IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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どうもお久しぶりです
ゆうきです

感想は全て目を通しています。
ありがたい限りです。
これからも、皆様の暇つぶしになれば幸いです。


32話 差し伸べられた手 縋り付く思い

 ISの授業が終わり昼休みを迎えたのだが、何処から嗅ぎつけたのか、他のクラス、更には他学年の生徒が一年一組に押し寄せた。無論、お目当ては緋蜂についての情報だ。

 

 噂が噂を呼び、既に難攻不落の不沈艦として緋蜂の名前は学園中に広がっていたのだ。

 

 様々な生徒が真琴へアプローチを試みるが、セシリア、ラウラ、一夏、シャルル、更には真琴に対して無愛想な態度を取っていた箒も行動を起こして、迫りくる生徒を追い返していた為、真琴の周りだけは平穏そのものであった。しかし、教室の外には生徒がごった返していて、それはひとたび廊下に出てしまうと身動きが取れなくなってしまう程であった。

 

 さすがに此処まで来ると居心地が悪すぎる。どうにかして生徒達を追い払えないかと画策していた真琴だが、体力がなく、ISも持っていないため実力行使に出る事もできず、内心困り果てていた。

 

 その時、一年一組が凄い事になっていると生徒から話を聞いた千冬が教室の前までやってきたらしい。

 

 何故廊下を確認していないのに千冬が来たと分かるのかって? 出席簿落としの音が連発で鳴り響いていたからさ。

 

 スパパァン! と小気味いい音を立てる度に廊下の混雑は減って行き、ようやく自由に身動きが取れるまで人数が減った。これでようやく学食に行けると真琴は席を立ったのだが、無情にも授業開始5分前を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 余談だが、織斑先生自慢の出席簿が少し歪んだそうな。

 

 

 

 

 

「何だよこれ……。俺が入学した時以上の混雑だったぞ」

 

「さすがに此処まで来ると迷惑というレベルを通り越してますわね……昼食を頂く事すらできませんでしたわ」

 

「あはは……すごいね、真琴の人気」

 

 もみくちゃにされた真琴の護衛達は、昼食を取る事ができなかったせいもあるが、一同意気消沈していた。ああ、黒い、黒いオーラが漂っている。

 

 その時、くぅ~……と誰かのお腹の虫が鳴いた。こんなけしからん、いや、可愛い音を出す人間は限られている。一同シャルルの方を向くが、彼は物凄い勢いで首を横に振っている。と言うことは、シャルル以外の小動物ちっくな人物の物という事になるが……

 

「おなかすいた……」

 

 今にも消えそうな声で犯人が名乗りを上げた。そこには、俯いてしょんぼりとした真琴がいる。

 

 彼が今犬耳を装着していたら、間違い無くぺたんとへこたれていただろう。尻尾もだらりと力なく垂れ下っているに違いない。皆表には出していないが、この時の真琴を見て教室に居たほぼ全員の胸がきゅんきゅんしていた。

 

「ああ……可哀そうに。真琴さん、次の授業が終わりましたら10分程休み時間がありますから、その時購買でパンか何かを買って一緒にいただきましょう」

 

「さすがに昼食抜きはきついよな……真琴、一緒にいくぜ。というか、俺もすげー腹減った」

 

「今日に限って携帯食糧を忘れたのが痛いな……今度からしっかり管理せねば」

 

 一同、次の授業が終わるまで空腹と戦わなければならないと覚悟していたのだが……

 

「博士……はい、これ……よかったら食べて……」

 

 ひたすら遠慮がち、というか暗い、というか黒魔術でもやってそうな声の主が、真琴の机に菓子パンを一つ置いた。更識簪である。しかも机の上に置かれた菓子パンは、真琴の大好きなチョココロネだった。この女、ひょっとして真琴の好き嫌いを調べたのであろうか。

 

 チョココロネを見た瞬間真琴の顔にぱぁっと笑顔が咲き誇り、ニコニコと微笑みながら袋を破り、はむはむと食べ始めた。天使の微笑み、復活。

 

「それじゃあ……私は教室に戻るから……何かあったら……遠慮なく言って」

 

