IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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亡命の話を書いていたのに……どうしてこうなったっ……!


47話 亡命と蕎麦とうどん

 亡命手続きはあっさりと終わった。

 

 今回の争点は、亡命者に身の危険が有ったかどうかに絞られる。

 

 スパイ活動を強要されていた事、これが公になった場合、投獄される可能性が極めて高い事も考慮された。

 

 そして、保護者が山田製作所のトップ(この時点で山田製作所の所長は真耶)という事。そして、亡命者であるシャルロットの人柄を保証しているのもIS学園の重鎮である織斑千冬と山田真耶という事。これらが多大に影響している。

 

 更に、政治的な介入が有った。

 

 面接担当者が今回の亡命面接の際、一度席を外したのだ。そして担当者が戻ってから、面接はトントン拍子に進み、気がつけば特に踏み込んだ質問も無く、一時間程で終了したのである。

 

 当然、道徳的な観点から許可が下りたわけでは無い。 フランスのISの情報が手に入ると踏んだ為である。

 

 現在日本が所持しているISで有名なのは、なんと言っても打鉄であろう。汎用型の第2世代ISとは言え、まだまだ現役だ。

 

 最近になって撃鉄や打鉄弐式などのISも開発されたが、裏では山田製作所が暗躍しているのは言うまでも無い。

 

 つまり、日本政府としては独自にISの開発を行い、山田製作所に頼りきりという状態を軽減したいという目論見があった。

 

 身元請負人が山田製作所なのは頭が痛いが、情報提供を打診すれば悪い返事は返ってこないだろうというのが政府の見解である。

 

 

 本人もその辺が亡命手続きに関係しているだろうと薄々感じてはいる。今更ラファールの情報など真琴には必要ないから、この情報をリークしても問題は無いとシャルロットは思っていた。

 

 日本政府も、フランスのISのデータを入手したとしたら、フランスにバレる様な真似はしないだろう。それこそ日本政府の大スキャンダルになってしまう。

 

 つまり、日本政府とシャルロットの間で暗黙の了解が生まれたような物だ。

 

 お互いに表立って干渉しなければWIN-WINの関係になる。シャルロットはフランス政府からの干渉を防いで貰い、日本政府はフランスのISのデータを貰える。

 

帰りの車の中でその辺の話を千冬から聞いたシャルロットは、予想が確信に変わり、安堵の息を漏らした。

 

 これで晴れてデュノア社の呪縛から開放され、完全とは言えないが自由の身となったシャルロットは、静かに涙を流したのであった。

 

 

 

 一方、デュノア社では蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。山田製作所で研究をし、更には第3世代に昇華したラファールが手に入ると狂喜乱舞していた所にこの知らせだ。新しいラファールが手に入る事は確定しているが、この亡命は大きな痛手となる。

 

 今の所この情報は公になっていないが、それも時間の問題となっている。

 

 なにせ、IS学園の学生が亡命したのだ。その情報はすぐさま他の生徒の本国に伝えられ、世界中に知れ渡る事となるだろう。

 

 その後、当然の如くフランスの代表候補生の亡命というスキャンダルが発覚。

 

 幸い、この後IS学園が色々手回しをしてフランスのISが「イグニッション・プラン」の候補に返り咲く事となったのだが、フランス政府は欧州連合から厳重注意を言い渡されていた。

 

 シャルロットの亡命をしったデュノア社社長は、静かに目を閉じ、大きなため息をついた。

 

 因果応報とは正にこの事か。

 

 ISの開発許可のはく奪こそ無かったが、予算のカット自体は継続という報せが届いたのだから。

 

 今後デュノア社は第3世代のISをIS学園に持ち込み、別のフランス代表候補生を送り込んで来るのだろうが、風当たりは冷たくなる事が予想される。

 

 今現在IS学園に在籍しているフランスの学生も腫れ物の様に扱われるだろう。

 

 今回の一件は少なからず波紋を呼んだ。

 

 他の国も思い当たる節は有るだろう。スキャンダルが発覚する事を恐れた各政府は。IS学園に送り込んだ学生のスパイ活動を大幅に制限。自粛する事となった。

 

 ◇

 

 帰宅後、真琴に暖かく迎え入れられたシャルロットは、予め真琴が注文していた店屋物を暖めながらニュースを見ている。

 

 業者の人には、山田製作所の前でゲスト用のネックストラップが支給される。これで建物内で作業を行った後、退出する際にパスを返却する方式になっている。

 

 千冬と真耶はやる事が有ると言い残して家を後にした。残された二人は少し遅い昼食となった訳なのだが。

 

 二人はずるずるしていた。麺的な意味で再び。

 

