大魔王ゾーマ「バーバラを何とかしてやれ、ルビス」 作:Amur
ルビスの城――
私の名はルビス。
地下世界アレフガルドを創造した精霊だ。
これでも地上を見守る者として人々からかなりの信仰を集めている。
魔王や破壊神などの脅威が迫った時には勇者の素質を持つ者たちを導いて世界の安定を図っている。
かつては前線に出ることもあったが、某大魔王に石にされるという目にあってからは、それに懲りて裏方に回るようになった。
そんな私だが、いま非常に困っていた。
「ラププププ。ルビスくん、いい話があるんだ。上手くすれば我らの支配領域を2倍にすることが出来る最高の策を思いついた」
見るからに怪しい風船が私に話しかけてきた。
風船に手足と角が生えたようなその魔族は【暗黒神ラプソーン】。
こいつはたびたび、私に妙な計略を持ちかけてくる。邪険にあしらっているのだが、まったく懲りない。迷惑度は随一であるトラブルメーカーだ。
「ルビスさん、私が頼んだ化粧水は手に入りましたか?」
スタイリッシュな男が話しかけてきた。
三つ目で翼があるその魔族は【天魔王オルゴ・デミーラ】。
最高の“美”の持ち主を自称するこいつは定期的に私に異世界の化粧品を要求してくる。そこまで拘るならいっそ自分で作ればよいのでは? と魔王たちのファッションリーダーに提案するが、それはそれでやっているらしい。
「ルビスよ。そろそろマスタードラゴンと決着をつけてこようと思うが、問題はないな?」
求道者のような老人も話しかけてきた。
緑の肌に長い耳、鋭い角を生やしたこの魔族は【魔界の王ミルドラース】。
この見た目で最も若い魔王のこいつは向上心が強く、自身の実力の確認の為、たびたびマスタードラゴンやグランゼニスに挑みに行こうとする。問題ないか? いやいや、問題しかないに決まっているだろう。
そしてこいつら魔王連合のリーダー格が――
「ところでルビスよ。そなたの旦那がどこに行ったか知らぬか?」
「ゾーマなら地球の日本とかいう地に行ったぞ」
「おや、日本ですか。それを知っていれば新作の美容液オイルを買ってきてもらったのですが」
こいつらのリーダー格、大魔王ゾーマが私の旦那だ。何を言っているのかわからないと思うが、私にもわからない。おかげでマスタードラゴンやグランゼニスからは敵視され、女神セレシアからは改心してくれと泣かれる。改心も何も私は悪に染まってなどいない。なぜこんなことに? すべては勘違いだ。これは悪い夢だ。そうに違いない。なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜぜ
ーーーー
「――はっ!?」
ルビスは自室のベッドにて目を覚ました。
「ゆ……夢? よ、よかった……本当に夢でよかった……」
ひどい悪夢を見た影響か、全身が汗でぐっしょりと濡れている。
まだどこか悪夢の影響が抜けきれないルビスが力なく廊下を歩いていると、前方から小さな黒い精霊のようなものが歩いてきた。
「ルビスか。今日は目覚めるのが遅かったのだな。
黒い妖精――邪神ニズゼルファがルビスに気やすく話しかけてきた。
「ゆ、夢だけど、夢ではなかった……! そうです。こいつとあいつは実際にいるのでした……」
「夢? 何を言っているのだ?」
ニズゼルファが怪訝そうに顔を傾ける。
「……いえ、少々悪い夢を見まして。ところでゾーマが出掛けたとのことですが、どこに行ったのですか?」
「格闘場とか言っていたな」
「スライム格闘場……それならば問題はなさそうですね。勇者一行は魔王デュランを倒し、すでに幻魔王のいる狭間の世界に突入しています。ゾーマは放っておいても大丈夫そうなので、いつでも勇者たちを手助けできるように見守っておかねば」
特にトラブルが起こらなさそうな場所だと聞いてホッとするルビスだが、ハッと思い直した。
「いいえ、ダメです……! そうして油断していたから、この前のようなことになったのです!」
天馬の塔に行くとだけ伝言を残して出掛けたゾーマだが、まさかの過去に移動して目の前の邪神を連れ帰ってくるという所業だ。目を離したら何をするか分からない。
「私もスライム格闘場に行きます!」
「そうか。暇であるし、我もついていこう」
精霊と邪神が大魔王を追って夢の世界に移動するのだった。
ーーーー
スライム格闘場――
「ついに、ついにここまで来た、挑戦者スラリン! 悪魔王デーモンキングを撃破し、スライム格闘場のチャンプとの直接対決までやってきましたー!」
わあああああああああ!