 真琴に笑顔が復活したのを確認すると、簪は足音も立てずにスー……と立ち去って行った。この女、本当に黒魔術か何かやっているんじゃないだろうな。

 

「……4組の代表候補生、侮れませんわ」

 

 変な所で対抗意識を燃やしているセシリアであったが、ラウラは今回ばかりはどうして対抗意識を燃やすのか分からないといった表情で、セシリアを半ば呆れた様に見ていたのであった。

 

 

 放課後、シャルルが一人で廊下を歩いていると、彼のポケットから通信機の着信音らしき電子音が鳴り響いた。

 

 シャルルは溜息を一つ吐くと、辺りを見回し誰も居ないのを確認してから応答する。

 

「……はい、シャルル・デュノアです」

 

『どうだ、山田博士に接触することはできたか?』

 

 声の質から想像するに、恐らく中年の男。低めの、そして威厳を感じさせる声の主が、挨拶もなしに必要最低限の要件だけを簡潔に聞いている。

 

「はい、接触しました。彼の開発した新しいISとも模擬戦で交戦済みです」

 

『今日中に交戦記録をまとめてデータで送信しろ。以上だ』

 

 ブツッ! プーップーップーッ………

 

「……返事すらさせて貰えないなんて、ほんと、僕の事を娘とも何とも思ってないね、これは」

 

 シャルルは自嘲気味に薄く笑うと、通信機をポケットにしまい自室へと歩を進めた。

 

 

 翌朝、真琴は朝食を取るために一人で食堂へと向かっていた。それと言うのも、真耶が職員会議の為、早くに出勤してしまったからだ。

 

 真耶は真琴を起こすと、その足で出て行ってしまったのだ。

 

 昨日の事もあり、一人で食堂に向かうのは自殺行為である。生徒達に囲まれて身動きが取れなくなる可能性が極めて高い。

 

 食堂の入口で真琴は迷いに迷う。いっそ朝食を取らないでそのまま教室へ向かおうかと考え始めた、その時であった。

 

「お早う、真琴」

 

 振り返るとそこには、シャルルが居た。どうやら彼も時を同じくして朝食を取ろうと食堂へ赴いた様だ。

 

「あ、おはようございますシャルルさん」

 

「入らないの? ……ああ、そういう事か」

 

 真琴が入口で二の足を踏んでいるのを見て、頭の回転が速いシャルルは何やら一人で納得した様子。

 

「それじゃあ、僕と一緒に行こうか。頼りないかもしれないけどボディーガードをするよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「気にしないで。僕にできる事があったら何でも言ってね」

 

「はい。そのときはよろしくおねがいします」

 

「うんっ、それじゃ行こうか」

 

 

 

 言うまでもなく、緋蜂を作った研究者と二人目の男のIS操縦者が食堂に入った瞬間、生徒達は一気に二人の元へ駆け寄る。

 

「ふぇ!?」

 

「わわっ!?」

 

 

 まるでスターが来日した際に空港で待ち受けたファンの様に殺到する彼女らは、最早凶器と言っても過言ではなかった。

 

 シャルルはもみくちゃにされながらも「常識を弁えて欲しい」という旨をやんわりと伝え、ふらふらと二人分の食券を購入して戻ってきた。

 

「お、お待たせ……は、はは、凄いねぇ女子のパワーって」

 

「だ、だいじょうぶですか……?」

 

「大丈夫大丈夫。さ、時間もあんまりないし早く座れる所を探さないと」

 

 結局、朝食を取り始めてすぐにセシリアとラウラが彼らを発見。鬱陶しい視線を一蹴すると、ようやく落ち着いた時間を過ごす事ができるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食の際も、シャルルは積極的に真琴の護衛を買って出た。「遠慮しないで」と言いながらニコニコと微笑む彼に、悪意など欠片ほども見えない。心から力になりたいと思っている様だ。

 

 始めこそデュノア社の関係者ということで懐疑心を抱いていた真琴だが、人懐っこい笑みを浮かべるシャルルを見て次第に警戒を解いていく。

 

 しかし、セシリアやラウラに世話をされる真琴を見て、寂しそうに、そして申し訳なさそうに笑みを浮かべるシャルルを真琴は見逃さなかった。

 

