IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
「―――二十七秒。持った方ですわね、褒めて差し上げますわ」
「どこがだよ!」
結局真琴は、クラス代表戦が行われるギリギリまでブルースカイの調整を行っていた。試験項目を列挙し、その都度浮かび上がった問題点について論議、対策をし、セシリアを呼び出しては試験を行う。そしてまた浮かび上がった不具合を……といった感じで残った日々を消化していった、そして出来上がったブルースカイ。
貴婦人に敗北という名の二文字はふさわしくない。
ましてや、彼女はISの稼動時間は数百時間。専用機持ちとはいえ起動時間わずか数十分などという輩に負けるはずもない。機体の性能さはそこまでないが、経験が段違いである。彼女に負ける要素など何一つなかった。
一夏が近接ブレードで突撃をかければ、彼女は逃げ回りながら射出した4基のビットで迎撃をし、突破口を見つけようと距離を離して様子見をしようものなら、彼女は容赦ない月の光を浴びせていた。冷たく光る銃口から浴びせられる容赦のないビームは、彼の装甲を物凄い勢いで削っていく。
この間わずか二十数秒。一夏の残りシールドエネルギーは残り3割を切っていた。
この戦闘を見ていた上級生や代表候補生は、慌てて携帯端末を取り出しどこかと連絡を取り始めた。話はここで冒頭に戻る。
「どんだけ改造したんだよ! これじゃ勝負にならないだろ!」
「当たり前ですわ。わたくしのブルースカイは真琴さんを始めとするISの研究室の皆さんが、クラス代表戦に間に合わせるために己が身を削る思いでここまで改造してくださったのです。むしろこれ以下の戦績など出してしまったら、わたくしは研究室の皆さんに申し訳が立ちません。……さぁ、そろそろ閉幕(フィナーレ)と参りましょう」
月から届いた月の光はとても眩しかった。そしてその光は容赦なく空を羽ばたく白い鳥に接近し、自由に空を駆け回る白い鳥の羽を貫いた
かに見えた。しかしここで想定外の事態が起こる。一夏がやけくそになって回避行動を起こしたのだ。本人にも制御しきれていないそれは、予測不可能な動作でセシリアに近づいていき、二人は衝突する。
轟音と共に二人は壁に衝突、巻き上がった土煙で二人の様子を見ることはできなかった。
◇
「予想通りの展開になっているな。やはり一……織斑が勝てる見込みがあるとすれば、
一次移行するしかないか」
「織斑先生……。あの機体の事、何か知っているんですか?」
教官二人+研究員一人はピットでリアルタイムでその様子を見ていた。千冬にはあの期待について何か心当たりがある様である。
「まぁ、あれは私の知り合いが開発したISだからな。多少の情報は仕入れてあるさ」
「そうなんですか……。しかしあの機体はすごいですねぇ。一次移行してないと言ってましたけど、まーくんが改造した第3世代のISの攻撃を耐えるなんて」
「あれを耐えるというにはいささか語弊があると思うんだが……」
「いえいえー、あの猛攻を二十七秒も耐えるなんて、IS稼動2回目とはとても思えないですよ。さすが織斑先生の弟さんですねっ!」
「ま、まぁ、なんだ。あれでも私の弟だからな。あれぐらいやってもらわないとな。……山田君、なんだその顔は」
真耶はニヤニヤしながら千冬を見つめていた。同じ姉という立場同士、千冬の考えていることが手に取るように分かるのだろう。
「照れてますねー織斑先生。……そ、そんな睨まないでくださいよー。もっと自分に素直にいだだだだだだだだだだ!!」
さすがブリュンヒルデ。からかわれていると分かった瞬間ガシッと真耶の頭を掴み、万力の如く力を込め始めた。
「私はからかわれるのが嫌いだ」
「わかりました!わかりましたからっ! 手を離してくださいいいいいぃぃぃぃぃ!!」
ぎりぎりぎり。頭蓋骨が悲鳴を上げる。が、ここで黙ってデータを採取していた真琴が悲しげな表情で千冬に語りかける。
「あ、あの織斑せんせい……。あんまりお姉ちゃんをいじめないでください……」
上目遣いで放たれる視線。それに抗うことができる人物が果たしてIS学園に存在するだろうか。が、千冬は耐えた。耐えたのである。しかし言っていることは意味不明だった。
「ま、真琴君。教師としてけじめをつけなければならない時がある。私はいかなる権力が干渉しようともだな」
しかし、真琴の悲しみは留まる事を知らない。
「ううっ……ぐすっ……」
なんていうか、こう、泣き出したのである。大人にとって最大の弱点だろう、子供の涙。普段天使の様な微笑みを振りまく学園のアイドルことまーくんの涙は、鬼教官織斑千冬という要塞の中を瞬く間に制圧、陥落させた。要塞から白旗があがる。
