大魔王ゾーマ「バーバラを何とかしてやれ、ルビス」   作:Amur

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すべてを滅ぼす者VS破壊と殺戮の神

 

【悪夢の世界】

 

 様々な悪夢がはびこる禍々しき異界。

 四方を山脈で囲まれた城塞都市が存在し、中心にある楼閣の頂上に破壊と殺戮の神――魔神ダークドレアムが座している。

 

 この空間がここまで形になっているということはドレアムの復活が近いということ。

 

 

 ゴオッ

 

 突如として空のすべてを闇が覆った――

 

 

「悪夢の世界か……悪くないところだが、よりわし好みに変えておくとしよう」

 

 闇の大魔王ゾーマが悪夢の世界に降臨した。

 

 

ーーーー

 

 

 世界を永遠の夜へと変えたゾーマが楼閣の方へ進んでいくと、前方に巨大な門を発見する。

 だが、その門は不思議なチカラで閉ざされているようだ。

 

「封印か」

 

 ズンズンッ

 

 目の前に封印された扉があるが、大魔王に迂回は存在しない。

 気にせずにそのまま進む。

 

 ゴオオオオオオンッッ!

 

 ゾーマが扉に接触した。

 封印が侵入者を拒むが、大魔王はそこに何もないかのような足取りで前進するため、轟音が響き渡る。

 

 オオオオオオオオーーーアアアアアンンッッッ!

 

 常識外れの侵入者に封印が悲鳴を上げているかのような気さえする。最後に何かが砕け散る音と共に静寂が訪れた。

 

 

 ズンズンッ

 

 

 最初から何もなかったかのように前進するゾーマ。

 攻撃するのでも解除するのでもなく、ただ歩いて突破されたのはこの封印の門が誕生して以来、初めてのことだった。

 

 

 内部に侵入すると広い庭園があり、5体のアンデッドが出迎える。

 錆びた剣を持つ青いマントというその姿は『ぼうれい剣士』に似ているが、また異なる存在。

 彼らはダークドレアムの忠実なるしもべ、『滅びの悪夢』。

 志なかばで死んだ大国の王が、世界も我と共に滅びよとダークドレアムに祈り、配下となった迷惑極まりない存在。

 

 そんな狂王たちも封印を強引に突破してきた大魔王に戸惑いを見せるが、すぐに態勢を立て直し、連携して襲い掛かってくる。

 このあたりの練度は流石にダークドレアム直属の配下といったところだが、眼前の存在には何の意味もなかった。

 

「滅びこそ我が喜び」

 

 ゾーマは絶対零度を吐いた。

 

 ゴオッ!

 

 ご自慢の連携攻撃も大魔王にとってはただ並んだだけであり、一太刀も浴びせることなく、滅びの悪夢は砕け散る。

 世界を道連れにせんとした狂王はすべてを滅ぼす者によって、完全なる滅びを与えられた。

 

 

 ズンズンッ

 

 

 先へ進むと大きな歯車が回転する部屋へとたどり着いた。

 

 そこに立ち塞がるのはワイトキング系のアンデッドである『死の悪夢』。

 神に絶望し、自害した大司教がすべての者に平等なる死をとダークドレアムに祈り、配下となったこれまた迷惑極まりない存在。

 

 死の悪夢から膨大な魔力が感じられる。どうやら、ゾーマがこのフロアに侵入する前から魔力覚醒にて最大まで魔力を高めていたようだ。様式美を無視した非常に無粋な行為といえる。

 

「ドルマドン!!」

 

 二体の死の悪夢が同時にドルマ系最上位呪文を唱えた。

 巨大な暗黒弾がゾーマに迫る。

 

「死にゆく者こそ美しい」

 

 ゾーマはサイコストームを唱えた。

 

 五発連続で放たれた無属性魔法弾が二発のドルマドンを飲み込みながら、死の悪夢を直撃する。

 

「ギィアアアアアアアアアアア!!」

 

 狂った大司教たちに永遠の死が与えられた。

 断末魔が出せるだけ、先の滅びの悪夢よりは健闘したといえるだろう。

 

 

 ズンズンッ

 

 

 ひたすら直進するゾーマ。

 構造上、それで中心部に辿り着けるようになっているが、そうでなければ建物を破壊しながら進軍していたことだろう。

 

 やがて大きな橋がかかっているエリアまでやってきた。

 先にはダークドレアムが座する楼閣が見える。

 

 しかし、ここにも番人が待ち構えていた。

 

 スカルゴンを真っ白にしたような二体の骨竜は『殺りくの悪夢』。

 かつては平和をもたらした名高き英雄だったが、戦いへの渇望を抑えることが出来ず、ダークドレアムに祈り、配下となった。今までの悪夢よりはマシだが、やはり迷惑な存在である。

 

 ドスンッ!