(何か裏があるのかな? 今度調べてみよう)

 

 真琴の心は揺れる。人懐っこい笑みを浮かべるシャルルが本物なのか、寂しそうな笑みを浮かべるシャルルが本物なのか……。

 

 その時、誰かの通信端末の着信音らしき音が鳴り響いた。今は昼食なので問題ないが、これが授業中だったら漏れなく出席簿落としを食らう所だ。

 

「あ、ごめん。僕の通信機だ。ちょっと失礼するね」

 

 通信端末はシャルルの物だった。彼は慌てた様子で通信機を手に持ったまま、何処かへ立ち去る。

 

「珍しいですわね、シャルルさんがあんなに慌てるなんて」

 

「シャルルの親からとかじゃないの? ま、あたしには関係ないからいいけど」

 

 

 シャルルは物影に隠れると、近くに人が居ない事を確認し、通話のボタンを押して応答をした。

 

「はい、シャルル・デュノアです」

 

『レポートは見た。引き続き博士と接触を続け、彼からISの情報を聞き出せ』

 

「博士にはボディーガードがついています。下手に干渉すると怪しまれてしまいますが……」

 

『方法は任せる。次の定時連絡で進捗状況を報告しろ。以上だ』

 

 連絡相手は、やはりシャルルの返事も聞かずに通信を切った。

 

(やれやれ……こっちの状況はおかまいなし、か。せっかくランチを満喫してたのに……)

 

 一つ、また一つとシャルルの溜息は着実に増えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして深夜、ルームメイトである一夏が眠った後、シャルルは一人ノートパソコンでレポートを纏めていた。

 

(織斑一夏のIS「白式」は近接高速戦闘型であり、白式は一次移行ですでに単一仕様能力を発動させている。単一仕様能力である零落白夜の威力はとてつもなく高い。これは相手のシールドエネルギーを消滅させる物と思われる。ブルースカイのビーム兵器を無効化したりと、エネルギー兵器にも効果がある模様。……と)

 

 レポートの作成が終わり、データを転送した後シャルルは肩と叩きながらベッドへと向かう。

 

(何をしているんだろう、僕は……。これじゃスパイじゃないか)

 

 一人で居る時、シャルルの表情はお世辞にも明るいとは言えない。少なくとも、今は何かと葛藤している様だ。

 

(いくら父からの指令とはいっても……こんなの許される訳ない。バレたら、牢獄行きかな? 早く寝て、明日に備えよう……。そう言えば、明日は休日だっけ。……やりたくないけど、真琴と接触を計ってISのデータを採取ないと)

 

 彼は今までの事を忘れようと一回頭を振い、ベッドに寝転がって静かに目を閉じた。

 

 

 真琴は自分のラボに戻り、シャルルについての情報を集めていた。会議の時に集めた情報だけでは、判断材料が少なすぎる。より正解に近い回答を得る為に、クラッキングを施してデュノア社のサーバーにアクセスを試みる。

 

 幸い、姉が帰ってくるまで時間はたっぷりある。彼が何かしらアクションを起こす前に少しでも情報を掴んでおく必要があった。

 

 ボディーガードが居るから身の安全は99%保証されているが、同じクラスの中に正体不明の人物が居るのはとても居心地が悪い。人が良い人物なら、尚更だ。

 

 できればクラスメイトを疑いたくは無いのだが、既に確証に近い疑惑が真琴にはある。このまま見過ごす事などできるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 アクセスすること1時間、デュノア社のテストパイロットの一覧を見ているうちに、シャルルの写真が挿入されている名簿を見つけた。

 

(シャルロット・デュノア……?)

