IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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38話 更識家と山田製作所

「嫌です」

 

「あ、あら?」

 

真琴、ノーリアクションの後即回答。

 

「会長、いくらなんでも単刀直入すぎるかと」

 

 真琴は一言拒絶の意を示すと、何か交渉材料でも探しているのだろうか、視線を楯無からPCへと戻してデータを探し出した。

 

 いきなり拒絶されるとは思ってなかったのか、楯無は表面上は涼しい顔しているが、内心は汗をダラダラと垂らしている。その証拠に、どこからともなく取りだした扇子で自分をパタパタと煽いでいるのだが、その扇子には「予想外」と書かれていた。

 

「訳も聞いてもいいかしら?」

 

「僕にメリットがありません」

 

 真琴は冷たく言い放つ。どうやら、彼は臨戦態勢を解いていない様だ。横でその様子を伺っていた千冬は、イギリス政府との対話を思い出していた。

 

「さて、どうする更識。こうなってしまっては、余程の交渉材料が無い限り真琴君は動かないぞ?」

 

「仕方ない、か。……それでは、生徒会長だけではなく、更識家当主としても交渉をしたいのですが、いかがでしょうか山田博士?」

 

 千冬がピクりと眉尻を上げた。「山田博士」という名前で呼んだという事は、更識家と、「フリーランスの研究員としての真琴」との交渉に切り替えたと言う事だ。

 

 さすがは更識家当主、抜け目がない。これならIS学園の特記事項を掻い潜って真琴と交渉する事ができる。

 

「……学園だけではなく、暗部絡みですか?」

 

 真琴の視線がPCから楯無へと戻る。それを見た楯無は、交渉の余地有りと判断。話を続けることにした。

 

「良く調べているみたいですね。私達更識家は、代々カウンターテロ組織として暗躍しています。……単刀直入に申し上げます。我々に力を貸して頂きたいのです」

 

「お断りします。先ほども申し上げましたが、僕にメリットがありません」

 

 雰囲気で言うなら、束と千冬を足して2で割った様なイメージだろうか。一方的な拒絶、そして高圧的な態度。世界の裏を垣間見た真琴は、類まれなる智謀と収集し続けた知識を用いて、交渉術を身に着けていた。

 

(メリットが無い、か……。参ったわねこれは、交渉の余地はあるけど、かなり厳しいわ。自分の立場をしっかり理解しているわね)

 

 今現在、真琴は圧倒的に優位な立場に立っている。相手が切り出してきたカードが気に入らなければ、一方的に交渉を終わらせることが出来るのだ。

 

「メリットなら有ります。先ず、更識家というバックホーンを得る事が出来ます。我々更識家は、カウンターテロ組織として、世界有数の実力を保持していると自負しています」

 

「……つまり、セシリアさんやラウラさんのボディーガードが及ばない所を手回しして貰えると?」

 

「それだけではありません。更識家はそれなりに影響力を持っていますので、山田博士と更識家が手を組んだという情報を流すだけで、それ自体が抑止力になります」

 

 真琴は考える。恐らく、護衛とバックホーンを与える代わりに、ISの開発関連を依頼したいのだろうと。

 

「学園祭などの催し物をする際、各国の軍事関係者やIS関連企業など、多くの人が来場します。少なくともその8割は山田博士に接触を図ってくるでしょう。その際、オルコットさんやボーデヴィッヒさんだけで守りきれると思いますか?」

 

 正論だ。恐らく接触だけではない。

 

 最悪、企業の社員になり済ましたテロ組織が侵入する可能性も有る。

 

「……そうですね。四六時中僕に護衛が就いている訳ではありません。ですが、それだけでしたら他の方に依頼すれば済むことです。何処の誰とは言いませんが」

 

「私や簪という、優秀なテストパイロットも手に入りますよ?」

 

「それも他の方に依頼すれば済むことです」

 

 真琴には既に他国の政府との繋がりが有る。楯無もそれは予め情報を入手していた。

 

 楯無は2枚のカードを切り出してきた。単純に考えたら、これだけでも破格の条件だ。楯無本人が護衛に就くとは言っていないが、腕の立つ人物に護衛を頼むのだろう。楯無本人が護衛に着いたとしたら、IS学園で手を出せる者は教員、それも千冬や真耶クラスの腕やISを持っていないと手を出すことすら難しい。

 

 

 

 

 しかし、真琴が持っている手札は、ジョーカークラスの手札ばかりだ。

 

 

 

 

 ISの開発。真琴は既に束から第4世代のISの基礎を教わっている。この手札を一枚切るだけで、世界のパワーバランスが壊れてしまう程の威力を保持している。更識家の持てる全てのカードを持ってしても、この条件に見合う事は無いだろう。

 