 

 殺りくの悪夢は巨体で押しつぶさんと迫る。

 並の勇者ならばその攻撃力に捻りつぶされるだろうが、大魔王にとってはただのデカい的だった。

 

「なにゆえもがき、生きるのか」

 

 ゾーマは死者のよびごえを呼び寄せた。

 異界より呼び出された亡者たちが殺りくの悪夢に襲い掛かる。

 

「グギ……グギャアアアアア!!」

 

 狂った英雄は必死に振り払おうとするが、続々と押し寄せる亡者の群れに飲み込まれ、最後には絶望と共に虚無の世界に堕ちていった。

 

 第三の悪夢も蹴散らし、ゾーマは前進する。

 道を大魔王が進むのではない。

 大魔王が進むところが道なのだ。

 

 やがて、大きな玉座が見えてきた。

 しかし、そこには誰も座っていないようだ。

 

「空の玉座……だが、後ろから風を感じる。ほほう、これはあれか」

 

 ゾーマが触れると玉座が消え去り、その後ろに階段があらわれた。

 

「やはり。配下はともかく、ダークドレアム本人は様式美というものをよくわかっているらしい」

 

 玉座の後ろに隠し階段という、どこかの誰かと同じ演出に満足気に笑いながら大魔王は進んでいく。

 

 階段を上っていくと、ついには雲に届きそうな高さまでやってきた。

 いつの間にか壁がなくなり、この世界が一望できる。

 ゾーマはしばし、そこからの景色を無言で眺めていた。

 

「ふふふ……魔王に挑む前の勇者たちというのは、今のわしのような感慨を抱いているのだろうか。少しはあやつらの想いが理解できたかもしれぬ」

 

 悠然と、しかし全身から抑えきれぬ覇気を放ちながらゾーマは楼閣を登る。

 

 階段を上がりきると、頂上は展望台のようになっていた。

 大きな時計台があり、回転する歯車の前に玉座があるが、主はそこに座っていない。両刃の剣を持ち、中央付近で仁王立ちをしている。

 どうやら、ゾーマが来るのを大人しく座って待っていられなかったらしい。

 

「待たせたようだな」

 

「ああ、待ちかねたぞ」

 

 二本のツノがある兜、体には申し訳程度の鎧、背にはマントをつけている。

 筋骨隆々の肉体美を、惜しげもなくさらすこの偉丈夫が破壊と殺戮の神――魔神ダークドレアム。

 

「我が配下たちを蹴散らすさまを見ていたが、大したものだ。あれでも各々の世界ではそれなりの実力者たちだったのだがな」

 

「それなり程度ではわしの前では障害にすらなりはしなかった」

 

「そして世界の空を覆うこの闇……ここまで我を挑発した者はいまだかつていなかったぞ」

 

「なに、ほんの挨拶代わりだ」

 

「はっはっはっは――! まずは名乗っておこう。我が名はダークドレアム。終わりなき悪夢であまねく時空をぬりつぶす、破壊と殺戮の神だ」

 

「我が名はゾーマ。凍てついた暗闇と死の世界の支配者たる、すべてを滅ぼす者」

 

「ほほう……して、そのすべてを滅ぼす者が何用でここに来たのかな」

 

「わしの世界を破壊しようとする者がいるようだったのでな。世界を滅ぼすならそれはわしがやる。余計な手出しをさせぬよう、()()()()に来たというわけだ」

 

「ククク……なるほど。ではそろそろ貴様の言う、話し合いを始めてもよいな?」

 

「無論、かまわぬ」

 

 大魔王と魔神は互いにマントをたなびかせ、悠然と構えを取る。

 

