残るは敵のツートップ! バトルは大詰め油断大敵!
バランはサプライズ残してるかも! 仲間を頼ってレッツワーキンッ!
「ぬぅん!!」
バランの鋭い一撃がチェルシーに振り下ろされる。
「くはっははは!! 凄まじい剣だなバラン! ちょっと間違えれば腕が落とされてしまいそうだ!!」
それをチェルシーは素手で捌く。
反撃の拳が、蹴りがバランの体を覆う竜闘気を貫かんばかりの衝撃を与える。
その攻防に、チェルシーの腕から滴る血が舞い始めたのはいつからだったか。
(この女、恐怖というものがないのか?)
その出血を優勢の証だとバランには思えなかった。
竜の騎士の力に耐え得る唯一の剣、真魔剛竜剣。
その猛攻を徒手空拳で受け続け、まだ両手が繋がっている時点で信じがたいのだ。
(竜騎衆二人を一蹴したのも当然か。この女は、ヴェルザー以来の強敵よ!!)
バランは額の紋章を輝かせ、紋章閃を打ち出す。
チェルシーは腕を十字に交差させ、勢いに十数メートル押し出されながらも受けきった。
「ギガデイン!!」
「ぬ、ぐぅぅ!!?」
そこへ、激しい雷撃の追い討ちが決まる。
痺れたチェルシーの体は自由を失い、バランはそこを畳み掛ける。
「決めさせてもらうぞ!!」
再び繰り出されたギガデインは、チェルシーではなくバランの掲げる真魔剛竜剣へ落ちる。
「ギガブレイク!!」
バランが誇る必殺の一撃。
それをまともに受けて、死の運命から逃れられた者は数少ない。
まして。
「グ……ガハァ!!?」
ギガブレイクの衝撃に怯むことなく、反撃の拳を打ち込まれたことなど、バランにさえ未知の出来事であった。
「ば、馬鹿な!?」
拳を叩き込まれ、血を吐くバランの姿。
それを目にしたラーハルトは驚愕の声を上げる。
「随分と余裕だな!!」
その隙を逃すトウコではない。
モミジ討ち。鞘から抜き放たれる刀が炎に染まり、ラーハルトに襲いかかる。
「ぬう!?」
それを辛うじてラーハルトは魔槍で防ぐ。
だがその隙にトウコは炎に紛れ、姿を掻き消していた。
抜刀術。
納刀から放たれる神速の一撃は、ラーハルトさえ後手に回らせるほどであった。
「ハァ!!」
「上かッ!!」
力閂オロシ。縦回転の遠心力を加えた切り下ろしを迎撃するラーハルト。
魔槍はトウコの脇腹を突き破り、切り下ろしは纏う鎧に深い傷を残すに留まった。
もしまともに受けていたら。背筋に冷たいものを感じたラーハルトは、地に落ちたトウコにトドメを刺すべく槍を振るう。
否、振おうとした時には、全てが終わっていた。
「グゥッ……!? ま、まさか……今、斬られたのか、わ、私は……?」
ラーハルトが熱いと感じたのは、血を吐いた後だった。
【影無し】と呼ばれるトウコの剣術でも最速の一つが、ラーハルトの思考の隙間に放たれていた。
「あ、遊ばれていたのか……」
「鈍った腕が貴殿と死合うことで磨き上げられた。それが手を抜いたように感じられたなら、謝罪しよう」
「この私を試金石とするか……いや、私は初め侮っていた。たかが人間、本気を出すまでもないと……相手の底を見誤った私が負けるは、必然、か……っ!!」
ドウッと仰向けにラーハルトは倒れ伏した。
残るはバランのみ。だというにも関わらずトウコはまったく安心できなかった。
(ラーハルトは自分の底を見誤ったと言った。では、バランの底は……本当に今が限界なのか?)
