彼らはギルドを出ると、まず温泉宿に置いてある荷物を取りに行き、その
そして、数分後、彼らはソラの自宅の前に居た。
「ここが、わたしの家だよ」
木造二階建て、赤色の
「ただいまー、お母さーん」
「ただいまニャ!!」
「おかえりなさい。あ……誰か居ないと思ったら、タイガだったのね。すっかり忘れてたわ……って、あら?」
女性の目が、ソラの後ろに立つ長身で赤髪の男へ向けられる。
「あんたの後ろに居るのって……」
「うん、わたしの師匠だよ」
「ど、どうも。レオンです。こちらでお世話になります……」そう言って、彼はお辞儀をした。
「ソラの母です。こちらこそ、ウチの娘がお世話になっております」
彼女は一礼して、にっこりと笑った。親子だけあって、その顔はソラとよく似ている。
「あの、オレのオトモアイルーもお邪魔するんですけど、大丈夫ですか?」
「全然構いませんよ」
「ありがとうございます。ほら、お前も挨拶しな」
「レオンのオトモアイルーのナナです。よろしくお願いします」
レオンに促され、ナナもぺこりと頭を下げた。
「あら。しっかり挨拶ができるのね。ウチの
その時、一人の少年がひょこっと顔を出した。ソラと同じ黒髪で、据わった目をしている。
「……誰か来てるの?」
彼の視線が、長身のレオンに向けられる。
「……うわ。大きい人」
少年は驚いているようだった。
「こいつは弟のリクだよ」と、ソラがレオンらに向けて言った。
「……もしかして、この人が昨日言ってた師匠?」リクが訊いた。
「うん、そう」
「……初めまして。どんくさい姉がお世話になっています」リクは一礼した。
「よ、余計なこと言うな!!」
「……いいじゃん、ホントのコトなんだし」
「良くない!!」
「おもしろい弟だな」レオンは口元を緩めて言った。
「お、おもしろくなんかないよ!! ウザいだけだし、ベーだ」ソラは、リクに向かって小馬鹿にするように舌を出した。
「あんたたち、人前で見苦しいわよ。それじゃ、私は夕食を作ってくるから、ソラはレオンさんをお父さんの部屋に案内してあげなさい」
「はーい」
「リクは外から薪を持ってきてね」
「……わかった」
「ボクも手伝うニャ」
「じゃ、レオンとナナちゃん上がって」ソラに手招きされ、二人は家の中へと入った。
「お邪魔します」
玄関を抜けるとすぐ、机と椅子が置いてある居間に出る。奥には暖炉を兼用した
部屋の隅にある階段の昇り口の側に一つの引き戸があり、ソラはそちらへ向かった。
「ここが、お父さんの部屋だよ」
彼女が戸を開けると、8畳程の部屋が目前に広がった。ベッド、机、アイテムや武器、防具を入れるための
「遠慮せず自由に使ってね。お父さんは多分気にしないと思うから」
「あぁ」レオンは、手に持った荷物を床に下ろした。
「じゃ、わたしは着替えてくるよ」
「おう、オレも防具を外しておくか」
「あたしも」
「それじゃ、また後で」
そう言い残し、彼女は階段を駆け上がっていった。ソラの部屋は
レオンは、大剣と全身の防具を外して床に置くと、大荷物の中から服だけを引っ張り出して、それを着た。上は長袖のTシャツ、下はカーキ色のパンツといった具合だ。
ナナは武器と防具を外すと、床に座り込んだ。
少しして、ソラが戻ってきた。黄檗色の着物を纏っている。
「レオンって普段はそんな格好なんだね」
「まぁ、な。ソラはその着物、似合ってるな」
「えへへ。ありがとう」
彼女は笑顔でそう言うと、ベッドに腰掛けた。
「んー、夕食が出来るまで暇だねー」
「そうだな。……母さんの手伝いはしなくていいのか?」