「……」

 

「……」

 

 バッ

 

 まずは互いに左手を前へと出し、無造作にチカラの塊を放出する。

 ドレアムの闘気とゾーマの魔力がぶつかり合う。

 衝撃波に視界が塞がれるが、両者には何の支障にもならない。

 

 爆風を貫いてゾーマのサイコキャノンが飛ぶ。

 

 対するドレアムは両刃の剣を力任せに投げつけた。

 魔神の剣は恐るべき大魔王の魔弾を易々と粉砕し、術者を貫かんと迫る。

 

 なんの回避行動もとらないゾーマに直撃は確実と思われたが、剣が当たる寸前で大魔王の姿がフッと消えた。

 

「ぬっ!」

 

 

 ドグオオオオオオオンンッ!!!

 

 遥か彼方で大爆発が起こり、山脈が吹き飛ぶ。

 どうやらゾーマをすり抜けた両刃剣が直撃したようだ。

 

 その大魔王が音もなくドレアムの背後に出現する。

 転移前に魔力を高めていた両手からジゴスパークが放たれた。

 

「っ!」

 

 この地獄のいかずちを受ければあらゆるものが一瞬で滅す。

 しかし、眼前の魔神にはほとんどダメージはないように見える。

 

「……一対一の闘いで傷をつけられたのは本当に久しぶりだ」

 

 パシッ

 

 彼方へと飛んで行った両刃の剣が、ダークドレアムの手に戻ってきた。

 

「わしのジゴスパークを受けてその程度か。……ふふふふ、さすがだ」

 

 ゾーマが両手を前に出すとドレアムの真下に魔法陣が現れた。

 魔界の業火が真上に噴きあがる。

 

 ゾーマが召喚する炎は魔法陣発動から出現までのタイムロスがほぼない。

 だが、“ほぼない”というのはダークドレアムからすれば回避するのに十分な時間があるということであった。

 

 獄炎に飲まれたかに見えた魔神が常識外れの速度で迫る。

 迎撃の呪文を発動しようとするゾーマだが――

 

「遅い!」

 

 ――魔神の絶技

 

 文字通り、目にもとまらぬ速さで魔神の剣が振るわれた。

 

「ぐっ!」

 

 即座に転移して離脱するゾーマだが、あまりにも高速で振るわれるダークドレアムの剣技を前に、数発は被弾してしまう。

 だが、闇の再生力で即座に傷が自動修復していく。

 

「休む暇は与えぬぞ!」

 

 その言葉通り、息をつく間もなく、ドレアムの口から凄まじい氷のブレスが吐き出された。

 『凍結地獄』と呼ばれるそれは、煉獄火炎や絶対零度すら上回る。

 

「このわしに冷気が効くと思うな!」

 

 凍結地獄の直撃を意に介さず、爆裂のこだまを放つゾーマ。

 イオナズンすら可愛く見える大爆発がダークドレアムに炸裂する。

 

「ふはははは! この程度ではまだまだぬるいわっ!」

 

 絶え間ない大爆発の中でもドレアムは飛び上がり、二つに分かれた剣を叩きつけた。

 

「グランドクロス!」

 

「破滅の炎!」

 

 ゾーマは上空目掛けて紫の炎弾を放ち、迎撃する。

 光り輝く十字架と禍々しき獄炎が互いを打ち消さんとせめぎ合う。

 

 大魔王と魔神の死闘は次第に激しさを増していく――

 

 

ーーーー

 

 グランマーズの館――

 

 

「な、なんじゃこれは……!」

 

 占い師グランマーズは信じられない思いで、それを見ていた。

 

 この世界で暗躍を開始した紅衣の悪夢団。

 それが魔神ダークドレアム復活の兆しと考えたグランマーズは、すぐに勇者一行を呼び寄せた。

 

 水晶玉に悪夢の世界の様子を映し出し、ドレアムの動向を探ろうとしたグランマーズだが、そこに映ったのは何者かと死闘を繰り広げる破壊と殺戮の神の姿。

 信じられないことにその魔族は、ダークドレアムを相手に一歩も引かぬ戦いを繰り広げていた。

 

「あれは……ゾーマさん?」

 

「本当だ。ゾーマの旦那じゃないか」

 