その予感が現実になろうとしていた。
バランは後ろに下がり、チェルシーもギガブレイクの威力に追撃はかけられなかった。今はイクラによる回復で傷を癒している。
「ラーハルト、すまぬ……お前たちを率いるべき私が、相手を侮ったことがこの惨状を招いたのだ」
口元から血をぬぐい13班を睨むバラン。
けして少なくないダメージを負っているにも関わらず、その眼光は敗者のものではない。
「真の力で相手をしよう……人の体を捨ててでも!!」
宣言するように言い放ったバランは左目に装着していた装飾具を外す。
刺々しいデザインのそれを力の限り握ったため、その手には赤い血が滲みだしていた。
「何を……ッ!?」
バランの赤い血が、青く変色した。
13班はその色に見覚えがあった。ハドラーの血と同じ色……魔族の血だ。
「冥土の土産に教えてやろう!この紋章は竜の騎士の証!悪しき人間に天罰を与えるために世界にただ一人現れる存在よ!」
バランが青き血が滴る拳を振り上げた瞬間、雷撃がその体に落ちる。
ギガデインとも違うその雷の輝きの中、バランの紋章が輝き、その体が鎧を砕くほど膨張する。
そして輝きが収まったそこに存在する男の姿に、トウコが、チェルシーが息を呑む。
かつて見た、友が変貌した姿にあまりに酷似したその姿に。
「……人竜、なのか?」
東京を襲った最初の竜戦争において、真竜ニアラを打倒するために人であることを捨てた友、『SKY』のリーダー、タケハヤ。
さらに言えば13班が所属する特務機関ムラクモの元総長、ナツメが変貌した姿……『人竜』。
バランの全身を覆う竜の肌、背中より生えた翼が、それを連想させた。
「ええっ!?人竜って、まさか……タケハヤさんって方がなったっていう?」
「ッ、来るぞ!!」
話す間など与えんとばかりにバランが迫る。
迎え撃つチェルシーが迎撃の拳を放つ。真魔剛竜剣との打ち合いにも耐え、バランを殴り伏せた13班最強の頑強さを誇る彼女。
「ごっ……はっ……!?」
それをバランは一撃で貫いた。
「イクラ、援護を!!」
「はい!アイシクルエデン!!」
飛び出したトウコに合わせイクラが放つは氷属性最大のスキル【アイシクルエデン】。
一瞬で、チェルシーにトドメを刺さんとしていたバランを氷石に包みこむ。
そこへのトウコによる居合の追撃【風林重ね】。実戦で何度も竜を屠ってきた王道のコンビネーション。
「ぐっ!?」
それを、やはり一瞬で氷を砕いたバランがトウコの首を掴み、防いだ。
もがくトウコを、しかしバランはそれさえ許さぬと手になお力を込め……まるで鉛筆のように、トウコの首をへし折った。
「あ、あああ……?」
イクラにとって初めての帝竜との戦いは、丸の内でのティアマットとの戦闘だった。
まるで刃が立たず、震える自分を守るためにチェルシーが、トウコが血に塗れていった。
アメリカ特殊部隊『セクト11』のショウジとイズミの兄妹の助けがなければ、あの時全滅していてもおかしくなかった。
それと同じことが、今また目の前で。そして今度は助けはいない。
イクラの心に絶望が広がる。
「この姿になると、手加減というものがまるでできん……情報を得るために生かすなどと器用なことはできんのだ」
震えるイクラに、なんとか紡ぎだすような声でバランが語った。
お前も殺したくて仕方がないが、必死に我慢しているのだとイクラには聞こえた。
「最後のチャンスだ。降伏し、その知識と力をバーン様に捧げよ」
「……こと、わる」
震えた、しかし即答だった。
バランは一度だけ溜息を吐き、目を見開き告げた。
「ならば死ねぇ!!」
凄まじい速度で迫るバラン。それに対してイクラは一言だけ、呟いた。
「……エグゾースト」
「!?」
その瞬間、バランはイクラの圧倒的な闘気の高まりを感じた。