「スラリンよ、いよいよチャンプとの闘いだ。とはいえ特別なことをする必要はない。今まで通りやれば、そなたがスライム族の頂点だ」
「ピキー!(はい、ゾーマ様! この手(?)に栄光をつかんで見せます)」
「まさかこれほど早くチャンプ戦とはな。流石だぜ、ゾーマの大将。スラリンよ、お前さんのおかげで儲けさせてもらってるぜ。最後もビシッと決めてくれよ!」
「プルルン!(大船に乗ったつもりでいてください! では行ってきます!)」
闘技場常連のあらくれが二人を激励する。
彼はすべての試合をスラリンの勝利に賭け、しかも毎回全財産を投入するという無茶をやった結果、『賭博王』の名で呼ばれるほどに成功した博徒だ。
「ん? この気配は……」
「どうした? ゾーマの大将。……ああ、嫁さんが来たのか。チャンプ戦の応援にでも来てくれたのかい? うらやましいねえ」
スラリンが試合場に向かうのを見送っていたゾーマだが、知った気配に入口の方を向くと、ニズゼルファを頭に乗せたルビスがやってくる姿を見つけた。
ちなみに嫁さん呼びは気にしていないのかスルーしている。
「ルビスか。ニズも一緒とは珍しい組み合わせだな」
「貴方から目を離すとダメということを再認識したので、追いかけてきました。この邪神は暇なのでついてきたそうです」
「せっかくなので見てゆけばよい。スラリンが頂点に立つところをな」
大魔王ゾーマ、精霊ルビス、邪神ニズゼルファが揃ってスラリンとチャンプの試合を観戦する。
誰もこんな超ド級のメンバーが格闘場に揃っているなど、まさしく夢にも思わない。
ちなみに普通の人間には見えないヨッチモードの邪神ニズゼルファだが、夢の世界であれば誰の目にも見えるようだ。スライム格闘場に出入りしている変人たちは細かいことを気にしないので、魔族のゾーマにも黒い妖精風のニズゼルファにもさほど驚いていない。さらにルビスのことは有名な精霊と同じ名前の人だな、くらいにしか思われてない。
ーーーー
【はざまの世界】
そこは夢と現実の狭間にある世界。
招かれざる者は侵入することが出来ない異空間だが、勇者レック一行は天馬ペガサスの導きにより、突入に成功する。
ゾーマと愉快な仲間たちが格闘場で遊んでいた数日後、勇者一行は狭間の世界の最深部まで到達していた。
そこでは魔王ムドーたちを陰から操った諸悪の根源――幻魔王デスタムーアとの決戦が行われている。
「わっはっはっはっ! 愚か者め! お遊びはここまでとしよう!」
そう叫ぶとデスタムーアの身体が無数の破片に分裂し、いずこかへと消え去った。
「お、おい。デスタムーアの野郎、どっかに行きやがったぜ?」
「まさか逃げたんですか?」
姿の消えた幻魔王に戸惑いを隠せないハッサンとアモス。
ピシ……パキキ――
「みんな見て! 空間が割れているわ!」
バーバラが指摘した通り、一行の前の空間にヒビが入り、砕け始める。そして、そこから巨大な二つの手が姿を現した。
「でかいぞ! あれがデスタムーアの正体か!」
両手から想像される幻魔王の大きさを想像して警戒するテリー。
「とんでもない邪気です!」
チャモロが割れた空間から漏れる邪悪なオーラを感じて戦慄する。
バリイン!!!