 レックにハッサンがすぐに正体に気が付く。

 

「なに? お主ら、あれが誰か知っているのか?」

 

 まさか勇者一行と知り合いとは思わずに驚くグランマーズ。

 

「前に一回、稽古をつけてもらったことがあるんだよ」

 

「あれと稽古か……そりゃ凄まじかったじゃろうな」

 

「まあな」

 

 ゾーマとの修行を思い出して、遠い目をするハッサン。

 

「ずるいじゃないか。お前たちだけ、こんなのに鍛えられるとか」

 

 そのとき仲間になっていなかったテリーが斜め上の文句を言う。

 

「しかし、すげえな……。オレたちとやったときは、まるで本気じゃなかったんだな」

 

 ハッサンが食い入るように水晶玉を見つめている。どうやら大魔王と魔神の戦いに武者震いしているらしい。

 

「私たちに手を貸してくれたのは、魔王たちの勢力争いかと思いましたが……」

 

「違うみたいね。この実力ならデスタムーアも一人で倒せるわ」

 

 チャモロとミレーユが互いの予想が間違っていたことを確認している。

 

「ゾーマさんと模擬戦をしたときはあたしたちも未熟だったし、記憶の中で必要以上に強大な存在にしているのかもって考えていたけど……」

 

「それどころか、自分が強くなった今だからこそ、あの人の凄さがよくわかる」

 

 バーバラとレックはかつての自分たちが相手の力量をはかれていなかったと実感していた。

 

「しかも見たことのない呪文を山ほど使ってるわ。あの氷の呪文は何? マヒャドのレベルじゃないわよね」

 

「あの者が使えばマヒャドも尋常でない威力になるじゃろうが……あれはおそらく『マヒャデドス』じゃな。この世界の呪文体系にはないものじゃから、バーバラが知らぬのも不思議ではないわい」

 

「マヒャデドス……そんなのもあるのね」

 

「ちょっと待ってください。なんでグランマーズさんは異世界の呪文を知っているのですか?」

 

 アモスがもっともな疑問を投げかける。

 

「なんじゃ知らんかったのか? わしは複数の世界を渡り歩いているのじゃ。以前にダークドレアムが襲来したアストルティアという世界からこの地へと時空間を越えてやってきた」

 

「いやいやいや。知りませんよ、そんなこと。複数の世界って……神さまか何かなんですか?」

 

「ただの占い師じゃ」

 

「どう聞いても“ただの”じゃありませんよ……」

 

 

ーーーーーーーー

 

 レイドック城下町――

 

 

 ダークドレアム復活の影響、そして悪夢の世界での戦いの余波が現実世界にも影響を与えている。天は叫び、地は唸り、海は荒れていた。

 

 紅衣の悪夢団を名乗る赤い装束の連中が、破壊と殺戮の神による世界の終末であると、各地で触れ回っていたことも重なり、世間では終末思想が広まっている。

 

 度重なる天変地異により、行方不明だったレイドック王子の帰還と、その結婚話での盛り上がりもどこかへいってしまった。

 泣き叫ぶ者、避難を始める者、諦めて座り込む者など様々であった。

 

 

「アニキイイイッ! 世界は終わっちまうんですか!? どこに逃げやしょう!?」

 

 レイドック城下町においてチンピラたちをまとめる組織『エンドール』に所属するモヒカンはボスであるあらくれに指示を仰いでいた。

 

「うろたえるヒマがあるなら酒の代わりでも持ってこい」

 

 あらくれは豪華な椅子に座りながら、悠々とエールを飲んでいた。

 

「え?」

 

「騒いだところでオレたちに何が出来るよ? どうせなら次の儲け話でも考えな」

 

「あ、アニキ……」

 

「世界が終わるなら、どうしようもねえ。なら、終わらなかったときに、誰よりも真っ先に動けるように準備をしておきな」

 

「……! 分かりやしたぜ! アニキ!」

 

 ボスの堂々とした態度に勇気づけられたモヒカンは早速、指示に従うべく駆けだした。

 

 

 杯を傾けながらあらくれは、ある夢の記憶に思いをはせる。

 

 鍛えたスライムを戦わせる格闘場という聞いたこともない場所で、『賭博王』とまで呼ばれるほどに大成功をした自分。

 そこで仲良くなったゾーマという魔族。

 

