IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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22話 いざイギリスへ

 セシリアの朝は早い。

 

 ……今日に限っては特に。

 

 

(はぁぁ……可愛いですわ真琴さん。どうしてここまで可愛いのでしょう)

 

 現在早朝5時半。普段より一時間以上速く起床したセシリアは、人の温もりをどこまでも求めてくる真琴の要望に答えていた。

 

(睡眠時間が少なくなるのはお肌にとって良くないのですが……この際仕方ありませんわね)

 

 抱き枕という寝具をご存じだろうか。枕の一種だが、頭の下に敷くのではなく、抱くようにしてしようする大型のものを指す。

 

 抱き枕のタイプには色々あるが、今回セシリアが用いているのは真琴タイプ(オーダーメイド)だ。彼女にとってこれ以上ない最高のそれは、至高の睡眠を提供し、目覚めた後もその温もりが絶えることはない。正に良い事ばかりである。

 

 更に時々甘えてくるかの様に顔を埋めて来る彼の仕草を目の当たりにし、セシリアの気分はもう最高潮。このまま何処までも高みに……何処かで見た様な光景だが、ここで彼女の癒されTIMEを邪魔するかのように、プライベート・チャネルが通信受諾のサインを示し、次の瞬間彼女にとって邪魔でしかない人物の声が脳内に響き渡る

 

『起きたのならばさっさと弟君から離れろ。……忌々しい』

 

 一瞬ピクリと反応したセシリアだが、何事も無かったかのように真琴を愛で続けていた。

 

『おい、起きているんだろう? 速く離れろ』

 

『………』

 

『貴様起きているだろう!? 速く弟君から離れろと言っているんだ!!』

 

『嫌、ですわ。それに、真琴さんがわたくしの事を抱きしめて居ますの。ラウラさんは彼を叩き起こそうというのですか?』

 

『やはり起きていたか……! さっさと「離れろと」言っているんだ……!』

 

 扉の向こうから何やらギリギリッ……と音が聞こえてくる。恐らく寝室の前で警備をしている自称姉が必死になって自分を抑えているのだろう。

 

『ふふんっ、順番ですわ。順番。……ああ、可愛いですわ真琴さん』

 

 セシリアの可愛い発言の後、ドアノブが一瞬カチャリと音を建てた。しかし、誰も入ってくる気配はない。外の様子を伺うセシリアの耳に、何やら内緒話の様なごにょごにょとした会話が聞こえてきた。

 

 

―――女狐が……! 眉間に風穴を開けてくれる!

 

―――抑えて、抑えて下さい隊長! ここで事を構えたら外交問題です! 

 

 

―――ぬ   ぐ   ぐ   ぁ   ぁ

    ぐ   ぐ   あ   ぁ   ぁ……!!

 

 セシリアは何も聞かなかった事にし、再び真琴を愛で始めた。……多少、顔が青ざめていた。

 

 

「あら、そんな怖い顔をしていたら真琴さんに嫌われてしまいますわよ?」

 

「誰のせいだと思っているんだ。誰の」

 

「ん~……?」

 

 真琴が右を見やると、何故かとても晴やかな表情のセシリアが。反対をみれば、何故かとても不機嫌なラウラが居た。当事者だが自覚のない真琴は、当然、ラウラに直球をぶち当てる。

 

「何かいやなことでもあったの? ラウラお姉ちゃん」

 

「むっ、いや何でもないぞ。気にするな弟君」

 

 憎らしげにセシリアを睨みつけていたラウラであったが、真琴からパスを受けた瞬間に表情を元に戻し、しれっと彼の質問に答えていた。無論、頭を撫でる事も忘れていない。

 

「弟君は姉の事を心配してくれるんだな。偉いぞ」

 

「うん」

 

「……認めたくはありませんが、見事な撫でテクですわ。梳く様に手を入れるのがコツと見受けられます。これは早々に対処しなければ……」

 

 真琴は目を細めて気持ち良さそうにラウラのそれを受け入れている。そうなると面白くないのはセシリアだ。真琴の手を引くと、ラウラを放置して食堂へと歩を進める。

 