巨大な両手が空間を押し広げると、そこから一際巨大な顔が現れた。
全体が赤く、二本の大きな角に鋭い牙を生やした顔が宙に浮く。
左右には先に出現した手も同じように浮かんでいる。
これこそが幻魔王デスタムーアの最終形態。
「おいおいおいおお! 顔と手しかなくなっちまったぜ!」
「まさに魔王ね。生物の常識を超えているわ」
首から下がないというデスタムーアのありえないフォルムに気圧されるハッサンとミレーユ。
「どれ、お前たちの身体を引き裂き、そのはらわたを食らいつくしてやろうぞ!」
「さあ、みんな! これが最後の闘いだ! 平和を勝ち取るぞ!」
レックがパーティーに呼びかける。デスタムーアの威容に気圧されていた一行は勇者の鼓舞によって態勢を整え直す。
まずはパーティー最速のテリーがデスタムーア目掛けて切り込む。
だが、巨大な左手が割り込み、鋭いツメを振り下ろした。
「ぐっ!?」
かろうじてメタルキングの剣で受けるが、大きく跳ね飛ばされてしまう。
続けてレックとハッサンがデスタムーア目掛けて高速で迫る。
「ぬんりゃああああああ!」
ハッサンが破壊の鉄球を大きく振りかぶるが――デスタムーアの瞳が妖しく光る。
ドサッ
「ハッサン!?」
レックが突然倒れたハッサンに呼びかけるも返事がない。
どうやらデスタムーアの妖しい瞳によって深い眠りに落ちたようだ。
突如の相方のダウンに動きが止まった勇者を幻魔王は見逃さない。
巨大な右手が腰を深く落とし、真っすぐにレックを突いた。
ボガアン!!!
「ぐはあっ!」
右手の正拳突きを受けて激しく吹き飛ぶレック。
地面に叩きつけられるときに受け身はとったが、大きなダメージを受けてしまう。
「回復するわ! みんな、一旦、下がって!」
ミレーユが態勢を整えようと促すが、そうはさせじとデスタムーアの猛攻は続く。
「イオナズン!!!」
幻魔王のイオ系最上位呪文が炸裂する。
それに対し、勇者側の大魔女も同じ呪文で応戦する。
「イオナズン!!!」
ズガアアアアアアアアアアアン!!!
空中で想像を絶する爆発がぶつかり合う。
本来、幻魔王の呪文に人間が立ち向かえるはずもないが、それが出来てしまうのが魔法都市カルベローナのすべてを継ぐ者――バーバラである。
その間にミレーユがハッスルダンスで皆を回復させ、チャモロはキアリクで眠っているハッサンを起こす。
「とんでもないですよ、あいつ。先程のマッチョな姿より遥かに強いです」
手と顔しかないと見て、少し油断していたアモスの顔が引きつっている。
「手が邪魔をして本体に近づけない。全体攻撃なら通らないこともないだろうが……。どうする? レック」
テリーが手から倒すか、最初から本体の顔も狙うか確認する。
「……ここは確実にいこう。まずは両手から片付ける」
レックが戦いの方針を決定する。仲間たちは誰も異論がないようで頷いて答える。
幻魔王デスタムーアとの戦いは熾烈を極めた。
一行の集中攻撃でなんとか右手を撃破して、次は左手となった時点で、左手は右手にザオリクを使い蘇生させた。
これには勇者パーティーもあっけにとられ、呆然とした表情になる。
それを見たデスタムーアは大いに笑ったという。
常人なら絶望して心が折られる光景だが、勇者たちは屈しなかった。
再び、果敢に両手に攻撃をしかける。
片方の手を落としても復活されると判断した一行は、ある程度均等に両手にダメージを与えていった。
そして――
バーバラはすべての魔力を解き放った。
デスタムーアがその存在を恐れ、それゆえ魔法都市を封印するまでに至った伝説の呪文――マダンテが放たれた。
暴走したバーバラの魔力が大爆発を起こし、デスタムーアの両手を吹き飛ばす。
「グガアアアアアア!!!」
回復を司る右手、蘇生を司る左手のどちらも落とされたことで、いよいよ進退窮まるデスタムーア。