 

 しかし、そこに書かれていた名前はシャルル・デュノアではなかった。

 

 しかも、性別の項目にはUne femme(女)と記載されていたのだ。つまり、シャルルの本名はシャルロット・デュノア。性別は女性ということになる。

 

(性別を偽っている……? 一体何の為に)

 

 ここまでの情報を整理すると、シャルルの本名をシャルロット・デュノア。性別を偽ってIS学園に転校。目的は……恐らく男性という特異ケースを利用して、真琴にISの開発を依頼するか、一夏に近寄るのが目的だろう。

 

 しかし、真琴には信じられなかった。彼は人の性格や思惑を読む事に関しては他人より上手い。そんな真琴が彼、いや彼女は良い人だと判断しているのだ。何かしら裏がある可能性が高い。

 

 真琴は更にクラッキングを続ける。シャルルが悪人ではないという可能性を信じて。

 

 しかし、手に入る情報は真琴の理解を容赦なく超えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターに映るこの映像は何だ。

 

 体中にケーブルを繋げられ、光を無くした目で横たわる少女は誰だ。

 

 それを何とも思わないで観測している研究員達は誰だ。

 

 この映像を保存した奴は誰だ。

 

 人をモルモットの様に扱うこいつ等は誰だ。

 

 罪悪感すら無いこいつらは人間か。

 

 ISの研究の為なら人権は無いとでも言うのか。

 

 嗚呼、駄目だ泣いてはいけない。

 

 泣くよりも先にやらなければならない事がある。

 

 絶望の中に在る少女を救わなくては。

 

 

 

 

 

 真琴は涙を流しながら、必死に情報を集め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 それからしばらくして、真耶が帰宅した。現在午後7時半、珍しく早く仕事を終えた真耶は、ルンルン気分でこれから訪れるであろう真琴との入浴タイムを待ちわびていた。何せここ最近は仕事が忙しく、真琴の入浴をセシリアに任せっぱなしだったのだ。セシリアが嬉々として受け入れてくれただけに、悔しいというかなんというか、微妙な思いをしていた。

 

 しかし、今日は何かおかしい。普段だったらすぐに真琴が駆けつけてくるのだが、ISの構想でも練っているのだろうか。

 

 「まーくん? ただいまー。お風呂入るから準備してー」

 

 おかしい、これは何かあったな。と警戒しながら真琴が居るであろう研究室へと向かった。

 

そこで見た物は

 

「えぐっ……うぅ……ぐすっ」

 

 盛大に泣いている真琴だった。

 

「まーくん! 何があったの!?」

 

 急いで駆け寄り、怪我が無いか確認をする。幸い何処にも怪我は無い様だ。それなら、何故泣いている?

 

「ふぇぇ……お姉ちゃん」

 

「まーくん、ほら、落ちついて……何が会ったかお姉ちゃんに教えて?」

 

「お姉ちゃん……シャルルさんを、シャルルさんを助けてあげて!」

 

 真琴が指さす先、そこにはデスクの上に鎮座する一つのノートパソコンがある。

 

 真耶はそのディスプレイを確認し、唖然としてしまった。

 

 

 何故ならそのディスプレイには、シャルルの生い立ちと、IS学園に送り込むプランが記載された資料が表示されていたからだ。

 

 

 

 

―――山田真琴博士及び、織斑一夏と接触を図る為に、男性という特異ケースを装いIS学園に入学。

 

―――シャルロットデュノアは中性的な顔立ちの為、男装をしてIS学園に転校。

 

―――織斑一夏のISデータの採取及び、山田真琴博士の研究所からISのデータを採取

 

―――デュノア社社長の妾の子、シャルロット・デュノア IS適正ランクA

 

 

 

「た、大変! すぐに織斑先生に連絡しなきゃ!」

 

 泣き続ける真琴をソファーに座らせ、慌てて受話器を取り、学生寮の寮監部屋に連絡を入れた。

 

 

「……なるほどな」

 

 真耶はすぐに千冬に連絡を取り、真琴のラボまで足を運んで貰った。そこで事の顛末を話し、どうにかならないかと相談を持ちかけていたのだが、ここに居る全員の表情は優れない。怒り、悲しみ、そして侮蔑など、様々な感情が入り乱れている。

 

「いくらなんでも、これは酷過ぎます! いくら真琴と接点を作るためとはいえ、実の娘にこんな仕打ちを……!」

 

「千冬さん、シャルルさんをたすけてあげて!」

 

 ここにいるのは全員親に捨てられた人間だ。とても他人事とは思えない。千冬も、さすがにこの事実を目の当たりにして、怒りを隠しきれていない。

 

