大魔王ゾーマ「バーバラを何とかしてやれ、ルビス」 作:Amur
【大神殿】
セントベレス山の山頂にて建設が進んでいる光の教団の総本山。
表向きは光の神を信仰する宗教団体だが、実体は魔界の王ミルドラースを崇める邪教集団である。
リュカとヘンリー王子はゲマによって光の教団に連れてこられた。教団の奴隷として働かせるためである。
そして10年が経過した――
「わっはっはっはっ。お前たち奴隷は本当に幸せ者だな! 我らが大教祖さまのために働けるのだからな!」
リュカが本日の労働をするため移動していると、教団の兵士が奴隷たちに勝手なことを言い放つ姿を見つけた。言動から察するに、おそらく正体は魔物だろう。
「いいか? まだ秘密の話だが……大教祖さまはこの神殿が完成すればお前たち奴隷を解放するとおっしゃっているぞ。もちろん、我が光の教団の信者になればという条件だが悪い話ではあるまい」
また別の兵士は声を潜めて語り掛けている。秘密というが、ほとんどの奴隷は知っている話だ。
――当然、素直に自由にするはずもない。邪悪な魔物へと変えられるか、死による苦痛からの解放という意味か。しかし、奴隷たちの多くはこの話を唯一の希望として日々を生きている。
リュカが考え込みながら歩いていると、今では親友となったヘンリーが話しかけてきた。
「やあ、リュカ。さっさと行かないとまたムチで打たれるぞ」
「ああ。わかってるよ、ヘンリー」
「……あれから10年。月日のたつのは早いもんだぜ」
「10年……。10年も僕は無駄にしてしまったのか」
「……親父さんの最期の言葉か。お前はすぐにでも母親を探しに行きたいんだろうな」
「ああ。僕は必ず魔界の王の手から母さんを助ける。それには天空の武具を身に着けた勇者のチカラが必要だ」
「天空の勇者か。オレはお前こそが勇者じゃないかと思っているぜ」
「……ふふ。そんな都合のいい話はないだろうさ」
否定するリュカだが、彼自身もそうであればよいのにと考えているようだった。
ーーーー
【迷いの森】
名前の通り、侵入者を惑わす広大な森。
最深部には妖精の世界に通じる扉があるとされるが、特殊なチカラの持ち主でなければそこまで辿り着くことは出来ない。
その森の奥深くに一軒の家がひっそりと建っていた。
家の前には一人のエルフが佇んでいる。
彼女の名はロザリー。
一人の魔族と共にこの森で静かに暮らしている彼女だが、今は招かれざる客の来訪に困っていた。
「ぐはははは! こいつはついてるわい! 妖精どもの隠れ家を探しているときに、美味そうなエルフの小娘を見つけるとはな!」
「……」
獲物を前に舌なめずりをするオーク。
追い詰められているはずのエルフは意外にも冷静であった。
「どうした? 逃げぬのか。それとも恐怖で動けないか」
「オークさん」
「なんだ? それとオレはただのオークではない。歴戦の猛者、オークLv19だ! いずれは魔王軍の大幹部となる男よ」
その魔物の実力が上がった場合、種族名にレベルを付けて名乗る場合がある。オークのレベル19ともなれば、魔王軍幹部とまではいかずとも、幹部直属のしもべではあるかもしれない。
「すぐに逃げた方がいいですよ」
「は? ……ぐはははは! 笑わせるな! オレさまがいったい何から逃げるというのだ!? この地上で確実にオレさまより強いのは5体の魔王軍幹部の方々のみ!」
「それは――あ、もう遅いようです」
「ん? なにを言っ」
最後まで言い切ることなくオークLv19は真っ二つに両断され、ただのしかばねとなった。
「ケガはないか、ロザリー」
「はい、ピサロ様。おかげさまで」
いつの間にかロザリーの側には魔族の剣士の姿があった。
彼がオークLv19を目にもとまらぬ速さで斬り捨てたのだろう。
彼こそが、かつて魔族の王デスピサロを名乗り、世界中の魔物を統括した存在。
そして世界中の人間を滅ぼそうとしたこともある。
現在ではそのような危険な思想はなくなり、妻であるロザリーと共にこの森で穏やかに暮らしている。
「……迷いの森にオークはいなかったはずだ」
「はい。どうやら魔王軍の一員のようでした。妖精の村を探しにやってきたようです」