「ぐ、あ、ああああああああーーーー!!!」
苦しみだすイクラ。その背中からはバランのものとは異なる、妖精や天使を思わせる三翼の羽が生み出される。
「何をするつもりか知らぬが……させんわぁぁぁ!!」
バランの拳が、イクラに突き刺さる。その体が大地にゴム鞠の如く跳ねるのと同時に、イクラの背中の羽は光の粒子となって周囲に飛散した。
「一瞬ゾクリとさせられたが……こけおどしだったか?」
勝利。バランは久々にそれを噛み締めた。
これまでバランを追い詰めたのは全て魔族や竜族のみ。よもや人間相手に超竜軍団が壊滅し、竜魔人になるまで追い詰められるとは。
そんなことを考えていたために、バランは気づけなかった。
「うちの可愛いイクラクンになんてことするか、痴れ者がぁぁ!!」
「ぐあああああ!!!?」
背後から恐ろしく重い一撃がバランを襲った。
息も出来ぬほどの衝撃を受けながら、襲撃者は何者かとその身を起こす。
「ば、馬鹿な!?」
そこには怒りに表情を歪ませたチェルシーの姿。それだけではない。
「大丈夫、気を失っているが息はある。島での特訓がイクラにも効果があったのかもしれないな」
倒れたイクラの安否を確かめるトウコの姿もあった。バランはまるでダメージなど残っている様子がない二人にただただ驚愕する。
「ありえん、貴様らは腹を突き破り、首をへし折ったはず!何故生きている!!」
「一般人より丈夫なんだ。首を折られても即死はしない」
「流石に心臓でも握り潰されれば死ぬかもしれんな……が、今回はイクラクンが私達を回復してくれたんだ」
青ざめ気を失ったイクラ。その最後の様子をバランは思い出していた。
EXスキル【キセキの代行者】。
イクラはその力のすべてを使い、全てを癒す秘奥義を放っていたのだった。
「なるほど、あの変化は回復魔法の類だったか。だが頼りのそいつはもうアテにはならんようだぞ?私が再びお前たちの息の根を止めれば、次はない!!」
「わかっているさ。繋いだ命だ、奪われる前に……燃やし尽くす!」
「ああ、我らも限界を超えて……ムラクモ13班として、バラン!お前という竜を、狩る!!」
トウコとチェルシー。二人の闘気がさきほどのイクラのように高まりだすのをバランは察知した。
「「エグゾースト!!!」」
(な、なんだ……この殺気は!?)
闘気の爆発と同時に、恐るべき殺気がバランを襲う。
リンガイアで三人の戦いを見ていた僅かな人々だけが知っていた。雑魚竜を屠るのにも一切の容赦がない、13班による竜の殲滅。
バランは知る由もない。
『竜の騎士』が魔族とドラゴンと人間の神によって生み出された、世界のバランスを崩す者を討つ存在であるならば。
13班は『狩る者』……星の意志によってドラゴンに対する力を与えられた、異能者たちの頂点に位置する存在だということを。
そして今、仲間を傷つけられた二人はバランに対してドラゴンと相対したときと同等の気持ちをぶつけていたのだった。
「面白い……来るが良い!! この真魔剛竜剣のサビにしてくれるわ!」
バランが吠えたと同時に、トウコとチェルシーも弾かれるように動いた。
トウコはバランに、チェルシーは……空へ。
「ぬぅ!?」
チェルシーの動きに驚きはするバランだが、目の前に迫るトウコを迎え撃つ。
真魔剛竜剣と絶刀泉美のぶつかる金属音が響く。しかし、バランの眼前には既にトウコはいない。
「はっ、速いっ! ぐぅっ!?」
消えたトウコを察知したバランは、なんとか放たれた二撃目も剣で受ける。
だがトウコの速さは倍々に増し、もはやバランでさえ目で追うことはままならない。それでも類まれなる竜の騎士の戦闘センスで四方八方からの攻撃をいなし続けていた。
(まるで風が襲ってきているかのようだ。このままではいずれ受け切れなくなる……かくなる上は!!)