「うん。リクがやってくれるし」
「……弟の方がしっかりしてるんだな」
彼女がぶっきら棒に答えるので、レオンは少し呆れ気味に言った。
「むぅ。まぁ、そうかもしれないけど……。わたしは、ハンターで忙しいんだもーん」ソラは唇を突き出す。
「そうだろうけど……ん?」
机の上に置かれた二つの写真立てが、ふと目が留まる。
彼は机の方まで歩いていくと、その片方を覗き込んだ。
頬を赤らめ、ユクモノ装備を纏ったソラが写っている。そして、彼女の隣には、同じ装備の男性が、優しい笑みを浮かべ立っていた。
「この写真……ソラの隣に写ってるのは、父さんか?」
ソラはベッドの縁から立ち上がると、写真を覗いた。
「ん……? ……あ、うん、そうだよ。……これは、ハンターになりたての頃のだね」
「なんか、ソラは恥ずかしそうだな」
「う、うん……」
「父さんは、優しそうだな」
「うん、優しいよ。……いつ帰ってくるのかなぁ」
「そういえば、ソラの父さんはこの村の専属ハンターだったっけ。……
ソラは首を傾げた。
「確か……“タンジアの港”って言ってたかな? ここ最近、渓流でモンスターの目撃情報とか被害が無いから、そこに行ってお仕事してるんだと思う」
「“タンジアの港”か……」
タンジアの港は、交易の中継地で、船乗りのオアシスと呼ばれる巨大な港だ。そこはまた、多くのハンター達が行き交う活気あふれる場所でもある。
「あたしたちは、前にそこに居たのよね」床にごろんと転がった体勢のまま、ナナが言った。
「あぁ。そこでユクモ村の話を聞いたから、ここに来たんだ」
「へぇ、そうだったんだ」
「それで、専属ハンターはソラの父さんの他に、もう一人いるんだよな?」
「うん。わたしの幼馴染みのお父さんだよ」
「で、そのどちらも、今この村には居ないんだったよな」
「そうだよ。……だから、この村にいるハンターは、
ソラの口元は笑っていたが、目はそうではなかった。
「でも、これはこれで良い機会かもしれないな」
「え? どういうこと?」
「父さんが帰ってきた時に、ハンターとして見違える程に成長したところを見せつけたら、驚かせられるんじゃないか?」
「おおっ!!」
「ま、全てはソラの努力次第だけど……な」
「う、うん……!! わ、わたし、お父さんを驚かせたい!!」
彼女は瞳を輝かせ、少し興奮気味に言った。その様子を見て、レオンは、ソラは父さんが大好きなんだなと思った。
「おう。なら、そのためには──」
そのとき、部屋の戸が開いて、その隙間からリクが顔を覗かせた。
「……ご飯。出来たよ」
「あっ。もう出来たんだ」
「うん。早く来なよ」
「言われなくても、わかってるって。それじゃ、食べよー!!」
レオンとナナは応答して頷くと、一足先に部屋を出たソラの後に続いた。
居間のテーブルの上には、湯気を立ち昇らせる豪勢な夕食――【紅蓮鯛】の塩焼き、【サイコロミート】のステーキ、【黄金米】のご飯、【特産キノコ】入りの味噌汁、天にも昇るほどに美味と謳われる【ヘブンブレッド】、【シモフリトマト】や【砲丸レタス】、【オニオニオン】が盛り付けられたサラダなどなど――が並んでいた。そして、それが放つ香ばしい匂いが食欲をそそり、腹の虫は喉を鳴らした。
「おぉ、豪華!! わたしがハンターになったとき以来だねぇ」
「今日は、レオンさんとナナさんの歓迎の宴よ」母が、テーブルの上にある
「ささ、早く座って」
背中をソラに押され、レオンは席に着いた。そして、ナナ、ソラが隣に座る。リクとタイガは向かい側に座った。
「それじゃ、皆コップを持って、乾杯しよう!」