「なるほど。となればまた新手が来るかもしれんな。…… と言っていれば誰か来たようだ」
ピサロが振り向いた先には四人組の人間が歩いてくる姿があった。
「あれ? 眠っていない人がいる。おーい!」
赤ずきんのような少女がピサロたちに声をかけてきた。
彼女はベロニカ。異世界――ロトゼタシアからやってきた魔法使いだ。
ツンツン髪の男盗賊はカミュ。金髪の僧侶風の女性がセーニャ。そしてサラサラヘアーの青年がロトゼタシアの勇者、イレブンである。
「人間がこの森の奥地までやって来れるとはな。まさか今代の勇者たちか?」
勇者との予想は当たってはいるのだが、彼が言っているのは天空の勇者のことなので、微妙に人違いである。
「たしかにどことなくソロさんたちに似た雰囲気を感じますね。人間の中でも澄んだ心を持っているようです」
――そういえば、数百年前に会った方々に似ているような? けれど人間がそんなに長く生きているはずもありませんか。
「ふむ……」
かつて欲深き人間がルビーの涙を手に入れようと、ロザリーを狙ってきたことがある。この四人組はそんな人間ではなさそうだが、ここまで来た理由が分からず、ピサロは単刀直入に聞くことにした。
「何用だ人間たちよ。ここには価値のある物などないぞ」
ピサロの問いかけに対して、ベロニカが代表して返答する。
「森の花が魔物に変化して眠りの花粉をまき散らす異変が起こってるの。私たちはそれを解決しに来たんだけど、あなたたちは眠ってないのね」
「眠りの花粉だと? 私に影響はないが……言われてみれば何か漂っているな。どうだ? ロザリー」
「たしかに眠気を感じます。この方たちの言っていることは間違っていないかと」
「ふむ……。それで、お前たちはその原因を取り除こうというわけか?」
「そういうことよ!」
「しかし、あんたには効いてないのか? 見たところ魔族っぽいが、かなり強いな」
感心したように言うカミュだが、こっそりピサロの装備に値段をつけている。
「ただの魔族の方ではないでしょう。チカラだけでなく、気品も感じます」
身につけている物の金銭的価値を探っているカミュに対してセーニャは別の側面から観察していた。
「いや、私はただの魔族だ。昔はそれなりの立場だったが、いまでは配下もいない。一介の魔族の剣士ピサロだ」
「それなりの立場……(間違いなく高位の魔族。魔族内でも重鎮だったんじゃないかな)」
イレブンが鋭く観察する。重鎮どころか当時のトップだったが、さすがにそこまでは分からない。
「人間よ。その剣……私の知っているものとは違うが、どこか似た気配がある。真の勇者のみが振るうことができるあの剣に」
ピサロはイレブンの持つ勇者のつるぎ・真を見ながら語りかける。
「お前は当代の勇者なのか?」
「そうだよ。ボクはイレブン。ロトゼタシアの勇者だ」
「ロトゼタシア……?」
「ピサロっていったわよね。私たちはこことは別の世界からの旅人なのよ。各世界の異変を解決して回っているってわけ」
「各世界を回る……。不思議な話だが、お前たちの実力は見ただけでわかる。それだけのチカラの持ち主なら、そういうこともあるのかもしれぬな」
彼自身はこの世界から動くことはないが、某大魔王から異世界に行ってきた話を聞いたことがあるピサロは理解も早かった。
「しかし、勇者一行のわりに魔族の私を見ても特に動揺せんな。それも異世界を回ってきた経験ゆえか?」
「まーそうね。あなたは魔族といっても人間と姿形は大きく変わらないし、中には明らかにヤバそうな見た目の魔族とかもいたしね。いや、別に悪者じゃあなかったけどさ」
「ああ、ゾーマの大将な。見た目は完全に悪の大魔王だけどな。むしろ、それ以外ない」
好き勝手に言うベロニカとカミュだが、発言内容は一ミリも間違っていない。
「なに? ゾーマ様と知り合いなのか」
「え? あなたも?」
まさかの
ーーーー
【氷の湖】
トロッコ洞窟がある湖は氷に覆われていた。
表面だけでなく、水中も完全に凍りついているが、部分的に氷のない空洞があり、そこにはトロッコ用のレールが設置されている。
自然下ではありえないほど透明度の高い氷のため、沈んだ天空城の姿もはっきり見ることが出来る。まるで最初から用意されていたオブジェのように氷湖の景観とマッチしていた。