しかし、魔王の意地か、そこから凄まじい反撃を繰り出す幻魔王。
「ムシケラがああああああああああっ!」
デスタムーアは身も凍りつくようなおぞましい雄叫びをあげた。
その口から巻き起こされた激しい波動が一行に襲い掛かる。
「こらえろ! みんなあああああああ!」
スフィーダの盾を前面に出して仲間たちを守るレック。
地形が変わるほどの衝撃波だったが、一行は勇者を中心に耐え凌いだ。
そして、いよいよ最後とばかりに一斉にデスタムーアに飛びかかる。
「これが私の最高の技です!」
アモスは口から火の玉を吐き出して攻撃する。
「ようやくその顔をぶった斬れるな!」
テリーがはやぶさのように連続で斬りつける。
「はあっ!」
ミレーユは空高くジャンプし、回転しつつ体当りをした。
「私も魔力を絞り出します!」
チャモロはメラゾーマを唱えた。
「てえええええーーーい!」
バーバラはグリンガムのムチで打ち据える。
「ぬうううううん!」
ハッサンは腰を深く落とし、渾身の正拳突きを放つ。
「これで最後だ! デスタムーアアアアア!!!」
レックはギガスラッシュを放った。
全身全霊を込めたおぞましいおたけびを放ったデスタムーアは、それが凌がれたことで一瞬の硬直状態となっていた。その隙に勇者パーティーの猛攻撃を食らい、ついにその身体が限界を迎える。
動かなくなった自慢の両手。そして崩壊してゆく自身の身体を見ながら信じられないとばかりに呆然自失となるデスタムーア。
「グギギギ……な、なぜだ……。この私がこんな虫ケラどもに敗れてしまうとは……も、もしやルビスが……やつが貴様らに?……意識が薄れていく……私の世界が……くずれ……ぐはっ!!」
ここに人々の夢をも支配せんとした幻魔王は倒れた。
自らが具現化した夢の世界を出発した勇者がパーティーを結集し、自身の元まで辿り着き、ついには討たれることになった。彼はその巨大な欲望に飲み込まれてしまったのだろう。
ーーーー
ルビスの城――
海底から狭間の世界での勇者一行とデスタムーアの最終決戦を見ていたゾーマと愉快な仲間たち。
「や、やってくれました! 勇者たちがあのデスタムーアを倒してくれましたよ!」
感動に打ち震える精霊ルビス。
「ピキー!(人間って凄いんですね!)」
人間の強さに驚くスライム格闘場新チャンプのスラリン。
「この時代の勇者たちもやるものだな」
自分を倒した勇者イレブンたちを思い出して唸る邪神ニズゼルファ。
「ほほう……」
そして感心したように勇者一行を見つめる大魔王ゾーマ。
――これでエンディングだ! 念願のハッピーエンドだ!
ーーーー
レイドック城――
レックの故郷であるレイドックではデスタムーアを倒し、世界に平和をもたらしたということで盛大な宴が催されていた。
それぞれの故郷に戻った仲間たちも宴には呼ばれている。
レイドックの王子でもあるレックは両親や仲間たち、城のみんなに挨拶をしながら宴を回っていたが、バーバラの姿だけがどこにもない。
「うーん。気になるなあ……」
「どうかしましたか?」
なにやら考え込んでいる吟遊詩人を見つけて話しかけるレック。
「あ、これはレック王子。いえね、先程、上がっていった赤い髪をした女の子が妙にさみしそうな顔をしていまして。こんなめでたい日なのに、おかしいなと思ったのですよ」
「赤い髪の女の子……バーバラ?」
その特徴からバーバラかもしれないと思うレックだが、さみしそうにする理由に心当たりがない。
「レック王子?」
「あ、失礼しました。その子はボクの仲間かもしれません。様子を見てきますよ」
「おお、そうでしたか。彼女はこの階段を上がっていきました」
「ありがとうございます」
吟遊詩人の言葉を受けて、上の階でバーバラを探すレック。
そして、玉座の近くでそれらしき姿を見つけたが――
「レック……」