「ふー……ふー……ずるるる。お蕎麦って多少伸びても美味しいね」

 

「おうどんも美味しいですよ……ちゅるちゅる」

 

 始めこそ「啜る」という行為に戸惑っていたシャルロットではあるが、郷に入ってはなんとやら。一度啜りだすと、何やら面白くなってきたらしい。本人曰く、人前では出来ないけど、家でならやっても良いかな程度の行為だとか。

 

 始めこそフォークとスプーンで蕎麦を食べていたシャルロットだが、これから日本の文化を学んでいく上で、必要な物は取り入れていく方針を取ることにしていた。

 

 ちなみに、シャルロットが宿泊していた客間だが、正式にシャルロットの部屋になった。この後護衛と言う名のゴーレムの監視の下、必要な家具や日用品を揃えに行く予定である。

 

 シャルロットはそこまで世話になる訳にはと遠慮していたが、真琴はシャルロットとお出かけしたいと譲らない。終いには結局シャルロットが折れた。泣く子にゃ勝てないという訳だ。

 

 と、この後の予定も決まって昼食を食べてながらニュースを見ていた二人だが。

 

『……速報です。フランスの代表候補生であるシャルル・デュノアさんが亡命しました。繰り返します。フランスの代表候補生であるシャルル・デュノアさんが亡命しました。今入った情報によりますと――』

 

「ぶーっ!?」

 

「あうっ」

 

 いきなりの速報にシャルロットが撃沈した。そして飲んでいたお茶を盛大に噴出し、対面でうどんを啜っていた真琴の顔面をお茶でコーティングした。

 

 「ごほっごほっ! は、はや……! ていうか何で!」

 

 「ティッシュティッシュ」

 

 咽ながら、顎からポタポタと垂れるお茶を気にも留めずにテレビに噛り付くシャルロット。そして先ほどお茶が目に入り、目を瞑ったままティッシュを探す真琴。そしてシャルロットがテーブルにぶつかった拍子に倒れた蕎麦とうどん。

 

 阿鼻叫喚である。

 

「……これ絶対織斑先生と真耶さんがリークしたよね。マスコミも早いなぁ」

 

 テレビを食い入る様に見ながら分析を始めるシャルロット。口の周りには噴出したお茶がまだ付着している。完全に自分の世界に入ってしまった様で、周りの惨状には全く気づいていない。

 

 「ティッシュティッシュ」

 

 一方、まだ目を開けられない真琴はティッシュを求めて部屋をさまよっていた。

 

 大惨事である。

 

 その時、シャルロットと真琴の携帯が同時に着信を報せる。

 

 ようやくティッシュを見つけて顔を拭いた真琴と我に帰ったシャルロットは各々の携帯を見た。

 

 真琴にはセシリアから。

 

 そして、シャルロットにはデュノア社社長から。

 

 「……もういいか。あの人には何の義理も無いし」

 

 シャルロットは携帯の電源を落とした。

 

 一方、真琴の方は

 

「はい、山田で――」

 

『真琴さん!? シャルルさんの亡命ってどういう事ですの!? そちらには何か情報が入っていまして!?』

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐に、真琴は目を瞬いた。

 

『シャルルさんがインフルエンザというのは嘘でしたの!? 学園は大わらわですのよ!』

 

 ここで、真琴がこぼれたうどんと蕎麦に気づいた。 

 

「いえ、その……あ、うどんが」

 

『うどん!? 一体うどんとシャルルさんにどのような関係が!? 』

 

「おそばも……あー」

 

『お蕎麦!? 先ほどから情報が錯綜しすぎて訳が分からなくなっていますわ!! 何故シャルルさんとお蕎麦と御うどんが関係ありますの!?』

 

 「あっと、その、また後でかけなおしますね」

 

『ちょっと、真琴さ――』

 

 ぴっ。

 

 訳が分からなくなった時は、とりあえず一度リセットを掛けると良い。その方が落ち着ける。

 

 一方、セシリアは混乱の極みに陥っていた。一夏がセシリアにどうなっているのか聞いているが、セシリアは予想の斜め上を行く回答を真琴から貰い、脳の処理が追いついていない。

 

「なぁセシリア、真琴の奴何て言ってたんだ? シャルルって確か真琴の家に居るんだろ?」

 

「いえ、その……どうやらシャルルさんの亡命にはお蕎麦と御うどんが関係している様です」

 

「はぁ?」

 

 理解しろと言う方が無理だ。セシリアにも訳が分からない。他の皆にも訳が分からない。ラウラは分からないなりに情報を纏めようと、セシリアを落ち着かせる。

 

「考えてみろセシリア、亡命と蕎麦とうどんがどうやって結びつくと言うのだ。恐らく弟君も混乱しているのだろう」

 