「氷湖コース。悪くなかろう?」
大魔王ゾーマはどこか自慢げに語り掛ける。
「いやいやいや! 天空城まで凍らされたら、浮上できないじゃありませんか!」
プサンことマスタードラゴンは全力で抗議する。
「逆に考えろ、プサンよ」
「え……逆?」
「“浮上させなくても構わない” そう考えればいい」
「いやいやいやいや。たしかに、コースを造る前に、天空城に眠っていた同胞たちは救出しましたよ? けれど、城が沈んだから悪しき魔物が溢れ、世は乱れたのです。浮上させないわけには……」
「では逆に聞くが、天空城が浮上すれば世界にあふれた魔物は去り、荒れた世は収まるか?」
「い、いえ。もはやそうではありませんが」
「ならば浮上させる意味はなかろう」
地上に残る言い伝えでは、天空城が落ちて以来、再び魔物が人を襲うようになったとされている。とはいえ、魔王軍がここまで地上に進出している現状では城だけ飛ばしても手遅れである。
「え、な、ない……?……まさか……そ、そうです! いずれ、天空城を救ってくれるはずの勇者一行に空中の移動手段として使ってもらうつもりなのですよ!」
「ただの移動手段であれば、そなたがいるだろう」
「え? 私ですか。そりゃ、勇者一行なら背に乗せることもやぶさかではないです。しかし、私はチカラをドラゴンオーブに込めてボブルの塔に封じてあります。あれがないと、飛べませんよ」
「仕方ない。わしが取ってこよう」
「大魔王自ら!? あなた、そこまで氷湖コースを壊したくないんですか……」
「これで問題はなくなったな」
「冷静に考えれば……天空城はこのままでも大局に影響はない……?」
一番、納得してはダメなやつ(天空城の主)を納得させたことで天空城は湖に沈めたままが決定した。
ーーーー
――ルドマンの屋敷
勇者イレブン一行は迷いの森の異変を解決した後で、新たな異変が発生しているサラボナのルドマンの屋敷を訪れていた。ピサロとロザリーは協力のため同行している。
また、世界に起こる異変についての意見を聞くために、この街でゾーマと合流した。ピサロにはゾーマとの連絡手段があるようだ。
屋敷では主のルドマンがサルマーンという魔物に呪いをかけられており、その退治を依頼される。異世界に逃亡していたサルマーンだが、問題なく懲らしめて、呪いを解除させることに成功するのだった。
「わっはっは。やあ、愉快愉快! 私が支度をしている間に倒してしまうとはな! イレブンのことを気に入ってしまったわい!」
本当に援軍として来るつもりだったのかは定かではないが、呪いが解けたルドマンは上機嫌だ。
「これでようやく結婚式の準備に取り掛かれるぞ。イレブンたちのおかげだ、ありがとう! これが報酬のきんかいだ。受け取ってくれ」
「結婚式が台無しにならなくて良かったです」
「いやっほう!」
見た目通り乙女なセーニャは今回のクエストで人一倍気合いが入っていた。
単純に報酬に大喜びのカミュとは対照的である。
「時に皆さん。実はもう一つ頼みごとがあるんだが、聞いてくれるか?」
「なんだ? オレたちも忙しいんだがな。まあ報酬によっては考えるが……」
大富豪のルドマン相手ならいくらでもふっかけられると判断したカミュが、ここぞとばかりに報酬額を吊り上げようとする。
「もうすぐ帰ってくる新郎の若者だが……実は肝心の花嫁をこれから選ぶことになっているのだよ」
「花嫁が決まってないのに結婚式の準備が進んでるの!?」
ベロニカが至極まっとうな驚きを見せる。
「うむ。少々、事情があってな。……とにかく、一生に一度の重大な決断だ。それを仕切る私も心構えをしておきたい。そこでだ。失敗しないようリハーサルをしようと思うのだ。悪いが皆さんにその手伝いを頼めないだろうか?」
「手伝いって具体的に何をするんだよ?」
「うむ。男性の方々にはその若者の代わりに結婚したい者を選んでほしいのだ。仲間の女性を花嫁に見立ててな」
「ええ!? それって仮であってもプロポーズをするってことですか!」
セーニャが早くも真っ赤になって叫ぶ。
「そういうことじゃ」
「別にいいんじゃない? それくらいなら」