ソラの掛け声で、全員がコップを掴む。
「それじゃ、レオンとナナちゃんがわたしたちの師匠になってくれたことへの感謝と、二人の歓迎の意を込めて──乾杯!」
『カンパーイ!!』
硝子の擦れ合う甲高い音が響くと、各々コップを傾け、液体を喉に流し込んだ。弾けるような刺激が喉に走る。
「おっ、これは昨日飲んだユクモラムネだな」
「うん、そうだね。んー……もう一杯、貰おうかな」
ソラの手にしているコップは、既に空になっていた。
「甘いものばっかり飲んでると、太るわよ」という母の忠告にも耳を傾けず、ソラはラムネの瓶を傾け、なみなみと注いでいる。
そんな彼女を一瞥すると、レオンは、サイコロステーキにフォークを刺して口へ運んだ。
「うん、美味い!!」
「ニャッニャッ、美味いニャ」
タイガは、我先にと言わんばかりに、鯛の塩焼きを口に放り込んでいる。
「……そんなに食べて、皆の分は無くならないのかしら?」ナナは、鋭い視線を
「仕方ないニャ。ユクモ村は
「確かに、いつ死ぬかわからないもんね」
「そ、そこは否定してほしいニャ……」
ソラの言葉に、タイガは複雑な表情を浮かべた。
「そんなことよりさ、レオン、これ食べてみて」
ガーグァの卵ほどの大きさの卵を、ソラは手に持っている。
「何だ……? 卵か?」
「ただの卵じゃないよ。これはね、ユクモ村名物の一つ、【ユクモ温泉たまご】。ここの温泉たまごは、村を訪れた人達の間では、とっても美味って評判なんだよ」
「へぇ。温泉卵は食べたことあるけど……とりあえず、いただこうか」
「あ、中からガーグァの雛が出てくるようなことはないから、安心してね」
「そんなこと言うな。逆に不安になるだろ……」
まさか、雛が出てくることもあるまい……そう思いながら、レオンが卵の殻を割ると、半凝固状態の卵白が
まず、とろける食感が口腔内を支配する。続いて、調味料が無くとも十分に濃い黄身の味が感覚神経を通じて脳に伝った。
「うんうん。
「でしょ?」
ソラは、白い歯を見せた。
「そうそう、この味噌汁も、キノコが入ってて美味しいね、お母さん」
「それは、リクが作ってくれたのよ」
「あれ、そうなの?」
「……うん。だから、僕に感謝して食べてよね」得意気に胸を張って、リクが言う。
「何を、偉そうに!!」
「……姉ちゃんは料理できないもんね」
「……だ、だから何だっていうの!!」
「……お嫁に行けないよ」
「う、うるさい!!」
「あんたたち、さっきから見苦しいわよ……」なだめるように言うと、母はレオンの方を向いた。「ごめんなさいね……」
「大丈夫ですよ」彼は、顔の前で手を振って見せる。「……静かにしているよりは、楽しくていいんじゃないですか」
母は、溜め息交じりに「まぁ……。それもそうね」と呟いた。
その後も、晩餐は賑やかに続いた。
夕食の後、レオン、ナナ、ソラの3人はソラの父の部屋に戻っていた。
レオンはベッドに腰掛け、防具に消臭玉を
椅子に腰かけ、机に向かって頬杖をついていたソラは、振り返りざまに「そういえば、さっき何を言いかけたの?」と、レオンに訊いた。
「さっき? ……あっ、そうそう」
気が付いたように眉を吊り上げたレオンは、彼のバッグの中をゴソゴソと探り始めた。
「一人前のハンターになるには──」
大量の書物が、机の上の物の全てがひっくり返るような勢いで置かれた。
「たくさん勉強してもらわないとなっ!!」
「え……。な、何、これ? 本?」突然のことに、ソラは当惑した。
「レオンの荷物の大半は本なのよね……。荷物が
「これは、オレの愛読書達だ。モンスターの生態に関して記述された専門書が殆どだけどな。あとは、アイテムとか薬草、調合の本なんかだ」
