モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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第13話 薄暮

 エリア6――。

 清らかな水流が縦断するエリア。いつもは美しいはずの清流のせせらぎが、今は気まずさを助長しているようだった。

 

 レオンの叱責(しっせき)は、ソラの心に強く響いていた。

 今まで優しく接してくれていた彼が、急に立腹したのだ。彼の豹変ぶりに、恐怖さえも感じた。だが、彼の言葉を脳内で反芻(はんすう)すると、自分の行動がいかに軽率だったのかに気付かされた。

 彼女がレオンに目を向けると、彼は、水際(みずぎわ)に居た。彼は、無言のままポーチから小さな瓶を取り出すと、清水を(すく)う。

 

「よし」

 

 彼は頷き、栓で蓋をして瓶をポーチに仕舞った。

 

「…………レ、レオンはどうしてここに川があるって分かったの? 地図も見ていなかったのに」

 

 気まずい沈黙を掻い(くぐ)って、ソラが訊いた。

 

「ん? あぁ、さっきアオキノコを採った場所に居たとき、水の流れる音が聞こえたんだ。だから、ここに川があると思って」

 

 いつもの口振りに戻っていて、ソラは少し安堵した。

 

「……そうだったんだ。流石だね」

 

「五感を研ぎ澄ませて、状況を把握することは大切なことだよ。それよりも、この瓶に水を集めてくれ」

 

 レオンが空き瓶をソラに渡す。

 

「う、うん。わかった」

 

 白けた空気から解放された彼女は、次々と瓶に水を掬い入れていった。

 

「――あとはベースキャンプに戻って、調合するだけだな」

 

 手持ちの瓶に全て水を詰め終えたのを見て、レオンが呟いた。

 

「調合するのも一苦労なんだね……」ソラがふっと一息吐く。

 

「これからが厳しいんだけどな」

 

「……調合材料を集めるより、調合する方が難しいってことだよね」

 

「そう。中には調合材料を集める方が、難度が高いなんてものもあるけど、大半は調合の方が難しい。調合方法とか、分量とかを間違えると大変だからな」

 

「そういうのって、人から教えてもらえないの?」

 

「調合技術なんかの“情報”は、重要な機密だ。そう安易に得られるものじゃない」

 

「情報の取引って難しいのよ。ある情報を求めようものなら、それ相応の対価を求められることもザラじゃないわ」と、ナナが補足した。

 

「難しい話でよく分かんない……」

 

「いずれ分かるようになるから、そこまで心配しなくてもいいと思うよ」

 

「分かるようになるのかぁ……?」

 

 ソラは、不安げな表情を浮かべている。

 

「今は、目の前のことだけをしていれば十分だ。それじゃ、戻ろう」

 

「はーい」

 

 地図を確認し、エリア2へと続く道へと彼らは歩き始める。……が、すぐに誰かが居ないことに気付いた。

 

「あれ? タイガは?」

 

 ソラが見返ると、タイガが川の(ほとり)に腰を下ろし、悄然(しょうぜん)としていた。

 

「ハチミツが採れなかったから()ねちゃってるのね」

 

「タイガ~!! 行くよ!!」

 

 ソラが大声で呼びかけると、タイガはハッとしたように振り向き、駆けて来た。

 

「どうしたの?」

 

「ハチミツ……残念だったニャと思って……」

 

 暗い表情、淀んだ声でそう答えるタイガ。そんな彼を慰めるように、ソラは微笑みかけた。

 

「また今度、採りに来よう?」

 

 間を置いて、彼は(おもて)を上げると、「ニャ!!」と、大きく頷いた。

 そして彼らは、ベースキャンプへと足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプ――。

 

「それじゃ、調合を始めようか」

 

 レオンが全員の顔を見回して言うと、皆は各々(おのおの)頷いた。そして、ソラはアオキノコを、タイガは薬草をポーチから取り出す。

 

「まず、回復薬の調合方法だけど……。本来なら、薬草とアオキノコを乾燥させて、粉末状にしたものを調合して作るべきなんだけど、今はそんな暇もないし、一番簡単な()り潰して鍋で煮込む方法をやろうと思う」

 

「わかった。それで、擂り潰すのにはどうするの?」ソラが訊いた。

 