ベロニカが軽く承諾する。自分には関係ないと考えているのかもしれない。
「……ふん。くだらん」
ピサロがいつも通りクールに流す。こちらも自分には関係ないと考えているのだろう。
「ボクも構いませんよ」
イレブンも快く承諾する。
「おお、引き受けてくれるか! さすがは私が見込んだ男だ!」
喜ぶルドマン。ちなみに具体的な報酬の提示はせずにここまで話を進めている。さすがは世界一の大富豪である。(終わったら2000ゴールドもらえるが、ルドマンの金持ちっぷりと報酬額を比べたとき、カミュあたりから不満が出そうである)
ちなみにゾーマもゾーマズデビル形態でこの場にいるのだが、一歩下がって空気になって様子を見ている。
「それでは男性には結婚相手を選んでもらおう! さあ、好きな者にプロポーズするのだ!」
「ではピサロ様、いつでもどうぞ。私の準備は出来ています」
「ロザリー!?」
さっそくかます女エルフ。
自分は無関係と傍観していた魔族の王だが、まさかの奇襲を食らって狼狽えている。
一方、イレブン一行だが、肝心の勇者が何事かじっと考え込んでいる。
「どうしたの? イレブン。ルドマンさんが待ってるわ。さっさと済ませちゃいなさいよ。この中だと……ロザリーさんにプロポーズなんかしたら血の雨が降りそうだから、セーニャしかいないでしょうけど」
ベロニカが首をかしげて勇者を促す。
決心したのか、顔を上げてプロポーズする相手を見つめるイレブン。
その相手は金髪の僧侶……ではなく、幼い見た目の魔法使いだった。
「え? イレブン……。もしかして、あたしを花嫁に選ぶ気なの?」
勇者イレブンは首を縦に振った。
「え? え? な、何よ……本気なの?」
「ああ」
「だ、だって、今までそんな素振り見せなかったじゃない……」
「ボクも以前は意識していなかった……いや、自分の心に気が付いていなかったんだ」
「――うっ。……そ、それに今はこんな姿なのに。アンタってあたしみたいなのがタイプなのね。ねえ、ホントにあたしでいいの?」
「ベロニカ。君のためなら過ぎ去りし時を求めることも厭わない。だから……結婚してください」
勇者イレブンはベロニカに熱い告白を繰り出した。
ゾーマはその姿をじっと見ている。魔女っ娘贔屓の大魔王としては気になるようだ。
「……ふふ。実はイレブンも大魔法使いベロニカさまの魅力にメロメロだったのね。わかったわ! これから先、このあたしがその背負ってる使命ごとアンタをずーっと守ってあげるから安心しなさい!」
「末永くよろしく、ボクのかけがえのない魔女」
「素晴らしい……。何と愛に満ちた告白なのでしょうか」
しばらくうっとりしていたロザリーだが、すっと旦那の方を振り向いた。
「ピサロ様。あちらのイレブンさんとベロニカさんが手本を見せてくださいましたよ。そろそろ私たちの番です」
「ロザリー! 私たちはすでに夫婦なのだ! 今更プロポーズなど必要はないだろう!?」
「いいえ。ここはそういう場です。そうしないと終わりませんよ」
「ろ、ロザリー……!」
ぐいぐい押してくる妻に進退窮まったピサロはゾーマに視線で助けを求めた。だが、大魔王はすべてが凍てつくような普段の目ではなく、生暖かい視線を送っている。
「な!?(あ、あの目は “ルビスを連れてこなくてよかった” とか考えている目!)」
ちなみにカミュはちゃっかりセーニャにプロポーズしていた。
盗賊と賢者の末裔という正反対の二人だが、セーニャの方もまんざらではないようだ。
魔族の王がどうしたかは彼の名誉のためにも触れないでおこう。
ーーーー
ルビスの城――
ちょうどその頃、海底城の精霊ルビスは左手の薬指に光る指輪を見て、かつてそれを貰った時のことを思い出していた。
『しかし、私は光側の女神。そして貴方は闇の大魔王……』
『そう、そなたの言う通り。だが、光ある限り闇もまたある。ならば――』
『ならば……?』
『そなたという光の側にわしという闇があるのもよかろう』
『――!』
「まったく……あの男らしい勿体ぶったセリフです」
そんなことを言いつつも、きちんと毎日指輪を付けているルビスであった。
当然、大魔王様ともなれば結婚してくれなどと直球では言わない。