バランは防御を捨てた。
トウコの攻撃が初めてまともに通るも、それをまるで意に介さず真魔剛竜剣にギガデインを落とす。
必殺剣ギガブレイク。バランはたとえ風そのもののようなトウコであれ、風もろともに切り裂くつもりだった。
それに対し、トウコは……止まった。
愛刀である絶刀泉美を鞘に収め、バランに対峙する。
「私の最強剣ギガブレイクに真っ向から挑むか……! 言っておくが、この戦闘形態で放つギガブレイクの威力はチェルシーが耐えたそれとは次元が違うぞ!!」
「元より承知。私もこの一撃に賭けよう……サムライたる私の秘奥義に!」
トウコがそれまで放っていたのはサムライの奥義【乱れ散々桜】。
それを無理やりに打ち切り、秘奥義【天地断ち】へとシフトした。無理な奥義のキャンセルはトウコの体に大きく負担を与えるも、あのギガブレイクに対向するにはこれしかないと判断しての事だった。
「天の型、地の構え……」
先ほどと打って変わり抜刀術で待ち構えるトウコに、バランが迫る。
「くらえいっ!ギガブレイク!!」
「天地絶ち!!」
刹那、二人の剣が交差した。そして……トウコが宙に舞った。
手に握られた絶刀泉美は真っ二つに折れている……トウコの敗北だった。
「うあっ!」
「ふっ、その剣のおかげで命は拾ったようだな」
「ごめん、イズミ……あなたから受け継いだ魂……壊してしまった。でも、私の役目は果たした」
勝利を確信したバランに、しかしトウコのつぶやきには全く悲壮感はない。
(なんだ、まだ何かあるのか……いや、まて……チェルシーは、どこに!?)
トウコへの対応のために失念していた、空へ消えたチェルシー。それを思い出したバランに、上空から激しいプレッシャーが押し寄せた。
見上げた空に走る、一筋の赤い光。
その流星こそが、チェルシー。デストロイヤーの奥義『スカイハイメテオ』であった。
「時間稼ぎご苦労リーダー!後でたっぷり労ってやる!!」
全てはこの一撃のための布石。トウコはチェルシーのために全力で足止めしていたのだ。
「なるほど……ならば、あれを撃ち落せば貴様らの抵抗もこれまでということか!!」
バランはその様子に狼狽えることもなく、その両手を組み合わせた。
「なに、を……?」
「私にはまだ見せていない最強の呪文がある。人間など消し炭も残さぬほどのな」
バランはまるで竜の頭のように組み合わさった手を、落下してくるチェルシーに向ける。
「私の全身全霊を出させたこと、あの世で誇るが良い!!」
「ドルオーラ!!」
万の竜が吐き出す炎よりも激しい閃光が、バランの手から放たれた。
それは一直線にチェルシーへと向かっていき、彼女を飲み込んだ。
「ぐ、がっ……ま、だだぁぁああ!!」
「なぁっ!?」
飲み込まれた光の中、怒声が響いた。
チェルシーはドルオーラを穿つように、まだバランへの落下を続けていた。
「馬鹿な、貴様本当に人間かぁ!!?」
「いざとなればな!人は神さえ狩れるんだ!やる気満タンの私を止められると思うなぁぁ」
ドルオーラの噴射はまだ続いている。だというのにチェルシーの勢いはまるで止まらない。
(こ、これは……蓄積されたダメージにドルオーラの威力が落ちているのか……?いや、言い訳はすまい。これが、私の限界かッ……!!)
一人ずつならば自分が勝っていたなどとバランには言えない。初めは超竜軍団を、そして竜騎衆まで揃っていたのだから。
(超竜軍団は私以下誰もが個で戦っていた。この三人はバラバラに戦っている時ですら、それぞれを支えあっていた……認めたくはないが、これが、人間の力か……!!)