「うどんと蕎麦を結んでも直ぐ切れそうだよな」

 

「何俺上手い事言ったみたいな顔してんのよ。座布団もってくわよ」

 

 一夏と鈴はマイペース組。考える事を放棄したらしい。

 

 セシリアの電話を耳をダンボにして聞いていた他の生徒達も、訳が分からないこの情報を本国に伝えるかどうかとても迷っている。スマートフォンに打ち込んだ文字を確認して送信ボタンを押すだけの生徒がほとんどなのだが、この文面を送付してどうしろというのか。うどんとそばが大好きだから日本に亡命しましたとでも言うのか。

 

 もうぐだぐだだった。

 

「うどん……蕎麦……亡命……?」

 

 それを遠目に見ていた簪は、この情報だけでは訳が分かるはずも無く、携帯端末を取り出して真琴に電話を掛けた。

 

 そして数コール後

 

『はい、山田です』

 

「……更識です。……今お時間大丈夫でしょうか」

 

『ちょっとまってください。おそばとうどんが』

 

 出た。うどんと蕎麦。

 

 察するに、誰かと一緒に蕎麦とうどんと食べていたという事だろう。シャルルが真琴の家に居るという事は知っている。恐らくシャルルと一緒に食べていたと簪は推察した。

 

 『……と! ……しみに……!』

 

 遠くからシャルルの声が聞こえてくる。「しみ」という単語から、おそらくこぼしたのだろうと簪は推察した。これでだいたいの状況は把握できた。

 

「……あの……取り込み中みたいですから……後にします」

 

『あ、すみません』

 

「……いえ……それでは失礼します」

 

 通話を終えた後、簪は専用機持ちの面々を見やった。

 

 蕎麦とうどんと亡命について考察を続ける滑稽な彼女らを見て、簪は口角を上げる。どうやって説明したものかとしばらく逡巡した後、解の無い問いを続ける彼女らの元へと歩を進めるのであった。

 

 一方、生徒会も混乱していた。

 

「あっちゃー……真琴君って想像以上に行動力が有るわねぇ。生徒を救う為に亡命まで手伝うかぁ」

 

「お嬢様。此方も早急かつ慎重に行動するべきだと思いますが」

 

 更識家には、協力体制を結んでいる事も有りいち早く情報が流れていた。国籍こそロシアではあるが、本人は自由国籍権を所持している。エースパイロットと更識家との繋がりが絶たれるのは、政府側としては喜ばしくない。そのためロシア政府も更識家には強く言えない立場にある。つまり更識家と山田製作所の協力関係は、今のところ伝える必要性が無いのだ。

 

 この辺りの情勢は真琴や千冬も把握している。更識家とロシア政府が対立し、楯無のISがはく奪されたとしても山田製作所がISを一台だけ融通すると裏で話がついているのだ。

 

 つまり、更識家はロシア政府と繋がりを持つ必要が必ずしもあるとは言えなくなった。

 

 今後どのような世界情勢になるかはある程度しか予測できないが、ISに関して言えば山田製作所が最先端だ。現段階で味方に回るであろう日本、イギリス、ドイツ、そしてフランス政府の事も考えると、山田製作所に重点を置くほうが良いに決まっている。

 

 「んー……シャルロットちゃんの事も考えるとロシア政府との関係が危うくなってくるわね」

 

 シャルロットが学園に復帰するとしたら、真琴との関係を良い方向にキープする為に、更識家はそのフォローをしたほうが良い。これはすぐに分かる事だ。

 

「ですがお嬢様、この場で即断するには情報が少なすぎます」

 

「分かってるわよー。でもね虚ちゃん、こういった場合はどちらの味方に付くか名言するのは早ければ早い程印象が良いのよ」

 

 当然、それは虚も分かっている。しかし、ロシア国籍の生徒も学園には多数在籍している。その辺の兼ね合いがとても微妙なのだ。更識家が一人の生徒に肩入れするのだ。学園全体に対するリスクも当然発生する。

 

「良い? ロシア政府との関係が悪化するか、山田製作所との関係が悪化するか。考えるまでも無いでしょ」

 

「それは、そうですが……」

 

「これは当主の公式見解よ。更識家は山田製作所のフォローをするわ。当然、人材に関してもね」

 

「……分かりました。それでは、後で本音にも伝えておきます」

 

「よろしくね。それじゃ――」

 

「ごめんねー、遅れちゃった」

 

 数秒後、遅れて来た妹の頭に拳が降り注いだのは言うまでも無い。

 

 




――……あああ、どうしようこれ、染みになっちゃう

――……染み抜きのやりかた、しらべてきますね

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