「へぇぇ……」
「再々言うけど、ハンターには腕っ節も必要だが、博識であることも重要だ」
「うん。それは、わかってるよ」
「そこでだ。知識を付けるには、読書をするのが一番だと、オレは思う」
「は、はぁ」
「だから、これらを貸すから、読んで勉強してみてくれ」
「う、うん」
ソラは終始、圧倒されっぱなしのようだった。
「……でも、まずはこの村近辺に生息するモンスターの生態から調べる方がいいんじゃない?」とナナ。
「それは……そうだな。でも、オレは来たばっかりだし、調べるようなモノは持ってないし」
「それなら、お父さんの持ってる本が役に立つかも」
ソラは椅子から立ち上がると、本棚の方へ向かった。そして、何冊かの書物を引っ張り出してくると、机上に置いた。
「どれどれ。……『ユクモギルド監修 モンスター生態調査書』」レオンはページをパラパラと捲る。「なるほど、役に立ちそうだな」
「こっちには、『
「……牙獣種……か」
レオンが手を顎に
「いや、アオアシラも牙獣種……みたいな
「アオアシラって……昨日の?」
「あぁ」
「じゃ、この本に載ってるかな?」
「それは、読んでみなきゃ分からないだろ」
「あ、そうだね。じゃ、読んでみる」
ソラは紙を捲って、内容に目を通し始めた。レオンも分厚い書を手挟むと、ベッドに横たわり、表紙を開いた。
暫くして、ソラは読んでいた本をパタンと閉じると、「……村長が言ってたように、明日は、村の人達の納品依頼でも受けてみようかなぁ」と、独り言のように呟いた。
レオンは、視線を本からソラに向けた。
「どうした? やる気が出てきたのか?」
「うん。……モンスターは怖いけど、こうやって本でも読んでさ、事前に知っておいたら、動揺することも少なくなると思うんだ。あと、モンスターが潜む危険な渓流で依頼をこなすのは、ハンターであるわたしの方が良いかな、とも思って」
「ふふ、自信が付いてきたみたいね」
「なんとなく……だけど、ね」
ソラは、ふぁぁぁぁと、間の抜けた声を発して、伸びをする。
「……今日は、そろそろ寝ようかなぁ」
レオンは、懐中時計の蓋を開け、「もう、そんな時間か」と呟いた。
「今日は、随分お疲れだものね、ゆっくり休みましょ」
ナナが誘い、二人は共に部屋から出ようとする。
「ん? ナナはソラの部屋で寝るのか?」
「えぇ。女の子同士、ちょっとだけ話でもしようと思って」
「おっ、いいね」ソラは、相槌を打った。
「それはいいけど、夜更かしはするなよ。睡眠と休養は大事だからな」
「大丈夫よ」
「……なら、いいんだ。じゃ、おやすみ」
「おやすみー!!」
戸が閉まると、レオンは机へ向かった。そして、ペンを手に取り、ハンターノートを開いて、今日の出来事を綴っていく。
――ソラの指南役となったオレは、まず彼女に武器の扱いについて教えることにした。
片手剣を構え、渓流で狙う獲物は、ガーグァ。しかし、彼女の優しさのためか、躊躇いもあってか、狩猟は失敗に終わってしまった。だが、その後、武器を弓に変え、再びガーグァの狩猟に挑み、見事成功した。まだ、少し後悔の念が残っていたようだが、直慣れるだろう。
狩ったガーグァの肉を焼いて食べ終えると、回復薬の素材の探索と、簡単な調合を行った。
村へ帰還後、温泉に入り、ソラの自宅へ向かった。彼女の家族には、熱烈な歓迎を受けた。
……ソラには、自信が付いてきたようだった。彼女も頑張っている。オレも、
そこまで書くと、彼はペンを置き、ノートを閉じた。そして、灯りを消し、床に着いた。