ドルオーラが割れ、バラン目掛けて流星が落ちた。
バランはその衝撃の中敗北の理由を悟り、意識を刈り取られた。
(バラン……最後の竜の騎士、バランよ……)
「う、むぅ……こ、ここは?」
意識を取り戻したバランは、まるで雲の上のような現実感のないような場所にいた。
「ここがあの世という場所なのか?」
(いいえ、あなたはまだ生きています)
またも何者かの声がバランの頭に響く。前方に覆われた雲が払われるとそこに声の主が鎮座していた。
「おおっ!あ、あなたはまさか……!?」
(私は聖母竜マザードラゴン。竜の騎士の生と死を司る神の使い)
竜の騎士であるバランはその存在を知っていた。
天涯孤独の竜の騎士は、ある日突然飛来した光の玉の中で生まれる。
神の使いが産み落とした子を、その地の人々は密かに育てるのだ。
そして戦いの果てに死んだ竜の騎士を回収し、新たな竜の騎士を産み落とす。
そのサイクルを司る存在……それが自分の母とも言えるマザードラゴンなのだと。
「やはりあなたがマザードラゴン。それでは私は死んだのか……」
(いいえ、バラン。あなたは瀕死の重傷ですが、まだ生きています。ですが私はあなたが死んだと偽り……回収の名目でやってきました)
「どういうことです? それに私を最後の竜の騎士と仰られたような……私が死しても、次の竜の騎士が生まれるはずでは?」
神話の時代から続いてきたサイクルを、突然自分で最後などと言われてはバランとて困惑するしかなかった。
そしてマザードラゴンの様子のおかしさにも気がついていた。
「まるで何かの監視の目を欺いてここまでやってきたかのような言い回し……もしや、バーン様……それとも地上に現れた竜を操るという真竜とやらを恐れておいでなのですか?」
(真竜……そこまで既に知っていたのですね。まもなく世界は終わります。人と魔と竜……その長い戦いは、真竜の舌を満足させる良いスパイスにしかならなかった……大魔王バーンでさえも星の終わりを救うには至らないでしょう……)
バランは驚愕する。あの13班が言っていた内容を、聖母竜が認めた!
同時に聖母竜のあまりに悲観的な様子に、真竜の脅威を過小評価していたことも認めるしかなかった。
竜の騎士を代々見守ってきた聖母竜が滅びを待つしか無いと断じるほどの存在だとは思いもよらなかったのだ。
「いや、あの13班に敗れた今だからわかる。あれほどの力を持つ彼女らが必死に争いを止めようとしていたのは、更に人智を超えた敵がいるからだと……」
(じゅう……さんぱん……ああ、まさか……!?)
「母よ、どうされた!?」
聖母竜の体が薄くなり、消えかけていた。その中で聖母竜は13班という言葉を虚ろに繰り返している。
(バラン……最後の竜の騎士。私があなたの力を回収する気がないと知った「あの者」は私を消すつもりのようです。もしも今後力尽きたならば、どうかその魂の全てを焼きつくし、この世から完全に消えるのです! でな、け、れば……)
「母よ!!」
(13班……彼らと、とも、に……我らが母と……始原……人竜……友たる彼らは、この世界、最後の……きぼ、う……)
その言葉を最後に、聖母竜の体は霧散した。
「何事なんだ、これは?」
トウコとチェルシーはムラクモ仕込みの応急手当でイクラの治療を行った。
意識を取り戻したイクラは酷い傷を負った二人を急いで回復させる。
そこでようやくバランや超竜軍団をどうするか話しあおうとしていると、空より光り輝く竜が現れた、バランを覆うと光の球体になってしまった。
「い、今のは、聖母竜マザードラゴン!?」
声を上げたのは13班ではなく、ラーハルトだった。
体は動かずとも意識は取り戻していたラーハルトは、バランが倒される瞬間を目撃していた。
その後ようやく動けると思った時、一連の出来事が起きたのだった。
「無理に動かない方がいい。傷は浅くないはずだ」
「トウコと言ったか……情けはいらん。バラン様が死んだ今、俺も生き恥を晒すつもりはない!」
