エリア5──。
「うん、ここならアオキノコが生えてそうだな」
広い範囲を見回しながら、レオンが言う。
「ほ、ホントに、昨日のモンスターは居ない……よね?」
「ニャ……」
ソラとタイガは怯えていた。
「大丈夫だ。もしいたとしても、オレが守ってやるよ」
頼もしさを感じる彼の言葉に、ソラは
「あ……ありがとう、レオン」
「――っていうのは、今だけだ」
レオンの目つきが、急に真剣なものへと変わる。
「えっ」
「これからは……モンスターに対する恐怖に打ち勝っていかなければならない」
「――」
ソラの表情は、固まっていた。
「どうした?」
「……いや、急に深刻な話題になったから」
「でも、これはけっこう重要なことなんだ。モンスターに攻撃する勇気と、立ち向かっていく勇気は違うものだからな」
「そなの?」
「“躊躇”に対するものか、“恐怖”に対するものかの違いだ」
ソラは、少し首を傾げた。
「躊躇に対してなら、一度勇気を出せば、そのあとは慣性に従って上手くいくことが多い。――でも、恐怖は違う。一度克服したとしても、そのあとずっと恐怖に打ち克てるかといえば、そうじゃない。いつでも、怖いものは怖いんだ……」
ソラは、何も言わずに俯いた。
「――あ、ごめん。ちょっと話が暗くなりすぎたかな」
「レオンの話……いつも長いしおもしろくないわ」ナナが、レオンを腐した。「ま、バカだし、しょうがないわね」
話し始めるとつい長くなってしまうのは、彼の悪い癖だ。だが、彼はそのことを自覚しており、簡潔に言おうとは努力をしている。が、癖というものは厄介なもので、意識して直そうとしても、なかなか直らない。
「……ま、いずれは大型のモンスターを狩ることになるだろうし、そのときは堂々と対峙できるようにしなよ、っていうことだよ」
「う、うん。わかった」ソラは顔を上げ、頷いた。
「そんなことより、アオキノコだな」
「そうね。どこかのバカのせいで、探索の時間が短くなったわね」
「早く探そうか」
4人は先程と同様エリア内に散開し、アオキノコ探索を再開した。
「あっ、あった!! あったよ!!」
ソラの声がエリア内に木霊する。3人は、彼女の元へと駆け寄った。彼女が居たのは、エリア5からエリア6へ続く道の、すぐ傍だった。
「これ、間違いないよね?」
しゃがみ込んだ彼女の手には、
「……綺麗な青ね。間違いなく、アオキノコよ」
「やったっ」
ソラは小躍りして喜んだが、タイガは舌を出し、顔を
「し、食欲を無くす色ニャ……」
「アオキノコは、食用というよりは薬用だからな」
「青色には食欲減退効果があるから、アオキノコをそのまま食すことはなかったのかもしれないわね」
「よし。調合材料も揃ったことだし、回復薬を作ろうか」
ソラは、笑顔で頷いた。
「――と、思ったけど」
「け、けど?」
レオンは腕組みをして、上天へ目を遣る。
「ハチミツがあれば
「……ハチミツ? 何に使うの?」
「それは、後々教えるよ。それで、ハチミツがどこにあるかは分からないか?」
「昨日、このエリアで見つけた気がするけど……」
ソラは、辺りに視線を巡らせる。「確か、あのあたり……かな?」そして、大きな切り株の付近に生える細い木を、彼女は指し示した。
「でも、昨日採っちゃったから、無いかも」
それを聞いて、タイガは肩を落としていた。
「……そういえば、昨日はハチミツを食べ損なったのニャ……。残念だったニャ……」
「いや……まだ採ってない蜂の巣が近くにありそうだし、探してみる価値はあるな」
レオンのその言葉で、タイガの瞳に光が宿る。
「ニャ!! 早く探すニャ!! ニャァァァァァァァッ!!」
ソラが示した方向へ、タイガは土煙をあげながら、駆けてゆく。
「……」
「……す、すごい執念だな」
「単純な奴ね……」
取り残された彼らは、ただ呆然と、猛虎の如く疾走する彼の姿を見ていた。
「……とりあえず、探そうか」
レオンとナナが歩き出す。ソラは採取したばかりのキノコをポーチに詰めると、2人に続いた。
「ハ!! チ!! ミ!! ツ!!」
タイガは張り切って、木の上を探索している。
「ど、こ、ニャァァァァ――――ッ!!」
……エリア内の
「叫んでもハチミツは落ちてこないよ、タイガ」
「うぐぐ……ニャ」
ソラがそう呼びかけると、彼は唇を噛み締めた。……噛む唇がアイルーにあるかどうかは不明だが。
「……でも、やっぱりどこにもないよ?」ソラは、木の上を見上げて言った。