「! わかった、わかったから泣かないでくれ。……何故だ。物凄い罪悪感に襲われるぞ……」
「いたたた……ま、まーくん? もう大丈夫だから泣かないでね? ね?」
普段全くと言っていい程涙を見せない真琴の涙を見て、被害者である真耶の心にも何故か罪悪感が沸き起こっていた
一方、その頃戦っている本人達はというと……。
「ゆ、油断しましたわ。まさかやけを起こすとは……」
「この距離なら外さない! ぜああああ!」
―――一閃、二閃、三閃。
次々に襲い掛かる斬撃。セシリアが捕まった瞬間、観客からは歓声が巻き起こった。襲い掛かる斬撃の嵐を見て、奇跡の逆転劇が起こると思ったのだろう。しかし、歓声は徐々に静まり始めどよめきに変わる。展開されるであろうバリアがほとんど見えないのだ。真琴が開発した例のバリアがしっかりと起動している証拠だ。
そしてエネルギーの減りが異様に遅い。バリアの展開部分を一部にすることにより、シールドバリアに持っていかれるエネルギーが極端に少ないからだが。
セシリアは斬られながらも、落ち着いてバイザーに表示されているアイコンに目をやった。その瞬間、
「はっ!」
セシリアのバリアが急激に出現し、ふくらみ、そして爆ぜる。
「なっ! うわああぁぁぁぁ!」
一夏はなす術もなく吹き飛んでいったのであった。
◇
「緊急回避用の装備。ですの?」
時を遡る事数分。アリーナの準備室には二つの影があった。
「はい、いまのブルースカイには近接用のぶきがありません。ひとつ追加しておきました」
「一体、どの様な武装なのでしょうか」
「えっとですね、10%ほどエネルギーを消費してしまうんですが、バリアをいっきに展開し、しゅつりょくを急激にふやすブースターです。そうすることでバリアのリミットがはずれ、きんせつしている敵をふきとばします。インターセプターのかわりですね」
「ボムみたいなものですか……。そういえば、インターセプターを外していましたわね。今回の戦いでは使うことはないと思いますが、念頭には入れておきますわ」
「わかりました。それでは、ごぶうんを」
「ふふっ、真琴さんが丹精を込めて作り上げてくださった機体です。わたくしが負ける理由などこれっぽっちも存在致しませんわ。帰ってきたらわたくしの部屋で祝杯をあげましょう」
「はい、たのしみにしていますね」
上目使いに微笑む彼を見て、セシリアはきゅんきゅんしながらアリーナへと飛び立っていった。
◇
(……助かりましたわ。あのままやられ続けていたら危なかったですわね)
セシリアのエネルギー残量は6割を切っていた。まぁ、散々切られてこれだけしか減っていないのだから慌てるような段階ではないのだが。
(それにしても、一夏さん。なかなか侮れない相手ですわ。まさかIS起動の経験がほとんどないというのにこれほどの操作ができるとは……)
織斑の血筋とでもいうのだろうか、一夏の直感は並はずれた物があった。セシリアが放ったビームは、ホーミング機能がなかったら外されていたかもしれない。
「なかなかやりますわね。ここまでやるとは正直思っていませんでしたわ」
「そいつはどうも。しかしなぁ……認められねぇよその機体は、強すぎるだろ」
ピクり。セシリアの眉がつりあがる。
「あなたは真琴さんが必死になって組み上げた機体を認められないと。そうおっしゃいましたの?」
「どんなゲームでも強すぎる機体を使う人は嫌われるってもんだ。もうちょっと抑えたほうがいいんじゃないか?」
セシリアの瞳に小さな、しかし確かな、一つの意思が浮かび上がる。
「……一夏さん、一つ、教えて差し上げます。これはゲームではありません! 強き者が勝つ、それだけですわ!」
刹那、ブルー=スカイからビットが更に4基射出された。ついに実践での8基同時操作が始まった。
「げぇっ! まだあったのかよそれ! 」
「ここからは
静かな怒りを目に宿したセシリアは8人の練習生に命令を出した。指導を受けた練習生は、まるでセシリアの怒りを感じ取ったかの様に、荒々しく一夏を攻め立てる。
「何人たりとも、真琴さんを愚弄することはわたくし、セシリア=オルコットが許しませんわ!」
「別に俺は真琴を馬鹿にしたわけじゃ……うわあああ!」
8人の練習生は、一夏の手を、足を、体を、次々に撃ち抜き切り払っていく。
4基のビット攻撃に目が慣れつつあった一夏だったが、さすがに2倍の量を処理することができず逃げまどうが、残り少ないシールドエネルギーを一気に減らしていった。
にしてもセシリアって、真琴の事となると沸点が異様に低くなる。やっぱショタ気質あったみたい。
―――わたくし達に敗北はありません!
―――……ちょ、ま、それ死―――