「乳鉢と乳棒を使うんだ」

 

 そう言いながら、レオンはナナに視線を送る。

 

「えぇ、ちゃんと持ってきてるわ」

 

 ナナは荷車の方へ向かうと積載された荷物を探りだした。

 

「鍋も頼む」と、レオンは付け加えた。

 

 少ししてナナは、陶器製で黒色の乳鉢と乳棒を二組、取手が二つ付いた金属製の中型の鍋を引っ張り出してきた。

 

「ソラとタイガは、乳鉢と乳棒でその二つを擂り潰して置いてくれ。その間に、オレとナナは湯の準備をする」

 

「わかった。……で、どれくらいまで潰せばいいの?」

 

「……それはそっちの判断に任せるよ。それと、さっきの瓶を寄越してくれ」

 

「はーい」

 

 瓶をソラから受け取ると、レオンは栓を抜いて中の水を鍋に注いだ。そして、ナナが焚き火に設置した三つ足の鍋置きの上に、鍋を置いた。

 (しばら)くして、鍋の底から無数の小さな気泡が湧き上がってきた。

 

「そろそろ大丈夫よ」

 

「おう。……そっちはどうだ?」レオンはソラに言葉をかけた。

 

「こんな感じかな?」

 

 彼女は乳鉢の中身を彼に向けた。二つの調合材料は、いい具合に(ほぐ)れていた。

 

「……十分だな」

 

「よーし」

 

「ボクのも見てくださいニャ」

 

「うん、大丈夫だろう」レオンは一瞥して言った。

 

「じゃあ、それを鍋に入れて、このヘラで掻き混ぜてみて」

 

「うん、わかった」

 

 彼女は了解すると、煮えたぎる湯に青緑色の混合物を投入して、受け取ったヘラで渦を作るようにゆっくり回した。

 

「どれくらい掻き混ぜるの? やっぱりこれも、適当?」

 

「そうだな……少し粘り気がでてくるくらいまでかな」

 

 攪拌(かくはん)し始めてから数分程経つと、全体にとろみが出てきた。草独特のニオイも立ち上がっている。ソラは腕を止め、空いている手でレオンを招いた。

 

「で、できた……かな?」

 

「よし、少し冷ましてから瓶に詰めるぞ」

 

 鍋を焚き火から遠ざけ、自然冷却させる。湯気の量が少なくなった頃を見計らい、深緑色の液体を空き瓶に移した。

 

「これで、飲んでもよし、塗ってもよしの回復薬の完成だ。……完全なモノじゃないけど」

 

「おぉ~」

 

「試しに飲んでみるか?」

 

「ニャ!! 飲んでみるニャ!!」タイガが元気よく手を上げた。

 

 レオンはタイガに回復薬の入った小瓶を渡すと、彼は両手でそれを掴み、瓶を傾け一気に飲み干した。

 

「……どう?」

 

「んー……。苦くはないけど、とりわけ美味しいわけじゃない、なんとも不思議な味だったニャ」

 

「……そこで、ハチミツの出番だったのよ。甘くて栄養価の高いハチミツを混ぜれば、口どけがよくて薬剤としての効果も高い【回復薬グレート】ができるの」

 

「その回復薬グレートまで作ろうと思ったんだけどな……」

 

「ニャ……ハチミツ……残念だったニャ……」

 

 ソラは握り拳を作り、「メラルー……許すまじ!!」と、小声で言った。

 

「まぁ……メラルーにモノを盗まれることなんてよくあることだし」レオンは頭の後ろで手を組んだ。「……それでも、昨日は地図を盗まれ、今日はハチミツを盗まれたのか。散々だったな」

 

「……なんでこんなに狙われるんだろう? わたし、何か悪いことしたのかな……」

 

「偶然だと思うけどな。よし、もうすぐ日も暮れるし、今日のところはここで終わりにして、村に戻ろうか」

 

 全員が首を縦に振り、帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 ユクモ村――。

 村と渓流への道を繋ぐ小さな橋を渡り終えると、腰掛けに村長が座っていた。彼女はレオン達の姿に気づくと、にっこりと微笑みかけてきた。

 

「あら、今日はどちらまで? 村人の依頼でもこなされていたのかしら?」

 