ようやく見つけたバーバラへと近づくレックだが、徐々に彼女の身体が薄れていくのに気が付いた。
「バーバラ! 君の身体が……!」
「さみしいけれど……そろそろ、お別れの時がきたみたいね……」
「お……お別れ……?」
「言い出せなかったけど、本当はこうなるってわかっていたんだ……。あたしはみんなと違って自分の実体がなかったから……夢を具現化させているデスタムーアがいなくなれば現実から消えゆく定め……」
「バ――」
「さようならレック……みんなにもよろしくね……あたしはみんなのこと絶対に忘れないよって……」
「待って! バーバラ! ボクは君が――」
レックの言葉を最後まで聞くことなく、バーバラの身体は現実世界から消えていく。
もはや消滅寸前なのか、レックの手はバーバラをすり抜ける。
本来の歴史では勇者と大魔女はこのまま別れ、二度と会うことはなかったかもしれない。
しかし――
『カルベローナの子、バーバラよ。世界を救った功績としてあなたに現実世界での肉体を与えましょう』
何者かの声が聞こえると、消えゆくバーバラの身体にあたたかな光が降り注ぐ。
神々しい光が収まると、そこには実体を手に入れた彼女の姿があった。
「え……あたしの……身体……?」
すでに消える覚悟を決めていたバーバラはまさかの展開に呆然としている。
同じく、まだすべてを飲み込めていないレックだが、無意識の内にバーバラの頬に手を当てる。
「レックの手……っ!」
ハッとするバーバラ。
「レックーーー!!!」
「バーバラーーー!!!」
感極まってレックに抱き着くバーバラ。
レックもそれを受け止め、互いに強く抱きしめ合った。
ーーーー
ルビスの城――
――これだ! そうだ、これでいいんだよ! なぜこうじゃなかった!
外から見れば無表情で眺めているだけだが、内心は念願のハッピーエンドが叶って歓喜に震えている大魔王ゾーマ。
互いに喜び合うレックとバーバラを眺めながら、やはり嬉しそうな精霊ルビス。しかし、厳しい顔をするとゾーマに話しかける。
「あのときの約束は覚えていますね? ゾーマ」
「約束か……。無論、覚えている」
数日前――
「なに? カルベローナの子に実体を与えるのに問題があるだと?」
デスタムーアとの最終決戦も近づいたときに、ルビスから伝えられた言葉にぎょろりと目を剥くゾーマ。心なしか、表情のない額の大目玉も睨みつけているように感じる。
「お……怒らないでくださいね?」
「いいや、怒る」
「う……そ、それなら何も言ってあげませんよ!」
プイッとルビスは横を向いてしまった。
「……分かった。怒るかもしれんが、この場で暴れはしないと我が名に誓おう」
「……」
ルビスはチラッとゾーマを見た後で、話し始めた。
「本来、命とは不可逆なものです。例外として死後すぐであれば蘇生が間に合うことはありますが、それとて肉体の損傷がひどければ復活は叶いません」
「うむ」
「カルベローナの子――バーバラには肉体が存在しません。そしてすでに現実世界ではその状態が自然な状態となっています」
「うむ……」
「もし、その上で現実世界でバーバラの身体を用意すればどうなるか――?」
「……カルベローナの子が存在する分の世界への揺り返しがあるとでもいうのか?」
「そういうことです」
「では一体なにが起こる?」
「わかりません」
「なに?」
「ただし、確実に言えるのは強引に世界をねじ曲げた結果、帳尻を合わせるべく、どこかで災厄が発生するということです。それも大魔女とまで呼べるほどになった彼女の器に見合うほどの大いなる災厄が」
「大いなる災厄か……」
――災厄と言えば、オレとニズゼルファが滅ぼした【失われし時の怨念と災厄】。あいつは勇者が過去の悲劇を覆そうとした結果、発生した歪みだったな。特にベロニカの死という悲劇を。バーバラを助けることも同じような歪みを生み出すというのか? それが自然でないこと故?