「この事実を公にすると、デュノアは本国に呼び戻され、最悪牢獄行きだ。牢獄行きを免れたとしても、一般社会で生きていくのは難しいだろう。……デュノア社に第3世代のISを作ってやる変わりに、デュノアの身柄を要求して国籍を移すのが一番手っ取り早いが……交渉材料として使うのは気が進まないな。それに、果たしてデュノアが首を縦に振るかどうか……」

 

「それが一番いいしゅだんだというなら、僕はよろこんでISをつくります。みんなは僕をたすけてくれました。こんどは僕がたすける番です」

 

「まーくん……」

 

 今まで見せた事の無い、強い決意を秘めた真琴の目を見て、千冬は目を閉じ検討に検討を重ねる。仮にシャルルが日本国籍を取ったとして、どうやって暮らしていくのか、学園の授業料は誰が払うのか、海外からの干渉をどう防ぐのか、問題だらけだ。

 

 そこで、とりあえずシャルルをここに呼び、話を聞いてみようという事で落ちついた。

 

「分かった。今日はもう遅い、行動に移すのは明日にしよう。二人とも、明日の午前中はここに居てくれ」

 

 千冬はそう言い残すと研究所を後にした。

 

 こうして、フランス政府やデュノア社の預かり知らぬ所でシャルル救出作戦は開始した。

 

 

 日曜日の朝、一夏は篠ノ之さんや鳳さんとISの訓練をすると言い、早いうちに出て行ってしまった。

 

 僕も一緒に行かないかと誘われたんだけど、真琴との交流を深める事を優先しろと父から言われているため、行きたくても行けなかった。

 

 部屋に残って、一人でどうやって真琴にアプローチを掛けるか考えていたら、織斑先生から呼び出しがかかった。なんでも、僕のISの件で話しがあるらしい。真琴のラボまで一緒に来てくれって言われたんだけど……何か問題点でも見つかったのかな?

 

 真琴が僕のISを見てくれるっていうなら、それに越したことは無いけど……この時間っていうのが少し気になる。

 

 僕の事がバレた? それは考えにくい。……大丈夫、大丈夫だ。うん、大丈夫。

 

「着いたぞ……ここだ」

 

 10分程歩いた所に真琴の研究所はあった。……これ、IS持ってない人には分からないと思うけど……監視されてる。

 

「どうした、早く来い」

 

「あ……すみません」

 

 というか、何で屋上にニンジンが……? 真琴の趣味なのかな。それとも篠ノ之博士の……やめよう、人の事を詮索するのは良くない。

 

 「こっちだ」

 

 中は結構広い。これ、個人で持ってるんだよね……凄いなぁ真琴は。僕にもこれぐらいの才能があったら、お母さんと一緒にもっと長く暮らせたのかな。

 

 それにしても、凄い数の機材。これ、もしかして真琴が一人で全部使ってるのかな。

 

 ……やっぱり真琴は凄いね。緋蜂と戦って分かったけど、明らかに他のISとは性能の桁が違った。あの時はラウラさんについ反発しちゃったけど。協力したとしても結果は同じだったと思う。

 

 ……あれ? あれはラファール? なんでこんな所にラファールが有るんだろう。昨日のISの授業中にラファールが暴走したけど、何か関係があるんだろうか。

 

 

 

 

「こんにちはシャルルさん」

 

「こんにちは、デュノアさん」

 

 織斑先生の後を追ってドアをくぐると、そこには学生寮の部屋とたいして変わらない、8畳程の部屋だった。ベッドに山田先生が腰かけて、真琴はその上で抱かれている。……ちょっとかわいい。ふふっ、真琴を見てると和むなぁ。

 

「こんにちは山田先生、真琴。えっと、話というのは……?」

 

 少し嫌な予感が頭をよぎるけど、顔に出したら駄目だ。笑っていればみんなそれ以上追及したりぶってきたりしなかったし……。

 

 僕が椅子に座ると、織斑先生が少し悩んだ様子を見せる。……もしかして、いや、そんなはずは……。

 

「シャルル・デュノア。いや、シャルロット・デュノア。お前は、救いを求めるか?」

 

 ……!! なんで織斑先生が僕の本当の名前を!? まっまず、まずい、な、何か言い訳を考えないと、えっと……えっと……!!