 ISのメンテナンス及び基本性能の向上。楯無と簪は、第3世代のISに乗っている。しかも簪の撃鉄弐式に至っては真琴自ら改造を施した物だ。セシリアのブルースカイと比べると若干見劣りするが、それでも世界中のISの中では上位の性能を誇っている。これに加えて楯無のISを改造したら、更識家は真琴カスタムの第3世代のISを2機保有することになる。下手をすればこれだけで国が傾く程の戦力になるのだ。

 

 更識家の技術者への指導。真琴から改造の手解きを受ければ、確実に技術者達の能力はUPする。一躍世界有数の開発力を保持する事になるだろう。

 

 

 

 

 楯無が持ちうる全てのカードを切ったとしても、真琴の手札一枚と等価かと言われてしまうと、首を横に振らざるを得ない。つまり、どうにかして譲歩を引き出さないといけないのだ。

 

 豹変した真琴の態度を見て、虚は唖然としている。無理もない、10にも満たない子供が、最前線で活躍するビジネスマンよろしく交渉を行っているのだから。

 

 一方、本音はというと、暖簾に腕押しというか、糠に釘というか、とにかくニコニコと微笑むだけで驚いた素振りをまるで見せていない。

 

 生徒会室に剣呑な雰囲気が漂い続ける中、交渉は続く。千冬は真琴の成長を喜ぶと同時に、後悔もしていた。

 

(いくら頭が良いとはいえ、8歳の子供が醸し出す雰囲気ではないな……。これもISの開発に携わってしまったからか。本人が良しとしているが、本来なら友達と外で仲良く遊んでいる年頃だろうに……)

 

 少しの間を置き、楯無は更に手札を切ってきた。が、硬い表情を崩して笑顔になっていた。

 

「……生徒会に入れば、何時でもお菓子が食べ放題よ?」

 

「お嬢様、それは幾ら何でも……」

 

 しかし意外な事に、真琴のウサ耳がピコン! と大きく動いた。楯無は剣呑な雰囲気を何とか壊そうと、苦し紛れで冗談を言ったのだが。

 

 言うまでもなく、真琴は大のお菓子好きだ。それこそ、有れば有るだけ食べてしまう程に。

 

 

 

 さすがにこれは予想外だったのか、楯無は二度、三度とまばたきをした後、交渉の余地有りと言わんばかりにクスりと笑った。

 

 

 このままお菓子で釣れば交渉も良い方向に向かうかもしれない。そう踏んだ楯無は更に手札を切ろうとしたのだが。

 

「真琴君、菓子に釣られるなよ? そんな物注文すれば幾らでも食える」

 

 待ったを掛けたのは千冬だ。

 

「良い所だったのに……。それでは、先ほどの条件に加えて資金提供をするという事でどうにか考えてもらえないでしょうか? これが現状更識家が出せる全ての手札です」

 

「んー……。テストパイロットは必要ないです。既にシャルルさんが専属のテストパイロットとして居ますし。それ以外の条件を全て出して頂けるのならば、力を貸しても良いです」

 

 真琴にも何か思う所が有るのだろう。実際、彼はイギリス政府やドイツ政府を信用している訳ではない。更識家なら日本政府との繋がりも有るだろうし、何かと都合が良いとでも判断したのだろうか。

 

「助力、感謝致します。それでは、契約に関しましては後ほどと言うことで……ねぇ、真琴君。やっぱり生徒会に入ってみない? と言うか生徒会長権限?」

 

 会談を終えた瞬間、楯無は生徒会長の楯無に戻っていた。その様子を見て、すっかり毒気を抜かれてしまった真琴も、何時もの真琴に戻っていた。

 

「えっと……僕、いちおう先生なんですけど」

 

「生徒でもある訳だし、手伝って貰えるとお姉さん助かるなぁ」

 

「お、織斑せんせい……」

 

「更識、事情を説明しろ」

 

「はーい。真琴君、IS学園に在籍している学生はね、何処かの部活に所属しなければならないの」

 

「……そういえば、僕はどのぶかつにも入ってないですね」

 

「織斑君にも生徒会に入ってもらおうと思ってるのよ。部活間の男子争奪戦なんて目も当てられないしね。……それはそれで面白いんだけど」

 

「それで、僕がせいとかいに入るという話と、ぶかつの話はどうつながるんですか?」

 

「生徒会に入れば、どの部活にも顔を出せる様に便宜を図ることができるの。そうすれば争奪戦が起きる事もないでしょうしね」

 

「はぁ……」

 

 要約すると、無用な争いは避けたいと言う事だ。

 

「それに、生徒会室にはお菓子のストックが山ほど――」

 

「更識」

 

「はぁい。まぁ、そう言う事だから、生徒会入りの話考えておいてね。あ、もし生徒会に入ったとしたら、真琴君が生徒会室に居る間はこれを着てね」

 

 楯無は机の引き出しをガサゴソと漁り出した。そしてお目当ての物を引きずり出すと、誇らしげに真琴に見せている。

 

 

 

