇る花火の明かりが、闇の中に彼女の真剣な表情を映し出した。

 

 

 

       *

 

 

 

 祭りが終わった翌日の朝。

 ユクモ村の門の前で、レオンとナナは荷車に荷物を積んでいた。

 

「よし。荷物は全部だな」

 

「そのようね」

 

 レオンが荷車に乗り込もうとしたとき――

 

「レオン! 待って!」

 

「ん?」

 

 振り返ると、息を少しだけ切らせているソラがいた。

 

「どうした?」

 

「わ……、わたしも行くよ」

 

 彼女のその言葉に、レオンは少し眉を吊り上げた。

 

「旅に? ついてくるのか?」

 

「うん……。余計な荷物を増やしちゃうから、ダメかな?」

 

「オレたちは全然構わないよ。なぁ、ナナ?」

 

「そうよ。味気ないレオンとの旅に終止符が打たれるのなら、あたしは大歓迎」

 

「そっか……、よかった」

 

「それで、そのことは親父さんたちには話したのか?」

 

「うん。きちんと話して、許可がもらえたよ。広い世界を見ておくのも悪くないだろう、って」

 

「そうか……」

 

「レオンもいるし、不安はあまりないよ」

 

「あたしはむしろ、不安だらけだけど」ナナが澄ました顔で言う。

 

「何だよ。今まで一緒に旅してきたじゃんか」レオンが抗議した。

 

「危なっかしいというか……、放っておいたら、どこまでも行っちゃうじゃない? だから、不安なのよ。バカをやらかさないか、ね」

 

「あぁ……、心配してくれてるんだな」

 

「そんなわけないでしょ。面倒なことが嫌なだけ」

 

「でも、それなら、オレについてきてなんかいないだろ」

 

「これは、あたしの責任を果たしてるだけなの」

 

「何の話か分からないけど……まぁいいや」レオンはナナから視線を逸らす。「それはそうとソラ、荷物とかは準備できてるのか?」

 

「あっ! 家に忘れてきちゃった。と、取ってくる!」

 

 慌てて走っていく彼女の背中を見つめながら、レオンは軽くため息をついた。

 

「この村とも、お別れか……」

 

「なーに黄昏(たそがれ)てるの」

 

「いや……、いろいろあったなぁ、と」

 

「そうね……」

 

「ちょっと寄るだけのつもりだったのにな……」

 

「でも、よかったんじゃない?」

 

「ま、そうかな……」

 

 未来がどうなるかなんて、わかるはずがない。だからこそ、おもしろい。旅だって、どうなるかわからないからこそ、面白みが生まれるんじゃないか――レオンはそう思った。

 二人が荷台に乗り込んで待っていると、数分後、ソラが荷物を抱えて戻ってきた。

 

「ふぅ……、ごめんね。待たせちゃって」

 

「問題ないよ。じゃ、乗って」

 

「うんっ」

 

 レオンが手を差し伸べると、ソラはそれに掴まって荷台に乗り込んだ。

 

「あ。タイガは?」レオンが訊く。

 

「タイガは、お父さんのオトモとして、村に残って頑張るみたい」

 

「そうか。あいつも、自分の居場所を見つけたみたいだな……」

 

「ソラ、みんなは来ないの?」今度はナナが訊いた。

 

「うん。さっき、お父さんやお母さん、リクとタイガ、それに、村長にも挨拶してきたから。あと、見送られるのもなんだか……しんみりしちゃいそうだし、見送りはしなくていいよ、って言ってきたんだ」

 

「ずっとお別れ、ってわけでもないしな」

 

「うん。どこにいても、繋がりが途切れるわけじゃないからね!」

 

「よし……」レオンは頷く。「じゃ、行くか!」

 

「んっ、しゅっぱーつ!」

 

 掛け声が木霊して、荷車はゆっくりと動き出した。

 

 

 

      *

 

 

 

 長いあいだお世話になった村が、次第に遠くなっていく。

 思えば、長かったようで、短かった。

 初めて来たときは、こんなに長期間滞在するとは思っていなかったが、

 今思い返してみれば、それはあっという間の出来事だった。

 ありがとう、ユクモ村……。

 名残惜しさを噛みしめながら、振り返る。

 連なる山の向こうに、澄み切った空と宝石のように輝く海の境界線が見える。

 美しい碧と蒼。

 その向こうには、どんな世界が広がっているんだろう……。

 考えるだけで、込み上げてくるものがある。

 それに、新しい仲間も増えた。

 さあ……新たな旅立ちの、始まりだ。

 

 

 

       *

 

 

 

 碧い空を突き抜ける、

 いつもより透明な風を受けて、

 わたしたちは進んでいる。

 旅立とうとしている。

 スタートからは遠ざかっているけれど、

 それは、ゴールに近づいているということ。

 でも、これからの旅に終着点があるなんていうのも、

 少しおかしいのかもしれない。

 終わりなんてない。

 ううん、終わらせない。

 不安はある。恐怖もある。

 だから、その一歩を踏み出すことをためらってしまう。

 でも、その一歩が、無駄になることはない。

 そして、踏み出さないわけにはいかない。

 だって……、

 世界は、まだまだ広いんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     モンスターハンター ~碧空の証~ 了




 ご愛読ありがとうございました!
 これにて完結でございます。

 約1年……かなりゆっくりとしたペースではありましたが、完結させることができて本当に嬉しく思っています。ここまでこられたことに感謝します。

 まだ語りきれていない部分もありますが、それは、短編という形で挿入投稿できればなぁ……と思っています。いつになるかはわかりませんが、そのときはよろしくお願いします。

 では、また。

                                   2015.3.11

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