「それ故にカルベローナの子を助けることは出来ぬというわけか?」
「……いいえ。それでは貴方が納得しないでしょう」
「ほう。わしのことが分かってきたようだな」
「さすがに、そろそろね……。ですので、バーバラには肉体を与えます」
「ほほう」
「しかし、それにより大いなる災厄が発生したときは……」
「発生したときは?」
「責任を取ってください」
「……ん?」
「つまり、何かあったら貴方が何とかしてください、ということです」
「ふっ……わははははははは!!! なるほど、そういうことか! それならお安い御用だ!」
「言いましたね? 言質は取りましたよ」
「言ったであろう。わしは何者にも縛られぬが、自らの言葉をたがえることはないとな」
「……貴方の誇りとその言葉を信用しますよ、大魔王ゾーマ」
「うむ。我が名に懸けて誓おう」
「さて、揺り返しからの災厄か。いったい何が起こるというのか……?」
「なんだか楽しみにしてませんか? ゾーマ」
「まあ、暇つぶしにはなるであろうからな」
そして、それからまた数日が経過したルビスの城で大騒ぎが起こっていた。
「ルビス様! また各地で血の様に赤い衣装を纏った連中が現れました!」
「やつらは自らを【紅衣の悪夢団】と名乗っています!」
それらのルビスの兵からの報告を聞いてゾーマは驚愕していた。
――紅衣の悪夢団!? なぜアストルティア(DQ10)で暗躍していた連中がこの世界に……。やつら自身もそれなりに強いが、厄介なのはそこではない。問題は連中の最終目的にある。それは――
「破壊と殺戮の神ダークドレアムの復活! 紅衣の悪夢団はそれが目的と宣言しています!」
「は、破壊と殺戮の神……」
ルビスはあまりの事態にただ震えるしかないようだ。
――これはオレが悪いのか? ハッピーエンドを望んだ代償がこれだというのか。デスタムーアすら歯牙にもかけない魔神の復活がその揺り返しだと……。
ゾーマが考え込んでいると、ルビスが何か言いたげな目でこちらを見ているのに気がついた。
並の事態であれば、先の約束を履行しろと言ったのだろうが、相手が相手。さすがに言葉にするのを躊躇っているのだろう。
ルビスのその姿を見た大魔王ゾーマは――
「……フッ」
笑った。
「な、なにを笑っているのですか? ゾーマ。貴方ともあろう者が、まさかダークドレアムを知らないのですか?」
「いいや、知っておる」
「では何故……」
オレは何を呆然としていたんだ。
ダークドレアムにはデスタムーアが手も足も出ない? 魔王すら糧にする?
それがどうした。オレは誰だ?
オレは……いいや、
「わははははは! ルビスよ! これは相手にとって不足はないな!」
「!?……強敵の出現に喜んで笑っていたのですか!」
「そういうことだ。……紅衣の悪夢団が現れた時点でいつかはダークドレアムが復活することは確定した。ならば、先にこちらからやつの世界に乗り込むとしよう」
「おお……」
ルビスがゾーマのその自信に溢れた姿に感嘆の声を漏らす。
「魔物たちがなぜ貴方についていくのか分かったような気がします……」
「ではな、ルビスよ。早速行ってくるとしよう」
「あ、待ってください!」
「どうした?」
「……私は精霊ルビス。すべてを滅ぼす者たる貴方に私の
「当然であろうな」
「けれど、世界を見守る者として世界を守る行為には祈りを捧げましょう」
あたたかなチカラがゾーマにふりそそぐ――精霊ルビスの加護が与えられた。
「クククク……よいのか?」
「なにか問題がありますか? 私は世界が守られるように祈っただけです」
「わははははは! そなたもなかなか言うではないか!」
「精神体のいまは共に戦うことは出来んが、我もここで応援しているぞー!」
話を聞いていたのか、ニズゼルファが謎のダンスを踊っている。一応、それがゾーマへの応援らしい。
「ふ……では行ってくる」
「ご武運を。偉大なる大魔王」
次回頂上決戦
すべてを滅ぼす者VS破壊と殺戮の神
※ ダークドレアムの公式設定について捕捉。
DQ6のダーマの奥底にいるドレアムはDQ10のドレアムと同一個体です。
DQ10の夢現篇で倒されたドレアムは時空間を移動して、DQ6の世界にやってきました。
そして長い眠りにつくことになります。
このあたりはドラクエの公式設定です。