 真琴はそれに見覚えがあった。フリルで装飾されている白いブラウスに紺の半ズボン、ネクタイ。腰から下だけのタイプのエプロン、そしてホワイトブリム。

 

 そう、以前セシリアに頼まれて着用したメイド服だ。

 

「な、なんでそれがここに……」

 

「んふ、オルコットさんにちょっとお願いしてね。一着譲ってもらったの。嫌?」

 

 満面の笑みを浮かべる楯無。その笑顔は見惚れてしまうほど美しいのだが、同時に胡散臭さを感じさせていた。

 

「べつに嫌じゃないですけど……。時間かかるんですよね、それ」

 

「大丈夫! お姉さん達が手伝ってあげるから。ね、虚ちゃんに本音ちゃん?」

 

 楯無が二人を見やると、ニコニコと柔らかい笑みを浮かべている本音と、何やら危ない想像をして悦に入りかけている虚が居た。

 

 

 以前、メイド姿の真琴がお掃除セットを持って廊下を闊歩した際、生徒や教師達が鼻から盛大に愛を噴き出して卒倒した事件を覚えているだろうか。

 

 実はその中に、虚も入っていたのだ。

 

 閑話休題。

 

「考えておいてね真琴君。この部屋ならゆっくりとパソコンを弄ることもできるわよ? 覗きをする様な輩も居ないしね」

 

「むー……善処します」

 

 何やら真琴は、お菓子と部活とメイド服を天秤にかけている様子。

 

 そしてそれを見て満足そうに頷く楯無。

 

 生徒や教員達が再び卒倒する日も、そう遠くないのかもしれない。

 

 

 幸い早い段階で話が着き、昼休みも半分ほど残っている。真琴と千冬は食堂に向かう旨を告げると、そのまま立ち去ろうとしたのだが「昼休みに呼んだのこっちだしね」と楯無が虚と本音に何やら告げた。

 

 彼女たちは生徒会室の奥に積まれていたケースと飲み物を長机に運び、各々の前に並べ始めた。

 

「んふ♪ ここのお弁当って美味しいのよねぇ~。 ささ、遠慮しないで食べて食べて」

 

 見るからに高級そうな、装飾が施された容器。それを見て真琴の目が輝いたのだが、一人分余分に机に置かれているのを見て、首かしげながら楯無に問いかける。

 

「あの、更識さん」

 

「楯無でいいわよ。何ならたっちゃんでも」

 

「楯無さん」

 

「あん、連れないわねぇ。で、何か質問? スリーサイズ以外なら答えてあ・げ・る」

 

「すりーさいず?」

 

「……やりにくいわ」

 

 楯無ご自慢の逆セクハラも、真琴にゃ意味の無い攻撃である。正に、糠に釘。

 

「えっと、おべんとうが、にんずう分より多いみたいなんですけど」

 

「そしてスルー。……ううむ、これは強敵ね」

 

「楯無さん?」

 

「え? ああ、それはこういう事よ。……簪ちゃん、そろそろ入ってきたら?」

 

 瞬間、ドアの向こう側でと慌てふためく音が聞こえた。

 

 ……よほど困惑しているのだろうか。その後数十秒経って、漸くドアが開いた。

 

 そこには、楯無と同じく水色の髪をした、楯無の妹。更識簪が佇んでいた。

 

「ね、姉さん……何時から……気づいていたの……?」

 

「んー……。私が真琴君と交渉を始めた辺りから?」

 

「それって……ほぼ全部じゃない……」

 

 簪も、楯無同様訓練を受けている。気配を消す事に関してはそれなりに自信があった彼女だが、始めからバレていたと分かるとがっくりと肩を落とした。

 

「もういい……それじゃ……何か困ったことがあったら……連絡して」

 

 真琴に一言だけ告げてそのまま立ち去ろうとする簪を、楯無が引きとめる。しかし、何処か笑顔がぎこちない。

 

「まぁまぁ、遠慮しないで食べて行きなさいって。どうせお昼まだなんでしょ?」

 

「……いい。今から……食堂に行くから」

 

 何やら楯無は妹相手に気を使っている様子。その様子を束と箒の姿に重ねた千冬は、少々強引では有るが簪を同席させることにした。

 

「飯を無駄にするな。食っていけ」

 

「このおべんとう、とってもおいしそうですよ、簪さん」

 

「……博士が……そう言うなら……」

 

 何故か真琴の誘いを受けた瞬間に、彼女の硬いはずだった決意は一瞬で誘拐し、おずおずと真琴の隣に座った。

 

 「揃ったわねー? それじゃ、いただきます」

 

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 生徒会役員と教師という、実に奇妙な組み合わせで昼食を取る事になった。

 

 

 

 

 余談だが、この弁当、一つ二千五百円もするらしい。

 




――二千五百円……どーなつがいっぱい食べれるなぁ。

――……(金銭感覚がおかしい……っ!)

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