 その夢が気になったあらくれは過去からの文献を調べさせた。

 スライム格闘場という施設については記録がなかったが、『ゾーマ』という名前はある古代文献に見つかった。

 それは最古にして最強を謳われる大魔王。

 

 あるときを境に格闘場の夢を見なくなったが、最後に会ったときにゾーマは言った。

 “わしはわしの戦に行く。縁があれば現実世界で会おう”と。

 

 そのセリフの意味は学のないあらくれには分からない。

 だが、一つはっきりしていることは、あの男はこの騒動の中心で戦っているのだろうということだ。

 

 

 杯に残った酒を一息に飲み干し、誰に聞かせるでもなく、あらくれは呟く。

 

「大魔王に……勝利を」

 

 

ーーーー

 

 ルビスの城――

 

 

「おおお……ここにいても感じることが出来る。ゾーマとダークドレアムとやらの凄まじい戦いを」

 

 邪神ニズゼルファが異界での激闘を感じ取り、戦慄している。

 

「ピキー!(ゾーマ様は負けません! あの方こそ唯一真の大魔王!)」

 

 スラリンは一途に師匠の勝利を信じている。

 

「……」

 

 精霊ルビスは目を閉じて静かに祈っていた。この世界の平和が守られることをか、はたまた騒々しい同居人が勝利し、無事に戻ることをか……。

 

 

ーーーー

 

 悪夢の世界――

 

 

 サイコストーム、マヒャデドス、死者のよびごえ。

 

 真・魔神の絶技、メラガイアー、ダブルギガスロー。

 

 

 それぞれ、文字通り必殺といえる一撃が絶え間なく飛び交っていた。

 

 下位攻撃であるギガスローで山脈が吹き飛び、マヒャドで地平線の先まで凍結する。

 その更に上位の攻撃が吹き荒れるこの戦いが現実世界の出来事であれば、余波だけで大陸の一つや二つは塵と化していただろう。

 

 だが、互いに不滅に近い肉体を持つ両者にとってはどれも決定打にはなりえなかった。

 

 

「呆れた頑丈さだな、ダークドレアムよ。わしの呪文や冷気をあれだけ食らって尚も健在とはな」

 

「それはこちらの台詞だ、ゾーマよ。我の攻撃をここまで受けて立っていた者はいなかった」

 

 お互いが眼前の相手の不死身ぶりに呆れたように告げる。

 

「お前の全身から溢れる闇のオーラがあらゆる攻撃を軽減し、そして無限の再生力も持っている。まさに無敵と言えるだろう……このダークドレアムが相手でなければな」

 

「ほう」

 

「お前にはどちらかといえば、特殊攻撃よりは直接攻撃の方が効果があるようだ。ならば話は早い。この私の奥義にて再生する間もなく破壊するのみよ」

 

「わはははは! ならばやってみろ! このゾーマに対して!」

 

 世界の空を覆う闇のすべてがゾーマ一人に集中していく。

 全身から溢れる暗黒のオーラがより濃密になり、禍々しさを増す。

 

 『常闇の衣』(とこやみのころも)と呼ばれるそれは、闇の衣がさらに強化されたもの。

 ある夢の世界においては『アスラゾーマ』と呼ばれる特殊形態があるが、それすらも上回る真なるチカラを引き出した姿がこの状態である。

 

 ゾーマがその絶大な魔力を両腕に集中させる。

 発せられる圧力はかつて魔王ウルノーガの怨念を滅ぼしたとき以上のものだ。

 

 それを見て、勝負を仕掛けてきたと察するドレアム。

 

「言われずともやってみせよう。受けてみよ、このダークドレアムの渾身の一撃をな」

 

 魔力を高めるゾーマを妨害するでも、放たれるだろう呪文に身構えるでもなく、ダークドレアムも同様に自身のオーラを高め始めた。

 

「はあああああああああ……!」

 

 様々な呪文や特技を駆使するドレアムだが、最後に頼みとするのはやはり自身の肉体。

 

 二人からのエネルギーの余波だけで世界が軋みを上げ、震えだす。

 まるでそれは世界そのものが、すべてを滅ぼす者と破壊と殺戮の神に恐怖しているかのように。

 