「蜂の巣は、木の上にしかないと思い込んでるだろ?」
レオンがにやついて言うと、『え?』と、ソラとタイガの反応が重複した。
「例えば……そうだな」
レオンは周囲のニオイを嗅ぐ。そして彼は、ニオイの嗅ぎ取れた一本の
「この木だ」
「?」
「――まぁ、見てな」
彼は、腰に提げた剥ぎ取りナイフを慣れた手つきで構えると、幹に刃を深く突き立て、ナイフを捻って樹皮を剥いだ。すると、中から数十匹の
「あっ!!」
「蜂の巣ニャ!!」
驚いた表情で、二人はレオンに駆け寄る。
「う、美味そうニャ……」
「こんなトコにもあったなんて……すごい」
タイガは思わず舌を
「昨日採れなかった分、採っときなよ」
「うんっ」
ソラは木の中に手を突っ込んで、蜂の巣を引き出す。黄金色の粘液が、ツーと糸を引いた。
「……これはロイヤルハニーじゃなさそうニャ」
取り出された巣を見て、タイガは残念そうにした。
「ん? そうなのか?」
「あっ。そう言われてみれば……特有の輝きが無いね」
ロイヤルハニーは特上のハチミツ。素人目で見ても、その輝きには天と地の差がある(と、
「ソラだけロイヤルハニーを食べて……ズルいニャ」
「あ、あれは不慮の事故だよ。モンスターが居るなんて知らなかったし……」
「ニャ!! それでもズルいものはズルいニャ!!」
「ズルくないよ!!」
「おいおい、喧嘩はやめてくれよ……」
目で火花を散らす二人を、レオンは
「――ねぇ、レオン」
ナナが、ハチミツのあった朽木から数メートル離れた場所に位置する立木の傍に立って、レオンを手招きしている。
「ん?」
二人をそっちのけで彼が歩み寄ると、彼女は木の幹に目を注いでいた。
「ナナ、どうかしたか?」
「この傷、何かしらね」
水分を含んだ若木の太い幹に、3本の切り傷が縦に走っているのが目に見えた。
「これは……昨日のアオアシラっていうモンスターの仕業か何かじゃないか?」
「ハチミツのある木の近くにマーキングして、後で取りに来ようという算段だったのかしらね。なかなかね……」
「あぁ。ということは、また戻ってくる可能性も――」
そのレオンの言葉を、
「待て――――――――っ!!」
「待てニャ――――――ッ!!」
という、ソラとタイガの怒号が遮断した。
「な、何だ?」
レオンが振り返る――すると、その二人が、蜂の巣を掴んで素早く逃げ回る“何か”を追い掛けている光景が目に入った。よく目を凝らすと、その“何か”はメラルーだった。おそらく、口論をしている途中、
そんなことを考えていると、
『ハァ……ハァ……ッ』
二人は肩で息をしながら、彼の元へ戻ってきた。
「……と、取り逃がしたニャ……ッ!!」
「もうっ!! ……タ……タイガのせいだからね!!」
「なんニャと!? 元はといえば、ソラが悪いのニャ!!」
「はぁ!? 意味わかんないよ!!」
「お、落ち着け、お前ら――」
唾を飛ばし合う二人に、レオンの声は届いておらず、
「意味がわからないのは、ソラの頭が悪いからニャ!!」
「タイガの方がバカじゃん!? バーカバーカ!!」
「こんニャろ~!!」
「やるかっ!?」
双方が飛び掛かろうとする。
その寸前で――
「静かにしろっ!!」
レオンが突然、声を上げた。
3人は全身を硬直させ、瞠目した。
「お前らなぁ……オレ達は遊びに来てるんじゃないんだ」
落ち着いた怒りの声が響く。その声の主の目は、吊り上がっていた。
『は、はい……』
ソラ達の視線が落ちる。それを見ながら、彼は続けた。
「今は、危険なモンスターが居ないからいいけどな……ここは狩り場なんだぞ? お前達には、危機感ってものが無さ過ぎる。こんな些細なことで喧嘩なんかしてたら、モンスターに食われるぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「ご、ごめんなさいニャ……」
二人は反省した面持ちで、頭を深く下げた。
レオンは溜め息をつくと、「……以後、気をつけるように」と口にして、3人に背を向けた。
「……
驚くほど静かな口調だった。ソラは、どこか寂しげで、威圧感のある彼の背中を目にしながら、「はい」と返事するしかなかった。
「……あとは、瓶に水を詰めてからベースキャンプへ戻るぞ」
彼は、ゆっくりとした足取りで、エリア6に続く道へ向かう。そんな彼と少し距離を置きながら、ソラ、タイガ、ナナは後に続いた。