 

「言い訳など考えなくていい、真琴君から話は全て聞いている。シャルロット・デュノア、お前は今の父親と絶縁する気は有るのかと聞いている。もし有るのなら、落ちついてからでいい、答えろ」

 

 父親……今まで数える程しか会っていない。会話も数回しかしてなかったっけ……そういえば、あの人の指示で僕はここに来たんだっけ。ばれちゃったのなら、もうどうでもいいかな……あの人なんて……

 

「か、仮に絶縁したとしても、フランス政府から呼び戻されて、……僕は牢獄行きだと思っています」

 

「それなら心配ない。デュノア、学園の関係者はな、いかなる国家や組織であろうと一切の干渉が許されないんだ。フランス政府がどうこう言っても、手出しはできないのさ。最悪、フランス国籍を捨てればいい。フランスの代表候補生は降ろされるが、研究員にでもなれば問題ないだろう」

 

「僕、ちょうどせんぞくのテストパイロットがほしかったんです。けんきゅうとテスト両方ができる人ってなかなかいないんですよ」

 

 嘘だ。多分真琴は、僕を助けようと枠を無理矢理作ろうとしている。……でも、もし、もし僕が自由になっていいと言うのなら、この好意に甘えてもいいのかな?

 

「……織斑先生。僕は、父の事は正直どうでもいいんです。生まれてから、それこそ2~3回しか会ったことがないんです」

 

「……そうか。それで?」

 

「でも、絶縁するにしたってそれなりの条件がないと父は僕の事を手放さないと思います。僕は、テストパイロットとしてそれなりの成績を残していましたから……」

 

 そう、僕はテストパイロットとして常に上位の成績を収めていた。テストしている時だけは自分が役に立っていると実感出来る唯一の時間だった。

 

「そこも抜かりはない。デュノアを交渉材料として使うのは気が引けるんだが、真琴君がフランス用に第3世代のISを作ってくれるそうだぞ? 好意には甘えておけ」

 

……!! そんな、そんなことしたって真琴には何の利益もないじゃないか!

 

「……ぼ、僕の身と第3世代のISが等価だって言うんですか? 割に合う訳ないじゃないですか! 明らかに真琴の負担が大きすぎます!」

 

 なんで……なんでこの人達はここまでしてくれるの? やめてよ、優しくしないでよ……! お母さんの事、思い出しちゃうじゃないか……っ!!

 

「なぁ、デュノア」

 

「……なんですか」

 

「ここに居る全員はな、親が居ないんだよ。皆捨てられて、絶望のどん底に叩き落されて、それでも歯を食いしばって立ちあがって、誰かに助けられて、背中を押して貰って、そして前へと歩きだせたから今があるんだ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のお前は、絶望のどん底に叩き落されているのだろうな。だから今度は私達がお前を助ける番だ。手は差し伸べられているぞ? ……歯を食いしばってでも立ちあがってみせろデュノア! 倒れそうになったら私達が背を支えてやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

「シャルルさん、今日、みをていして守ってもらってとっても助かりました。シャルルさんのそんざいかちなんて、IS一つでかたれるほど安くはないんですよ。第3世代のISなんていくらでも作ります。だから、つぎは僕たちがたすける番です」

 

 

 

 

 

 

 

「デュノアさん、親が居ないってすっごく辛いんですね。つい最近私達も親に捨てられました。デュノアさんは、それを昔からずっと一人で耐えてきたんですよね? よく頑張ったと思います。だけど、そろそろ誰かに甘えてもいいと思いますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は……僕は、誰かに甘えてもいいのかな? もう、一人で頑張らなくてもいいのかな?

なんだろう、立っていられないや……涙も止まらない。でも、ずっと我慢してきたこの思いをこの人達に知って欲しい……勇気を……勇気を出さなきゃ!

 

「うっ……ううっ……助けて……助けて下さい。もう友達を裏切るのは嫌です! 一人になりたくなんてない! ……助げで!!!」

 

 もう駄目だ、この気持ちは抑えられない……一人は嫌だ!