 

 ついに放たれる大魔王ゾーマ最強の魔法――滅びの呪文。

 

 それはサイコストームすら上回る、無属性かつマホカンタ(反射)無効の超呪文。

 大魔王ゾーマをもってしても、常闇の衣を纏った状態でなければ使うことが出来ない、まさに切り札だ。

 発生する魔力の大渦に飲まれれば、あらゆるものが滅び去る。

 

「いくぞ!」

 

 それに対し、ダークドレアムは全身にオーラを漲らせ、爆発するかの如き勢いで、ゾーマ目掛けて突進した。

 

 ───雷鳴豪断斬

 

 荒れ狂う魔力の大渦にダークドレアムは躊躇なく正面から飛び込む。

 

 さしもの魔神も大魔王の最強呪文を受けては無傷ではいられない。

 一歩進むごとに鎧が砕け、兜が弾け飛ぶ。そして自身の肉体も、無視できないほどの損傷を受けているのを知覚する。

 

「ぬううう――!」

 

 しかし、魔神は止まらない。

 

「――があああああああ!」

 

 実際は一瞬のことだが、体感では永劫とも思える時間をかけ、ついに滅びの呪文を突破する。

 ダークドレアムはその勢いのまま、ゾーマに剣を突き立てる。

 

「ぐ……っ!」

 

 身体の中心を貫いたドレアムの剣がゾーマの背中から突き抜けた。

 その余波で直線状にあった城砦や山々、形あるものすべてが吹き飛び、消え去っている。

 

 無属性攻撃を無効化する常闇の衣を貫通してダメージを与える理外のチカラ。

 両刃の剣は凄まじいオーラを発しており、大魔王を内部から破壊していく。

 

「もらったぞ! ゾーマよ!」

 

「……それはどうかな?」

 

 ダークドレアムが剣を引く前に、ゾーマは魔神の身体を両手で捕まえた。

 

「!?」

 

 ───大魔王の抱擁

 

「さあ我が腕の中で息絶えるがよい!」

 

 ゾーマを中心に絶望の霧氷が吹き荒れる。

 あまりの威力に、本来は冷気に無敵のその身体にすら影響を及ぼしている。

 まともに受けるドレアムの方は加速度的に身体が崩壊していく。

 

「ちいいいい!」

 

 引き剥がそうとするドレアムだが、ゾーマが強く抑えているため、即座の脱出が出来ない。

 

「我こそはすべてを滅ぼす者。このわしに滅ぼせぬ者など二人といらぬ」

 

 それを聞いたドレアムはニヤリと笑い、脱出するのではなく、目の前の強敵をわずかでも早く破壊する方に意識を切り替えた。

 

「奇遇だな、ゾーマよ。この破壊と殺戮の神に破壊できない存在などもういらんのだ」

 

 ゾーマに突き立った剣に更なるオーラを注ぎ込み、破壊せんとするダークドレアム。

 

 

 荒れ狂う氷の嵐の中、互いの身体が限界に近づいていく。

 このような状況であれば、焦り、見苦しく取り乱すことが普通といえる。

 だが彼らは――

 

 

「ワハハハハハハハ!!!」

 

「フハハハハハハハ!!!」

 

 

 どれほどの破壊を行った者も、どれほどの死をもたらした存在も、いざ自分の番が来たときにはそれを冷静に受け止めることは出来ない。

 自身の最期という現実を受け入れられず、絶望の中で死んでいくのだ。

 

 だが、この場にいる大魔王と魔神は違った。

 今この瞬間にも両者は消滅に近づいているが、その中でも彼らは笑う。

 

 

 この悪夢の世界が崩壊するその時ですら、二人の哄笑は響き渡っていた。

 

 

ーーーー

 

 

 ゾーマがダークドレアムとの戦いに向かってから1年が経過した。

 

 その間に大きく変わったことが二つ。

 

 世界中で暗躍していた紅衣の悪夢団が姿を消したこと。

 そして、ダークドレアムの永遠の悪夢に囚われていたグレイス城のすべての魂が解放されたこと。

 

 しかし、大魔王ゾーマはいまだ戻らなかった――

 

 




次回、最終回。



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