「さぁ、朝食にしましょう真琴さん。軍食(レーション)はお世辞にも美味しいとは言えませんが、ここの食事は評価に値しますわ」

 

「たのしみです。今日はなにがでてくるんでしょうか」

 

「おいこら貴様私を無視するなというか弟君が気持ちよさそうにしているのに何故邪魔をする」

 

例によって、真琴の両隣に座ったセシリアとラウラが冷戦を繰り広げる事となったのだが、千冬を除く全員が生暖かい視線を送っていたそうな。

 

 

 朝食の際に千冬達と合流したセシリア一向は、軍施設の飛行機発着場でイギリスが手配した飛行機を待っていた。その際、ラウラが「私がIS学園に行くまでの間、これを私だと思っていろ」と言い、何かを真琴の手に握らせていた。

 

 そして時刻は午前9時になり、手はず通りに飛行機に乗り込んだのだが……

 

(さて、真琴君のトラウマをどうするかだな……。イギリス政府は例の物をしっかり用意してくれただろうか)

 

 そう、真琴の解離性健忘だ。飛行機に乗るだけなら問題ないが、着陸する際の衝撃などでトラウマがフラッシュバックし、パニックを起こす可能性がある。ここで、千冬は一つの可能性に賭けた。

 

―――着陸する際に真琴の気を引けば良いのではないか

 

 簡潔に言うならば、「着陸の際に真琴君にお菓子を与えてみよう作戦」である。真耶が背後から抱きあげても気づかない程の集中力だ。軽い睡眠薬を混ぜてもいいかもしれないが、それでは余りにも真琴が可哀そうだ。睡眠薬や鎮静剤は、最終手段という事でチェルシーに持たせてある。

 

 この事を前日のうちのイギリス政府に打診したのだが、イギリス陣は、任せろ。最高のスイーツを用意してやる。としか返事をしなかった。

 

 搭乗し、各々好きな座席に着く。相変わらず真琴は座席や飛行機の仕組みに興味津津の様で、目をキラキラさせながら色々弄っていた。その姿を見届けると、千冬も席についたのだが……

 

(何だ、あのバスケットの山は……)

 

 機内に大量のバスケットが鎮座していたのだ。それも、10や20ではない。機内にいる全員で食べたとしても余るであろうそれは、イギリス政府が用意した菓子だと言うことを簡単に連想させる。

 

 全力投球過ぎるイギリス陣営の待遇に、物事には限度があるだろうと言わんばかりに千冬は頭を痛めていた。

 

 

 飛行機がテイクオフしてからしばらくして、真琴は散々弄り倒して飽きてしまったのだろう。どこからともなくノートパソコンを取りだして何やら設計図を弄り始めた。どのISかわからないが、改造案を出しているのかもしれない。もしくは新しいISの構想か。

 

 それを見て、動揺を隠せなかったのは千冬ではなくイギリス陣営だった。ISの開発に携わる者ならば喉から手が出るほど欲しい真琴の頭脳。その頭脳が目の前でフル回転し、ゆらゆらと天秤計りの上で揺れている世界のパワーバランスに分銅を載せているのだ。

 

 「……山田博士は、どのISの構想を練っているのでしょうか」

 

 痺れを切らしたのか、スーツを着用し、いかにも「私は秘書です」というオーラをプンプン匂わせている女性が真琴に話しかけた。彼女は真琴の対面に居た為、ディスプレイを拝む事ができない。真琴の両側にはセシリアと千冬が居るから。

 

「ここをこうして……ああ、でもそうなると今度はこっちが……」

 

「山田博士?」

 

「彼に今何を言っても無駄だ。こうなってしまったらテコでも動かんぞ」

 

「真琴さんの集中力は尋常ではありません。正しい対処を行わなければ、彼の気が済むまでずっとこのままですわ」

 