 

「良く言ってくれた。……後は私達に任せろ。一夏には後で言っておくから、今日はここで休むといい」

 

 温かい……織斑先生が抱きしめてくれてるのかな……

 

「はい……ぐすっ」

 

「シャルルさん、いえ、シャルロットさん。今日は真琴と一緒に遊んでやって下さい。私はこれから織斑先生と対策を練ります。明日にはきっと良い知らせが届くと思いますよ」

 

 織斑先生と山田先生が部屋を出て行った。……ありがとう、先生……

 

「先生……ありがとうございます……真琴、ありがとう。ありがとう……!」

 

 何故か、今は人の温もりが恋しくてたまらなかった。真琴、ごめんね。少しの間でいいから、このまま抱き締めさせて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シャルロット・デュノアはデュノア社社長の妾の子。

 

 小さい頃から母親と二人で別邸で暮らし、父親の顔を見る事など零に等しかった。

 

 それでも、シャルロットは幸せだった。どんな時もシャルロットに優しく接してくれた母、二人で暮らしていければそれでよかった。

 

 しかし、そんな小さな望みすら奪われてしまう。

 

 

 

 母親の死。二年前、母親の病状が急激に悪化し、そのまま帰らぬ人となってしまった。

 

 

 

 しかし、シャルルには悲しみに暮れる時間すら与えられなかった。

 

 父親の部下と名乗る人物がシャルルの元へやってきて、シャルルを本邸へと引き取ったのだ。

 

 

 そこで待っていたのは、本妻からの非情とも言える程の仕打ち

 

 泥棒猫の娘と罵られながら殴られた時には、余りの理不尽さに怒りを通り越して戸惑ってしまった。

 

 本妻からの仕打ちは苛烈を極めた。彼女は何とか耐え忍んで生活していたが、次第に諦観を持つ様になる。

 

 

 ―――私はずっとこのまま蔑まれながら続けていくのかな。

 

 

 

 流れに身を任せて生きてきた結果、彼女はIS学園に転校し、スパイ紛いの事をさせられていた。

 

 このまま行けば犯罪者。しかし引き返す道など、既に残されていなかった。

 

 そんな絶望の中差しのべられた手は、彼女にとって正に救世主だった。

 

 

 ―――これで普通の人と同じ様に自由に生きられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くの間、シャルロットは真琴の事を抱きしめ続けた。震える彼女を、真琴はそっと抱き返す。

 

 

 ―――ああ、温かい

 

 

 随分と長い間忘れていた、人の温もり。それは自分の本心を隠し続けた結果、凍てついてしまった心を穏やかに溶かしていく。

 

「温かい……温かいよ真琴……」

 

「……シャルルさん?」

 

 シャルルと呼ばれ、シャルロットはビクりと体を震わせた。

 

 ―――これからお前はシャルルと名乗れ。男に扮装してIS学園に転校。そして山田真琴博士、もしくは織斑一夏と接触を図るんだ。

 

「父だった人」の言葉が頭をよぎる。自分を駒としてしか見なかった冷たい彼の眼差し。「シャルル」という言葉は彼女に取って、嫌な記憶を呼び起こすスイッチとなっていたのだ。

 

「……真琴。僕の事はこれから「シャルロット」って呼んで欲しいんだ」

 

「……本当のなまえですね」

 

「うん、お母さんがくれた、本当の名前」

 

「それじゃあ、シャルロットお姉ちゃん?」

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃんかぁ……ふふっ、僕にも家族ができたのかな?」

 

(お母さん……僕はもう一人じゃなくなったよ)

 

 真琴達にとって、既にシャルロットは身内という認識になっている。今までずっとつらい立場に立たされていたシャルロットに取って、それは救い以外の何物でもなかった。

 

(真琴も苦労してきたんだろうなぁ……山田先生は両親に捨てられたばっかりだって言ってたし。お姉ちゃんらしい事って何ができるかな……うん、とりあえず一つ一つ考えていこう)

 

 

 彗星の如く現れた姉候補のダークホース。それはセシリアやラウラを巻き込んで壮絶な争い? に発展していくのだが、それをシャルロットが知るよしも無かった。

 




―――ありがとう。

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