「今日は、レオンに指導してもらって、ハンターの修行をしてました。武器も変えて、扱えるようにもなりました!!」ソラは、声を弾ませ言った。

 

「まぁ。それはよかったですわ。それから、お父さん方から連絡があったのだけれど、やっぱり当分は帰られないそうですわよ」

 

「そっか……。でも、レオンが居るし……大丈夫だと思ってます!!」

 

「まぁ。頼りになりますわね」村長はオホホホ、と高らかに笑う。

 

「頼りにされてるわよ、レオン」

 

「……そう言われてもな」

 

 ナナからの冷たい視線を受けながら、はにかんだような笑顔をレオンは作った。

 

「それで、モンスターは狩られましたか?」

 

「ガーグァ1匹だけだよね?」

 

「そうだな。後でギルドに報告しとかないと」

 

「それなら、私が伝えておきますわ。私、ハンターの方々の狩猟報告をギルドに伝える仕事も兼ねておりますの」

 

「そうなんですか。では、よろしくお願いします」レオンは一礼した。

 

 ハンターズギルド管轄の狩り場(フィールド)に向かいモンスターを狩った場合、その個体名や狩猟した数をギルドに報告する義務がハンターには課せられる。報告書を書かされることもあり、面倒臭いと感じることが多々あるので、村長に伝えるだけで良いというのはハンターにとってかなり有難いことだ。

 

「それでは、今日はごゆっくりなさいませ」

 

「……はい、そうします」

 

「じゃ、温泉に入ったあと、わたしのウチに行こう!!」

 

 ソラはレオンの手を取って、石段に向かって駆け出した。

 

「さ、早く行こー!!」

 

「ち、ちょっ……」

 

「あらあら。仲のよろしいですこと」

 

 ソラにグイグイ引っ張られ、レオンが千鳥足になっている光景を見て、村長は微笑を浮かべた。

 

「臭いんだから、アンタも早く身体を洗うのよ。それじゃ、あたしたちも行きましょ」

 

「ニャ」

 

 そして彼らは、石段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 ユクモギルド、集会浴場──。

 

『はぁぁ~……』

 

 湯煙が立ち込める広々とした温泉で、4人は一息吐いた。夕暮れ時の浴場には、村人も幾人か入っている。

 疲弊した肉体を霊泉に癒されながら、ソラが(おもむろ)に口を開いた。

 

「……今日はありがとう、レオン」

 

「なんだ、急に?」

 

「武器を扱えるようにもなったし、いろいろ教えてもらったし」

 

「……でも、狩人の修行はまだまだこれからだぜ?」

 

「……まぁ、そうだけど。でも、レオンが師匠で良かったと思える1日だったよ、今日は」

 

 レオンは少し微笑むと、「ならよかった」と小さな声で呟いた。

 

「それにしても……なんであのとき怒ったの?」

 

「──あのとき?」

 

「わたしとタイガが口喧嘩してたときだよ」

 

「……あ、あぁ、あれか」

 

 レオンは一瞬、ソラから視線を逸らした。

 

「突然怒り出すから、ビックリしちゃったよ」

 

「あたしもびっくりしたわ」

 

「んニャ」

 

「……それはすまなかった。感情的になり過ぎてたな。でも、モンスター──特に、大型の危険なモンスターの狩猟中にあんな喧嘩してたら、本当に危ない。いや、危ないなんてもんじゃない、死ぬぞ」

 

「う、うん」

 

「如何なる状況に陥っても、冷静さを欠かないことが、自身を守る上で肝要なことなんだ。……ま、そう言われて簡単にできることじゃないけど、そのことを頭に置いておかないと、後悔すらできなくなるかもしれないからな」

 

「うん……」ソラの表情が強張る。

 

「……狩人(ハンター)の大変さを思い知ったような顔だな」

 

 ソラはコクリと頷いた。

 

「……正直、()めてた」

 

 やっぱり最初はそうだよな──レオンは思った。

 

「オレも……初めはハンターってものを舐めてた。ただモンスターを倒す、それだけだと思ってたんだ」

 

 一呼吸置いて、彼は続けた。

 

「……でも、現実は甘くなかった。この世界の厳しさは、飛び込んだ初日に、骨の(ずい)まで思い知らされたよ」

 