「死んだ、のか?あれは死んだ時に起きる現象だと?」
ラーハルトは淡々と聖母竜について13班に話す。その中で出てきた竜の騎士という単語が13班の興味を引いた。
「竜の騎士というのが、バランと同様の紋章を持つ者のことを言うのであれば……」
「ダイは孤児と言っていたが、バランと同じ一族なのかもしれんな」
「何の話だ……竜の騎士は同時に二人は存在しない。バラン様が唯一の竜の騎士だった……そして、聖母竜は新たな竜の騎士を産む……?」
だが、そんな話をしている内にバランを覆う光は小さくなっていく。
とても再び竜の形となり飛び立つとは思えない。
「消えてしまいそうだが?」
「伝承と異なるのは確かだが……お、おおっ、バラン様!?」
完全に光が消えてしまい、その中心にバランが目を閉じたまま仁王立ちしていた。
「……ラーハルト、無事であったか」
「ご無事で何よりです!このラーハルト、龍騎衆としてあってはならぬ敗北を晒したこと……」
「構わん。私も全身全霊を尽くし敗れた。これは超竜軍団全体の敗北であって、お前一人の責ではない」
ラーハルトと会話するバランは、完全に傷が癒えていた。
聖母竜が最後の力を使って癒していたのだが、それを他者が知る由もない。
13班も傷は回復させたが体力は戻っていない。しかもトウコの愛刀は折れてしまっている。
今再び戦えば、どうなるか……緊張が深まる中、しかしバランは13班を見据えて言った。
「我らは我らの流儀で敗れた。貴様達の話……可能な限りは聞こう」
「お、おおお………!!」
13班帰還する。
その報を受けて出迎えたバウスンらの目の前には信じられない光景があった。
「魔王軍超竜軍団長、竜騎将バランだ。ムラクモ13班と大魔王様の謁見まで一時休戦とする……貴様らがくだらん真似をしなければ、だがな」
バランの言葉に、バウスンは息を呑むばかりであった。
目の前には超竜軍団が誇るドラゴンたちが列を成している。一言バランが命じれば、間違いなくリンガイアを一瞬で火の海にできるだけの戦力であるとわかる。
(国内の馬鹿な真似をしそうな輩を絶対に抑えこむ、命に変えても!)
この大戦力の尾をわざわざ踏んで滅ぶなどあってはならない。
バウスンは13班の掴んだ国家存続のチャンスを守ってみせると、心から誓うのだった。
(聖母竜の最後の言葉……一体どういう意味なのか。何者が聖母竜を殺したのか……それに13班を知っていたような……いや、今はまずバーン様にお伺いを立てねば)
バランはそう思いつつ、背後で酷く不満気なボラホーンやガルダンディーに睨みをきかせる。
バランに対し13班は人類との一時休戦と大魔王との謁見を望んだ。それをバランは大魔王と連絡を取り、指示が出るまでという限定付きで了承したのだった。
(バーン様は人間との休戦など考えもなされぬだろう……13班には無駄な説得と同時に真竜とやらの情報を伝えてもらうか)
それまでに人間がこちらに攻撃してくるようなら、指示を待つ前に決裂とできるが、逆にこちらから破るようではバランのプライドが許さない。
もしものときは竜騎衆であれ討つと殺気を含め厳命してあるが、そう長くは保たないだろうと予想はできた。
(色々と考えねばならぬことが増えた……だというのに、私の考えを占めるのは13班の戯言とは、な)
バランは改めて、竜の紋章を持つ者について13班に尋ねた。
トウコは「貴方がその人物と敵対する可能性がある以上、話せない」と言ったが、チェルシーはニヤニヤと笑い「バラン、お前は童貞か?」などと問いかけてきた。
「……妻を娶ったことはある」
「そう、か……まぁ、お前の態度次第では紹介してやるさ。あの子は本当に立派な、良い少年だから、な」
察しろ、と言っていたようにバランには思う。
だが、本当なのか。本当に……息子が、ディーノが生きている?
チェルシーという女の勘違いかもしれない。人間の言葉などに期待をするな。
そう思っても、バランの胸中には様々な感情が渦巻き続けるのだった。
忘れたころに投下。
すまぬ、すまぬ……