「ああ、ハッキングなど試みないことだ。このパソコンには彼自作のファイヤーウォールがインストールされていてな。許可がないアクセスには攻勢防壁が反応して、アクセス元のシステムを全て壊してしまうと聞いている。ちなみに、ディスプレイを撮影しようとしても無駄だぞ。特殊なフィルターが張られていて、画面が真っ黒になってしまうそうだ」

 

「自衛手段も独自で構築したのですか……さすがは「奇跡の頭脳」ですね。篠ノ之束が重要視されなくなり始めたのも頷けます」

 

「ぶち壊された基礎理論を構築したのは彼女だからな。それにしても「奇跡の頭脳」か……真琴君はそれ以上の逸材だと世界中が認識したという事だな」

 

 彼女らの会話からも分かるように、現在、篠ノ之束の指名手配は解除されている。せいぜい、VIP扱いになるといった程度だ。確かにISのコアを作れるのは彼女だけだが、それは「今」に限っての話しである。セシリアのブルースカイと改造者の情報は世界中に知れ渡って居る為、そう遠くない未来に真琴がISのコアを作るだろうと各国の政府は予想を立てていた。

 

 当然、その予想に伴い各国の政府が真琴に打診を取ろうと躍起になっている。個人の連絡先は公開されていないため、IS学園に真琴との会談を求める連絡がひっきりなしに来ているのだが、真琴にはそれは知らされていない。

 

 薄々感づいているのかもしれないが、真琴本人がそれに対して何もアクションを起こしていないため、わざわざ此方から行動を起こす必要も無いだろうというのが、IS学園の見解だ。

 

 余談だが、真耶もその対処を行っているうちの一人である。

 

 本来ならIS学園の上層部が対処する問題なのだが、真琴の身内であるという事もあり、真耶が槍玉に上がっている。

 

 真琴が乗っている旅客機が何者かに襲撃されたという情報は、ドイツ軍により世界中に知れ渡っているだろう。複数のISに襲われてもなお、自分たちの国は適切な対処が出来る力を持っているというアピールになるからだ。

 

 それを証明するかの様に、IS学園では現在その対処に追われていた。

 

 襲撃を知った真耶がISを持ち出して出撃しそうになり、学園を巻き込んでの大騒動に発展したのだが、それはまた別のお話。

 

 

 とまぁ世界中から注目を浴び始めた真琴だが、本人はそれを気にしつつも千冬、セシリア、そしてラウラの護衛があるから大丈夫と判断し、特に気にする様子もなく次々に新しいISの構想を練り続ける。すぐ近くに新たな魔の手が忍び寄っているとも知らずに。

 

 

―――ロンドン空港まで後10分―――

 

 

機長のアナウンスが流れた。もうすぐ着陸の為にシートベルトを付けなければいけないのだが、真琴はそれに気付かずにパソコンを弄り続けている。

 

「そろそろか……真琴君、一息付かないか?」

 

 千冬は近くに積んであったバスケットを一つ手に取り、そこからドーナッツを取りだすと真琴の顔のすぐ傍に差し出す。ピクりと反応した真琴はキョロキョロと辺りを伺うと、目の前で甘い匂いを放つドーナッツに一瞬目が行ったのだが、すぐに目線を移動させて信じられないといった表情で千冬の後ろを見つめていた。

 

「ち、千冬さん……」

 

「どうした? 甘い物を食べると疲れが取れるだろう。食べるといい」

 

「いえ、確かにおいしそうなんですけど……」

 

「? どうしたんだ?」

 

 すぐに食いつくだろうと予想していた千冬は内心驚いていた。つまり、真琴の大好きな甘いお菓子以上に興味を引く存在があるという事なのだが、生憎彼女はそれに気づいて居なかった。

 

「あのですね」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

「どうして、ニンジンさんが空をとんでいるんですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、千冬は嫌な予感、というか確信の元、光の速度で振り返った。

 

 

 

 窓の外には、機体後部でアフターバーナーを点火し、火を噴きながら飛行機に寄り添っているでっかいニンジンが存在していたのだから。

 




―――隊長。山田博士に何を渡したのですか?

―――……予備のドックタグだ。

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