 ソラの表情が固まったままだったので、彼は訊いた。

 

「──後悔してるか?」

 

 返事は、少し間を置いてからだった。

 

「ううん、してないよ。むしろ、これからもっとがんばらなきゃ、って思ったよ」

 

「そうか……。なら、明日からは死ぬほど厳しくいこうか」

 

「えっ」

 

 丸くなった彼女の目を見て、レオンは吹き出す。

 

「くっ、あっはは……」

 

「えっ、な、何?」

 

「じょ、冗談だよ。そんな顔すんな」

 

「じ、冗談かぁ……。脅かさないでよ……」

 

「でも、がんばるのなら、少しは厳しくしないとな」

 

「うんっ。明日もよろしく、レオン」

 

「おう」

 

「じゃ、あたしは平行してタイガも(しご)いてあげようかしら」ナナが、タイガを睨み付けながら言う。

 

「ニャ!?」

 

 ガーグァの玩具(オモチャ)で遊んでいたタイガは、動きを止め彼女を見た。

 

「……アンタもオトモアイルーとしてはまだまだのようだし?」

 

「それ、いいね!」とソラ。

 

「ま、まぁ、ボクもまだまだだとは自覚しているから、別に悪いこととは思わないけどニャ」

 

「……思わない()()?」

 

「な、なんか怖いニャ」タイガは怯えるように言う。

 

「……ふーん、怖いんだ。でも、心配は要らないわ」

 

「……?」

 

「死なない程度に手加減しといてあげるから──」

 

 刹那、タイガの脳内を無惨な映像が飛び回る。

 

「ニャァァァァァ────────ッ!!」

 

 タイガが脱兎(だっと)の如く逃走し始める直前で、ナナは彼の耳を掴んだ。

 

「待ちなさい」

 

「ま、まだ死にたくないニャァァァァァッ!! は、放せ!! 放せぇっ!! 放すのニャァァァァァッ!!」

 

 断末魔のような叫びを上げ、タイガは鼻息を荒げて暴れまくる。それを見て、ナナは鼻で笑った。

 

「……冗談よ」

 

「……………………冗談キツいニャ」

 

 ペットは飼い主に性格や行動が似るとよく言うが、オトモアイルーが雇い主に似るということもあるようだ。

 

「ところで、タイガが持ってるそれ、何だ?」

 

「……これかニャ? これは、ガーグァの玩具ニャ」

 

 黄色い嘴が特徴のガーグァを模した、天然樹脂製の玩具がタイガの手に握られていた。

 

「こっちには、【クルペッコ】のもあるニャ!!」

 

 クルペッコは、別称を“彩鳥(さいちょう)”という緑黄色を基調とした極色彩の身体を持つ鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)のモンスターだ。鳥竜種というのは、大型モンスターとしては細身の体を持ち、二足歩行をする種族である。

 クルペッコは、上嘴の先端がラッパのように広がっているのが特徴の一つで、それはこの玩具にも反映されている。

 

「ここの胸の部分を押すと……」

 

 タイガがクルペッコの胸にある赤色の鳴き袋を握りつぶすように圧迫すると、玩具は『グァ!』という、鳴き声に似た音を発した。

 

「へぇ、鳴き声がするのね。よくできてるわ」

 

「クルペッコか……。文献でしか知らないモンスターだけど、ここ周辺でも見かけるのか?」

 

 レオンがソラに顔を向けると、彼女は困ったように頭を掻いた。

 

「え、えーと……。わ、わたしはそういうの、全然分からないんだけど」

 

「……ってことは、昨日のモンスターのことも分からない?」

 

「う、うん……」

 

「そうだったんだな。ハンターには様々な知識が要求されるから……これは、勉強のし甲斐(がい)があるぞ」

 

「うへぇ……」ソラは苦いものを吐き出すような顔をした。

 

「……そういうの、苦手か?」

 

「苦手というか、面倒そうだなぁと思って」

 

「──ま、そうだよな」

 

 そう呟いたレオンの瞳に、黄昏(たそがれ)色に染まる山壑(さんがく)の姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、レオンがソラのお家にお泊り!

 まぁ、そのような展開はございませんので、()しからず(笑)

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